小才子アルフ~悪魔のようなあいつの一生~
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第十四話 作戦発動 その①
前書き
ちっとも更新しなくてすまんかったのじゃよー。よーやっと公子を舞台に立たせられたのじゃよー。
2016.11.22
追記分が上がったのじゃよー。
ほどよい精神の高揚は頭脳と肉体の活力を高め、直面する問題の解決に多くの場合よい結果をもたらす。喜び過ぎて足元を掬われることも時にはあるが、多くの場合落ち込んでいる時よりはよほどましな成果を上げることができる。
今回がまさにそれだ。
「さあ、いよいよだ」
「いよいよ?」
戦斧の使い方の教材にしたいようなビットマン大尉とキルドルフ大尉の決勝戦がキルドルフ大尉がわずかに上回って決着し、会場が勝者と敗者の双方を称える声と万雷の拍手で満たされる中、俺が低く呟いた言葉は見事、オイゲン公子の耳に到達し心をとらえた。
「ご存じなかったのですか。これからオフレッサー閣下が見学の学生に戦技を教授してくださるんです」
「なにっ」
「しっ、お静かに」
幼年学校の訓練は馬鹿にしていても、オフレッサーに直接学ぶことの意味の大きさは分かるか。これならやりやすい。ますます目の輝きを増し、立ち上がりかけたオイゲン公子を俺はすかさず制し、前を向かせた。万が一にもオフレッサー大将の言葉を聞き逃して出遅れてしまうようなことになれば、フォローが大変だ。
「今日は学生も大勢来ているようだな。今日一日精鋭の装甲擲弾兵の戦いを見学して諸君は大いに学ぶところがあったと思う。だが、最も良いのは自分の体で学ぶことだ。俺が戦い方を教えてやろう。誰か俺に挑戦するという気概のある奴はおらんか!」
フェザーン人や共和主義者からは野蛮人と蔑まれるオフレッサー大将だが、軍人特に地上軍軍人を志す少年たちからの人気は絶大だった。
オフレッサー大将が声を張り上げるとたちまち観客席から歓声が上がり、俺たち二人と仕込んでおいたバルトハウザー、シュラー、ハーネルの三人以外にも二十人以上の生徒が手を上げた。もちろんオイゲン公子も上げている。
「これは困った」
あまりの盛況ぶりに叛徒のレーザーガンでつけられた傷跡をひっかきながら、オフレッサー大将が苦笑した。半分は事前に打ち合わせた演技だが、半分は本気で困っているようだ。だが、見かけに反して知性も十分なオフレッサー大将は打ち合わせておいた台詞に──明らかに自分の楽しみのためにではあったが──数語を加えて見事に対応してくれた。
「一度に全員を相手にしてもいいが、それでは勉強にならん。お前たちで試合をして、誰が一番に挑戦するか決めろ。勝ち残った奴から五人相手をしてやる」
オフレッサー大将の機転に今度は観客席の士官たち、兵士たちがどっと沸いた。子供同士の試合という格好の余興を楽しむついでに新人発掘をしようというつもりか、オペラグラスとメモ帳を取り出している隊長もいる。いい感じの盛り上がりだ。これならいくらオイゲン公子が勘が鋭かったとしても、この試合に俺たちが書いた筋書きが存在していることに気づくことはあるまい。
「学生はよく見えるように前に出てこい!見えない者は試合場脇まで来てかまわん」
オフレッサー大将が細かな気配りを見せ──もちろんどこぞの悪魔の差し出すカンニングペーパー、『面倒くさいから全員まとめてかかってこい バラバラにしてやる』とか『今宵のトマホークはよく切れる』とか『豚はトンカツ屋へ行け』とかは全部ちゃんと無視である。というか見えていない──、客席の学生が移動を始めたこともいい目くらましになった。
「さあ、公子、試合の順番を決めに行きましょう」
「おう、私が一番に決まっているがな!」
「そうなってくれるようにこれから大仕事さ」
ブルーノに伴われて試合場に降りていくオイゲン公子の背中に呟くと、俺は試合場で待機しているアレク──バルトハウザーとシュラーに目配せした。
『うまくやってくれよ』
『任せとけ』『もちろん』
間髪入れず、二人が目線で答える。
いかにも優男風のシュラーは負け役だ。剣が得意ということはオイゲン公子も知っているから、戦斧で負けても不審に思われることはない。シュラーに勝って自信満々になった公子をアレクが打ち負かして挑発し、俺たちが二人がかりで挑む。そして仕上げに手の内を知っているルーカスが叩きのめし、俺たちが幼年学校に出席するよう説得する。ここまでの段取りに比べれば百倍も簡単な作業ではあるが、万が一にも返り討ちにあったり叩きのめし過ぎたりすれば全ての準備が台無しになってしまう。
ようやく漕ぎつけた最終段階を無事完遂すべく、俺は試合場の脇で深呼吸して全身の筋肉と神経を末端に至るまで完璧に掌握することに全力を注いだ。
「ん?こいつら……」
「気付いたかい、アルフ。校長先生にお礼を言わなくっちゃね」
試合場に整列して抽選が始まった時、俺とブルーノはもう一つの幸運、おそらくは正解を積み重ねたことで引き寄せた幸運に気付いた。
計画の準備段階でシュテーガー校長にも一役ならず役を割り振って顔を立てたおかげか、校長は俺たちの作戦の仕込みに積極的に協力しようという気になってくれたらしい。
オフレッサー大将への挑戦に名乗りを上げ、試合場に降りてきた幼年学校、士官学校の生徒は俺たちより戦技の実力が劣るか、一番強い奴でも互角程度の技量の奴ばかりだった。あの連中なら、俺たちもアレクたちも一番強い奴と当たっても負ける可能性はない。弱い奴は力任せに斧を振り回すしか知らないオイゲン公子の実力でも十分倒せそうである。公子を消耗させてひやりとさせる程度には粘れるだろうが、まず勝つことはありえない。
「ああ。こいつらなら誰が誰と当たっても大丈夫だ。試合展開も読めるから安心して見ていられる。功労章ものだぜ」
「僕ら同士で当たった時の方が心配だ。芝居がばれないか、ね」
「そうなったら派手に叫んだり飛んだり跳ねたりするさ」
「プロフィリンゲンじゃないんだから」
「似たようなもんさ。どっちも、筋書きがある」
「それでは、試合をはじめる。第一試合、アレクサンデル・バルトハウザー生徒対トニオ・ヴァイル生徒」
「五合打ちあって、戦斧の柄ごとヘルメットに一撃。二分で決まる」
「賭けも成立しないくらい確実な予想だな」
「賭けごとは禁止!」
粛々と進行する第一ラウンド、参加者を半分にしぼる勝ち抜き戦形式の試合を今度は芝居がかって解説することもなく観戦しながら──俺が相手をしないので隅の方で体育座りをして所在なげにしている悪魔はそのまま無視しておくことにした──、俺たちはしばらくぶりに心からの笑顔で笑い合った。
「あれは誰だ。幼年学校生にしてはやるようだが」
「彼は地上軍のバルドゥール・バルトハウザー大佐の長男です。大佐はイゼルローン要塞の主砲制御室の警備主任を担当しております」
「おお、あの四五〇年度の拳闘大会優勝者のバルドゥールの子か!これは見物だ!」
アレクの父上の経歴を説明するツィンマーマン家の執事の声に豪快に笑うオフレッサー大将の声が重なった時、十秒近く短縮されたクリアタイム以外はブルーノの予想通りの形で最初の試合は決着した。
『ああっ、将軍!』『トニオさまがやられた』『ひけっひけっ』『とてもかなわん』『ひーっ』
アレクの見事な勝利に歓声をあげる観客の頭上に吹き出しと台詞を出現させている悪魔とゆかいなしもべたちに石を投げる真似をして驚かせたり公子の様子を見たりしている間に、さらに三試合が片付いた。勝ったのは第四試合に出場したブルーノを含めて、全員俺たちのチームのメンバーだった。
もちろん、俺も勝利を収めた。
「次第五試合、アルフレット・フォン・グリルパルツァー生徒対ハインリッヒ・フォン・ウェーバー生徒」
「じゃ、行ってくる」
「三十秒ちょうど。懐に飛び込んで斧をはね飛ばして、胴体中央に前蹴りで決める。教科書通りだね」
「もっと楽に勝ってみせるさ」
「はじめ!」
上背だけはある同級生を俺が倒すまでにかかった時間は癪なことに決まり方ともども、ブルーノの予想通りだった。だが、勝利がもたらした結果は満足すべきものだった。
対戦相手をほとんど一撃で倒した俺──と、ブルーノ──の戦いにオイゲン公子は明らかに自信が揺らいだ顔になっていた。プライドにかけて自分のやってきたことを否定するつもりはないようだが、いかつい顔の内側では自問自答が始まっているのが目に見えて分かった。
「第八試合、オイゲン・フォン・ツィンマーマン生徒対ギュンター・ウルマン生徒」
「公子、それなるギュンターの父は大佐で、お父君と軍での階級は同じですぞ。負ければご家名が、お父君の名が輝きを失いますぞ」
「こしゃくな平民め!」
古代アメリカのボクサーのようなかわしては撃つの繰り返しで公子を惑わせたギュンターを勢いまかせの連打で倒して戻ってきたときには、その表情はよりはっきりと現れていた。
「完全に理解するまであと、ひと押し」
「そしてもうひと押しで決める」
歯ぎしりの音を立てて試合場脇の椅子に座る公子に成功を確信して、俺たちは頷き合った。
後書き
続きは多分かなり早くできると思うのじゃよー。
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