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23話 一夏VS鈴 その3 & 無人機戦 ラスト
前書き
ちょっと近いうちに話の整理を行いたいと思います。色々後先考えずに書きすぎました。
「鈴、龍砲を最大出力で発射してほしい。タイミングは俺が指示する」
呼吸を整えながら身体を落ち着かせる。身体が力んでいることに気づいたからだ。余計な力みは物事を失敗させることになってしまう。一夏は鬼一やセシリアから何度もそう教えられていた。だからこそ、漠然とではあったが今の自分の状態を知覚することが出来た。
それは間違いなく、織斑 一夏の成長の他ならない。
これから自分が起こす事柄に一夏は自分の身体が震え上がるのを自覚する。それは決して武者震いのようなものではなく、自分を襲う痛みがどれだけのものか分からない不安からだ。
しかし一夏はその震えの原因が何なのか分からなかったが。
鈴は一夏の指示に対して意図が理解出来ないからか、疑問の表情を一夏に向ける。一夏はその表情を見ず、視線は無人機に固定されていた。
「……あのISは真っ向からの射撃も小細工も通用しないわよ?」
「別に構わないさ。アレに当てる必要なんてどこにもないんだから」
一夏も愚かではない。鈴とは違ってもっと感覚的なものではあったが、あのISにはどのようにしても鈴の衝撃砲を直撃させることは出来ないと理解していた。
漠然、とではあったが一夏には『零落白夜』を当てる方法が確かに『見えていた』。本人も明確に自覚しているわけではない。が、確かにそれは感じ取れた。感じたことのないその感覚に一夏は違和感を感じることもない。自然なものとして受け入れていた。
否、既に鬼一との戦いでそれは感じていたかもしれない。
―――……アレに零落白夜を決めれるチャンスは多分、1回こっきりだ。2回目はない。
葵から手を離す。右手からこぼれ落ちた葵がそのまま地面に落下していき、最後は無骨な金属音を力無く鳴らして突き刺さった。
そして愛刀を呼び寄せる。右手に吸い付くような感覚とズシリとした重さに懐かしさすら覚えた。
―――……焦るな。余計な力みは失敗に繋がらせるんだ。呼吸は深く、目の前のアレに集中しろ―――。
呼吸を繰り返していく内に自身の中にある焦燥感が薄れ、薄れていくに連れて視界から余計な情報が削ぎ落とされていく。
背景などは全て白く染まり、一夏の視界に映るのは正体不明のISただ1機。それ以外は邪魔でしかない。
「行くぞ、鈴―――」
両手で雪片を握り直してスラスターを点火した瞬間、その声によって一夏の視界が再び不純物に満ちることになった。
「……一夏ぁ!」
耳障りなハウリングと共に聞こえたその声は自分の幼馴染だということに、一夏は一瞬気づかなかった。いや、気づきたくなかったという方が正確か。
―――……ピットが開いている……? ……箒? なんでお前が……?
視界に映る幼馴染。その姿はIS学園の制服に身を包んでいて見慣れた姿。だからこそ一夏はそれが危険だと気づいた。この『異常』な状況に『普通』の姿でいることに違和感を覚えたからだ。
ISも何もない姿。武器で切られたり撃たれたりしたら一瞬でミンチ確定。そんな状態でこの戦場に来るというのはどれだけ愚かなことか。
そして一夏は人生で初めて、怒りで視界が赤く染まる。その余りの怒りに怒声が出てしまう。
「箒!? バカ野郎、何してやがる!?」
「男なら、男ならその程度の敵に勝てないでどうする!」
箒が何を言っているのかは一夏は理解出来なかった。理解している余裕すらもない。閉ざされたピット内にいれば、観客席にいる女生徒たちよりも安全だったというのにそれが無くなった。むしろISや遮断シールドがない分、箒はそれよりも危険な状態。
―――くっそ、やべえ気づかれたっ!
気がついたら全力で敵ISに突っ込んでいた。自分の技術で出せる最大速度。しかし、その速度では届かないことを一夏は理解した。
このままでは間に合わない。
それなら間に合わせる以外に道はない。
「鈴っ、てぇ!」
一夏の絶叫に近い指示。
決めるための絶好のチャンスを見極めたかったが、そんな悠長なことを行っていられる場合じゃない。即断即決。何が何でも成功させなければならない。出来る出来ないの話ではない。やるしかない以上、一夏の中に一寸の迷いはない。
「馬鹿!? 早く衝撃砲の射線から退避しなさいよ! あんたごと撃ち抜くことになるわよっ!?」
「『それが狙いなんだよっ!』」
鈴に意図を説明している時間はない。だから一夏は鈴を信じるしかなかった。鈴なら理解してくれるだろうと。鈴ならやってくれるだろうと。
「―――っ、……そういうことねっ!」
一夏のその考えに気づいた鈴は一夏を制止しようと一瞬迷った。この作戦は一夏の身の安全が保証されないものだったからだ。だが、制止しなかった。一夏は今、ゼロコンマを問われるタイミングで切り込んでいる。
必然的に鈴も迷っていられない。衝撃砲を構えて、最大出力で砲撃の用意をする。
「今度は……逃がさないっ!」
一夏の右目に映る甲龍の射線、その上に迷いなく身を投げ出す。
背骨が悲鳴を上げるほどの衝撃。一瞬遅れてやってくる激痛。奥歯が砕けるほど噛み締めて一夏は目を見開く。
瞬時加速に使用するエネルギーはISのシールドエネルギーからじゃなくても良く、外部からのエネルギーでもいい。究極的なことを言えば自分以外のISからの『攻撃』でもいいのだ。
ただし、それに伴う負担は尋常なものではない。それこそ、鬼一との戦いのように意識を飛ばしかねないほどだった。
「―――……零落白夜ぁっ!!」
一夏の呼び声に応えるように雪片の刀身に光が迸る。刀の中心から外側に溢れていく光が膨れ上がり刃を作り上げた。莫大な情報を感じ取りながら一夏は迷わず踏み込む。
―――俺は、千冬姉を、箒も、鈴も、守ってみせるっ!
一筋の流星がアリーナに生まれた。
衝撃砲から得たエネルギーを瞬時加速に使用し、そして、白式のエネルギーも瞬時加速に上乗せ。零落白夜を起動していることも相まって急激に、シールドエネルギーが減少していく。だが、
―――この常識外れの速度はいくらなんでも対応できるはずがないっ!
通常の瞬時加速ではこのISには通用しないと一夏は考えた。だからこそ、この場限定の最大のカードを切ることを決めたのだ。自分の身など度外視して。自分のことを計算に入れてしまえば思いつきもしなかっただろう。
迎撃のために飛来する左拳が右脇腹を抉り取りそうになるが、間一髪の所で回避。
そして、一夏の最強の一撃は敵ISを切り裂く。
―――手応えは、あった! ……っ。
限界を迎えた一夏は地面に落下。満足に受身を取ることも出来ずに土埃を上げながら転げ回った。回転する視界に吐き気を催す。
「一夏っ!」
「……大、丈夫だ!」
まだ終わっていない。終わったことを確認するまで一夏は倒れるわけにはいかなかった。力の入らない身体を起こしながら状況を確認。
被害のない観客席、空中で衝撃砲を構えたままの鈴、そして―――。
「……や、ったのか?」
自身の眼前、アリーナの中央には敵ISが上半身と下半身が別れた状態で転がっていた。
『……敵IS、システムダウンを確認しました。お疲れ様です一夏さん。多分、これで終わり―――』
安堵したような鬼一の通信。その声を最後まで聞くことなく、一夏は崩れ落ちた。
『―――? ――――――っ、―――!?』
「―――!?」
自分の耳に入ってくる言葉が何なのか理解出来ない。果てしなく小さく聞こえるし、自分の知らない言葉で話しかけられているような奇妙な感覚。
それが、一夏の覚えている最後の一瞬。
―――――――――
「……てぇ……」
ハンマーか何かで殴られたような痛みに、俺は目を覚ました。正直言って最悪な気分だ。身体が痛いだけなら我慢できた。だけど、視界はグラグラと揺れていて、脳が締め付けられるような頭痛で吐き気もある。
多分、保健室か治療室のどっちかだと思うけど、とりあえず俺はベッドの隣のテーブルに置いてあったペットボトルの水に口をつける。
体内に流し込まれる冷水がとてつもなく気持ちいい。その冷たさが痛みや頭痛をいくらか楽にしてくれた。意識もハッキリしてくる。
身体に異常がないか動かすがあっちこっちでギシギシと軋みを感じる。その軋みに不快感を覚えたが、仕方ない。自分でも無茶苦茶なことをした自覚はある。
「一夏、気がついたか」
聞きなれた姉の声。自分を囲っていた染み1つない白いカーテンが引かれる。
「いくつか確認するが、自分の名前や今通っている学校名は分かるか? 自分の年齢や家族なんかは思い出せるか?」
本当に注意しなければ、弟の俺じゃないと気づけないほどの差異。本当に、本当にちょっとだけど千冬姉の声は震えていた、と思う。
「えーっと、織斑 一夏15歳。今通ってる学校はIS学園。家族は―――千冬姉だけだ」
俺のその言葉に千冬姉は目を伏せて、小さく、安心したように息を吐いた。
「……無事そうだな」
「あぁ、無事だよ千冬姉」
「そうか―――、この大馬鹿ものがっ!!」
「いっ、てぇっ!?」
千冬姉が一息つくと、目を見開いて本気の怒号を上げながらその鉄拳を振り下ろした。一瞬、視界に火花が走るほどの一撃。
「何をするんだ千冬姉!? 怪我人にそこまでするか普通!?」
頭の中で鐘が鳴り続けているが、そんなことを気にも止めずに俺も千冬姉の大声に大声で返す。紛れもない本心。まさか、怪我人に対して本気の鉄拳を見舞うとは予想出来ない。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが貴様はそこまで馬鹿だったか!?」
そんな俺の声に千冬姉は気に止めず、普段からは想像も出来ないような苛烈な悲鳴を叩きつけてきた。あまりにも、心に突き刺さるような声色。
それが、辛かった。
「ISの絶対防御をカットして、エネルギーを得るために衝撃砲の最大出力を背中で受けたのだぞ!? 五体満足でいられるのが奇跡なくらいだ! 一歩間違えていたら、間違えていたら……」
暴挙と言われたらそうだろうし、奇跡と言われたらそうなのかもしれない。だけど千冬姉、俺はあの時、あれしか思いつかなかったんだ。あの方法でしか守れないと思ったんだ。
何もない俺が勝つためには自分の身体を張るくらいしか考えられなかったんだ。
それが、正しいと思ったんだ。
「お前は、お前は死んでいたのだぞ!?」
だけど間違っていた。
少なくとも、千冬姉にこんな顔させた俺は間違っている。それだけは心が感じてくれた。
「―――っ、悪い……、千冬姉……」
口から出る言葉がとても虚しく感じる。
なぜなら俺は、また同じような状況になったなら迷わず同じ選択するからだ。きっとまた千冬姉を悲しませることになるかもしれない。だけど、守るためにはそれしか思いつかなかったんだ。
自分1人じゃ、あのISを止めることなんて絶対に出来なかった。鬼一の言葉と鈴のフォローがあったから初めて勝つことが出来たんだ。自分だけだったらあの戦闘はもっと悲惨な結末が待っていたかもしれない。
「……そんな、そんな無茶をするな……。お前に死なれたら、死なれたら私は……っ!」
「ごめん……。本当に心配かけてごめん、千冬姉……」
でも今は千冬姉に謝る。
それしか、出来ない。
―――――――――
「……簡単な検査を行ったが、命に別状はないようだ。特に後遺症も残らないらしい」
ホントかよ千冬姉。あっちこっちギシギシ言ってんだけど。まぁ、命に関わらないらしいしそれは幸い。でも、しばらくはこの痛みと付き合うことにはなりそうだった。完全な自業自得だからどうしようもないが。
「だが内容が内容だからな。念のため精密検査を受けろ。IS学園にはそれくらいの設備があるし医者も居る。授業は補講を設けてやるからそっちは気にしなくていい」
そういえば鬼一も俺との試合が終わった後、会長が鬼一に無理矢理精密検査を受けさせたらしい。
正確な事情は分からないがあの試合の時、鬼一もかなり無茶をやっていたらしく一時は後遺症が残る危険性もあったらしい。千冬姉の話だと、それから鬼神にリミッターを設けた。
なるほど。だから鬼一は練習の時、あの時のようなずば抜けた速さを出すことが出来ないのか。つっても今の鬼神の速度でも対応が出来るわけではないから、俺からすればどっちでも変わらないのだが。
「わかったよ千冬姉」
「無事で良かったが、今後はこんな無茶をするな」
再度念を押され、思わず頬を掻いてしまう。
「んと……千冬姉」
「なんだ大馬鹿者?」
「う、いや……その本当に、心配かけてごめん」
「結果的に無事だったから良かったが、だからと言って心配かけていい理由にはならん。二度とこんな真似はするなよ。状況が状況なだけに許されるかもしれんが、お前の身体はお前だけのものじゃないのだからな?」
「あぁ、分かってるよ」
「とりあえず、今日はもう休んでろ。あとで医者も来るから特に問題なければ部屋に戻ってもいいが2、3日は満足に飯も食えないことは覚悟しておけ」
うげ、胃がやけに重たいとは思ったけど飯も食えないのか。食堂におかゆとかってあったっけな。最悪、購買に売っている栄養ゼリーとかで我慢するしかないか。育ち盛りには辛いけどしょうがないか。
「分かった。……千冬姉はまだ仕事か?」
「色々と後処理が残っているんでな。始末書という忌々しいものとこれから格闘だ。流石に山田くんに押し付けるわけにもいくまい」
千冬姉が顔をしかめてるから本気で書類仕事したくないんだな。それがどんな感じなのか俺は知らないから迂闊に突っ込まないほうが良さそうだ。
だけど、確認したいことはあるからそれは聞いておかないといけない。
「千冬姉……あのISはなんだったんだ?」
「……分からん」
あの無人のISはなんでIS学園を襲ったのか。なんであんな理解に苦しむ行動を取り続けていたのか、やろうと思えばもっと被害を出すことだって出来ただろうし、俺と鈴を倒すことだって出来たはずだ。
それだけあのISのスペックと戦闘テクニックは群を抜いていた。今まで相手にしてきたISの中で一番と言ってもいいレベル。正直言って、今でも勝てたことが信じられない部分はある。
「お前と他の専用機持ちには話しておくが、あのISは無人だった」
「! やっぱり、そうだったのか……」
「心当たりがあったのか?」
「いや、余りにもちぐはぐな行動でおかしいと思った」
「……ふむ。あのISの残骸はIS学園で回収した。これからその調査もしなければならん。それで何か分かればいいのだがな」
……千冬姉にお願いしたらあのISを見せてくれたりはしないかな。
「この事は人には話すなよ? 一応、機密だからな」
……機密だったら俺のような一生徒は難しいか。今回は当事者だったから特別に教えてもらったようなものだからな。
「分かった。千冬姉、仕事頑張って」
「ではな。しっかり休めよ愚弟」
そう言って千冬姉は身を翻して治療室を出て行った。
―――――――――
カツン、と無機質な硬質音が2つ鳴り、僅かな反響音を残しながら消えていく。
そうして2人は向かい合った。
月夜 鬼一と鳳 鈴音の2人の視線がぶつかる。
「……鬼一」
「……? あぁ、鈴さん。鈴さんも一夏さんのお見舞いですか? 山田先生のお話だと目が覚めたみたいですよ」
いつもと変わらない鬼一。始めた会った時と同じトーンの声。冷静さ、人によっては冷たさすら感じさせるその声色。その声に鈴は違和感を感じた。その違和感の正体が何なのかまでは分からなかったが。
いや、今に関して言えばそんな違和感など鈴にとってはどうでもいいことであった。
その冷静さが鈴にとっては不愉快と言ってもよかった。ここで手を上げなかったのは奇跡と言ってもいい。
ただ激情を押さえつけるためか、鈴は顔を伏せて肩を震わせた。
「……鈴さん?」
そんな鈴の姿を見て鬼一は顔をしかめ、鈴に声をかけた。
「……なんで、なんであんた、一夏にあんなこと言ったのよ……?」
その言葉に鬼一はアリーナでのことを思い出す。だが、それがどうして鈴の肩が震えているのか繋がらなかった。いや、繋がらせるつもりもなかった。
「あんなこと? あんなこととはなんでしょうか?」
「……っ!」
鈴と鬼一の両者の身長差は10cm前後開いており、鬼一は鈴はよりも一回りも二周りも大きい。が、鈴はそんな差などものともせず鬼一を壁に押し付けた。鬼一が抵抗することも許さずにだ。
背中を硬い壁に押し付けられ、いや、もはや圧迫と言ってもいい。ミシミシと軋む身体に鬼一は表情を崩さない。あくまでも鬼一は冷静だった。
「……離して、くれませんか?」
「どうして、どうして一夏に人を殺させようとしたのよ!?」
僅かに苦しそうな鬼一の声に鈴の怒りが宿った声を返された。鈴の身体から迸る憤怒の熱。その熱を受けても鬼一は表情を変えない。普通なら萎縮しかねないほどのそれ。鬼一にとってはそよ風のようなもの。
「ですがあれは無人でした」
「それは結果論じゃないっ!」
「結果が全てじゃないですか鈴さん?」
「―――っ!?」
「結果として一夏さんは『無人のIS』の迎撃を成功させて、人的被害はなし。まぁ、一夏さんが軽傷を負ってしまいましたが死亡者はなし。あの状況を考えれば奇跡的なことだと思います」
淡々と事務的に鬼一は事実を述べていく。14歳とは思えないその機械のような様に鈴は背筋に冷たいものが流れ、平静を取り戻す。
「……だけど、あの段階であんたはアレが無人のISだとは知らなかった。結果はベストかもしれなかったけど、あんたが一夏に人殺しさせようとした事実は変わらない!」
「それが一体、なんの価値があるって言うんですか?」
「っ」
鈴の追求を受けて鬼一は、その追求を無価値だと断じた。無価値だからこそ鬼一は冷静に、機械のように、淡々と語る。感情を感じさせない声色で。
「僕はあの時、あのISが少なからず無人の可能性があったから一夏さんに説明し、零落白夜を使わせようとと考えました。ですが―――」
零落白夜を用いて短時間で決着をつける。その判断に鬼一は今も正解だと信じて疑わない。疑う余地すらない。結果として最高と言ってもいい内容だったのだから。
「正直言ってあれが有人だろうが無人だろうが関係なく、僕は零落白夜を使わせようと考えたと思いますよ」
「―――鬼一っ!」
仮に、無人機ではなく有人機だったとしてもそれがなんだと言うのか。鬼一からすれば子供たちが大勢いるIS学園に襲いかかってきた段階で、容赦する理由はどこにもない。どんな手段を使ってでも最悪の状況を避けねばならない義務と責任がある。
『専用機持ち』というのはそういう存在じゃないのかと鬼一は考えているからだ。有事には絶対に敗北してはならない存在。それがIS乗りであり、そのIS乗りのエリートである専用機持ちは尚更であろう。
あのアリーナの戦闘で最悪の結末は専用機持ちが敗れ、無力な女生徒たちが虐殺されるということであり、最善は女生徒たちに被害を出さず敵ISの無力化だった、
となると専用機持ちの仕事は2点。
女生徒たちの護衛、そして敵ISの無力化を可能な限り迅速に完遂させることだ。鬼一はその無力化を行うために最短で、効率的に一夏を『使う』必要があった。そして結果を出す責任があった。
だからこそ鬼一は鈴の怒りが微塵も理解できないし、理解しようとも思わなかった。
鈴が一夏のことを好きなのは鬼一も理解している。だからと言ってもっと多数の犠牲を見逃す理由にはならない。少なくともその可能性を避ける必要はあった。
鬼一を締め付ける鈴の両手に力が込められる。
呼吸も苦しくなるほどの圧力。
それでも鬼一は淡々と自分のペースを貫く。
「それが最善だからと思えたからです。疲労した一夏さんと鈴さんの攻撃が通らない。僕とセシリアさんは観客と遮断シールドが原因で動けない。遮断シールドを破壊出来る火力もある以上、遮断シールドを壊して女生徒の皆さんの安全も保証出来ない。救援にはまだ時間がかかる」
鈴を落ち着かせるように、自分の中にある何かを整理するように、もしくは落ち着かせるように鬼一は話し続ける。
「ならば、リスクはあれども余力のある内に『零落白夜』を用いた奇襲作戦に出るのが良いと、僕はそう考えそう一夏さんに伝えました。それが間違っているとは思えません。もし、それが間違っているというなら鈴さん。答えを教えてください。僕たちはあの時、何が最善で何がベストだったのか」
「……っ」
反論しようと思えば鈴はいくらでも反論出来た。だが、反論しなかった。
力が入らなくなった両手が鬼一を解放する。
「答えが無いなら話はここまでです」
「……どこに行くのよ」
「今は僕の顔を見たくないでしょう? それに、鈴さんと一夏さんを邪魔するほど命知らずでもありませんので」
制服を整え、鬼一は最後にそう冷やかして鈴の前から立ち去った。
―――――――――
―――あんなことがあったわけだし、たっちゃん先輩今日は遅いだろうな。
時刻は既に午後6時を回った所。鬼一はIS学園の寮内を歩きながらもう1人の住人の顔を思い浮かべた。
普段、この時間帯の寮ならどこかしらで話し声が聞こえるものなのだが今日は聞こえない。当然と言えば当然なのかもしれなかったが。疲れて部屋で休んでいると考える方が自然かもしれない。
―――そういえば、教員たちによる簡単なカウンセリングを行うらしいけどもう始まっているのかな?
女生徒たちにとってはトラウマになりかねない出来事だったのは間違いない。1歩間違えてたら死んでいてもおかしくない状況だったのだ。体調を崩していてもなんの不思議でもないだろう。その確認と対処ということでカウンセリングを行うと鬼一は真耶から聞いていた。
―――……らしくないな。僕。疲れて、いるのかもな。本当なら考えないといけないことがたくさんあるはずなのに。
鬼一は自覚していなかったが今回の状況に神経が参っていた。そして自分の言動や行動が人にどれだけの影響を与えているのかさえも、正確に理解していない。
時間が経ち、神経が落ち着いてくるに連れて自覚していなかった疲労が全身にのしかかってくる。鬼一は久しぶりに眠気を感じていた。
「おかえり~」
「……先輩って人の思惑外すの好きですよね?」
自室の鍵を開けて入ると聞きなれた声が耳に入ってきた。それが今は嬉しく感じる。鬼一自身も楯無も気づかないほど小さな溜息を零す。
ベッドの上に座りながら楯無は鬼一に視線を合わせる。その手にはティーカップ。紅茶を飲んでいるようだった。制服姿であることから部屋に戻ってきてまだ間もない。
「何よその言い方は。人を弄ぶような悪人と一緒にしないで」
その言葉に対して鬼一は思わず首を傾げそうになったが、我慢して心の中で傾げるだけで留めた。ここで本当に首を傾げてしまったらどんな逆襲が待っているか想像も出来ない。
「後処理の方はいいんですか?」
「後処理と言っても、私が手を付けられる所はもう全部終わってるわよ。後は教員の人たちのお仕事」
「結局、あのISは無人だったんですね」
「……流石にあれは予想出来なかったわ。無人のISなんて誰も出来なかったことだもの」
「外部には公開するんですか?」
「いえ、いくらなんでも今は公開できないわ。どんな混乱が起きるか予想が出来ないもの。織斑先生がこの1件の責任者よ。その織斑先生が情報のシャットアウトを決めた以上、公開するとかしないとか考えるだけ無駄」
―――織斑先生ならこんなトンデモない情報をすぐには公開しないだろうな。いや、というかそんなこと公開できるのか?
今までの常識を覆されるほどの衝撃。それがISの無人機化。操縦者が乗らなければ動かない、という常識を破壊された。男性操縦者が表れた、なんてとはレベルが違う。
―――無人化出来たなら次はISコアの作成とかありそうで怖いな。……あれ? そういえばあの無人機のコアって……。
ふと浮かんだ疑問は1度頭の片隅に追いやる。今はそれを考えているだけの体力も精神力もない。楯無と話していなければ直ぐにでも意識が落ちてしまいそうだった。
「……まぁ、それしかないですね」
「通信内容聞かせてもらったけど、鬼一くんと一夏くんはあれが無人だって気づいたのよね?」
「確証はありませんでしたが、その可能性は高いと思いましたよ。いくらなんでもあそこまで意味の分からない行動は人とは思えません」
「だからといって迷わず零落白夜の使用を敢行するなんて、随分と大胆なことを考えたわね」
1歩間違えていたら悲惨なエンディングが待っていた。勝算があったとはいえ賭けと言ってもいいのは間違いない。
「―――だけど、結果としてそれが最高の一手だったわ」
過程はどうあれ結果は最良と言ってもいい。その結果に楯無はティーカップを持ったまま背中を壁に預けた。
「零落白夜を用いた短期決戦。観客への被害を考慮すれば決着は速いほうがいいわ。そういう意味でキミと一夏くんの判断は正解だった」
詰め方はちょっと雑だったしヒヤヒヤさせられたけどな。そう言って楯無は話を締める。
「上手く行って本当に良かったです」
「そういえば、一夏くんと箒ちゃんの同室が解除されることは知ってる?」
「あれ? セキュリティ面の問題は解決したんですか?」
「学園内に限定すればの話だけどね。人手不足が解消されたからね」
「あの2人が解除されたということは僕と先輩の同室も解除されるわけですか」
随分と長かった。そう鬼一はシミジミと考えながら自分用のティーパックの紅茶を入れる準備を始めた。
「……んーと、鬼一くん?」
「なんです?」
「向こうの方は解消できたんだけど、実は鬼一くんの方はまだ時間がかかるのよ」
「……は?」
思わず、鬼一は凍りついた。それだけ楯無の言った言葉が衝撃的だった。鬼一の思考が止まってしまうほどの衝撃。紅茶を入れる手が止まってしまうほどだ。
「キミには私がついているから織斑先生たちも安心しちゃっていたから、あの2人のセキュリティ強化を優先していたわけなのよ」
「―――……ってことは、まだしばらくはこの状態なんですね?」
少し間を置いて鬼一は平静を取り戻す。
「まぁ、そういうことになるわね」
「……じゃあ、しょうがないです」
諦めたように肩を落とす。ポットからカップにお湯が注ぐ。
「鬼一くんも無関係じゃないから話しておくけど、3人目の男性操縦者も見つかったのよ」
「―――3人目っ!?」
楯無の言葉を一瞬理解出来なかった鬼一。それだけ楯無の言葉は鬼一にとって衝撃的なものだ。冷静に考えてみれば何の不思議でもないのだが。
「……そ、3人目」
―――本当に3人目かどうかはまだ分からないけどね。その言葉を楯無は口にせず心の中で呟く。
「……僕が言うのもなんですけど、そんな簡単に男性操縦者って見つかるものなんですか? ……ん? もしかしてその人も」
元々鬼一は保護という名目でIS学園に入学している。一夏も同様。となると、その3人目も同じ理由という予想は容易に出来た。
「うん、近いうちにIS学園に転校―――というよりも保護が正解かもね。キミ同様」
「ってことは、同室者は一夏さんですか?」
「正解」
「どんな人なんです?」
「ちょっとまだ言えないわね。それと、このことは誰にも言わないでね。一応これを知ってるのはごく一部の人間だけだから」
「分かりました」
そこまで喋って鬼一は部屋に備え付けられてる椅子に身体を沈める。思わず深呼吸。その深呼吸には濃い疲労が見え隠れしていた。
ここまで露骨に疲労を見せる鬼一を楯無は初めて見た。眠気に沈んでいく鬼一を見たことはあったがこんな鬼一は初めてだ。今日1日の出来事を考えれば仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「……鬼一くん、疲れてる?」
心配そうに声をかける楯無。目を閉じたまま鬼一はそれに応える。
「……まぁ、多少は。今日はトレーニングお休みです」
こんな状態でトレーニングしても怪我に繋がる。それくらいのことは考えられる。
「疲れているときはご飯をしっかり食べて、しっかり寝ることよ。それに尽きるわ」
「間違いないです。さて、ご飯食べに行ってきます」
「なんなら私が作ってあげようか?」
「どんなビックリ箱が出てくるから分からないんで遠慮しておきますよ」
そう言って鬼一はダルそうに腰を上げて部屋を出て行く。
後書き
大変お待たせしました。
とりあえずこれで1巻は終了です。すんげえ長かったです。450000文字近いってことはラノベ5冊分くらいの量ですね。どんだけ進みが遅いんだよって話ですが。申し訳ない。
感想お待ちしております。モチベーションになっているのでくれると嬉しいです。
以前、この作品で原作を担当していたセビキャンですがハーメルンで色々と報告します。それはハーメルン時代の読者に向けてらしいので暁から読み始めた方は特に気にしなくても大丈夫です。
それではまたどこかで。
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