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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第二十一話 家族のかたち

「ラスト一本、行くぞ!」

「はぁ、はぁ……う、うん!」

 砂埃が所々目立つバリアジャケットに、肩まで上がるほどの荒い呼吸。

 海鳴にある小さな山の上は、夕から夜になると人一人訪れない場所になる。

 そのため、灯りの類のものは設置されてなく、魔力が発する光のみが辺りを照らしていた。

 俺、小伊坂 黒鐘は高町に魔導師としてのスキル向上のための訓練をしている。

 普段はユーノも交えてやってるんだけど、ジュエルシードがどこにあるか独自に調べたいと要望があったので、広い範囲でないこととすぐに連絡することを条件に単独行動をとらせた。

 高町本人たっての希望でもあったし、今後のジュエルシード回収やそれに伴って発生する戦闘によるダメージを最小限にするために俺はそれを受け入れ、人生初の教導官的なことをすることとなった。

 とはいえ、俺は素人に魔法を教えたことなんてないし、むしろ教わってばかりの身だ。

 訓練内容の組み立てはアマネとレイジングハートの二機に任せてもらい、俺はそれを実行しているだけだから、教導官と言うよりは訓練用のマシーンみたいな立ち位置になってる。

 俺としても魔法やデバイスの使い方を復習できるから、正直かなり楽しい。

 学んでばっかりで、分からないことばかりの俺が、色々あって誰かに魔法を教えているなんて思うと不思議な気分だ。

《マスター。 いくら訓練とはいえ、そこまで思考を逸らされると困ります》

「おっと、ごめん」

 考え事ばかりなのは相変わらず、かな。

 俺はアマネにも謝罪をしつつ、俺の攻撃を防ぐ高町の動きを指摘する。

 銃の形態となったアマネによる魔力弾の発射。

 軌道は放物線状だったり、渦を巻いたり、稲妻のような曲線だったり、はたまた背後からだったりとパターンは様々。

 それを高町は同じ魔力弾をぶつけて相殺したり、プロテクションによる防御や、身体を魔力強化して回避するなどで対応しなければいけない。

 で、魔導師としての経験が少ない高町は当初、様々な方向から襲い来る魔力弾を恐れて全体に大型のプロテクションを張って守り一辺倒になってしまっていた。

 甲羅に篭った亀さんと言った防御な上に、無駄に大きなプロテクションだったから魔力消費が激しすぎてすぐにバテた。

 保有魔力がとんでもなく多い高町だけど、魔法の使い方が不慣れなために一つの魔法に余分な魔力消費が目立っていたんだ。

 フルマラソンを最初から全力疾走したって途中でバテるってそういうことなんだ。

 だから当初は魔力の運用方法を実戦を用いて学ばせ、現在はその点を克服した。

 そこから高町も俺の魔力弾に慣れてきたのか、防御だけでなく回避することもできるようになった。

 現在では高町の方から反撃してこようと言う姿勢まで目立ってきて、日進月歩で成長している。

 俺やアマネの予想を上回る成長速度なのは、彼女の天賦の才能と言わざるを得ないけどな。

「今の回避は早すぎだ! 魔力弾は遠隔操作だってできるから、回避が早いと追撃されて後手に回るぞ!」

「う、うん!」

 高町は余裕がないのか、素直に頷いて迫る魔力弾に対応していく。

 空中に行ったり着地して低空移動したりをしてる高町に対して、俺は開始場所から一切動かずにただただ銃口を向けて引き金を引くだけ。

 本来、砲撃を用いる魔導師はあっちこっちに移動しない。

 決めた場所から動かず、狙いを定めて狙撃・射撃するだけの仕事だ。

 魔力弾による単発攻撃や、単独戦闘の場合は例外にしても、砲撃が必要な場面では足場に展開した魔法陣から絶対に離れてはいけない。

 戦場で安全な位置の確保なんて簡単じゃない。

 戦いが激しくなればなるほどその場所はなくなっていくため、最初に選んだ場所を死守すること。

 そしてその場から全体を見渡して対応していくスキルこそ、砲撃魔導師に求められるものなんだ。

 つまり、俺と高町が本当にプロフェッショナルな魔導師になったときは、きっとしばらくは一定の場所から動かずに砲撃の打ち合いとなる……そんな未来があるかもしれない。

「まぁ、高町が魔導師をするのは、ジュエルシードが終わるまでだろうけどな」

《なにか仰りましたか?》

「いや、なんでもない。 そろそろ終わりにしよう」

《了解》

「高町! 今日はここまでだ!」

「あ……ありがとう、ござい、ました……はぁ」

 終わりを告げると同時に私服に姿を戻した高町は、その場に座り込む。

 俺もバリアジャケットから私服に解除させると、木陰に置いといた黒いリュックからペットボトルを一本取り出して彼女に投げた。

「ほら、スポーツドリンク」

「あ、ありがとう!」

 手ぶらで来てたからもしかしたらと思って持ってきていたそれを渡すと、彼女はすぐにごくごくと音を立てながら飲んでいく。

 相当疲れていたのか、半分ほどまで一気に飲み干す。

「ぷは……生き返るぅ~」

「はははっ……なら、身体が冷めないうちに体操をしとけ。 でないと明日は筋肉痛がひどいぞ?」

「わ、分かった!」

 初日の筋肉痛が酷かったのを思い出したのか、高町はペットボトルを俺に返すと、すぐに柔軟体操を始めた。

 それも念入りに。

 俺たちみたいなガキは、体力や回復力があるからすぐに無茶をする。

 そんで、無茶をした後の休息の仕方を間違えて痛い目を見る。

 スポーツなんかじゃ特にそうで、始まりと終わりに柔軟体操を念入りにすることの重要性を知らないから、適当にやってしまいがちになる。

 ここをしっかり抑えれば回復は更に早まるし、身体への負担やその蓄積が少なくて済む。

「さて、俺も貰うか」

 リュックに入れたペットボトルはこれ一本。

 それ以外は鉛や鉄の入った重りばかりで、それを背負って走ってこの山を昇り降りするのが俺の訓練の一つだ。

「あ、あの……」

 何キロだっけな……スーパーにあるお米よりは重いから、十キロ以上か?

「あの!」

 まぁいいや、とにかく俺も喉が渇いたしさっさと飲んで柔軟を……

「あのってば!」

「ん?」

 俺はペットボトルに口をつけながら、声を上げる高町を見る。

 喉を通る冷たい液体が気持ちいい。

 これも運動して得られる気持ちよさの一つで、あとはシャワーを浴びて汗を流せば完璧かな?

「あ……あぅ」

 と、なぜか高町は顔を真っ赤にして俯く。

「え、ほんとにどうした?」

 終わって直後に熱が出るなんて、体調でも崩したのか?

「そ、その……」

「ん?」

 俯きながらも彼女は声を発し、そこから緊張のような震えが伝わってくる。

 急にどうしたのかわからないまま、俺は彼女の言葉を待つ。

「その……ペットボトル」

 左手人差し指で俺の持つ空のペットボトルを指差す。

 まだ飲みたかったのか?

「私が飲んだものだよね?」

「そうだけど?」

「は、恥ずかしく、ないの?」

「え、なんで?」

「だって、口つけてるから…」

「……あー」

 棒読み感のある声が漏れてしまうほど、俺は呆れながらも理解した。

 なるほど、間接キスってやつか。

 それで顔を真っ赤にしてしまったわけね。

「ごめん、気が利かなかったな」

「ううん、大丈夫……だから」

 許してくれてるようだけど、顔は未だに真っ赤なままだ。

 そうだよな、高町だって普通の女の子で、そういうことには敏感に反応するんだよな。

 姉さんや雪鳴、柚那とはよく回し飲みをしていたから、俺の中でこれが『間接キス』っていう色っぽいイメージがなかった。

 ……なんて、いい訳だよな。

 こういうことは、好きな人としたいはずなのに……悪いことしちゃったな。

「次はちゃんとお互いの分にしとくから……とにかくごめん」

「う、ううん、ほんとに大丈夫だから!」

 ようやく落ち着きを取り戻したのか、彼女は声高に許してくれた。

 こういうことには疎いから、もう少し知っておかないとダメだな。

 魔法や剣術のことばっかの頭だったけど、これからはもっと普通のことを知っていかなきゃいけないんだと改めて感じた。

 なら今度、図書館に行って調べてみるとしよう。

 女子と接する時の知恵とか、色恋沙汰のこととかがわかるのは、やっぱり本の中だろうし。

「うんうん」

《なぜでしょうか。 マスターがなにか勘違いしているような気がしてならない》

「なにが?」

《……いえ、なにも》

「そっか?」

 アマネがなにか気になることを呟いていた気がするけど、気にしなくていいのならそうしよう。

《それはそうとマスター、このあとは如何しましょう?》

 高町と共に柔軟をしつつ、俺はアマネと共に今夜の予定を話し合う。

 時間的には夕飯にしたいけど、そう言えば冷蔵庫の食材を使い切ったばかりで空っぽだしな。

「帰ってからまたスーパーってのも面倒だしな」

《その後に調理、片付けと言うのも労力が必要ですね》

 そう言われると憂鬱になってしまう。

 料理にハマってきたとは言え、やっぱり面倒と思ってしまうことは面倒だ。

 買うんだったらコンビニの弁当とかでもいいかな?

「あの、夕飯だったら」

「ん?」

 柔軟を終えると、高町は俺の正面に立ち、

「私の家に来ませんか?」

 ――――そんなことを提案した。


*****


 この海鳴で暮らすにあたり、俺は事前にここで人気の店をいくつか調べておいた。

 楽しく過ごしたいってのもあったし、姉さんが目覚めたらそこへ連れて行きたいと思ってのことだ。

 ネットや雑誌で調べてみると、とある喫茶店がこの辺りで有名であることを知って、初日からそこへ足を運んでいた。

 喫茶店『翠屋』。

 王道の洋菓子から紅茶、コーヒーの種類が豊富なそこは、子供からお年寄りまで幅広い客の人気を得ていた。

 俺自身、一人で喫茶店に行くことに抵抗があったのにそこだけはすんなり入れて、緊張感もなくリラックスして過ごせた。

 それはきっとお店の雰囲気や、その雰囲気を作ることができる店主のおかげなのだと思った。

 建物にも人柄が出るんだなって、そう思えるくらいにそこは暖かくて、入りやすくて……それで、一度入ったらなんか出たくないなって思ってしまう。

 冬場のこたつみたいな暖かさのある翠屋は、姉さんが目覚めたら一番最初に連れて行きたいお店だと思ってる。

 ――――そんなお店を経営しているのは高町夫婦なんだが、それは高町 なのはの両親だった。

 世間って狭いなって思う。

「もう一度確認するけど、ほんとにいいんだよな?」

 高町家まで近づいたところで俺は不安を抱き、改めて高町に聞いてしまう。

 彼女は屈託のない笑みで、むしろ嬉しそうな笑顔で頷いた。

「うん! 前からお母さん達、小伊坂君のことに会ってみたいって言ってたから!」

「一応、客としてなら会ってるんだけどな」

「お話してみたいってことじゃないかな?」

「そういうもんか」

「うん。 だから遠慮しなくていいんだよ?」

「それはちょっとな……」

 他人の家にお邪魔するってことに遠慮できるほど、俺も図太くはない。

 いくらガキだからってそのくらいの礼儀も遠慮も弁えてるつもりだ。

 まぁ、遠慮ばっかりしてたんじゃ相手側も固くなるって言うし、俺もそろそろ腹を括った方がいいな。

 なんかこう、歯医者に向かう時ってこんな気分だよね。

「ただいま~!」

 玄関前で俺は一旦待機し、ドアを開けた高町の後ろでご両親の登場を待つ。

 先に姿を現したのは、花柄のエプロンを身につけた髪の長い女性だった。

 高町よりも長い髪だけど、その姿はお姉さん? くらいの若さ溢れる容姿をしている。

 落ち着いて、温厚そうな雰囲気から感じるのはお日様のような柔らかい暖かさ。

 そう言えばあの人は、翠屋でよく見る店主さんだ。

 あれ、翠屋の店主って高町の両親がやってたんじゃなかったっけ?

 ……あれ、あれれれ?

「お帰りなさい、なのは。 そちらの子は?」

 俺に視線が向き、俺は深く一礼して自己紹介をする。

「高町……。 なのはさんと同じ学校で一つ上の学年の小伊坂 黒鐘です」

「あら、しっかりした挨拶ね」

「恐縮です」

 ここは管理局で働いてきた中で得た礼儀作法でなんとか良い印象を与えることができたようだ。

 俺の挨拶に見習ってか、姿勢を正し、両手を揃えて女性も頭を下げ、

「私はなのはの母の高町 桃子です」

 俺は高町の母親と挨拶を交わし………………え?

「……は、母?」

「ええ、そうよ? 年寄りに見えてたかしら?」

 少し困ったような表情で高町母らしき女性は両手で頬をなでる。

 いやいや、皺なんてこれっぽっちもないですよ!?

「じゃなくて!! え、お姉さんじゃないんですか!?」

「あらもぉ、お世辞が上手なんだからぁ~!」

 嬉しそうに頬を染めながら笑みをこぼす高町母、桃子さん。

 いやいやお世辞でなく、マジでお姉さんとかだと思ってたんですけど!?

 女性に年齢の話しはタブーなのは分かってるけど、流石にこれはツッコミを入れざるを得ない!

 こんな若い母親がいるなんて驚きだ。

 それこそ、俺の義母を思い出すほどに若い容姿をしているから、母ですと言われた時の衝撃はかなりでかかった。

「お母さん。 小伊坂君の分のご飯もお願いしたいんだけどいいかな?」

「ええ、問題ないわよ。 こんなにしっかりした子なら大歓迎だし、私たちも一度お客としてじゃなくて、なのはの家族としてお話ししてみたかったから。 そうよね、アナタ」

「ああ、俺も大歓迎だ」

「――――っ!?」

 え、いつの間に?

 気づけば桃子さんの隣に一人の男性が立っていた。

 黒っぽい髪の細身の男性。

 桃子さんの放つ雰囲気に溶け込むような、同じ波長を持つような男性。

 その人が桃子さんの旦那さんで、高町のお父さんなのはすぐに分かった。

 俺が驚いたのは、彼の接近に気付けなかったことだ。

 桃子さんのほうを向いていたなら、隣にいる彼にはすぐに気づけたはずなんだ。

 それなのに、まるで一瞬で現れたかのように気づけないなんて。

「俺はなのはの父、高町 士郎だ」

 ゆっくりとこちらに歩み寄り、彼は俺に握手を求める右手を差し出す。

「……お、俺は小伊坂 黒鐘です。 よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ!」

 俺はなんとか声を絞り出し、士郎さんの握手に応じた。

「……」

 士郎さんの手は、とても一般人とは思えない厚みを持っていた。

 硬いだけでなく、柔らかさも兼ね備えたしっかりとした手と、お菓子作りには関係がなく、俺がよく知る位置にある分厚い肉刺。

 それである程度察した。

 ああ、この人も俺に近い世界で生きていた人なんだってことを。

「あの」

「おっと、立ち話はこの辺にしてウチへ上がりなさい。 家族が多く狭い所だが、君を歓迎するよ」

「……はい、それじゃ、お邪魔します」

 アナタは何と戦ってきたんですか?

 なんとなくそう聞きたかったけど、士郎さんの眼はそれを理解した上で受け流したように見えた。

 嫁さんと娘がいるからなのか?

 そんな疑問や、高町家の持つ不思議な暖かさを感じながら、俺はこの人たちの住む空間へ足を踏み入れた。

 靴から客用のクリーム色のスリッパに履き替えて廊下を進むと、リビングと思わしき広い部屋へ到着した。

「ただいま~」

「おかえり、なのは」

「なのは、今日も遅かったじゃん!」

「にゃはは、ごめんお姉ちゃん」

 そこには家族が食事を取るための大きなテーブルが置かれており、既にその前の椅子に座っている男性とメガネをかけた女性がいた。

 高町の発言で察するに、彼女の兄と姉なのだろう。

 ……姉か。

「なのは、そちらの子は?」

 彼女の兄らしき男性と姉の視線がこちらを向く。

 その目は人を品定めするような鋭いものだけど、敵意や殺気のようなものは感じない。

 あくまで君は誰なんだと言う問いの視線だろう。

「なのはさんの一年上の小伊坂 黒鐘です。 今日はなのはさんの招待で夕食をご一緒させていただきたく思い、お邪魔させてもらってます」

 なるべく丁寧な言葉を並べ、深く一礼をすると、二人の視線は柔らかいものとなり、なぜか唸るような声を上げていた。

「はぁ~よくできた子だこと」

「今時の小学生にしてはよくできてるな。 見ていてこちらのほうが勉強になってしまいそうだ」

「えっと、恐縮です」

 そこまで褒められると逆に何を言えばいいのか分からなくなり、俺ははにかんだ様な笑みを零す。

 どうやら二人にとって俺は受け入れられる対象として見てもらえたようだ。

「おっと、こちらも自己紹介をしないとな。 俺はなのはの兄、高町 恭也だ」

「私は高町 美由希ね、よろしく!」

 挨拶を終えた所で士郎さんが俺の右肩に手を置き、優しい笑みでこちらを見つめた。

「高町一家はこれで全員だ。 小伊坂くん、改めてよろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 懐の広そうな人だ。

 きっとこの人にとって今が充実していて、幸せでいっぱいなのだろう。

 それが俺にはあまりにも眩しくて、羨ましいものに思えた。

「さて、紹介が済んだようだから……なのは、小伊坂くんと一緒に手を洗ってきなさい」

「あ、うん! 行こ?」

「ああ」

 俺は高町を先頭にリビングを出て行った。

 背後から送られる、優しい視線と共に。


*****


 それから俺は、高町一家に混ざって夕食を共にした。

 白米、味噌汁、漬物、肉じゃが、サラダ。

 和食とたくさんの野菜は、どれも優しい味付けで、そこにも桃子さんの人柄を感じた。

 懐かしい味ってこんな感じなのかなって思いながら、俺は数年ぶりに誰かの手料理を口にした。

「小伊坂君は転入生と聞いているが、前はどの辺に住んでいたんだ?」

 士郎さんの何気ない問いに、俺は前々から用意していた答えを返す。

「父の都合もあって海外とこっちを行ったり来たりしてたもので」

「それは随分大変だったな」

「いえ、どこに行っても楽しいことは見つけられたので」

 海外と言うか、地球外なんだけどと思いつつも、俺は嘘のような本当のような言葉を紡ぐ。

「ただ、色々と落ち着いたみたいなのでこれからはここで過ごしていく予定です」

「そうか。 手前味噌になってしまうが、海鳴は良い所だ。 君や君のご家族にとってもここは過ごしやすい場所だと保証する」

「小伊坂君、よく翠屋にも来てくれるしね」

「そうなのか?」

「あはは……そちらの方でもお世話になってます」

 照れ笑いをしながら、俺は軽く一礼する。

 正直、週一くらいの頻度で翠屋には足を運んでいる。

 あまり甘いものは好きじゃなかったんだけど、ここのお菓子や紅茶はなぜだか好きになってしまったんだ。

 食べ過ぎて太らないようにしないとな。

「でもうちのお客様となのはのお友達が同じ人で、それが最近引っ越してきた人だなんて運命的ね」

 桃子さんは遠い目をしながら、夢物語を語るように言葉を紡ぐ。

「私と士郎さんが出会った頃を思い出すわぁ」

「こらこら、客人の前だぞ?」

「あら、ちょっとくらいいいじゃない。 なのはと小伊坂君もそう言う関係になるかもしれないんだし」

「ブフッ!」

「うおぅっ!? だ、大丈夫か?」

 桃子さんのなにげない一言に、高町がすすっていた味噌汁を吹き出した。

 隣だったので驚きつつ、俺はポケットに入れていたハンカチで濡れた箇所を拭いてあげた。

「げほっ、ごほっ……だ、だいじょぶ」

 涙目になりながら口元をティッシュで拭き、彼女は母を睨みつける。

「お、お母さん! 変なこと言わないでよぉ!」

「変なことなんて言ってないわよ?」

「言ったよ! 私と小伊坂君が……そ、そう言う関係って!」

 後半かなり音量が落ちたような気がするんだけど?

「あらいいじゃない。 小伊坂君、しっかりしてるし、見た目も悪くないし、なのはの理想に似合うと思うけど?」

「確かに小伊坂君ってしっかりしてるよね~。 私が彼くらいの時ってもっとやんちゃだったと思うけどな~」

「美由希は今もやんちゃだろ?」

「ちょっ、恭ちゃん!? 私はもう立派ですぅ~!」

「だったらお前の宿題は見なくていいんだな?」

「まだまだ未熟の私を、どうかこれからもよろしくお願いします!」

「プライドちっちゃすぎだ!」

「ははは、今はこんなだが、恭也も小伊坂君くらいの時は充分やんちゃしてたけどな」

「と、父さんっ……俺のガキの頃はいいだろ?」

「俺にとってはまだまだガキだってことだ」

「ったく……」


「………………ずずずっ」

 気づけば一家全員、勢いのついた会話を始めていた。

 俺はその勢いを見つめながら、割り込むこともできずに味噌汁をすする。

 うん、美味しい。

 そしてある程度食べ終わってもまだ続く家族トークに、俺は一人取り残された気分を感じながらも、その光景から目を離せずに見つめ続けた。

 ――――この家族は、幸せに溢れている。

 色んな不幸があっただろうし、色んな苦難や苦労があったことだろう。

 それでもこの人達は、それぞれがそれぞれの力で乗り越えてきたのだろう。

 だからこそ手に入れた幸せで、そんな幸せがあるからこそ、色んな痛みに耐えられるんじゃないかって思う。

 ――――俺の時は、どうだっただろう?

 父が亡くなって、母が亡くなって、姉さんが眠って。

 最初に泣き止んだのは、いつだっけ?

 その痛みに耐えられるようになったのは、いつだっけ?

 落ち着いたのはいつだっけか……なぜか、思い出せない。

 ずっとずっと、ぼんやりしている。

 あの日からずっとぼんやりしていて、ハッキリしなくて、他にすることが見つからなくて。

 ――――家族と過ごしていた日常は、ある日突然に終わりを迎えた。

 病院で目覚めた俺は、氷のように冷たくてカチコチになっている父さんと母さんを見て、触れて、二人の働いていた所の同僚で、今の義母の人から『二人は亡くなった』と説明を受けた。

 更には姉さんも意識不明で、生きてはいるけど目覚めないと言う話しを聞いた。

 葬式には、たくさんの人が参列してくれた。

 二人が職場でどれだけ信頼されていたのかわかる光景だった。

 ――――息子さんは、これから施設なんだろう?

 ――――ああ、引き取り手がないようじゃそうなるだろう。
  
 誰かがそんな会話をしていた。

 祖母や祖父がいない俺は、このまま施設送りになってしまうのだろうって話しらしい。

 ――――かわいそうに。 あんなに幼い子が施設なんて。

 ――――だが、私たちではどうしようも……。

 かわいそうって言うのは、どういう所を指していったのか俺にはわからなかった。

 ただ、俺にとって安らぐ場所や、落ち着く場所がないってことだけはハッキリしていて……。

 ああ、きっと俺はこれから神経を張り詰めながら生きてかないとダメなんだって思った。

 ――――その時に俺の目の前に現れたのが、俺に両親の死を伝えてくれた女性だった。

 彼女は両親への挨拶を済ませて俺の前に立ち、ある提案をしてくれた。

 ――――私の家族にならない?

 その時のあの人の笑顔を、俺は忘れることができない。

 自分が抱える痛みに耐えながら、なのに俺という存在を助けたくて必死で、泣きそうになりながらも笑顔を貫こうとする彼女に、俺は思ったんだ。

 救われたいって。

 ――――お願いします。 家族にしてください。

 だから俺は、彼女に縋った。

 家族を求めて、居場所を求めて、安らぐ場所を求めて。


*****


 帰り際、桃子さんがタッパーに肉じゃがや漬物、惣菜を詰めて持たせてくれた。

「帰ったらすぐに冷蔵庫に入れてあげて。 肉じゃがは早いうちに食べて、漬物や惣菜も腐らないうちにね。 食べるときはレンジでチンしてからね?」

「あ、はい」

「タッパーは無理に返さなくていいわよ? 必要ならあげるから」

「いえ、そんなわけには……」

「じゃいつでも待ってるわね?」

「はい」

「またいつでもいらっしゃい。 お店の方も嬉しいけど、お家に来てくれたらもっと嬉しいから」

「それじゃ、また今度楽しみにしてます」

「ええ、腕によりをかけるわ」

「ありがとうございます」

「なのはと仲良くしてくれてありがとね」

「それは、こちらのセリフです。 仲良くしてもらってるのは、俺の方なので」

「そう。 それじゃ、これからも仲良くしてあげて。 なのははアレで結構我慢しちゃうタイプだから……きっと寂しいとか、悩んでても話してくれないから」

「……そうですね」

 桃子さんの言葉は、やっぱり母親なんだなって思った。

 娘のことをよくわかっていて、わかった上で俺に頼んで。

 俺は高町と初めて出会った時のことを思い出す。

 そう言えばあの時、あいつは一人で悩みや苦しみを叫んでいた。

 一人で抱え込んでいるようだけど、やっぱり親ってものは気づいてしまうものなんだってこの時思った。

「それじゃ気をつけて帰ってね?」

「はい。 今日はほんとにごちそうさまでした。 美味しかったです」

「ふふ……そう言ってもらえると嬉しいわ。 それじゃ、おやすみなさい」

「はい。 その……お、おやすみなさい」

「ええ」

「……」

 まるで、家族みたいな挨拶だ。

 そんな風に思ったら、なぜか途端に恥ずかしくなって、俺はタッパーを抱えながら走り出した。

 顔が、全身が熱くてしょうがない。

 胸にこみ上げるこの感情はなんだ?

 もしかしてこれは……これが、幸せって言う感情なのか?
 
 だとしたら、なんか、嬉しい。

「アマネ」

《いかがなさいました、マスター?》

「義母さんにメッセージを送って欲しいんだけど」

《電話になさらないのですか?》

「会話はちょっと、恥ずかしくて」

《左様ですか》

「うん」

《……マスター》

「何?」

《幸せそうですね》

「……うん」

 自然と頬が緩む。

 俺は桃子さんからもらったタッパーをギュッと抱き、走る速度をあげた。

 帰り道、胸に抱えたタッパーがまるで、小さな生き物のように暖かかった。

 俺はその温もりを大切にしながら、この胸に溜まった気持ちをメッセージにして、義母さんに送った。


*****


「行ったわね」

「ああ。 嬉しそうで、こちらとしても安心したな」

「ええ」

 一人の少年が走り去る背中を見つめる。

 なのはの母、桃子と父、士郎。

 二人はなのはが初めて連れてきた男性のお友達、小伊坂 黒鐘の背中が小さくなり、夜の闇に消えていくのを見つめながら思い出す。

 彼のしっかりとした態度。

 小学生とは思えないほど落ち着いた雰囲気。

 周りの空気を読んで対応できる理解力。

 しかし、自分は邪魔なのだろうと下がりすぎてしまう謙虚……遠慮の強さに、二人は彼が何か辛いものを抱えているとすぐに察した。

「彼の両親は……」

「決め付けるのは彼に失礼だ。 だが、それに近いか当たっているような事態の中に、彼がいるのは間違いない」

 人の親と言うのは、なぜだか子供の闇に鋭い瞬間がある。

 なんでもかんでもわかるなんてことはない。

 ただ、なぜか分かる時がある。
 
 小伊坂 黒鐘の痛みを察したように。

 特に、彼の場合は特殊過ぎた。

 士郎は昔の癖で気配を消して歩いてしまうことがあるが、その気配に気づけたことが大きい。

 自分が鍛えた恭也や美由希達や、ずっと側にいる桃子はいいとして、たった10歳そこらの少年が築けるようなものではない。

 それに気づいて、尚且つ視線には言葉や想いが乗っていて……子供のような純粋さよりも大人のような疑り深さが強かったのだ。

「私たちのこと、頼ってくれるかしら?」

「難しい所だ。 幸い、なのはと言う繋がりがあるから定期的にウチに来ることはあるだろう。 店にもよく顔を出してくれることだしな。 とは言え」

 そこで士郎は言葉を止めた。

 それ以上言葉にしなくても桃子には伝わっていたからと言うのと、“それ”が言霊となることを恐れたからだ。

「そうね。 私たちにできるのは、あの子達が頼ってくれてからだものね」

「そうだな。 なのはや、なのはの友達、そして小伊坂君の友達や周りの人。 同年代だからこそできることを尽くした後に、俺たちの出番が来る」

 そうでなければ、彼は救われないと士郎と桃子は察していた。

 ここで無理に二人が動いたところで、黒鐘は独りを貫いてしまうだろう。

 辛い時……本当に辛い時、他人に頼ると言うことはあまりにも恐れ多いことに感じてしまう。

 救いの手が差し伸べられた瞬間、それを手に取っていいのか迷って、躊躇ってしまう。

 だからこちらから来てはダメだ。

 彼らではダメだ。

 同じ世代の、同じ目線の、同じ距離に立てる存在。

「なのはは、ほんとにいい人に出会えたな」

「そうね」

 お互いを知って、競って、また知って、理解し合って……。

 同じ世代だからこそできるそれは、きっと小伊坂 黒鐘を救うだろう。

 そしてその経験とその日々は、きっと高町 なのはの人生を大きく変える経験となるだろう。

 後に空を目指してどこまでも進んでいくことになる少女の親は、娘の成長に期待し、娘の友達のこれからに幸あれと願い続けた。 
 

 
後書き
どうも、IKAです。

今回は家族sideとしてのお話しを描いて見せました。

小伊坂 黒鐘は両親を失い、姉が意識不明と言う重い設定を抱えていますが、それをあまり多くの人に言わないでいます。

逢沢姉妹は理解者なので教えていますが、なのはやその周辺の人々には教えず、その痛みや悲しみを共有せずにいますね。

そこには暗い空気にしたくないと言う感情の他に、両親の死を認めたくないと言う彼の強がりみたいなものがあるんじゃないでしょうか(作者なのに他人事)?

自分を知る全ての人が自分の両親が死んでいると認知すれば、両親の死は絶対に揺るがないものになってしまう。

だから生きてるって嘘をついて、嘘で現実を塗り固めてしまおうって思惑があるかも……なんて見方も現実世界でもありえる話だと思います。

この物語は、そんな黒鐘がどう成長し、家族と自分に向き合っていくのかが描かれていけたらいいなって思ってます。

――――さてさて、この物語ですが、そろそろ本編のほうを進めていこうと思います。

ぐだぐだと脇道それていますが、そろそろ次回辺り?に路線を戻して行く予定です。

小伊坂 黒鐘と高町 なのはと逢沢姉妹。

四人の前に立ちはだかるフェイト・テスタロッサと謎の魔導師。

そしてついに介入を始めるそれぞれの組織。

それぞれがバラバラでも、求めるものはただ一つ。

その一つを巡った戦いを、進めていこうと思いますので応援よろしくお願いします! 
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