魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―
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第三章
二十九話 オブザーバー
前書き
ビビスト面白いので、二十九話
「ふっ……ふっ……ふっ……ふっ……」
ミカヤとミウラの壮絶な試合を含む、女子の部、一回戦と二回戦の翌日。週末の二連休を利用して行われる試合日程の内、この日は、IM予選大会、男子の部の、エリートクラス一回戦、二回戦が行われる日だ。
いつものように、少し冷たい空気、いつものように、じんわりと身体を濡らす汗。いつものように、少しだけ掛かる靄を切りながら進む少年は、すこしいつもの違う場所で、ゆっくりと立ち止まる。
彼の家の近所にある、市民公園。その公共魔法練習場。
かつて妹に懇願されてその格闘戦技の指導を行った場所に、彼はどこか踏みしめるように立ち入り、その中央に立つ。
「…………」
黙って構えを取る彼の周囲で、ある種の揺らぎのような、魔力の流れが発生する。
それは彼が魔法陣を展開した気配である、が、その陣を余人が目にすることはない。
「……ッッ!!」
短く吐き出された息と共に、右の拳がブンッ!と突きだされ、低い破裂音と共に大気を揺らす。
ただ一発、その一発で彼は自身の状態を確認すると、拳を収めて、呟いた。
「うん……行ける」
────
同日午前 トライセンタースタジアム 関係者入り口前
「……行けそうだな?クラナ」
「……はい」
ノーヴェの言葉にコクリとうなづいて、クラナは目の前にいる面々を見る。アインハルトを含めた、チームナカジマのメンバーたち。来週には試合があるというのに、全員がその場に集まっていた。
「クラナ先輩、頑張ってください!!」
「観客席で、思いっきり応援しますから!!ねっ!アインハルトさんっ!」
「えっ?あ、はい!」
「お、なんだお前らの応援が聞けるなら俺も早く試合して──[少女の応援目当てですか、崇高さのかけらもない俗物精神お見事ですマスター、そこまでいくといよいよもって人としての尊厳が必要なくなる日は本格的に近そうですね。いいえ、むしろ今すぐ直ちにはく奪されないこと自体がおかしいのかもしれません]あー!そうでもねーわー!マジ練習時間伸びてよかったわー!!」
いつも通りの一人と一機に、メンバーが朗らかに笑う。それまで苦笑とも失笑ともつかない笑い声だった笑顔も、ここまでくると日常の一部、いつも通りの態度は、えてして人を安心させるものだ。まぁ……
[あぁ、我がマスターの事ながら本格的に将来が心配になってまいりました。局員を呼びましょうか?マスター]
「いや何のために!?それ俺の将来のためじゃないよね!?むしろ俺の将来それで潰れるよね!?」
「「「(あぁ、残念だなぁ)」」」
相変わらず呆れ気味になってしまうのも事実なのだが……それもまた、いつも通りだ。
「あの、お兄ちゃん」
「…………?」
とことこと近づいてきたヴィヴィオが、首を傾げるクラナに両手で円柱状の物体を差し出す。金属質な光沢を放つそれは、今日は持ってきていないはずの、クラナの水筒だった。
彼女は真っすぐにそれを差し出したまま、同じく真っすぐにクラナを見つめている。
「ママから。応援してるって!!」
「…………」
「私も応援してるから、だから……頑張ってね!!」
「…………」
半ば無意識に、それを受け取る。たっぷりとなのは特性のドリンクが入っているだろうそれの表面には、応援メッセージらしいメモが張られている。中身が満タンでと入っているせいだろう、それはある程度の重さを持っていて、それが母と妹の自分への想いの重さのようで、余計に重い。
しばし瞑目すると、クラナはそれを軽く握りしめ、手を下した。
「……あぁ」
「!」
それだけ言って、踵を返して控室へと歩き出す。相変わらず、妹の前ではろくに言葉も紡げないまま。伝えたい思いも、返したい思いも、もっとたくさんあったはずなのに、それを半分も伝えられない。
けれど、今はこれでも良い、全ての試合が終わったら、もっと自分が強くなれたなら、その時は、必ず彼女と向き合える……向き合って見せる。そう誓いながら、クラナは控室への道を歩きだす。
「…………」
その姿を、ヴィヴィオは見えなくなるまで見つめていた。
────
「さてと、それじゃアタシたちは、観客席までゴーっス!」
「「「おーっ!!」」」
「お、おーっ!」
ウェンディの言葉に、ちびっ子達とアインハルトが手を振り上げる。そんな様子を後ろから眺めながらしかし、ライノはふと何かに気が付いたように、明後日の方向を見た。
「ん……あぁ、ウェンディさん」
「ん?なんっすか?」
「ちょい知り合いに挨拶してきますわ」
「?」
「ライノ先輩?」
首を傾げて、リオとコロナが振り返るのをみて、ライノは掌をヒラヒラと振りながら微笑する。
「あぁ、ちょーっとな。ま、知り合いが多いと激励したい奴も多いわけよ。すぐ追いつくからよっ」
「ん、わかったっす!席はメールで伝えるっスから~!」
「ありあとござーす!!」
妙な略式のあいさつで、ライノは一同から離れて行く。少し多めの人をよけて行くと、その先に、やけにおどおどとした様子の小柄な影が見えた。
「レイリ―!!」
「うぁっ!?ら、ライノ?」
ライノが向かった先に居たのは、他の出場選手と比べても明らかに平均より一回り小柄な背格好に、少し濃い目の茶髪を短くカットした、童顔の少年だ。
クレヴァー・レイリ―。
以前ヴィヴィオ達にライノが紹介した、ライノと同級生の少年である、よく、同学年に見えないといわれるのだが、それはライノと比べて20㎝以上も低い身長と、何より彼が見ようによっては少女にすら見える童顔の少年であるためだ、本人はあまりその容姿に頓着が無いようだが、これでも学校ではその容姿から、ショタ顔女子キラーで通っている。
とはいえ、当の本人が女子と話すことはほとんどないのだが……それというのも……
「き、きょうはあの子供たちと、い、一緒じゃないの……?」
「一緒じゃねぇ、っていうか、一緒だけどおいてきたんだよ、彼奴ら居たらお前話せねーだろ?」
この極度の人見知りのせいであり、それに伴う赤面癖のせいである。
基本的に、彼はいつ誰と話していてもその顔を突き合わせて会話することが無い、というより、会話することそのものを避けるタイプだ。会話するにしても、壁を一枚隔てるか、受話器越し出ないと会話にならない。加えて言えば、言った通り重度の赤面癖のある少年であり、初対面の相手と他人と会話するときはほぼずっと顔が朱いうえ、大体会話する前に隠れる。
今ライノと話している様子を見る限りはそんなことはないが、これはライノとはすでにそれなりに仲がいい為で、ここまでこぎつけるだけでもそれなりに時間を要した。
ちなみに、これが相手が女子だともっとひどい、というか、そもそも言葉を交わすどころではなくなる。それくらい極度の人見知りであり、恥ずかしがりやなのが、彼なのだ。
「今日はどうよ、うまくやれそうか?」
「……うん、やれるよ」
しかしライノが小さく笑ってそう聞くと、彼は少し朱くなりかけていた頬を引き締め、真剣な表情で静かに返す。凡そ何時も色々な理由で自信なさげにしている彼が、殆どライノくらいにしか見せない表情だ。
「そりゃ結構……頑張れよ。お前の夢、俺も悪くねぇと思ってるし、応援するからよ」
「はは……で、でも、それだとライノは苦しくない?今日、両方応援しなきゃいけないよ?」
「……ウチのチビ達が言ってたんだよ」
「?」
苦笑しながら言うライノに、レイリ―が何を?と聞くように首を傾げた。それにこたえるように、ライノが笑う。
「チームメイト同士が戦うことになっても、その二人は二人とも大切なチームメイト、だから、どっちにも悔いが残らないよう祈りながら、思いっきり応援するってな」
「優しい、子達だね」
「だろ?」
自慢するようにそう言ったライノに、レイリ―も笑い返した
「んなもんで俺も見習って、お前らを両方応援してやる、両方とも、大事なダチだからな」
「……ありがとう、ぼ、僕、嬉しいよ、ライノにそんな風に言ってもらって……ら、ライノくらいだし……」
「あ?何言ってやがる」
「え?」
呆れたように返すライノは、さも当然のように肩をすくめて、こう続けた。
「試合が終わったころにゃ、“彼奴”も同じこと言うようになるぜ。精々ビビってこい」
「ほ、ホント?」
「あぁ」
ありえない、といいたそうな顔をして、そういうレイリ―に、ライノは当然だと言わんばかりにうなづく。そして、自信満々に続けた。
「確信があんだよ。彼奴の根っこは、そう言うやつだからな」
────
「[さぁ、インターミドル男子の部、今年も予選一回戦から白熱した試合が続いております!!]」
照りつける太陽の熱気が写ったように実況者が盛大に叫ぶ。しかし手厚いのは、彼の言葉だけではない。
「オラオラオラオラァ!!」
爆音が轟く。比喩ではない、文字通りの「爆発音」だ。発生源はリング状に立つ一人の青年だ。細身の体にしっかりとした筋肉をつけたその青年……スルトの拳が試合相手にぶつかるたびに、強烈な爆風と爆炎が同時に相手を襲っている。
「ぶっとべぇ!!」
「ぶごぁっ……!!」
止めとばかりに大きく振りかぶった拳が、爆圧から抜け出せない相手の腹を正確にとらえ、再び爆炎と共に吹き飛ばす。
スルト・カグツチ DAMAGE 80 LIFE 9620
レダス・ウィンディ DAMAGE1600 LIFE 840
「終わりだ!カルラァ!!!」
[Eeeeeeexplosiooooooon!!!!!!!]
ズガァッ!!!という強烈な振動が空中で巻き起こる。スルトの拳を食らっていた選手の身体から強烈な爆炎が巻き起こり、その姿を覆い隠す。そして……
レダス・ウィンディ DAMAGE8900 LIFE 0
爆心地には、ところどころすすけた身体のまま気絶する相手選手だけが残っていた。
「[強烈ぅぅぅ!!!!轟爆漢、スルト・カグツチ選手、今年も圧倒的火力によりレダス選手を爆殺!!!試合開始からなんと40秒足らずの出来事です!!]」
ウオオオオオオオォォォォォォォォォォォぉぉぉぉぉ!!!!!
未だに熱気の残るフィールドに当てられたかのような雄たけびじみた歓声は、まさしく彼の人気の証左といえるだろう。男子IMの上位選手の中でも高い人気を誇る選手の一人である彼は、大きく右拳を振り上げて歓声に答えると、そのまま背中を見せながら去っていった
────
また他の会場では……
「おぉらァッ!!」
「ふっ」
振り下ろされた戦斧を左手で軽く逸らしながらシュウは右手て何かを手繰るように指先を軽く動かす。直後に、振り下ろした相手の後方に突然魔法陣が現れ、その中から何本かの魔法紐が現れ、相手を拘束しにかかる。
「させるかぁ!!」
しかし彼は即座に戦斧を振り上げると、シュウの頭ごと右に向けて薙ぎ払い後方までを一閃。シュウはそれを頭を下げて交わすが、拘束しようとしていた紐は薙ぎ払われ霧散する。
「そう何度も同じ手を……ぬぉ!?」
「ふっ!」
しかし直後、彼は右足を体の外側へと引っ張られた。又が大きく開かれ、たたらを踏みそうになる。が、その右足が地面に付く前に……
「!?があぁぁっ!?」
「こちらもそのつもりはない!」
今度は軸足として何とか踏ん張っていた左足が紐に取りつかれ、後方にに引かれる。そうなれば当然彼は軸を失い、前方に向かって顔面から倒れ込むしかない。さらに……
ルバート・デプス DAMAGE 130 LIFE 1450
クラッシュエミュレート:右肩部完全脱臼
利き腕である右腕が、倒れ込むのとは逆方向、背中側に思い切りひかれたことにより脱臼し、斧を取り落とす。
しかも同時に……
「これで最後だ」
「ぐぉっ……く、おぉ……!」
ルバート・デプス DAMAGE 490 LIFE 960
左腕を取られねじりあげられる。背中を抑えられた状態で右腕脱臼の挙句に左腕を取られて抑え込まれては、その後の事は言うまでもあるまい。
やがて……
ルバート・デプス DAMAGE 520 LIFE 0
「く、そがぁ……」
「……いい斧捌きだった。いずれまた」
ライフ判定により、ゆっくりと意識を沈める選手にそう言って、シュウは彼の上から退いた。
「[試合終了ーー!!初参戦ルバート選手、健闘したものの惜しくも届かず!!シュウ・ランドルフィーネ選手
前回大会に引き続き捕縛師の名にふさわしい拘束術捌きで一回戦突破です!!!」
倒れ込んだ彼がセコンドに付き添われ退場していくのを一礼して見送ってから、シュウは同じく一礼して歓声にこたえ、リングから降りた。
────
「すごい……シュウ選手もスルト選手も1ラウンドKO勝ち……」
「こんなに強い人たちと会ってたんですね私達……」
リオとコロナが感嘆したようにそう言って息を漏らす。表示されたモニターを消しながら、ライノは苦笑した。
「まぁな。IMは基本的には女子の部の方が目立つし花があるってんで一般には知られがちなんだが、男子の部も最近は知名度は十分だし、コアなファンからはこっちのが人気高かったりするんだぜ?まぁ、控室とシャワー室が汗くせー上に野郎ばっかだからバリアジャケットが壊れてもなんもねーっていう──」
[女子の部の方々が真剣に戦っているときに貴方はそんなことを考えていたわけですかマスター、最低ですね、えぇ最低ですとも、今すぐにその眼球を摘出した後単なるガラス球に置き換えなんの観察もできないようにするのが最高の方策ではないでしょうか、えぇそうしましょう今すぐそうするべきで──]
「いや冗談でごぜーますよ!?ほんとに!!」
いきなり猟奇的な事を言い出した自分のデバイスに向けてライノが慌てたように止めに入る。しかし苦笑する少女たちの脇で、ウォーロックの悪態はさらに続く。
[言っていい冗談と悪い冗談があることも分からないのですか?もしやすでにその頭の中身はおがくずでも詰まっているのでは?いえ、童話ではおがくずも脳になりうるのでした。やはり完全な空洞だとみるべきかもしれませんね]
「分かりましたホントごめんなさい!!?てか俺の脳みそ案山子以下!?」
そんな二人、というかほぼ一人はいつも通りなのでスルーして、ヴィヴィオ達は次の試合を待つリングを見つめる。ふと、コロナが言った。
「クラナ先輩、勝てるよね……?」
「それは大丈夫だよ!クラナ先輩、凄く強いもん!!」
間髪入れずに、リオか答える。アインハルトもまた、同意するように一つうなづいた。
「はい。クラナさんは……強いですから」
あえて口には出さないものの、アインハルトはこの中では特に、本気のクラナの強さを少ないながらも身をもって知っている。あの強さは……勿論、そんなつもりは毛頭ないが、それでも今思い出しても手も足も出ないだろうと確信出来てしまいそうなほどのあの強さは……まさしく別格だ。早々たやすく、彼が敗れるとはどうしても思えない。
「さて、どうかな……?」
しかしそれに意を唱えたのは、以外にもライノだった。
「ライノ先輩……?」
「…………」
腕を組んで、ライノは真剣な表情でリングを見つめていた、いつものおちゃらけたライノとは一線を画したその雰囲気に、少女たちの間の緊張の線が張り詰める。
「クラナはつえぇよ、そりゃ間違いねぇ。彼奴はこの大会に本気だし、俺も、彼奴と戦いてぇ」
むしろ、自分以上に彼と戦いたい選手などこの大会のどこを探しても存在しないだろうとライノは思っていた。それほどの想いが、自分にはある。
「だがな……そりゃ相手も同じだ。本気じゃねぇ奴なんぞ、この大会で勝ち残る気じゃねぇ奴なんぞ、この大会にはいねぇ。居たとしても、そんなもんはエリートクラスに来るまでにとっくの昔に叩き潰されてる。“そのためのノービスクラスだ”」
「「「「…………ッ」」」」
その言葉に、四人が息を詰めた。当然だ。彼は今、少女たちにも暗にこういったのだ。「お前たちはまだ、真剣勝負の舞台に立つための最初の篩を抜けたに過ぎないのだ」と。それは極論だ、間違いなく極論だったが、それでもそれが事実だと感じさせる。それだけの言葉の重みが、ライノの言葉にはあった。
「どこで誰が負けたとしても、おかしくねぇ。それは、お前らこの間しっかり見たろ」
「……はい」
「……うん」
ミウラ・リナルディ。
ミカヤと彼女が相対した時、試合終了のゴングが鳴り響くとき彼女が立っていると確信していた人間が、一体あの広い会場に何人いた?殆どの人間はそうは思っていなかったし、十中八九ミカヤが勝つと思っていたはずだ。なぜならそれが、当たり前の“筈だった”から。
だが現実はどうだ?
最初に致命傷を受け、殆どの人間が予想を確信に変えただろう。やはり、とかんじただろう。間違いなく誰もが、あの少女の敗北を確信したはずだ。
“だが、現実はどうだ?”
この大会、この戦いたちの中で、「絶対」等どこにも存在しない。何故なら……
「お前らもそのつもりの筈だ。戦場じゃ、“これまでの実績”なんぞ、なんの役にも立たん。全部は、そいつらの腕だけが決めるんだ。気張らんとな?」
「「「「はいっ」」」」
それは警告であり、激励だった。
自分も、少女達も、彼も「負ける」という言葉であり、同時に、「勝つ」という言葉だった。それを、上っ面ではなく、根本的に、理解させられた。
「ま、それはそうと」
直後に、ライノの雰囲気が緩む。それは既に、いつもの彼のもの。彼はいつものようにニッと歯を見せて笑うと、腕を組んで踏ん反り帰る。
「その背中くらいなら、お前らでも押せる。というわけで、気合を入れて応援してやれい、チビども!」
「「!はいっ!!「は、はいっ」」」
元気よく答えて気合を入れなおす小さな応援団に笑いかけ、ライノは直後にヴィヴィオを見る。
「な?頼むぜ妹。お前の声が、気合の一番の原動力になるはずなんだからよ?」
「……っ、はいっ!!」
こくんっ、とうなづくヴィヴィオの顔には、微笑みが浮かんでいた。
────
同じころ、選手控室では、クラナもライノ達と同じ映像を見ていた。
「…………」
「そろそろ時間か……クラナ、問題ないか?」
「あ、はい、大丈夫です」
[私も問題ありません!参りましょう相棒!]
後ろから近付いてきたノーヴェにそう答えて、クラナはアルと共にはベンチから立ち上がる。アップと、軽いシャドウも済ませた。準備は万端だ。
「あ……ノーヴェさん」
「ん?」
「これ……」
と、廊下に出たところで、クラナが懐から取り出したのは、出がけにヴィヴィオから渡された水筒だ。すでに中身の検査は済んでおり、試合会場に持ち込むことも正式に受理された。中身はまだ満タンのままで、準備運動の後は自分のものを飲んだらしい。
「飲まなくていいのかよ?」
「試合前には、まだ。必要なら、インターバルで飲もうかと……」
[ノーヴェさんから後で渡していただければと思います]
「ふーん……?」
そう言って受け取ったノーヴェは、なぜか受け取った水筒を見て、ニヤリと笑う。
「な、なんですか?」
「いやいや、実際の所どうなんだよ?大好きな妹から応援と水筒もらった心境は?」
「え”っ、あ、いやその……」
[おっ、聞きます?そこ聞いちゃいます?]
「あ、アルうるさい!」
「ほれ、今はあたししかいねーんだ、素直に聞かせろって」
ニヤニヤと笑いながらからかうように顔を近づけてくるノーヴェと、やたら楽しそうに点滅するアルにクラナが一歩後退する。
「いや、別にどうこうってことは……た、ただの水筒ですし……」
[またまた~、とか言いつつわざわざインターバルまで取っておくんじゃないですか~]
「アルもう黙ってて!!」
「しかしお前これ、なのはさん特製ドリンクが入った奴だろ?前に言ってたじゃねぇかこれ旨いんだって」
「あ、はい。すげー旨いです、毎回飲みたいくら……じゃなくて!!」
「本音が出たな」
[本音が出ましたね]
「あぁもう……!
思わず出た言葉に焦ったようにクラナが後ろ手に頭を掻く。どうにもこの手の話になるとノーヴェには押され気味になってしまうのが悩みの種だ。あとウチのデバイスがやたら主をからかってくるのだがどうにかならないものか……受け答えを聞いて我が意を得たりとばかりに笑うノーヴェに、クラナは観念したように肩を落として、苦笑気味に答えた。
「……正直、複雑です。あの人たちに何も返せてない俺みたいなのが、こんな応援してもらっていいのかとか……ホントは、この大会に出て、ヴィヴィオの視線の先に居続ける事自体間違いなんじゃないか、って思うことも、まだあります」
[相棒、それは……]
「分かってるよ、大丈夫……ブレてばっかりだけど、でも、一度やるって決めたのにすぐ曲げようとするのは、男らしくないもんな……って、俺が言っても説得力無いけどさ」
実際、自分はライノのような男らしく真っすぐな達とは真逆に、女々しくいつまでも過去の出来事を引きずって周りにも迷惑をかけ続けている、とても弱い人間だ。しかし……
「その弱いとこを克服するための、IMだろ?」
「……はい」
そう、そういう弱さを克服し、もう一度ヴィヴィオたちと向き合うために、自分はIMに出場るのだ。今はがむしゃらでも、進むしかない。
「……けどなら、この水筒、持つのはキツイか?
「……正直、重いです。けど……」
照れたように若干朱くなった頬を掻いて、クラナが言った。
「……嬉しいです」
「……そうか……」
頬のゆるみが隠せていない。それほどにうれしいのだろう。だから、ためらいなくノーヴェは言ってやった。
「シスコン野郎!」
「いや聞いたのノーヴェさんですよね!!?」
────
「レイリ―君、そろそろいいかい?」
「あ、は、はい。い、いけます」
クレヴァー・レイリ―という少年の担当セコンドとして彼についたDSAAスタッフ、アドルフ・ライゼンが、彼に声を掛ける。アドルフはこれでも二十年以上前からスタッフとしてIMを支えてきたベテランであり、本来若いスタッフがやるこういった選手補助などの(言い方は悪いが)雑務を、進んで引き受ける変わり者の人物であった。
というのも、これは彼自身が試合に入る選手とその選手の戦いを間近で見ているのが飛び切り好きであるからだ。その緊張も、感動も、喜びも、悲しみも、どれにしてもドラマがあり、それらを見て、その一端に触れ、何よりそれらを支えることは、一種彼の生きがいのようなものであった。
ベテランであるため、少し癖のある選手を担当することも多く、去年、一昨年などはあのジークリンデ・エレミアの担当を務めたりもした彼だが、そんな彼の目を通してみなくとも、今目の前に居る少年、クレヴァー・レイリ―は……物凄く緊張していた。おそらく十人に聞けば十人が同じように答えるだろうガチガチ具合、対戦相手が憐れんでしまいそうなくらい、彼は明らかに緊張している。
「(しかし……)」
しかし控室の選手やコーチたちが失笑や憐れみ、苦笑を持って彼を見送る中で、アドルフだけは彼に対して、どこかその見た目以上のものを感じていた。
というのも、彼はノービスクラスからここに来るまでの数回の試合、全てがこんな感じでリングに入ってきたが……そのどれもに勝ってきた。それも、割と危なげなくだ。
確かに緊張しているように見える。だが、その緊張が弱さの証左になるかといえば、それはNOだ。緊張してばかりで、毎回対戦相手に憐れまれるような視線を向けられながら試合に入る少年はしかし、ここまでその全てを、敗北に茫然としながら自分を見上げる視線に変えてきた。
勿論一回ならば、偶然でも納得はできた。
しかしその偶然がノービスクラスを超え、スーパーノービスを勝ち抜きエリートクラスに入ってしまっては、なるほど、アドルフは認めざるを得なかった。つまるところ自分は、彼を見誤っていたのだと……
「さて、体調に問題はないかな?」
「は、はい。あ、ありがとうございます、何時も……」
「ははは、これが仕事だからね。それじゃあ今日も、良い試合を。レイリ―君」
「……はい」
この少年には……「何か」があるのだと。
────
ブルーコーナーの選手入場通路で、クラナはアルを取り出して呼びかける。
「行くよアル」
[Roger]
────
レイリ―もまた、小さなメモ帳を取り出して呼びかけた。
「……行こう」
[Roger that]
────
「……マイト、セットアップ」
[Standby ready.]
────
「……アクセルキャリバー」
[Set up.]
────
「[さぁ、熱戦続くIM男子の部エリートクラス一回戦!!第二試合も熱い戦いが見られそうです!!]」
会場を渦巻いていた熱気が、一段と強く渦を巻いた。各試合に出てくる選手が、誰であるのかは、試合を見ている特にコアなファンはよく確認していることだろう。つまるところ「そういう選手」が出る試合、であるということだ。そして一部の選手たちも、この試合に心を躍らせ、リングに注目する。
「……なのは」
「うん……」
観客席で二人の女性が呟くのと、入場の開始は、殆ど同時だった。
「[レッドコーナー!初出場にして、エリートクラスまで上り詰めた!未だ手の内が読めないルーキーファイター!!クレヴァー・レイリ―選手!!]
歓声が上がると共に、クレヴァーが入場する。バリアジャケットは、黒を基調とするカソックに近い形状のものだ。長衣の上着の下に、袖の長い上下の服を着こみ、肌の露出は少ない。大きな本を持っているため、教会の神父のようにもみえる。
「[そしてブルーコーナー!彼の帰還を待ち望んだ方も多いでしょう、IM男子の部における伝説的記録の保持者、最高戦績、10歳にしての世界代表戦準優勝!!《白翼》。クラナ・ディリフス・タカマチ選手!!!]
次の瞬間、レイリ―の倍近い大きさの爆発的な歓声が会場を包み、バリアジャケットをセットしたクラナが現れる。それ自体が、彼に掛かった期待の大きさを示している。それを背に受けながら、クラナはリングへと進み出た。
「会場はお前有利だ。けど……それはそれだからな」
「はい。問題ありません」
反対側では、アドルフがクレヴァーの背中に声を掛けていた。
「頑張って」
「は、はいっ……」
ガチガチに緊張した面持ちのまま、レイリ―もまたリングへと踏み出す。主審が間に入る中、二人は顔を突き合わせた。
「……(あんまり、話したことないんだよな……)」
おどおどと世話しなく目を泳がせるレイリ―を見ながら、クラナはそんなことを想う。ライノは仲が良いらしいが、元々あまりクラスでもしゃべらないらしい彼の事を、クラナはよく知らない。精々頭がいいらしい、程度の事しか知らないのだ。
「(……それにしても……)」
「レイリ―選手、大丈夫かい?」
「え、あ、はいっ!」
ガチガチに緊張してるなぁ……とクラナは内心で苦笑した。この緊張っぷりで果たしてまともに試合が出来るのか。と思わないでもなかったが、ミウラ・リナルディも試合前はかなり緊張する達だと聞く。相手がなにをしてくるか手の内が分からない以上、一切の油断は許されない。
そう思いながら、二人の少年はリングの外周部へと離れた。
「さぁ、いよいよ、開幕のゴングが鳴ります!!」
ビーっ!と試合開始前の最後のブザーが鳴り響くと共に、クラナはいつも通り構えを取り、レイリ―もまた、本を手に中腰に構える。
そして……
「[Ready set──]」
「[──Fight!!!]」
ゴングが鳴り響いた。
────
立ち上がりは静かだった。
「始めて」
[Observer stand by.]
「アル」
[Second gear unlock.]
距離をとったまま、互いに鏡移しのようにお互いのデバイスに一言命じ、各機がそれに応じる。軽く魔力の揺らぎはあるものの、多くが初手から仕掛けに行くことが多いIMの試合においては少しばかり珍しい程静かであり、しかし同時にそれが緊張感を生んでもいる。その空気がたっぷりと五秒ほども場を支配して、唐突に……
「……ッ」
[Acceleration]
クラナが動いた。
「!?」
一瞬、観客席にいた全員がクラナの姿を見失った。当然だ、踏み込んだ本当に次の瞬間には、クラナはレイリ―を殴る体制に入っているのだから。ちょうど、先日ミウラが行った踏み込みに近いが、あれが踏み込み勢いに任せた跳び蹴りであったのに対してクラナの場合しっかりと地に足が付いた状態で、ほぼ教科書通りに打たれるフックだ。つまるところ、必殺技でもなんでもなく、単なる挨拶変わりと一撃としての踏み込みであり、一撃。
「……!」
「ふっ!」
しかしそれを、撃たれた対象は躱してみせた。滑るように後方へと移動し、拳が命中するぎりぎりのところでその範囲内から逃れる。
「あ、あぶ……」
「(移動魔法……)」
即座に、クラナがその姿を追った。後方に向けて10センチほど浮遊したまま飛び退っていくしかし速度自体はそれほどではない。問題なのは後方に下がられたままだと打撃は威力が減衰する。であれば……
「アルッ」
[Third gear unlock.]
[Acceleration]
更にクラナの身体が加速する。ブレるようにかき消えたクラナの身体が、後方に移動していたレイリ―の脇を駆け抜けた。
「ッ!」
「ふっ!」
クラナの気付いたレイリ―が対応しようとするが、いかにも遅い振り向いた時には既に顔面に上段蹴りが炸裂している。しかし……
「なっ」
「…………」
驚きの声を上げたのは、クラナの方だった。確実に顔面をとらえたはずの蹴りが、彼の姿をすり抜けたのだ。
「(幻術か!)」
[(これはまた……)]
IMで、幻術使いはそれほど多くない。シャンテのような特殊な場合を除いて、直接的なダメージの要因になりにくいためだ。しかし……
「ッ!」
後方から気配、数は……
「(三人!?)
「ふっ!」
「やぁっ!」
「てぇっ!」
振り向くと、そこにクレヴァー・レイリ―が三人いた。真後ろと左後方、右後方から一気に三人、腕に緑色の細いとげのようなものを纏わせ、それを一気にクラナめがけて突き出してくる。不意を突いた一撃だ。どれか一つが本物だろうが、全員から同じ気配がする。
「(どんな仕組みか知らないけど……!)」
通常の幻術だけでは気配まではコピーできないと踏んだのだが、そういうわけでもないらしい。しかしいずれにしても……
「(この程度……ッ!)」
三体程度ならば、今のクラナであればものの数ではない。中央の一体にめがけて突き込みをぎりぎりでかわし殴り飛ばし……
「(はずれ……)」
対応しようとした右の一体とび膝蹴り。
「(はずれっ!)」
着地を狙って突き込んできた最後の一人を飛び上がってかわしつつ後方宙返りの勢いのまま右足を三体目の後頭部に叩き込む!
「(はず……えぇっ!?)」
が、全てはずれである。つまるところ全ておとり。初めから本物はなかったのだ。そうこうしている内に……
「っ……」
[(相棒、今度は射撃です、来ます!)]]
「ッ……」
一瞬、迷った。今度も全て幻影ならば、回避する必要はない。魔力を探る方に力を注ぎ、相手を見つけることに労力を割くべきだ。しかし……
「(俺なら……)」
このタイミングこの流れなら……
「「「「「いっ、けぇ!!」」」」」
接近する五発の弾丸、直後に、クラナは両手を突きだした。
「アルっ!」
[Absorb]
クラナに弾丸が直撃する刹那に、五発の弾丸がクラナの生み出した障壁にかき消される。瞬間、弾丸の出どころは知れた。右端のレイリ―が放った一発にだけ、本物が混じっていたのだ。つまり……
「(それを撃った奴が本物っ!)いくよ!」
「Roger!」
即座に、右手に緑色の魔力がチャージさせる。他は全て無視して、その右端のレイリ―をにらむと、目に見えて表情が変わった。間違いない
「ディバイン……」
[Discharge]
「──バスター!!」
なのはもヴィヴィオも多用する高速砲撃。一直線に飛来したそれを、何とかレイリ―は避けたが、体制を崩した。そして当然、そこを逃すクラナではない。
[Fourth gear unlock, Acceleration.]
間髪入れずにアルが身を加速させるのと同時、クラナは飛び出した。レイリ―はまだ体制を立て直している最中だ。確実に一撃入る。一機に間合いに入り、拳を突きだし──
[Dystopia,Utopia,Drive ignition.]
直後、レイリ―の身体が、“クラナの数倍早く動いた”。
突きだした拳当たり前のようにかわされ、いつの間にか展開されていたあの光の棘が、クラナの水月をを直撃する。
「──スティングレイ」
「……かっ!!?!?」
吹き飛んだクラナの身体が、地面に叩きつけられた。二点、三点と転がったその身体が、地面に倒れ伏す。会場全体が、静まり返っていた。
「お兄……ちゃん……?」
会場のどこかで少女の声が響くのと同時に──
「[Down count 10……9……8……]」
カウントを始める機会音だけが、冷静に事実だけを告げていた。
クラナ・ディリフス・タカマチ DAMAGE 6230 LIFE 5770
ボディ蓄積ダメージ 18%
会場中が起きたことを正しく認識できないでいる中……
「……予定通り」
小さく微笑むクレヴァーだけが、何が起きたかを知っていた。
後書き
はい!いかがでしたでしょうか!?
というわけで本格的に男子の部の試合が始まりました!というわけでまずはスルトとシュウの試合をちょっぴりご覧いただいたりしましたが、なかなか彼らも特徴的な試合をするタイプになっておりますwえ?あのリア充はどこ行った?実は彼はシードの都合上、今日はまだ試合がありませんw一応世界大会二位ですのでw
さて、そんなこんなでメインはわれらが主人公ことクラナと、謎の多かった弱気系男子のクレヴァー・レイリ―君の試合となりました。ちなみにレイリ―もクレヴァーも名前っぽいですが、クレヴァーが名前です。今回の展開はここまであえて明かしてこなかった最後の投稿キャラである彼の能力を、みなさんに予想してもらおうという意味合いも兼ねております。
試しにどんな能力か予想してみてくださいw
あ、ちなみに感想欄を見ても無駄ですぜ、彼はメッセ投稿されたキャラなので、今の今まで能力は誰にも明かしていないのです(記憶違いじゃなければね)、いやぁ、随分前から居たのに、登場が遅くなって済まない……ここから活躍してもらいますよ!
さて、次回もまた、クラナVSクレヴァーの試合が続きます。果たしてクレヴァーの謎の戦術を攻略できるか、こうご期待です。
では、予告です。
アル「アルです!ってもぉ何ですかあれぇ!!」
ウォ「まぁ、なかなか不可解な戦術でしたね。幻術系統のようですが、最後のものは一体……」
アル「速さは私達の専売特許なんです!!分かりますかマイトさん!!」
マイト「いや、そう言われましても……あ、申し遅れました、私クレヴァーの補佐を務めます、マイトと申します」
ウォ「貴方は確か……」
マ「は、ストレージデバイスです。なので本編中ではまともに喋れません」
アル「此処は基本デバイスみんな話させますからねぇ……ま、それはそうと!絶対次回攻略します!!」
マ「そうは参りません」
アル「むっ!」
マ「こちらもそうそう、負けるつもりはございません。悪しからず」
アル「むむむむ……」
ウォ「では次回、《Limit speed「×1」》」
マ「ぜひ、ご覧ください」
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