幻想に舞う魔法使い
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プロローグⅡ
プロローグⅡ
「幹部育成科第十三期生、新入生の佐久間和也です。……よろしくお願いします」
佐久間は最低限の挨拶の言葉を並べただけで、すぐさま頭を垂れて自己紹介の終了を示した。
やや間があり、それからまばらな拍手がちらちらと聞こえてきた。
佐久間は頭を起こす――演台から眺める第三ホールの座席は薄暗い。在籍している生徒も生徒で、ろくに耳を傾けようとする者は皆無に等しい。各々雑談するなり居眠りをするなり、「厳粛」という雰囲気とはほど遠い。
入学式と言えば華やかな印象があるものだが、佐久間が入学したこの湯堂院学園幹部育成科――男子だけに入学を許され、ゆくゆくは民間軍の幹部候補として優秀な人材を徹底的に育成する科だ。
「灰色の学科」などと揶揄されるのも納得できる。入学式の時点で女子とは会場を別にされ、これと言って会場の飾りつけがなされている訳でもなく、よってかなり無機質なものだった。
佐久間は新入生一人ひとりに課された自己紹介を終えて、そそくさとステージ裏へ向かう。
ざっと見た限り、この科の生徒数は二百人程度。そもそも今年の新入生ですら三十人程度しかいない。対して女子のみの「特別科」は初等部から高等部を通じて三千人前後。肩身の狭い思いを強いられそうだ。
関係者用の狭い通路を進み、佐久間は再び座席後列の自席に腰を下ろした。
「お前、あっさりし過ぎじゃねえのか?」
隣から声を掛けてくるのは、屈強な体格が自慢の中溝大河だ。数日前の入寮のときから、佐久間に積極的に話しかけてくれたおかげで、独りになりがちな佐久間はどうにか軽い信頼関係を入学早々に築くことができていた。
「大丈夫だよ。僕はあんまり喋るタイプじゃないから……」
「みんなあそこで出身校の自慢しまくってるじゃんか。佐久間だっていいとこの進学校出身だろ? せめて出身校ぐらいはさ」
「ここのみんなに比べたら、霞むよ」
「んなことねえだろ。賢そうな顔しやがってるくせによ!」
冗談交じりの中溝に作り笑いを浮かべて、佐久間は答える。
事実、この育成科のレベル自体はかなり高い位置にある。名こそ学園だが、この科においては実質的に大学校のようなものなのだ。課される筆記試験は高校卒業程度以上の内容のものであり、佐久間や中溝のように十八歳以下で入学する者はむしろ珍しかった。
「にしてもよ、年上ばっかでビビるよな。同期なのにまともに話しかけられそうにないぜ」
体格だけならむしろ周囲を凌駕している中溝のコメントではないように思われた。
「僕にとっては中溝くんもその例外に漏れないけどね」
佐久間は十六、中溝は十七。故に佐久間は中溝に対してもややとっつきにくさを覚えていた。
「だから気にするなって。同期は同期だ、一歳の差なんてないにも等しいさ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
入寮時からうすうす気づいていたが、やはり佐久間は第十三期入学生のうち、最年少だった。
自分の居場所がなくなることを予見していたものの、どうにかことが上手く運ばれた。自分のすぐそばで笑顔を見せてくれる彼の存在のおかげで、佐久間の心は数週間前に比べればやや、落ち着いていられる。
「そう言えば、昨日先輩から聞いたんだけどよ。新入生でも容赦なくペア組みとか実戦指揮とかやるらしいぜ」
「へえ、そうなんだ」
遠くのステージで自らの出生を語る生徒をぼんやり見つめながら呟く。
入学時点で勝ち組確定……全国的にも知名度があるこの幹部育成科は、確かに卒業できればエリートとして扱われるのは間違いない。
だが現実はそう甘くはない。幹部候補生としての知識力、指揮能力が学園の目標に達成できなければ、いつまで経っても卒業することは不可能だ。過去にはついに卒業できず、自主退学してしまった生徒もいると聞いていた。
プレッシャーはそれだけに留まらない。この科の生徒は、実際に司令部から戦闘員《メタフィジスター》――通称「魔法使い」の命を預かる立ち位置でもあるのだ。
「こっちは命の危険のないところでああやれ、こうやれって女の子たちに指示する訳だろ? ……上手く言えないが、何となく申し訳ねえよな」
こくり、と頷く。佐久間にとっても、その言葉は深く賛同できる。
自分と同じ年齢の女子生徒が、命を落としかねない戦場で闘っている。その様子を傍観しながら、戦術的な知識や感覚を生かし、第三者的な視点から適切な行動を彼女たちへと示す。それこそが、佐久間たち幹部育成科の生徒に課された一つのミッションだ。
「彼女たちをどんな顔で指揮すればいいんだろう……」
ふと漏れた心の中の不安の残滓、それが無意識のうちに声となって現れる。
「もっともだな。噂によれば、陰口叩かれたりもするみたいだぜ」
ぬくぬくとした空間で危険な思いをすることもなく、言いたい放題命令される――特別科の生徒たちの苦心は大変なものだろう。佐久間にとっても、それは容易に想像できる。
『これにて、新入生総勢三十三名の自己紹介が終了いたしました。続きまして、閉幕の言葉を生徒会副会長より行います』
いつの間にやら自己紹介は終わったようだ。進行のアナウンスが耳に届く。
「なんだ、もう終わりか。学園長の言葉とかねえの?」
「学園長は隣でやってる特別科の式に出席してるみたいみたいだよ」
「向こうだけかよ! 俺たちの扱い適当すぎねえか⁉」
若干その事実に気付くのが遅い気がするが、ツッコミを入れるのも野暮ったい。
「仕方ないよ、規模的に見ても主役は特別科だろうし――あれ?」
唐突に会場全体がざわめき始める。ざわつき方は雑談のそれとは比較にならない。
「何だよ、どうしたってん…………、はぁ⁉」
中溝が驚愕の表情でステージを見つめていた。佐久間もまた、驚きのあまり言葉が出ずにその場所を注視する。
これまであさっての方向に向いていたホール中の視線が、この時ばかりは焦点のごとく一部へと集中していた。
何故なら、
『えー――これをもちまして、かんぶいくせいかの入学式をとじます!』
……元気溌剌とした甲高い声が、会場中に伝播した。
すたすたと胸を張り、ステージを退場していくその姿は、誰がどう見ても……。
「あれ、絶対小学生だよな……?」
「見間違いじゃなければ、多分……」
誰も何も言わず、はたまた「ドッキリ大成功」とステージ上のスクリーンに表示されるのでもない。ただ残るのは、
『これをもちまして、第十三回湯堂院学園幹部育成科の卒業式は閉幕です。生徒の皆さんはそれぞれホールから退場してください』
――淡々と読み上げられる、無機質な女声のみ。
学園内でも大きなイベントの一つであるはずの入学式は、佐久間たちを含めほとんどの者が唖然としたまま、幕が閉じられたのだった。
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