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魔術師にとって不利な世界で、俺は魔法を使い続ける

作者:@ひかり
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 ユグドラシル最前線:第50区 第40区にて

 うっすらと、瞼を開けた。
 昨夜部屋の窓に中途半端にかけたカーテンが、システム認知の網に引っ掛かり、リセットされて全開になっている。そこから入り込んで来る、冬らしいやや浅い角度からの朝日の光が、寝起きの俺の眼を刺激して凄まじい眩みを生む。
 今日も、あの夢を見た。
 1年半前、永遠の期間とも思える、AIプログラムとの殺し合いが始まった、あの日の夢を。
 ここしばらくは見ていなかった光景が、俺の頭にまざまざと甦る。俺は部屋のベッドから飛び降り、システム認知に引っ掛からない程度までカーテンを引いた。
「なんで夢なんて見るんだろうな」
 夢を見た次の日には決まって口にする疑問を、性懲りもなく問う。機械と脳波のやり取りの中で、なぜに夢見になるのか。勿論答えなど返ってくるはずもなく、自らの怯えを隠すための疑問さえも、カーテンを引いた瞬間に消え去る。
「おい、いつまで寝てるんだい?早く下りて来ーい」
 下階から良く響く声が聞こえる。
「もう起きてる!すぐ行くから待ってろ!」 
 ここで遅れるとまた一日中嫌味を言われっぱなしになる。俺はすぐさま叫び返すと、ドアを開けて一気に階段を駆け降りた。


「遅い!朝からレディを待たせるんじゃないよ!」
「悪かったよ、アリス」
 俺の姿を見るなり開口一番そんな事を言う者に、俺は適当に返事を返す。ここで反論すると後々面倒臭い。
「ったく、いつまでたったらあんたの寝坊はなおるんだろうねえ」
 今目の前でぶつくさとレディらしくない口調で呟きながらも飯の準備をしているのはれっきとした女性だ。別に恋人などではなく、俺は単なる居候である。そんな俺に反論する資格など無い。
 この世界(ゲーム)では、そこそこ人間関係がドライな中、なぜ彼女はここまで俺に世話を焼いているかと言うと、俺とアリスの現実(リアル)での関係が深く関わっている。
 アリスは俺と同校に通う学生であり(一応相手は一つ上)、そのころから性格が似たりよったり――超インドア派、という点だったが――で、たまたま一言二言挨拶を交わす仲だった。その縁で、割と友好関係がある。それも途中からアリスが不登校になり始めるまでだったワケだが。
 メラニン不足を彷彿とさせる恐ろしく白い肌に、染色したのか若干紫色の肩まで伸びたちぢれた髪。すらりと伸びた細めの体。少し円形に近い楕円形の顔に、暗い大きな瞳。これで白い服でも着ていようものなら幽霊にでも見えそうな彼女は、外見とは裏腹に口が悪く、こちらの痛いところをビシバシと的確に衝いてくる。こう見えてIQが(本人曰く。しかし周りの誰もが納得している)150弱あり、その頭脳に恥じず、何を言ってもすぐに適切な答え――そのほとんどは嫌味を含めて――返してくる。声はオルゴールを思わせる響きのいい声だが、寂寥の音も同時に再現しているため、少し恐怖を覚える。
 この40区で、街区端のギリギリのところに建つ大屋敷を買おうとしていたアリスを見かけ、声をかけたのは俺である。それは決してこの世界では珍しい女性プレイヤーがいたからではなく、あまりにリアルの彼女と似ていたからだ、と俺は今でも主張している。すると彼女は、まだ決まった住居を持っておらず、宿を転々としていた俺に、
「アンタは特別。住んでもいいよ」
 と返したのだ。それ以来、俺はここに住んでいる。
「そのセリフを言うにはちょっと早いな。今5時57分だぜ」
 お決まりの返事を返しながら、俺はアリスの朝食の準備を手伝う。他人から見れば夫婦にしか見えない光景だが、幸いこの世界にはシステムによって《結婚》という物が明確に定義されているため、全く気にしていない。
「今朝の材料は悪魔の肉だよ」
 感情を隠しているのか隠そうともしていないのか判断がつかないニヤニヤ笑いを溢しながら、アリスは料理の解説を始めだす。現実なら「お前魔女かよ!」と突っ込んでしまいそうなセリフだが、ここ数日フィールドに悪魔が大量発生しているため、そろそろ来ると思っていたのが当たった、という感覚で留まった。実際彼女はフィールド前線で狩りをする魔術師であるため、ほとんど魔女と言ってもいいのだが。
「そんなことよりメシだ」
 俄然『花より団子』の姿勢を貫く俺にアリスは苦笑いを返した。
「はいよ」


「いい加減杖を背負ったまま寝る癖は直した方がいいと思うけどねえ。ここは宿じゃないんだよ?戦闘道具を食事の場に持ち込むのはマナー違反だとは思わないかい?熱心魔術師クロトさんや」
「仕方ないだろ、昨日帰ってきたの遅かったんだからさ」
 他の部屋と同様に、かなり広い――一般プレイヤーどころか最前線で戦い、かなりの資金を得ているプレイヤーの部屋より広い――ダイニングで朝食を摂りながら、つい最近聞いたような会話が始まる。
 この世界にも睡眠という概念は確固として存在しており、寝なければ当然の如く眠い。それはおそらく、脳波をジャックしているとはいえその働き自体は何の阻害も受けていないわけであり、休眠を与えなければ不調を(きた)す、この一連の流れは自然の定理と言ってもいい。その次の日は攻撃の命中率が格段に低いのはシステム的な事ではない気がする。
 そんな「重要な行為」である睡眠と、あくまで「戦闘用具」の杖では、睡眠を優先させるのは言うまでも無い。どちらにしろ、俺は物の管理が苦手なため、いずれは杜撰な手入れによる耐久力消耗で消え去る運命にある杖である。善処はしているが、結局このゲームが終わってしまえば無用の長物。諦めて休息重視で過ごしている。
「気にならんのかい?少なくともアタシは寝られんと思うがね」
 確かにそうだが、一日中ぶっ続けで戦闘をこなした体に、かなりの長さはあるが所詮棒きれ一つ、大した呪縛ではない。一言「そんなワケはない」と返し、朝食を食べながらすっかり染み付いた動作でメニュー画面を呼び出し、「戦闘用魔法具」の覧から武装を外す。
 数秒後、メニュー画面を閉じたと同時に飯を食べ終わる。
 と、もうとっくに食事を完了させていたアリスの表の顔としての職場、この住居兼店舗の屋敷で経営する店のベルが、隣の部屋で鳴った。
 この世界では食事後の後片付けは必要ない(皿などは消耗品扱いの為、乗っている物が無くなればほぼ時間を経てずに消える)ため、即刻店であり玄関である1つ西の部屋へと向かうアリスを見送りながら、俺は自前のコーヒーを淹れる。リアルとは違い即出来上がった漆黒の飲料を飲みながら、俺は今日の予定を立てる。
 と、俺は思わず座っていた黒めの木材――恐らくはリアルで言う「黒杉」――でできた椅子から飛び退いた。
「誰だ!?」
 人の気配を感じた。この部屋は屋敷の中でも最も北西に位置していて、入るには先程アリスが出て行ったドアを通過するしかない。しかし、ドアを含む俺の視界内の物は全く動いていないし、木製のドアに顕著な小さな軋み音もしなかった。
 俺はすぐさま杖を構え、臨戦態勢に入ろうとする。しかし、先程武器をしまったのに気付いて大焦りし、続いて薄暗いながらも――アリスの趣味か、この建物内部は全体的に照明が暗めにカスタムされている――ここは街区である事に気付く。
 と、視界の右隅、部屋の最も明かりの絞られた暗がりに、一人の人影が現れた。余りにも自然な登場で、そこに初めから居たかのように。
「よ」
 このゲームの開始以来の腐れ縁、最も古くからの戦友である猫背の少年は、短い挨拶と共に訪れた。


「なんで一々気配を消して来るんだ、お前は」
 ユグドラシル攻略メンバー一の暗殺者、ゼロに紅茶を淹れ――意外にもゼロは苦い者が苦手らしい――、つい苦笑顔になりながら若干の(というよりほぼ100%)皮肉を含ませて要件を聞く。これでも伝えたい事は伝わるため、説明は含ませない。
「この区のボス情報が入ったからな。それを伝えに。ついでにクロト、お前の危機管理能力も見に来た」
 ゼロは序盤も序盤、ノルド・タウンで俺と共に実力を付けた後、血の気だらけの最前線で戦う俺とは別の道を進み、裏で活躍する暗躍者となった。
 この世界、情報に支配された電子の牢獄から脱出するためには、この大陸、10キロ四方の大地が100繋がった地を全て制覇するしかない。しかし、そのためには攻略を進めモンスターを撃破する者だけでなく、そのバックアップをする者、様々な戦闘支援を行う者など、様々なスキルを持ったプレイヤー(このゲームはスキル性重視の節がある)が必要である。つまりスキルをバランスよく振り分けなければならないのだが、奇しくもリクターの『ランダム性重視』の政策に則り、大体理想に近いプレイヤーバランスになっている。
 余談になるが、個人を象徴する物に《レアスキル》という物があり、システム的にも確立されている。普通のスキルは使用する度にほんの少し、体感的には100分の1程熟練値が上昇し、一定値を超えると熟練度が上昇する仕組みになっている。これはLv制で表され、レベルが上昇する度、性能がアップする。しかし熟練値が決められた値になったとしても、待てど暮らせど熟練度が上昇しない場合がある。それが《カンスト》と呼ばれる現象で、レベルが最大値である10に達する事はあまりない。その狭き門を潜り抜け、最高レベルに達したスキルが《レアスキル》と呼ばれ、下のレベルより遥かに高い性能を持つ。さらにそこから名称が変わる物もあり、パーティ編成では非常に優遇される。レアかどうかには関係ないが、使っていく内に、《カンスト》していても新たな技が覚醒することもある。
 更にもう一つ、他のスキルから派生した物ではない、完全オリジナルのスキルも存在する。こちらは熟練度が全く上がらない代わりに、最初からかなりの高性能を誇っており、まさに「格が違う」と言うべきスキルだ。プレイヤー間では《希少スキル》――システム的には《レアスキル》と同名義――と呼ばれ、持つ者も多くはない。また、《希少スキル》は全プレイヤー中で一切同じものが存在せず、入手条件も解っていない、正真正銘の《レアスキル》である。このスキル群は使用の際のエフェクトが特にド派手で、プレイヤー同士の《決闘》では、観客を大いに賑わせる。
 しかし最前線で戦うプレイヤーのほとんどは《レアスキル》を持っている。それはそれで『個性』を表しているのだが、持つ者と持たぬ者、また持つ者にしてもその個数によって(レアスキルとはいっても所持レアスキル数に制限は無いらしく、多くのプレイヤーが複数個持っている)格差が生じていて、時折摩擦が発生して小競り合いになったりもする。そして俺が知るなかで最も多くの《レアスキル》を持っているプレイヤーが、目の前で静かに紅茶をすすっている少年だ。
 彼はそのスキル《瞬間移動(テレポーテーション)》、スキル系統《隠密行動》の最上級《暗躍》、《索敵》Lv10、そしてステータスのほぼ全てを振った敏捷度パラメータをフルに生かし、情報屋として活躍している。基本的に各大陸のボスと最初に出会い、交戦をするのは彼であり、――前衛の攻略組は情報がない限り、あるいはよっぽどの理由がない限り、ボスとの戦闘を行わない――アウェイアンドアウェイかつ狙撃中心の戦闘によって攻撃パターンを網羅し、最前線で動く攻略組へと伝える。個人からの依頼も受け付けているため、そこそこ名が通っているプレイヤーの一人だ。
「珍しい事もあるもんだい。あんたに客だよ、クロト」
 やや疲れた顔をしながら、隣の部屋からアリスが戻ってきた。間髪入れず、椅子にさえ座らせずゼロの叱咤が飛ぶ。
「護符を用意しろ。転移と回復、解毒のやつ。大量に」
 そんな言葉など意に介さず椅子へと腰かけたアリスが怪訝そうな顔でまじまじとゼロを見る。
「なんだい、もう次のボスかい?情報が速いねえ。あたしはもう少しゆっくり攻略したいんだけどねえ」
《護符》というカテゴリに属するアイテムは、その名の通り紙やら布やらでできた、薄っぺらいにも関わらず戦闘用のアイテムで、外見の頼りなさとは大違いな、非常に優秀な効果を持っている。簡単に言ってしまえば「同じような効果を持つアイテムの中で、最も効力の高いアイテム」という事になる。『体力を回復する効果』を持つアイテムに例えるなら、『体力の最大値の3割を回復』する《ヒールポーション》や、『一定時間自然治癒力を上げ、体力を完全回復』する《ヒールポーション・ハイ》などが主な回復アイテムだ。しかし緑色の《回復の護符》を使用すれば、『一瞬で体力を完全回復し、一定時間自然治癒力を上げる』、いわゆる複合効果を得る事が出来る。他にも『出血毒、麻痺毒、催眠毒を回復する』黄色の《解毒の護符》や、『指定した場所にタイムラグなしに転移する』紫色の《転移の護符》などがある。ちなみに、基本的にゼロ《転移の護符》を必要としない。
 但し、数少ない流浪人タイプのNPCとの売買か、高レベルモンスターからの確立ドロップしか入手手段がない事がネックになる。流浪人は各地を渡り歩くために今どこの大陸をほっつき歩いているか知る手段がなく、ドロップを狙うには安全のため「護符を獲得するのに護符が欲しい」状況になる。
 その問題を解決し、安定供給を可能にしたのが、アリスのスキル《錬金術》だ。本物の錬金術らしく物を増やす、あるいは作り出す事も出来るが、本人はもっぱら護符を作る事にしか使っていない。しかし腹黒いアリスのこと、無論タダで提供するはずもなく、商人よりほんの少し安いだけの料金をふんだくる。実際紙か布と多少のMPしか使わないためにコストは0に等しいが、その稼ぎあってこの屋敷が存在するため、俺は何も言う事ができない。
 特にボス攻略が近づくと、アリスの収入は莫大に増加する。普段から買いに来る者が多いこの店だが、大規模戦闘が行われるためにかなりの数の護符が出回る事になるからだ。
 5秒ほどゼロの氷のような視線を平気で受け流し、ようやく一仕事するかという風に立ち上がったアリスだが、
「クロト。先にあっちで待たせてるヤツと話をつけてこい。それまで絶対退いてはくれないだろうからね、あれは」
 そう言い残して即、また座った。これにはゼロも諦めの姿勢にならざるを得ない。とっとと行け、と顔に書いてある。
「分かったよ」
 そう言い残し、椅子と同じく漆黒の木材製のドアを開けた。
 
 

 
後書き
 お久しぶりです!@ひかりです。
 最初に、ここまで更新に間ができてしまったわけをご説明いたします。
 前回のあとがきに『この手の小説を買い漁った』と書きましたが、それを一気読みしまして……。読書って楽しいですね、ハイ。それ以外にも結構いろいろあって忙しかったもので、ここまで遅れてしまいました。
 それにしても、結構似たり寄ったりになっちゃってる感がするんですよね。わーこの辺あの小説にそっくりーみたいな箇所を見つけても、生温かく見守ってくださいませ!
 こんなに数があるんなら、どれかの二次創作でもいいかなーって最初は思ったりもしましたが、ついでにちょっと下書きで書いてみたりもしましたが、やっぱり自分で作ったキャラを紹介して活躍させる方が楽しいかな、と思って今現在書いております。
 それではまた次の話でお会いしましょう! 
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