衛宮士郎の新たなる道
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第16話 集う因縁
衛宮邸の朝は早い。日曜日や休日であろうとそれは変わらない。
土日祝日は百代が来ないので、担当エリアを今まで通り士郎がしていたが、実は昨日からは別だった。
「清掃完了しました」
「ああ・・・・・・・・・・・・はい、ばっちりです」
庭の掃除をティーネが。
それ以外を冬馬と小雪が担当し。
「リズさん。そちらは如何です?」
「下ごしらえは一通り終えましたよ?」
朝食はリズと準で分担していた。
深く事情は聞いていないが、問題が再び町で起きていて、士郎が町を守るために奔走していると分かれば、士郎の事を父か或いは兄として見ている3人としては、出来る限りのサポートをするまでだと息巻いた。
ティーネとリズの2人は、病人扱いとは言え何もしていないのは居心地が悪いと言う事で、手伝い始めたのだ。
記憶は失っていても体がこれまでの経験を熟知しているのか、自分に何が向いているのか何ができるのか判断した上での配置であった。
では士郎は何所に居るかと言うと――――。
「それで行方不明になった津川瑤子さんは見つかったんですか?」
「いえ、依然として。今のところ手がかりひとつなく、今日も朝から現場検証に行くようです」
昨日、ある豪邸の自室に居た筈の少女が突如行方不明になる事件について、士郎は石蕗和成から報告を受けていた。
勿論理由は昨日のサーヴァントの反応の件だ。
昨日は結局間に合わず、着いた時には既に反応が消えていたのだ。
「ただ、家を警護していたボディーガードと家政婦が揃って白昼夢の様なモノを見たと証言している様です」
「白昼夢・・・・・・・・・一体如何いうモノですか?」
「突如天井壁床階段全てが石造りの回廊に覆われたと。何人かは恐る恐る事態を探ろうと歩いていたそうですが、何所も同じ作りで自分が何所に居るのかどれだけ歩いたのかも分からなくなるほど前後不覚に陥ったと。それはまるで――――」
「迷宮か」
スカサハの答えに首肯で応じる。
「迷宮と言えば世界にもチラホラと出て来るが、一番メジャーかつ一番古いのはギリシャ神話に出て来るクレタ島の地下迷宮じゃな」
「もしその地下迷宮を顕現させたのであれば、そのサーヴァントの真名は造った張本人のダイダロスですかね?」
「もしくは造らせたミノス王か、或いは――――」
最後の心当たりは言わずとも判る3人。
解らないのはサーヴァントとしての知識を備わっていなかった、エジソンとシーマの2人だけ。
「それにしても固有結界を使うサーヴァントとは厄介ですな」
「いえ、そうじゃないんです和成さん」
「?」
「昨日は遠目から見ても、あの周囲には固有結界なんてどこにも展開など無かったんです」
「若が言うのであれば疑う気はありませんが、であれば一体・・・」
「大魔術には固有結界に似て非なるモノも僅かなれどある。そしてクレタ島の地下迷宮であるのなら、世界を侵食したのではなく、世界の下側にに形成したと考えるのが妥当であろうな」
全て勝手な推測ではあるがなとも付け足すスカサハ。
しかしそれが一番、真に近いのではないかと思えるもので、誰も異を唱えるものなど居なかった。
「・・・・・・他には何も言ってませんでしたか?」
一拍置いて士郎が和成に質問をする。
「そうですね・・・・・・。そう言えば家政婦が津川嬢の悲鳴を何度か聞いたと証言していたと。恐らくは襲われたのでしょうね」
「ならば既に死んでおろうな」
「・・・・・・・・・!」
スカサハの言葉に沈黙が流れそうなところで、士郎1人がすかさずある音に反応して縁側に続くドアを開けて、そのまま上から落ちてきた何かをダイビングキャッチしたまま庭に出た。
ある音とは屋根の瓦の音と、そこから転げ落ちるある質量――――人体の音だった。
そして勿論士郎がキャッチしたのは人であり、何とティーネだった。
「だ、大丈夫ですか?」
彼女自身の質量に加えて重力加速度の全ての衝撃を完全に緩和させて、全く痛み無くお姫様抱っこされるティーネ。因みに士郎は顔を覗き込むように見ているので、かなりの至近距離だ。
「は、はい。すいませんお手数おかけして」
全身鋼の様な筋肉に覆われているにも拘らず、抱っこされているティーネは全く痛いとも堅いとも思わず、寧ろ心地よさすら感じた。
まあ、士郎の顔が至近距離まで迫って来ているので、否が応でも頬が朱に染まっているが。
そして降ろされると、僅かながら残念に思えた。
「それにしても如何して上から?」
「屋根の掃除をしようとしていたのですが、歩きづらくて思わず・・・」
「転んだんですね?大丈夫ですから。気持ちだけ受け取りますから危ない事は控えて下さい」
ティーネに士郎が注意を促すと、何故かスカサハが呆れ声で言う。士郎に。
「士郎。攻略してフラグを建てていくのはお前の勝手だが、人数やタイミングに気を付けないと、専用ルートが確定する前に刺されると言うBADエンドに陥る事になるぞ?」
「何の話です?」
士郎が心底訳が分からそうな顔をすると、スカサハは最早言うだけ無駄かと諦めた。
「流石は若!」
「シロウは英雄色に好まれると言う奴だな!」
「流石は我々のマスターだ!」
けれど、何故か男3人は士郎の誑しぶりを褒める。
だが士郎としては褒められた理由も判っていない。
まあ、成り行き上の結果論ではあるが士郎にとっていい息抜き――――清涼剤と言う名の一時になったことには間違いなかった。
-Interlude-
一方、今この町に問題を起こしている1人と2体はライダーの作った拠点に戻っていた。
今更だが、この船内は外の空気などを完全にシャットアウトできる作りになっており、ヒカルも船内の中であれば好きに活動できる。
さらにヒカルがアステリオス召喚後、この船内で寝ている間にライダーによってヒカル専用の生命維持装置を彼女の体内に埋め込まれており、最高24時間外で活動する事も可能となっている。
そしてそのヒカルの体をサポートして拠点を提供した本人と言えば――――。
「ライダーさんは何処かに行ってしまわれたんですか?」
「ああ、忙しいとか抜かしてとっとと消えた」
一応ライダーが忙しい理由になら心当たりがある。
現在ライダーの手によって、アヴェンジャーのマスターの本拠地はある改造を施されている。
しかしアヴェンジャーがそれだけとは鵜呑みにしていない。
そもそもライダーの本物が本拠地に居る奴なのか何所に居るのかなど、アヴェンジャーもマスターも把握していないのだから。
物思いに耽っているアヴェンジャーは、コミニケーションを取り合っている主従を見る。
ヒカルには魔術回路が無いので、その代わりに魂と言う彼女自身のエネルギーを使っている。
勿論使えば使うほど無くなって行き、いずれはヒカル自身が消滅する。
しかも通常の魔術では無く、サーヴァントの現界と宝具の開帳に当てているのだからその消費量は凄まじい上に、バーサーカークラスに当て嵌められているのでリスクはさらに高まる。
しかし憤怒の適正により、彼女の魂のエネルギーは大魔術師クラスの魔術回路数を遥かに凌駕する―――代わりにいずれ感情の全てが憤怒に支配される事になる諸刃の剣である。
だがヒカルはそれらをすべて聞いた上で行動を起こした。
復讐の成否にかかわらず、一度使えばいずれ燃え尽きる結果に行きつく事になろうともだ。
因みに言えば、津川瑤子は死ぬ直前まで劇痛を負わせた上で魂のエネルギーを高めた上で、魔力の足しにさせてもらったのだ。
なのでスカサハの予想通り、死因は兎も角、津川瑤子と言う人間は滓すらも残っていなかった。
そんな死んだクズの事を思い出していたアヴェンジャーに、ヒカルが突如アステリオスとのコミニケーションを一旦止めて聞いて来る。
「昨日言っていた鼠たちとは誰の事なんですか?」
「・・・・・・・・・マスターピースと言う名のハイエナどもだ。その紛争や騒動の原因や人の意思を一切無視して我が物顔でそこを踏みにじる、薄汚い救世主気取り達の徒だ」
反吐が出ると最後に付けだすアヴェンジャー。
その語り口はまるで見て来たかのようだった。
そしてヒカルはアヴェンジャーの主観に口を挿まない。その代わりでは無いが杞憂を口にした。
「じゃあ、マスターピースの構成員の人たちが私たちの邪魔を?ただの人ではアステリオスに適うとは思いませんが・・・・・・」
「これは当然世間では知られていないが、奴らはお抱えの魔術師が幾らかいる。そしてサーヴァントも戦力として使っている」
「そ、そんな・・・・・・・・・あっ、そう言えば昨日の昼にライダーさんが援軍を送るって言ってたのはそれを配慮してだったんですね?」
「その筈だ」
その言葉とは裏腹にアヴェンジャーはまるで信じていなかった。
アヴェンジャーにとってライダーは何所までも胡散臭い存在だったからだ。
-Interlude-
アヴェンジャーに鼠と称されたのは確かにマスターピースの使いに他ならないが、それ以上に危険な鼠はこの町の郊外に居た。
そこは和をメインとしている豪邸で、その家の主は最上幽斎と言う元企業家であり、現在は九鬼の営業部の幹部の1人である。
そして当の本人は書斎にて、ある存在――――自分のサーヴァントと向かい合っていた。
「さて、昨夕は何故手を出さなかったんだい?」
「何故?そんな事は当然目標を仕留める為に最善の策を取ったまでだ」
応じるサーヴァントは、黒と灰色の鎧に何故かボロボロの赤い外套を頭から被り、口元も包帯らしきものを巻いて見えず目元もまるで見えない暗殺者である。
「まさか同情したのではあるまいね?」
「同情?」
「確かに今回の主犯の少女の経歴は同情に値するが、だからと言って――――」
「下らない。僕はアンタに召喚されるまで、生前も死後の“守護者”としても汚れ仕事をしてきたんだ。そして今回の件もその一つに過ぎない。アンタが僕をどの様に考えようと自由だが、同情に値するなどと言う御花畑的思考を口にするなら暁光計画など止めておくんだね。どうせその程度のメンタルでは後悔の中で耐えられなくなる」
「あー、わかったよ。口出しした私が悪かった。――――だが私にも事情があるのでね、君が慎重になり過ぎて時間を掛けすぎる方針で行くなら令呪を使うしかなくなるよ?」
令呪を見せつけようとする幽斎に如何でも良さげに背を向ける。
「言われるまでも無い。今日からでも狩り始める。遅くとも明日明後日中には片付けるさ」
「それは助かるが、これ以上の犠牲を止める気は無いと?」
「主犯の少女に狙われている者達は全員、幾人もの同世代の子供を自殺に追い込んでいる下種なのだろう?なら庇う必要など無い。精々いい囮として使うまでさ。それと、仕事が終わり次第ここには戻らずに、今まで通り世界中のシャドウサーヴァント狩りに専念させてもらう」
「その判断は君に任せるよ。では健と」
幽斎の最後の言葉を聞き終えずに暗殺者は立ち去った。
その何時も通りの愛想のなさに幽斎は肩を竦めるモノの、仕事人としてはある種の尊敬を覚えるモノだった。
丁度その時、ドアの向こうからノック音が聞こえる。
「旭かい?いいよ、入っておいで」
「ではお言葉に甘えまして・・・・・・あら?お客様は?」
「帰ったよ。彼にはやることが山積みだからね」
もっと話をしたかったんだがと苦笑する幽斎。
しかし幽斎の娘である最上旭は、何時の間にこの部屋を出て行ったのか気になっている様だ。
「私に気配を悟らせないせないなんて、士郎以外で初めてだわ」
「士郎と言うと、衛宮士郎かい?確か旭の熏柴韋威胴丸を一目で見破ったと言う・・・」
「ええ、そうよ。初対面で見破られた時は本当に驚いたけど、事情を話したら誰にも言わないって約束してくれたわ。そう言えばお父様は大丈夫なの?確か士郎の後見人の藤村雷画殿は、自分のテリトリーでの企みに相当敏感だとか」
「ああ、計画名から具体的内容までは兎も角、すでに私がこの地にて何かしようと動いていることなら、ばれているよ。去年、旭が学校の修学旅行に丁度出かけている所に呼び出しを受けたからね」
さらっと笑顔でとんでもない事を言う父親に、流石に娘で会う旭も喰いつく。
「よく無事でしたね、お父様?」
「ああ、だけど私の立てた計画で藤村組の利益が損なわれる時が来たらどうなるか、とドスの効いた言葉と態度で脅されてしまったがね」
何所までも自分のペースを崩さない父親に、旭は何時もの事かと呆れる。
「それはそうと、お父様に聞きたい事があるんですけど」
「いいよ、何でも言ってごらん」
重要な話だったろうに、こうもあっさりと話題を切り替えられるとは、根っこは似た者同士の親子でもあるのだった。
-Interlude-
此処は川神市で一番近い自殺の聖地、川神山。
基本誰も近寄らない川神山の頂上付近に突如として出現したのは、ヒカルが先生と呼んでいるアヴェンジャーの協力者であるライダーだ。
「・・・・・・・・・時間丁度ですね」
『それはお前だろ?』
ライダーが振り向くと、そこには重々しい鎧と仮面姿の全世界最強の傭兵である、軍神ラミー・ルイルエンドがそこにいた。
「此処に来るまで誰かに気付かれませんでしたか?」
『そんなへまをこの私がすると思うか?』
「いえ・・・。それよりここまで足を運んで頂いたと言う事は、依頼を受けてくれるんですね?」
『別にいいが、いいのか?これは“奴”に対する反逆になるだろう?』
揶揄う様な明らかに含みを持ったラミーの言葉に、ライダーは一切動揺せずに返す。
「後になって追及してくるでしょうが、証拠さえ残さなければいいのですよ。それに“彼”には我々への命令権は無い。私達が真に従うべきはマスターである“あの御方”でしょう?」
『一緒にするな。私はお前と違い、アレに忠誠など誓った訳じゃ無い。あくまで目的遂行のために利用してるだけだ。そもそも私からすれば、五十歩百歩だ』
怒気を孕んでいるワケでもなく、語尾を強めているワケでもない。
しかし同類のように扱われた事が心底不愉快だったようで、吐き捨てるような言葉だった。
だがライダーはその事に対してもさほどの固執は無いようで、まるで気にした様子も無く謝罪する。
「それは失礼しました。ですがそれでも受けて下さって感謝しますよ」
『・・・・・・フン。それで私はどう動けばいい?合流すればいいのか?』
「どちらでもかまいませんよ?貴方におまかせします」
『好きに動けと?ならこの鎧と仮面も外していいのか?』
「構いませんよ?外せればの話ですが」
『・・・・・・・・・・・・』
「如何やら色々と了承して頂けたようなので、私はこれで失礼します。それでは宜しくお願いしますよ?軍神閣下」
恭しく礼をしながら、ライダーの姿はデータの様に掻き消えていく。
それを見送ったラミーは、山頂から町を見下ろしつつ仮面の下で悪態をつきながら1人呟く。
『そっちがその気なら、本当に好きに動かさせてもらうぞ?川神氏周辺には顔を見たい奴にも居るからな』
-Interlude-
昼頃。
百代は川神院の近くのカフェにて、呼び出しを受けていた。
そして当の呼び出した人物――――士郎と向かい合って暫く、呼び出しといて無言を貫いていた。
しかし百代からすればその煮え切らない態度に苛立ちが増して行き我慢の限界も近づいていた。
「何なんだ一体!私に何か用があるから呼び出したんだろ!?」
今の百代にもやる事がある。例えば綺麗なお姉さんをナンパするとか、例えばまだ話したことのない可愛い新入生(勿論、女子)に粉を掛けるとか、例えばハーレム(勿論、女子)の子達に驕ってもらいに行くとか・・・・・・・・・・・・じゃなくて!モロの事について大和達と話し合いをしに行こうとしていたのだが、珍しく事前の連絡も無しに士郎が自分の事を呼び出したから、こうして来たのだ。
なのに・・・・・・。
「爺からも勧められるように来たんだぞ!一体何の用なのか、はっきりしろ!」
「・・・・・・・・・百代に渡したいモノが合ってな」
「なんだ、渡したいモノって?」
「それは・・・・・・!」
「!?」
その時、2人はほぼ同時に立ち上がる。
理由は昨夕と似た気配と言うか波動を感じたからだ。
「これは昨日感じたって、何所に行くきだ士郎!?」
「悪い!用事が出来たからまたあし」
「お前も今感じた発生地点に行く気だろ?昨日と同じで!」
「なっ!?」
昨日の事を百代に話した覚えなどない士郎は心底驚く。
まさか鉄心さんかとも思ったが、百代の反応からして違う様だ。
「お前が昨日シーマと共に、行方不明事件のエリアに向かって行く所を見たんだよ。その時も今みたいなのを感じたが、今思えばあの夜の感覚にもかなり似てたしな。行くなら私も行くぞ」
「馬鹿言うな、行かせられるワケ無いだろ!」
「何時何所に行こうと、お前に私を止める権限などあるものか!それに昨日のあの事件の少し前に川神院に来たらしいじゃないか。まさかと少し前から感じてたが、爺から何か言われてるのか?」
す、鋭い!と、士郎が動揺する顔を百代は見逃さなかった。
「やっぱり爺の差し金か。なら絶対私は行くぞ!止めても無駄だ!」
「ッ!」
此処まで行くと最早百代は梃子でも動かない事を士郎は知っていた。
それ故に、こうなっては腹を括るしかないとも判断した。
最早遅いが、自分の運のなさに今日ほど呪った事も無いと、憤りを禁じ得なかったとも。
「・・・・・・・・・分かった。けど警察が来てたら直に引く事が条件だ。いいな?」
「解ったから早く行くぞ!」
そうして不本意ながら士郎は百代とともに現場に向かうのだった。
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