魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~
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外伝
第裏幕『The.day.of.Felix』
独立交易都市ハウスマンからすると南西に位置する帝国の遥か西に、ジスタート王国やブリューヌ王国が存在する。
存在するのだが、人々がその名を知るのは文献や噂話程度でしか仕入れていない。
まるで両者の大陸の国交を遮断するような、複雑な自然環境が隔離施設のように、外界を作っている。
分厚い雲を貫くかのように、成層圏にまでそびえ立つ山々。
極寒と灼熱を表裏一体させたかのような地脈。
低気圧と高気圧の乱気流が、大気と空間ごと薙ぎ払う。
そんな人智を超越した領域を超えて、新大陸へいけたのは――
――独立交易都市の建都市者、初代ハウスマン――
――ジスタート王国、封妖の裂空が主、虚影の幻姫、ヴァレンティナ=グリンカ=エステス――
――独立交易都市、『元』三番街自衛騎士団所属、ヴィッサリオン――
――同じく独立交易都市、『元』郊外調査騎士団所属、獅子王凱――
この4人だけだった。
その内の一人、獅子王凱は第二次代理契約戦争(セカンド・ヴァルバニル)を終結させた後、初代ハウスマンが残した謎『黒竜』の謎を追い求めて遥か西の大陸にやってきた。
ジスタート王国の公国、ルヴーシュかオステローデにまず立ち寄ろうかと思いきや、ヴォージュ山脈を通り越してブリューヌの領地に出てしまった。
ブレア火山を経由して、地面の下を極端な短縮航路で行こうとしたのが仇となったようだ。
その時だ。地面からやっとの想いではい出たら、自分がいる場所が後にブリューヌ王国内に存在するアルサスの領地だと判明したのが。
初代ハウスマンの残した資料が、凱の土地勘の助けになっていた。足を踏み入れたことのない緊張や不安がほんのわずかだが凱の判断を鈍らせるのだった。
今、凱は大いなる戦乱の渦中にいる事に気付かない。
ふと、通りすがりの人に肩をぶつけられた。何かを急いでいるようだった。凱と接触して転倒した人物に手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「……つっ……こっちこそ、すまなんだ」
「いえ、怪我がなさそうでよかったです」
やがて凱の手をとり、尻餅ついて倒れた人物はゆっくりと立ち上がる。手を取ってふと目線が彼の左手に注がれる。火の鳥『フェニックス』と同じくする伝説上の生き物、獅子『レグヌス』
を模したような篭手が、やけに印象的だった。
「……ボードワン?」「もし、どうかしましたか?」いや、何でもない」
今年で55になる灰色の髭と髪を生やし、ぐんずりとした体形の人物は、目の前の青年の声を聴くなり、親交のある小柄な宰相を思い出した。
「ただ、そなたとは初めて会った気がしないと思っただけじゃ。何かの縁と思って、せめて名前だけでも教えてくれないか?」
そんなにその人と俺の声が似ているのか?瓜二つの声音を持つ人間って本当にいるんだなと思い、老人は自らの名を、凱は自らの生名を互いに告げた。
「マスハス=ローダンド」
「獅子王凱」
この瞬間、ほんのわずかだが、凱の運命の歯車が回り始めてしまった。
――※――※――※――
フェリックス=アーロン=テナルディエは、父から語られた昔話を思い出していた。
「……弓……」
誰もいない執務室で、一人彼はぼやく。
今でこそ侯爵家の当主だが、その昔話を聞かされたのは数十年前にさかのぼる。
当時の父の容姿や表情、あの口からでた台詞や動きまできめ細かく、そして明確に覚えている。なぜなら、彼の父が話した内容はそれほどまでに衝撃的な内容だったからだ。
自分とは対照的に痩せ細った身体からは想像できない、引き寄せる重圧と押し放つ威圧を息子に感じさせた。それは、父の存在自体がいかに大きいものかを認識させた。
――フェリックス、『弓』をどう思う?――
呼ばれたかと思いきや、いきなりそのようなことを聞く父に、息子は眉間を無意識に寄せた。もともと弓はブリューヌにとって軽視されている、臆病者の固定名詞である。二人きりの空間でなければ、このような質問などできはしない。一瞬不機嫌になりながらも、フェリックスは実直に考えを述べる。
――弓は、白刃の前にその身をさらすことのできない、勇気を持たない臆病者の武器と存じます――
正直、フェリックスは弓を軽視どころか嫌悪していた。惰弱で臆病で無能のカタマリが具現化したかのような武器が忌々しくてたまらなかった。
――勇気を持たない……か。それも一つの可能性なのかもしれんな――
父は、何か物思いにふけるとき、必ずといっていいほど顔を見上げ、指を折って天井のシミを数える仕草をする。
――可能性?――
フェリックスは、父のこういう所が理解しがたいところだと思っている。だが、この常人には理解しえない超常の頭脳が、強大な富と力という実績を収めたのだ。その結果だけは認めざるを得ない。
――わしは、弓に無限の可能性があると思っている。何故だと思う?――
当然、目の前の息子にはこたえられるはずもなく、それを分かっていてか、父はなおも言葉をつづける。
――では質問を変えよう。弓の利点は何だと思う?――
惰弱な武器の利点など考えたくない。そう思う息子だったが、冷静に答えた。
――間合いが遠い……でしょうか?――
そう答えると、父は見上げていた顔をゆっくりおろし、今度は地面をじっと見つめ始めた。
――間合い、それこそが弓の最大の特性なのだ――
――わしは、弓のその可能性を見届けたく、今まで延命してきたのだが、もしかしたら間に合わんかもしれんな――
――父上?――
――戦いにおいて勝敗を決めるのは『間合い』を置いて他ならない。剣から槍へ、武器は勝敗を決める為に進化を続けてきた。弓はその先にある――
――……――
息子は、それ以上父に向って何も言えなかった。理由はいたって単純、まさに正論だったからだ。
間合いが遠い。それは、近接の剣が中距離の槍に対して不利になるのは自明の理と言える。武器の進化は徐々に間合いを突き放すことで、その武器は最強の座を獲得していったからだ。
――カヴァクなる敵が訪れる時まで、この命が持てばと思ったのだが――
『カヴァク』なる敵。初めて聞く単語に、フェリックスは言い知れぬ不安を抱いて、それとなく訪ねてきた。
――カヴァクなる敵?カヴァクなる敵とは何なのですか?父上――
しかし、超常の知識を持つ父は、首を横に振るだけだった。
――今はまだ教えられん。ブリューヌの子ら、いや、ジスタートやザクスタンの小僧共が『カヴァク』なる敵を知り受け入れるには、まだ奴らは幼すぎる――
再び、父は顔を天井に上げる。何度も同じ動作を繰り返す。そして、誰にも聞き取れないような、枯れ細った声でつぶやく。
――ジスタート王国に伝わる、超常現象を引き起こす竜具――
――いつの時代か、竜具でさえ太刀打ちできない時代が必ず訪れる――
――その時代が訪れる為に、世界は多くの血と犠牲を要求する――
――竜の口から吐かれた鉛の玉は、鉄よりも固い竜の皮膚をたやすく貫く――
――燃える水は、炎の迷宮を作り上げ――
――地に堕ちた光は、全てを塵芥へと還す――
――女神の意志の代行者、黒き弓を携えし魔弾の王よ――
――生命の意志の体現者、黒き銃を携えし勇者の王よ――
――願わくは、二つの魔弾が一つとなり、大いなる意志を穿つように――
この日の夜、フェリックス=アーロン=テナルディエにすべてを託し、彼は静かに息を引き取った。
――※――※――※――
現代へ戻り、テナルディエ侯爵のとある一室にて
「やあドレガヴァク、久しぶり。今度は何の用かい?」
「来たか、ヴォジャノーイ」
人ならざる名前で呼び合い、お互いを確認する。彼らが見ているものと、人間が感じるものでは違う。
「なに、お前にとって造作もないことだ」
「ふうん?」
「『銃』がブリューヌに足を踏み入れたそうだ」
「!!それは本当かい!?ドレガヴァク!」
目を輝かせた子供のように、中肉中背の男は身を乗り出してきた。
「お前にはそやつの存在を確認してほしい。わしとしたことが、『弓』にばかり気を取られて、肝心なものを忘れとった」
しばらくヴォジャノーイは損得勘定を思案した後――
「いいよ。でも、ただ働きは嫌だね」「持っていけ」
既に、分かっていたかのように、ドレガヴァクは金貨の入った袋を投げ出す。長い付き合いの彼らだからわかっていることだが、前払いで初めて契約が成立する。
「ああ……うまそうだ……うまそうだ」
金貨をじゃらじゃらと口に頬張り、滝のように流し込む。勇者の故郷において、カジノのキャッシャーでもこれほど大量にむさぼることなどまずない。
――毎度ありぃぃ――
独立交易都市の建都市者ハウスマンの出現により、あらゆる大陸の神話体系における解釈は大きく揺らいだ。
自己都合による解釈。現実を擁護すべき神職者。心の救済とするべく、闇の部分を隠蔽すべき愚職者の両者に分断された。
神とは――人々の心の拠り所――
いつの時代でも、人間が認知しえない、超越した存在が信仰されるようになってから、神という不確かな領域に寄り掛かろうとする。
神の正体は――情報の海にたゆたう意識生命体――
今は信仰されている神々もまた、元を正せば信仰心を持つ同じ人間だった。
夜と闇と死の女神、ティル・ナ・ファも例外ではない。
それが事実と言い放つハウスマンの存在は、遥か東の大陸において危険人物とされるようになった。
特に黒竜を建国伝説の象徴とするジスタートにとって、『実験台』と称するハウスマンの問題発言は、まさに戦乱の嵐を予感させるものだった。
さらにハウスマンは、王の伝説を3つ残していく。
あらゆるものを射倒す『魔弾の王』
その男は終焉の女神から『黒き弓』をさずかり、あらゆる魔を射倒して、ついには王になりおおせたという。
あらゆるものを砕世する『魔断の王』
その男は神々の王から『不敗の剣』をさずかり、あらゆる魔を砕世して、ついには王になりおおせたという。
そして――あらゆるものを覇界する『魔銃の王』
その男は創世の破壊神から『大いなる遺産』をさずかり、あらゆる魔を覇界して、ついには勇者達の王になりおおせたという。
「さて、――あちら――の世界の竜具と魔弾の王はどう出るやら。しばらく見学させてもらおう。ガッツィ・ギャレオリア・ガード」
――氷竜と凍漣――
――炎竜と煌炎――
――風龍と銀閃――
――雷龍と雷渦――
――光竜と光華――
――闇竜と虚影――
――槌竜と羅轟――
――銃と弓――
自らの顔が映る中身が入ったままのグラスを眺めながら本を閉じ、楽しげにつぶやいた。
その人物の名は、ガヌロンといった。
【数年前・ブリューヌ国内・テナルディエ侯爵領・ネメクタム】
どこまでも続く渡り廊下に、一人の壮年の男が歩いている。
テナルディエ侯爵が、弓に対する評価を変えたのは一体どれくらい前になるのだろうか。
弓は臆病者が使う武器。彼は物心つく前からそう父から叩き込まされた。
戦乱絶えぬ今の世の中では、蹴散らしたとした敵国の星の数だけ武勲が与えられる。しかし、ブリューヌ国内では、弓に関してはその武勲が認められることはない。
例え、敵将という金星をどれだけ射落としたとしてもだ。
半ばまで歩いていくと、背後からもう一人の男が近づいてくる。そして、耳元でこう告げる。
「閣下。例の来賓が……」
「わかっている。スティード」
壮年に差し掛かろうとしている偉丈夫の彼に蓄えられているフルセットの髭が、僅かにぶれた。この微妙な変化に気付けるのは彼の腹心であるスティードだけだ。
微動だにしない主君の仕草が示す意味は、おそらく彼しか知り得ないだろう。
彼のフルセットの髭は、伝説上の霊獣「獅子王―レグヌス」を模して蓄えられたものだ。何者にも屈しない、不屈の象徴と勇気の究極なる姿は、彼の幼少時代からのあこがれだった。
気高い生き方、誇り高き眼差し。
いつしか彼の髭は他者を圧倒するシンボルのようなものになっていた。竜という名の来賓と、テナルディエという獅子王が今まさに相対しようとしている。
そんな畏怖の象徴が、僅かにぶれたのだ。
それほどまでに、今回の『取引・ネゴシエーション』は緊迫を内包している。
いざ、扉のノブを開けようと震えながら手を掛ける。豪胆ともとれるテナルディエ侯爵のらしからぬ様子だ。
そして、扉は開かれた。
『弓』における互いの交渉が、今始まろうとしていた。
「冷静に話し合える場が持ててうれしい限りだ」
「そのようですね。閣下」
どのような人物であれ、恐慌で知られる閣下の前では畏怖してしまうのが常なのだが、今、目の前にいる来賓は全くおびえる様子を見せない。それどころか、穏やかな物腰で言葉を反した。
艶のない金色の長髪、切込みのある怪しげな目元、高貴な出を思わせるような、それでいて派手とも取れない整った衣装で身を包んでいる。
そんな来賓の態度に、テナルディエ侯爵は一定の評価を敷いた。
両者は煩わしい自己紹介を終えて、とっとと本題に入った。
「弓の取引だと?」
「そうです。ぜひとも我が国の弓を提供したく……」「お引き取り願おう。そして二度とその姿を見せるな」
速攻で決裂した。むろん、来賓もまたそんな侯爵の態度も予想していた。
ブリューヌにおいては、近接戦闘が高く評価されている。遠離戦闘はなぜか疎遠する傾向にあった。
ならば――百聞は一見にしかず――来賓は一つ提案を出した。
「そこで、我が国の『弓』をかけて白兵戦を行いたいと思いますが、如何でしょうか?」
「戦……だと?」
「はい。我が国の弓をぜひ体感していただければ、貴殿のお考えも変わることかと」
「……何を企んでいる?」
侯爵は凄まじい形相で来賓を訪ねた。だが、その態度は一歩も下がらない。
「何も企んで等おりません。この対談もブリューヌの発展と繁栄を願っての事」
こうして、テナルディエ侯爵の概念を覆す戦いが幕を開けた。
【数日後・ブリューヌ国内・ディナント平原】
そして、互いの純粋な力比べをする日が訪れた。
テナルディエ侯爵率いる軍の総勢は2万。殆どが突貫及び突破を得意とする騎兵部隊だ。
対する例の来賓の軍の総勢は2千にも満たないという。敵軍は自軍のおよそ10分の1というその情報がテナルディエ軍に伝達した時、武勲を立てようとする者は躍起になり始めた。
このような単純な兵力の差において、先鋒以外に戦う機会が訪れる可能性は皆無に等しかったからだ。
正面衝突するなら、圧倒的にこちらが有利だ。誰もがそう認識していた。
我こそが先鋒を!武勲を狙って沸騰する!
――ただ一人、侯爵の腹心であるスティードを除いては――
「スティード殿は此度の戦には出られないのですかな?」
ある一人の部隊長が軽口をたたく。テナルディエ侯爵が有能と認めた人物であるものの、どこか物足りないと評されていた素性を知っている故に出た言葉なのだろう。だが、スティードの思考は別の所にあった。
「此度の戦はどこか気に喰わない」
「勝つ自信がないと?」
「我々は、何者かに操られている気がする」
「ご冗談を」
もう、これ以上誰の言葉も耳に入らないスティードであった。
太陽が南中高度を示す中、テナルディエ軍は信仰を開始したのであった。
対して敵陣の方は――――――
一人の兵士が何やら長い筒のようなもので遠くを見ている。
一定の戦場ラインを超えたあたりで、兵士は何かを空高く打ち上げた。打ち上げた機械の正体は、何やら弩のような引き金と、丸いつつが特徴的な武装だった。
空高く打ち上げられたモノは、何やらチカチカ光っているようだった。しかし、太陽に向かって進軍するテナルディエ軍が気付くことはなかった。
次の瞬間、この世の光景とは思えない修羅が、視界に広がった。
――大地!!震撼せし!!――
「ディナントの平原が噴火した!?」
「なんなんだこれは!?ぐあああああああ!!」
次々と「噴火」する大地!何が起こったかわからないまま分割されていく騎士の肉体!
中途半端に悲鳴を上げて絶命するのは地獄であることこの上ない!まだ何もわからないまま意識を遮断されたほうがいくらか楽になっただろう!
まさに阿鼻叫喚!
騎士の甲冑を!それも盾ごと打ち砕く!
炸裂の呪術を仕込んだ杖が、騎士の突撃を嘲笑う!
彼らの誇り高き突攻が届く前に、すでに勝敗は決していた!
敵は無傷!騎士は全滅!生存者など有り得ない!
時は半刻もたっていない!ただ、騎士はこれで引き下がらなかった。
――夜襲ならあるいは!――
今宵は満月。初戦の敗北を心に引き釣りながら、テナルディエは一人のローブを被った老人と話をしていた。
「上出来なものを連れてきたようだな。ドレガヴァク」
「時間を要した分だけ、質と量を高めた次第です」
「万が一という時を想定して正解だった。かの竜なら、食い殺すことも可能だろうな」
「それほどの敵なのですか?閣下」
「あのようなもの、戦ではない。いかなる呪術を使ったか知らないが、騎士の甲冑を貫くとしても、竜を貫くことなど出来ないはずだ」
地竜が7頭。飛竜が5頭。火竜が3頭。双頭竜が2頭。
竜は本来、人目につかないように住み分けする修正がある。それを鑑みれば、この竜軍団は大奮発といえよう。
そうしなければならない程、今のテナルディエ侯爵には余裕もないし、追い詰められているのだ。
この闇の衣に乗じて奇襲をかける。奴らは騎士を捕えることなどできず、撃破できるはず……と思われた。
竜を盾にするような陣形で前に進む。これは、前回の戦いで得た教訓をもとにしているためだ。
正体不明の鉛の玉に最大限警戒しなければならない。その為には、鉄よりも固いと言われる鱗をもつ竜を先行させなければならない。
――次の瞬間――
――突然、紅い光の砲弾が、流星のように降り注いだ!――
地竜、飛竜、火竜、双頭竜をことごとく貫く!
鉄よりも固い伝説の鱗が、羊皮紙のように引き裂かれていく!
火炎袋を貫通された火竜などは、自らの内部器官に引火して燃焼される!
特にひときわ獰猛で知られている双頭竜が瞬きする間もなく1匹、2匹と落とされていく!
絶命の断末魔も空しく、食物連鎖の頂点に立つ竜でさえ地に伏せる始末!
竜の群れが蹂躙される光景など、人間にしてみれば有り得ない光景だ!
人とは……竜とは……ヤツの言う『我が国の弓』の前ではかくも無力なのだろうか?
数十年の時をかけて培った武術、戦術、技術が等しく無価値に変えていく!
形容しがたい光景。人と馬と竜の躯が戦場に埋まるのは、それほど時間がかからなかった。
「……ふざけるな……」
そう力なくつぶやいたのは、テナルディエ侯爵だ。
「ふざけるな!!こんなものが『弓』であってたまるか!!!」
テナルディエ侯爵のその言葉は、ただ空しく戦場に響くばかりだった。今まで強者の立場でいた彼が、生まれて初めて「弱者」の立場になったのだ。
【明朝・ネメクタム・執務室内】
牙をもがれた獅子のように、テナルディエ侯爵の覇気はどこか弱々しかった。
無理もない。自軍はほぼ壊滅。対して相手は無傷という戦果に終われば、誰もが途方にくれるのだろう。
決着がついた次の日に対談が始まり、両者は再びまみえたのだ。
「……貴様の兵士が持っていた弓とやらは、一体どれくらいの距離を飛ぶのだ?」
「そうですね。最低の部類でも5百メートル……いや、こちらの単位では5百アルシンでしたね」
「遥か彼方だな。もはやどのような弓もとどかん」
率直な感想を侯爵は述べた。
「どうでしょうか?我が国の弓を――」
「……しばらく時間をもらいたい」
「私は『ハウスマン』と申します。以後、お見知りおきを――」
そういって、ハウスマンは彼の執務室を後にした。
一人残されたフェリックス=ア-ロン=テナルディエは、心の整理が出来ないまま、立ち尽くすままであった。
【???】
その日、ドレガヴァクは早々に屋敷を出立し、ある場所へ足を運んでいた。
「予想より早かったな。カヴァクなる使者がブリューヌに来ようとは……」
「急いできたよ。『銃』が近くまで来ているって聞いたから」
「着たかヴォジャノーイ。面白い事態だ。あのハウスマンがブリューヌに来ておったわ」
「ハァ「銃」に続いて珍客が絶えないね」
「さてヴォジャノーイ。お前に仕事を依頼したい」
「どこで何をすればいい?」
「アルサスだ」
中肉中背の若者は頭の中に地図を描く。平面上ではさほど遠くないのだが、実寸距離で考えればかなり遠く感じる。
「……シュッチョーか。かったるいなぁ」
どこか捨て鉢に答えるヴォジャノーイ。
「異界の言葉を使うでない。それで依頼の内容だが……」
――それから両者は、依頼の詳細を確認し終えていくと――
「さて、コシチェイはどう出るかな?」
奴も期待しているはずだ。
――カヴァクなる文明を踏み荒らす『獅子王―レグヌス』の存在を――
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