艦隊これくしょん【幻の特務艦】
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第二十七話 起死回生の一手
メッセージ。
前回はなしの最後に付け加え忘れましたが、照月がいます。
呉から横須賀まで通常陸路で行けば約800キロちょっとだ。だが、海上を行くとなれば多少大回りをすることになり、その距離は軽く1,000キロを超えてくる。そのような長距離航海をしかも制海権が敵に争奪されている中、さらに戦闘力が皆無である輸送船団を護衛しつつ行くというのがどういう結果をもたらすか――。
前世においてもしばしば敵の攻撃を受け、全滅若しくは壊滅してしまった例をみればそれは火を見るよりも明らかなことだった。
だが、作戦立案に当たった鳳翔にはこの輸送作戦を託すべき艦娘が呉鎮守府にいることを知っていた。他ならぬ伊勢と日向である。彼女たちは前世において北号作戦という物資輸送任務に従事していた。当時は戦局はほぼ絶望的な状況下で制海権も制空権も全くと言っていいほどない中を、松田少将の指揮下、奇跡的にほぼ無傷で任務を完遂したのである。
この伊勢姉妹のほかに作戦支援に従事した艦娘は他にもいる。足柄と天津風だった。
鳳翔はこの4人、そして葛城を作戦立案会議に招集して念入りに計画を練った。
「そんなに期待されても困るよ。だいたいあれは奇跡の奇跡の奇跡のようなものだもの。」
伊勢は肩をすくめた。
「回避運動だって、ひたすら左左左?あれ、右右右?だったかな?とにかく敵の意表を突きっぱなしだったから交わすことができたんだし。」
「それでもあなた方は無事に任務を成し遂げました。今度だってきっと成功します。」
「だといいけど・・・・じゃ、日向、あんたの意見を聞かせて。どうする?」
「伊勢の考えは?」
地図を一心に見ていた日向が伊勢を横目で見ながら尋ねた。
「私もないわけじゃないけど、あまり自信はないな。」
「私もだ。」
「ま、そうだよね。自信がお互いないのなら、じゃあせ~ので言おうか。」
「子供みたいだな。まぁいい。」
「そう?んじゃいくよ、せ~の――。」
『夜間無灯火航行。』
お互いが同じことをいい、そして同じ顔をしてと息を吐いた。陸路と違い海路では街灯があるわけではない。お互いの位置を知らしめるために、ことに夜間は船舶は灯火を付けて航行するのが習わしだった。夜間無灯火は敵が制海権を握っている海域を進む時、あるいはこちらから奇襲をかける際など、とにかく通常航行を行ってはならない場合に、一切灯火を付けないで航行するやり方である。
「やはりそれしかありませんか。」
鳳翔は顎に手を当てた。
「鳳翔さんも同じお考えですか?」
「はい。ですが呉鎮守府の私たちは夜間無灯火作戦行動を実施した経験があまりありません。」
「そこだよね。でも、夜間航行は真昼間に行くよりも敵に発見されにくいと思うな。この利点は結構大きいよ。こんな時だもの。多少の経験不足を考えても実行する価値はあると思うな。」
「ですね。」
鳳翔はうなずいた。
「わかりました。作戦行動詳細を整え次第、提督に意見具申して決済を受けます。よろしいですね?」
皆はうなずいた。
「だが、肝心の艦隊編成はどうするのだ?」
日向が尋ねた。
「とても一個艦隊で護衛できるような物量ではないぞ、これは。」
「ついでながら。」
両腕を抱くようにして組んでいた足柄が地図から顔を上げて鳳翔を見た。
「今回の輸送作戦では、敵艦隊と輸送船団との間のいわば『盾役』が必要になるわ。」
「そのためにも護衛艦隊は相当の人数を割いた方がいいと私も思うわ。どう対処するおつもりですか、鳳翔さん。」
と、天津風。
「その件に関しては提督から既に了承を得ています。」
鳳翔はきっと顔を上げた。
「私たち全員で行きます。」
「全員ですって!?」
葛城が叫んだ反駁の言葉が会議室に響き渡った。
「ええ。この作戦は私たちだけの問題ではありません。ヤマト全体の問題です。極論すれば呉鎮守府を犠牲にしてもヤマトを守り抜かなくてはならない。ヤマトが全滅して呉鎮守府が生き残っても何の意味もありません。」
覚悟はいいですね、と述べた鳳翔の体から闘気が漂っていた。
その1時間後――。
鳳翔、伊勢、日向、天津風、足柄 葛城はひそかに出立した。既にあたりは夕闇が迫り、美しいオレンジ色の残光がかすかに残っているだけだった。既に輸送船団及び護衛部隊は出立しており、物資の積み込みも始まっているはずである。各隊も順次島を目指すこととなっていた。
「大丈夫かしら?」
足柄が不安を隠せないらしく、せわしげに髪をかき上げると、鳳翔のそばにやってきた。
「ねぇ、鳳翔さん、本当に大丈夫なの?こんな作戦前代未聞よ!」
「大丈夫です。提督の許可は下りていますし、何よりこうでもしなければ物資を輸送できません。」
「それはそうだけれど!でも、それじゃ――」
「足柄。」
日向がちらと目を向けた。
「大丈夫だ。この作戦は必ず成功する。いや、させて見せる。」
日向はまるで日常の挨拶でもするように言ってのけたが、足柄は驚いた。そんな大言を吐くなど今までの日向ではなかったことだからだ。
(なるほど、今度の作戦はそれだけ死命を制することになるというわけか・・・・。)
風に髪をなびかせながら足柄は同行者たちをみた。伊勢、日向、鳳翔、天津風、葛城。そして今回の作戦に従事する艦娘たち、輸送艦隊とその乗組員。
全てが自分の命を賭けて大切なものを横須賀に送り届けようとしている。たとえその先にあるものが――。
足柄は首を振った。そんなことを考えてはいけない。物資を運ぶこと、そして皆が生きること、これだけを考えればいいのだ。
(いいわ!燃えてきた!)
足柄は一人うなずくと、落ち着きを取り戻したように艦列に戻っていった。
「葛城さん。艦載機の扱いは大丈夫そうですか?」
鳳翔が尋ねた。
今回の出立に当たり、葛城に大急ぎで艦載機を渡したのだが、彼女がそれを使えるかどうかは未知数だった。
「わ、わかりません。でも大丈夫です。鳳翔さんが下さった艦載機、絶対うまく発艦できるように頑張りますから!」
葛城は顔を上気させていた。
「そんなに力みすぎなくていいですよ。力を抜いて自然体でいれば離発着や攻撃指令などはすぐにできるようになります。」
「はい!」
葛城は髪をなびかせながらうなずいた。大先輩の鳳翔から励ましの言葉を受けただけで、もう充実した気持ちになっている。だが、その気分は前方の黒々とした影を発見して吹き飛んだ。夕日を背にしているため、逆光で識別が不可能だったからだ。
「あれは?」
身構えた葛城を鳳翔は制した。
「心配しないで。味方です。」
一人海上にあって味方を待っていたのは綾波だった。
「お疲れ様です!」
「準備の方は?」
と、鳳翔。
「はい。既に輸送船団の進発は完了しました。」
「ご苦労様でした。私たちもすぐに向かいます。」
「こちらに。」
綾波に案内され、一同は進路を変えて西に向かった。ほどなく夕日は沈みあたりは真っ暗になった。だが、誰も灯火を付けようとしない。わずかに鳳翔の腰にあるごく小さな赤いライトが点滅しているだけだった。艦娘たちはそれを目印に、各人の間を慎重にとって進んだ。鎮守府時代に無灯火の航行訓練は受けていた艦娘たちだったが、これほど緊張した航海は初めてだった。
「鳳翔さん。」
そっと小声で話しかけられて、鳳翔は綾波を見た。
「どうしましたか?」
「あ、いえ・・・こんな時にこんなことをと思われるかもしれませんが・・・・。」
綾波は心持顔を赤らめたようだった。なぜか暗闇の中でも鳳翔にはそれがわかった。
「私、ようやく鳳翔さんのお役に立てます。今度の作戦で私、頑張りますから!」
『ようやく』の意味を鳳翔は理解するのにしばらくかかった。
「初陣の時、鳳翔さんに命を救われました。ずうっとずっとその時のご恩返しをしたいと――。」
「そんな必要はありませんよ。誰しもが『初めて』を経験し、成長していくものです。私はその過程に立ち会っただけ、綾波さんがここまで成長できたのは綾波さん自身の力であって、私のせいではありません。」
「でも、私は鳳翔さんとご一緒できてとてもうれしいです。」
一瞬白波が月明かりを反射し、綾波の笑顔は鳳翔の眼に映った。とても純粋で美しいと鳳翔は思った。
「ありがとう。でも無理をしないでください。先は長いですし、この作戦が終わってもまだまだやるべきことは沢山あるのですから。」
「はい!」
綾波はうなずいた。
それからは一行はずっと無言だった。
「見えました。」
先行していた綾波が突然速度を落とし、集まってきた艦娘たちに小声で言った。
「えっ?どこに?」
「しっ!」
鳳翔が葛城を制した。
「来た。」
日向がつぶやいた。闇の中を黒々とした物体が徐々に表れ、白波を静かに蹴立てて進んでいる。
「輸送艦だわ。さすがのタイミングね。」
と、伊勢。輸送艦隊は一定の速度を保ったまま艦娘たちのわきを静かに通過していく。その中に艦娘らしい姿もある。先行した第6駆逐隊や利根たちが既に配置についているのだろう。
また、特筆すべき事項として、横須賀から回航されたばかりの最新鋭艦娘として防空駆逐艦の照月が加わっている。輸送船団にとって、上空からの艦載機の機銃攻撃も脅威だった。防空駆逐艦娘の存在は敵の艦載機に対して大きな防御となるだろうが、惜しむらくはただ一人だということだ。せめて四~五人いれば話は違っただろう。
「皆さん。」
鳳翔は皆を見た。
「ここからが本番です。既に各隊は所定の位置について行動しています。皆さんも定められた通りの位置に着き、護衛任務を開始してください。全艦隊は完全無線封鎖、非常時を除き、無線の使用は不可とします。」
皆は一斉にうなずき、所定の場所に散っていった。
「葛城さんは私と一緒に。」
「え?でも、いいんですか?私、雲龍姉や天城姉のところにいった方が――。」
「いいえ、お二人の事なら大丈夫です。」
そうまで言われては従うほかなく、葛城も鳳翔と一緒に輸送艦隊の前衛第二陣につくこととなった。既に綾波、そして不知火と由良の後姿が見える。この3人が再前衛として輸送艦隊全体を引っ張っていくこととなる。
全艦隊は、周辺警戒を厳にしつつ、漆黒の海を航行していくのだった。
執務室にて、提督のモノローグ――。
やっぱり航空機による輸送作戦にしとけばよかったか。だが、あれだけの物資を飛行機で輸送するには時間もかかるし、無理がある。そんなことをしている余裕もない。危険は承知だが、一気に運ぶしかないだろう。俺は鳳翔の立案した作戦を裁可した。
今回の作戦は普段とは色が違う。ただの戦闘であれば俺はこれほど心配はしない。だが、無防備な輸送艦隊を護りぬいての、それも夜間、さらに長距離航行の重圧はとても普段の戦闘行動の比ではない。
だから俺は護衛のイージス艦に乗り組んで一緒に行きたかった。事実そうしかけたが、副官たちの猛烈な反対にあった。こっそり抜け出そうとしたが、埠頭でとめられ、ここにこうして監視されながらのこらずを得なかった。夜間だから航空支援も期待できない。俺にできることは予定地点の航空基地に連絡し、支援依頼をすることくらいだった。くぞっ!!!
俺には例によって例の通り祈ることしかできないが、どうか全員無事で帰ってきてほしい。それだけだ。
輸送作戦の2日目も終わりに近づき、あたりは漆黒の闇が漂っていた。
「あ~あ、呉鎮守府に戻ったと思ったら、また横須賀に行かなくちゃならないなんて、司令官私たちをこき使いすぎ!!」
雷がぶーたれている。
「しっ!!静かにしなさいよ!敵に聞かれたらどうするの?」
と、暁。
「そっちこそ声が大きいわよ!」
「なんですって!レディーがこんな時にはしたない大声出すわけはないでしょ!」
「出してるってば!」
「出して――。」
パンパンッ!と二人の頭を軽くはたいたのは、ビスマルクだった。
「あんたたちうるさい!今大事な大事な作戦中よ!見張りをおろそかにしてどうするの!?」
普段は絶対に手を出さないビスマルクが殺気立っている。それほど重要なのだと二人は改めて身が震えあがる思いだった。
「ご、ごめんなさいなのです、ごめんなさいなのです!」
「あ~雷ちゃんが謝らなくていい気がする、かな。」
と、プリンツ・オイゲンが複雑そうな顔をした。
「持ち場に戻りなさい。警戒を厳にして。今夜が山場なんだからね!!」
『は、はいっ!!』
暁、雷、電の3人はあわただしく元の配置に戻っていった。
「やれやれ、大丈夫かしらね、これで。」
ビスマルクが腰に手を当てた。
「姉様、大丈夫ですよ。きっとうまくいきます!」
「だといいけど・・・・。」
その時、ビスマルクはかなたで一瞬光った光に目を向けた。それはすぐに消えたが、彼女にはその意味が瞬時にして理解できた。
「よし、所定の位置に到着。ここからが本番よ。」
その言葉と同時に輸送艦隊が速力を若干増した。艦隊は相模湾沖に差し掛かっていた。ここは以前横須賀に向かう途上の紀伊・榛名たちが機動部隊と会敵した海域であり、敵に制海権を握られつつある危険地域だった。最近も頻々と深海棲艦が出現しているとの報が入ってきている。
「ここを通り抜ければ、ひとまずは安心・・・・。なんとか無事に切り抜けたいところね。」
ビスマルクはつぶやいた。
「姉様、あれ・・・・。」
不意にプリンツ・オイゲンが指さした。
「何?どこ?」
「だから、あれ、です。ほら!」
ビスマルクは目にしたものを見て慄然となった。闇の中に光る白い痕跡が迫ってきている。
「魚雷!?」
ついに恐れていたもの、しかも闇夜にもっとも出会いたくないものに当たってしまった。
「・・・・チッ!!雷跡右舷より多数接近!!全艦隊、緊急回避!!」
彼女はすばやく周りを確認した。雷跡上にいる艦はないか。狙われているのは誰なのか。
「来ます!」
プリンツ・オイゲンが息を詰めるようにして叫んだ。
息詰まる一瞬――。
その数十秒は艦娘たちも乗組員たちも誰もが凍りついたように動かなかった。
魚雷群は何事もなかったかのように輸送艦隊を通過していった。まるで回遊する魚の群れのように。
「あぁ、良かった。ひとまず安心ですね。」
「まったく、心臓が止まるかと思ったわ。危なかっ――。」
その直後、胸に腹に響く轟音があたりにこだまし、凄まじい水柱が噴き上がる音がした。
「被弾!?いったいどこに――!」
慌ててあたりを見まわしたビスマルクはあっと声を上げた。やや左にいた輸送艦の一隻の右舷に噴き上がった水柱が無数の霧となって海上に落ちていく。それがはっきりと見えるのは、被弾した艦が早くも火災を起こしているからだった。
「くそっ!!」
ビスマルクは臍を噛んだ。
「プリンツ・オイゲン、至急付近の艦娘とともに急行、乗員を救出して!私は残存艦隊を指揮してこの海域を脱出するから!!」
「わ、わかりました!!」
プリンツ・オイゲンは慌てながら火災を起こしている艦に走っていく。
「・・・火災を起こしてしまったために、無灯火航行は意味をなさなくなったわ。これでは――。」
その時、ビスマルクは異音にもにた叫び声を耳にした。
「――来る!」
身構えた彼女にいつの間にか接近していた深海棲艦が襲い掛かってきた。ビスマルクは巧みにかわし、深海棲艦を火災の光の方におびき寄せ、射程内に捕えた。
「夜戦か・・・。経験は乏しいけれど、何とか頑張ってみるか。絶対にここは通さない!!」
ビスマルクは右手を振りぬいた。
「FEUER!!」
38センチ主砲が火を吹き、突進してきた軽巡1隻を撃破、後続の駆逐艦を破壊した。火を背にしている分深海棲艦側が不利。そのことをわかっていても突進をやめなかった。
「私一人にこんなにかかってくるなんて、一体奴らは――。」
はっと顔を上げると、あたりには黒煙と炎を上げた輸送艦がいくつも漂っていた。深海棲艦の一大部隊が殺到しそこかしこで集中攻撃をかけてきていたのだ。
「やはり、ここで仕留める気ね。」
ビスマルクは主砲弾を装填し、身構えた。そこに見慣れない正規空母艦娘、そして利根が走ってきた。
「利根、雲龍、天城!!」
「ビスマルクよ、奴ら本気になって吾輩たちを叩き続けてきておるぞ。」
「望むところよ!むしろそっちの方が好都合だわ。」
ビスマルクはそう言った。そして不敵な笑みを浮かべた。
「バカな奴らよね、こちらが囮とも知らないで。」
鳳翔は今回の作戦で伊勢と日向たちの案を基礎とし、さらにそこに常識を超えた発案をしたのだった。すなわち、ビスマルクたち鎮守府護衛艦隊主力には空の輸送艦隊を率いさせ、艦隊そのものを囮として深海棲艦を引き付け、そのすきに本隊は迂回して突破するというものだった。
ビスマルク達は、鳳翔たちの後ろを進んでいる。本隊を狙われたら、という意見も出ないではなかったが、鳳翔は囮艦隊の方には不審がられない程度の灯火をつけるように提案、さらに本隊の周辺には絶えず直掩機や夜間偵察機をあげて周辺警戒に当たらせていた。さらに翔鶴と瑞鶴の第五航空戦隊は本隊の右側を航行して、絶えず周辺警戒をおこない、万が一の時には敵の盾となって足止めをすることとなっていた。
「じゃが、こちらも尤もらしく動いて見せんと、恰好がつかんぞ。既に筑摩、響、天津風が輸送艦残存艦を護衛して相模湾に退避しつつある。敵の半数はそれを追撃中じゃ。」
「残りは?」
「残る半数は私たちを殲滅する気です。妙高さんが指揮を執って防戦しています。」
と、雲龍。
「よし、雲龍、天城。艦載機を発艦させて敵を一気に仕留めてくれるかしら?夜間発進は困難だと思うけれど――。」
「大丈夫です。」
雲龍がうなずいて見せた。
「はい、雲龍姉様や天城たちはこの時のために訓練を続けてきました。見ていてください!」
天城も力強くそういうと、二人はいったん転進し、火災を起こしている輸送艦の光を受けつつ艦載機を次々と発艦させた。
「さすがね、よし、利根。私たちも負けてはいられないわ。何とか敵艦隊を足止めして支えるわよ!」
「望むところじゃ!」
利根はうなずいた。
あたりは早くも夜が明け始めていた。普段ならばしんと静まり返った大気を主砲弾、機銃、そして爆弾や魚雷などの炸裂音が切り裂いていく。後方においてビスマルク達が襲われたということは彼女たちが発した緊急無電ですぐに知れ渡った。
「鳳翔さん!!」
葛城が悲鳴にも似た叫び声を発した。
「大丈夫です。ビスマルクさんたちが支えてくれます。」
「ですが!!」
「輸送艦隊乗員については、被弾し、航行不能とあればいち早く退避するように提督から何度も念を押してあります。大丈夫です。」
「・・・・・・。」
「それに、まだ作戦は終わっていません。無事に物資を横須賀に搬送するまでは、私たちは逃げることも他の人たちを救出することもできないのです。」
鳳翔は弓を構えた。
「むしろ葛城さん、囮艦隊が攻撃を受けたことで、私たちにも敵が殺到する可能性は大きくなりました。発進はリスクが大きすぎますが、今からでも航空隊を発艦させて、囮とし、敵をそちらの方面にひきつけましょう。」
「ここで発進ですか!?」
葛城が驚いている間にも、鳳翔は弓を構え次々と艦載機を正確に放った。
「あまり効果はないのかもしれませんが、敵の眼が分散されれば、それこそこちらの動きを看破されずに横須賀に行ける可能性もあります。打てる手はすべて打っておきたいのです。」
「わかりました。今までの訓練の成果、お見せします!」
葛城はそう叫ぶと、身をひるがえし、矢をつがえ、次々と艦載機を放った。東方にはまだ日は登ってきていないが、薄っすらと白み始めたその淡い光に照らされ、髪をなびかせ、矢を放ち続ける葛城の姿は幻想的であった。
「流石は・・・・やはり猛訓練を積んできていたのですね・・・・。」
鳳翔は目を細めたが、その時、輸送艦隊の東に警戒のために展開していた第五航空戦隊から無線が入った。無線封鎖をしているときに無線を使用する、それはよほどのことがあったということだ。
「どうしました?!」
鳳翔はあわただしく応答した。
「こちら、第五航空戦隊翔鶴。」
飛来する敵機及び砲弾を交わしながら、瑞鶴と二人まるでペアスケートをするように身をかわしながら翔鶴が報告した。その背後では雪風、鈴谷、熊野が果敢に応戦している。
「現在そちらから3キロほど東方において、敵機動部隊を確認。現在交戦中。そちらの方角にも一部の深海棲艦と深海棲艦機が向かいました。」
『おおよその数は?』
「戦艦2、重巡3、駆逐艦5、そして20機ほどの深海棲艦機が。」
『わかりました。無理をしないでください。』
「はい。」
無線を切った翔鶴はきっと敵艦隊をにらんだ。日頃の聡明で穏やかな彼女の眼ではない。
「瑞鶴。」
「何?翔鶴姉。」
「全航空隊を発艦させて、できる限り敵を引き付けるわよ。」
「ええっ!?私たちも囮になるの?」
「当り前です。皆さんが頑張っているときに私たちだけ逃げるのはよくないわよ、瑞鶴。」
「空母が敵と殴り合いなんて、聞いたことないわ。中破しないように気を付けないとね。って危ない、翔鶴姉!!」
瑞鶴が翔鶴の手を引っ張りあげた。そのすれすれを巨弾が落下して水柱を上げた。はっと顔を上げた二人の前に、ついに敵主力部隊が姿を現した。
「マジでか!?」
鈴谷が主砲を引き揚げて叫んだ。
「マズいですわ!!こっちには戦艦もいないのですもの。翔鶴さん、瑞鶴さん!!」
「早くしないと、こっちももちません!!」
3人の叫びはすぐに第五航空戦隊の二人に届いた。
「戦艦の有効射程!翔鶴姉、早く迎撃しないと!!」
「わかっているわ。行くわよ。」
二人は次々と艦載機を放った。
「全機、突撃!!」
反転した翔鶴が腕を振った。それに応じて、新鋭として加わった彗星、天山が一斉に戦艦ル級めがけて襲い掛かった。これを阻止すべく殺到した深海棲艦機に新鋭の紫電改が襲い掛かり、撃破していく。
「いっけぇ~~~~~~~!!!!!!!!」
瑞鶴の叫びに応えるかのように、天山雷撃部隊の放った魚雷が多数ル級4隻に命中し、大爆発を起こして吹き飛んだ。
「全機、攻撃の手を休めないで!!次目標、空母ヲ級エリート!!」
翔鶴が叫んだ。翔鶴の攻撃隊は大空に舞い上がり、そこから急降下して対空砲火をくぐり、次々と爆弾を投下した。
「負けていられませんわ!わたくしだって!!」
熊野の構えた主砲が火を噴き、続けざまにヲ級に命中、これを吹っ飛ばした。
「お、やるじゃん熊野。んじゃ、私もいっくよ~~~~~~!!!」
鈴谷も前線に押し出し、敵砲火をかいくぐりつつ主砲を発射した。
その3キロ西、輸送艦隊本隊にも敵が出現しつつあった。右舷3時、そして南東4時方向から敵の深海棲艦が出現し向かってきている。既に発艦した鳳翔と葛城の航空隊がけん制しつつあるが、敵は進撃をやめない。
囮輸送艦隊、別働警戒隊、そして鳳翔、葛城の航空隊の攻撃を潜り抜け、いよいよ敵が迫ってきていた。
伊勢と日向の二人は輸送艦隊の最後尾を固めていたが、その二人の眼に右舷から敵が接近しつつあるのが見えてきた。
「ついに敵がやってきたか・・・・。」
伊勢がつぶやいた。
「日向、いよいよだよ。この作戦、私たちの手で絶対に成功させよう。」
「あぁ。伊勢、やるぞ。」
『撃て!!』
二人は同時に叫んだ。輸送船団の後衛を任された二人は東に展開し、近づく深海棲艦を片っ端から撃破していく。その脇では長良が撃ち漏らした深海棲艦を至近距離で仕留め、近づけなかった。日向は通信を開いた。
「鳳翔、日向だ。敵は3時及び4時方向から進撃してきている。我々が食い止める。前衛の由良、綾波、不知火とともに一刻も早く横須賀に行ってくれ!」
この通信を聞いた鳳翔は一人うなずいた。日向からの報告のほか、翔鶴からの情報の敵部隊も接近しつつある。
このままでは包囲される。
だが、鳳翔は冷静さを崩さなかった。
「わかりました。そちらも無理をなさらないように。気を付けてください。」
「ど、どうするんですか?このままでは――。」
「葛城さん、ここからが本当の戦いになります。覚悟は・・・いいですね?」
葛城はごくりと喉を鳴らした。だが、次の瞬間しっかりと点頭していた。
「葛城さん、横須賀に向けて緊急無電を発してください。もう無線封鎖をする必要はありません。」
「はいっ!!!」
葛城はせわしなく通信回線を開いて電文を撃ち続けた。
それを傍らで見ながら、鳳翔は輸送艦隊に通信回線を開いた。
「全艦隊に伝達します。」
鳳翔は息を吸った。
「これより横須賀に向けての最後の行程に入ります。横須賀到達まで約1時間。1時間を乗り切れば、私たちは助かります。各艦、全速力で、進んでください!」
明白な答えはなかったが、各艦はサーチライトを一斉に点滅させて、了解の合図を放った。
「行きます。」
各艦は白波をその舳先に立て、全速力で進み始めた。飛ぶように水面が走り抜ける。その中にあって、鳳翔、葛城は全力で全方位を確認し、あらゆる事態に対処できるように目を向け続けていた。前方に遠く由良、不知火、綾波の3人が見える。彼女たちも輪形陣形を取りつつ敵を警戒していた。そして、やや後方、輪形陣形の中心には艦隊防空の要となる照月が全方位警戒態勢を敷きながら進んでいく。いざともなれば彼女の誇る対空砲火が深海棲艦機を食い止めてくれるだろう。その後方、つまり輸送艦隊の外郭に輸送艦に扮したイージス艦が護衛艦としてついている。通常戦闘においてはイージス艦は艦娘に及ばない。そのためいよいよとなれば、イージス艦は自らを盾にして深海棲艦と刺し違えるつもりだと鳳翔たちは聞いていた。
「翔鶴さんからの報告から数分・・・そろそろ敵の第一波が見えてもいい頃だけれど。」
「鳳翔さん!」
葛城の叫びに鳳翔は空を見上げた。既に日は登り始めている。その朝日を背にして、無数の小さな点が見えていた。
「来ましたか。全艦隊、対空戦闘用意!第一小隊、第二小隊は敵の迎撃に当たってください!」
鳳翔の指示に上空を旋回していた直掩機の中の2個小隊が反転し迎撃に向かった。さほど敵と離れていなかったため、たちまち暁の空に黒煙が立ち上り、撃墜された機が燃えがらのようになって落ちていくのが見えた。その下、大海原に展開しているのは翔鶴が報告した敵の機動部隊の一部だった。だが、距離はまだある。それまでには横須賀の玄関口に到着するだろう。
「ようやく姿を見せたわね。でも、遅すぎたわ。」
勝ち誇る葛城の横で鳳翔は顔色を変えていた。
「まずいわ・・・。」
「えっ?」
一瞬聞き違えたのかと思って葛城は鳳翔の顔を見た。輸送艦隊は今横須賀の玄関口ともいうべく、浦賀水道を目前にしている。
「まずいわ。横須賀に入る前の浦賀水道水域は狭い。今狙い撃ちされたらひとたまりもないわ。」
葛城は息をのんだ。確かに前方の水域は手を伸ばせば陸地と陸地を結べる錯覚に陥るほど横の距離がない。喫水線を考えれば大型輸送艦の航行できる水域は限られている。そこを狙い撃ちされれば――。
「鳳翔さん。」
葛城が鳳翔に話しかけた。
「私が殿を務めます。」
「あなたが!?」
「鳳翔さんは全艦隊の指揮を執って、前に進んでください。」
「でも、それでは、あなたが――。」
「まだ敵は有効射程につけていません。このまま逃げ切れば、私たちの勝です。でもそれには誰かが残って殿を務めなくては!!」
「・・・・・・・。」
「急いでください!!物資を失うわけにはいかないんです。さぁ、早く!!」
「それなら私が残ります!!」
「まだです。まだついたわけじゃありません。何が起こるかわからないんです。その時に鳳翔さんがいてくれなくては駄目なんです!!私じゃ輸送艦隊を指揮できません!!」
短い沈黙があったが、鳳翔はうなずいた。
「わかりました。でも無理をしないでください。約束ですよ。」
「はい。」
「葛城さん・・・・無事で。」
鳳翔はそういうと身をひるがえして輸送艦隊の後を追った。
「チイッ!!」
ビスマルクは相模湾沖で敵と交戦しながら舌打ちを何度もした。
「囮の私たちにこうもしつこく攻撃してくるなんて!!」
残存輸送艦を退避させた筑摩たちも合流を果たし、総力を挙げて敵機動部隊との交戦をつづけているが、敵は減る気配がない。
「駄目じゃ、いったん後退しよう。もう頃合いじゃろう。横須賀に輸送艦隊が入港したのなら吾輩たちがここで戦う必要も意味もない。」
「まだよ!まだ入港の連絡がない以上、もう少し奮戦しなくては、敵がそちらに行ってしまうわ!」
「しかしな、もう吾輩たちも――。」
「ヤマトが滅んでもいいの!?」
利根ははじかれたようにビスマルクを見た。
「私たちが全滅しても物資が無事に届いて、横須賀が息を吹き返して、作戦が完遂できれば、上々じゃないの?違うの・・・・?」
最後の語尾は震えていた。
「利根、あんたの心はそんなものだったの!?」
利根はしばらく言葉が出なかった。ヤマト所属の自分よりも独国からやってきたビスマルクがこんなにもヤマトのことを思い覚悟を固めている。それに比べて自分は何ということを言ってしまったのだろう。
今ここで退けば、鳳翔たちに負担がかかる。自分の怠惰によって戦死者も出るかもしれない。そうなればたとえ自分が生き残ったとしても一生後悔し続けるだろう。
「そうか、そうじゃな。まったく・・・吾輩ときたら、とんでもない醜態を見せてしまった。ヤマト所属艦娘の吾輩が、独国から回航してきたおぬしに意見されるとはな。」
利根は自嘲気味に笑った。
「よし!ならもう一度戦うぞ。奴らを一隻たりとも横須賀へ向けるな!!」
鳳翔は疲れ切っていたが、内心安堵を覚えてもいた。浦賀水道を突破し、あと一息で横須賀にたどり着けるところまで来ていた。既に救援信号は出していたから、間もなく横須賀から救援艦隊が到着するだろう。そうなれば、輸送艦隊は無事に横須賀に入港できる。
そう思った次の瞬間だった。
ザアッ!!と至近距離に水柱が立ち上るのが視界の隅に入った。はっと後ろを振り向いた鳳翔は絶句した。この期に及んでもまだ深海棲艦は追撃をやめなかった。撃ち漏らしたであろう数隻の敵艦隊が全速力でこちらに迫ってくる。
「ここまで来て・・・・まだ!?」
鳳翔は矢筒をちらと見た。もう矢は撃ち尽くして残るは数本のみだった。だが、ここで止まるわけにはいかない。
「ここを通すわけには、行きません!!」
鳳翔は反転し、敵艦隊に向き直ると、キリキリと矢をつがえ、大空に放った。
輸送艦隊の前衛にあって、右翼を守っていた綾波がはっと顔を後ろに向けた。
「・・・・・・?」
彼女は自分の胸に手を当てた。このようなことは初めてだったが、何やらとても胸騒ぎがする。紀伊がこの場にいたら、その意味を理解し、教えただろう。だが、綾波はその原因に
すぐに思い当った。
「後衛が・・・鳳翔さんが!?」
彼女はすぐに由良のもとに走った。
「由良先輩!!」
由良は驚いた顔をした。
「どうしたの?あなたは右翼を守っているはずでは――。」
「鳳翔さんが、危ないのです!!すぐに私を救援に行かせてください!!」
由良は混乱しそうな顔をしたが、すぐに首を振った。
「そんなことはできません!これ以上護衛を減らせば、もう輸送艦隊を守り切れない!」
「ですが、敵は後ろからやってきています。ここを守り切れば、横須賀に入ったも同じではないですか!?」
「しかし――。」
「由良先輩。」
不知火が口を開いた。
「私が右翼につきます。由良先輩は嚮導艦として輸送艦隊を引っ張っていってください。」
「・・・・・・。」
「お願いです。綾波を行かせてあげてください。」
由良は少しためらっていたが、やがて諦めたようにうなずいた。
「いいでしょう。でも無理は――。」
「ありがとうございます!!」
綾波は頭を下げると、全速力で海面を走り去っていった。双方が反対方向に走っているので、綾波の姿はたちまち白い点に変わり、かすんで見えなくなってしまった。由良はそれを見送っていた。
「ついに、私だけになったか・・・・。」
由良は唇をかんだ。このような大作戦における嚮導の重圧はこれまでとは比較にならないほど重かった。にもかかわらず頑張ってこれたのは教導が一人ではなかったからだ。だが、今、ついに一人が離脱し、もう一人も配置換えのために前衛から離脱しようとしている。後方に照月がいるが、彼女は全対空砲火を次々と飛来する深海棲艦機に向けて放ち続けており、こちらを掩護する余裕など全くない様子だった。
由良はひとりになりつつあった。
「私は右翼につきます。ご武運を。」
不知火がいい、反転していった。引き留めたかったが、その手はついに動かなかった。誰しもがギリギリのところで戦っている。第一波の後も何度かの襲来を受け、護衛のイージス艦が何隻か輸送艦の盾となって炎上、離脱していった。救助に行きたかったが、そうなれば輸送艦隊が孤立する。由良達は何度も涙をこらえながら見捨てていくしかなかった。幸い炎上中の艦から短艇が離脱していくのが見えたから、あれが無事に陸地にたどり着くのを祈るしかなかった。
一人になっても戦うほかない。最後の最後には自分も深海棲艦と刺し違える覚悟で挑むしかない。由良はそう覚悟を決めていた。
横須賀海軍鎮守府特務参謀室――。
「なんですって!?」
葵が叫び声を上げた。
「なんでそんな重要なこと黙ってたわけ!?え?私が任せたですって?それは時と場合に――。ああもうっ!!!あんたと話している場合じゃないわ!!!すぐに皆を集めて掩護させるから!!!」
葵はドアをけり破り、部屋の外に転げるように出ていった。何度も廊下で滑り、宿舎の外に出たところで一人の艦娘に出っくわした。
「あ、おはようございます。朝から早いですね――。」
「吹雪っ!!」
血相を変えた葵の顔を見て吹雪は動けなくなってしまった。
「全艦隊に緊急通達!!!直ちに戦闘準備!!!すぐに横須賀鎮守府浦賀水道付近に急行!!!呉鎮守府からの輸送艦隊を保護、敵機動部隊を、撃滅せよ!!!!」
「はっ、はいっ!!!!」
「行け、急げ!!!肺が破れるほど急ぎなさいッ!!!」
「わ、わかりましたっ!!!」
吹雪はものすごい勢いでドックに駆け出していった。たちまち警報が鳴り響き、まだ黎明の眠りをむさぼっていた艦娘たちを驚かせた。葵はドアをけりあけるようにして艦娘に緊急出撃を指令して回った。その鬼気迫る形相は後でみんなが話題にのぼせたほどだった。
葵の気迫のせいか、2分後にはすべての艦娘が事情を知り、その2分後には既に第一陣が全速力で出撃していた。金剛、比叡、榛名、霧島の金剛型戦艦4姉妹と、紀伊、尾張、近江、讃岐の紀伊型空母戦艦4姉妹である。さらにその後方にはばらばらと駆逐艦隊や水雷戦隊が続いていく。
「うぅ~~~早起きはお肌によくないデ~ス!!」
金剛は眠そうに目をこすったが、次の瞬間きっと顔をひきしめた。
「でも、呉鎮守府の仲間たちがbattleしているのに、私たちだけ寝ているのは面白くないネ!!それに・・・。」
金剛は自分の胸に手を当てた。
「私たちのために命懸けで物資を護ってきています。そんなときに私たちが何もしないのはよくないネ!皆さん、follow me!!ついてきてくださいネ!!」
「はい!!」
「金剛型の速力、見せてやりましょう!!」
「会戦地点まで全力で航行すれば約30分足らず、急ぎましょう!!」
他の3姉妹も金剛の後に続き、その後ろに紀伊、近江、讃岐そして尾張の姿が見えた。
「なんだってついてきたの?」
讃岐がふくれっ面をした。
「当然よ。貴重な燃料物資をむざむざ敵の手で沈めるわけにはいかないわ。ったく、こんな無謀な作戦たてるなら、まず相談すりゃいいのに。」
「無謀でもなんでも――。」
紀伊は尾張を見た。
「私はここまで来た先輩や仲間を尊敬するわ。それに呉鎮守府は私にとって大切な故郷だもの。その人たちを失いたくない。」
紀伊は速力を上げた。他の3姉妹はびっくりした顔をしたが、すぐに紀伊の後に続いた。
葛城は疲れ切っていた。彼女自身にも敵攻撃機は容赦しなかった。自分一人にこれほど襲い掛かってくるのだ。他の部隊や輸送艦隊にも敵は殺到しているだろう。だが、自分にできることはここを守り抜くこと、一機たりとも輸送艦隊に向けさせない事だった。
一人後ろに残って警戒していた葛城は敵第二波が接近してくるのを見て覚悟を固めた。
「艦載機が・・・5・・・10・・・・20・・・・。それに重巡戦隊。上等じゃないの!!今度こそは空母としてあいつらを仕留めてやるわ。」
葛城は矢をつがえた。
「全対空砲・・・・じゃない!!回せぇ!!艦載機、発艦!!回せぇ!!!」
そう叫びながら葛城は矢を放ち続けた。
鳳翔は身もだえする思いだった。囮部隊、別働隊、伊勢ら後衛、そして葛城。ここまで戦力を分散させ、敵を引き付け、なんとか横須賀を目前にやってきた。
「ここまできて・・・・くっ!!!」
おびただしい水柱が彼女を包んだ。その直後、キリキリと引き絞られた矢から九九艦爆が数機出現した。
「足止めをお願い!!直掩機も艦爆を護って敵を退けて!!」
上空を旋回していた直掩機も数が少なくなっていた。その残り少ない機の半数を割いて、鳳翔は出現した敵の足止めに向かわせた。
だが、敵の足は止まらない。軽巡数隻と駆逐艦を基幹とする水雷戦隊がついに輸送艦隊後尾に迫ってきていたのだ。
「鳳翔さん!!」
その時だった。一人の艦娘の声が鳳翔の耳に届いた。
「鳳翔さんっ!!」
綾波だった。綾波が弾雨をおかして鳳翔のそばに来た。
「何をしているのですか?前衛が離れては――。」
「前は由良さんと不知火さんとで大丈夫です。照月さんも防空戦闘継続中です!私が後衛として敵を支えます。」
「駄目です。」
鳳翔はきっぱりと言った。
「今これ以上戦力を割くことはできません。断じて、です!あなたは右舷にあって、敵艦隊を警戒してください。ここは私が守り抜きます。」
「ですが――。」
「危ない!!」
鳳翔が綾波を突き飛ばすようにした直後、爆炎が鳳翔を包んだ。
「鳳翔さんっ!!!」
綾波が悲痛な叫びを放った。
「大事・・・ありません。」
右肩を抑えた鳳翔が気丈に微笑んで見せたが、不意にふらっとよろめいた。綾波は鳳翔の体を支えた。
「中破では・・・ありませんから。まだ艦載機は発艦できます。」
「でも、その怪我は――。」
「ここは大丈夫です。」
鳳翔は繰り返した。
「あなたはあなたの責務を果たしに、行きなさい!命令です。」
その時、あたりに異様な甲高い音が響き渡った。その発信源を捕えた時、綾波は凍り付いた。
敵艦隊は既にこちらを有効射程に取れるほど接近していた。軽巡2隻、駆逐艦数隻は、普段ならば苦も無く倒せる相手なのだが、ここまでの戦闘で綾波も疲れ、鳳翔も傷ついていた。
綾波は鳳翔を支えながら敵艦隊を見た。深海棲艦たちは雄叫びにもにた金属音を上げながら一斉に殺到してくる。
「あと一歩で・・・・。」
綾波が我知らず歯を食いしばってつぶやいた。
「あと一歩で・・・・くっ!!」
綾波が砲を構えた時、深海棲艦は一斉にその砲を二人に向け、放った。大小の巨弾が一斉に自分に吸い寄せられるようにまっすぐ飛んでくる。それを綾波と鳳翔ははっきりとみることができた。
「見えた!!」
紀伊が叫んだ。いつの間にか彼女は金剛たちをも追い越し、全速力で一人走り続けていた。彼方に無数の黒い点が見えた。そのうち何隻かは黒煙を上げているが、とにかく輸送艦隊はまだ沈んではいない。紀伊は上空に目を向けた。前もって発艦していた艦載機たちは上空を旋回している。前方に目を戻したとき、目の前の艦隊の嚮導艦娘が誰なのかを知った紀伊は力いっぱい叫んだ。
「由良さ~~~~~~~~~ん!!」
紀伊は大声で叫び続けた。何度目かの叫びで、ようやく由良が気がついたらしく、大きく手を振り上げた。
「紀伊さん!!!」
二人は海上で手を取り合って再会を喜んだ。由良の姿はボロボロだった。ここまで気を張り詰めてきたのだろう、ふっと気を失いそうになった由良は慌てて気力を取り戻そうと頭を振った。
「良かった!無事で本当によかった!!」
「紀伊さん、でも、まだ・・・・・。」
由良が一瞬つらそうな顔をした。
「お願いです!鳳翔さんたちを、皆を助けてください!皆深海棲艦を食い止めようとバラバラになって・・・・このままじゃ!!」
由良はかいつまんでこれまでのことを説明した。事態は予想したよりも悪かったようだ。紀伊はすぐにうなずいた。
「わかりました。由良さんは早く、横須賀に!!」
「はいっ!!」
由良は再び航行を開始し、輸送艦隊もその後に従う。
「艦載機、輸送艦隊上空の援護を!!」
戦・爆・攻の連合部隊はたちまち輸送艦隊に接近し、上空の警戒に当たった。紀伊は後ろを振り返った。続々と艦娘たちがやってきている。その艦娘たちが、あるものは由良のもとに、あるものは輸送艦隊の前後左右について警戒に当たった。これなら十分な護衛の下に横須賀にたどり着けるだろう。金剛たちはいち早く後衛について警戒態勢に入っていた。
「姉様。」
近江、讃岐、そしてやや離れたところに尾張がいる。
「私はこれから皆を救いに行きます。」
「私も行きます。」
「当然あたしも行きます。で、たぶんというか絶対尾張姉様はいかないでしょうから、輸送船団の留守番でもしていてもらいましょうか?」
「フン。」
尾張は顔をそむけたが、驚いたことにすぐに視線を戻して言いはなった。
「私も行くわ。」
「は?今なんて――。」
「私も行くって言ったのよ。いいの?時間がないんでしょう?」
「でも――。」
「勘違いしないで。どうせここで何言ってもあなたを止めることなどできない。私個人としてはボロ船を救いに新鋭艦を投入するのは間違ってると思うわ。でも、だからといってむざむざ戦力を沈めたくはないのよ。それだけの事。」
いいかたは最悪だったが、とにかく尾張としても放っておけないと感じているのは確かのようだった。
「Key!!」
そこに金剛がやってきた。
「私たちも行きマ~ス。さっきは抜かれてしまいましたが、金剛型の高速、侮らない方がいいネ!」
「ですが、それでは艦隊護衛は――。」
「私たちに任せてください。」
川内、長月、初雪、清霜、村雨たちがいた。
「長門先輩たちも向かってきています。それまで私たちが守り抜きますから。」
「わかりました。金剛さん。」
紀伊は金剛を見た。
「私たちは鳳翔さんたちを救出に行きます。金剛さんたちは翔鶴さんたちを。お願いできますか?」
「OK!!任せておいてくださいネ!!」
金剛は胸を叩いた。その時には続々と艦娘たちが集結し、一大部隊が集結しつつあった。
「では、私たちと阿賀野さん、吹雪さん、夕立さん、舞風さん、磯風さん、白露さんは鳳翔さんたちを救出に行きます。」
「待ってください!」
紀伊は振り返った。そこに立っていたのは赤城、そして加賀だった。
「私たちも一緒に行きます。鳳翔さんたちのこと、見捨てることなんてできません。」
「それに、五航戦の子たちと一緒になるのはあまり気分がいいものではありませんから。」
「加賀さん・・・・。」
赤城は注意しかけたが、すぐに顔を引き締めた。
「時間がありません、お願いします!!」
「わかりました。すぐに出発します。」
紀伊の言葉にうなずき合った一同は白波を蹴立てて南下していった。
よろめきながら進む由良の眼に、懐かしい光景が見えてきた。日の光を受け、キラキラと輝く波に洗われた一大港。かつて由良がそこから旅立った港。
(あれは・・・・埠頭・・・・横須賀・・・・埠頭・・・・・。)
くっ、と全身に走る疲労と痛みをこらえ、由良は懸命に走り続けた。
「由良さん、後は引き受けます!!」
川内が由良を支えながら言った。
「いいえ・・・最後まで・・・・私がっ!!」
ここまで載せてきたのは自分だけの想いではない。呉鎮守府の仲間全ての想いが今自分の肩に乗っかっている。
それを背負って走り切らなくては。
想いは無駄になってしまう。どんなに疲れていようと、由良は走りを止めなかった。
不意に体がよろめき、前に倒れた。足がもつれたのだ。もう駄目だと思ったその時、不意に力強い手が彼女の体を抱き留めた。
「・・・・・?」
薄れゆく意識の中、見つめ上げた由良の眼には長門の姿が写っていた。
葛城は一人海を走っている。何とか敵艦隊を退け、深海棲艦機を撃破した彼女は信じられない様子で呆然と海を走っていた。
「信じられない・・・私、やったのね。一人で・・・・・・これも訓練のおかげ!?」
半ば熱に浮かされたように葛城は呆然と何度も同じシーンを回想しつつ北上していく。
「あっ!」
不意に葛城が胸を押さえた。海上に佇む見慣れた姿を見たからだ。
「鳳翔さ~~~~~~~ん!!!」
葛城が力いっぱい叫んだが、ふとおかしいと思った。あれほど凛とした鳳翔が全く振り返らないのだ。
「鳳翔さん?鳳翔さ~~~~~~~~ん!!」
不意に不安になり、葛城は何度も鳳翔の名前を叫んだ。もしや鳳翔はけがをしたのではないか。自分が呼んでも振り返ることのできないほど重傷を負ったのではないか。
先ほどの勝利の高揚感は一瞬で吹き飛んでいた。葛城は急いで鳳翔のそばに走っていった。
「鳳翔さん、鳳翔さんっ!!」
葛城の呼びかけに鳳翔はようやくこちらを振り向いた。その顔色の悪さに葛城はぞっとなった。
「鳳翔さん、お怪我は?どこかけがしたんですか!?」
「いいえ、私なら・・・・大丈夫です。私なら・・・・・・。」
ふと、葛城は鳳翔が何かを抱えているのに気がついて、あっと声を上げた。
「この人・・・綾波さ――。」
葛城の顔が凍り付き、声にならない声を上げていた。
綾波の体はひどい傷を負っていた。全身に火傷があり、砲弾が命中したのか破片が腕や足、体に食い込んで、出血している。だが、それもある一点に比べれば物の数ではなかった。
葛城が見つめていたのは、眼だった。綾波とは輸送作戦で一瞬顔を合わせた程度だったが、眼の輝きははっきりと覚えている。
その眼は見開いていたが、白く曇り、虚空の空を見上げたままだった。
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