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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
  密談

午前四時。

大抵のMMOでもそうかもしれないが、著しくログイン率が落ちる時間帯にヒスイは降り立った。

場所は昨日、隊舎に戻る気力も湧かなかったので即時ログアウトした、領主館からほどなく離れた隘路の入口だ。首都内では対応した種族全員が即時ログアウトが可能なので、システム上の不都合はない。強いて言うなら現実世界の身体は横たわっているので、直立状態との整合性に軽く混乱を覚える程度だ、

古びた煉瓦で更生された角から頭を出し、領主館前の大通りを見渡すが、思った通り人影はほとんどない。

この時間帯はNPCの店前に出ている呼び込みも引っこんでいるため、普段の騒がしさが嘘のような、日の昇った直後の公園のような心地のいい静けさが辺りを包んでいた。

実際、ヒスイもこんな光景を見るのは初めてだった。

リアルでは大学生である関係上、ある程度時間にゆとりはあるとはいえ休みだとしてもどんなに遅くとも二、三時には落ちていた自分にとって、今のフリーリアは見知らぬ世界もいいところだ。

古参ゆえに久しく覚えていなかった未知にざわつく心を抑えながら、ヒスイはそっと隘路から抜け出して間近にある領主館まで走った。

街で一番デカく、そして一番重要度の高い領主館の入口には常時警備NPCがオプションとして貼りついている。まぁここまで敵対プレイヤーが入り込める余地などほとんど皆無のため、ほとんど置物状態ではあるが。

彼らの肩を叩きながら入館すると、領主館の中も外に負けず劣らず静かだった。もともと執政部や幹部連中以外はあまり来ない場所だ。そもそもの絶対数が少ないのだから、人口はこちらの方が少ないのだろう。

最上階まで吹き抜けの大ホールの真ん中まで来て「さて」と呟く。

ほとんど独り言のようなものだったが、円形にブチ抜かれたホール内では少しの音も反響によってよく響く。

即座にキンキンとうるさいハスキーボイスが降ってきた。

「あっ、おーい!ヒスイちゃん、こっちこっち!こっちだヨー!!」

―――朝っぱらからよーあのテンションで騒げるなぁ。

大きな耳をぺたりと曲げて(ケットシーの中でもできる者はそんなにいない)ヒスイは露骨に顔をしかめ、頭上を仰いだ。

こちらを天真爛漫に見返す大きな瞳と視線が交錯する。

はぁ、と溜め息一つはいて、ヒスイは言った。

「とりあえず、おはようさん。アリシャちゃん」

猫妖精(ケットシー)の領主はトウモロコシ色に輝くウェーブヘアを振って笑った。

「うん!おはよッ!」










ケットシー領主の執務室は領主館最上階、フリーリアの中でも最大の尖塔の屋根裏部屋のような円錐全てを指して言う言葉だ。

世界樹の幹から切り出された、サーバ内でも指折りの素材で作られた執務机には傷一つない。というか、もし仮に傷ついても自動修復するという、ある意味職人泣かせの最上位家具だったりする。

だがそのデスクの天板の上には辞書を十冊くらい重ねたような紙の山が山脈を形成し、一種の妖気チックなものを発していた。力尽きたように転がっているハンコと羽ペンが物悲しい努力をそこはかとなく語っている。

代わりに室内は床に転がっている菓子類を除けば、そこそこ片付いてはいる。まぁ比較対象が彼女個人が持つプレイヤーホーム――――通称ヌイグルミ地獄――――の時点で何か色々間違っているとは思うのだが。

執務室には執政部連中他、多数のプレイヤーが出入りするので片付けられないオンナ代表格のアリシャでさえ散らかせられないのだ。

だがそんな執務室の端っこに大きな寝袋(ネコ耳付き)を見つけ、ヒスイは胡乱な目つきで己が領主を見た。

「アンタまさか徹夜かぇ?」

「え、えへへ、バレちゃった……?」

チロッと舌を出すアリシャに心配九割の小言でも言ってやりたいのは山々だが、ヒスイとて彼女の立場を考えれば仕方がないとは思っている。先ほどの無駄なハイテンションも、きっと疲労ピークの先に到達した深夜テンションのハイという奴だろう。

だからヒスイは笑った。

「そーいや、待ち合わせの暗号やけど、ちょっとトリビアすぎひんか?」

「あ、気付いてくれたんだ」

「てかあの流れで気付かへんバカはそういないと思うがなぁ。……イチイが花ぁつけるんは四月。恐らくは時間指定だけど、その場合朝の四時か夕方の四時かの問題がある。けど、あんさんなら二十四時制の場合は他になんか言うやろ。したがって、四月はそのまま午前四時っちゅーことや」

すらすらと答え合わせをするヒスイに、完全にクイズを出す側の愉悦感に浸るアリシャはニヤニヤ笑いを隠しもせずに口を開いた。

「でも場所は?領主館なんてワタシは一言も言ってないヨ?」

「イチイの種小名は『cuspidata』。その意味は、鋭く尖った。アリシャちゃんが言う尖った建物なんて、こん街で一番トンガリのっぽの領主館(ココ)しかあらへんやろ?」

どや、とアリシャに視線を戻すヒスイだが、当の彼女は目をぱちくりしていた。

あん?と首を捻るヒスイの前で頬に冷や汗を流す領主は言葉を紡ぐ。

「しゅ、シュシメイ……?」

「……待て、それ考えてのアレやないんか?」

リアルに戻った後、ネットで調べていたのが急に恥ずかしくなってくる。この抜けた領主の機転の転がりやすさを信じた自分がバカだった。

結構本気で落ち込むヒスイの前でオロオロしながらアリシャは言い訳を口にする。

「だ、だってイチイって針葉樹じゃない?ほら、尖ってるし――――」

「しかもかなり程度低い……。それやったら他の、例えば分かりやすいトコでマツとかで言ったらええやないの!なんでわっかりにくいトリビア知識で攻めてくるんねん!」

「やだナーヒスイちゃん。分かりやすかったら暗号の意味がないヨ」

こンのポンコツは――――ッ!と羞恥心の地雷の上でタップダンスを踊られた挙句思いっきり煽られた女性は、己の尊厳をかけて下剋上を狙う。










ALOの時間は現実とは同期していない。

現実では午前四時であるにもかかわらず高く昇った日に照らされた執務室の中。

さて、と会話をいったんリセットしてヒスイは空気を叩き直した。

「んで、一度現状を整理させとこか」

その言葉に床に雑巾のように投げ捨てられていた領主、アリシャ・ルーは、紙の山脈の隙間から付箋でも貼ってあったかのようにスルリと一枚の用紙を抜き出した。その結果不安定になった地盤のせいで紙雪崩が発生するに至ったが、この部屋にいる二人のケットシーは気にするそぶりを見せない。

アリシャは領主としての顔に戻り、大きな耳をぱたぱた動かしながら用紙の文字に目を落とした。

「といっても分かってることなんてタカが知れてるヨ。火妖精(サラマンダー)のキャラバンがフェンリル・ラウンダーをテイミングしたケットシーに襲われたってことだけ」

「それなんやけど、真偽はどないなってんねん。画像――――は合成の可能性もあるから、最低限動画くらいは撮ってへんとイチャモンと同義やでこんなん」

「んー、一応執政部から調査団は派遣することになってるけど。……ヒスイちゃん、今回の騒動って、ぶっちゃけサラマンダー側の仕掛けたモノだと思う?」

領主の言葉に女性は肩をすくめた。

「可能性はなくもない、て感じかぇ。もっとも、その可能性自体は低いと思てるがなぁ」

今回の一件。

過激派として知られるサラマンダーにしては、取っている対応が穏健すぎる。普通ならばキャラバン襲撃を種にして戦争勃発、まではさすがにあの脳筋トカゲどもでもしないだろうが、何かしら難癖でも付けてあちらに有利な通商条約の一つでも持ち掛けてくるかもしれない。

だが、実際問題彼らが寄越したのは抗議文ただ一枚。要するに厳重注意だという、そのあってないような紙切れ一枚ぽっちだけだ。

あまりにもぬる過ぎる。いっそ気持ち悪いほどに。

「何かのブラフやはったり、の類ならかえって気も楽なんやけどなぁ」

おどけるヒスイにたまらず苦笑をこぼしながら、アリシャは言う。

「それを疑い出したらキリがないヨ。けど、これはそういう単純なモノじゃない可能性がある」

「……サラマンダー以外の種族からの、《攻撃》か?」

気付いてたんだ、とアリシャは言い、持っていた紙を適当に放り投げながら頷く。

「サラマンダーを《使って》の、ケットシーへの攻撃」

つまり、火妖精達は完全な被害者。交易キャラバンを襲われ、戦争の《火種》にされようとしているのだ。

サラマンダー(トカゲ)どもはそんことに気付いて、操られまいとしたが身内の過激派の声に圧され、結局抗議文で手を打った……ざっとこんなトコかぃな」

別に操られたままでいてもメリットはあっただろうに。

無駄な自尊心(プライド)は相変わらずやね、と溜め息を吐きつつヒスイは肩をすくめる。

「しかし、そうなると気になるんは敵さんの目的やね。主戦派に手を焼いて不安定になったマンダー連中の切り崩しか、あるいは――――狼騎士隊(ウチ)の押さえつけかぇ?」

「後者ならマズいかも。ただの領間戦争にドラグーンは出せない」

「……やっぱりフェンリル隊を押さえたのは早計やあらへんか?」

「しょーがないでショ。ああでもしなきゃ、また別の問題が噴出するんだもん。声が大きくなってる主戦派を完全に潰すには、あれくらいしなきゃ。ま、支持率の低下は仕方ないこととして割り切るっきゃないけどサ」

コケティッシュな唇に苦みのあるものを滲ませながら、小さな領主は苦悩の色を見せる。

支持率の低下は、裏を返せば信頼性の消失ということでもある。彼女にとって領民から向けられるその評価は身を切るより辛いものだったのだろう。

無理しおってからに、と。

その稲穂色の髪を梳くように撫でつけて、ヒスイは話題を変えた。

「――――となると、ウチに攻めてくる可能性のある種族って、マンダー連中以外におるけ?」

「ウーン、考えられるのは……水妖精(ウンディーネ)……とか?」

撫でられるままになっているアリシャは、おとがいに指を添えながら自信なさげに言う。

「アイツらか?でもあそこは、攻略第一やったろう」

ワールド南東部。三日月湾という丸く抉れたような湾口を根城にしているウンディーネは、その功績のほとんどをダンジョンや大規模なイベントクエストの踏破という形で残している、エリート志向のイケメン種族だ。

これまで領間戦争には不動の姿勢を崩したことがない彼らが、世界樹のグランドクエストもなくなった今、参戦する理由はあまりないように思える。

胡乱な視線を向けられたアリシャは、だらだらと冷や汗の感情表現エフェクトを伴わせながら口を開いた。

「で、でも、規模的にドラグーンとフェンリル抜きでウチとやりあえる種族って言ったら、ウンディーネかノームくらいしかいないヨ」

土妖精(ノーム)、か……。単純な距離で、ウチに攻め込む腹ならノームやろね」

だが攻め込むと言っても、システム的にそれはできない。いや、正確にはできるはできるが、必ず負けるのだ。

領内では、その領の種族に属する者のHPバーは不変になる。逆に言えば、属していない他領のプレイヤーを袋叩きにできるのだ。昨夜、サラマンダーの小隊が領内に踏み込まず、外を飛び回っていたのはそのせいである。

―――当然、必ず負けるようなバンザイアタックをやるつもりやない。必ず他に目的がある。

ALOの仕様上、全面戦争にはなりづらいのは、この一点につきる。

領主が討たれない限り、プレイヤーにはマップ上に必ず絶対の安全地帯(セーフティゾーン)が確保されているのだ。だからこそ、領主の安全は絶対なのだが。

その、種族の命運をも握っているともいえる領主のうちの一人は言う。

「……ねぇ、ヒスイちゃん。敵の狙いが、それだけじゃなかったら?全面戦争――――だけじゃなくて、《その先》を見つめて、狙ってたら」

「当然、そうやろなぁ。もっと捻くれた目的があってこその行動やろ」

違う、と端的にアリシャは言った。

「今回、フェンリル隊を押さえたのは、主戦派のことももちろんあるけど、まだ理由があるんだヨ」

「理由、やて?」

そう、と領主は、領主の顔をして頷いた。

「敵がフェンリルを押さえにかかってるんじゃないとしたらどうなると思う?」

「そのまま戦線へ送りこめっちゅーことか?」

しかし、そんなことをして何になるというのだろう。

フェンリルの力は強大だ。ただでさえフィールドMobの中でも最高クラスのステータスを持つ巨獣が実に三十体近く、個ではなく群れで、しかもプレイヤーを乗っけて襲い掛かってくるのだ。正直、下手なイベントボスよりよほど手ごわいだろう。

仮に地底世界(ヨツンヘイム)に行く邪神狩りパーティーとブチ当たっても、真正面からブチ抜ける自信がある。

――――と、ヒスイはそこまで考えたところで。

「……まさか」

何かに気が付いたかのように――――否、何かを思い出したかのように顔を強張らせる。

「まさか、《ソレ》が狙いか!?真正面からトカゲどもの精鋭を蹴散らして、フェンリル隊の名声をわざと上げさせる!」

それは昨夜、誰あろうアリシャ当人が口にしていた懸念事項。

フェンリル隊そのものの功績が閾値を超えたために増加し始めた、不平不満。

不平等を叫ぶ彼らプレイヤー達の声は、やがて運営体に届くことになる、と。

そう、と領主は神妙に頷いた。

「奴らの狙いは、一時的な戦国乱世の再来なんて小さなコトじゃない。まだ可能性の域を出ないけど、本格的に猫妖精(ウチ)を潰す気なんだヨ」

「――――ッ!」

どすん、とデスクの天板に寄りかかる。

そのままズルズルと床に座り込みながら、ヒスイは掠れた声を絞り出す。

「……もし、そうやったら……キッツいなぁ」、

「昨日、サラマンダー相手にフェンリルを出撃()さなくて良かったヨ。もし戦わせてたら、思う壺だっただろうから」

アリシャは、残酷な慰めなど口にしなかった。事務的なことを冷静で頑なな口調で語る。

そうしないと、やってられないとばかりに。

その声に後押しされたように、ヒスイは顔を上げた。一つだけ深呼吸し、萎えかけていた意識を切り替える。

「……アリシャちゃん、実際問題、コレどうやったら収拾つくと思う?」

ぶっちゃけ、今のケットシー情勢はかなり厳しい。

敵の狙いがアリシャの言うように、ケットシーそのものに対する不平不満の爆発。そしてそれによるテイミングスキルの弱体化(ナーフ)だった場合、秘蔵のドラグーン隊を出す訳にもいかなくなった。

さらに世論関係でも、キャラバン襲撃の件や昨夜の騒動のせいもあって、こちら側がやや悪い。いざ矢面に立たされた時に非難される率は高いだろう。

一番のいい方向性は、このまま何もなくほとぼりが冷めるまでじっとしていることだが、これがただ運が悪いだけの突発的現象でなく、明確な悪意――――黒幕がいる限り、二の矢三の矢は放たれるだろう。そして、今の情勢ではその矢一発だけで致命傷となりかねない。

八方塞がりや、とばかりに肩をすくめる狐耳の猫妖精に、領主は焦点を遥か遠く見据えさせながら、ぽつりと言った。

「……レンくんが、いたらなぁ」

ケットシーの誇る《個》。

ドラグーン隊やフェンリル隊とは違う。一騎当千を凝縮したような究極の個体戦力。

彼がGGOに行っていなかったら、と嘆くアリシャに、ヒスイはため息交じりに口を開いた。

「それも、敵さんの狙いやったんやろうな」

実際、今回の出来事はほぼほぼレンがいたら片が付く内容だ。

レンが仮に、サラマンダーや黒幕を真正面から堂々と打ち倒したとしても、プレイヤーの不満はケットシーには向かない。彼の実力のほどは知れ渡っているので、そのほとんどは畏怖と尊敬とほんの少しの呆れとなってレン本人に矛先が向くはずだ。

そして、あの少年がいればという領主の苦悩は別の意味をも含んでいる。

それは、少年がいない現状はいつまでもは続かないという話だ。GGOで大会に殴り込みに行っているというレンの言を信じれば、彼は最低でも大会の終わる今日の夜にはまたALOに再コンバートを果たすだろう。

当然、敵側が盤上の全てをひっくり返すジョーカーの帰還をただ待っているとは考え難い。必ず、今日中――――夜までに何かを仕掛けてくるはずだ。

―――けど、その迎撃にフェンリルを使えないとなると厄介やんなぁ……。

だが。

ぼんやりと思考を彷徨わせていたヒスイは、そこで口角を上げた。

聴覚に設定されたサウンドエフェクトが響き渡り、視界の中央にメーラーウインドウが立ち上がる。経った今届いたメールに短く返信を返しながら、女性は静かに立ち上がった。

雰囲気が変わったヒスイの様子に尻尾をくねらせる領主に不敵な笑みを投げかけ、女性は執務室の中を横断する。

「……けど、まだこっちにも切れる手はあるぇ、アリシャちゃん」

重厚な執務室の扉。

その向こう側から、規則正しい一人分の足音が聞こえ、消える。

思わず身構える領主を手で制しながら、狐耳の麗人はゆっくりと取っ手に手をかけた。

「隊長に匹敵する戦力、それもとびっきりや」

ばーん、と勢いよく引かれるドア。

そこに所在なさげに立っていたのは――――

「あ、あの……おはようございます」

一人の、巫女服を着た女性だった。










炎獄(テスタロッサ)》カグラ。

旧運営体時代――――あの今では伝説的なまでになった、なし崩し的になくなったグランドクエスト。

世界樹攻略戦。

それまでは猫妖精(ケットシー)に突如現れた新米巨星、《終焉存在(マルディアグラ)》レンホウとともにフェンリル部隊建て上げやケットシーそのもののために働いてくれたプレイヤーだ。

その正体があの少年が血みどろで救い上げた一人の真っ白な少女と同じく、普通ではないAIであることを知っている者は少ない。アリシャを初めとし、立場上レンと接する機会が多かったヒスイもその一人だが。

だがグランドクエストが消え、その穴埋めというように新運営体――――《ユーミル》が新マップ《アインクラッド》の追加や限界飛行時間の廃止などを経た後、すなわち世界樹攻略のために設立したフェンリル隊の存在理由が必然的にいくらか薄まった結果、それに呼応するかのように彼女との繋がりも薄くなった。

彼女は普段、レンのプレイヤーホームでとある少女のお守りとして座しているため、レンがここ、ケットシー首都《フリーリア》に来る際にも会う機会がなかったのだ。

そんな巫女が、今こうして扉の前に立っている。

その事実にちっこい領主は数秒の間固まっていたが、彼女と付き合いの深いヒスイには分かる。あのきょとんとした顔の裏では、絶対腹黒い打算と謀略が渦巻いている。

とはいえ、カグラとの絡みを話さなければ話が手を離れてどこかへ行ってしまう。

カグラはもともとそこまで話すタイプではないので、放って置いたらどこまでも沈黙を貫き通してしまう。

「あー……そんで、カグラちゃんが今回の助っ人や。正直、隊長の穴は充分埋めてくれると思うで?」

うりうり、と濡れ羽色の黒髪を撫でつけるヒスイに若干引きながら、巫女服の麗人は艶やかな声を発した。

「我が主の代わりを務められるとは思いませんが、微力を尽くしましょう」

よろしくお願いいたします、と礼儀正しく頭を下げるカグラに、フリーズしていたアリシャはさすがの胆力で持ち直す。

「な、なんでカグラちゃんが……え?助っ人?」

訂正、全然持ち直してなかった。

ハテナマークを浮かべて混乱する領主に艶やかな笑みを浮かべながら、ヒスイは肩をすくめる。

「ちょーど困っとったみたいでなぁ。助ける代わりに力貸してくれへん?って言うたんよ」

「困ってた?」

「えぇ」

アリシャの問いに巫女は唇を苦々しく歪め、腰に下げた大太刀の柄にそっと手のひらを添えた。

「アスナやテオドラなど知人にもあたってみましたが、なにぶん一人では限界がありまして。自分の至らなさに反省する思いです」

「いんやぁ、そら一人ぽっちでワールド全部から探し出すのは無理っちゅーもんや。それに、結果として力ぁ貸して貰えるんや。こっちとしても助かるぇ」

「??……つまり、どういうことなの?」

小首を傾ける領主の顔を見、カグラは美しい眉丘をハの字に歪ませ、口を開き、事情を説明しだした。

「実は――――マイが行方不明でして……」 
 

 
後書き
もう全部レン君(ry
レン君の強さはALOの時点で飽和して悩んだ過去があったりします。さすがに主人公が、もう全部あいつでいいんじゃね状態になってしまうと、私の大好きなカタルシスが生まれません。まぁつまり、並み居る敵が路地裏のチンピラレベルになったら物語としてそりゃどーなの状態になるというこってす。
GGOの最後、対災禍の鎧Mk2戦のラストが複数人による攻略戦めいたのは、そんな背景があったからこそでございます。SAO、ALO通してレン君ピンチ!→レン君覚醒が常套化しておってな……。
しかし無邪気はGGOで終わるわけもなく、これからは最大の山場のアリシ編が控えております。それに対してのスタンス決めというか、いい加減こやつの方向性や指針という確たるものを決めたろうぜ、ということもあり、出した一つの解が今編における『レンという存在自体の兵器化』です。
全に対する最終兵器扱い。まさかの核兵器扱いされる主人公爆誕。
オイこれのどこが主人公なんだと言われるかもしれませんが、力をどんどんつけていったらまぁ、遠からずこうなるよな、と思っちゃうんですよね。これで変わらないほうがおかしいZE☆
今編のテーマの一つ、『他人から見た時のチート主人公の扱い』でした。 
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