ViVi・dD・OG DAYS
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第5話 O・HA・NA・SHI
しかし、彼女の疑問は『イギリス』と言う単語そのものに対して覚えた感情ではなかった。
確かにミッドチルダ在住の人々の大半は、異世界である地球など無縁な存在だと思われる。
だが、それは無理もない話。
なにせ同じ地球上に住んでいる我々ですら、未踏の場所や未知の文明――つまり地球上に無縁な場所が存在するのだ。
ただでさえミッドチルダ全域を通しても『限られた』人間にしか認識されていないであろう地球。
ミッドチルダに住む人々が地球――その中の一国であるイギリスを知らなくても何も困らないのである。
とは言え、先述の通り彼女の周りには地球出身や住んでいたことのある、なのはや友人達がいる。
そして、イギリスはグレアム親子の住んでいる国である。
グレアム氏との対面も、彼女が実際に訪れたこともないのだが、トリルに色々と話を聞いてイギリスと言う国について知っていたのだった。
そんなヴィヴィオが疑問に思った理由――。
地球から異世界へ飛んだ人間と言われても、ヴィヴィオの目の前で笑顔を浮かべている人がそうなのだ。
そう、地球から見たらミッドチルダも十分に異世界なのである。
つまり、地球から異世界に飛んだ話をされても、なのはがミッドチルダへ移住してきた話を知っているのだから、今更言われても驚かない。むしろ彼女としては普通のことのように感じていた。
「なんでママは地球から異世界へ飛んだことを得意げに話しているんだろう?」
こんなことを考えていたのかも知れない。
実際にヴィヴィオへ話を切り出した彼女は「凄いでしょ?」と言わんばかりの得意げな笑顔を浮かべていたのだ。
「――ッ!」
そこまで考えていた彼女の怪訝な表情が、あることに気づいてハッとした表情に変化した。
そもそもミッドチルダから異世界へ飛ぶ方が珍しくないことなのだった。
何故なら――自分自身も母親の里帰りに同行して海鳴市へ何度も訪れたり、合宿と称して異世界へ赴くことがあるのだから。
それに、フェイトや――スバルの親友であり元なのはの教え子である、ティアナ・ランスターに至っては仕事上、異世界へと飛び回ることが多い。
それはきっと我々で言うところの海外出張や海外視察と言ったところだと思う。
つまり、この地では異世界へと飛び回ることは日常茶飯事な出来事であり、どちらかと言えば地球の方が珍しいケースなのだと気づいたのだろう。
「? ……どうかした?」
彼女の表情の変化が理解出来ないでいたのか、なのはは笑顔のままで問いかける。
「――ううん。何でもなーい」
ヴィヴィオは自分の勘違いに気づくと、苦笑いの表情に変えて答えるのだった。
○●○
だが、それ以前にヴィヴィオは『異世界に飛んだ』と言う単語に興味津々になり、冷静に状況を把握して話を聞いていなかったのかも知れない。
トリルは現在、ミッドチルダと地球を往復する日々を送っていた。
平日はミッドチルダで紅茶の美味しい小さな喫茶店を営む店長。
休みの日は実家のあるイギリスに帰り、近所に住む人達を対象にアスレチック競技や棒術を教えていた。
両方の地に家を持つ彼には、どちらにも近所の人が存在する。
当然、高町親子はそのことを知っている。
だから、彼女は本来――なのはが地球のことを指して話をしている可能性を視野に入れて話をするべきだったのだ。
つまり、なのはの言葉が足りなかった点と自身の判断ミスが招いた結果なのだろう。
斯く言うなのはも、はやての説明を受けていた時に『自分と同じで、地球から異世界へ飛んだ子がいる』と言う部分だけを聞いて、勝手に仲間の様な感情を抱き舞い上がり、トリルが両方の地に知り合いがいることを失念していたのだと思う。
結局の話、相反する思考ではあるのだが、双方ともに舞い上がり――勝手に相手に通じると思い込んで、肝心な主語を抜いて話した結果の食い違いだった。
とは言え、この親子は普段からこうなのかも知れない。
2人とも『言葉よりも拳で伝える』タイプなのだ。伝えたいから、伝える為に拳を振るう。
この母親特有の交渉術――『O・HA・NA・SHI』の正統な後継者として、娘が成長した証なのだろう。
仮に最初から『O・HA・NA・SHI』をしていれば、もしかしたら食い違いがなかったのかも知れない。
彼女達にとっては言葉のキャッチボールよりも、魔法弾のキャッチボールの方が慣れ親しんでいるのかも知れない。
だが、基本『O・HA・NA・SHI』は、一方通行に近いもの。
自分の信念を届けることが重要であり、相手に伝わるかどうかは核に届いてからの話なのだろう。
とは言え、それは『O・HA・NA・SHI』ならば通用するかも知れないが、今回は世間一般の交渉術『お・は・な・し』なのだった。
だから、届けている最中に、主語を守護しながら相手に理解を押し通すことを不得手としていた『O・HA・NA・SHI』スキル保有者特有の盲点なのだと思う。
それが今回のような結果を招いていたのだった。だが――
相反する思考ではあるものの、それは同じベクトルの思考。
ただ単に導いた答えが真逆なだけで、過程の回路は同じであった。
まだまだ新米ママと新米娘の高町親子。周りの家族に比べれば親子の繋がりは浅いのかも知れないが――
実に『似た者親子』の微笑ましい会話だったのである。
☆★☆
ヴィヴィオがそんな数週間前の出来事を懐かしそうに、可笑しく思いながらミルヒ達の紹介を聞いていると、シンクの紹介も終わり、現在対面している者達の紹介が終わりを迎える。
「……では、みなさんの紹介も済んだことですし、これよりフィリアンノ城へとご案内しますね?」
「そうですね? あとは道すがら、歩きながらでも話をしていきましょう」
「それほど距離はないのでありますが、疲れている方には車も用意しているであります」
「僕達が歩いて引いていきますから、良かったらセルクルにもどうぞ?」
紹介を終えるとミルヒ達は彼女達の根城であるフィリアンノ城へと案内を促す。
彼女達にとっては多少距離があるとは言え、普段から散歩に来る距離である。
その為、自分達は歩いて行くことを提示して、長旅に疲れているであろうヴィヴィオ達へと車――とは言え、あくまでもフロニャルドの車。
我々の世界やミッドチルダの車とは違い、セルクルで引いた客車――つまり我々の世界で言うところの馬車のセルクル版と言ったところなのだろう。
ミルヒ達とは別に来訪者の為に城から直接迎えに来ていた数台の車への乗車を薦めるのだった。
そして、シンクが自分達の乗ってきたセルクルも提供しようと言葉を繋いでいた。これはきっと彼の思いつきなのだろう。
自分自身が貴重な体験だと感じていた『セルクルへの騎乗』を味わってもらいたいと言う想いからくるものだったのかも知れない。
もちろん、彼の独壇場の話ではなく、来る途中に3人にはキチンと説明をして了承を得た話である。
「――姫様を歩かせるなどと、お前は何を考えておるのだ!」
と言うお小言を想定してのことではあったのだが、エクレもそこまでミルヒを過保護にしていないので素直に賛同していたのである。
だが、当のヴィヴィオ達は自分達も歩くことを望んでいた。
せっかくの新しい自分の知らない世界。自分の足で歩きながら景色を見たり、ミルヒ達と話をしたかったのだろう。
そんな申し出を微笑んで受け入れることにしたミルヒ達。
車への誘導は客人をもてなす為に発した言葉。だが、本心は――
色々と道すがら、話をしながら歩いて帰りたいと願っていたのだろう。
ヴィヴィオ達と同じように、彼女達もまた、自分の知らない新しい世界の話を待ち望んでいたのであった。
そして数日間の滞在中に、いくらでもセルクルに騎乗する機会はあるのだからと、シンクも納得して受け入れていたのである。
彼女達は、ひとまず車へヴィヴィオ達の荷物を積んで先に城へと向かわせてから、ミルヒ達を先頭に城を目指して歩き出すのだった。
☆★☆
「……先生、先生?」
「――ん? ……なんだい?」
フィリアンノ城へ向かう道すがら、シンクはトリルに小声で――
「先生の連れてきた人達は……姫様達の耳と尻尾を見ても驚かないんですね?」
素直に感じた疑問を投げかけたのだった。
実際にミルヒ達と最初に対峙した時――ヴィヴィオ達も彼が初めてミルヒと対峙した時のように驚きはしていた。
だがそれは「可愛い・綺麗・愛くるしい」と言う感嘆の言葉が今にも飛び出しそうな意味での驚きの表情であり、自分がミルヒを最初に見た時に感じた驚きとは別の感情なのだろうと思っていた。
トリルは彼の問いを聞いて、少し考えて、苦笑いを浮かべながら――
「……うん、まぁ……そう考えると、地球の方が希少な存在なのかも知れないね?」
そう答えるのであった。
「――そうなんですか? ……あっ、確かにそうかも知れないですね? と言うより、僕だけが珍しいってことになるんですよね?」
「…………」
彼はトリルの答えに咄嗟に疑問を投げかけたのだが、目の前を歩く少女達を見て納得するように、彼の言葉を肯定するのであった。
普通に見ている分には、特に彼女達と自分達に相違は見られない。だから彼の言葉を聞いても即座に納得できなかったのだろう。
しかし彼女達の横にいる『ぬいぐるみ』にしか見えない2匹の存在が、彼に納得せざるを得ない状況を醸し出していたのだと思う。
ヴィヴィオとアインハルト。2人の傍らにピッタリと付き添い、宙を浮きながら移動している『ウサギ』と猫――だと彼は思っていたらしいが、彼女から『豹』なのだと聞かされた。
そんな2匹のぬいぐるみにしか見えない物体が宙を浮いている世界――。
彼は、先の勇者召還でアクシデントに見舞われた際に出会った竜の巫女――シャルに付き従っていた、翼を持った小さな豚の姿をしたマスコット。ぺガのように感じていたのかも知れない。
つまりは地球よりもフロニャルドに近い存在なのだろう。
そもそも『魔法』と言う存在がある時点で、フロニャルド寄りなのだとは思うが。
だから、今いる人達の中では自分やトリルやなのは――だが、トリル達はイギリス人と日本人ではあるが『ソッチ側』の人なのだと言う。
要は自分だけが希少な存在なのだと実感して言葉を繋いだシンクであった。
そんな彼の言葉を聞いていたトリルは、無言で苦笑いの表情を送っていた。
確かに彼の言葉は間違いではない、だが――
「この地で数回ほど勇者業をしている君も、もう立派に『コッチ側』の人間だと思うけどね?」
そんな意味合いの苦笑いだったのである。
シンクが何となく考えていた、彼女達がミルヒ達を見ても驚かなかった理由――。
実際には、彼女達がフェイトの使い魔であるアルフ――元々はとても大きな狼の形態をしていた彼女。
人間形態も可能であり、なのはと出会ったばかりの頃は大人びた女性の姿をしていた。
しかし、はやてとの一件以降、フェイトから与えられる魔力の消費を抑える為に『こいぬフォーム』を覚えて、それ以降は人間形態でも少女の姿をするようになった。
彼女は現在、フェイトの母親と兄の家族――フェイトと離れてハラオウン家にて家事と育児を手伝っているのだった。
当然フェイトの家族であり、なのは達とも仲の良い彼女と面識のあるヴィヴィオ達。
そんな彼女の姿を知っているから、特にミルヒ達の獣耳と尻尾を見ても驚きがないのだ。
もちろんミルヒ達を使い魔のように考えている訳ではない。
ただ――そもそも自分達の生い立ちや環境の方が、彼女達の外見より特殊だと感じている。
そう、自分達の周りの環境の方が特殊である為に、彼女達のその部分には特異性など感じることなく、漠然と可愛い容姿を素直に見惚れていたのだった。
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