ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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闇-ダークネス-part3/繰り返される別離
彼女の病は、同じプロメテの子である憐がかつて患っていた病とは違っていた。普通の人間が発症する、癌だった。
シュウを必死に支えようと頑張りすぎて、寝る間も削りすぎた結果、彼女は癌を発症してしまったのだという。
「愛梨…体の調子はどうだ?」
近くの病院へ入院した愛梨を見舞いに来たシュウは、ベッドに横たえる彼女に話しかける。
「うん…ちょっとだるいけど…」
「こんなになるまでなにも働きつめなくても…」
シュウは弱っていく愛梨を見ながら言った。
「ごめんね、それでも…助けたかったの…」
愛梨は窓から拭きぬける温かな風を浴びながら続けた。
「私とあなたの初めて会った日のこと、覚えてる?」
「始めて会った日?」
急に自分と彼女の初めての出会いの日のことを問われ、シュウはきょとんとした。
「…忘れちゃった?」
「あ、いや…えっと…」
「…やっぱり忘れたんだ」
おかしい、記憶力は自慢できるくらいなのに、自分は愛梨と初めての出会いがどんな形だったのか思い出せなくなっていた。度忘れされていたことに不服だったようで、愛梨は頬を膨らませた。ジロッと布団に顔の下半分を隠しながら睨んできた愛梨に、シュウは「う…」と怯んだ。
「…私さ、あまり外で遊ぶの好きじゃなかったから、アカデミーのみんなの輪に入って遊ぼうともしないで、一人ぼっちで本を読んでたんだよ。その本がたまたまあなたが興味のあった本で…それでだんだん一緒に話すようになったんだよ」
「あ、ああ…そうだったのか」
シュウはあまり思い出せなかった。彼女とは幼い頃からの付き合いだ。もしかしたら長い時間を経て、一緒にいるのが当たり前になってきたせいで、忘れてしまったのかもしれない。
「私すっごく嬉しかったのに、忘れるなんて…酷い」
「わ、悪かったよ…」
「だーめ、許しません!」
すっかりご機嫌斜めの愛梨は、布団に身をくるませ、完全にシュウから目を背けた。
「そ、そんな…じゃあどうしたやら許すんだ?」
「…許してほしい?」
背を向けたまま、目線だけは後ろを向かせて愛梨は問い返す。
「も、もちろんだ」
「じゃあ…約束して?」
「約束?」
「そう、とっても大事な約束…」
愛梨との面会後、一応アカデミーへ連絡を入れてみた。最新鋭の医療技術をもってすれば、癌など問題ではない。そう思っていた。しかし…
ある日、携帯でアカデミーに連絡を取り付けたのだが、なんとNoと断りを入れられたのだ。ありえない返答にシュウは連絡先に向けて怒鳴りつけた。北米本部の医療もタダではなかったし、何よりある方針が成り立っていたのだ。それは、ビースト殲滅優先。たった一人の少女のために治療費をくれてやる余裕などないと一蹴されてしまったのだ。
これにシュウは激しく不服を露にしたものの、無視された。
だからシュウは、やむなく己の手のみで働くことにした。
しかし、シュウ一人の腕では限界があった。遊園地のバイトも安月給ではないのだが、癌を取り除くほどの手術となると金が莫大にかかってしまったのだ。
だから…シュウは時折、ちょくちょく適当な店を訪れては、なんと盗みを働いたのだ。そして盗んだものを雑貨店や古本屋に売りつけて、愛梨の治療費をちょくちょく溜め込んでいった。
時には詐欺事件を起こしたりもした。
愛梨の病は進行していくが、シュウは何日も寝る間も惜しんで働き、時に非行を働いて金を稼いでいった。
憐たちにも、無論愛梨にも伝えなかった。
たとえこのことが誰かにばれてしまったとしても、シュウは愛梨のためなら己の手を汚すことも、いずれ自分が罪人として咎められることも厭わなかった。
愛梨だけは、絶対に失いたくないという思いが、シュウの頭を支配した。
そしてある日、ようやく彼は愛梨の手術に必要な治療費を全て稼ぎきった。
「愛梨、安心しろ!お前は助かる!」
金を全て手に入れたシュウは歓喜に満ちた様子で愛梨に報告した。
「久しぶりに見たな…シュウの笑顔」
シュウの喜びに満ちた明るい笑顔を見て、愛梨は安堵したように息を吐いた。
「私はね、自分が助かることなんかより、シュウがまた笑ってくれるほうが…ずっと幸せだな」
逆に彼女は、シュウが久しぶりに笑みを見せたことに対してうれしさを露にしていた。
「…何馬鹿を言うんだ。俺の笑顔一つのためなら命なんか惜しくないってのか」
自分の事に関してはあまり価値を見出さないのか、シュウは呆れ気味に言った。
「私が、どうしてあなたの仕事を手伝いたいって申請したと思う?」
いらずらっぽく笑みを向けてきながら愛梨は尋ねてきた。
「でも、ありがとう…シュウの気持ちも、わかってるつもりだから…ね?」
「…止せよ。背中がかゆくなるだろ」
愛梨は、ここまでシュウが自分のために体を張って働いて着てくれたのか、その理由に気づいていたに違いない。それを見抜かれていたこともあり、シュウは自分の頬を掻き、照れた。
後は、手術を待つだけだった。
これが成功すれば、愛梨ともっと長い時を、一生分の時を過ごす事ができる。
……そう思っていた…。
手術当日、シュウは愛梨の手術の成功を見届けるために、早めに遊園地のバイトを切り上げた。
その日の夜は雨だった。冷たい雨が降り注いだ。
「嫌な雨だな…」
妙に嫌な感じがする。夜の空を覆いつくした雲から降り注ぐ雨を浴びながら、シュウはバイクに乗って、急いで病院へ向かおうとした。
だが、病院から程近い裏路地にたどり着いたところで、彼の道を阻んできた男たちが現れた。
「そこの君、ちょっといいか?」
スーツやコートで実を覆ったその男たちが何者なのか、そして今の質問にシュウは気づいた。
(ついにかぎつけられたか…!)
この人達が自分を狙う理由はわかる。
警察が、俺を捕まえに来たんだ。
「君にはさまざまな窃盗事件、詐欺の容疑がかかっている。このまま大人しく署まで来てもらおうか」
「…すいませんが、お断りします」
シュウは警官たちの使命も、自分が非行をやらかしたことで迷惑をかけてしまった人がいることも理解できる。でも、愛梨の命には代えられなかったから、覚悟を決めた。
「なんだと!?」
「あなたたちの在り来たりな正義にかまっている暇は無いんだ…まだやらないといけないことがある」
身勝手であることなどわかっている。自分もされる側に回されたらすごく嫌だ。
「勝手なことを!!」
シュウに対して怒りを覚え、警官たちはシュウを取り押さえにきた。それをシュウはすばやく振り切り、強引にバイクに乗って突っ切った。
たとえ許されないとしても、愛梨が生き延びるのを見届けるまで…それまでは絶対に…捕まる訳にも行かなかった。
----約束して、私がピンチになったら、ヒーローみたいにどこからでも駆けつけてきて、私を助けて
その言葉を胸に、シュウは走り抜けた。たった一人の、愛しい少女のために。
そして、愛梨が通院する病院についにたどり着いた。
「愛梨…」
待っててくれ…絶対に行くから。
乗っていたバイクを乗り捨てて、彼は病院の入り口に向かった…
自分はただ、人を守りたかった。幸せにしたかった。
ずっとそばにいてくれた少女を守りたかった。
たったそれだけだったのに…
病院に向かって一歩踏み出した瞬間…悲劇は起きた。
「……ッ!?」
病院が、突然大爆発を起こしたのだ。
窓ガラスが一瞬にして全てが砕け散り、病院はたちまち灼熱の炎に包まれた。
なんで…いきなり爆発なんかしたんだ?どうして?
突然すぎる出来事にシュウは、困惑するばかりだった。
しかし、炎を見ていてシュウは、はっとした。
「愛梨…ッ!」
そうだ、病院にて手術のときを待っているはずの愛梨がいるはずだ。
その身を省みることなく、シュウは炎の中に飛び込んでいった。
「ッ………!!!!」
病室のベッドの傍らで倒れていた、愛梨の姿を見つけた。彼はすぐさま、彼女の元へ駆けつけた。
「愛梨、愛梨!!」
体を起こし、愛梨の名前を読んで必死になって起こしにかかる。だが、愛梨はすぐに目を覚まさなかった。酷いやけどだった。
「…シュウ…?」
「愛梨!」
すると、ようやく愛梨が目を覚ました。
「何が…なにがあったんだ!?」
なぜ、突然病院がいきなり爆発したのか。もし調理室のガスの元栓が締められていなかった、としても今の爆発は規模が大きすぎた。
「わからない…でも、いきなり病院全体が一気に…爆発して…」
なんてことだ。せっかく忌まわしい病気から彼女が救われるはずだったその日に、こんな不慮の事故が発生するなんて。
とにかく、逃げなくては。絶対に逃げ切って、彼女だけは絶対に守らなければ!シュウは彼女を腕に抱え、すぐに燃え盛る病院からの脱出を図る。
しかし…追い詰めるように彼らの前に脅威が立ちはだかる。
「!」
炎の向こうから、人影が飛び出してきた。逃げ遅れた人だろうか?…いや、違う!
現れたのは、確かに人間だった。しかし正確には…『人間』の姿をしたビースト、『ビーストヒューマン』だったのだ。
「ウアアアアアア!!!」
ホラーゲームのゾンビのような奇怪な声を上げながら、彼らはシュウと愛梨に襲い掛かってきた。シュウは彼女を抱えたまま、引き返すしかなかった。
結局、二人は病院の中庭に出た。そこは入り口からは遠い位置にあった。
「くそ…!」
またしてもビーストが絡んでいたのか。自分は、結局こいつらから逃れられないというのか。こんなときに自作の対ビースト兵器でもあればよかったのだが、日本じゃ武器の持ち込みは禁じられている。ビーストの存在も混乱と恐怖の蔓延を防ぐために公にされていなかったから言い訳だって通じるはずも無い。
ビースト以外にも炎の脅威がある。ひとまず、まだ燃え移っていない壁の陰に隠れ、愛梨を下ろした。外だから窒息の危険も少ない。せめて誰か助けに来てくれたらよかったのだが…。
ひとまずの安心が、シュウの油断を誘った。
「!危ない!」
突如、愛梨が叫び、気力を振り絞ってシュウを突き飛ばした。
すると、突如彼らの背後の窓を突き破り、男性医師の姿をしたビーストヒューマンが一人現れた。
口をむき出しにし、シュウを突き飛ばした愛梨に向けてその口を広げ…
「ッ!!!」
愛梨の腹を食いちぎった。
「愛梨!!」
腹を持っていかれた彼女は、そのまま地に落ちた。
すぐに立ち上がり、彼女の元へ駆け寄るシュウ。火事で負った怪我ならまだ何とか助けられたかもしれない。だが…今度のはもはや取り返しのつきそうにないものだった。
「シュ…ウ…」
目を開ける愛梨だが、その目の光はあまりに弱々しかった。病院を燃やしつくそうとする炎が、雨に打たれていくうちに、沈下していく。まるで、彼女の命の灯火が消えていくように…。
愛梨の腹を持っていった憎きビーストヒューマンが、今度は残れず捕食せんとばかりに、血に染まった口をむき出しにして迫ってきた。
もうこれまでか、と思ったときだった。
「掃討せよ!!」
「「「「了解!」」」」
その声が轟くと同時に、シュウの耳に4人の声が届く。瞬間、一発の弾丸がビーストヒューマンに突き刺さり、倒れたそのビーストヒューマンは二度と動かなくなった。
「状況終了、生存者を確保」
「了解!」
現れたのは5人の、紺色の軍服を着た集団だった。隊長らしき男が、ヘルメットのバイサーをあげて部下に命令を下した。
「生体反応によると、生存者はこの二人だけです。でも…少女の方は…」
「そうか…」
もしや、とシュウは彼らを見て予想した。彼らはTLTが結成させた、対ビースト殲滅部隊なのか?
事実その通りだった。後にシュウが所属することになる対ビースト殲滅特殊部隊、ナイトレイダーAユニットのメンバーたちだった。今は、シュウの前任者でもあったという隊員『石堀』がパルスブレイガーによる生体反応探知の結果を和倉隊長に伝えていた。
いや、そんなことよりも愛梨のことだ。シュウは直ちに彼女の元に駆け寄り、腕の中に収めた。
「愛梨…」
「シュウ…」
名前を呼ぶと、弱り果てた…今にも消え入りそうな声が返ってきた。
なんで、こんなことになった…?
自分が紛争地域の一件を引きずって、役目から逃げたばっかりに、愛梨がこうなったのか…?
思えば、自分が携わった計画全てにおいて犠牲者がいた。
ザ・ワンが襲撃した新宿大災害。紛争地帯に出現したビーストの処理をかねた、対ビースト兵器のテスト。
全部、自分が関わったことで、どれにおいても死人が出た。
「俺の…俺のせいだ…」
もし自分が、紛争地域から離脱しTLTからの迎えをよこしてもらったとき、いちいち卑屈にならないで、ダラスに帰って、一人で新兵器の設計にかかっていれば、あるいは…。
「…もう…またそうやって…自分のせいだって…いうんだから…」
かすれた声で愛梨が口を開いた。
「前にも言ったでしょ…シュウって、なんでも自分ひとりでやろうとする…悪い癖…だよ…。
だから…もっと…仲間に頼っても…いい…んだよ…」
今にも消え入りそうな笑みを浮かべ、シュウの頬に触れる。
「もういい!喋るな!!愛梨…頼む…死ぬな…」
自分の頬に手を添える愛梨の、その細い手を掴み、シュウは必死に訴えた。だが、その願いとは裏腹に、彼女の手は次第に冷たくなっていた。
雨がさらに強く降り注いでいく。
「あぁ…残念…だな…もっと…シュ…一緒…られ…ら……」
「やめろ…!!お願いだ…逝くな…逝かないでくれ…!!」
必死に呼びかけ、彼女のこの世に留めようと躍起になった。
「ごめん…ね…シュ…ウ…」
しかし、現実は彼を裏切った。
抜け落ちていく彼女の手。下ろされた劇場の幕のように閉じていく瞼。
「………ッ……!!!」
絶対に起こってほしくなかった。だから今まで必死こいてきたというのに、それなのに…
「愛梨…?どうした…?なんで寝ているんだ…?」
「頼むよ…目を開けてくれ…」
「また一緒に…二人で…なぁ………」
一言も、帰ってくることは無かった。聞こえるのは、雨の音だけ…。
シュウは、泣いた。
叫んだ。
天にも届くほどの、声にならない涙の咆哮を轟かせていた。ひたすら泣き叫んだ。燃え尽きるまで、ただひたすら叫び続けた。
腕の中に、愛しかった少女の亡骸を抱きしめながら。
そして、気がついたらシュウは、ある場所で眠っていた。
窓もない。完全に外界と隔離された場所だった。
あぁ…そうか。
シュウは愛梨の治療のために、治療費のうち足りない分を盗みや詐欺といった犯罪さえも行うことで補っていた。それ以前に、ビースト殲滅兵器の開発と研究の資金調達のためにも同じことをしていた。
愛梨の死を見取った後、ついに逮捕されたのだろう。
自分が捕まったことなどどうでもよかった。もう愛梨はいないのだから。TLTにもアカデミーにも、おそらく帰ることはできないだろう。
つくづく、ついていない…。まぁ、どうせこの先も意味も無く生きていくことになるのだ。警察の牢屋の中で、静かに獄死するのもいいかも…。
そう思っていると、彼の元を訪ねてきた男がきた。眼鏡をかけた、どこか怪しさを放つ壮年の男だった。
「黒崎修平さん、ですね」
「…あなたは?」
「初めまして。TLTの管理官を勤める、松永と申します」
そこに現れたのは、後にシュウの上司となる男、松永要一郎だった。
「TLT…!?」
シュウは目を見開いた。なぜ今になってTLTの人間が自分に接触してきたのだ。
「あなたの設計した対ビースト殲滅兵器の設計図のおかげで、我々TLTはビーストに対抗できるだけの兵器をもって、ビーストと戦う力を身につけました。感謝します」
「…褒められても嬉しくありません。私は…そんな人間ではありません」
新宿大災害、姫矢の訪れた紛争地域、そして愛梨のこと…それら全てにおいて自分はたいした成果を上げるどころか、場合によっては最悪の結果ばかりを残してしまった。
「そんな人間に、なぜ管理官という役職についているあなたがここに来たんです?一体なぜ…私のような出来損ないの元に来たんですか?」
「…相当、今回の件で参っているようですね。無理も無いでしょう。
あなたは病に犯された少女を救うために、あらゆる非行を行ってまで治療費を稼いだ。だが、その少女が入院していた病院が、突然ビーストによる襲撃で、結局全てを失った…。
心中、お察しします。ですが、我々には、あなたに過去を悔やむ時間を与えるわけにはいかないのです」
「どういう意味ですか…?」
いまいち食えないというか、つかみどころの無い、そんな笑みにも似た表情を向けながら、松永から驚くべき通達を受けることになった。
「黒崎修平さん。あなたを新たなナイトレイダーの一員に任命することが決定されました」
「何…ナイトレイダー…!?」
まさか、とシュウが思うと、松永はそのときの彼の考えていることを読み取り、説明した。
「ええ、あなたには前線に赴き、ビーストを殲滅する任務についてもらうのです。
あの少女の仇を討つことが、できるのですよ?」
「…私は確かに、ビーストが許せません。ザ・ワンが現れたあのときから…でも、何より許せないのは、自分自身です」
ビーストを、愛梨を殺した仇と言われたが、シュウはそれ以上に、ふがいない自分が許せなかった。ビースト殲滅兵器を作り出したことについては成果はあったかもしれない。でも、それ以上に失敗と最悪の結果ばかりを残してきた身の自分だ。何も誇れなかった。
「それに私は、愛梨の治療費のために窃盗や詐欺事件を起こしています。そんな履歴を持つ人物を味方に引き入れるというんですか?」
「ご心配なく。あなたが起こした犯罪行為についてですが、我々TLTの方で処理をしております。あなたの戦地での新兵器テストでの失態と、日本で少女の治療費を稼いでいた件の責任の一端は、我々TLTにとっても無視できないことですので。
何より。TLTの機密でもあるプロメテウス・プロジェクトで誕生したあなたをこのまま野に放つことも、機密漏洩の危険がありますからね」
最後の切り替えしを聞いて、シュウはなるほど…と思った。自分もTLTの傘下にいた身だから、機密情報の重要性はわかっている。どのみち自分に断るという選択肢などないことも理解した。
「…いいでしょう、やります。どうせ、俺には…これしか選択する道しかない」
シュウはナイトレイダーとなることを決めた。
姫矢、セラ、研究に関わって着てくれた仲間たち、紛争地帯の人々、そして愛梨…。
自分が関わってきた人達が傷つき、果ては死んでいった…
何人もの人達が俺と関わったせいで…いや、自分が死なせ傷つけてしまったんだ。
その人たちに対して償う方法…それがナイトレイダーとして戦うこと、ビーストとの終わりのない、命を賭した戦いだというのなら…。
そんな彼の胸中を見抜いていたような目をしていた、よい返事をもらえた松永は確かな笑みを浮かべた。
「配属先については、あなたの成果と今後の我々の状況次第とします。期待していますよ」
それからシュウは、ナイトレイダーとしての訓練に勤しんだ。
ダムのそばに設置された螺旋階段の往復、まるで自衛隊訓練のごときサバイバル訓練、体力にも精神にも堪えてくるものが多かったが、それでもシュウは、『罪を償う』という強い目的意識のもと取り組んでいった。
やがて、ナイトレイダーに所属していた、とある隊員の裏切りが露見し、その直後に起きたTLT史上最大の戦いの後、シュウはその後釜として、ナイトレイダーAユニットの隊員として迎え入れられた。その際に、孤門ともはじめて知り合い、ナイトレイダーとしての戦いに身を投じることになる。
過剰ともいえる自己犠牲精神を、抱きながら。
そしてシュウは、笑顔を失った。
「大切な人も、夢も…何もかも、俺は失った。それどころか…何度死んでも償いきれないような罪を重ねておきながらのうのうと生きている。
俺は、そんな自分が何よりも許せない…」
「……」
「愛梨が死んで、ナイトレイダーに入隊した俺は一生を償いのために注ぐと決めたんだ。
異世界であるここでウルトラマンとして戦っているのも、そのためだ。
力を与えられたこともまた、俺に課せられた罰だと考えている
もう誰にも、傷ついてほしくないから…」
まだ20にも満たない若い青年だというのに、予想以上に壮絶な人生を歩んできたシュウに、アスカは言葉を失っていた。まだ子供だった頃に怪獣との戦いに巻き込まれ、たくさんの辛い思いを経験してきた。そしてその期間の間に、自分の夢も、大切なものさえも…。
「さて、話したぞ。あんたは俺に何を言いたいんだ?」
シュウは、何か言いたくて話しを促したんだろ?と、どこか挑発的に言う。話したところで、過去は変わらないという諦めざるを得ない理を認知している。
「…波乱万丈ってのはまさにこのことだな」
まるで悲劇性満載の物語を聞いたような感想を抱いたアスカは背を向けていたシュウに行った。
「お前が辛い出来事を経験したってのはわかった。それで責任を誰よりも重く受け止めているのもわかった。けどな…お前一人で背負いきれるほど軽くないだろ?その話の時期だって、お前はまだ子供だったじゃんか」
いくら天才児だったとしても、子供が怪獣と戦うなんてこと自体、危険極まりない。アスカはシュウに言おうとしたが、シュウは首を横に振った。
「だからどうした。子供だろうがなんだろうが、俺は責任を果たせなかった。それどころか、守りたかった人たちを傷つけ、死なせたんだ。
俺は夢を叶えるどころか、たくさんの人たちの夢も未来も…奪っていたんだ」
救護セットを片付けると、シュウは扉を開いて外の様子を確認する。アルビオンの兵の姿は、まだ見当たらない。今のうちに動き出した方がいいだろう。
「少し時間を食ったな。そろそろ出た方がいい」
「おお…」
シュウはアスカに肩を貸すと、彼が肩につかまったところで、再び地下施設の出口を目指した。
しかしそのとき、すでにあの男が…どこからか彼らを見つけていた。
「さっきの話の続きだけどよ」
出口を目指す最中、アスカは自分に肩を貸しているシュウに向けて口を開いた。
「俺はまだ、諦めるにはまだ早いと思うぜ」
「何がだ」
アスカに肩を貸して歩きながら、シュウはアスカに尋ねる。
「お前の夢のことだよ。まだ終わるには早いんじゃないか?」
「…?」
シュウはアスカの気が知れないと言いたげに、横目で彼を見る。しかしかまわずアスカはシュウに話を続けた。
「俺さ、地下に都市を作ろうとするとある会社の社長さんに会った事があるんだ。子供の頃、土を詰め込んだビンの中にアリを放して、巣を作っている姿を観察してたんだってよ。それがきっかけで、人間も地下に都市を作れるんじゃないかって思いついたんだそうだ。
けど、夢の一歩手前で下手をこいちまって、完成手前の都市がめちゃくちゃになっちまった。普通なら、お前みたいに夢を諦めたくなるけど、あの人はまた地下都市を作るのを諦めようとしなかったんだ。アリのように、何度でもってさ」
「……」
「他にも、地球人として生きてきた宇宙人の少年とも会ったことがある。ある日、滅んだ故郷に代わる星を、同胞たちと共に見つける旅立つことになってな。そうなったらもう二度と、地球で出会った友達とも、家族とも会えなくなるのを覚悟して、友達に見送られながら旅に出たんだ。そして彼の地球の友達は、いつか彼にもう一度会うことを将来の夢にしてがんばることを誓ったんだ」
それは、アスカが今より少し若い頃の戦いの日々の一端を簡潔に明かしたものだった。
「夢はさ、支えてくれる人や諦めない心さえあれば、何度だって挑戦できるんだ。お前はまだ何年もの未来が待ってる。そんな長い時間を、ただ償うためだけに費やすなんてもったいないぜ?
ティファニアたちもそうだろうし、お前が大切に思っていた女の子…愛梨ちゃんだったか。彼女だってきっと、お前が幸せに生きることを望むはずだ」
愛梨という少女のことは、シュウの口から聞いただけだが、ずっとシュウのそばで死ぬまで支え続けてきた、誰もが羨むであろう心優しい少女であることがたやすく想像できた。
それは、シュウも心のどこかではわかっていた。ずっと一緒だったからよくわかる。
だが…。
「…やめてくれ」
シュウはアスカの言葉を拒否した。
「俺は、数え切れない罪を犯してのうのうと生きてる自分が許せないんだ。
その罪を忘れて自分だけ幸せをつかもうとするようなことをしたら、もっと自分が許せなくなる。
『大事に思っていた少女を死なせておきながら、どうしてお前は生きているんだ』って…」
昔の罪を忘れる、シュウが恐れ、許せないと捉えていることだった。まるで、自分の大切な人が誰かに殺され、その犯人を永遠に憎み続ける復讐者のようだ。大切な人も夢も失った彼の無念は、やがて心の中で燃え続ける、消したくても消えない炎となっていたのだ。
「…未来を変えても、過去は変えられない。もう、俺の夢も未来も終わったんだ。
償いの戦いを続け、いつかボロボロになって一人孤独に死ぬまで、俺は戦いから逃げることはできない」
どうあっても自分の未来を変えようとしない意図があるのをアスカは悟った。ずっと苦悩し続けてきたのだ。一朝一夕で変わることじゃない。
でも…こんな悲しい終わりは、アスカは嫌だった。同じウルトラマンだから、なおさらだ。
気が付けば、二人は出口に差し掛かっていた。
「…じゃあ、シュウ。ティファニアたちの元に戻ったら、どうする気だ?」
入り口の扉を開く前に、アスカはシュウに尋ねた。
自分はメフィストとの前の戦いで、ティファニアを足手まといというきつい言葉で拒絶してしまった。俺は戻るべきなのか?…いや、戻れるはずがない。
彼女たちをこれ以上苦しませたくない。死ぬまで戦わなければならない自分と一緒にいるべきじゃないのだ。
「…一人で、ビーストハントを続ける」
「一人ぼっちのまま、戦うってか?」
「…それが一番いい」
戦い続けるだけの修羅の道を選ぼうとするシュウ。
それを聞いて、アスカはシュウに向けて「それは違う」と言い返した。
「そんなんじゃ、結局何も守れないまま死ぬだけじゃねぇか。もしお前が死んだら、それこそティファニアたちの心に傷を入れるだけじゃないか?お前が一人になるってことが、ティファニアたちを間接的に守るとかあり得ねぇ。もしお前が戻らなかったら、お前が傍にいない分あの子達は前よりも驚異にさらされやすくなる。結局、誰かが傷ついて、お前も誰も守れないって結果になるだけだ。
仲間も自分も大事にできない奴は、なにも救えやしないだろ」
――他の誰かを助ける前に、自分を大事にしてよ!
――自分を大切にできない人に…何が守れるって言うの…!!
その言葉はシュウが、彼の正体を知ったティファニアから言われた言葉と同じだった。言われた時のことを思い出し、シュウは心になにか引っ掛かりを感じた。
「自分のこと何も変えようとしないで、過去に縛られて未来から逃げ回って…考えてみろよ、それこそ罪だろ?」
「ッ!!」
アスカの言葉で、シュウは言葉を返せなくなった。
図星だった。
今まで自分が戦ってきたのは、悲惨な光景を見て『自分が傷つく』のが嫌だったからだ。
優しさの裏に利己的な意思が混ざっていた。
しかし、精神的に日に日に追い詰められていくシュウは、自らの過去を無視できないあまり、自分の回りを軽視し、突き放し始めた。他の誰かが自分をどう思っているか…そこから目を背ければ、その分自分が傷つくことはない。そしていつか、自分が戦いの果てに死ねば、自分は二度と傷つくことはない。
それを指摘され、シュウはついにその表情に歪みが生じた。
「…だったら、どうしろって言うんだ…!俺は過去を捨てることも忘れることもできない。愛梨が俺のせいで死んだ…姫矢准の人生にも深い影を落とした…たくさんの人を守れなかった」
同時にシュウの頭の中に、自分のせいで傷ついていった人たちの姿が何度も走馬灯のように蘇った。
ザ・ワンに蹂躙される自衛隊や新宿の街の人たち。
戦場で出会った少女や、目の前で彼女を失った姫矢。
自分の腕の中で死んでいく愛梨。
ラ・ロシェールでラフレイアの爆発から守りきれなかった人たち。
消したくても消せない心の影が浮かび上がる。
「俺は…俺自身が、みんなの平穏を乱す存在になることが怖いんだ」
そして、今もどこかで生きて、彼の身を案じるティファニアたちウエストウッド村のみんなや、故郷で自分が行方不明になって身を案じているであろうナイトレイダーのメンバーや憐たちに遊園地のバイト仲間たちの顔も過ぎった。その人たちまで、自分と関わったせいで命を落としたり傷つくことになる。そう考えると、不安と恐怖、そして自分に対する怒りや絶望やらが湧き上がって消えないのだ。
「いいか、シュウ。お前が自分と関わった人たちが傷ついたりするのが怖いのはわかる。でも、誰だってそうじゃないか? それでも人がどうして当たり前のように、新しい人たちと出会い、互いに支えあって前に進むかわかるか?
『それが、人間だからだ』」
「人間、だから?」
「ああ。っても今のは父さんの受け売りだけどな。
お前はウルトラマンである以前に、ただの人間なんだ。だから、誰かの傍にいたっていい。救われるのを求めてもいい。だからよ、償いとか罪とか…そればっかりに囚われて心を閉ざすことだけはやめとけ。つーか、なおさら自分の未来からも、自分と関わった人たちの存在や思いから目を背けんな。
人は夢が続く限り前に進むことができる。どんな困難にも何度だって挑戦できる。だから…
終わったなんて言っちゃ駄目だ!」
「アスカ…」
罪を感じるなら、償うくらいなら、寧ろ終わってはならない。前に進まなければならない。
シュウの心の中に、何かが湧き上がるのを感じた。
それはこれまで罪や後ろめたさばかりを積み重ねてきた自分に対する絶望の闇などではない。
本心ではずっと求めていた、『光』だった。
その時だった。二人の目の前に立っていた扉が、突如ガタン!と音をたてて開かれた。
しかもそれだけじゃない。
開かれた景色は、荒れた広野と暗い闇の世界だった。
「な…どうなってんだ!?」
「これはダークフィールド!?まさか…」
闇の巨人たちが展開する、闇の亜空間。これを使えるやつなど限られている。
「夢か…確かに夢はいいものだな」
「「!!」」
嫌悪感さえいだくほど、ぞっとするような男の声。二人は振り返った。そこにあったはずの地下施設への扉はなかった。
代わりに、会いたくなかった強敵の姿がそこにあった。
「だが、俺の夢はお前たちのような生ぬるいものなんかじゃない。血を血で洗う。まさに生物の心理ともいうべき闘争本能に忠実なものだ」
白炎のメンヌヴィル、ダークメフィスト。
またお前か、そう言いたげなほど二人は顔を歪めた。
「要は、ロクでもねぇ野望だろ」
「素直に己の残忍さを省みず、聖人ぶった偽善を振り撒く貴様より素直だと思うがな。
それと、俺の獲物に余計な知識を感情を植えつけないでもらおうか?下手に腑抜けられては、俺が面白くない」
さっきの二人を見たのか、メンヌヴィルはまるで三流ドラマを視聴して不満を爆発させたかのような、いかにも自分は不愉快だといっているとしか思えないほど顔を歪めた。
「お前も来いよ。素直に自分の闇を解放しろ。そして心行くまで殺し合おうじゃないか。心地いいぞ?
強者が強者を焼き、その臭いを嗅ぐ瞬間は」
しかしすぐに下卑た笑みを見せながら、メンヌヴィルはシュウに向けて手を伸ばし、こちらへ来るように手招きする。アスカは心底カチンと来た。
「ざけやがって…依頼人からの頼みとか、訳のわからないことを抜かしシュウを浚っときながら今度は勧誘かよ」
「貴様は後で遊んでやる。依頼人からの頼みもある以上、まずはそいつを確保しなくっちゃな。
『あの男』以外で初めてだ、本気で殺し焼きたい奴が現れたのは」
そういってメンヌヴィルは、ダークエボルバーを取り出し、左右にそれを引っ張ると、闇の波動がスパークし、彼を闇の巨人…ダークメフィストへ姿を変えた。
「…そんなに望むなら、戦ってやる」
ご指名を受け、シュウは自らこの男に…目の前に現れた黒い巨人へ引導を渡さねばと、エボルトラスター取り出そうとする。
だがしかし、アスカがシュウの前に立ち、リーフラッシャーを握ってメンヌヴィルと対峙した。
「こいつは俺がやる。シュウ。お前は下がってろ」
「貴様も獲物としては悪いもんじゃないが、そろそろ俺も仕事を優先しないといけない。
そこをどけ」
「なんでてめえみたいな野郎の要求を聞かなくっちゃならねぇだよ」
今は邪魔だと言いたげに、メフィストはシュウのほうを見ながらアスカに退くように言う。
だが、アスカは当然ながらそれに従わなかった。
「…やはり貴様から殺すことにするか。そいつは俺の獲物だ。心を闇に染めた状態でいてもらわないと困るんでな。まぁいい。貴様もまたウルトラマンだ。楽しく殺し合えるだろうな」
それを聞いて、アスカは激情を露にする。ここまで人殺しを楽しむような外道はアスカ自身、覚えこそあるが…これまで彼自身が戦ってきた敵の中で、この男はトップクラスの邪悪さだった。地球人を『無意味な存在』の一蹴で滅ぼそうとした下衆異星人の比でもない。
「心を闇に?てめえ、まさか…シュウをこれまでとことん追い詰めようとしているには、ロクでもねぇ企みがあるからってことか!一体何が目的だ!?」
こいつはウエストウッド村の壊滅に携わった奴の仲間で、自分たちの身勝手な欲望のために彼らを苦しめてきた。シュウはただでさえ少年だった頃から苦悩と葛藤、悲劇にさらされ続けてきたのだ。これ以上苦しめさせてなるものか。
「…しいて言えば……『贄』だ」
「贄?」
やはりこいつ…いや、村を襲った連中のことを考えて『奴ら』と言うべきか。シュウを使って何かをたくらもうとしている。
今はこいつらを相手にシュウを戦わせてはならない。アスカは強くそう思っていた。
地下施設の闘技施設のゲートの向こうのフロア。そこでシュウを見つけたときの光景を思い出す。
吐き気を催すほど、血で満たされた光景。アスカがこれまでの人生で決して見たことのない、できれば見たくもなかった悲惨な光景。そしてどういうわけか、その中央に血まみれの状態で突っ立っていたシュウ。
振り返ったそのときの彼の瞳は…!
とにかく、この男とシュウをこれ以上、戦わせるのは危険と判断した。
だが一方でシュウもアスカに言い返す。
「待ってくれ。あんたは怪我を負っている」
さっきの怪我、原因はわからないが、飛鳥ほどの男がかなり痛めつけられたことが十分にわかっていた。そんな状態で戦えば、いかにアスカが自分より長いこと経験を積み重ねてきたウルトラマンであっても、苦戦は免れない。ましてや相手は…闇のウルトラマンだ。光の存在であるアスカでは決して行わないであろう卑劣な手段もことによっては講じる可能性が高く、それ以前に実力もこれまでの戦いでとんでもないものであることが証明されている。
この男を相手に、アスカがたった一人で戦うなど危険だ。だが、アスカはシュウに言い返す。
「シュウ、お前も十分疲労が溜まってるじゃねぇか。このまま二人で真正面からぶつかっても、ちと厳しいぞ」
「だったらなおさら…!」
なおも言い返そうとするシュウ。
と、そのときだった。
ドガッ!!とシュウの腹に、強烈な一撃が見事に入った。アスカが放ったものだ。
あまりにも強烈なみぞおちへの一発に、シュウは殴られた箇所を押さえながら倒れこむ。
「うぐ…!?」
何の真似だ、という余裕もなかった。
「お前の役目は…まずはあの子達のもとに帰ってやることだ。そして、ちゃんと心配かけたこと、謝ってこいよ。今回お前が背負う気だった分の苦労は、俺が肩代わりしてやる」
「アス…カ…」
意識が薄れていく。アスカに向けて手を伸ばすシュウだが、視界がやがて闇の中に飲み込まれていく。
「安心しろ!この卑怯者をぶちのめすまで死にはしねぇ!
俺は不死身のアスカ!
ウルトラマンダイナだ!」
その言葉を最後に、シュウの耳に響いていたアスカの声は遠くなっていった。
最後に見えたのは、アスカが光に包まれてウルトラマンダイナに変身し、シュウを執拗に狙ってきていたメフィストと対峙する姿だった。
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