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ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜

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第二章 追憶のアイアンソード
  第18話 勇者召喚

 ある、夏の日。
 喪に服した人々の中に――他の人とは異なる服装に身を包む少年がいた。

 新品のブレザーを着た、初々しい顔立ちを持つその少年は――暗い闇に沈んだ表情で、視線の先にある遺影を見つめている。白いハンカチで涙を拭う、母の涙声を聞きながら。
 そんな彼の瞳には、在りし日の父の笑顔が、映し出されていた。

(なんで。なんでだよ。なんで、俺じゃなくて……父さんが……死んじゃうんだよ)

 どうして、こうなってしまったのか。自分はどうすれば良かったのか。
 そう思い悩む彼の脳裏には――父の最期が、色濃く刻まれている。

 数日前――少年が、小学校一年生の夏休みを満喫していた頃。

 大好きな父と共に楽しんだ海水浴の帰り。……少年は明日から、また楽しい一日が始まるのだと、信じて疑わなかった。
 夕焼け空を見上げる彼の瞳には、希望の色しかなかったのだ。

 横断歩道を駆け出す瞬間、眼前に信号無視のトラックが現れるまでは。

「竜正ぁあぁっ!」

 何もかもが、一瞬の出来事だった。
 最愛の父が、必死の形相で自分の名を叫んだのも。その勢いのまま自分を突き飛ばしたのも。――自分の身代わりとなり、トラックに撥ねられたのも。
 何もかもが一瞬で、砕け散ったのだ。少年が信じていた日常が、全て。

 ――そして、全てが終わった時。
 トラックの運転手が呼んだ救急車のサイレンが響く中、少年は呆然とした表情で……倒れ伏した父の傍に、膝を着いていた。

 だが、そんな彼の様子とは裏腹に――我が子を見遣る父の表情は、穏やかなものだった。
 息子の無事に安堵し、微笑む彼は、何も語らず……あるいは、語れず。静かに、眠るように。
 瞼を閉じ――目覚めることはなかった。

 生まれた頃から傍にいた、掛け替えのない家族は、もういない。
 父だった遺体は灰となり、この世から消え去った。

 それでも。生前の父の姿は、少年の心に深く住み着いている。共に過ごしてきた日々も、最期の瞬間に見せた笑顔も。
 色褪せることなく、少年の中に生きていた。

(父さん……俺……)

 自分のせいで父が亡くなったこと。その重さを背に感じながら、少年は隣にいる母を見遣る。
 夫を喪った悲しみに沈む彼女の姿は、少年の心をさらに締め付けた。

(せめて……母さんは……母さん、だけは……!)

 その重圧に追い詰められた少年は、悲痛な表情で決意を固める。
 残された母は、自分が守らなくてはならない。母を、一人にしてはいけない。
 父を殺してしまった今の自分に、出来ることがあるとすれば……それだけなのだから。

 ――しかし。

 少年は、それすら叶えられなかった。

 ……数年後。中学校の入学式を迎える日。
 時間が傷を癒してくれたのか、少しだけ元気を取り戻していた母と、いつも通りの挨拶を交わす。

「じゃ、行ってきます」
「えぇ。……行ってらっしゃい。気をつけてね」
「……うん」

 そして、微かな笑みを浮かべる母の顔を、その目に焼き付けて――家を出た瞬間。

 まばゆい光が一瞬にして、少年の目の前を覆い尽くす。

「なッ、なんだッ!?」

 余りの輝きに、目を覆う少年。気づけば、周囲の景色も全て、白い光に遮断されていた。

「か、母さんッ!」

 何が起きたのか、判断する暇もなく。彼は、すぐ近くにいる――はずの、母を呼ぶように叫んだ。
 しかし。その声が母に届くことはない。彼が今いる世界は、私達が暮らしている世界とは……遠く離れているのだから。

「――え? こ、ここは!?」

 そう。ここはもう、地球ではない。

「おぉ……成功したのか!」
「あの少年が、伝説に伝わる異世界の勇者なのか!」
「これでようやく、戦争が終わる……! 私の息子も、遠征から帰れるぞ!」

 煌びやかな装飾で全てを彩る、帝国の皇室。帝国中の名士が集まる中、決行された勇者召喚の儀式の、現場なのだ。

「なんだ……! なんなんだよ、ここは!?」

 震える声を漏らしながら、少年は戸惑いの表情で辺りを見渡す。高貴な服装に身を包む、見知らぬ男達がざわめきながら、好奇の目で自分を見つめている状況に、少年は混乱していた。

(異世界!? 勇者!? 伝説!? この人達、さっきから何を言ってるんだ!?)

 家を出た瞬間、目の前に現れた光に目を瞑ったと思えば、こんなところにいる。そんな現実離れした事象に、少年の理解は全く追いつかないままだったのだ。

「――皆の者、静粛に。神より遣わされた勇者の御前であるぞ」

 そうして絶え間無く続く男達の声に、少年の理性が耐え切れなくなる直前。
 荘厳な男性の声が響き渡り――瞬く間に、この場を静寂に包ませてしまった。

「……!?」

 その声の主――艶やかな装束に身を包む初老の男性は、少年を見つめながら静かに歩み寄る。その隣に、同様の装束を纏う一人の少女を伴って。
 周囲の人間は、その男性と少女が進む道を畏れるように明け渡していった。その様子を見れば、彼らのことを全く知らない少年でも二人がどういう人物なのかは理解できる。

(この人が、この中で一番偉い人……なのか?)

 彼ら二人が、この状況を説明してくれるのだろうか。あるいは、この夢の世界のような場所なら出してくれるのだろうか。
 そんな微かな希望を頼りに、少年はこちらに近づく彼らに、助けを求めるような視線を送る。

「お初にお目にかかる。余は、この帝国を治める皇帝である。異世界の勇者殿、遥か遠い世界から、よくぞ参られた」
「皇女、フィオナでございます。勇者……様」
「え、えっ……と……!?」

 だが、目の前までやって来た彼らは、少年の希望に沿うことなく――その場に片膝を着いた。
 明らかに高い身分の持ち主である二人が、見ず知らずの自分の前に跪く。その状況に、少年はさらに狼狽してしまうのだった。

「この戦争に終止符を打ち、世界に統一された平和を齎すには――貴殿の力が必要なのだ。どうか帝国の、ひいてはこの世界の未来のため、力を貸して頂きたい」
「私からも……お願い申し上げます。勇者様」
(な、何が……何がどうなってるんだよ。俺、どうしたらいいんだ……!?)

 あり得ない状況に、突如叩き込まれた少年は頭を抱える。
 ――そして。そんな彼を、遠巻きに見つめる男がいた。

(異世界の勇者……か。仮に伝説通りの強さだったとするなら……私の技を、託してもいいかも知れんな)

 その男――在りし日の猛将バルスレイは、真紅のマントを翻すと……人知れず、皇室から立ち去って行くのだった。
 
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