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神剣の刀鍛冶

作者:gomachan
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EPISODE03勇者Ⅱ

崇める対象として、端末はそれを「神」と呼び――
称える対象として、幹部はそれを「王」と呼び――
討伐対象として、地球の戦士はそれを「獣」と呼び――
悪魔ゾンダーの実を生み出す対象として、防衛組織はそれを「機界機構」と呼び――
雌雄を決する宿敵として、緑の勇者はそれを「魔王」と呼び――
紫の星は機界昇華の研究対象としてそれを「実験台」と呼んだ――
そして……



(まいったな……命と見間違える何てな)

ハンニバルが紹介した人物の出で立ちは、凱の記憶を鮮やかに刺激した。
大事な想い人である宇津木命の幻影を見ているよう。
ルージュのような赤い髪に、その瞳に、一瞬の時間を奪われる。
年は15か16くらいなのだろうか。目の前の騎士にはわずかに幼い雰囲気が残っている。髪型こそ違うが、命もウサミミの髪を下ろせばちょうどあれくらいの長さになると思う。

――命――

無意識にその名を呟いてしまうほど、三番街自衛騎士団所属「セシリー=キャンベル」はあまりにも似ていたのだ。

「どうしました?ガイ君」

回想にフケる凱に対し、ヒューゴーは唐突に声を掛けた。

「い……いえ!それより彼女は何処へ?」

「セシリーなら今頃は鍛冶場だろう」

「団長?」

後から入室したハンニバル団長の話によれば、どうやらセシリーの剣が訓練中にヒビが入ってしまったらしく、巡回のついでに鍛冶場にまで赴いていったらしい。
セシリー=キャンベルと対面した後、凱はハンニバルに促されて市長の執務室に案内された。
理由はある。
それは、凱に多くの重要事項を知ってもらいたい為である。
そしてもう一つ。
凱はこの大陸の、いや、この世界の人間ですらない。
常識から外れたこの事実を知るのは、三番街自衛騎士団団長のハンニバル=クエイサーと、独立交易都市の市長、ヒューゴー=ハウスマン。
この二人しか、凱の正体を知る人物はいない。
人道的保護によるものなのか、直感的運命を感じ取ったのか、ともかくヒューゴー満身創痍でいた凱を擁護したのだ。
――もし、私達人間にとって未曾有の災厄が起きた時、彼は最も必要とされる人間になるでしょう――
ヒューゴーの、そう呟いた言葉は、今でもハンニバルの脳髄に深く焼き付いている。
だから、凱には本当の意味で知っていてほしい事が山ほどある。
大陸の知識、生態、事象、時事、国家間の成り立ちを始めとした重要単語を、凱はまだ把握していない。
独立交易都市ハウスマンの土地や市街の風容を見る限り、文明は凱の世界で言えば中世ヨーローッパ中頃を思わせる。鉄の建造物やコンクリートの街道で支配された日本の首都と比較すれば、新鮮な解放感がとても満ち溢れている。

「悪魔契約……」

聞きなれぬ言葉に、凱はうわ言のように呟いた。

「そう、引き金となる死言を唱える事で、空気中に含まれる霊体に自らの一部を食わせ、悪魔化させる現象の事です。大陸史上最悪の人外、ヴァルバニルによって生み出されたシステムこそ、この悪魔契約なのです。」

ヒューゴーの後に続くように、ハンニバルが言葉を引き継いだ。

「その悪魔を使役した大戦、代理契約戦争ヴァルバニルが集結し、現在に至る44年では悪魔契約は禁忌とされ、一時の平和を享受できた」

「ですが、禁忌とされる悪魔契約は、実は各国家間の抑止力として利用されているのも事実なのです。その調停役を担う為、大陸法委員会が組織されたのです」

大陸間の全面戦争を回避する為、あえて手に余る力を有する。皮肉なことに、戦争の引き金となった悪魔契約が、結果として戦争を抑える役目を果たしている。

(俺のいた世界と、そのところは変わらないか)

戦略兵器を悪魔契約と置き換えれば、それほど違和感なく説明を聞き入れられる。
各国の均衡を保つ大陸法委員会も、凱の世界で言えば安全評議会に該当するものだろう。

霊体――

悪魔契約――

代理契約戦争――

その他云々。
一気に押し寄せてくる情報の荒波に、凱の脳内は荒らされつつあった。
要するに、整理する時間が必要である。
とりあえず凱は、単語の内容をかみ砕く為に、自分の体験を当てはめてみた。
まずは霊体に自らの血肉を食わせる事で生まれる悪魔。機界生命体ゾンダーと置き換える。
悪魔の果実であるゾンダーメタルに、自らの血肉ストレスを食わせる事で、ゾンダーは生まれる。人間が素体である部分は、悪魔契約もゾンダー化も共通しているのだろう。
次に代理契約戦争。
二人の話から察するに、戦争の当人はおそらく人間ではない。悪魔だ。
代理契約という名称は、そこから起因するのだろう。
人間の血肉を得た悪魔が、人間の代わりに代理、執行する。別称「ヴァルバニル」で呼称されるところを見ると、戦争名称は元凶とされる大陸史上最悪の人外が起源している。
そして、悪魔契約――
この言葉だけは、凱は一番着目した。
ヒューゴーは、確かにこの単語をシステムと比喩した。
凱の世界では、システムとは製造設備を意味する言葉だ。認識のズレがあるかもしれないが、根本的な意味ではそれほど大差ないのかもしれない。
死言を唱える事で、悪魔は生まれる。なるほど、確かに悪魔契約(システム)と比喩するのは適正かもしれない。
ならば、その悪魔契約というシステムを実行するには、手順を示すアルゴリズムや実行するプログラム、そして端末であるデバイスが存在するはずだ。
霊体に血肉を食わせるという手順--アルゴリズム。
刻まれた死の言葉は、それを実行させる死言--プログラム。
そこから生まれた悪魔は、使役される行動端末デバイス。
IT用語をうまく置き換える事で、何とか理解に追いつけた。
ヴァルバニルによって仕組まれた機界仕掛けの大陸。



――これは、たった一度だけ語られる刀鍛冶ブラックスミスの異説である――



――そして、決着となりし最期の戦いへ挑む「聖剣の騎士」と「神剣の勇者」の新訳聖書である――



――物語から伝説、そして神話へと昇華する――



【独立交易都市ハウスマン・三番街商店大通り】



騎士になって1ヶ月。
生まれて初めての実戦で……何もできない弱い自分を知った。
誇りあるキャンベル家の剣と共に、心までへし折れてしまった。
負ける――
真っ先に浮かんだのは最初で最後の敗北。
三番街自衛騎士団所属、セシリーキャンベルにとって、この瞬間だけ世界が停止した。
静止した世界のすぐ隣で、無機物の光が生まれた。
キン――
何かを抜く音が聞こえた。
そして……一際眩き刃の光が彼女の前を翻した。
刹那のような斬光は、浮浪者が携える武骨な鉄の得物に切り込んでいく。
鉄が鉄を切り裂いていく。
素通り……と錯覚してしまうほどに。
僅かな近接火花ニアミスを残しつつ、『彼』と『剣』は彼女の前に現れた。

それは……見た事もない――

鳥肌が立つほどに美しい剣だった――

「あんた……前の戦争の生き残りか?」
そう彼が問いかけると、浮浪者はまるで大事なモノを隠すように「欠けた」左指を覆い隠す。
どうやら図星のようだ。
しばらく経過したあと、通り魔の騒ぎを聞きつけた自衛騎士団達が現場に到着し、浮浪者を連行していく。
騎士団の中に、栗色の長髪が靡く自衛騎士団の一人、凱の姿もあった。
一時の舞台が幕をおろし、あたふためいた市民達は落ち着きを取り戻していく。

「た、助かった!感謝する……」

「危ないです!騎士さん!」

彼に付き添っていた少女の警告も空しく、事は淡々と後進していく。
あれ、あれれ。
地面が沈んでいく?
自分だけどうして?
いや、違う。
恥ずかしいけど、やっぱりそうなんだ。

(腰が抜け……)

ドン。
数秒後に訪れるだろう大地との感触を、見えない両腕で受け止められていた。背中から伝わる暖かい気配に、セシリーには覚えがあった。

「こら、あまり無茶をするなよ。セシリー」

その声は灯のように暖かく、そして風のように優しく、大地のように雄々しい。
聴覚を優しく労わる声の主を、セシリーは知っている。
そして彼女はもう一人の『彼』に振り向いた。

「あっ!ガイ!」紅い髪の騎士が――

「あっ!ガイさん!」金色の髪の少女が――

「……ガイ?」左目の義眼の少年が――

三者三様が違う表現名で「彼」を呼んだ。
間一髪で彼女の危機?に間に合った事に、凱は胸をなでおろした。セシリーと行動を共にしていると、いつもこうなってしまう。
そんな様子を見ていた少年は、冷たい笑みを浮かべてくっくっく、と笑いをこぼしていた。

「大した騎士殿だな。ええ?」

「うるさい!黙れ!」

「笑っちゃだめですよ!ルーク!」

「知るか。リサ」

いつの間にか凱を除く三人は小嘲と反抗と否定のやり取りをエンドレスしていた。
取り残された凱は、浮浪者が振り回していた「鉄のオノ」を切り裂く閃光の正体を目撃した。
芸術の域に到達する刃の波。
崇高の精神を体現する刃の反り具合。
見間違えるはずのない柄と鍔。

(すごいな。まさか日本刀が見れるとは思わなかったな)

日本刀とは一言で言っても、刀師の技量によってその切れ味は激しく変化する。
繊細な切れ味を残す「業物」もあれば、もはや棍棒と大差ない「凡刀」にまで至る。
瞬間的に鉄を切り裂いたルークの刀は相当の業物なのだろう。

「セシリー、もう立てるか?」

「ああ、すまない……」

折れた剣をじっと見つめたまま、セシリーの瞳から光が失われた。力なく返事したセシリーの表情が、凱に一つの心配を抱かせる。

「そういえば、明日は騎士団の遠征があるんじゃないのか?」

そうだ。
代わりの剣をさがさないと、そう思った時、彼女の意識は別の世界へと飛んで行った。

――しかし、どうしたものだろう――

――まるで……心まで折れてしまったかのようだ――

「セシリー、君は自分の剣が折れてしまった時、強い敵を前にした時……『負ける』と思ったか?」
ドキっと、一瞬自分の心臓が跳ね上がった。
図星だった。
折れた心を読み上げられたような感覚に襲われた。
初めての実戦で、何もできないまま、確かに『負ける』と思った。
否定できない。

「これだけは伝えたい」

「ガイ?」

「一瞬でも『負ける』と思ったヤツは絶対に負ける」

真っ直ぐな凱の言葉は、セシリーの心に深くしみこんでいく。
ああ、だからなのか。
私を助けてくれた『剣』に対して、魂が震えたのは。
きっと、無意識で求めていたのかもしれない。
弱い自分を知った、思い知らされた、圧倒的に無力、だから欲しいと。

あの剣のような、『折れない勇気ココロ』を!

「あの剣ですか?」

どうやらセシリーは独り言を呟いていたらしい。それをリサが聞いていて、剣という単語に反応した。

「ナイショですけど……あれはルークが鍛錬した剣なんですよ」

「「何だって!?」」

凱とセシリーの驚愕が同調する。だが、二人は似て異なる意味で驚いていた。
剣の正体を、自分の世界の常識で知っていた凱だが、それをルーク自身が鍛錬した事で驚き――
セシリーは業物と製作者の両面で驚いていた。

「私達は7番街のはずれで鍛冶屋と営む工房「リーザ」といいます。またウチに来てくださいね。ガイさん!」

「ああ、また会おうぜ。リサ」

踵を返すリサとルークを見送り、二人はしばしの間立ち尽くしていた。

「少し前かな、二人に会った事があってさ……ってセシリー?」

当のセシリーは相槌も打たず、凱の言葉に反応を示さない。それどころかたった一つの望みを願っていた。
固唾を飲み、それはセシリーの全感情を一つに絞り込んでいた。

――欲しい――

――あの剣が欲しい!――
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