Sword Art Rider-Awakening Clock Up
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第1層ボス攻略会議
世界初のVRMMORPG、《ソードアート・オンライン》……通称SAOが正式サービスを開始してから既に1ヶ月が経過しようとしていた。
平均的規模のMMOであれば、そろそろ初期レベル上限に到達するプレイヤーが現れ、ワールドマップも 端はしから端まで探検され尽くそうかという頃合いだ。しかしこのSAOでは、現在のトップクラス集団でも、レベルはせいぜい10か20辺り。ゲームの舞台となっている《浮遊城アインクラッド》も、踏破されたのは全面積のわずか数パーセント程度だろう。
なぜなら、今やSAOは、ゲームであってゲームではない、ある種の《牢獄》と化してしまったのだから。自発的ログアウトは不可能、仮想体の死亡はすなわち生身のプレイヤーたる自分自身の死を意味する。
《ナーブギア》に内蔵された信号素子のマイクロウェーブは、原理的には電子レンジと同じ。充分な出力があれば、脳細胞中の水分を高速振動させ、摩擦熱で蒸し焼きにするのは可能だ。プレイヤーのヒットポイントが全損し、ゼロになった時、脳はナーブギアによって破壊される。
そんな状況の中で、危険極まるモンスターやトラップが犇めくダンジョンに潜ろうという人間がそうそういるはずがない。
そして、ゲームマスターにしてSAO開発者である《あの男》の手によってプレイヤーのアバター容姿が、現実の容姿と同一化された。その結果、元々右頬にあった2つの刀傷がアバターに現れてしまった。だが、恥じることではない。むしろ誇りに思うことだ。
この傷痕は__ある種の証でもあるのだから。
俺は最初のクエストの際に入手したハーフコートを身に付けたまま、トールバーナの北門を潜った。
視界に【INNER AREA】という文字が浮かび、安全な街区圏内に入ったことを教える。途端、両肩にズシリとした疲労を感じ、無意識のため息が口から漏れる。
今日の早朝にこの街を出てモンスターを狩り続けた俺には消耗がいささか激し過ぎた。
谷間の街を抜ける微風が、ハーフコートの裾を揺らした。俺はそれ以上に、虚しくなる自分を心から眺めた。
デスゲームが始まってから今日まで、つまり1ヶ月の間、俺はずっとソロプレイを貫いてきた。他人との交流を深めることもなく、はぐれ者として過ごしてきた俺には、他人と交流することなどできない。元よりする気もないが。
「こんな状況でも、ソロのままなのカ」
いきなり背後からそんな呟き声が聞こえ、俺は振り向いた。
「すぐに死んでもおかしくないのに、なんでソロでい続けるんダ?」
語尾に特徴的な鼻音が被さる甲高い声でそう続けるのは、俺より頭1つ以上は低く、いかにもすばしっこそうなプレイヤーだった。防具は、全身布の革。武器は左腰にクローと右腰に投げ針。到底こんな最前線まで辿り着けなさそうな装備だが、この人物の最大の武器は他にある。
「……お前には関係ないだろ」
俺は顔を顰め、冷徹な態度で返事した。相手がこの後、どんな言葉を返してくるかは予想がついた。
「ベータの時と変わんねぇナ」
俺の予想を裏切ることなく、にんまりと笑うその顔には、1つ大きな特徴がある。両ほほっぺたに、メーキャップアイテムで、動物のヒゲを模した3本線がくっきりと描き込んであるのだ。短めな金褐色の巻き毛と相まって、その風貌はどうしてもある種の齧歯類を思い起こさずにいられない。
以前、なぜそんなマーキングをしているのか、と訊ねたことがあった。しかし、「そっちこそ、なんで顔に2つの傷痕があるんダ」とお返しされるように訊かれた直後、「その理由を教えてくれたら、このヒゲのことを教えてやってもいいヨ」と言われた。
「お前、この後のボス攻略会議に参加するのカ」
「さっきも言っただろ。お前には関係ない」
「にひひ、簡単に情報は売らないってわけカ」
太々しいにも程がある台詞を吐き、アインクラッド初の情報屋、通称《鼠のアルゴ》のケタケタ笑いを無視して、さっさと先に進んだ。
45人。
それが、この《トールバーナ》の噴水広場に集ったプレイヤーの総数だった。
このSAOでは1パーティーが最大6人、それを8つまで束ねて、計48人の連結パーティーを作ることができる。ベータテスト時代の経験だと、フロアボスを死者ゼロで倒そうとするならレイドを2つ組んで交代制を敷くのがベストなのだが、この人数ではレイド1つの上限すら満たせない。
右頬に負った2つの傷痕、夜空のような明るさを持つハーフコートを着用し、紺色の髪と赤い瞳を持つ少年剣士は、両肘を膝に乗せ、項垂れたような姿勢でベンチに腰掛け、始まるのを待っていた。
午後4時。
ここで第1層のボスを攻略するための《会議》が開かれようとしていた。
パン、パンと手を叩く音と共に、よく通る叫び声が広場に流れた。
「はーい!それじゃ、そろそろ始めさせてもらいます!」
実に堂々たる喋りの主は、長身の各所に金属防具を煌めかせた片手剣使いだった。広場中央にある噴水の縁に、助走なしでヒラリと飛び乗る。あの高さをあの装備でワンジャンプとは、筋力、敏捷力が高いのだろう。
次いで、男は爽やかな笑顔を浮かべると言った。
「今日は、俺の呼び掛けに応じてくれてありがとう!知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな!俺は《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
すると、噴水近くの一団がどっと沸き、口笛や拍手に混じって「本当は《勇者》って言いてんだろ!」などという声が飛んだ。
SAOには、システム的な《職》は存在しない。格プレイヤーは、与えられた複数の《スキルスロット》に、自由な選択で各種スキルを設定し修練できる。例外として、生産系や交易系スキルをメインにしている者は、《鍛冶屋》や《お針子》、《料理人》などの職名で呼ばれる場合もある。《騎士》や《勇者》という職は寡聞にして聞いたことがない。
もちろんどんな職名を名乗ろうが、それは個人の自由だ。見ればディアベルと名乗る男は胸と肩、腕と 脛すねをブロンズ系防具で覆い、左腕には大振りの直剣、背中に盾を背負っている。いわゆるナイト系装備と言えなくもない。
その堂々たる姿を、最後方から眺めながら、俺は脳裏のインデックスを素早く繰った。あのディアベルという男の顔、髪の色は違うが最前の村や街で何度か見たような気がする。それ以前に、ベータテスト時代のアインクラッドではどうだったか。少なくとも名前に聞き覚えはなかった。
「さて、こうして最前線で活動してる、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、もう言わずもなだかだと思うけど……」
ディアベルが演説を再開し、俺は物思いや止め、目の前の現実に集中した。
青髪の騎士は、サッと右手を振り上げ、街並みの彼方にうっすら聳える巨塔……第1層迷宮区を示しながら続けた。
「……今日、俺達のパーティーは、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には、ついに辿り着くってことだ。第1層の……ボス部屋に!」
どよどよ、とプレイヤーがざわめく。第1層迷宮区は20階建てで、俺がベータテスト時代に潜ったのが18階から19階に上がった辺りだった。
「ここまで1ヶ月もかかってしまったが……それでも、俺達は、示さなきゃならない。ボスを倒し、第2層に到達して、このデスゲームもいつかきっとクリアできるんだってことを、《はじまりの街》にいるみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいる俺達トッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ、みんな!」
再びの喝采。今度は、ディアベルの仲間達以外にも手を叩いている者がいるようだ。確かに言っていることは立派というか非の打ち所もない。いや、非を打とうなどと考えるほうがそもそもおかしいのだろうか。
「ちょ待ってんか、ナイトはん!」
そんな声が低く流れたのは、その時だった。
歓声がピタリと止まり、前方の人垣が2つに割れる。空隙の中央に立っているのは、小柄ながらがっちりした体格の男だった。背負っているのはやや大型の片手剣。頭はある種のサボテンのように尖ったスタイルの茶色の髪。
一歩踏み出し、サボテン頭はディアベルの美声とは正反対の濁声で唸った。
「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
唐突な乱入に、ディアベルはほとんど表情を変えなかった。余裕溢れる笑顔のまま、手招きしながら言う。
「こいつっていうのは何かな?まあ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するなら一応名乗ってもらいたいな」
「……ふん」
サボテン頭は盛大に鼻を鳴らすと、一歩、二歩と進み出て、噴水の前まで達したところでこちらに振り向いた。
「わいは《キバオウ》ってもんや」
なかなかに勇猛なキャラネームを名乗ったサボテン頭の片手剣士は、小さめながら鋭く光る両眼で広場の全プレイヤーを睥睨した。
「こん中に、今まで死んでいった2000人に、詫び入れなあかん奴らがおるはずや」
途端、低くざわめいていた45人の聴衆が、ピタリと押し黙った。キバオウが何を言わんとしているのか、やっと全員が理解したのだ。
「キバオウさん。君の言う《奴ら》とはつまり……元ベータテスターの人達のことかい?」
腕組みしたディアベルが、今までで最も厳しい表情を浮かべて確認した。
「決まっとるやろ」
革の上に分厚い金属片を縫い付けたスケイルメイルをジャラリと鳴らし、キバオウは背後の騎士を一瞥から続けた。
「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にダッシュで《はじまりの街》から消えよった。右も左もわからんビギナーどもを見捨ててな。奴らはうまい狩り場やらクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強うなって、その後もずーっと知らんぷりや。……こん中にもおるはずや。ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる小ずるい奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんと、わいは言うとるんや!」
名前の通り、牙の一咬みにも似た糾弾が途切れても、やはり声を上げようとする者はいない。
まさしく、元ベータテスターの俺も自分から名乗ろうとしなかった。もとより誰かに自分の命を預けるつもりなどなかった。
しかし、間近のベンチに腰掛ける1人の少年が、奥歯を噛み締め、息を殺し、沈黙を続けているのが眼に映った。
黒いコートを着用し、片手剣を背負った黒髪の少年。年齢は俺と同じくらいだろう。彼の噛み締める姿を見て、ピンと来た。彼も俺と同じ__元ベータテスターだ。
今年の夏休みに行われたSAOクローズド・ベータテストは、募集枠わずか1000人だった。その全員に正規版パッケージの優先購入権が与えられたのだが、テスト末期のログイン状況を見るに、1000人がこぞって正式サービスに移行したわけではないと推測される。おそらく、700人から800人。それがデスゲーム開始時点での元ベータテスターの総数だろう。
しかし、《誰が元ベータテスターか》を調べるのはそう簡単なことではない。カラー・カーソルに【β】マークでもあれば話は速かったがもちろん……と言うか幸いと言うかそんなものは存在しないし、アバターの外見は、GMたる茅場晶彦の配慮によって現実の容疑そのままに戻されてしまっている。唯一の手掛かりとなり得るのは名前くらいだが、テストと本番でキャラネームを変更している可能性もある。
知識と経験が常に安全を生むわけでもない。逆に陥穽となることもある。
「発言、いいか」
その時、豊かな張りのあるバリトンが、夕暮れの広場に響き渡った。顔を上げると、人垣の左端辺りからぬうっと進み出るシルエットがあった。
身長は190ほどある大柄の男。背中に無骨な両手用戦斧を吊っている。
風貌もまた、武器に負けず劣らず魁偉だった。頭を完全なスキンヘッドにし、肌はチョコレート色。しかし、彫りの深い顔立ちに、その思い切ったカスタマイズが実に似合っている。
噴水の傍まで進み出た筋骨隆々たる巨漢は、数人のプレイヤーに軽く頭を下げると、猛烈な身長差のあるキバオウに向き直った。
「俺の名前は《エギル》だ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。だから、その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということなんだな」
「そ、そうや」
キバオウは一瞬、気圧されたように片足を引きかけた。
エギルという斧使いが見事なバリトンで続けた。
「キバオウさん、金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」
斧戦士がはち切れんばかりの筋肉を覆うレザーアーマーの腰に付けた大型ポーチから、羊皮紙を綴じた簡易な本アイテムを取り出す。表紙には、丸い耳と左右3本ずつの髭を図案化した《鼠マーク》。
「このガイドブック、あんただって貰っただろ。ホルンカやメダイの道具屋で無料配布してるんだからな」
「……あれは……」
俺は思わず小声を漏らす。あれは、表紙マークの示すとおり、情報屋《アルゴ》が販売していた《エリア別攻略本》だ。詳細な地形から出現モンスター、ドロップアイテム、クエスト解説まで網羅されていて、表紙下部にデカデカと【大丈夫、アルゴの攻略本だよ】という惹句も書かれている。
アルゴ。このトールバーナに着いた時、ばったりと会ったアインクラッドで数少ない情報屋のパイオニアにして、俺と同じ元ベータテスター。頬にネズミのヒゲような3本線のフェイスメイクをしている風貌により、ベータテスト当時から《鼠のアルゴ》の名で通っている。
サバサバとした男性的な口調で、語尾がカタカナになるのが特徴的。あざとい性格で、売れる情報は何でも売るというスタンスだが、ガイドブックを無料配布していることを聞いた時は、さすがの俺も少々驚いた。
エギルは視線を集団に向けると、よく通るバリトンを張り上げた。
「いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのに、たくさんのプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて、俺達はどうボスに挑むべきなのか、それがこの場で論議されるべき重要なことだと、俺は思っているんだがな」
エギルの態度は至極堂々としており、論旨もこの上なく真っ当で、それゆえにキバオウを噛み付く隙を見いだせなかったようだった。エギル以外の誰かが同じことを主張すれば、キバオウはおそらく「そんなことを言うお前こそ元ベータテスターだろう」と反撃したと思われるが、今は増々しげに巨漢を睨め付けるだけだ。
無言で対峙する2人の後ろで、噴水の 縁ふちに立ったままのディアベルが頷く。
「キバオウさん、キミの言い分も理解はできるよ。俺だって右も左もわからないフィールドを、何度も死にそうになりながらここまで辿り着いたわけだからさ。でも、そこのエギルさんの言う通り、今は前を見るべき時だろ?元ベータテスターだって……いや、元ベータテスターだからこそ、その戦力はボス攻略のために必要なものなんだ。彼らを排除して、結果的に攻略が失敗したら、それこそ何の意味もないじゃないか」
さすが、ナイトを自称するだけのことはあると思わせる、こちらも実に爽やかな弁舌だった。聴衆の中にも深く頷いてる者が何人もいる。元ベータテスター断罪すべし、という場の雰囲気がかわるのを感じて、彼も少しだけ安堵した。
「みんな、それぞれに思うところはあるだろうけど、今だけはこの第1層を突破するための力を合わせてほしい。どうしても元ベータテスターとは一緒に戦えない、って人は、残念だけど抜けてくれてかまわないよ。ボス戦では、チームワークが何より大事だからね」
グルリと一同を見渡したディアベルは、最後にキバオウを真顔でジッと見つめた。サボテン頭の片手剣使いは、しばしその視線を受け止めていたが、フンと盛大に鼻を鳴らすと押し殺すような声で言った。
「……ええわ、ここはあんさんに従うといたる。じゃが、ボス戦が終わったら、きっちり白黒つけさしてもらうで」
振り向き、スケイルメイルをジャラジャラ鳴らしながら集団の前列まで引っ込む。斧使いエギルもまた、それ以上言うことはないというように両手を広げると、元居た場所へと下がった。
「よし、じゃあ会議を再開しよう」
ディアベルはガイドブックを手に取り、ページを開き眼を通しながら第1層のボスについて説明を始める。
「このガイドブックによると、ボスの名は《イルファング・ザ・コボルドロード》。それと、《ルインコボルドロード》という取り巻きが3匹いる。ボスは四段あるHPバーの最後の一段が赤くなると、武器を曲刀カテゴリーの湾刀に持ち替え、攻撃パターンも変わるとのことだ」
ディアベルがそこまで説明し終えた途端、「これならいけるかも」「俺達は勝てる」などと、自分達の勝利が既に約束されたかのようにプレイヤー達がざわめいた。
ボスの情報は、ひとまずベータ時とまったく同じだが、ベータと本番が必ずしも同じとは限らない。本番ではボスが未知の力を発揮する、といったケースがSAO以前のMMOゲームにもあった。これはSAOも例外ではないはず。万が一そうなった場合、頼れるのは自分自身だけだ、と俺は心の底から自分に言い聞かせていた。
「ボスに関する会議は以上だ」
再びナイトが口を動かし、張りのある声で叫んだ。
「みんな、今は、この情報に感謝しよう!」
聴衆がさわさわと揺れる。その発言は、元ベータテスターとの対立ではなく融和を選ぶとも取れるからだ。
「出所はともかく、このガイドのおかげで、ボス攻略が思ったより速く済ませられそうなんだ。正直、すごくありがたいって俺は思ってる」
広場のそこかしこで、色とりどりの頭がうんうんと頷く。
「……こいつが正しければ、ボスの数値的なステータスは、そこまでヤバイ感じじゃない。もしSAOが普通のMMOなら、みんなの平均レベルが3……いや5低くても充分倒せたと思う。だから、きっちり戦術を練って、回復薬いっぱい持って挑めば、死人ゼロで倒すのも不可能じゃない。俺が騎士の誇りに賭けて約束する!」
よっ、ナイト様!というような掛け声が飛び、盛大な拍手が続いた。ディアベルがなかなかのリーダーシップの持ち主であることは、捻くれ者の俺も認めざるを得ない。ギルドは3層まで行かないと作れないが、その暁には定めしかい攻略ギルドを立ち上げることだろう。
「それじゃ、まず近くにいる人とパーティーを組んでみてくれ!何はともあれ、レイドの形を作らないと、役割分担もできないからね!」
SAOでは1パーティーが6人。この場にいるのが45人。7パーティー作って3人余る。そのうちの1人が……この俺だ。
辺りを見回してみると、ディアベルの指示からわずか1分足らずで、7個の6人パーティーがあっという間に完成した。胡散臭い感じだったキバオウや、巨人のように大柄のエギルまが瞬時に5人の仲間を見つけている。
自分の他に余っているはずの2人を見つけようと首を右に動かした途端、
「お前も溢れたのか?」
左側から男の声が聞こえた。瞬時に首を左へ向けると、そこにいたのは、黒いコートを着用し、片手剣を背負い、先ほどまで近くのベンチに腰を掛けていた、俺と同じ元ベータテスターの少年だった。
おとなしそうな顔つきをした黒髪の少年は、先ほどのキバオウの発言により、奥歯を噛み締め、息を殺し、沈黙を続けていた。その様子を見て、俺はこの少年が元ベータテスターだと気づいた。
だが今はそんなことより、目の前のことにどう対処すべきかだけ考え、押し殺した声で言葉を返す。
「……だったら何だ?」
黒髪少年は真顔で言った。
「なら、俺達と組まないか」
「……俺達?」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
「ほら、あそこ」
少年は後ろに指を差し、それにつられるように眼を向けた。よく見ると、指の差された所には赤いフーデッドケープに身を包んだ細剣使いがベンチに腰を降ろしていた。
頭にフードを被っているため顔はよく見えないが、わずかに口元と栗色のロングヘアーが見て取れる。
「あの女と2人だけのパーティーなのか」
「ああ、そうだよ」
「………」
俺は少々難しい選択を迫られた。
この黒髪の少年と、あのフーデッドケープの女プレイヤーは、俺が元ベータテスターだということを知らない。逆に言えば、俺はこの少年が元ベータテスターだということを知っている。そのような境遇でパーティーを組むのは少々危険に思える。かと言ってパーティー申請を断れば、ボス攻略に支障が出る可能性もある。
もしパーティーを組むなら、自分が元ベータテスターだということを明かして申請に応じる手もあるが、それではキバオウや他のプレイヤーにも気づかれるかもしれない。
脳裏を渦巻く数々の思考の中で、俺が下した決断は……
「……受けよう」
と答えた途端、黒髪少年は頷き、視界に表示されている相手のカラー・カーソルに触れるとパーティー参加申請を出した。俺が素っ気ない仕草でOKを押すと、互いの視界左側に、やや小さい3つ目のHPゲージが出現した。
その下に表示される短いアルファベットの2つの羅列を見つめた。
「……キリト……アスナ……」
【Kirito】【Asuna】。それがこの少年とあのレイピア使いの名前だった。
次いで、【Nether】という羅列に並んだ6文字のアルファベッドを見た黒髪剣士も、相手の名前を呟いた。
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