雲は遠くて
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117章 信也たち兄妹、ボブ・ディランを語る
117章 信也たち兄妹、ボブ・ディランを語る
10月16日の日曜日、午前8時過ぎ。空模様は曇っている。
川口信也と姉妹の美結と利奈は、2DK(部屋2つ、リビング、キッチン)の
マンション(レスト下北沢)のリビングで寛いでいる。
信也は、ここから歩いて2分のところも、マンション(ハイム代沢)を借りている。
そこは、部屋1つと、キッチンと、バスルームに洗面所、南側にはベランダの、
1Kの間取りだ。駐車場はない。
信也のクルマは、こちらのマンションの地下の駐車場にある。
朝や夕の食事に、ここにやって来る信也だ。
「お兄ちゃん、ノーベル文学賞にボブ・ディランが選ばれたけど、
ボブ・ディランって、どんなふうにすごいのかな?」
利奈が、そう言った。利奈は早瀬田大学2年生、19歳だ。
「そうだね。まずは、ロックシーンに、大きな影響を与えていることかな?
それがなんで、文学賞なのっていう、世間の論議もあるけどね。
ノーベル賞には、芸術的な部門としては、文学賞しかないのだから、
ミュージシャンとかは、これまで対象外のはずだったのけどね。
おれは、芸術のジャンルにこだわらずに拘束されないことは、ポジティブで賛成ですよ。
あっははは。
賞の設立者であるアルフレッド・ノーベルの遺言によれば、ノーベル文学賞は、
『理想的な方向性』の文学作品を生み出したものに与える、となっているだってさ。
ノーベル賞って、たとえば、ビートルズのジョン・レノンのロックンロールをつらぬく、
ラヴ・アンド・ピース、愛と平和の思想と、ほとんど同じなんだろうからね。
文学とかの狭いジャンルに、こだわるんじゃなくって、
広く、愛と平和に貢献した芸術の活動家に、ノーベル賞は贈られるべきだと思うよ。
アルフレッド・ノーベルだって、おれの意見には、賛成だと思うけどな。あっははは」
信也は、少年のように輝く 瞳で、笑った。信也は26歳。
「そうよね。ノーベルさんだって、そんな狭い考えで、ノーベル賞を設立したんじゃないのよ。
そういえば、ビートルズのドラマーのリンゴ・スターは、いまもお元気で、
今年も7月7日の自分の誕生日には、平和と愛を祝福するためのイベントとして、
世界中のファンに向かって、『ピース&ラブ!と言ってください!』呼びかけたのよね!
わたし、感動しちゃったわ!」
美結がそう言った。美結は23歳。
「でも、あれってさ、なんで、ジョンが『ラブ&ピース』で、リンゴが『ピース&ラブ』なんだろうね!
まあ、特に意味はないんだろうけどさ。あっははは。
ボブ・ディランは、楽曲の制作においては、詞先か、曲先かといえば、
詞先の人で、『リズムもメロディも、すべてをなくしたとしても、
ぼくは歌詞を暗唱できる。重要なのは、メロディじゃない、歌詞だ。』っていってるんだよね。
あと、『どういう言葉を使うのか、言葉をどういうふうに働かせるのか、
歌でも詩でも、大事なのはそれだ。』とかと言っているですよ」
「へーえ。ディランって、やっぱり、文学的だったんですね。お兄ちゃん」と、利奈が微笑む。
「歌を作るようになったときは、すでにたくさんの詩を読んでいたんだってさ。
ディランの歌作りの目的の中心は、ロックやポップスのスターと違って、
ヒットチャートで成功を収めることではなかったらしいからね。
『大衆文化の多くの場合、短い時間ですたれる。葬り去られる。
ぼくは、レンブラントの絵画と肩を並べるようなことをしたかった。』なんて、
芸術的な夢を語っているからね。すごい人だと思うよ。おれもディランに見習いたいね。あっははは」
「わたしには、ディランの歌って、特に歌詞が難しかったりするんだけど、
やっぱり、すごく芸術家的な人なんでしょうね」と、美結も言う。
「ディランは、ロサンゼルスで『自分を天才だと思いますか?』ってインタヴューされたとき、
『天才?紙一重の言葉だね。天才なのか、頭がおかしいのか?』って、
ユーモラスな返事をしているのさ。あっははは。
あと彼は、『詩を書くからって、必ずしも詩人じゃない。ガソリンスタンドで働く人にも、
本物の詩人はいるよ。』とか、言っていたりね。
あと、『ポピュラーソングは、数ある芸術の中でも唯一、
その時代の気分のようなものを表現できる。だからこそ人気があるんだよ。』とか言ってるしね。
考えかたが、冷静で客観的とでもいうのかな。やっぱ、すごい、ビッグなアーティストだよね」
「天才って感じだわ」と、美結。
「やっぱり、すごいわ」と利奈。
「ディランは、『流行なんかどうでもいい。時代の動きは思っている以上に早い。
流行は追いかけるものではない。自分で新しく作るものだ。』とも言っていて、
これなんか、芸術的活動をするみんなへの貴重なアドバイスだよね。
なにしろ、あのブルース・スプリングスティーンがこんなこと言ってるんだから。
『ボブがいなかったら、ビートルズもビーチボーイズも、セックスピストルズも、U2も、
マーヴィン・ゲイも傑作アルバムを作ることができなかっただろう。』ってね」
「お兄ちゃんも、このマンガを読んで、元気出して、がんばってください!」
そう言って、利奈が、毎週木曜日に発売の『ミツバ・コミック』を信也に差し出す。
そのマンガ雑誌には、第2回『クラッシュ・ビート』が載っていて、
信也やクラッシュ・ビートのメンバーたちがモデルの主人公たちが、表紙を飾っている。
「ありがとう、利奈ちゃん。このマンガは、おれも楽しみなんだ!元気も出るマンガだよ!あっははは」
三人は、声を出して笑った。
☆参考文献☆
CROSSROAD・20代を熱く生きるためのバイブル(サンクチュアリ出版)
自由に生きる言葉(イースト・プレス)
現代思想・5月臨時増刊号・ボブ・ディラン(青土社)
≪つづく≫ --- 117章 おわり ---
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