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トシサダ戦国浪漫奇譚

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第一章 天下統一編
  第一話 聚楽第

 今、俺は聚楽第にいる。この城は言わずと知れた豊臣秀吉の政庁兼邸宅だ。今から三年前、天正十五年九月に完成した。
 ここ聚楽第に叔父・秀吉は俺を呼び出した。軒下の板張りの廊下を歩いていると、視界に庭園が入り視線を奪われた。俺の前方を進む案内役の小姓を余所に、俺は立ち止まり庭園を観賞することにした。地面には白い玉砂利が敷き詰められ、手入れされた青々とした木や岩が良い塩梅に配置されている。庭園への造形の深くない俺でも風情を感じてしまう。
 この城も後五年で秀吉の命で破壊し尽くされると考えると惜しい。聚楽第は秀吉の命により徹底的に破壊された。お陰で後世に城の縄張の実態が謎の城と言われている。神社・仏閣・城郭巡りが好きな俺としては実物を目の当たりにできて眼福だ。網膜に焼き付けておこう。
 しかし、本当に惜しい。これが破壊尽くされるのか。

「小出殿?」

 俺を呼ぶ声がする。声が聞こえた先に視線を向けると小姓が俺のことを見ていた。

「すいません。風情のある美しい庭園に見惚れておりました」
「小出殿は年若にも関わらず風流人ですね」

 小姓は俺の物言いに視線を庭園に向け得心した様子だった。彼は俺より四・五歳位年上だろう。身長は五尺二寸(160cm位)はありそうだ。線の細い人の良さそうな眉目秀麗な男だ。俺は平凡な容姿なだけに世の中の格差を感じてしまう。

「買いかぶり過ぎです。普段見たことの無い立派な庭園を見て感動しただけです」

 この時代にきて俺の趣味を風流と評する者は二人目だな。社交辞令だろうが気分は悪くない。

「謙遜なさらずとも良いです。立ち止まって庭園を魅入る方は限られた方々だけです。名乗りが遅れました。私の名は大野治胤(おおのはるたね)と申します。お見知りおきください」

 小姓は丁寧に頭を下げ、俺に名前を名乗った。俺は大野という苗字に表情を強張らせた。彼は大野治長の縁者ではないだろうな。

「大野修理様のご縁者ですか?」
「大野治長は私の兄です」

 俺は言葉に詰まった。関わってはいけない。俺は只でさえ面倒臭い立ち位置にいる。地雷になる者達とは極力関わるべきでない。俺の幸せのためだ。

「これは驚きました。大野修理様のご兄弟と知らず失礼いたしました」
「いいえ。私は無位無官の身です。明日からお互い同僚になる身ですからお気になさらずに。しかし」

 治胤は俺のことを興味深そうに凝視した。

「失礼しました。お歳は十二と聞いておりましたが、小出殿は随分と大人びておいでです。私より年長のように錯覚してしまいます」
「よく言われます」

 俺は愛想笑いをしながら軽く流した。

「大野殿、少々長く話してしまいた。殿下をお待たせしては不味いかと」

 俺はやんわりと話を切った。すると治胤は思い出したように頷いた。

「小出殿、急ぎましょう」

 俺は治胤に急かされながら奥の方へ案内された。五年前に秀吉が弟を養子にするまで必死に自分を殺していた。それ以後は学問に励み、徐々に武芸にも励んだ。お陰で弓の腕はそこそこ自信がある。十歳になると野山を駆け巡り川で水泳をし身体を作るために勤しんでいた。
 しかし、年月は早いものだ。俺には秘密がある。
 俺は一度死んだ。そして、気づいた時には赤子だった。見知らぬ場所で身動きできない不自由な生活に最初は戸惑い、鬱屈した日々が送っていたのが昨日のことのようだ。俺の秘密とは未来で死に過去に生まれ変わったということだ。
 俺の記憶を辿ると、俺が会社員として働いた日々のことを思い出す。俺の名は火鏃源一郎。働き盛りの三十歳で悪性の癌を煩い治療の甲斐もなく鬼籍に入った。歴史オタクの俺がやり残したことと言えば結婚だろう。俺を看取った両親の顔を思い出す。俺が早く結婚して子供がいれば、両親の哀しみを幾ばくか和らげることができたかもしれない。今更、詮無いことと分かっているが心残りだった。だが、最近ようやく気持ちの整理できた。
 俺が物心つく頃になると、俺の実父が木下家定であると理解した。あまりにマイナー過ぎて知らない人の方が多いに違いない。父はあまりに平凡過ぎて大名という雰囲気の男ではない。秀吉と出会わなければ小豪族で人生を終えたはずだ。父より、弟の方が有名だろう。弟の名は小早川秀秋だ。現在は羽柴秀俊と名乗っている。弟は四歳で秀吉の養子となり、豊臣家の後継者候補の一人となった。それに対し俺は秀吉の仲介により、彼の従弟・小出吉政の養子に入った。養子に入った当初は可愛がられていたが、俺より八歳年下の小出吉英が生まれると俺は微妙な立場になった。この手の話は歴史上お約束と言っていい。だが、俺の養子入りは秀吉の仲介で行われたこともあり、秀吉健在の状況で露骨な嫌がらせを受けることは無かった。
 この先の未来を知る俺は自分の人生を変えたいと考えている。ただし、豊臣家の滅亡を阻止したいなどとご大層な考えは持っていない。このままだと俺は関ヶ原の戦い後に没落し秀秋の食客となり、秀秋が死亡する前後に変死することになる。その運命に抗うにはある程度出世し没落しないように足掻く必要がある。
 今年、ようやく元服した。俺は十二歳になった。幼名・卯之助を改め小出俊定(こいでとしさだ)と名乗ることになった。自分の生まれ年が呪わしく思う。この歳では手柄を上げる機会は限られてくる。
 だが、元服して清々しい気分だ。ようやく小出家から離れられる。これからも小出家の影響はあるだろうが、俺は自由に生きさせてもらう。
 必ず生き残ってやる。大名として生き残れば上々。最悪、旗本でもいいと考えている。何としても豊臣から徳川の時代への変わり目を無事に渡りきってみせる。そのためには出世して徳川家と懇意にしなくてはいけない。

「小出殿、こちらで殿下が参られるまでしばしお待ちください」

 治胤は立ち止まり俺を部屋に案内した。それはだだっ広い畳敷きの部屋だった。俺の部屋は十二畳あるが、その十倍以上はある。あまりに広すぎて落ち着かない。
 俺はそわそわしながら部屋に足を踏み入れた。部屋の一番奥に視線を向けると一段高くなった区画があり、一見するだけで高そうな掛け軸と成金趣味な脇息と座布団が配置されていた。あそこに秀吉が座るのだろう。
 俺は部屋の入り口から数歩奥方向に歩いた場所に腰を下ろし平伏した。義父・小出吉政から一ヶ月ほどみっちりしごかれたから所作は問題ない。色々あるが義父はいい奴だ。ちゃんと指導しないと、義父が恥をかくことになるからだろうが、それでも感謝はしている。

「小出殿、殿下のおなりです」

 俺は緊張した心持ちになるが平伏した体勢を保った。しばらくすると衣擦れの音が聞こえたが、俺はそのままの体勢で待った。

「面を上げよ」

 男の厳粛な声を耳にした。その声は聞き慣れていた。俺は腹に力を入れ返事をし体勢を起こした。俺の視界には小柄で不細工な中年が座っていた。この成金趣味な着物に身を包む中年は豊臣秀吉である。叔母・寧々に会いに行った時、何度か会ったことがある。でも、小出家に養子に入ってからは秀吉と寧々とは会っていない。

「卯之助、元気そうだな。今年でいくつになる」

 秀吉は笑顔で俺に気さくな態度で声をかけてきた。だが、彼の目は笑っていない。人を観察する。いや、人を値踏みするような目つきだった。

「ご健勝の様子を拝し祝着至極にございます。殿下、今年で十二歳です。元服し小出俊定と名乗らせていただいています」

 俺は滑舌の良い口調で秀吉に挨拶した。秀吉は俺の返答に動きを止め困惑しているようだった。

「たまげた。卯之助、立派になったな。『男子三日会わざれば刮目して見よ』というが(まこと)であるな」

 秀吉は感心した様子で俺のことを褒めた。しかし、秀吉の目は相変わらず笑っていない。

「お前のことを治胤から聞いた時は半信半疑であった。身内に賢き者が居ることは嬉しい限りじゃ」

 秀吉は上機嫌に笑った。

「殿下、お褒めいただき光栄の至りでございます。しかし、所詮は十二の小僧でございます。浅学非才の身にございますれば、ご先輩方にご指導いただき多くのことを学びたいと思っております」

 俺は殊勝な口調で秀吉に対して平伏した。

「殊勝な心がけじゃ。今日から小姓として儂に仕えよ。従甥とて特別扱いはせん。精進して奉公するのだぞ」

 秀吉は厳粛な声で俺に言った。俺が聚楽第に来た理由は秀吉に奉公するためだ。秀吉は俺が元服したことを機会に小姓として召しだせと義父に申しつけた。俺の扱いに困っていた義父は渡りに船だったことだろう。

「この小出俊定。浅学非才の身でございますが、関白殿下の御ため謹んでお仕えさせていただきます」

 俺は平伏したまま滑舌の良く所信を述べた。万事滞りなく挨拶ができたことに俺は内心安堵していた。だが、秀吉からの返事はなかった。待てども秀吉からの返事がない。俺は自分が気づかない失態を犯したしてまったのかと焦り、秀吉と対面してからの俺の行動を脳内で反復した。だが、何度も考えても失態の形跡はなかった。

「摂津国豊島郡に千石の知行をやろう。屋敷を宛がうゆえ、明日より出仕致せ。治胤、案内してやれ」

 俺が平伏したまま頭の中で考えを巡らせていると秀吉が声をかけてきた。秀吉の声はおだやかな雰囲気だった。俺は顔を上げ秀吉のことを見る。

「殿下、過分のご厚情心より感謝申し上げます。粉骨砕身励ませていただきます」

 俺は礼を述べ平伏した。そして、俺は頭の中で秀吉の言葉を反芻していた。
 秀吉から貰った俺の知行が予想外だった。俺の予想だと知行は五百石と見積もっていた。その理由は俺と同じく秀吉に出仕している実兄・木下延俊が最初に与えられたのが五百石だったからだ。それをはるかに超えている。信長流の実力主義で家臣を評価する秀吉が親類だからと過度に手心を加える訳がない。
 しかし、千石の知行はかなり好待遇だ。俺みたいな何も実績もない者に初めから千石を出すなんて何かあるので無いかと勘ぐってしまう。くれるというなら貰っておこう。

「卯之助、お前は佐吉の下で働け」

 俺は秀吉の言葉に頭が固まった。佐吉の下で働けだと。
 一番関わっては不味そうな人物の名に戸惑ってしまう。

「殿下、佐吉様と言いますと」
「佐吉じゃ。お前も知っているじゃろう。石田治部少輔だ。あやつは武は不得手だが賢く有能な男だ。お前も多くを学ぶことができよう」

 最先から最悪だ。これは史実にあったことなのか。小出俊定は影薄くて俺もあまり詳しくない。丹波一万石の小身大名で、関ヶ原の戦い後に没落し小早川秀秋の家臣になり秀秋が死ぬ時期に変死したということしか知らない。関ヶ原の戦い後に没落したということは西軍側に立ったのだろう。小出家自体が西軍だったが、義父の弟・小出秀家が東軍に属したことで没落は回避できた。小出俊定は改易され没落したがな。その後も小出家で面倒を見て貰えなかった辺り、小出家と小出俊定の関係を象徴していると思う。

「石田治部少輔様は九州征伐で大軍の兵站を維持された方と聞いております。そのような有能な方の下で働くことができるとは嬉しく思います」

 秀吉の命令である以上、あからさまに嫌がる訳にもいかず俺は心と裏腹に笑顔で秀吉に礼を述べた。秀吉は俺の返事を満足に聞いていた。先程までと違い人を値踏みするような目はしていなかった。

「虎之助と市松にお前の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいじゃ。戦における兵站の重要性を疎かにする奴が多すぎる。佐吉もあの性格じゃからな」

 秀吉は俺の話を感慨深そうに聞き愚痴りはじめた。

「卯之助、お前なら佐吉と気が合うじゃろう。頑張るのじゃぞ」

 秀吉は笑顔で俺を見た。石田三成と気が合うとか死亡フラグ満載だろう。俺は徳川家康と争う気持ちはさらさらない。面従腹背の腹黒狸、徳川家康と相対するなんて危険すぎる。

「殿下、お心配りを無碍にしないために頑張らせていただきます」

 俺は努めて笑顔で秀吉に礼を述べた。すると秀吉も満足そうだった。
 小姓で初知行が千石とはな。他の小姓にやっかみを受けないか心配だ。

「卯之助、お前は運がいい。あと二月もしないうちに天下の大戦(おおいくさ)があるぞ」

 秀吉は砕けた態度で俺に話かけてきた。しかし、その瞳は眼光が鋭い。

「大戦でございますか?」

 俺はおずおずと聞いた。すると秀吉は口元に笑みを浮かべ頷いた。彼は俺との話を楽しんでいるようだった。

「大戦じゃ。敵は誰か分かるか?」

 今年は天正十八年。この時期の大きい戦となると、北条を滅ぼす小田原征伐しかない。奥州は関東を征圧しないといけない。それに北条が敗色濃厚になれば、奥州の大名も大方は豊臣に降るはずだ。歴史がそう証明している。
 秀吉は俺の答えを待っていた。彼の瞳は俺の答えに期待しているようだった。

「殿下のご威光により天下の静謐は目前です。残る敵は関東の北条。北条を下せば、奥州は自ずと降ることでしょう」

 秀吉は俺の答えを聞くと機嫌良く笑った。

「卯之助、たまげたぞ。本当に知恵が回りよる」

 秀吉は俺に失礼な物言いをしてきた。北条を攻めるなど豊臣配下の武将なら大抵知っていることだろう。義父も普段からよく口にしていた。

「父、小出吉政が日頃から北条攻めを口にしておりました。そのお陰で殿下の問いに答えることができただけです」

 大げさに感心する秀吉の俺への評価を訂正した。

「言いよるわ。北条と戦をすることまでなら答えられるであろう。だが、お前の歳で官兵衛の狙いを言い当てる奴はいない」

 秀吉は鋭い目で俺を見ていた。失言してしまった。調子に乗って余計なことまで喋ってしまった。

「お前が考えたことか?」

 秀吉は俺を冷たい目で見ている。その目は「嘘をつくことは許さん」と語っていた。俺は生唾を飲み込んだ。

「はい」

 俺は秀吉のいい知れない圧力に素直に答えた。この場で嘘をつくことは得策ではない。俺の言った言葉を思いつく人物は俺の近親者にはいない。義父は馬廻といえ、秀吉から小田原征伐を発端とした戦略の詳細は聞かされていないだろう。嘘をつけば、その嘘は間違いなくばれる。
 俺が答えると秀吉の俺への圧力が収まった。秀吉は小刻みに笑った。

「孫兵衛の息子に俊才が生まれるとはな」

 秀吉は愉快そうに笑った。孫兵衛は俺の実父、木下家定のことだ。

「卯之助、千石の話は無しだ」

 秀吉は真剣な顔で俺に言った。俺の頭の中に疑問符が浮かんだ。知行無しなのか。秀吉の口振りから気分を害した気配は感じられない。それとも知行を五百石に変更するのだろうか。

「新たに摂津国豊島郡に五千石をやる。卯之助、お前にも北条攻めに参加してもらうぞ」

 秀吉から驚愕なことを伝えられた。俺のような若造に五千石なんて有り得ない。義祖父は三万石だが、義父の知行が三千石だぞ。秀吉は頭がおかしいんじゃないか。

「私は初陣もまだです。それに家臣もいません」

 俺が引きつった顔で秀吉に返した。流石に五千石は過分すぎるし、知行分の軍役を全うする自身がない。

「急に年甲斐になりおって。与力をつけてやる」

 秀吉は俺のことを面白そうに見ながら言った。

「与力ですか」

 与力と言うと、秀吉の家臣を補佐につけるということか。でも、俺の家臣ということではないから、凄く使いづらそうだ。俺みたいな餓鬼に使われるなんて、幾ら秀吉の命令でも納得できないだろう。命令だから従うだろうけど、俺に不満を抱く人間を使うなんて凄く大変そうだ。俺は考えるだけで憂鬱になってきた。

「そうじゃ。与力の人選は任せておけ。それと与力によく言っておく。分からないことは与力に聞け」

 秀吉は考えを改める様子は無いようだ。誰を俺の与力にする気だ。

「家臣については木下家、小出家から人を紹介して貰えば良いだろう。足軽や人足は知行地から徴収すればいい。あとは金か。良い機会じゃ佐吉に相談してみよ。儂から伝えおく」

 有り得ない。秀吉はどういう考えで俺に五千石を与えるつもりなんだ。それより家臣の侍は木下家も小出家もできることなら避けたい。木下家も小出家も西軍側に属している者が多い。とはいえ背に腹は代えられないか。人材の件は後で考えよう。

「殿下、石田治部少輔様でなく加藤主計頭様にご相談できないでしょうか?」

 俺は加藤清正の名を出した。清正は脳筋みたいな描かれたするけど、実際は文武両道な人物だから大丈夫なはずだと思う。それに一応は親戚だし力になってくれるかもしれない。問題は清正が京に現在いるかだけど、小田原征伐に清正も参加したはずだから時期的に京じゃなくても大阪にいるかもしれない。

「虎之助じゃと。儂の指図に不服か?」

 秀吉は自分の考えに異を唱えた俺に怒りを覚えているのか、眉間に皺を寄せていた。俺が本当の子供だったら、この顔を見たら怖くなって泣くに違いない。

「殿下の指図に不服などあろうはずがありません」

 俺は咄嗟に答えた。

「では、儂の言う通りにせよ。よいな」

 秀吉は穏やかな口調だったが有無を言わさない目をしていた。俺は引き下がる以外に無かった。秀吉にどういう思惑があるか分からない。だが、ここで秀吉の心象を害すことは得策じゃない。秀吉は命令に逆らった者を執拗に弾圧したり殺したりする場合がある。ここは自重するしかない。

「殿下、生意気な物言い申し訳ございませんでした」

 俺は声を大にし秀吉に対して平伏した。

「よいよい。分かればよいのじゃ。卯之助、期待しておるぞ」

 俺が殊勝な態度で謝罪すると、秀吉は態度をころりと変えた。先程までの険悪な空気が嘘のようだ。

「殿下のご期待に応えられるよう粉骨砕身頑張らせていただきます」

 俺は平伏したまま秀吉に言った。

「卯之助、通称を与えてやろう。藤四郎。小出藤四郎俊定と名乗るがいい」
「殿下、お礼申し上げます」

 俺が顔を上げると秀吉と視線が合った。

「儂も若い時分は人材で随分と苦労した。お前の歳では大変だろうが、儂はそれだけ買っているということじゃ。それに、もうすぐこの国では戦は無くなる。そうなれば手柄を立てられる機会も減る。儂の身内に有能な者が少ない。虎之助、市松だけでは足下が心許ない。儂の言いたいことは分かるな」

 秀吉は神妙な表情で俺の目を見ていた。俺は口を開こうとした。

「答えずともいい」

 秀吉は俺が喋るのを遮った。

「卯之助、今日は有意義であった」

 秀吉は表情を和らげると、好々爺な態度で俺に声をかけてきた。今の彼を見て三年後には凶悪な粛正を行うとは夢にも思えない。だが、必ず起きるはずだ。 
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