六甲おろし
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第二章
「下着赤しかないだろ」
「妹の下着姿見て嬉しい?」
「干してある下着を見ただけだよ」
寿はこう言いつつ自分の席に来た、そのうえでの言葉だ。
「小学生の下着なんか見て嬉しいか」
「ならいいけれどね」
「けれど下着絶対に赤だよな」
「カープの色だから」
当然という返事だった。
「当然でしょ」
「それじゃあ僕と同じだろ」
「鯉女だからっていうのね」
「いや、派手な下着だからだよ」
赤という色自体への指摘だった。
「充分派手じゃないか」
「私が赤じゃなかったら何なのよ」
「ほら、そう言うからな」
「お兄ちゃんも黒と黄色だっていうのね」
「そうだよ」
そこは一歩も引かなかった、彼にしても。
「そして朝は」
「六甲おろしね」
「それで起きるんだよ」
「毎朝ね」
「御前だってカープの歌で起きるじゃないか」
「他には選手の応援歌位ね」
朝の目覚ましにするならというのだ。
「それ位ね」
「僕もだけれどな、とにかく下着は僕は他は駄目だ」
黒と黄色以外はアウトだというのだ。
「縦縞のな」
「着替えの時何か言われる?」
「僕らしいって言われるよ」
「猛虎命ってことで」
「それ以外言われないさ」
「まあ他にないからね」
言う要素がとだ、千佳も頷く。頷きながら自分のトーストに苺ジャムを付けている。それもたっぷりとである。
「本当に」
「そうだろうな、まあとにかく今日のお参りも済んだよ」
「お百度参りね」
「来年こそは日本一になって欲しいからな」
「確か前の日本一って」
千佳も知っているその年はというと。
「一九八五年ね」
「昭和六十年な」
「お母さんもお父さんもまだ中学生だったわよ」
母はもう出勤した夫のことも話に出しつつ寿にトーストを出した。
「あの時は凄い騒ぎだったわ」
「あの時以来の優勝を願ってるんだよ」
「毎年なのね」
「阪神が日本一になったら」
どうなるかとだ、寿はそのトーストを受け取りつつ力説した。
「日本自体が大フィーバーになって」
「あの時みたいに」
「景気が一気によくなるんだよ」
「それはそうね」
母も否定しなかった、今度は二人にベーコンエッグも出す。そして野菜と果物のミックスジュースもである。
「あの時のフィーバーがまた来たら」
「巨人なんか優勝しても何もならないよ」
このことはその通りだ、別に何処かの百貨店がバーゲンになる訳でもハムやソーセージやお菓子が安売りになる訳でもネットの商品が安くなる訳でもない。巨人が優勝しても日本にいいことは何一つとしてないのだ。これだけ優勝しても誰の利益にもならない空虚なものはない、巨人の優勝はテレビの信者の忌まわしい笑顔をもたらすだけだ。
「けれど阪神は」
「そうね、けれどね」
「けれど?」
「あんたそれ毎年だから」
「若し来年優勝しても」
寿は母の言葉に毅然として言った。
「二連覇、二連覇したら三連覇」
「お願いしていくのね」
「そうだよ、十連覇してもだよ」
それこそというのだ。
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