夢値とあれと遊戯王 太陽は絶交日和
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レベル7前編 樢の口からびっくりすた
ごく普通の日常だ。いや、もうごく普通の日常なんて送れてはいないが、だからこそ今過ごしている当たり前の学生生活を哀手 樢は噛み締めた。
普通に登校して、
「おはよう樢さん」
「おはよ、ケート」
普通に下駄箱で友人に挨拶して、
「……樢さんって、」
「何ー?」
普通に他愛無い話をして、
「遊戯王やってるの?」
「っえぎゃ!?」
樢は化物の鳴き声のような声を出した。抱えていた上履きが呆気無く落ちる。
「違うの?」
九衆宝 毛糸は表情を全く変えていない。
「ぇ!?ええっとね、」
樢は否定すべきかどうか必死に頭を巡らせた。
「ええっと、ケートはやってるの?」
樢は取り敢えず相手の出方を伺った。
「ん?ええ、やっているわよ」
毛糸は普通に頷く。
「そ、そうなの。実は……」
樢はなんとなく恥ずかしくて声を落とした。
「私もね、やってるの。ちょっとね。ちょっと」
「ふうん」
狼狽える樢に対して、毛糸は無表情だった。
「それにしても、どうして分かったの?」
「見てたから」
「へ?」
「一昨日に子供が決闘していたのを、見ていたでしょ?私も見ていたの」
「えっ……!?」
ピーツー達との決闘のことだろうか。喋る犬、ダードにテンションが上がってしまって、色々遊戯王のことを尋ねていた思い出がふと込み上がって、樢は思わず赤い顔ををブンブンデタラメに振った。
「あ、ああ、見てたの!?あれ!?」
「ええ」
毛糸は頷いた。
(なんかあの時変に盛り上がっちゃったんだよなぁぁ……)
「えっと、なんか、……なんだったんだろうね?」
樢は口の中で言葉をぐるぐる回している。
「……知らないの?」
毛糸は樢をまっすぐ見つめた。
「へ!?」
「知らないの?」
「な、何を?」
樢は少したじろいだ。
「自分のことを」
「それは大げさじゃない!?」
「……そう」
誤魔化しの言葉に大真面目に反応する毛糸を見て、樢は焦りに近いものを感じた。
「……それで、あなたは遊戯王をするのよね?」
そして話が戻る。
「うん、そうだけど」
「じゃあ、私と決闘しない?」
「ん、あぁ、そうね」
樢は反射的に同意した。
一応、ダードに基本的なルールを教わっているので、よっぽど難しいことをしない限りは今の樢は遊戯王の対戦が行える。
「じゃあ、明日私の家に来ない?」
「明日?」
「その日は予定があるかしら?」
「ううん、無いけど」
いつも淡々としている毛糸がここまでとんとんと話を進めることは珍しい。樢は単純に驚いた。
「ず、随分、楽しみにしてくれるのね?」
「そう?」
「えっと、その……」
樢は愛想笑いをした。
「私、始めたばっかだよ?」
「そう」
「うん」
「……」
「……うん、それでもいいならいいけど。あと、ルールとかも分かんないとこあったら途中で聞くかも」
「分かった」
「ん、じゃあ、明日ね」
「うん」
こうして、決闘の約束が取り付けられた。
「おじゃましまーす」
そういえば、九衆宝家に遊びに来たのは初めてだろうか。
大きめで少し和風な家の外観も、毛糸の日頃の言動から納得してしまう。
それから落ち着いた木の長い床を毛糸に案内されながら進むと、2人は1つの部屋に着いた。
「へぇー」
そこは、まるで祭壇だった。
窓もカーテンも締め切っている中、オレンジ色に見える程仄暗い明かりの提灯が小さく点在している。その明かり達に導かれるように樢が目を向けると、そこには木彫りの綺麗な球が丈夫そうな台の、柔らかそうな布の上に乗っていた。
(あの球……、なんか分かる)
樢はぼんやりと考えた。
(って何を分かるのよ)
と、冷静にセルフツッコミをしていると、
パチッ。
白熱灯の白い光が一瞬で部屋を現代の色に染めた。
「え……?」
「あんな暗いとこで決闘したら目が悪くなるわ」
「た、確かに」
強い光の前に、先程の提灯達はただ存在を主張するように光るだけに留まっている。
毛糸はそれから手際よく、大きめの机を中央にひきずって、小さなラバーマットを2つ向かい合うように置いた。そしてそのマット2つの前に椅子を1つずつ用意する。
樢は促されるままに小さなマットの前に座り、毛糸がデッキを取り出すのを見て自分もデッキを四角い枠線の中に置いた。
そして、2人の決闘者が対峙する。
「決闘!」
「え、あ、そうか、決闘!」
「先攻後攻選んでいいわ」
「ありがとう。じゃあ……」
樢はそこで動きを止めた。
「……どっちにしよう?」
「基本的に、先攻1ターン目は安定して盤面を築けるし、先攻が有利よ」
「じゃあ、先攻で」
「どうぞ」
「じゃあ、私のターン、ドローは無し……でぃ!?」
自分の使うデッキの初手を見た樢は我が目を疑った。
(私、こんなカード入れてない!)
樢の初手は《Kozmo-スリップライダー》、《光の援軍》、《バージェストマ・レアンコイリア》、《ライトロード・ビースト ウォルフ》、《魂吸収》。そのどれも、入れた覚えの無いカードだった。
(まさか!)
そう思ってデッキを見ると、デッキの束が普通より分厚い。
(このデッキ夢値が入れたんだ!)
樢は根拠も無く決めつけた。
「どうしたの?」
毛糸が不審な素振りの樢に尋ねかけた。
「え、あ、……いやぁ、なんでも」
少しの逡巡の後、樢は誤魔化しに入った。
「……大丈夫?エクストラデッキのカードが混ざっていたなら抜いていいけど」
「そういうのじゃないから、大丈夫」
樢は笑ってみせた。
「このデッキでも勝てるから」
あれ?
樢は毛糸にそう言ってのけた自分に驚いた。
「……そう」
「ちょちょちょっと待ってね!今のは、今のは、」
樢は慌てて弁解を試みた。
「えっとね、」
「分かっている」
「へ?」
存外落ち着いている毛糸に樢は間の抜けた顔を見せた。
「樢さんの本心ではないってことでしょう?」
「そうそう!そうなんだよ!」
「大丈夫よ。決闘を続けましょう」
「う、うん。ありがと。ええとそれじゃあ、……うーん、《光の援軍》。ええっと、デッキの上を3枚墓地に送ってから、」
「それにチェーンして、手札の《PSYフレームギア・δ》の効果を発動」
「へ?」
樢の記念すべき初チェーンである。但しされる方だが。
「このカードは私のフィールドにモンスターがいない時に効果を発動出来る、手札から《δ》を、デッキから《《PSYフレーム・ドライバー》を特殊召喚して、《光の援軍》を無効にして破壊するわ」
δ 星2 守0
ドライバー 星6 攻2500
樢のカードを無効にしながら、毛糸は2体のモンスターを並べた。
「え、多い」
「安心して。この効果で特殊召喚された2体は、エンドフェイズに除外されるわ」
「そうなんだ。それでえっと、《光の援軍》は無効にされたけど、デッキは墓地に送るのよね?コストだから」
「そうね」
毛糸は首肯した。
「それならじゃあ……」
樢はデッキの上の3枚のカードを墓地に送った。
《隣の芝刈り》、《闇の誘惑》、《テラ・フォーミング》
(これ、どうなんだろ?)
樢は分からないまま取り敢えず自分の手札を見る。
(星5以上は生贄がいるから《|Kozmo-スリップライダー》はまだ召喚出来ない)
「通常召喚できないって書いてあるカードは召喚出来ないんだよね?」
「そうね」
(じゃあ《ライトロード・ビースト ウォルフ》も召喚出来ない。《バージェストマ・レアンコイリア》は……ゲームから除外されたカード?一応、ケートが特殊召喚した2体のモンスターはゲームから除外されるけど、それを墓地に戻して何かあるかな?取り敢えず伏せておきましょう。それで、ゲームから除外されるのよね。じゃあ……)
「カードを伏せて、ああそれより先かな。まぁいいや。それから、《魂吸収》を発動。ターンエンド」
「エンドフェイズ、《δ》と《ドライバー》が除外されて、カードが2枚除外されたから《魂吸収》の効果で1000ポイント回復ね」
毛糸は相手のカードも交えた処理をスラスラと行った。
樢 LP8000→9000
「そう、だね」
「私のターン、ドロー。スタンバイメイン、除外された《δ》と《ドライバー》を対象に《サイコ・フィール・ゾーン》を発動するわ。この2枚を墓地に送って、レベル8のサイキックSモンスターを出す」
「え、ええっと、ストップ!」
樢は慌てて制止した。
「何?」
「使える、か分かんないけど、」
「どうぞ」
「《バージェストマ・レアンコイリア》なんだけど、これで除外されたカードをどければ、対象を失う?かなんかでケートの魔法を無効に出来るのよね?」
「そうね」
毛糸は涼しい顔で頷いた。
「対象は?」
「除外ゾーンから墓地に行かせるカードってこと?……どっちにしよう?」
「ケースバイケース、私の手札次第」
「う……じゃあ、効果持ってる方。でるた?」
夢値がしょっちゅう墓地のカードを取り回しているのを見ている樢は、レベルが小さい方のカードを墓地に置くことにした。
「《δ》を墓地に戻すわ。これで《サイコ・フィール・ゾーン》は不発」
「よ、よし」
(こ、これはいい感じに闘えてる……!?)
カードの応酬というやたらカードゲームらしいことを自分の優勢で終えた樢は内心、少なからず盛り上がっていた。
「……ライフを2000払って、《終焉のカウントダウン》」
「何それ!?」
「今から20ターン後に、私は勝利する」
「に、20ターン後」
「お互いのターンを終える度に1と数えるから、あなたのターンは10回よ」
しかしここで樢は、夢値が不良4人衆と闘っていた時のダードの話を思い出す。
(でも、先攻が2ターン動けば、勝てはしなくても殆ど勝ちまでになることもよくあるんでしょ?)
「カードを2枚伏せてターンエンド。《カウントダウン》のカウントが1になる」
「私のターンね」
(私はそこまで早くは勝てないけど、それの5倍あるんでしょ?)
樢はカードを引いた。
(なんだ、それだけあるなら勝てるわよ)
「暇ですねー」
「そうなのか?」
夢値とダードは公園でくつろいでいた。
「いやぁ、絶好ののんびりびよりですよ。だって……」
夢値は水筒の中の熱めのお茶をすすった。
「お茶がこんなにおいしいんですよぉ?」
「哀手 樢のことはいいのか?」
水筒をダードに差し出した夢値に対し、ダードは首を横に振った。
ダードはサンサーヴのこと、ハンターのことをあまり聞かされていない。それ故に、行動は基本的に夢値頼みになるのだ。
「犬なのに猫舌ですねぇ。樢さんについては、ぼくとしても手は打ちたいのですが」
夢値はのんびりとお茶をすすった。
「なかなか妙案が浮かばないんですよねぇ」
今日も友人の家に行くという樢に夢値は着いていこうとしたが、何度も何度も再三再四繰り返し繰り返し、着いてくるなと言われていた。
「一応、突然ハンターに決闘を挑まれてもいいようにー、デッキを1つ滑り込ませてはいるんです」
「それはするのか」
「それに、」
夢値は目を細めてお茶をすすった。
「道中ならともかく、見知らぬ人の家に乗り込むなんて非常識なハンターは流石にそういないでしょう」
「それもそうか」
「4人に1人もいませんね」
「結構いるなおい」
ダードは渋い顔をした。
「……だが、その友人ってのは大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。樢さんが鑑定した本物の友人です」
「いやそうじゃなくてだな、その友人がハンターって可能性は無いのか?」
「え?」
「だって、ハンターになるのに特別な資格がいるわけでもない。昨日まで友人やってたが、哀手 樢がサンサーヴを持ってるなら力づくでも奪い取るってやつがいるかもしれない」
「うーん、その辺りは大丈夫だと思います。樢さんの友人、確か九衆宝 毛糸さん、実際に見てみたんですが、真面目そうな人でしたよ」
「……そうか。焦らせるようなことを言って悪かっ……」
「九衆宝!?」
夢値は突然立ち上がった。水筒が地面に落ちるが特殊設計により蓋がガシャンと閉まるのでお茶は溢れない。
「ど、どうしたんだ?」
「え、ええ、ええ、えそ、え、ぼ、ぼく今、九衆宝って言いました!?」
「言ったよ。言ったが」
「とんでもない!」
「何がだよ」
「以前ディアンさん(※夢値達のリーダー)に聞かされていたんです。日本には九衆宝 鳥居絵という狂信者がいることを」
「狂信者?」
「九衆宝 鳥居絵。74歳。なんちゃらかんちゃらっていう大企業の社長となるも、ある時ライバル会社との競争に敗北。そのまま失墜していったとのことです」
「んじゃああれか?サンサーヴの力でかつての栄光をってわけか?」
ダードは集中する為に目を細めた。
「ええ。そんなところでしょう」
「つーことはハンターみたいなもんか」
「はい。しかも、鳥居絵さんは家族に対してもサンサーヴの力とその必要性を何度も語り、子供や孫にもサンサーヴを手に入れるように言っているそうです」
「つまり家族ぐるみってわけか」
「おそらくは」
「ってことは」
ダードは起き上がった。
「樢さんの身が確実に危ないですね」
「やばいな。今すぐ駆けつけないと」
「飛びますよダード」
「お、おう」
「いっせーのっ」
「「せっ」」
降り立った場所は、やけに仰々しい場所だった。少し遠くで樢と毛糸が決闘している。
「うーん、決闘バリバリしてますね」
「それで、戦局はどうなんだ?」
「ええとこれは、紙とテーブルで遊戯王してますね。これじゃあ近づかないとなんとも」
フィールドをまだ目視出来ないが、決闘者の声は聞こえる。
「私はこれでターンエンド」
聞こえるのは樢の声ではない。毛糸の声だろう。
「丁度相手のターンが終わったようですね」
「んで、どちらが有利なん……」
「これで、運命のカウントダウンのカウントが19になる」
毛糸は淡々と告げた。
後書き
運命のカウントダウンって言ってるのにカウントが1から増えてるのはADS準拠。
今回は色々手直ししました。毛糸の設定おかしくね?今から新しく作らない?とか
誤字脱字諸々あったら教えてくれると喜びます。
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