雰囲気
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第三章
中国であるのに中国ではない、二十世紀初頭の西洋のそれを思わせる白い大理石を思わせる建物が並んでいる。
白い西洋風のその建物達が夜の灯りの中に浮かび上がっている、下から上に照らし出されたうえで。
行き交う人々はもう人民服を誰一人として着ていない、誰もがスーツなりを着ていてそのうえで酒に酔い美女と語らっている。
道の端には派手な化粧に露出の多い女達もいる、その彼女達を見てだ。
秋姫は笑ってだ、広良に言った。
「あの人達娼婦だと思うでしょ」
「それが違うんだな」
「こうした場所には実はいないのよ」
「もっと怪しい場所にいるよな」
「あら、知ってるのね」
「俺はここで生まれ育ってるからな」
この上海でというのだ。
「だから知ってるさ」
「そうなのね」
「ああ、誰かの愛人だったり恋人だったり」
「そうした人達なのよ」
「そうなんだよな」
道の端に立っているその美女達を見てだ、広良も言う。
「ホステスだったりな」
「少なくともそうした人達じゃないわ」
「そこを勘違いする外国人多いだろうな」
「絶対そう思うわよ」
「それでそいつは国に帰ってこう言う」
笑ってだ、広良は秋姫の肩に手をやってジゴロの様に言った。
「上海の租界地にいた娼婦がどうとかってな」
「簡単に予想出来るわね」
「本当にな、けれどな」
「実は違うのね」
「そうさ、そうした商売の人がいてもな」
例え共産主義だがいることはいる、そもそもマクドナルドが国の中に数え切れない程存在している共産主義国家もないだろう。
「こうした場所にはいないさ」
「そうよね」
「ああ、ただな」
「ただ?」
「ここにああした人達は似合うな」
こうも言うのだった。
「この疎開地だった場所にはな」
「派手に化粧して赤や紫の花みたいな服を着て」
「胸とか脚を見せてな」
「彼女と一緒に歩いてそこまで言うの?」
「ああ、言うさ」
口の端と目の端でだ、広良は笑って言葉を返した。
「別に相手をしないからいいだろ」
「まあそれ位はね」
「そうした女には興味はないんだよ」
こうも言った広良だった。
「俺はな」
「私だけとか?」
「今はな」
限定だった、返事は。
「あんただけさ」
「あくまで今は、なのね」
「そうさ、今はさ」
「そこで永遠にとかは言わないのね」
「言ってもな」
それこそというのだ。
「ここじゃそんなの言っても信じないだろ」
「まあね、こうした場所だとね」
イギリス人、二十世紀初頭の格好で口髭を生やして傘を持った彼等が歩いていてもおかしくない場所を歩きながらだ、秋姫は答えた。
「信じられないわ」
「だからな、今はなんだよ」
「そういうことね」
「そうさ、じゃあな」
「ええ、そのお店に入りましょう」
「そろそか」
「そろそろよ」
実際にとだ、秋姫は答えた。そして。
二人は今度はイギリス風のバー、スーツの男達が帽子を脱いで入る様な店に入った。その木造のカウンターに並んで座り。
注文したのはこの店では二人共同じだった、ウイスキーをロックでだった。
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