フリージングFINALアンリミテッド
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UNLIMITED03――明日――
「イーストゼネティックス?」
既に聞きなれたであろう言葉を、凱はまるで初めて聞くかのようにつぶやいた。
「ええ、あなたを条件付きの監視先が決まったわ」
薄暗い収容部屋から一転、久しぶりに太陽の光差し込める地上へ――
埋立地である元Gアイランドシティを改建し、人類を守る少年少女が居を構える砦へと変わっていた。
一つは、ウエストゼネティックス――
そしてもう一つは、凱の監視先であるイーストゼネティックスなのだ。
凱の臨時監視役であるシュバリエ最強のパンドラ、イ=スナと凱は今イーストゼネティックス居住エリアを歩いていた。
イーストゼネティックス首脳部への面談まであと数時間。予定より早くイーストへ到着した為、凱とスナは時間を持て余していたのだ。
あまりにも暇すぎて、任務中にも関わらず、スナは「せっかくだから街へ繰り出しましょうよ♪」と音符付きで言われた。
「お、おい!」
呼び止めようとする凱だったが、スナはさっさと凱の先を走っていった。
先日のスナは恐怖を体現したような第一印象が強かったので、なんだかこんなスナの態度を見ると、戸惑いを隠せない。
なんだか凱と歩けるのが楽しそうなスナだった。
一体どういうつもりなんだ?
二人は時間が許す限り、イーストゼネティックスの新都市を散策し尽した。
「う~~ん。空気がおいしいこと♪」
スナは大変ご満喫な様子だ。久しぶりに羽を伸ばせることについ背伸びしてしまう。関して凱はスナの後ろをくっつく形で歩いていた。
「なぁ、スナ。俺たちこんなことしてていいのか?」
「ん?何が」
「イーストゼネティックスへ向かうはずなのに、こんな寄り道なんかしてさ」
「あら、これは任務でもあるのよ」
「任務?」
ぽかーんと突っ立つ凱に対し、スナはくすりと笑った。彼女のその仕草がちょっとだけ可愛いと思った。
「行きましょ。凱さん」
「よっしゃ」
凱はどことなく投げやりな返事をよこした。
(完全にスナのペースだな。こりゃ)
それから二人は再び街中に向かって歩みを始めた。
陽気に合唱する楽隊キャラバンや、不思議系ご当地キャラが踊り、グルメタウンが食欲をそそるようなコマーシャルをする。
見るものすべてに対して凱は感涙の溜息をついた。どうやら凱のいた時代より60年たったというのは本当らしい。
ホログラムサイネージや多元面ディスプレイなど、そのあたりの先進技術も、あの頃の時代より一新していた。
とおりすがる人々も日本人だけではない。多様な民族衣装もあれば、洋風な衣装を着ている人もおり、とにかく外来国者がハンパじゃなかった。
あれは何と聞けば、これは何と訪ねれば、凱はいろいろとスナに教えてもらっていた。過去形の時代に生きてきた凱にとって、見るものすべてが新鮮だった。それ故に、この時代の流行知識など皆無であった。
凱が訪ねれば、スナは嫌な顔をせずむしろ積極的に、そして嬉しそうに教えてくれた。
いつの間にか、緑満ち溢れる公園に辿りついていた。スナが「あそこで一休みしましょう。ちょっと買い物行ってくるわ」といい、凱を先にベンチへ座らせた。
なんだか、心地よい疲労感が襲ってきた。何時ぶりなのだろうか?こんな穏やかな1日を過ごしているのは……
ふと、空を見上げた。脳裏にはGGGの仲間たちが浮かんでくる。
現在GGGの身柄はアオイ=源吾と名乗る男の元へ。閉鎖空間を脱出できたのはよいが、空間脱出作用の影響で凱を除く全員が深い昏睡状態に陥ってしまっていた。
その中には、将来を誓った最愛の「宇津木命」の姿もあった。
そんな右曲余折を得て、いざ目が覚めたら60年後の世界ときた。もはや何が何だか分からない。
自分たちが守り抜いた世界の平和は長く続くものと思っていた。
――異次元体ノヴァという、存在を知るまでは――
(俺たちが戦い続けてきたことに……何の意味があったんだろう?)
果てなく続く、心無い来訪者との戦闘。それは、いつの時代でも変わることのない火種なのだろうか?
目の前の敵が倒れても、また新たな敵が現れる。そんな新たな敵に自分たちが倒され、また自分たちの意志を受け継ぐものが現れる。
戦争と平和と変革。終わることのない円舞曲。
そう思うと、凱の心には果てしない虚しさが襲って来るのだった。
「冷てっ!!」「ほら、凱さんの分よ」
冷えた感触が凱のうなじを襲う。スナにあっけなく不意打ちを食らった。凱が冷たいと感じた物体の正体は、幾重にも重ね合わせたアイスクリームが入っている容器だった。びっくりする凱に、スナはなんだかかわいいと思えた。
「スナ?」
それから二人は隣同士にベンチに腰掛けた。
「凱さん、どうしたの?」
「俺は……」
「凱さん?」
「この世界に生きる意味って、あるのか……?」
「……凱さん……」
スナにとって、凱のこの落ち込んだ表情は、まるで小さな子供のように見えた。
なんだか、今の凱は変だ。彼は今、自分の気持ちを暴露している。
「ゾンダーを倒したかと思ったら、その未来の先はノヴァだぜ。自分たちが守ってきた世界に対して、倒すべき敵のいない――帰るべき場所――があるのかなと思ってさ」
なんとなくスナは理解できた。凱のその言葉の意味を。
彼は地球の未曾有の危機に直面してきた最初の人間。地球外文明による脅威は、誰よりも知っているつもりだ。
地球外知生体、人類にとって未曾有の危機とのファーストコンタクトとなる認定ナンバーのEI-01と接触した彼にとって、この世界はどう感じるのだろうか?
そして、転移した時代の先が、ゾンダーに替わるノヴァという存在だ。脅威は新たな脅威を呼び、人類を戒める。
倒しては現れるイタチごっこに、凱自身、戦う意味について矛盾を感じているのだろう。
「凱さん。それはあなたが……」
――どこにいたくて――
――どこに行きたいか――
――帰るべき場所は――
――あなたが望めば、そこが帰るべき場所なのです――
スナの一つ一つの言葉が、まるで聖母のように聞こえた。思わず凱はスナに振り返った。
「俺が……望む場所?」
「貴方達は、この残酷な世界に残された最後の希望――アンリミテッド――ゆえの使命があるが為に」
「アン……リミテッド?」
そう優しい笑顔でスナは、凱の言葉を肯定した。そして、アオイ博士から教えられたことを、スナは思い出していた。
アンリミテッド。公式呼称は「優性進化遺伝子情報構成体」正式名称は・Unite・Natural・Lasting・Identical・Manifold・Infinite・Transcendence・Evolutionary・Defianceと呼び、「理想世界を先導する進化の超越者たち」と呼ぶ。それぞれの単語の頭文字をつづって「UNLIMITED‐アンリミテッド」となる。
あまねく世界の融和を図り、数多の生命との共存を望む者。隔離された島と島を結ぶべく、閉ざされた新しい世界へ進撃する挑戦者。
凱もまた、アンリミテッドの一人なのだと、スナは告げた。
「さてと、そろそろ約束の時間が近づいてきたわ」
「もうそんな時間か?」
「行きましょう。あまり待たせちゃ申しわけないから」
二人は腰掛けていたベンチからゆっくり離れ、その場所を後にした。
アンリミテッド。無限を意味する言葉自体は、凱も知っている。ただ、異次元に支配された世界において、それがどのような意味を示すのか、誰も知る由がなかった。
アンリミテッドとは、人類の救世主となるか、それとも人類を滅ぼす悪魔となるのか、無限が秘めている可能性は、まるでパンドラの箱のようだ。
【同年・イーストゼネティックス・屋上軍港ポート】
凱はスナとアオイ博士に軍用ヘリで搬送され、数時間置いたのち、見知らぬ場所へと運ばれた。
対異次元体対応組織の下部機関「ゼネティックス」という場所らしい。「PANDORA」と呼ばれる対異次元体汎用兵士を育成するその組織は、世界各国に存在する。日本は東西として二分化し、そのうちの「イースト」へと、3人は赴いていた。
ヘリで移動中、はるか上空で唯一見覚えのある居住エリア「Gアイランドシティ」を見つけた。60年経過した今でも健在していたのは、ある意味での懐かしさを感じさせた。
イーストゼネティックスは、Gアイランドシティの脇に建造された人工土地にあると、以前スナが説明してくれたっけか。
「お待ちしておりました。アオイ博士」
ヘリが生み出す風圧で乱れる中、凱、スナ、そしてアオイ博士の3人を出迎えたのは、白を基調とした服装に身を包んだ妙齢の女性だった。
「ただいま到着いたしました。シスター=マーガレット」
凱の傍らに降り立ったスナが、シスターに向けてビシっと敬礼をした。
「ウエストの方はいいのですか?シスター」
「大丈夫です。私には優秀な教官がそろっていますので。誰か様のおかげで」
最後の言葉が何かとげとげしい。何か皮肉めいたことを聞いた気がした。アオイ博士とマーガレットと呼ばれた女性に何の関係があるのだろう?
それから、シスターは凱に視線を移す。その表情は、慈愛を含ませた優しい目をしていた。
「初めまして、私はウエストゼネティックスの校長を務めているマーガレット=リンドマンと申します。こうしてお会いできた事を光栄に思います。獅子王凱さん」
マーガレット=リンドマン。それが彼女の本名だ。愛称として皆は彼女の事をシスターと呼んでいる。しかも、凱のことを知っているようだった。
勇者王ガオガイガーを駆る人物として、獅子王凱という名前は60年経過した時代でも色あせていない。それに、アオイ博士やスナに出会い頭で名前を呼ばれたから、意外と驚きはしなかった。
「あの……ここで何をするんですか?」
戸惑う凱に、マーガレットがアオイ博士をとがめる。
「アオイ博士、説明されてないのですか?」
「ああ、そのほうがおもしろいと思ってな」
「相変わらずの悪趣味ですね。くすくす」
最後に、スナが毒を含む言葉を吐いた。
「獅子王君、君の抑止力となるべく人物を紹介しよう」
「俺の抑止力?」
そういえば、アオイ博士はこんなことを言っていたなと、凱は思い出していた。
獅子王凱という存在を受け入れるには、人類はいまだ幼すぎると――それ故に、獅子を閉じ込めるべく『檻』が必要だというのだ。
倒すべき敵を砕く牙はあろうとも、人類に向ける牙は持ち合わせていない。この場にいる誰もが分かっていることなのだが。
全人類がアオイ博士達と同じ気持ちを抱いているとは限らないのだ。
その抑止力というのが……二人の女性なのだろうか。
黒くて綺麗で長い髪の女性の事なのか、若しくは後ろでもじもじしている緑の髪の少女の事か――
(……護?)
彼の記憶によみがえるのは、共に戦った緑の髪の少年。
緑の髪の少女、凱の抑止力となるであろうその彼女は、キャシー=ロックハートといった。
第一次異次元体襲撃により人類が出血を強いられるようになった時代、異次元体の出現によって各地の宗教界は大きく揺らいでいた。
異次元体―NOVA-ノヴァ。
彼の者達は、ノヴァの進撃を「天罰」と呼び――
彼の者達は、ノヴァを「神」と呼び――
聖痕の戦士達は、ノヴァクラッシュを「聖戦」と呼んだ――
そんな戦争狂じみた思想が二分化し、やがて飽くなき論争へと発展し、時代の流れと並行して互いの存在を否定するようになっていった。
聖痕に適合する新人類は望まぬ力として自己を否定し、そうでない人類は望む力として自己の欠落部分の保管を欲していた。
――ノヴァという存在を前にして、人間の存在意義が『希望と絶望』の狭間で揺れうごいている。――
のちにシスターとよばれ、多くの後進と信者を抱えることになったマーガレット=リンドマンも、元々はシュバリエ1期生のパンドラだった。彼女もまた、生涯で2度にわたるノヴァクラッシュの最中で希望と絶望に揺らいでいた者の一人だった。そして最後に希望を見つけ、人間の本当の強さを確信した彼女は軍服を脱いで後進に道を託したのである。
――彼女の思想とは……アンリミテッド――
進化の道しるべとなりし、無限を超越する者。あまねく世界の融和を図り、永遠の希望を約束する存在。かけ離れた心と心を結びつける起源の存在。
かつてアオイ博士が研究していた超越理論を、シスター=マーガレットは自らの安住思想として取り込んで見せた。それは、理論と思想が融和した『理想-アルカディア』へと昇華することとなる。
紛争の絶えない世界で疲弊していくパンドラとそうでない人類に、彼女はほんのわずかな思想を授けたのだ。
ノヴァという共通の敵が現れた今、人類の目に映るのははたして紅蓮の業火か、それとも――
【現代・イーストゼネティックス・庭園】
「まいったな。護と見間違えるなんて」
アオイ博士が紹介した人物の出で立ちは、凱の記憶を鮮やかに刺激した。
大切な仲間である天海護の幻影を見ているよう。
深い緑の髪に、その瞳に、凱は一瞬の時間を奪われた。
年は17くらいなのだろうか。そのときの彼女は既視感的な雰囲気が残っている。
無意識にその名を呟いてしまうほど、キャシー=ロックハートは天海護の面影に似ていたのだった。
――護――
もしかしたら、自身と同じでこの時代に飛ばされてきたのだろうか?それとも別の時代、異世界、並行世界へ飛ばされているのだろうか?戒道君も一緒なのだろうか?
様々な疑問符が凱に浮かぶ。
原種大戦の渦中において、この少年の存在こそが常に凱の生命をアジャストしていた。戦う為の力だけじゃない。自分の運命と宿敵と立ち向かう姿は、GGG全隊員に勇気を与えていた。
彼女から感じた懐かしさと、彼こと護の行方が分からないという不安が、同時に凱の心を揺さぶった。
「何惚けてるんですか?凱さん。」
しばし、そうスナに声を投げられるまでは、どうやら凱は集中が途切れていたようだ。少しからかい口調で凱に訪ねてみた。
「あ、ああ……すまない。で、何の話だっけ」
「凱さんのIDアーマーを受け取る為にドイツ支部のゼネティックス『パンジャ』へ向かう話ですよ」
「へ?俺の?」
現在、後日凱の監視委託する特務指令を受けたキャシー=ロックハートとの面談を終えて、アオイ博士専用軍用輸送機で移動中との事。(ただ、情報操作の為にキャシーには目的を隠して伝えているらしいが……)
後ろ座席の凱とスナの会話に、アオイ博士が割って入る。
「私が発注を依頼したのだよ。これからの君にとっては間違いなく必要になるからね」
戦う力が必要になる。それは、凱に新たな戦いの幕開けとも取れた。
かくして、凱の行く末はいかに?
ぼんやりと外の景色を眺めていると、いつの間にか目的に到達したのであった。
【ドイツ・ゼネティックスパンジャ・施設内軍用ポート】
「ベルリンにこんな巨大な施設があったなんてな……」
数時間の飛行から大地に足を下ろし、輸送ヘリの風圧にあおられながらも、凱はそんなことを言っていた。
かつて地球に国際犯罪組織-バイオネットの猛威が振るわれた時、凱もまたバイオネットの暴挙を止めるべくEU諸国へ赴いていた時期があった。
アオイ博士の『60年』が経過した話はどうやら本当のようだ。すべてはこれから分かると信じたい。
「ドイツゼネティックスのパンジャも思い切ったことをしますね。アオイ博士」
「そこがドイツの特徴なのさ」
三者がそれぞれ異なる感想を述べる。そして1台の鉄の像、いわゆる戦車がキャタピラで大地を歩いてくる。
<アオイ=源吾博士、ですよね?>
戦車がいきなり喋った。かと思いきや、さらにハッチが一部開放した。
「「?」」
小柄な人物がひょっこり頭を出した。発音から察するに女性なのだろうか。例え僅かなノイズ交じりのスピーカー越しでも分かる。
「ああ、紹介しよう。あるプロジェクトと並行協力してもらっている……」
「アンゲラ=ドロテア=フランカです!はじめまして!獅子王凱さん!」
「俺を知っている?君は一体……」
凱は目を少し見開いたように驚いて見せた。対してスナは片手で頭を抑え込むように溜息を吐いた。
「ああ……思い出したわ。妙に突っかかる娘だからいい印象は残ってないの」
「そうなのか?」
何も知らない凱を憐れむような視線で見つめるスナ。そして、凱に託される「力」の存在が明かされることとなる。
【パンジャ施設内・地下収容兼兵器試験場】
「我がドイツは昔から軍事産業は世界一です。世間からはアメリカが世界一と言われていますが、それは世間から目を欺く意味を備えています」
重機構造の内部エレベーターに導かれ、フランカの説明を受けつつ、下部エリアへ移動していた。
「博士、本当にここへ一任したのですか?」
「ああ、世界一の光学技術を持つ国だからな」
――世界一の光学技術――アオイ博士の捕捉は正しかった。
原種大戦終結後、新生勇者王計画の中枢ともいうべきファントムガオーの光学迷彩装備の開発成功には、ドイツGGGの助力を得て完成した逸話がある。
「そうです、ドイツ軍の兵器は旧世代でもスーパーメカノイドを苦戦させるほどの性能を持っています」
妙に突っかかってくる言い方をするフランカに対し、凱は若干眉を潜めた。彼女自身の天然か、それとも故意でそう言っているのか分からない。
少なくとも、共に激戦を潜り抜けてきた鉄の巨神をそのような風に言われては、いい気分でいられるはずがない。
「確かにな。ドイツの長距離射撃砲には俺も苦戦した。」
それは、まだ地球防衛勇者隊『ガッツィ・ジオイド・ガード』だった時代。
第二次世界大戦末期に、日本へ秘密裡に運ばれた旧ドイツ軍の亡骸は、あろうことに機界生命体ゾンダーと融合したのである。
地球外知生体認定ナンバーEI-16、ゾンダーの素体となった人物の名は堀口五郎。
落第という雪辱を晴らすべく朝から晩まで勉学に励む日々だったが、大学を5浪した堀口五浪が勉強に集中できないストレスを貯めて「なにかスカっとすることはないのか!」という鬱憤晴らしを、機械四天王ポロネズに付け込まれてゾンダー化した。
人類史上最大の火砲、旧ドイツ軍の80cm列車砲グスタフと融合して、その脅威を日本中にまき散らした。その破壊力は凄まじく、1弾だけで半径数キロメートルの巨大なクレーターを作ってしまう程。有名大学や予備校を5日間で5つも破壊し、6つめに日本の最高学府、東京大学(東大)を標的にする。
これを予測した大河長官の命令により待機していた超竜神のイレイザーヘッドによって、砲撃は阻止できた。だが、通常は次の発射まで10分を要するが、ゾンダー化したことにより時間が短縮されていた。(さらに、砲弾速度は通常の約3倍から4倍だった)
その砲弾により、超竜神は撃破されてしまう。直撃の瞬間にシンメトリカルアウトしたことによって一命は取り留める。
その間、ボルフォッグによりゾンダーの所在地を特定したGGGは復活した凱とともに現場(群馬)へ急行する。
しかし、度重なるヘルアンドヘブンの使用により凱の体はヘルアンドヘブンを打てる状態ではなかった。
ゾンダーの目前にファイナルフュージョンし、ゾンダーの背後に回ることに成功するものの、線路にまで融合していたゾンダーにより身動きを封じられてしまう。
ディバイディングドライバーによって垂直面に空間湾曲を起こし最大射程距離の数百万mをわずか10cmの間で再現しようと試みるも、ディバイディングドライバーが耐えることが出来ず、ディバイディングドライバーごと砲弾を破壊する。
最後は、ヘルアンドヘブンではなくブロウクンマグナムにより砲弾を誘爆させ大爆発させる。どちらにしても、左手をディバイディングドライバーごとぶっ壊したことによってヘルアンドヘブンは出来なかったようだ。
「はい、着きました。アオイ博士のオーダーに120%応えました最新式Indemitable Difend Armer,略してIDアーマーです!」
「これが……最新鋭のIDアーマー……」
専用ディスプレイに収容されている黄金の鎧こそ、かつて勇者が纏っていたモノである。特殊受送信感受型アンテナ「ホーンクラウン」に各部位の特殊強化装甲板は、若干の変化がみられるものの、まぎれもなく凱の知っているIDアーマーだった。
「これを、俺にくれるんですか?」
「そうだ。早速で悪いが、装着してみてくれないか」
「分かりました。イィィィィィクィィィィィィップ!!」
収納ディスプレイから圧搾空気がはじき出され、黄金の各部位は獅子王凱へ装着される。本当の主に巡り合えたかのように黄金の輝きはより一層増して戦闘態勢へ変形する。
凱の神経とIDアーマーのファイバー回路が直結され、性能と武装の詳細能力を把握する。エヴォリュダーガイの能力の一つ「透跡検索」である。
「こいつはすごい!今までのIDアーマーよりも出力強化されている!」
正式名称、アサルトIDアーマー。
固定装備の2刀式ウィルナイフ。右腕のブロウクンマグナム。左腕のプロテクトシェード。両膝のドリルニー。胸部のファントムリング射出ポートが1ポート存在する。
アサルト=駆逐を意味するように、どうやらアサルトIDアーマー従来のIDアーマーにない戦闘能力を詰め込んだものである。
身なりが整ったことを確認して、フランカは凱の顔を覗き込んだ。
「では凱さん。早速で申し訳ないのですが、IDアーマーの耐久テストをお願いします」
耐久テスト。それは、装備品における各種ステータス試験の事。単純な耐久力、持久力、属性抵抗、臨界突破率等、想定されたスペックを発揮できるかを確認する為に行う。
これらのテストは正確な数値をたたき出す為、膨大な時間を有してしまう。
しかし、ただ一つ膨大な時間を有さずに測定する方法がある。つまり、誰かとドンパチしてしまうことである。
「えーと、状況を察するに……つまり俺と誰かが戦えと?」
困ったように周りを見渡す凱。すると、アオイ博士の視線が意味深くスナへと向けられる。
「私もみたいものだ、勇者の戦いを。獅子王君、悪いが、スナと戦ってくれるかな?」
「嫌です」
即答だった。
「ボーナス弾ませるから」
トンガリスナに甘い誘惑を掛ける博士。
「特別手当も忘れないでください」
スナはしっかりしていた。
「分かった分かった」
アオイ博士はなんだか楽しそうだった。
「俺がスナと戦う!?何の冗談だよ!」
「なるほど、前回みたいに私を連れてきたのはそれが目的だという事ね……」
「ったく、それで俺をここへ連れてきた訳かよ」
投げやりな気分で唾を吐く。実物のパンドラを目の前にして、凱は気合を入れなおす。
それも、ただのパンドラではない。『現役最強』のパンドラなのだ。
ここに来るまでの間で、アオイ博士やスナからパンドラシステムについていろいろ伺った。
結果=戦闘記録を見せてもらった第一印象は大人気漫画「ドラ○ンボー○」そのものだった。もちろん、凱もとっても小さいころリアルタイムで熱中して見ていた。
百聞は一見にしかず。この目でパンドラを体感できることは、今後の事を考えればプラスになるはずだ。そう思いたい。
「行きますよ!凱さん!」
こうして、凱の新生IDアーマーの、過酷?な耐久試験は始まった。
永きにわたる人類の抗いに、安らぎの『明日』を夢見る戦士達と勇者達の軌跡はここから始まるのだ。
第一次異次元体襲撃により人類が出血を強いられるようになった時代、異次元体の出現によって各地の宗教界は大きく揺らいでいた。
異次元体―NOVA-ノヴァ。
彼の者達は、ノヴァの進撃を「天罰」と呼び――
彼の者達は、ノヴァを「神」と呼び――
聖痕の戦士達は、ノヴァクラッシュを「聖戦」と呼んだ――
そんな戦争狂じみた思想が二分化し、やがて飽くなき論争へと発展し、時代の流れと並行して互いの存在を否定するようになっていった。
聖痕に適合する新人類は望まぬ力として自己を否定し、そうでない人類は望む力として自己の欠落部分の保管を欲していた。
――ノヴァという存在を前にして、人間の存在意義が『希望と絶望』の狭間で揺れうごいている。――
のちにシスターとよばれ、多くの後進と信者を抱えることになったマーガレット=リンドマンも、元々はシュバリエ1期生のパンドラだった。彼女もまた、生涯で2度にわたるノヴァクラッシュの最中で希望と絶望に揺らいでいた者の一人だった。そして最後に希望を見つけ、人間の本当の強さを確信した彼女は軍服を脱いで後進に道を託したのである。
――彼女の思想とは……アンリミテッド――
進化の道しるべとなりし、無限を超越する者。あまねく世界の融和を図り、永遠の希望を約束する存在。かけ離れた心と心を結びつける起源の存在。
かつてアオイ博士が研究していた超越理論を、シスター=マーガレットは自らの安住思想として取り込んで見せた。それは、理論と思想が融和した『理想-アルカディア』へと昇華することとなる。
紛争の絶えない世界で疲弊していくパンドラとそうでない人類に、彼女はほんのわずかな思想を授けたのだ。
ノヴァという共通の敵が現れた今、人類の目に映るのははたして紅蓮の業火か、それとも――
「まいったな。護と見間違えるなんて」
アオイ博士が紹介した人物の出で立ちは、凱の記憶を鮮やかに刺激した。
大切な仲間である天海護の幻影を見ているよう。
深い緑の髪に、その瞳に、凱は一瞬の時間を奪われた。
年は17くらいなのだろうか。そのときの彼女は既視感的な雰囲気が残っている。
無意識にその名を呟いてしまうほど、キャシー=ロックハートは天海護の面影に似ていたのだった。
――護――
もしかしたら、自身と同じでこの時代に飛ばされてきたのだろうか?それとも別の時代、異世界、並行世界へ飛ばされているのだろうか?戒道君も一緒なのだろうか?
様々な疑問符が凱に浮かぶ。
原種大戦の渦中において、この少年の存在こそが常に凱の生命をアジャストしていた。戦う為の力だけじゃない。自分の運命と宿敵と立ち向かう姿は、GGG全隊員に勇気を与えていた。
彼女から感じた懐かしさと、彼こと護の行方が分からないという不安が、同時に凱の心を揺さぶった。
「何惚けてるんですか?凱さん。」
しばし、そうスナに声を投げられるまでは、どうやら凱は集中が途切れていたようだ。少しからかい口調で凱に訪ねてみた。
「あ、ああ……すまない。で、何の話だっけ」
「凱さんのIDアーマーを受け取る為にドイツ支部のゼネティックス『パンジャ』へ向かう話ですよ」
「へ?俺の?」
現在、後日凱の監視委託する特務指令を受けたキャシー=ロックハートとの面談を終えて、アオイ博士専用軍用輸送機で移動中との事。(ただ、情報操作の為にキャシーには目的を隠して伝えているらしいが……)
後ろ座席の凱とスナの会話に、アオイ博士が割って入る。
「私が発注を依頼したのだよ。これからの君にとっては間違いなく必要になるからね」
戦う力が必要になる。それは、凱に新たな戦いの幕開けとも取れた。
かくして、凱の行く末はいかに?
ぼんやりと外の景色を眺めていると、いつの間にか目的に到達したのであった。
【ドイツ・ゼネティックスパンジャ・施設内軍用ポート】
「ベルリンにこんな巨大な施設があったなんてな……」
数時間の飛行から大地に足を下ろし、輸送ヘリの風圧にあおられながらも、凱はそんなことを言っていた。
かつて地球に国際犯罪組織-バイオネットの猛威が振るわれた時、凱もまたバイオネットの暴挙を止めるべくEU諸国へ赴いていた時期があった。
アオイ博士の『60年』が経過した話はどうやら本当のようだ。すべてはこれから分かると信じたい。
「ドイツゼネティックスのパンジャも思い切ったことをしますね。アオイ博士」
「そこがドイツの特徴なのさ」
三者がそれぞれ異なる感想を述べる。そして1台の鉄の像、いわゆる戦車がキャタピラで大地を歩いてくる。
<アオイ=源吾博士、ですよね?>
戦車がいきなり喋った。かと思いきや、さらにハッチが一部開放した。
「「?」」
小柄な人物がひょっこり頭を出した。発音から察するに女性なのだろうか。例え僅かなノイズ交じりのスピーカー越しでも分かる。
「ああ、紹介しよう。あるプロジェクトと並行協力してもらっている……」
「アンゲラ=ドロテア=フランカです!はじめまして!獅子王凱さん!」
「俺を知っている?君は一体……」
凱は目を少し見開いたように驚いて見せた。対してスナは片手で頭を抑え込むように溜息を吐いた。
「ああ……思い出したわ。妙に突っかかる娘だからいい印象は残ってないの」
「そうなのか?」
何も知らない凱を憐れむような視線で見つめるスナ。そして、凱に託される「力」の存在が明かされることとなる。
【パンジャ施設内・地下収容兼兵器試験場】
「我がドイツは昔から軍事産業は世界一です。世間からはアメリカが世界一と言われていますが、それは世間から目を欺く意味を備えています」
要するに、アメリカの宣伝と自尊心を体よく利用したというのだ。
重機構造の内部エレベーターに導かれ、フランカの説明を受けつつ、下部エリアへ移動していた。
「博士、本当にここへ一任したのですか?」
「ああ、世界一の光学技術を持つ国だからな」
――世界一の光学技術――アオイ博士の捕捉は正しかった。
原種大戦終結後、新生勇者王計画の中枢ともいうべきファントムガオーの光学迷彩装備の開発成功には、ドイツGGGの助力を得て完成した逸話がある。
「そうです、ドイツ軍の兵器は旧世代でもスーパーメカノイドを苦戦させるほどの性能を持っています」
妙に突っかかってくる言い方をするフランカに対し、凱は若干眉を潜めた。彼女自身の天然か、それとも故意でそう言っているのか分からない。
少なくとも、共に激戦を潜り抜けてきた鉄の巨神をそのような風に言われては、いい気分でいられるはずがない。
「確かにな。ドイツの長距離射撃砲には俺も苦戦した。」
それは、まだ地球防衛勇者隊『ガッツィ・ジオイド・ガード』だった時代。
第二次世界大戦末期に、日本へ秘密裡に運ばれた旧ドイツ軍の亡骸は、あろうことに機界生命体ゾンダーと融合したのである。
地球外知生体認定ナンバーEI-16、ゾンダーの素体となった人物の名は堀口五郎。
落第という雪辱を晴らすべく朝から晩まで勉学に励む日々だったが、大学を5浪した堀口五浪が勉強に集中できないストレスを貯めて「なにかスカっとすることはないのか!」という鬱憤晴らしを、機械四天王ポロネズに付け込まれてゾンダー化した。
人類史上最大の火砲、旧ドイツ軍の80cm列車砲グスタフと融合して、その脅威を日本中にまき散らした。その破壊力は凄まじく、1弾だけで半径数キロメートルの巨大なクレーターを作ってしまう程。有名大学や予備校を5日間で5つも破壊し、6つめに日本の最高学府、東京大学(東大)を標的にする。
これを予測した大河長官の命令により待機していた超竜神のイレイザーヘッドによって、砲撃は阻止できた。だが、通常は次の発射まで10分を要するが、ゾンダー化したことにより時間が短縮されていた。(さらに、砲弾速度は通常の約3倍から4倍だった)
その砲弾により、超竜神は撃破されてしまう。直撃の瞬間にシンメトリカルアウトしたことによって一命は取り留める。
その間、ボルフォッグによりゾンダーの所在地を特定したGGGは復活した凱とともに現場(群馬)へ急行する。
しかし、度重なるヘルアンドヘブンの使用により凱の体はヘルアンドヘブンを打てる状態ではなかった。
ゾンダーの目前にファイナルフュージョンし、ゾンダーの背後に回ることに成功するものの、線路にまで融合していたゾンダーにより身動きを封じられてしまう。
ディバイディングドライバーによって垂直面に空間湾曲を起こし最大射程距離の数百万mをわずか10cmの間で再現しようと試みるも、ディバイディングドライバーが耐えることが出来ず、ディバイディングドライバーごと砲弾を破壊する。
最後は、ヘルアンドヘブンではなくブロウクンマグナムにより砲弾を誘爆させ大爆発させる。どちらにしても、左手をディバイディングドライバーごとぶっ壊したことによってヘルアンドヘブンは出来なかったようだ。
「はい、着きました。アオイ博士のオーダーに120%応えました最新式Indemitable Difend Armer,更新名はアサルトIDアーマーです!」
「これが……最新鋭のIDアーマー……」
専用ディスプレイに収容されている黄金の鎧こそ、かつて勇者が纏っていたモノである。特殊受送信感受型アンテナ「ホーンクラウン」に各部位の特殊強化装甲板は、若干の変化がみられるものの、まぎれもなく凱の知っているIDアーマーだった。
「これを、俺にくれるんですか?」
「そうだ。早速で悪いが、装着してみてくれないか」
「分かりました。イィィィィィクィィィィィィップ!!」
収納ディスプレイから圧搾空気がはじき出され、黄金の各部位は獅子王凱へ装着される。本当の主に巡り合えたかのように黄金の輝きはより一層増して戦闘態勢へ変形する。
凱の神経とIDアーマーのファイバー回路が直結され、性能と武装の詳細能力を把握する。エヴォリュダーガイの能力の一つ「透跡検索」である。
「こいつはすごい!今までのIDアーマーよりも出力強化されている!」
正式名称、アサルトIDアーマー。
固定装備の2刀式ウィルナイフ。右腕のブロウクンマグナム。左腕のプロテクトシェード。両膝のドリルニー。胸部のファントムリング射出ポートが1ポート存在する。
アサルト=駆逐を意味するように、どうやらアサルトIDアーマー従来のIDアーマーにない戦闘能力を詰め込んだものである。
その代償として、凱の体内のGストーンが最大稼働状態となる。アーマー装着時間は役3分。(凱の勇気が高まれば、持続時間は延長できるかもしれない)
身なりが整ったことを確認して、フランカは凱の顔を覗き込んだ。
「では凱さん。早速で申し訳ないのですが、IDアーマーの耐久テストをお願いします」
耐久テスト。それは、装備品における各種ステータス試験の事。単純な耐久力、持久力、属性抵抗、臨界突破率等、想定されたスペックを発揮できるかを確認する為に行う。
これらのテストは正確な数値をたたき出す為、膨大な時間を有してしまう。
しかし、ただ一つ膨大な時間を有さずに測定する方法がある。つまり、誰かとドンパチしてしまうことである。
「えーと、状況を察するに……つまり俺と誰かが戦えと?」
困ったように周りを見渡す凱。すると、アオイ博士の視線が意味深くスナへと向けられる。
「私もみたいものだ、勇者の戦いを。獅子王君、悪いが、スナと戦ってくれるかな?」
「嫌です」
即答だった。
「ボーナス弾ませるから」
トンガリスナに甘い誘惑を掛ける博士。
「特別手当も忘れないでください」
スナはしっかりしていた。
「分かった分かった」
アオイ博士はなんだか楽しそうだった。
「俺がスナと戦う!?何の冗談だよ!」
「なるほど、前回みたいに私を連れてきたのはそれが目的だという事ね……」
「ったく、それで俺をここへ連れてきた訳かよ」
投げやりな気分で唾を吐く。実物のパンドラを目の前にして、凱は気合を入れなおす。
それも、ただのパンドラではない。『現役最強』のパンドラなのだ。
ここに来るまでの間で、アオイ博士やスナからパンドラシステムについていろいろ伺った。
結果=戦闘記録を見せてもらった第一印象は大人気漫画「ドラ○ンボー○」そのものだった。もちろん、凱もとっても小さいころリアルタイムで熱中して見ていた。
百聞は一見にしかず。この目でパンドラを体感できることは、今後の事を考えればプラスになるはずだ。そう思いたい。
「行きますよ!凱さん!」
こうして、凱の新生IDアーマーの、過酷?な耐久試験は始まった。
永きにわたる人類の抗いに、安らぎの『明日』を夢見る戦士達と勇者達の軌跡はここから始まるのだ。
NEXT
――――――――――――――――――――――――――――
■UNLIMITED05――scramble・accelerator・turn――
-
前話より~~
「ちゃんとボーナス弾んでもらいますよ!アオイ博士」
「分かっているよ」
IDアーマー耐久テストを行う為、実戦という方法を提案された凱とスナは、互いに臨戦態勢をとっていた。
「いきなり現役最強パンドラの相手か!相手にとって不足はないぜ!」
凱にとって、この提案はある意味ありがたいものであった。
いずれにせよ、異次元体とは戦うことになる。避けられない戦いになるならば、パンドラとの戦闘経験は凱にとってもプラスになるはずだ。
スナは聖痕組織防護服を展開し――
凱は特殊神経強化服(アサルトIDアーマー)を装備し――
――両者は激突する――!
「まずはアクセルから行きますよ!凱さん!!ボルトウエポン展開!!」
両腕に得物を空間生成した現役最強パンドラは、人が変わったような笑みを浮かべた。
身の丈と同じくらい、人の横幅級の刃が2刀。武器の質量を見るからに相応な破壊力を秘めていると推測できる。
「アクセル!」
けん制はスナだ!
すかさず、凱の視界からスナが消えた!
瞬きよりも速い彼女の影は、凱の頭上に唐突として現れた!
「ウィルナイフ!」
対して凱も、振り向きざまにスナの斬撃を対処する。刹那の所で彼女の刃を受け止めた!
「……ふーん」
なんだかつまらなそうにぼやくスナ。その仕草に凱が気付くことはなかった。
「なるほどな。こいつが聖痕兵士専用技術の加速―アクセルだというわけか」
初めてアクセルを体感し、そして理解した。
身体に聖痕質量を内部へ溜め込んで、内燃機関が点火するかの如く、爆発的に加速運動を行う。それがアクセル。
初速で最高速度に到達するところを見ると、これは無間隔というべきだろう。
パンドラへ一定の評価を下した凱に対し、スナはさらに対抗心をちょっぴり燃やす。
出会いがしらで凱の度胆をぬこうと考えていたスナは、出鼻をくじかれてご機嫌斜めになった。
少しくらい驚いてくれたっていいのに――
「流石ですね凱さん。原種大戦を戦い抜いた勇者様は、並みのパンドラとは一味も二味も違うわ……でもね!」
突如、スナの言動に闘志がこもる。それに伴い、彼女の攻撃がより苛烈になる!
「異次元体の攻撃はこんなものではないわよ!!」
身体を大きくひねり、スナはボルトウエポンをフルスイングで仕掛ける!凱を本気で殺す気のようだ!
最強パンドラの輝かない銀製の獲物が、不気味に輝く!
だが、スナの刃は凱の首筋に当たるか否かの寸前で空振りに終わる!
――速い!――
たった一言だ。彼女の脳内には、たった一言しか浮かばなかった。それほど前で凱の動きはだれの目にも止まらなかった。
否、誰の目にも映らなかったのだ。
一瞬の間でボルトウエポンの間合いを外している凱を見て、スナは感涙の溜息を吐く。
「はぁぁぁ!アクセルとは違うわね。あれは一体何なのですか?」
冷や汗をかきながら、スナは問いかけた。誰に問いたのかは、自分にも分からない。
「スクランブル・アクセル」凱とスナの一部始終を見ていたそうアオイ博士はつぶやいた。
「スクランブル……なるほど、緊急発進ですか。道理でアクセル特有のインターバルがなかったわけですね」
「スナも知っていることだが、本来アクセルは肉体に聖痕質量を蓄積し、それを解放することで加速エネルギーに転換している。パンドラはそれをノヴァへの攻撃手段の一つとしている」
「それは私も知っています。無間隔のダブルアクセルなら、さっきから私もやっています」
「私が言っているのは単純なノーインターバルではない。もっと根源的に違う言い方をすれば……そうだな。『短距離版の縮地』というべきものだ」
縮地とは、瞬時に相手との間合いを詰めたり、相手の死角に入り込む体捌きの事を呼ぶ。
伝統武術が同種の技術を「縮地」と呼んだ例は確認できないが、無論、近づいている事を気付かせない移動法等のある意味で「瞬時に接近する」技術や、長い距離を少ない歩数で接近する技術自体はあった。
一瞬で間合いを支配する縮地。それは、戦いにおいて重要な意味を示す。
アオイ博士が言う『短距離版の縮地』は、このことを指していた。
「この世界には必ず「抵抗」が存在する。例えアクセルが音速を超えようとも、物質や空気のような抵抗と法則という壁の前ではどうしても本来の速度をそがれてしまう。……だが、例外があるとすれば、「抵抗・法則」無視の彼の加速技術だ。その瞬間加速度は神速を上回る」
「それが本当なら、すごい事実ですよ!博士!今までのアクセルの概念が覆ることになります!」
アオイ博士の解説に、フランカは口元を抑えてまぁ、と声を漏らした。それと同時に、凱の脳裏には緑の髪の少女の姿が映っていた。
神速の二つ名を持つ世界最強の5人の1人、キャシー=ロックハート。
そういえば、彼女は今なにをしているのかな。
「凱さん……では行きますよ!」
目前に迫るスナの姿!しかも、その速度は一番手のアクセルより遥かに速い!
ボルトウエポンを構えて再び凱の頭上に強襲するスナ!反応した時に、回避行動はすでに遅かった!しかし、対応は光より速い!
凱もまた空高く跳躍し、両手の内の左手から一本の翆碧の短剣を抜刀する!
「くうううううう!!!」「はあああああああ!!」
スナが、凱が――
攻撃することで防御を行い、少しでもスナのボルトウエポンの威力を削ごうとする!
――翆碧短剣と聖痕武装の競り合い!!――
バリバリと火花を散らし、武器と武器の間でハチャメチャな点滅が繰り返される!
やがて、ボルトウエポンにウィルナイフの刃が食い込んでいく!
意志の強さで切れ味がナマクラから名刀まで変化し、果ては空間さえも切り裂くナイフなのだが、今の切断力を見る限り、凱もスナを本気で倒す気でいるつもりだ。
ボルトウエポンが折れるか否かの刹那、戦慄ならざる光景に対し、スナの次の行動は……
「まともな斬りあいでは不利ね。ならば!」
ボルトウエポンを自縛させ、鍔迫り合いを放棄する!濃厚な爆炎があたりを包みこみ、緩んだ凱の僅かなスキを最強パンドラが見逃すはずがなく、特攻を仕掛ける!
凱もまた、ウィルナイフを素早く納刀して対応体制入る!
刹那、凱とスナは交錯する!その瞬間に互いが何かをしたようだが――
「どうだね獅子王君。スナの身体の感想は?」
「なっ!」現役最強のパンドラはその二つ名に相応しくないような表情をする。それはどこか羞恥心に満ちていた。
アオイ博士にはどうやら交錯する瞬間が見えていたらしく、凱に感想を求めたとの事。
しかし、凱の返事はみんなの期待を180度機体に背ける形となった。
「固い」
第一の感想がそれだった。冗談などでこんなことは言わない。アオイ博士は凱の初心な反応を見たかったのだが、そうはいかない。
もちろん、アオイ博士もそんな答えが来るとは思っていないらしい。
ここで凱は一つ仮説を立てる。
「もしかして、そのボルトテクスチャーは聖痕の質量で強度を上げられるのか?」
「よく分かったな」
「彼女の腹部に拳を入れたつもりだったんだけど……小手先程度の攻撃ではダメージを与えられないか。いや、ボルトテクスチャーだけじゃない。生身のほうも同じくらい固くなければ、あれほどの強度にはならない」
「凱さん、一つ忠告しておきますけど、確かに生身のほうにも強度を上げていますけど、普段からこんなにガチガチに固めているわけではありません。あしからず」
「安心したまえ。君の体の柔らかさは私がよく知っているつもりだ」
「博士、セクハラですから」フランカがびしっと平手で突っ込みを入れた。そしてなぜかスナがむぅと表情を膨らませる。
可愛い反応ありがとう。
「どこがやわらかんですか!?今のスナはダイヤモンド並みに硬いじゃないですか!!」
女性の柔肌をダイヤモンドと例える凱のセンスは伺いしれない。だが、それは誇張でも冗談でもない。
「ダイヤモンドみたいに綺麗だと、君もうまいこと言うね。獅子王君」「うっさい!」
ダイヤモンド級に美しいなら意味はわかるが、強度まで実際に同じなら、それがかえって恐ろしい。
しかし、そんな彼女たちパンドラの戦闘防護服であるボルトテクスチャーを、ノヴァはいともたやすく切断してしまうのだ。それはまるで果物のように――
それから二人は、しばらくの間打ち合いを続けていた。
スナの切り替えしに、凱は柔軟に対応し、凱もまた短刀を交えた格闘で仕掛ける。スナもまた凱の近接攻撃をさばいていく。
決して狭い空間でないのに、二人は空間を埋め尽くすほどの高機動を繰り返す。二人がぶつかる瞬間だけ、閃光が生まれるのだ。
瞬間、スナは凱の右腕に注目する。よく見ると、彼の右腕には円錐状の螺旋力が集束している。この独特の予備動作は――
「行くぜ!スナ!しっかり構えろよ!」
「うそ!ちょっと待ってよ凱さん!」
今のスナは、アクセルの加速軌道に入っている。体がアクセルに移行する硬直の瞬間を逃す手はない。
「ブロウクンマグナァァァム!」
凱の右腕から噴出された赤熱の弾丸は、何のためらいもなくスナに向かって突き進んでいく!
完全に捕えた!そう誰もが思ったとき――ブロウクンマグナムは彼女の袖を掠めるだけの結果に終わった。
「あれ!外れちまったぞ!」
凱も予想外の結果に、驚きを露わにした。最も、一番驚きを見せたのは他ならないスナだ。
一部ボロボロになったボルトテクスチャーを見やり、スナの表情が険しいものになる。
「ボルトテクスチャーを貫くなんてね。直撃したら間違いなく私がやられていたわ」
破損したボルトテクスチャーを再構成し、スナは再度構えなおす。
「一体どういう事ですか?凱さんのブロウクンマグナムは確実にスナ大尉を捕えたと思ったのに……」
「おそらく、アサルトIDアーマーとの神経接続に、感覚がなじんでいないんだ。ましてや生身でブロウクンマグナムを放つなど初めてだからな。心の引き金を引く瞬間、Gパワーが銃身をゆすってしまう「ガク引き」を起こしたのだろう」
「でも凱さんのことです。きっと戦いの中で徐々に適合率を上げていくことでしょう」
超常の中で繰り広げられていても、控えているフランカは真面目な顔でデータを漏らさず収集している。
互いに心地よい息切れが出始めたころ、IDアーマー耐久テストは最終段階に移行しようとしていた。
「なるほどですね、凱さんと新作IDアーマーの神経結合率は若干ブレ幅があるようですけど、戦闘の範囲内では十分ですね。では、これで最終チェックにしたいと思います」
「頃合いか、スナ。頼むよ」
アオイ博士がそういうと、スナは2刀使っていたボルトウエポンの内の1本をすて、武器を持ったままの右手を引きつけ、左手を前に突き出して、さらに腰を深く落とした。
現役最強パンドラのその姿勢は、どこか既視感がある。
「あの構えは……どこかで」
ボルトウエポンの右手構え、ボルトウエポンの横平突き。その構えが、ボルトウエポンをより刃を鋭く見せる。もっとも、鋭く見えるのは彼女の目つきも例外ではない。
「……左片手平突き!」
凱は思わず、小さくつぶやいた。
1800年代。かつて、日本の歴史的転換時ともいえる幕末期に新選組がいた。その中で「左片手平突き」を一撃必殺の技にしていた人物がいる。
名前は、確か新選組の……
「この刺突って、日本刀じゃ最強らしいそうですね。私、知らなかったんです。カズハさんからこの名を聞くまでは」
凱は目を見張った。スナのボルトテクスチャーから覇気と波動があふれ出ている。
「この刺突にパンドラのアクセルを加え、ボルトウエポンにノヴァの血の雨を降らせる意味を込めて、ボルトテクスチャーのハイエンドスキルとは違うボルトウエポンのハイエンドスキルを、カズハさんはこう命名しました」
――高等武装技術!ブラッドストライク!――
「博士、ブラッドストライクの初披露って、確かウエストでダミーノヴァが暴走した時ですよね」
「その通りだ。フランカ。ハイエンドスキルとハイエンドアーツが同時に誕生した瞬間だったのだよ」
「ブラッドストライク……アクセルによる高速移動からボルトウエポンの斬撃へ繋げる特攻技。俺のブロウクンマグナムでは、アクセルの速度に劣るから決め手にならないか」
凱の読みは当たっていた。それを肯定するかのように、スナはブラッドストライクの付加効果の捕捉をつける。
「心配しないでください。ボルトウエポンに不殺設定を加えています。意識がふっ飛ぶだけなので痛みは感じません」
「意識が飛ぶまでの間は十分痛いと思うんだけど」
耐久テストでなぜそこまで命をかけなければならないのか、いささか疑問ではあるが、あえてスナの挑戦を凱は受けて立った。
ボルトウエポンの不吉な光を目に受けて、凱は闘志を奮い立たせる!
「ならば俺も本気で行くぜ!」
構えていたウィルナイフを左手のガオーブレスに納刀し、右手をやや下がり気味に構えた。不思議に思ったフランカは隣のアオイ博士に訪ねる。
「凱さんのあれって、抜刀術の構えですよね。どうして不利な選択を取るのでしょうか?あれではスナさんのブラッドストライクの直撃を受けてただやられるだけですよ」
「おそらく、ブラッドストライクに対抗できるとしたら、それを超える速度が必要だと判断したのだろう。どのみちブロウクンマグナムでは間違いなくかわされてしまうからな。」
「でも、彼女の反応速度も速いですよ。並みの抜刀術では裁かれるか、よけられるかのどちらかですよ」
「獅子王君もそれは分かっているはずだ。彼の目を見てみたまえ。あの目は勝機を狙っている獅子の目だ」
アオイ博士の言葉を受けて、フランカは凱の目線に注目する。確かに、彼の双眸の輝きは失われていない。
「では、行きますよ!凱さん!」
「ああ。来い!」
両者は腰を深く落とし、刹那の間を見極めている!
――それは、僅かコンマ1秒でも、両者にとっては1分に等しく――
――時間が硬直しているようにも思える――
タン!そう楔をきるような加速、まるで波面のない湖の如く綺麗なアクセルだ!そのアクセルを先に仕掛けたのはスナだ!
「スナ大尉が消えました!あれはクワトロフル以上ですよ!多分凱さんより速いんじゃ……」
オンリーアクセル型のスナには、もう一つ隠し玉が存在していた。それを今披露する!
――超重加速=アクセル・ダッシュ!――
「スナ、君はこんな奥の手があったとは!」
フランカとアオイ博士は驚きを隠しきれなかった!だが、次の瞬間、さらに驚くことになる!
タン!次は凱が消えた!
スナと同様、まるで波面のない湖の如く綺麗なアクセルだ!
――緊急加速=スクランブル・アクセル!――
「凱さんも消えました!」
「ならば!勝負を制するのは!」
――技が決まった瞬間!!そしてその技の破壊力!!――
常人には決して映ることのない、数千分の一フレームレートの世界!
「「今だ!」」そう凱とスナの思惑は一致していた!勝負所をしっかりと見極める!
ガキィィィィィィィィィン!!!!!
金属音特有のカン高い反響音と共に、両者の武装は激突した!
「くうううううううう!!!」
「うおおおおおおおお!!!」
アクセルの速度も同じなら、攻撃の速度もタイミングも同じだった!!
均衡を崩し、絶対に押し切る!そしてその均衡を崩したのは……スナだった!
ボルトウエポンで強引にウィルナイフを捌いて、スナは素早く第2撃目の体制に入る!
今の凱なら隙だらけだ!懐に飛び込めば、それで終わりだ!
やるなら!今しかない!
「これで終わりです!凱さん!」「それはこっちのセリフだぜ!スナ!!」「!?」
空間を挟んでの交差殺法!そして『残された右手のウィルナイフ―もう一つの短剣』にて最強パンドラを迎撃する!
人間の動作反応限界を超えた第2撃目!その反応速度は光より速い!
裁かれた左手のウィルナイフは無視する!
残された右手のウィルナイフで終わらせる!
――1撃目の衝撃を遠心力に変えて、2撃目につなげる!――
――ガオーブレスの鞘走りを利用しての抜刀術!――
――アクセルを踏み込みに使い!重速さえも味方につける!――
鋼鉄であるはずの地面がきしみ、亀裂が生まれ、施設を震撼させる!強固なシェルターのはずが悲鳴を上げる!
獅子の強靭な脚力を垣間見える瞬間!
あらゆる加速の波状効果による、翆碧の閃光が生まれる!
残光の余韻が終わると、そこには一つの結果が映し出されていた!
――ウィルナイフの太刀筋によって宙を舞うイ=スナと――
――IDアーマー半壊状態、満身創痍の獅子王凱の姿があった――
「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!」
行動と反射神経に肉体が適応しきれず、凱は激しく肩で呼吸をしていた。ブラッドストライクの威力を殺しきれず、衝撃の余波を少なからず喰らっていた。
フランカは、先ほど起きた現象を、どう受け止めていいのか分からなかった。彼女は思わずデータ収集をしていたタブレット端末を落としてしまった。
「アオイ博士……これは……」
「彼の反応速度はパンドラのそれを優々と超えている。私もあのスキルを見るのは初めてだ!」
フランカは落としたタブレットを拾い直し、録画映像を巻き戻して再生する。すると、画面には驚愕すべき展開が映し出されていた。
光の動きを捕える超ハイスピードカメラと同等の性能を以てしても、肝心な部分がとれていなかったのだ。決して故障しているわけではない。正常録画で保存されていてこの結果だった。
「あの~~博士、ウィルナイフの抜刀前と抜刀後の間のフレームがないんですけれども?」
「これが偽りなき―目にも映らない速さ―なのか」
通常、人間の目は1秒間に20フレーム程度の細かさで映像を見ていると言われている。これはインターバルで換算すると0.05秒に相当する。
光のフレームレートはそれとは比較にならず、役4兆分の1の1コマが光を捕えることのできるレート数なのである。
「導かれる結論はたった一つだけ……彼の抜刀術は光より速いんだ。あらゆる加速要因をつけ足した2撃目だから、あのような抜刀が出来たのだろう」
「ただの2回攻撃では大尉のストライクに速度と威力で対抗できず、完全に押し切られてしまいます。ですが、凱さんの2撃目は1撃目より強く、そして速かったから、押し切ることができたのですね」
理屈こそ簡単だが、実際に行おうとすると可能といえば、そう簡単なことではない。
アオイ博士は確信する。恐らく、スナでも無理だろう。いや、世界に凱と同じ技量をこなす人間がいるとは思えない。
今だ荒い息をついている凱を見て、期待を抱く以上に、不安の要素が大きく占めていると思えた。
想定をはるかに上回る結果を残した以上、改めて凱の処遇を考慮しなければならない。保身に走りつつある今のシュバリエに引き渡すのはとても危険だ。
後に、凱の攻撃はアオイ博士のデータバンクにハイエンドスキルとして仮登録されることとなる。
――緊急加速スキル=スクランブル・アクセル――
――畳重攻撃スキル=ダブル・アサルト――
【同年・ドイツ・ゼネティックスパンジャ・メディカルルーム】
「う……ん……ここは?」
ぼやけた視界の中で、スナの意識は覚醒に向かいつつあった。
真っ白な天井に夕焼けの光が差し込める窓。一人用の部屋らしく、それほどこの白い部屋は広くなかった。ここが明らかに病室なのが分かる。
おぼろげに発生した声にこたえたのは、スナにとって意外な人物からだった。
「パンドラ専用の医療施設よ。久しぶりね。スナ」
「エリズ……シュミッツ先輩?……日本のウエストゼネティックスにいるんじゃ……」
「今は『先生』よ。私がここにゐるのがそんなに不思議?一応ドイツは私の出身なのよ。仕事の関係で一時的に滞在しているだけ」
エリズ=シュミッツ。日本ウエストゼネティックス支部在中の保健医。退役前はウエストゼネティックスの特殊作戦特攻部隊「ナンバーズ」の一員だった。
エイティス・ノヴァクラッシュにおいてはカズハと肩を並べて戦ったこともあり、スナの一つ上の先輩でもある。
さっぱりした性格が生徒に人気を呼び寄せ、ウエストでは訓練教官キム=ユミとも一緒に生徒に慕われる教師である。
「そう……なんですか」
無意識に、スナはシーツを握りしめる。普段の彼女ならこんな仕草はしないはずだ。不思議に感じたエリズはスナに問う。
「ひょっとして、凱の事を考えていたの?」
「はい。凱さん、これからどうなるのかなと思いまして」
「と、いうと?」
「あれだけの力があるのなら、シュバリエは絶対に喉から手が出るほどの人材です。これまで9回のノヴァクラッシュでパンドラの戦死率はいまだ2ケタのままです。なのに、どうしてこんなコソコソと隠れたことをしなければならないのか……」
「スナ、あなたは」
「分かっています。アオイ博士がどうしてもシュバリエに引き渡したくない気持ちがわかりましたから」
「確かに、このまま凱をシュバリエに入れてしまえば、最前線に立たせてすりつぶすか、彼自身の力を解析する為に、解剖してしまうかかのどちらかね」
悔しさのあまり、スナは唇を強くかんでしまう。それはエリズも同じ心境だった。
現代を生きる人間から見れば、凱は今より60年前の人間だ。それが突然となって公と表舞台に立ってしまえば、当然混乱は免れない。
残念ながら、パンドラシステムが確立されてしまった今のご時世、凱を評価するシステム自体が存在しない。
世界や時代そのものが、凱という存在を認めることが出来ないのだ。
「アオイ博士から聞いただけなんだけど、凱は元々勇者のような性格ではなかったらしいの」
「……」
「勇者でなければならない。期待を背負っているから弱音は吐けない。人智を超える力を得たからこそ、自分が戦わなければならない。殆どそんな自苦の念と臨戦態勢の心構えで、彼の中の『勇者』は作られているの」
そのエリズの言葉に、スナは若干思い当たるところがあった。
数日前、イーストゼネティックスへ出発する前の事だった。凱と二人で自然公園の中で話をしていた時、彼は時おり何かを見つめているような仕草が垣間見えた。
だからなのだろう。奇しくも凱に近い境遇を持つキャシー=ロックハートを凱の名目上監視任務に就かせたのは――
ふとエリズは、キャシーに告げた言葉を思い出す。
――キャシー=ロックハート。とりあえず1年、凱の背中を追いかけてみなさい。それはお互いにとってプラスとなるはずだから――
【同年・ドイツ・パンジャ・軍事施設屋外ブリッジ】
時は少し巻き戻る――夕暮れ時、凱はひとり気晴らしの為に外へ出て涼んでいた。まだ戦闘終了後の余韻が、熱となって体内に滞留し続けている。夕凪が彼の背中の長髪を優しく撫でる。
「もう動いて大丈夫かね?獅子王君」
「アオイ博士、俺ならもう大丈夫ですよ。それよりスナの方は……」
あれだけの戦いにもかかわらず、凱は軽傷で済んだとの事。それに引き換え、スナの容体は命に別状はないが、いまだに意識が戻っていないらしい。
「彼女なら大丈夫だ。今さっき目を覚ました」
彼女の容体を聞いたとき、凱はほっと胸をなでおろした。アオイ博士は「並みのパンドラでも、あの程度では重傷の内には入らない」といってくれたが、どうしても心配が拭えなかった。
「獅子王君。君はあまりにも強すぎる」
唐突に言われたことが理解できず、凱は思わず空返事をした。
「アオイ博士?」
「先ほどのスナとの戦い、確かに君の身体能力やあらゆる部分ではスナに劣っていた。データ上ではな。それが、君は戦いの中でスナに追いついていくどころか、逆にハイエンドスキルを超越するに至ってしまった」
「君の戦いの中における成長速度は、我々の想定をはるかに超えていたのだ」
「……」
「今、この世界はノヴァという人類を超越する存在に混迷している。人間は自身の想像を超える存在には危機感を抱くものだ。君も例外ではない」
「俺の……存在ですか」
「そんな世界を築き上げてしまった自分自身を、死ぬほど恨んだよ」
「獅子王君の帰るべき場所を亡くしてしまった我々に、英雄や勇者を待ち望む資格などない。なかったのだ」
鉄格子をつかむアオイ博士の手に力がこもる。何処か悔しさが入り混じっているようだった。
「君が与えられた力は、君だけのものではない。戦いが終わった後の……『究極のコミュニケーション』を獲得する為には必要な力……戦う以外の力が必要になってくるのだ」
アオイ博士の気持ちを煽るように、冷たい風が空を切る。
「博士、俺は決して勇者であることを忘れたりしません」
「獅子王君?君は……」
凱はアオイ博士の瞳をじっと見つめて、言葉をつづけた。
「俺の身体や力が、人間が進化していくべき先にあるものなら、俺は走り続けます。進化の最先端を。例え俺が倒れても、後に続く者が進むべき道を……1歩でも2歩でも、俺は切り開いていきたい」
凱は左手を覗き込み、Gの紋章を浮かばせた。その仄かな輝きは、どこか寂し気に見えた。
「それが人間を超える力を与えられた、俺の使命なのだから」
「獅子王君……」
誰よりも優しい心を持つ凱にそのような言葉を掛けられては、涙腺がつい緩んでしまう。
だが、この涙を1滴でも流してしまう場合ではない。多くの咎を重ねた自分に、今は許されないことだから。
――獅子王凱の戦いは、まだ始まったばかりなのだから――
NEXT
後書き
次回で本当にイーストゼネティックス編となります。
もうちょっとだけお付き合いください!
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