Sword Art Rider-Awakening Clock Up
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標的
1人で下層まで帰るのが怖いと言うヨルコを、最寄の宿屋まで送り届けてから、俺とキリトとアスナはとりあえず転移門広場まで戻った。
事件から30分ほど経過し、さすがにもう人の数は減りつつある。それでも、俺達3人の報告を聞くために20人近い、主に攻略組のプレイヤー達が待機していた。
俺達は彼らに、死んだプレイヤーの名前が《カインズ》であること、殺害の手口は今のところまったく不明であることを伝えた。そして、ことによると、未知の《圏内PK》手段が存在するかもしれないという危惧も伝えた。そして、ことによると、未知の《圏内PK》手段が存在するかもしれないという危惧も。
「……そんなわけだから、当面は街中でも気をつけるようにしたほうがいいと、出来る限り広範囲に警告してくれるか」
キリトがそう締めくくると、皆一様に真剣な表情で頷いた。
「わかった。情報屋のペーパーにも載せておくように頼んでおく」
大手ギルドに所属するプレイヤーが代表してそう応じたのを潮に、その場は解散となった。
俺は視界隅の時刻表示をちらりと確認した。時刻は夜の7時過ぎだった。
「さて……、次はどうする?」
キリトが隣の2人に訊くと、わずかな間も置かずに俺から返答が来た。
「手持ちの情報を検証する。凶器のスピアと、カインズを吊るしたロープの出所がわかれば、そこから犯人に近づけるだろう」
「なるほど、物証ってわけか。となると《鑑定スキル》がいるな。お前ら、上げてる……わけないよな」
「当然、キミもね。……ていうか……」
そこでアスナは表情を動かし、ジロッとキリトを見た。
「その《お前》っていうのやめてくれない?」
「え?……あ、ああ……じゃあ、え~と……《あなた》?《副団長》?……《閃光様》?」
最後のは、アスナのファンクラブが発行する会誌で用いられる呼称だ。効果覿面、レーザーの如き視線でキリトを睨み、アスナはプイッと顔を背けて言った。
「普通に《アスナ》でいいわよ。ネザーさんも、今後は普通にそう呼んでくれていいわよ」
「………」
無言のまま頷く。
「で、鑑定スキルだけど……フレンドとかにアテは……?」
「ん~」
アスナは一瞬考え込んでから、すぐに首を振る。
「友達に、武器屋やってる子が持ってるけど、今は1番忙しい時間だし、すぐには頼めないかなぁ……」
確かに今頃は、1日の冒険を終えたプレイヤーが装備のメンテや新調に殺到する時間帯だ。
「エギルに頼めばいい。あいつなら問題はないはずだ」
「そうか。……確かにそうだな」
俺の意見を聞いた瞬間、キリトは考える間もなく同意した。
「エギルって確か……あの大柄な人?雑貨屋をやってる人……だっけ?」
「ああ、そうだよ」
「異存はないな」
早速ウィンドウを広げ、メッセージをたったか打ち始めた俺に、アスナが口を挟んだ。
「でも、雑貨屋さんだってこの時間は忙しいでしょ?」
「だとしても、他にアテがない。俺は1秒でも速く証拠品を鑑定してもらいたいんだよ」
と答え、俺は容赦なく送信ボタンを押した。
第50層主街区《アルゲード》は、転移門から出た3人を、相変わらずの猥雑な喧騒で出迎えた。
まだ転移門が有効化されてからそれほど経っていないというのに、すでに目抜き通りの商店街には無数のプレイヤーショップが開店し、軒を重ねている。その理由は、店舗物件の代金が下層の街と比べても驚くほど安く設定されていたからだ。
当然、それに比例して店は狭く外観も汚いが、このアジア的……あるいは某電気街的混沌が好きだというプレイヤーも多い。俺とキリトもその1人で、俺はすでにここのプレイヤーホームを買って過ごしている。
エキゾチックなBGMと呼び込みの掛け声に、屋台から流れるジャンキーな食い物の匂いがミックスされた空気の中を、2人がアスナを先導して足早に歩いた。白い騎士服のミニスカートから惜しげもなく生足を晒した細剣使いの姿は、この街では少々目立ちすぎる。
「おい、急ごうぜ……って」
左斜め後方の足音が遠ざかったのを意識して振り向いたキリトは、眼を剥いて喚いた。
「なに買い食いなんかしてんだよ!」
怪しげな屋台で怪しげな串焼き肉をお買い求めになったアスナは、あぐりと一口かじってから、悪びれずに答えた。
「だって、さっきサラダつついただけで飛び出してきちゃったじゃない。……うん、これ、結構イケるわよ」
モグモグと口を動かしながら、はい、と左手に握ったもう2本の串を俺とキリトに差し出してくる。
「へ?くれるの?」
「だって、今日は最初からそういう話だったでしょ」
「あ……ああ……」
反射的に頭を下げたキリトは両手で2本の串を受け取り、片方を俺に渡した。キリトはようやく、奢りフルコースが奢り串焼きになってしまったことを悟った。
エスニックな味付けの謎肉をガツガツ頬張りながら、キリトは、いつか絶対この女に手料理を作らせてやるという決意を漲らせた。
目指す雑貨屋に到着したのは、3本の串が綺麗になるのとほぼ同時だった。俺はこちらに背を向けている店主に呼びかけた。
「エギル」
「……《いらっしゃいませ》なんて言わねぇからな」
雑貨屋店主の斧戦士《エギル》は、その巨躯と魁偉な容貌に似合わないむくれ声でそう唸り、狭い店内の客に呼びかけた。
「すまねぇ、今日はこれで閉店だ」
えーっ、という客の不満な声に、逞しい体をペコペコ縮めて謝罪しつつ全員を追い出し、店舗の管理メニューから開店操作を行う。
カオス極まる陳列棚が自動で収納され、ギーバッタンと表の鎧戸が閉まったところで、エギルはようやく振り向いた。
「あのなぁネザーよう、商売人の渡世は一に信用二に信用、三、四が無くて五で荒稼ぎ……」
怪しげな警句は、白い騎士服に身を包んだプレイヤーを見た瞬間フェードアウトした。禿頭の下回りを囲む髭をプルプル震わせて棒立ちになるエギルに、アスナは清楚な笑顔と共に頭を下げた。
「お久しぶりです、エギルさん。急なお願いをして申し訳ありません。どうしても、あなたの力を貸してほしいんです」
雑貨屋の2階で事件のあらましを聞いたエギルは、さすがに事の重大さを察したかのようで、突き出た眉綾の下の両眼を鋭く細めた。
「圏内でHPがゼロに……?デュエルじゃないというのは、確かなのか?」
太いバリトンで唸る巨漢に、椅子に体を預ける俺はゆっくり頷く。
「勝利者表示を発見できなかった。あれだけの観衆の中で誰も発見できなかったのはおかしいが、今はそうとしか考えられない」
「仮にデュエルだとしても、飯を食いに来た場所でデュエルの申し込みを、ましてや《完全決着モード》を受諾するなんてあり得ない」
「直前までヨルコさんと歩いていたなら、《睡眠PK》の線もないしね」
小さな丸テーブルの上のマグカップを揺らしながら、アスナが補足する。
「だが、突発的デュエルにしては遣り口が複雑すぎだ。事前に計画されたPKなのは間違いない。そこで、お前の《鑑定スキル》の出番というわけだ」
俺はウィンドウを開き、アイテムストレージからまずカインズを吊るしたロープを実体化させ、エギルに手渡した。
テーブルの脚に結束されていた方の先端は当然回収した時に解けているが、その反対側はまだ大きな輪になったままだ。
エギルはその輪っかを目の前にぶら下げ、嫌そうな顔で鼻を鳴らすと、太い指でタップした。
開かれたポップアップウィンドウから、《鑑定》メニューを選択する。スキルを持たない3人がそれをしても失敗表示が出るだけだが、商人のエギルなら、ある程度の情報を引き出せるはずだ。
果たして巨漢は、ウィンドウの中身を、太い声で解説した。
「……残念ながら、プレイヤーメイドじゃなくNPCショップで売ってる汎用品だ。ランクもそう高くない。耐久度は半分近く減ってるな」
俺はあの恐ろしい光景を脳裏に再生させながら頷いた。
「だろうな。あんな重装備のプレイヤーをぶら下げたほどだ。すごい加重だったはずだ」
しかし殺人者にしてみれば、カインズのHPがゼロになり、爆散するまでの十数秒を保てばこと足りたわけだ。
「まあいい。ロープにはそれほど期待してなかった。本命はこいつだ」
俺は開いたままのアイテムストレージをタップし、別のアイテムを実体化させた。
黒く輝く短槍は、狭い部屋の中では、いっそう重々しい存在感を放っているように思えた。武器のランクで言えば、俺やキリト達の主武装とは比較にならないほど下だろうが、そういう問題ではない。この槍は、1人のプレイヤーの命を残酷な手口で奪った、本物の《凶器》なのだ。
俺はどこかにぶつけないよう、慎重に槍をエギルに手渡した。
このカテゴリーの武器にしては珍しく、全体が同一素材の黒い金属で出来ている。長さは1メートル半くらいか、手元に30センチのグリップがあり、柄が続き、先端に15センチの鋭い穂先が光る。
特徴は、柄のほぼ全体にびっしりと短い逆棘が生えていることだ。それによって、一度深く突き刺さると抜けづらくなる特殊効果を生み出しているのだ。引き抜こうとするなら、かなり高い筋力値が要求されるだろう。
この場合の筋力値とは、プレイヤーに設定された数値パラメーターと同時に、脳から出力されナーブギアが延髄でインタラプトする信号の強度をも意味する。あの瞬間、死の恐怖に呑まれた鎧男カインズは、仮想の体を動かすための明瞭な信号を生成することができなかった。両手で掴んだ槍をまったく動かせなかったのも無理はない。
そう考えれば、これはただの突発的PKではなく、《計画殺人》という思いが改めて強くなる。それほどに、《貫通継続ダメージ》による死は残酷なものなのだ。相手の剣技でも、武器の威力でもなく、自分自信の恐怖に殺されたのだ。
俺の一瞬の思考を、鑑定を終えたエギルの声が破った。
「プレイヤーメイドだ」
3人は、同時にガバッと身を乗り出した。「本当か!」と思わず叫ぶ。
プレイヤー作成者、つまり《鍛冶スキル》を習得したプレイヤーによって作成された武器ならば、必ずその武器を作成したプレイヤーの《銘》が記録される。そして、この槍はおそらく、特注仕様のワンオフものだ。作ったプレイヤーに直接訊けば、発注・購入したのが誰だか覚えてる可能性も高い。
「誰ですか、作成者は?」
アスナの切迫した声に、エギルはシステムウィンドウをを見下ろしながら答えた。
「《グリムロック》……。聞いたことねぇ名前だな。少なくとも一線級の刀匠じゃねぇ。それに武器自体も、特性の《貫通継続ダメージ》以外は特に変わったところはない」
商人クラスのエギルが知らない鍛冶屋を、3人が知ってるわけもなく、狭い部屋には再び短い沈黙が満ちた。
しかしすぐに、アスナが硬い声で言った。
「でも、手掛かりにはなるはずよ。このクラスの武器を作成できるレベルに上がるまで、まったくのソロプレイヤーを続けてるとは思えないわ。中層の街で聞き込めば、その《グリムロック》とパーティーを組んだことのある人がきっと見つかるわ」
「確かにな」
キリトは深く頷き、エギルの手中のシュートスピアを見た。
「ま……グリムロックを見つけたとしても、まともな話ができるとは思えないがな」
それには俺とアスナも同意見だった。
確かに、カインズを殺したのは、この槍をオーダーした未知のレッドプレイヤーであって、鍛冶屋グリムロックではないはずだ。自分が制作し、《銘》が記録された武器で誰かを殺すというのは、現実世界で凶器の包丁に名前を書いてから人を刺すのに等しい。しかしその一方、ある程度の知識と経験がある職人プレイヤーなら、この武器が何のために設計されたものなのか推察できるはずなのだ。
《貫通継続ダメージ》は、基本的にモンスター相手には効果が薄い。アルゴリズムによって動くMobは、恐怖を知らないからだ。貫通武器を突き刺されても、ブレイクポイントが発生し次第、むんずと掴んで引っこ抜いてしまう。当然、その後親切に武器を返してくれるわけもなく、遠く離れた場所にポイッと捨てられたそれは戦闘が終わるまで回収できない。
ゆえに、この槍は対人使用を目的として作成されたものだということになる。3人が知る範囲の鍛冶屋なら全員、仕様を告げられた時点で依頼を断るはずだ。
なのに、そのグリムロックは槍を作り上げた。
殺人者本人ということはないと思うが、鑑定すれば容易く名前が割れてしまうことを予測できなかったとすれば、倫理観のかなり薄い人物か、あるいは密かにレッドギルドに属しているということすらあり得る。
俺は思考を凝らし、がめつい商人に最後の質問をした。
「念のため、武器の固有名を教えてくれ」
エギルは、三たびウィンドウを見下ろした
「えーっと……《ギルティソーン》となっている。罪の茨、ってとこか」
「………」
改めて、俺はシュートスピアの逆棘を眺めた。もちろん、武器の名前はゲームシステムがランダムに命名したものだ。だから、その単語自体に何らかの《意思》が込められているわけではない。
だが俺は、違う見方で捉えていた。
「罪の……茨……」
囁くように呟いた声には、どこか寒々とした響きを帯びていた。
翌日、やけに得心した感じのヨルコと、探偵トリオの3人は、昨夜夕食を食べ損ねた第57層主街区《マーテン》のレストランのドアを潜った。
朝の時間だけあって、店内に他のプレイヤーの姿はなかった。一番奥まったテーブルにつき、チラリとドアまでの距離を確かめる。これだけ離れた位置にいれば、大声で叫びでもしない限りは、店の外まで会話が漏れることはない。
ヨルコも朝食はもう済ませたというので、4人同じお茶だけをオーダーし、速攻届いたところで改めて本題に入る。
さっと首を振ってから、アスナが最初の重要な質問を放った。
「ね、ヨルコさん。あなた、《グリムロック》って名前に聞き覚えある?」
俯けられたヨルコの顔が、ピクリと震えた。
やがて、ゆっくりとした、しかし明確な肯定のジェスチャーがあった。
「……はい、知ってます。昔、私と《カインズ》が所属していたギルドのメンバーです」
か細い声に、3人はチラッと視線を見交わした。
やはり関係者だったか。となれば、そのギルドで今回の事件の原因となる《何か》があったのかどうかも確認せねばならない。
今度は、俺が2つ目の質問を発した。
「ヨルコ。俺は今回の事件が、カインズがそのギルドで起こした何らかの出来事のせいで、犯人の恨みを買い、殺されたのではないかと考えてる。そして、昨日カインズの胸に刺さっていたあの黒い槍は、グリムロックが作成した武器だと、鑑定してわかった」
最後の一言を聞いた途端、ヨルコは両手で口を覆い、驚愕の表情を浮かべた。
「その反応、何か心当たりがあるんだな」
俯いたまま、長い沈黙を続けた後、微かに震える唇を動かした。
「……はい……、あります。昨日、お話できなくて、すみませんでした。忘れたい……あまり思い出したくない話だったので、無関係だと思いたかったこともあって、すぐには言葉にできなくて……。でも、お話します。あの出来事のせいで、私達のギルドは消滅したんです」
ヨルコはゆっくりと唇を動かし、話す。
ギルドの名前は、《黄金林檎》といいました。攻略目的でもなんでもない、総勢たった8人の小ギルドで、宿代と食事代のためだけに安全な狩りだけしていたんです。
いわゆる、生き残りたい者達の寄せ集めギルドと言ったところ。
でも、半年前……中層のサブダンジョンに潜っていた私達は、たまたま遭遇したレアモンスターを倒すことに成功しました。そして、あるアイテムをドロップしたんです。
そのドロップしたアイテムは、敏捷力を20も上げる指輪だったんです。当時は、そんなマジックアクセサリー、今の最前線でもドロップしていないと思ったんです。
ギルドで使うという意見と、売って儲けを分配するという意見に割れて、喧嘩に近い言い合いになった後、多数決で決めました。結果は、5体3で売却でした。そこまでのレアアイテムは、とても中層の商人さんには扱えないので、前線の大きな街で競売屋さんに委託するため、ギルドリーダーの《グリセルダ》さんが一泊する予定で出かけました。
__でも、グリセルダさん、帰ってこなかったんです。
メッセージの1つも届かなくて。位置追跡しても反応ないし、こちらからメッセージを送信しても返事が来ませんでした。嫌な予感がして、何人かで黒鉄宮の《生命の碑》を確認しました。
そしたら__。
ヨルコはそこでギュッと唇を噛み、何度も首を左右に振った。
辛い、と言うべきか、ヨルコはやがて目尻を拭うと顔を上げ、震えてはいるがはっきりした口調で告げた。
「私達は、グリセルダさんが死んだことを知りました。死亡時刻は、グリセルダさんが指輪を持って上層に行った日の夜中でした。死因は……《貫通属性ダメージ》だったようです」
「……そんなレアアイテムを抱えて圏外に出るはずがないよな。てことは……《睡眠PK》か」
キリトが呟くと、アスナも微かに首肯した。
「半年前なら、まだ手口が広まる直前だわ。宿代を節約するために、ドアロックできない公共スペースで寝る人も少なくなった頃よ」
「だが偶然起きたPKとは考えにくい。グリセルダを狙ったのは、指輪のことを知っていたプレイヤー……つまり……」
俺の後に続くように、瞑目したヨルコが、コクリと動かした。
「《黄金林檎》の、残り7人の……誰か。私達も、当然そう考えました。ただ……その時間に、誰がどこにいたのかを遡って調べる方法はありませんから……皆が皆を疑う状況の中、ギルドが崩壊するまでそう長い時間はかかりませんでした」
再び、重苦しい沈黙がテーブル上を這った。
気に入らない話だ、とても。同時に、充分にあり得ることだ。
万に一つの幸運でドロップしたレアアイテムが原因で、仲良しギルドが崩壊の1歩手前になるという例は珍しくない。噂話でもあまり聞かないのは、当事者達にとっては消し去りたいだけの記憶だからだ。
沈鬱な表情で俯く年上の女性に、キリトはあえて乾いた声で言う。
「売却される前に指輪を奪おうとし、グリセルダさんを襲った。だとすれば、中でも怪しいのは売却に反対したメンバーだろう」
「そういえば、グリムロックというのは……どんな奴だ?」
突然、俺からその名前を切り出され、キリトとアスナは思わずまっすぐに座り直した。
「彼は、ギルドのサブリーダーで、グリセルダさんの旦那さんだったんです。もちろんSAOでの、システム上ですけど」
「え……、リーダーさんは、女の人だったの?」
「ええ。グリセルダさんは、とても強い剣士で……と言っても中層での話ですけど……美人で、頭もいい人でした。グリムロックさんは、いつもニコニコしてる優しい鍛冶屋さんで、とても仲のいい夫婦だと、いつもギルドのみんなで言ってました」
この先は、重い空気を流すような口調になった。
「でも……グリセルダさんが死んだことを知った直後からは、とても荒んだ感じになっちゃって……ギルド解散後は誰とも連絡を取らなくなっちゃったんです。だから、今どこにいるのかもわからないんです」
「……じゃあ、グリムロックさんもショックだったでしょうね。最愛の人を殺されてしまって」
アスナの呟きに、ヨルコはぶるっと身体を震わせた。
「はい。もし、昨日の事件の犯人が、グリムロックさんなら……あの人は、指輪売却に反対した3人を、恨んでいるでしょうね」
わずかに視線を逸らしたヨルコは、思いがけない言葉を放った。
「……実は……指輪の売却に反対した、3人のうち2人は……私とカインズなんです」
それを聞いた瞬間、3人は思わず身体を震わせ、自分達の掛ける椅子が揺れた。
「なら、残りの1人は誰だ?」
「《シュミット》という男です。今は攻略組の、《聖竜連合》に所属していると、聞きました」
「シュミット……」
「どこかで聞いた事のある名前ね」
キリトとアスナは首を捻りながら、聞き覚えのあるその名前を思い出そうとした。
「ランス使いの大柄な男。聖竜連合のディフェンダー隊でリーダーを務めている奴だ」
俺の説明を聞いた途端、2人の記憶に残っていたシュミットの顔が、脳裏に浮かんだ。
「……ああ、あいつか」
「シュミットをご存じなんですか?」
「まぁ、ボス攻略で、たまに顔を合わせる程度だけど」
ヨルコが身体を少し前に倒し、顔を前方と横側に近づけ、言った。
「シュミットに会わせてもらうことはできないでしょうか? 彼が今回の事件のことを、まだ知らないとしたら、彼も……カインズのように……」
その言葉を聞いた瞬間、すぐさまアスナが返答する。
「わかりました。聖竜連合にいるわたしの知り合いに頼んでみるわ」
アスナの横顔に視線を移して、キリトが続けた。
「なら、ヨルコさんを宿屋に送らないとな」
次いで、ヨルコに視線を移し替えた。
「ヨルコさん、俺達が戻るまで、絶対に宿屋から外に出ないでくれ」
「……はい」
ヨルコは、ゆっくりと頷きながら返事をした。
3人は、ヨルコを元の宿屋に送り届けた後、数日分の食料とアイテムを渡して絶対に宿屋から出ないよう言い含めた。
せめてもの配慮として、宿屋でもっとも広い三部屋続きのスイートに移動してもらい、料金も1週間分で前払いしておいたが、暇つぶしにネットゲームをすることもできないアインクラッドでは閉じこもっているにも限度がある。なるべく速く事件も解決すると約束し、3人は宿屋を後にした。
「……ほんとは、《血盟騎士団》の本部に移ってもらえればもっと安心なんだけどね……」
アスナの言葉に、俺とキリトの2人は55層主街区である《グランザム》に新設されたばかりの血盟騎士団本部の威容を思い出しながら頷いた。
「まあな……。でも、本人がどうしても嫌だっていうなら、無理強いもできないしな」
「甘いな。痛めつけてでも移せばよかったんだ」
ヨルコを血盟騎士団……KoB本部で保護するためには、事情をギルドにあまさず説明せねばならない。それはつまり、半年前の《黄金林檎》解散劇の一部始終を話さなければならないということだ。ヨルコはおそらく、最強ギルドであるKoBに知られたくないため拒んだのだろう。
転移門広場まで戻ると同時に、街に午前11時の鐘が響いた。
雨はようやく上がったが、代わりに濃い霧が漂い始めた。
霧に包まれた街中を横3列に並んで歩きながら、3人は事件の検証を行っていた。
途中、アスナが2人に意見を求めた。
「君達は、この圏内殺人の手口をどう考えてる?」
「そうだな……」
キリトが首を少し上に向け、考えていると、俺がその間に割って入った。
「俺は3通りだ」
俺の推測し見出した圏内殺人事件の手口は、
1つ目は《正当なデュエルによるもの》。
2つ目は《既知の手段の組み合わせによるシステム上の抜け道》。
3つ目は《圏内の保護を無効化する未知のスキル、またはアイテム》。
しかし__。
「いや、この3つ目はない」
「「なぜ?」」
キリトとアスナは、ほぼ同時に口を動かす。
「……フェアじゃないからだ。SAOのルールは、基本的にフェアネスを貫いている。圏内で殺人なんて、この世界が………《茅場》が認めてるはずがない」
実のところ、3つ目の推測には、俺だけが知っている《オートマトン》と《メタヴァーミン》が含まれていた。
デスゲームが始まったあの日……最初のオートマトンを倒して以来、アインクラッドに寄生虫の如くオートマトンが繁殖している。そして少なからずメタヴァーミンも確認されている。
彼らはは大抵、人の姿で紛れ込んでいるケースが多い。以前、《コペル》のようにオートマトンに擬態された者や、すでにメタヴァーミンに変化した《ロザリア》のような連中が、すでにSAO内に潜んでいる可能性は高い。
俺は最初、カインズを殺したあの黒い槍または殺害方法が、怪人達の仕業ではないかと考えた。
この推理が正しいかどうかはまだ判断できない。ただ、はっきり言えるとすれば、奴らは人智を超えた存在だ。圏内での保護を無効化する力があってもおかしくない。
しかし、これはあくまで俺1人だけが知ってる事実だ。もしキリトとアスナにこのことを話せば、俺自身の正体が危うくなる。だから話そうにも話せない。話しても信じてもらえないだろうから、どの道自体に収集はつけられない。
故に今回だけは、オートマトン絡みでないと願っている。それこそ俺がこの事件に首を突っ込んだ最大の理由なのだから。
他の2人のように、ヨルコを哀れんだわけではない。ただ、カインズを殺した《圏内PK》の手口を突き止め、本当に怪人と無関係かどうか確かめたいだけなのだ。ヨルコの事件に対する気持ちなど、どうでもよかった。
今回起きた事件に関して、他に考えついたことがあるとすれば、《圏外で発生した貫通継続ダメージを、圏内に持ち込んだものではない》という一点のみだ。他にどのような可能性があるのか、徹底的に議論する必要がありそうだ。
俺が言うのもなんだが、SAOのシステムに詳しい人間の知識を借りれば、道は切り開けるかもしれない。
「……待てよ……」
俺はふと、1人のプレイヤーの名前を思いついた。
「アスナ」
名前を呼ばれ、アスナはくるりと俺に顔を向ける。
「彼を呼んでほしい」
「彼?」
俺が名を告げた途端、アスナだけでなく、キリトまでもが眼を剥いて仰け反った。
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