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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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第二十九話 巻き返し

数日後――。
 呉鎮守府の派遣艦隊は、蓄積した疲労を回復させ、艤装の修理を完了し、補給を受けたのち、再び呉鎮守府に向けて帰投していった。広大な横須賀鎮守府の最新鋭メディカル施設をもってしても、ただ一つ、なしえなかったことがあった。

艦娘たちの中に生じた深い心の傷だけはいやすことはできなかったのである。

 ただ、それはどんな施設、どんな薬でもいやすことのできないものであり、立ち直れるかどうかは艦娘たち自らの意志次第であろう。
 全艦隊が呉鎮守府艦娘たちを沖合まで見送っていった。
 紀伊たち派遣艦隊はまだ、横須賀鎮守府に残ることになり、鳳翔たちとはここでお別れである。
「帰りの護衛は大丈夫か?」
長門の問いかけに、鳳翔はその行為を謝して断った。
「大丈夫です。私たちだけで帰えられますから。」
その答えに紀伊たちは顔を見合わせた。あの朝食会で踏ん切りがついたかどうか、それは鳳翔のみ知っていることだった。表面上は穏やかだとはいえ、内心は大丈夫だろうかと心配してしまう。
「大丈夫ですよ。」
心配顔の紀伊たちに鳳翔は微笑んだ。
「行きと違います。今度は私たちだけです。輸送艦隊を護衛してならともかく、もう私たちだけであれば深海棲艦に後れは取りません。」
「それはそうですけれど・・・・。」
表面上は皆普通だった。鳳翔もだ。だが、その胸の中はいかばかりかと紀伊は思った。自分も含めてだ。ここで綾波のことを言いだしたら、今微妙に保たれている均衡を崩してしまいそうで紀伊は怖かった。
「私の事なら、大丈夫です。」
はっとして紀伊は顔を鳳翔に向けた。
「綾波さんのことは決して忘れません。いつまでも忘れません。でも、彼女ばかりのことをいつまでも思っていては、綾波さん自身も叱責するに違いありません。そうおっしゃってくださったのは、紀伊さん、あなたではありませんか?」
「はい。」
「あれから皆で話し合ってな。」
利根が紀伊に話しかけた。
「帰ったら盛大に輸送艦隊の護衛作戦の完遂の祝賀会を行おうと決めておるのじゃ。むろん綾波が殊勲艦娘じゃ。・・・・・吾輩たちの思うところは、そういうことじゃ。わかってくれたか?」
利根の言葉では到底表現できない胸のうちの思いを紀伊たちは瞬時にくみ取ることができた。
「はい!・・・・私たち派遣艦隊も、後ほど呉鎮守府提督宛に電報を打ちますね!」
傍らにいた榛名が明るく言った。場に残っている沈滞した空気を少しでも払おうとしている。
「榛名、紀伊。」
「榛名さん、紀伊さん。」
瑞鶴と翔鶴が話しかけた。
「またしばらくのお別れね。どうか無事で、元気でね。」
「お二人ともどうか体を大切にしてくださいね。」
第五航空戦隊の二人の手を榛名と紀伊はしっかりと握った。
「瑞鶴さんもご健勝で。」
「道中気を付けてくださいね。」
「みんな!」
伊勢が声をかけた。
「そろそろいくよ!」
時刻はまだ9時だったが、これから長い航海が待っているのだ。できるだけ早く出た方がいい。
 双方の艦娘たちは幾度も呼び交わしながら、分かれていった。横須賀鎮守府の艦娘たちも三々五々鎮守府に帰投していく。その中を長門はある艦娘に近づいていった。
「比叡。」
長門が比叡を呼んだ。まさか自分が呼ばれるとは思っていなかった比叡は金剛と霧島につつかれてようやく気が付いた。
「ひえっ?なんですか、長門秘書官。」
「後で話がある。秘書官室に来てくれ。」
それだけいうと長門は陸奥のところに戻っていった。
「話!?話って、ああ長門さんっ!!」
肝心なことを聞けなかった比叡は不安いっぱいの顔で長門を見送っていた。

 何しろ、比叡が名指しで呼ばれたのはこれが初めての事だったからだ。

* * * * *

同日の午後、横須賀鎮守府、ティールーム脇テラスにて――。

 出撃の時を除き、毎週隔日には金剛型4姉妹がティータイムを楽しむことになっている。お茶は当番制であり、それぞれの当番が工夫を凝らしたお茶やお茶菓子を用意することになっている。
 今日は金剛の番だった。長女自ら腕を振るったスコーンやパウンドケーキ、サンドイッチなどが並んでおいしそうな彩を白いテーブルクロスの上に展開している。
 お茶も馥郁とした香りを立ち上らせながら純白のカップに注がれていく。
 そんな寛いだ人と気が始まろうとしているのに一人浮かない顔をしている者がいた。

 比叡である。いつもなら、金剛姉様の作った料理を真っ先にかぶりつく比叡が今日は手を出さないのだ。

「比叡、どうしたデ~ス!?」
「せっかくお姉様がスコーンを作ってくださったのに。」
「食べないのですか?比叡お姉様。」
「・・・・・・。」
比叡はテーブルの上で落ち着かなさそうに手を組んだりほどいたりしている。いつもの比叡らしくないと他の三姉妹は顔を見合わせた。
「どうしたデ~ス?何かありましたか?」
「それが・・・それが・・・・。」
比叡は思い切ったように顔を上げて、話し始めた。


話は半日ほど前、つまり呉鎮守府艦隊を見送った直後にさかのぼる。


* * * * *

横須賀鎮守府秘書艦脇小会議室――。

紀伊が入ってくると、すでに何人かの艦娘たちが待機していた。秘書艦の長門が黒板から顔を向けて、こちらに来てくれと促した。この数日前、紀伊は転属の指令を受け取り、第五艦隊の旗艦の任務を解かれていた。後任は近江だった。他の艦娘ならともかく、近江なら尾張をよく制することができる。紀伊は安堵して引継ぎを終え、ここにやってきたのだった。
「集まったな。」
長門は全員の顔を見渡した。
「呉鎮守府の奮闘で――。」
長門が一瞬顔をひきつらせた。古傷が痛んだのか、それとも綾波のことをまた思いだしたのか。
「物資の確保はできた。だが、いつまた敵が襲来してくるかはわからない。赤城の言った通りもう時間がないのだ。」
艦娘たちもこれは承知していることだった。既に軍令部にも葵がかけあって赤城の作戦を裁可するように話は進んでいる。太平洋を縦断してのミッドウェー攻略作戦はまさに無謀と言えるかもしれない。だが、そもそも太平洋上には艦隊根拠地にたる島は少なく、特にミッドウェーまでの途上においては島自体も数えるほどだ。これを攻略すること自体、時間と資材の浪費と言えたし、第一広い洋上は陸上と違い、マスを塗りつぶすように攻略するなどということはできない。
「赤城の提案を裁可するということではもう異論はない。だが、ミッドウェーまでの道のりは遠く、かつ我々も航路は不案内だ。そこで偵察部隊を派遣し、航路特定及び敵情の偵察を行ってもらいたい。お前たちを呼んだのはそのためだ。」
紀伊は集まった顔ぶれを見た。川内、比叡、吹雪、清霜、そして飛龍。この組み合わせは紀伊にとって初めてだった。
「艦隊指揮官は比叡、お前を任命する。」
「ひえっ!?私、ですか?!」
比叡がたじたじとなった。
「そうだ。」
「ですが、偵察でしたら偵察機がカギでしょう?それなら飛龍さん、紀伊さん、川内さんの方がずっと適任だと思います。」
長門は嘆息した。
「お前も金剛型戦艦の2番艦なのだ。いつまでも姉のそばにいるわけにはいかんのだし、もう少し艦隊指揮官たる自覚をもって欲しい。今回の任務はそれを兼ねている。」
「それ、平時の任務にしてくれたらよかったのに・・・・。いきなり重要な任務で旗艦なんて、重荷すぎますよ。」
「大丈夫ですよ。比叡さん。」
飛龍が言った。
「私たちもサポートします。それに今回は偵察ですし、大規模な戦闘は想定していません。そうでしょう?長門さん。」
「あぁ。」
「私も及ばずながらサポートさせていただきます。」
紀伊も言った。
「私たちも!」
川内、吹雪、清霜もそう言ったので、比叡は浮かぬ顔ながら最後には承知した。


「・・・・というわけで、私が旗艦を務めることに・・・・って、え!?。」
比叡が愕然となった。うなだれる比叡をしり目に金剛三姉妹は大喜びだったからだ。
「Wow!!比叡、congratulationね!!」
「さすがお姉様!!ついに旗艦の座をお射止めになられたんですね!」
「お姉様、これから艦隊旗艦として頑張ってくださいね!」
「・・・・・・・。」
あまりのことに比叡は呆然となってしまっている。自分が思っていたのとは全くかけ離れた反応だったからだ。
「あれ、比叡?比叡・・・どうしたデ~ス!?」
ガタッとテーブルから立ち上がった比叡は。
「もうっ!!!お姉様のバカ~~~~~~~~ッ!!!!!」
と叫びながら駆けだしていった。
「え?あ、ひ、比叡?比叡!?比叡~~~~~~~~~ッ!!!」
だあっと駆け去っていく妹の背中に金剛はあたふたしながら叫び続けるだけだった。


* * * * *
翌日――。
特務艦隊会議室が比叡たちの作戦計画を検討するためにあてがわれた場所だった。そこで比叡たちは偵察任務の航路などの検討を行っていた。

比叡はなれない旗艦の仕事に戸惑っていたが、長門のよこした一つの特命にも戸惑っていた。
「今作戦についての詳細は私とお前たち以外には一切漏らすことはするな。いいな?」
お茶会からまっしぐらに帰ってきた比叡が金剛三姉妹に話してしまったことを長門に正直に話すと、長門は一瞬顔を苦くしたが、すぐに言葉をつづけた。
「偵察についての詳細はしゃべっていないな?ならば今後は徹底的に厳守するように。」
比叡は内心首を傾げながらも従う旨を述べたが、このことを飛龍と紀伊に話をすると二人とも顔を曇らせた。
「かん口令、かな。」
「それをする理由が私にはわかりません。万が一にも万が一ということでしょうか?」
「今回の偵察については、ミッドウェー攻略の準備作戦ですから、上層部も慎重になっているということだと思いますけれど・・・・。」
比叡はそう言ったが、何か引っかかるものを覚えていた。
「ま、詮索しても仕方ないよね。比叡、ミッドウェーまでのコースをどう設定する?」
比叡は広大な太平洋上の海図に身を乗り出した。
「この地図は?」
と、紀伊。
「古い記録と私たちの前世の記憶から作り上げた海図ですよ。」
比叡が顔を上げた。
「この世界と前世とはほぼ同じ配置なの。実際に行ったことはないけれど、この太平洋上には島々は少ないから、目標を間違えることはないと思うな。じゃあ比叡作戦目的の確認を。」
比叡は皆を見まわした。
「あ、その、ええと~~・・・・。」
「ほら、旗艦なんだからしっかりしないと。」
「わ、わかってます!」
比叡は上ずった声で返事したが、すぐに顔色を引き締めた。
「今回の目標はミッドウェー諸島の視認とそこまでの航路の設定です。交戦は絶対に不要。偵察に徹します。」
きっぱりとした口ぶりに、川内、吹雪、清霜は口を引き結んでうなずき、紀伊と飛龍は顔を見合わせてうなずき合った。
「出立は本日夕方0600。それまでは各自自由行動で。ただし、他の艦娘との接触は禁止します。」
『はい!』

いったん長門に報告するという比叡と、下の階で軽い食事をとるという川内たち3人が出ていった後、紀伊と飛龍だけが残った。飛龍は持ってきた荷物から一冊の本、そしてノートを取り出して何やら書き始めている。
 紀伊は初めてタッグを組むこの前世の第二航空戦隊の一翼を担った艦娘を見た。第一航空戦隊の赤城、加賀とはまた違った雰囲気を持つ艦娘である。
 横須賀に到着して時間があくと、紀伊は前世のことを良く知る艦娘にそれぞれの艦娘たちのことを聞いて回っていた。飛龍は前線での航空支援・戦闘のほかに工廠で新鋭機の開発に当たっているとのことだった。
「何をしていらっしゃるのですか?」
「ん?」
飛龍は顔を上げた。
「あぁ、これ。これは新型機の開発アイディアをまとめているの。震電っていう前世では実現できなかった迎撃戦闘機なんだけど、これがなかなかうまくいかなくてね。」
飛龍が示したノートには飛行機の設計図らしいもの、資材の配合等の計算式などが細かく記載されている。紀伊は目を見張った。
「すごい!とてもびっしり書かれていますね。」
「あなたたちが横須賀に来た頃に着手したんだけれど、いつになったら開発できることやら。開発に回せる資源にもそんなに余裕なくなってきたし。」
半ば自嘲気味に話しているが、どこか面白そうに話すのは開発主任としての仕事があっているからだろう。
「これが開発できたら、あなたにもプレゼントするから、楽しみに待っていてね。」
「はい!」
「ところで紀伊さん。」
「紀伊で結構ですよ。」
紀伊は微笑んだ。
「ありがと。じゃあ紀伊。少し未来の話をしてもいいかな?」
「未来ですか?」
聞きなれない単語に紀伊は戸惑った。
「うん。この戦いが終わったら、あなたは何をしたい?」
「何、を・・・ですか・・・。」
紀伊は戸惑った。艦娘として生まれた以上自分は常に深海棲艦との戦いの中にあるし、そうあるべきだと思っていた。それがなくなるときどうなるのかということは以前考えたこともある。だがその答えはまだ出ていなかった。
「まだわかりません。そんなことを考える余裕はまだなくて・・・・。」
「いつも戦闘戦闘ってわけじゃないでしょう?お茶したり散歩したり本読んだり料理作ったり。色々するじゃない。平和になったらそういう時間がうんと増えるだけだよ。」
「そうですね・・・・きっと私は戦いが終わってもここか、呉鎮守府に戻ってきます。なんというか、あそこが私の家みたいに思えるんです。みんなと一緒にいつまでも過ごしたい。それが私の願う未来です。」
「家族みたいなものだものね。そういうのいいよね。」
飛龍は目を細めた。
「飛龍さんは、何をなさりたいのですか?」
「私?そうだなぁ・・・・。」
飛龍は考え込んでいたが、不意に顔を上げてさらっといった。
「戦いが終わったら考えるよ。」
「あ、もうっ!ずるいです!」
思わず二人は笑いあっていた。
「絶対ですからね。聞かせてくださいね。」
「もっちろん!」
飛龍は片目をつぶった。
* * * * *

横須賀鎮守府秘書艦室――。
 報告を終えた比叡が出ていった後、長門はじっと考え込んでいた。
「何を心配しているの?今回は偵察任務であって敵と交戦するわけではないし、まして航路設定については私たち以外には話はされていないのよ。」
陸奥が長門の肩に手を置いた。
「あぁ。だが秘密というものはどんなに蓋をしても漏れるものだ。今回の偵察艦隊には一切の護衛もつけない。万が一敵の大規模な艦隊が出撃してきたら、ひとたまりもない。」
「だからといって私たちが行けば、かえって足手まといになるわ。偵察艦隊はすべて高速編成だもの。低速の私たちはついていけない。」
「わかっている。そして今回は航空支援もできない。残念ながらな。」
ドアがノックされた。
「入れ。」
ガチャリと後ろ手にドアを閉めたのは、大鳳だった。
「どうだ?」
大鳳は首を振っただけだった。顔色があまりよくない。
「仕事とは言いますけれど、味方を疑うようなまねはあまりしたくはありません・・・・。」
「わかっている。お前にはだいぶ負担をかけていることは承知している。だが、もしもこの作戦が漏れれば、比叡たちが危ない。」
大鳳はうなずいた。
「廊下にも周辺にもだれ一人いません。盗聴器もなしです。したがって漏れる危険性はないと思います。」
「よし。」
長門は初めて肩の力を抜き、寄り掛かった。
「陸奥。第二段階だ。有力な艦隊を南太平洋上に進出させ、敵の眼を引くぞ。」
「了解よ。既にオーダーは組んであるわ。大和、金剛、霧島、麻耶、鳥海、蒼龍、加賀、能代、夕立、白露、村雨、朝雲、古鷹、長月、深雪を出撃させる。彼女たちには有力な敵の大艦隊を撃滅して、勢いをつけ、今後の作戦展開の橋頭保を築くという説明をする予定よ。」
「よし。」
長門はうなずいた。

 二日後――。
 黄昏の中、比叡たちは順調に航海を続け、ミッドウェー諸島に接近しつつあった。
「ここまでくれば、もう充分だと思います。少数の偵察機を発艦させ、ミッドウェー諸島の様子を探った後、早々に帰投することに・・・してもいいですか?」
比叡は自信なさそうに言った。
「比叡、あなたは旗艦だもの。とんでもない指示でない限り、私たちは従うよ。」
「まぁ、そうなんですが・・・・。」
「何かありますか?」
と、紀伊。
「あ、その・・・・。」
比叡は言葉を濁していたが、
「あの、私ってちゃんとできてますか?」
「いまさら何を言ってるんですか?今まで全然問題なかったですよ。」
と、川内。
「それは、だって、ここまで敵艦隊に遭遇したことも、深海棲艦機に遭遇したこともないんだから・・・・。」
「それだけじゃなくて、進路の指示や艦隊の艦列の指示も的確だったと思います。」
と、吹雪。その横で清霜も、
「うん、だからこうしてスムーズにこれたんだと思います!」
「そうですか・・・・うん、そうならいいのだけれど・・・・。」
一同は顔を見合わせた。比叡は顔を上げた。
「私、金剛お姉様たちと違って、旗艦役を務めたことがなかったんです。いつもお姉様たちの後にくっついてばかりで・・・・・。妹たちの方が私なんかよりずっとずっと優秀だって思ってましたし――。」
「それはちょっと違うな。」
飛龍が口を出した。
「優秀とか優秀じゃないとか関係ないよ。大事なのは経験だもの。そりゃあなたの方が榛名や霧島に比べれば経験は少ないだろうけれど、でも、経験を積んでいけばきっと妹や金剛に負けない旗艦になると思うよ。」
紀伊は横で見ていてじんわりと暖かな気持ちになった。普段はあまり飛龍と接することはなかったから、工廠に閉じこもりがちの飛龍について多少偏見を持っていたことは否めなかった。だが、こうして接していくと飛龍の本質が徐々にわかってきたような気がしていた。
「ありがとう・・・・。」
比叡はほおを緩ませた。
「じゃ、紀伊さん、飛龍さん、川内さん。お願いできますか?」
『はい!』
3人はそれぞれ別方向に滑り出すと、偵察機を発艦させた。

 翼をオレンジ色に染めながら旋回し、偵察機は遠ざかっていった。


 同時刻、南太平洋海上では大和以下の出撃艦隊が敵艦隊と交戦していた。が、すでに勝敗は決しつつあり、重巡戦隊以下が追撃戦に移りつつあった。
「敵は尻尾巻いて逃げ出しやがったぜ!!」
麻耶が息を弾ませながら報告した。
「ご苦労様でした。流石麻耶さん。近接戦闘の見事さは見ていて感嘆しました。」
大和は微笑んだ。
「ん。あ、当ったり前だろ!!なんてったってアタシは麻耶さまだぜ!!」
「ええ。」
半ば照れながらも誇らしげに胸を張る麻耶、そしてそれを温かく見守る大和を艦娘たちはうなずき合いながら見ていた。
「で、どうする?追撃するか?」
「いいえ、戦果としては充分です。ヲ級フラッグシップ改を3隻撃沈できましたし、戦艦以下に多大な損害を与えることができました。長門秘書艦からも追撃無用の命令は出ています。帰りましょう。」
「あぁ、そうだな。」
そばにいた鳥海はおやっと思った。普段の、そして最近の麻耶ならとくに戦艦に対してつっぱるところがあったというのに、今回はそれがない。そのことで胸を痛めていた鳥海は内心ほっと胸をなでおろしていた。
 先日の高雄も、出撃の時は硬かった表情が、帰ってくるといつもの高雄に戻ってきていた。聞けば近接戦闘で戦艦2隻を撃破し、金剛たちを身を挺して救うことができたのだという。鳥海はそれを聞いて理解した。高雄の表情の硬さは重巡という艦種に戦艦たちと比較して劣等感を覚えていたからなのだと。そして先日の出撃後の晴れやかな表情は重巡としての役割を自覚できたからだったのだと。
 今の麻耶も同じだった。そのことが鳥海をほっとさせ、そして喜ばせていた。
 
 なんといってもギスギスした環境ほど人を委縮させ、士気を低めるものはないからだ。

 偵察機が帰還したのは、思いのほか早く1時間ほどでだった。それを素早く収容して情報を聞き取った比叡たちはうなずき合い、帰還の道に着いた。もう日は沈み、あたりは月明かりに照らされて波が静かな音を立てているだけだった。
「やはりミッドウェー諸島には強力な敵艦隊が駐留しているようですね~。まいったなぁ・・・。」
ミッドウェーには正体不明の大型深海棲艦が陸上に鎮座しており、それを囲むように数十隻の深海棲艦が展開している。さらにその周りにも偵察艦隊などを含め、大艦隊が展開されている。その規模は沖ノ島以上だった。とても正攻法で落とせるところではない。
比叡は息を吐き出したが、そこで気が付いたように紀伊を見た。
「雲に紛れて接近させたのは正解でした。さっすがですね!」
「あ、いえ。そんな・・・。」
紀伊は頬を染めた。
「紀伊ももっと自信をもっていいよ。艦載機の扱いについては、もう私たち空母に遜色ないもの。」
「あ、ありがとうございます。それより・・・やはり深海棲艦たちはミッドウェー諸島を完全に掌握して根拠地にしているようですね。」
「ま、一筋縄ではいかない相手だよね。」
飛龍が肩をすくめた。
「でも、ミッドウェーを攻略できたら、もうノース・ステイトへの道は開けたも同然ですよね!」
清霜が言った。
「でも、その最後の関門が・・・・・。」
吹雪の言葉が沈んだ。何しろ前世の日本で無敵を誇った機動部隊が壊滅させられているのだ。おまけにその沈んだ当人たちの一人が今ここにいるとあっては嫌でもそれを思い出さないわけにはいかなかった。
「まぁ、あの時は戦略が一定していなかったからさ。ミッドウェーを落とすか、機動部隊を壊滅させるかで迷っていたんだもの。でも今度は最初っから決まってる。」
飛龍がこぶしを握りしめた。
「今度こそミッドウェーを落として見せる。必ず!!」
紀伊はその拳に、その眼に前世からの想いを読み取った。
「私もです。もう二度とあんな思いはしたくはないです。必ず勝って・・・勝って生き残ります!」
比叡の言葉に川内たち3人もうなずいていた。それを一人紀伊は見つめていた。
どの艦娘も度々見せるその闘志、その思いは紀伊には到底達することができない心境だった。以前はそれについていけない自分が置き去りにされたような思いを味わってきたが、今は少しずつ変わってきている。
(私も、この戦いを必ず制して・・・・未来をつかみ取る!!!必ず!!!!)
その思いが体の隅々まで広がっていき力がみなぎってきた。心に、頭に凝縮されていた思いが薄まったからなのだろうか、ふと別の想いが湧き上がってきた。

 今回の偵察は、行きも帰りも一切の敵に合わなかった。そのことは僥倖と言えば僥倖だったが、不可解さの方がずっと優っている。
 この広大な太平洋だからと言われればそうなのだが、広大な洋上だからこそ敵も少なからぬ艦隊を展開させているだろう。それに一隻も出会わなかったことが果たして偶然なのだろうか。

 紀伊は胸騒ぎを覚え始めていた。

 
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