ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜
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第二章 追憶のアイアンソード
第25話 宿命の対決
「――私が望むのは、平和な王国に生きる娘に会うことだ。逃げ帰った先に、その平和はない」
王国軍本隊がアンジャルノンの軍勢を破り、帝国軍の主力部隊と激突するさなか。
一騎打ちに敗れ、落命した騎士団長ルークに代わり――アイラックス将軍は。
「……その平和のためにも――行くぞ」
「……わかった。――来い」
戦友の命を奪った帝国勇者と、剣を交えるのだった。
「シッ……!」
「――ッ!」
太刀合わせは――速さも威力も、完全に互角。
それを剣から伝わる衝撃で察した双方は、互いに目の色を変える。一筋縄では行かない相手だと、悟らされたのだ。
だが、アイラックスと竜正の間には、決定的な違いがある。それは――体格と得物の大きさ。
同じ速さと膂力を持っているのなら、身体が小さい方が、より小回りが利いて優位に立てる。
巨大な大剣と細身の日本刀で同等の戦いができるのなら、後者に軍配が上がるのだ。
「……!」
一瞬の太刀合わせからそれを察したアイラックスは、竜正が手首を返して次の一閃を放つ前に、身を引いて斬撃をかわす。大剣で防御に入ろうとしては、間に合わないと判断したためだ。
そして、大剣による攻撃より出の早い正面蹴りで、竜正の追撃を食い止める。
「くッ……!」
畳み掛けようとしたところへ、圧倒的にリーチで勝るアイラックスの蹴りを貰い、竜正は思わず後ずさった。腹部に伝わる衝撃は内臓を揺さぶり、少年の口元からは微かに血が滴る。
「て、帝国勇者がダメージを受けたぞ……!」
「やはりアイラックス将軍は最強だ! 伝説の勇者にも負けていないッ!」
「将軍! どうか、どうか騎士団長の……犠牲となった兵達の無念を、晴らして下さいッ!」
その光景を前に、一騎打ちを見守る王国軍から歓声が上がる。一方、初めて帝国勇者がダメージを受ける瞬間を目の当たりにした帝国軍には、どよめきが広がっていた。
「静まれいッ! まだ闘いは、始まったばかりであるぞッ!」
そんな彼らをバルスレイは一喝するが、兵達の不安は拭えない。動揺を隠せずにいる帝国軍を見遣りながら、アイラックスは静かに口を開く。
「――まさか、異世界の勇者も私と同じ、黒髪黒目の持ち主だとはな。私が数百年前の勇者の末裔……だという噂を耳にした覚えがあるが、あながち間違いでもないのかも知れんな」
「……」
「だから、というわけではないが。出来れば、貴殿とこれ以上戦いたくはない。退いては、貰えぬか」
戦いを望まず、撤退を促すアイラックス。その勧告に、竜正は勇者の剣を構え直し、眉を顰める。
「……敵討ちが望みではないのか。このまま退いたとして、あなたに付いて戦ってきた兵達は、納得するのか」
「納得させるさ。ルークも、あの勇敢な少年兵も、今戦っている兵達も。皆、この王国の平和と安寧を守るために戦っている。私にとっての勝利とは、帝国軍の撃滅ではない。この戦争の――終結だ」
「そうか――だが、残念だったな。俺にも、退けない理由がある。言葉で止められるとは、思わないことだ」
理想を語るアイラックスに、竜正は冷徹に剣を向ける。そんな少年の姿に、王国の将軍は険しい表情のまま――目の色に微かな憂いを滲ませる。
(……見たところ、娘に近しい年頃のようだ。こんな少年が、勇者の力を振るわされていようとは……。それも、戦争の道具として……)
一方。アイラックスの胸中を知る由もないもないまま、竜正も胸に突き刺さるような痛みを覚えていた。さっきの蹴りのせいでは――ない。
(どうしてだ。あの人を見ていると……父さんの顔が、ちらついて離れない。確かに少し似ているけど――あの人は父さんじゃない、斬らなきゃならない「敵」なんだぞ!)
勇者の剣の力により、殺意に囚われているはずの竜正は今、その奥底に封じ込められたはずの、本来の伊達竜正としての感情に苛まれていた。
戦いの中で生きるうちに、忘れかけていた父への想い。それを呼び起こすアイラックスの姿を前に、竜正は胸を締め付けられている。
剣に唆されるまま、人を斬り続けていた事実。目を背けていた、己の罪に。
(俺は……人を、この手で……!)
「どうした。退くのか。退かないのか」
「う――お、ああああぁあァァァッ!」
そして、帝国式投剣術を使うこともなく、八つ当たりのように――アイラックスへと斬り掛かって行くのだった。
「ぬぅっ、トォアッ!」
「ぐううっ……!」
竜正の――勇者の持つ超人的腕力。そのパワーに物を言わせる一閃が、アイラックスの大剣に衝撃を加える。周囲を怯ませる轟音が響き渡り、剣の風が荒野を吹き抜けた。
刹那、アイラックスの反撃の一撃が、下から切り上げるように竜正を狙う。それを受け止めた少年は、勢いを殺しきれず、空高く打ち上げられてしまった。
「……せめて。苦しみを知る前に、その魂を安らぎの空へ!」
「……!」
間髪入れず、アイラックスは上空から落下してくる竜正を狙い、大剣を両手で構える。そこに、先程までのような憂いの色はない。
互いに戦士としてこの地に立った以上、同情も侮りも不要。勇者との戦いを通し、竜正がただの「少年」とは言い難い存在であることを肌で感じ取った彼は、戦士として竜正と相対する決意を固めたのだ。
(悪く思うな――などと言うつもりはない。存分に私を恨め、憎め。その想い全て、私の墓標へ持って行く!)
弐之断不要の体勢に、迷いはない。迷いなき一閃が、少年の身を切り裂こうとしている。
(――死ねない。死ねないんだ、俺はッ! 死ねないんだよ、父さんッ!)
一方。
竜正もまた、その構えから迸る殺気を感じ取り――迷いを捨てなくては勝てない状況であると悟るのだった。
少年は迷いなく、空中で勇者の剣を構え――狙いをアイラックス将軍へと定めた。
(――帝国式投剣術か。しかし、さっきの決闘でその威力と速さは掴んでいる。それに空中から放つとなれば、威力を高めるための足の踏み込みや体重移動もできん。……貰ったな)
ルークを貫いた飛剣風の全容を思い返し、アイラックスは油断なく大剣を握り締める。確信した勝利を、実現させるために。
そして――大剣の間合いである地上付近まで、竜正が近づいて行く瞬間。
アイラックスは決着を付けるべく、大剣の振るう――直前のこと。
「王国式闘剣術、弐之断ッ……!?」
「――おぉおおぉおおッ!」
突如、少年は空中で体を捻り、滞空時間の中で猛烈な回転を始める。
そして、少年の手から離れた勇者の剣は、技を放とうとするアイラックスへと打ち放たれていった。――螺旋を、描くように。
「帝国式投剣術――螺剣風ッ!」
飛剣風を遥かに凌ぐ威力と貫通力を持つ、螺剣風。その技により宙を駆ける剣先は――咄嗟に防御に移ろうとしたアイラックスの大剣を弾くと、鍛え抜かれた片足を貫いて行く。
まるで、螺子を締めるかのように。
「――ぐぉおぉ、あッ!」
予想だにしない一撃を片足に受け、アイラックスは苦悶の表情で傷口を見遣る。
脚に付けられた螺旋状の傷からは、大量の血が噴き出していた。
「おお……あぁっ!」
アイラックスはその痛みを噛み殺し、傷口から突き立てられた勇者の剣を、一気に引き抜いて行く。
その勢いのまま、彼の手から離れてしまった日本刀は弧を描くように宙を舞い――持ち主の足元へ突き刺さるのだった。
「ぐ、ぅぅう……!」
だが、無事に着地したはずの竜正は右腕を抑えてうずくまったまま、動く気配を見せない。螺剣風が持つ威力の代償を払わされた竜正は、目の前に突き立てられた勇者の剣を握ることも出来なくなっていたのだ。
「無敵のアイラックス将軍が……そんな……!」
「に、逃げろ……逃げるんだ! 勇者に……帝国勇者に勝てるわけがないッ!」
だが、彼よりは脚を貫かれたアイラックスの方が重傷である。その結末から将軍の敗北を察した王国兵達は、アイラックスに肩を貸しながら撤退を開始していく。
「逃すかッ!」
「待て軍団長。――深追いする必要はない」
「しかし、バルスレイ将軍! ここで奴らを逃しては……!」
「――アイラックスを一度でも退け、奴らの勢いを止めたのだ。この場でなくとも、決着はつく。遠からず、な」
そんな王国軍を背後から仕留めようとする軍人を諭し、バルスレイは竜正を見遣る。
体重移動が使えない空中からの発動でも、螺剣風は壮絶な威力を持っている。その反動に苦しむ戦友の姿を、銀髪の将軍は沈痛な面持ちで見つめていた。
そして――王国軍がこの荒野を去って行く中で。竜正は一人、うずくまったまま震える手で、勇者の剣を握り締めた。
(……父さん……!)
父への想いが蘇ると、それに連なるかのように――竜正の脳裏に、犯した罪の重さがのしかかっていく。
いつしか彼は――敵対するアイラックスに、父の面影を重ねるようになっていた。
(……母さんのところへ帰ろうとするのが、そんなにいけないのか!? 父さん!)
こちらに剣を構えるアイラックスの姿が、自分を止めようとする父のように見えた竜正は、より激しい胸の痛みを受け――表情を歪ませる。
勇者を初投入した、この戦で――確かに竜正は勝利を飾ることに成功した。
だがそれは、彼が生涯背負い続ける十字架が現れたことを意味している……。
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