嫌われの忌み子あれば拾われる鬼子あり
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第1章 第8話 恨みを持たない2人
「アカツキ様」
「ん?どうかしたか?」
「奥様は…クレハ様はどのような方だったのですか?」
「あいつか?あいつは全てに純粋で、全てに忠実なやつだよ。そして何より強い、女にして…というよりも俺と対等に殺りあったのはあいつしかいねぇよ」
「伝承には聞いておりましたが…流石に耳を疑います」
「神速の恩恵ってのを持ってたんだ」
「神速?」
「自身の動作を速くさせるってだけのものだが、恩恵たる所以は体の限界をも超える速さを実現出来ることだ。瞬きの瞬間のそんな一瞬で気づけば後ろにいて斬られている。普通ならそんな速度で動いたら体がバラバラに吹き飛ぶが、そうはならない」
「……」
「ま、そんなの無くても普通に強かったからな。あいつに弟子入りする奴が何人かいたが結局最後まで残ってたのは1人しかいなかったな」
「その方?」
「名前は…何つったかアイテールだったか、確か髪の色が金色の吸血鬼だったな」
「吸血鬼…」
「ま、最終的に何が言いたいかって言ったらお前も嫁に貰うやつは気をつけろってことだ」
「アカツキ様、どこにもそのような話はございません」
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死んでいる、とメリーは答えた。それを証明するようにルイスの体をすり抜けさせた。しかし、ルイスにはそれがとても理解できない。
「死んでいるって…ならどうして」
「私は死んだ時に人形に魂を宿したの。だから今は人形が私の全てで、私の魔法は人形を使ったものしか使えない」
「死んでいる…ならお前は幽霊のはず、どうして僕の中に取り込まれない」
「だって、君が取り込むのは怨霊でしょ?怨霊って生前に恨みを持った幽霊の事でしょ?」
「だから死んだ時に…」
「私は病気で死んだし、生きている間はとても可愛がられて育ったから誰にも恨むことなんて無かったの」
「そんな事が……その前に、どうして僕を通り抜けるような存在なのにナイフが持てるんだ」
「意外と意識を集中させるとものに触れることが出来るものよ」
メリーがゆっくりと歩いてルイスの目の前に立ちルイスの顔に手を近づける。距離を取ろうとルイスはもがこうとするが足と腕に着いている人形が微動だにせずそのままメリーの手がルイスの頬に触れる。とても冷たく、一切の体温を持たない人形のような手だ。
「ね?言った通りでしょ?」
メリーに最初に抱いた子どもっぽさが消えていた。今ではルイスよりも年上なのではと錯覚するほど大人びている。
ルイスは無言の肯定を示す。その間も人形の拘束から抜けようともがき続ける。
「無駄よ、君がどんなにもがいてもその人形達からは逃げられないの」
「どうしてそう言いきれる」
「私には生まれついて付着の恩恵を持っているの。だから人形をその場所に付着させたら私の指示以外では離れることはないの」
「…なら」
ふっと一瞬力を抜いた瞬間
「フェルナスロンド」
ルイスに触れていた人形達が音も無く塵が舞うように消滅していった。
「あら、案外スマートに脱出するのね。手足でも切って脱出するのかと思ったのに」
「生憎、無駄に命は削りたくないからね」
「それで?脱出出来ても私を消滅する方法はあるの?」
「………」
「今の魔法、大方触れているものを消滅させるようなものね。生憎私には触れられないの、それに君は重力も操るようだけどそれも私には効かない」
「…本体の人形を狙う……ただそれだけだ」
メリーがずっと抱えているメリーと瓜二つの人形。それに向けて指を突き出す。
「グラヴィエント」
指先から鋭い棘のような物体が射出されそのまま人形の頭部を撃ち抜いた。
「うぐっ!?…がっ…な…」
呻き声をあげ、膝から崩れ落ちたのはルイスの方だった。その間もメリーは人形を抱えたままルイスの見ていた。
「83」
その呟きと共にルイスの体は起こされる。
「何が…なぜ…」
「言っていなかったわね。君の思っている通りこの人形は私の本体、この人形が壊されれば私は消滅する。でもね、今は違うの」
「違う?…一体何が」
「今の私は君とリンクされているの。簡単に言えば君が死ねば私も死ぬ、私が死ねば君も死ぬ。でも、君が生き返れば私も生き返れる」
「じゃあ…」
「私を消したいんなら君もこの世から消えるしかないってこと」
そう告げられたことは明らかに重い、苦しいものだった。メリーを殺せば自分も死ぬ、そんな本末転倒な事が現実に起きることなどルイスは想像だにしなかったからだ。
「そんな事…不可能だ」
「現実を見ることも大切、実際に人形の頭を打たれた時君は苦しんで死んだ。その事実は揺るがないでしょ?」
「…お前は、僕をこのまま殺すのか?」
「……」
「僕の命はほとんどお前に預けられたものだ、もう僕は死んだも同然だろ」
「そうね」
「なら」
「私は君を殺す気なんてない」
このまま殺してくれ、と言葉を発しようとした時メリーが言葉を重ねてそれを阻んだ。
「は?」
ルイスには理解できない、いや、きっと誰にもメリー以外には理解できないだろう。『タロットの騎士』の目的は鬼の殲滅、つまりはその残党であるルイスを始末すること。それを殺さないと言ったメリーの考えがわからない。
「お前らの目的は僕を殺すことだろ?なのになぜ?」
「だって…私は別にそんな目的はないもの」
「は?」
「私は『エンペラー』に恩賞の力で無理やりなっただけ、だから私はほとんど柵のない存在。目的とかそういうのはないの」
「ならどうして僕とリンクした?」
「…そんなことは簡単、君も私のモノに、逆でもいいわ、私を君のモノにしたかった、されたかったから」
「な…に?」
「私は君を気に入ったの。ガイアを打ち倒した後のあの隕石の処理、色々気に入ったの。その人生もね」
メリーはまたルイスの頬に触れながら話した。拘束も無く自由の身であるルイスはそれになんの抵抗もなくされるがままそれを受けていた。
「僕は嫌われて嫌われて嫌われて、憎まれて憎まれて憎まれて、生きてきた。そんな人生のどこに興味を引くことがある?」
「そうね、君はとても悲しい運命にある子だった。忌み子として生まれ、私達『タロットの騎士』に君を残してみんな殺され、鬼として生まれたことにより人間からは忌み嫌われる。そんな数奇な運命を生きた君なのに、どうして誰も憎んでいないの?」
「……」
「君を嫌った鬼達、鬼達を殺した私達、鬼を嫌う人間達、そんな人達を誰も憎んでいない。そんな君に興味を引くんだよ、私みたいに人生を幸せだけで過ごしたがための憎しみのない心とは違うのだから」
一つ一つ言い聞かせるような優しい声色で話したメリー。無言でその目をじっと見つめているルイス。今にも取り込まれるのではないかと錯覚させるようなその妖美な瞳を
「これから君と私は一心同体、もう離れることも出来ないの、それはもう付着の恩恵によって決められている事」
頬に添えられていた手はゆっくりと下へと下がり、ルイスの手を取り指と指の間へと艶めかしく滑り込ませる。
「仕方ない、と、割り切るしかないってことか?」
「そうね、もう君と私は夫婦の関係と言っても過言ではないわね」
「それは過言では無いのか?」
「君はもし、もう離れられない女がいる男の求婚に応じるような女がいると思うの?」
「………」
そんな女は、というよりそんな奴はいないだろう。一夫多妻制を重じ、それでも愛せるという方が希だ。
「これからよろしくお願いね、旦那様」
「複雑な心境だよ」
それもその筈だろう。幽霊と夫婦の関係を持つという事例は今まで聞いたこともないのだから。絡めていた指を解きメリーはルイスの隣に並ぶ。
「これで私と旦那様が殺し合う理由もないわね」
「お前の『ハイプリエステス』の恩賞はどうなるんだ?」
「あれはもう無いわ『タロットの騎士』の称号も捨てたもの。あっても必要ないもの特定した相手の行動を予測出来るものなんて」
「それにかかっていたと理解したとたん恐ろしいよ」
「それと、あまりお前にって言い方は好きじゃないわ。メリーと呼んでね」
「わかったよメリー」
「ええ、旦那様」
素直なやり取りに先程まで殺し合いをしていたとは思わせないような雰囲気を醸し出していた。それもその筈であろう、メリーがそう仕向けていたのだから。ルイスは自分の創り出していた異空間の魔法を解き現実世界のエントランスへと2人で戻った。
「遅かったではないか、2人とも」
「っ!?」
今まで聞いたことのない声に反応し扉の方へと体を動かす。
そこにたっていたのは光に当たらずあまり識別はできないが金髪であることがわかる青年だ。
「お前は誰だ」
「『エンペラー』よ」
ルイスの問いかけにメリーが代わりに答えた。その名前はメリーの話でもよく出ていた、『タロットの騎士』の中でも中心、その名の通り皇帝として座している存在。
「貴様はそっち側についたのだなヘーラーよ」
「ええそうよ、だからもうヘーラーなんて名前じゃないの、私はメリー・アステッラよ」
「…お前ら2人で話進めてんじゃねぇよ」
ルイスの目が光る。レイが出てきた合図だ。
「こちとら敵目の前にして理性抑えんのもやっとなんだよ。何のために来たのか早く言えよ」
「…貴様がレイジャル・テスタロットか、まあ良い。今日来たのは顔見せだ」
『エンペラー』と称する青年が指を鳴らすとその後からすっと何人も姿を現した。
「これが我が『タロットの騎士』達だ」
そう言った金髪の青年の赤い瞳が覗いていた。
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