幽雅に舞え!
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幽雅に咲かせ、墨染の薔薇
「地下鉄の入り口は・・・確か、ここだったな」
キンセツジムのトレーナーに案内してもらったときのことを思いだしながら、サファイアは地下鉄へと急ぐ。だが、入り口にはやはり邪魔者がーー顔面にガスマスクを付けたミッツ達がいた。地下鉄へ降りる階段を、律儀に3人で塞いでいる。
「そこの少年!この先には何もないから戻るべきだ!」
「そうだ!ティヴィル様は別の場所にいるから帰るべき!」
「その通り!・・・えーと、とにかくここは通るべきではない!」
口々にここから去るように言ってくるが、これでこの先にティヴィルがいるとはっきりしたようなものだ。サファイアはボールを取りだし、前に投げる。それに応じて、向こうもポケモンを繰り出してきた。
「出てこいオーロット、ジュペッタ!」
「ユキワラシ、粉雪を放つべき!」
「ラクライ、電撃波を放つべき!」
「ドンメル、火炎車を放つべき!」
「オーロット、身代わり!」
三体が同時に攻撃してくる。サファイアが命じるとオーロットは自身の体力を削ることで、影で出来た実体のある大樹を生み出す。そこにジュペッタと一緒に身を隠した。三体の攻撃が大樹に当たるが、崩れ落ちることはなかった。
「よし、ここは一気に決める!オーロット、ゴーストダイブ、ジュペッタは影打ちだ!」
ジュペッタが素早く自分の影を伸ばし、オーロットが影の中に隠れる。
「むむっ、どこへ消えた!出てくるべき!」
「すぐにわかるさ!」
ジュペッタの影がさらに延び、三匹のうち真ん中にいたラクライに当たる。そして同時にーーオーロットが伸びた影から現れその巨体による攻撃を存分に振るった。三体とも巻き込まれ、地面を転がる。
「た、たった一撃で三体を・・・」
「ここまで強くなっているとは・・・」
「ま、またしてもオシオキを受けるはめに・・・」
驚愕しているミッツたちに構っている暇はない。サファイアは彼らの横をすり抜けて地下鉄へと向かう。
中にはいると、普段は多くの人の往来があるであろうホームは無人でがらんとしていた。電車を利用したことのないサファイアだが、駅員すらいない改札は不気味に感じる。改札口は機能しているため、入場切符を買って中にはいった。するとーー
「ハーハッハッハ!よぉーやく来ましたね、ジャリボォーイ」
「ティヴィル・・・!」
この騒動を起こした張本人たる博士の声が駅の中のスピーカーから聞こえてきた。サファイアの声にも怒りが籠る。
「ジムリーダーの協力を取り付け、ここまで来たことはほぉーめてやりましょう。ですがここまでです」
「!」
どういう意味かと回りを見れば、ホームから一台の電車が動き始めているではないか。ここで逃がせば追う手段はなくなってしまう。全速力で追いかけるサファイア。
だが、動き始めとはいえ相手は電車だ。サファイアの足ではぎりぎり追い付けず、伸ばした手から電車が離れていくがーー
「ジュペッタ、影打ち!」
「ーーーー」
ジュペッタの影が再び伸びる。それは電車の影と繋がった。サファイアがジュペッタの体をガッチリと掴む。
「影よ、戻れ!」
伸ばした影が戻る。ただしジュペッタの方ではなく電車の方に。結果としてジュペッタとそれにしがみついているサファイアの体が引っ張られ、電車へとへばりつくことが出来た。影打ちのちょっとした応用だ。
「ふう・・・今度はシャドークローだ!」
漆黒の爪が電車のドアを切り裂く。電車の速度に振り落とされる前に、サファイア達は電車の中に転がり込んだ。
「よし・・・いくぞ!」
フワライドを操る装置はここにあるのだろう。もうすぐこの騒動を止めてみせる。
(だからルビー、もう少し持ちこたえてくれよ・・・!)
「ミミロップ、飛び膝蹴り!」
「グラエナ、毒々の牙!」
「サマヨール、重力」
一方その頃、ルビーは未だにキンセツシティの入り口を守り続けていた。今も襲い来る二匹の攻撃を、強烈な重力場を発生させて接近を許さない。ネビリムのミミロップには火傷を負わせてもいる。
「・・・さすがはチャンピオンの妹様ってところか。隙がねえな」
「感心してる場合ですか!ああもう、忌々しい子ですね・・・」
ルビーの敷いた布陣は強力だ。前をメガシンカしたクチートが守り、後方をパンプジンとサマヨールが固め。最後尾でキュウコンが炎の渦で入り口を防いでいる。その徹底した守りが、ルファとネビリムを寄せ付けない。
「こうなったら・・・ルファ、貴方もメガシンカです!私も本気でやりますよ、出てきなさいサーナイト!」
「へいへい・・・出てこいオニゴーリ」
ルファの剣の柄と、ネビリムの髪飾りが光輝いた。同時にオニゴーリとサーナイトの体が光に包まれる。
「絶氷の凍牙よ、全てを震撼させろ!」
「更なるシンカを遂げなさい!その美しさは花嫁が嫉妬し、その可愛さは私と並ぶ!」
「メガオニゴーリ、凍える風だ!」
「メガサーナイト、ハイパーボイス!」
メガシンカした二匹の攻撃は、最早吹雪と破壊の音波と言って差し支えなかった。まともにぶつかり合えば歯が立たないだろうことがはっきりわかる。だがーールビーは単純に力負けしたからといって太刀打ち出来なくなるそこらのトレーナーとは違う。
「サマヨール、『朧』重力」
サマヨールが手のひらを合わせて離すと、そこには漆黒の球体が発生した。それはゆっくり前に飛んでいくと、凍える風とハイパーボイスを綺麗に吸い込んでしまう。上から押し潰すのではなく、ブラックホールのように全てを吸い込むもうひとつの重力の使い方だ。それを使い分ける意味でルビーは朧、と呼び分けている。
(別にサファイア君に影響された訳じゃない・・・と、思うんだけどね)
ちょっぴり中二病な彼を思いだし、嘆息。その間にもクチートが動いている。技を吸い込まれて驚いているサーナイトに噛み砕くを決めるために。
「しまった、サーナイト!ミミロップ、フォローしてください!」
接近戦には弱いサーナイトの代わりに、控えていたミミロップが間一髪で蹴り飛ばして防ぐ。ルファもそれに乗じてクチートに攻撃を仕掛けてきた。
「オニゴーリ、噛み砕け!」
「パンプジン、ハロウィン。クチート、噛み砕く」
動じずルビーはパンプジンに命じると、ハロウィンの効果でオニゴーリの体はまるで氷で出来たジャック・オー・ランタンのようになり、ゴーストタイプが付加された。悪タイプの噛み砕くの一撃が効果抜群となり、オニゴーリの体の表面に罅が入る。
「っと・・・やってくれんな」
「・・・」
ルビーはルファを睨む。どうにもこの男、まだまったく本気を出していないような気がしてならないのだ。そうでなければ自分はもっと苦戦を強いられたはずだ。メガシンカを使ってこそいるが、そんなものはただの『力』でしかないと彼の目は語っている。
ルファもそんなルビーの目に気づいたのだろう。彼はネビリムには見えないようにーーそっと、唇に人差し指を当て、口角をつり上げる。
(・・・獅子身中の虫、ということかな?)
ともかく、彼が本気で来ないのは幸いだった。目線をネビリムに切り替える。
「サーナイト、ハイパーボイスです!」
「ーーーー!」
サーナイトが再び強烈な音波を放ち、クチートの体が吹き飛ばされる。だが鋼・フェアリーのクチートにはフェアリータイプの技はあまり通用しない。平然と起き上がり、体勢を立て直す。
「く・・・まだ倒せませんか。ですがもう貴女のキュウコンは限界でしょう!その時がこの町の最後です!」
「・・・」
そう、二人の攻撃は今の分ならいなせるだろう。だが、問題はキュウコンの方だった。今も少しずつ、彼女の吐く炎は弱くなっている。守るだけでは限界があるが、ルビーは攻めるのは得意ではない。
(・・・それでも、やるしかないんだ。
サファイア君、少し力を貸してくれるかい?)
自分の想い人に乞い願う。勿論彼に聞こえるはずもないし、直接彼が何かしてくれるわけでもない。
借りるのは、彼の技を組み合わせるセンス。今まで見てきた彼だけの才能を、出来るだけ真似た一撃を放つ!
「パンプジン、花びらの舞い!サマヨール、シャドーボール!そしてキュウコン、クチート、火炎放射!」
パンプジンの花びらが舞い、漆黒の球体がそれを黒く、火炎が赤く染め上げてまるで無数の黒薔薇の花弁と化け、ルファとネビリムに襲いかかる。
「墨染の薔薇ブラックローズ・フレア」
無数の黒薔薇に対し、それをサイコキネシスで弾き飛ばそうとするネビリムをルファが片手で制す。
「やらせませんよ!サーナイト、防いで・・・」
「いいや、ここは俺に任せろ」
「・・・出来るんですか?」
「オニゴーリの氷を舐めんなよ?」
「・・・わかりました」
そう言って、ネビリムはサーナイトを下がらせる。ルファはネビリムの知る限り一番いい笑顔で頷いた。オニゴーリに指示をだす。
「オニゴーリ、わかってんな?」
「ゴッー!!」
放たれた氷は。
ルビーの総力を込めた攻撃より遥かに弱く。
激しい炎の花弁が、二人を包み込んだーー。
「・・・生きてるかい?」
「おかげさまでなんとか、な」
仰向けに倒れたルファに、ルビーはそう話しかける。ルファはゆっくりと体を起こし、伸びているネビリムの方にも命に別状は無さそうなのを確認するとルビーの方を見た。
「いやー空気読んで技ぶちこんでくれて助かったぜ。・・・これでこんなやつらの真似事ともおさらばだな」
「・・・その辺の事情は後で彼が聞くよ。それより今は」
キュウコンはさっきの炎でもう技を放つ力が尽きた。今にもフワライド達が町に浸入しようとしている、それを止めなければいけない。
「ああそうだな。さくっと片付けますか・・・」
ルファがそう言った時だった。町のなかから一台の自転車が階段をかけ上がって飛び出してくる。ルビーが不快そうに眉を潜め、ルファが苦い顔をした。
「てんめえええルファ!こんなところにいやがったのか!あの時の借り、きっちり返してやるぜ!」
・・・エメラルドの登場により、どうやら事態はまだややこしくなりそうだった。ルファが寝返ったことを伝えようにもルビーもまだ詳しい話を聞いていないし、そもそも聞く耳を持つとも思えない。
(・・・サファイア君、早く戻ってきてくれないかな)
ある意味自分にはどうしようもない事態に溜め息をつきつつ、ルビーはそう思うのだった。
「ティヴィル!フワライド達を止めるんだ!」
そしてサファイアは、やっと車両の最先端にいたティヴィルの元にたどり着いた。彼の後ろの車掌室には、装置であろう巨大な機械がある。サファイアからは良く見えないが、いくつもの画面にグラフや警告表示のようなものが映っていた。ティヴィルは不必要にスケートのダブルアクセルのような回転を決めながら、サファイアに言う。
「とうとうここまでやって来ましたねジャリボォーイ。君のような諦めの悪いガキは嫌いですよぉー?あの時のように、軽く捻ってあげましょーう」
「うるさい!俺はあの時よりずっと強くなった。もうお前なんかに負けたりしない!」
「その態度、いつまで持ぉーちますかねぇ?では・・・さっそぉーく始めましょうか?」
「お前だけは許さない・・・ここで終わりにしてやる!」
ティヴィルとサファイアが睨み合う。そしてお互いにポケモンを繰り出した。電車の中で二人はキンセツシティの命運をかけてぶつかり合うーー
「出てきなさい、レアコォーイル!」
「いけっ、オーロット!」
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