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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第五十七話 妨害工作が進んでいます。

帝国歴486年6月27日――。

 ブリュンヒルト艦内総通信室――。
 ここでは艦隊総旗艦としてそれにふさわしい強力な全方位レーダーシステムや多少の通信妨害などものともしない遠隔操作システム、磁気オンライン、重力場感知装置、妨害電波除去システム、クリーンルーム等、総旗艦の目と耳の機能がことごとく集中する部屋だった。360度すべてが可変式のディスプレイに早変わりし、ここが臨時の通信指令室として機能できるようになっている。
 ラインハルトたちが何度目かの交渉に出立した後、ティアナは一人この部屋に入り、麾下の女性士官たちと一緒に惑星イオン・ファゼガスの通信について調べていた。
「何をしておいでなのですか、フロイレイン・ティアナ。」
ミッターマイヤーがミュラー、ロイエンタールと共に入ってきた。彼女は空中移動式の椅子を彼らに向けた。指は熟練した速度で空間コンソールを叩きながらである。彼女のはめている手袋は特殊な装置が付いていて、この部屋にいる限り、どこにでも自分の前にコンソールがあるかのようにキーを叩くことができるのである。
「この惑星における通信状況を確認しているのよ。どうも気になって。」
半球状の部屋の壁は一面ディスプレイになっており、そこに次々と惑星イオン・ファゼガスの情報が惑星イオン・ファゼガスの映像をバックにして羅列されていく。
「気になる、とは?」
ミュラーの問いかけに、
「自由惑星同盟が、帝国との全面的な交渉を受け入れたことはおめでたいことだけれど、果たしてそれを130億人全員が歓迎していると思う?」
その言葉に提督3人が顔を見合わせた。
「なるほどな、どこの組織にも過激派という奴らはいる。そいつらが今双方の首脳陣が集まってきている迎賓館に目を向けないわけがない、という事か。」
ロイエンタールにうなずきを返しながら、
「警備は当然厳重よ。爆弾探知機もフル稼働。もちろん上空も半径100キロにわたって飛行禁止。検問も幾重にも設けて厳戒態勢。でも、どうも気になるから一応こうやって兆しがないか調べているわけ。」
「兆し?」
「ミッターマイヤー提督。もしあなたがテロリストで迎賓館を狙うとしたら、この厳重な警備、どうやって突破する?」
「物騒なことをお尋ねになりますね、フロイレインも。」
ミッターマイヤーは苦笑いしながらも、
「そうですな、私であれば地下から潜入するか、あるいは検問が幾重にも設けられていることを逆用し、仮装した部隊を通行させ、迎賓館前に到達、電波妨害を行って彼奴等の目と耳を奪います。迎賓館周辺さえ制圧してしまえば、そのさらに外周の部隊は無力化できます。何しろ人質を手中にできるわけですから。」
「そう。周辺の通信を奪い、さらには兵器群の機能を無力化さえできれば当面の時間は稼げるわ。そのためには超強力な電波妨害が必要になってくるはずでしょ?そういうわけで、その兆しがないかどうかを確認しているってわけ。杞憂だといいのだけれどね。」
最後はそうあってほしくないという願いが込められていた。確かに、今は敵地のど真ん中にいるわけである。味方は500隻、敵は20万隻以上。しかも地上部隊を合わせるとさらに戦力は懸絶する。それらが一斉に殺到してきたら、到底勝ち目はない。
「あなた方がいれば、自由惑星同盟の軍人など、物の数ではないでしょうに。」
ミュラーの指摘にティアナはほうっと息を吐いた。
「いくら力があっても、それは究極の場面では何の役にも立たないわ。一対一なら私は誰にも負けない。(一部を除いてね。)でも、十対一、百対一、いいえ、一万人、十万人、百万人の前には一人の人間の力なんて、たかが知れているわ。・・・・張飛や関羽じゃあるまいし。」
「三国志か。俺はああいう物語も好きだが、今少なくとも俺たちがこうして立って触れているこの世界は、俺たちにとっては物語ではないからな。舞台俳優にとっては舞台もまた現実だという事さ。」
と、ミッターマイヤーがミュラーに言う。ティアナはそれにうなずきを示して、両手を広げて見せながら、
「そういうこと。張飛や関羽一人の力で天下が取れるなら、諸葛亮や劉備はいなくてもいいわけでしょ。人間には頭脳、仁徳、そして運は必要ないことになるもの。でも、そうではないでしょう?」
「お前の言う通りだな。俺やお前はコンピューターでもなければ、人造人間でもない。完璧な奴など存在しない。だが、俺たちには組織という『方法・道具』がある。それを駆使し、欠点をカバーしあうことで、よりよい結果へと歩むことができる。そうだな?」
ティアナはロイエンタールにうなずいて見せた。
「ミッターマイヤー、ミュラー、俺たちも厳戒態勢をとるぞ。フロイレイン・ティアナのいう通り、万が一に備え、ブリュンヒルト艦内を臨戦態勢に移行できるよう、準備しておこう。」
3人が総通信室を後にしてからも、ティアナは麾下の女性士官たちと入念にこの都市惑星の状況を探り続けていた。





そして明けて帝国歴486年6月28日――。

 イオン・ファゼガス惑星安全保障局――。
 この日は宇宙歴で言うところの月曜日であった。前日の休日を堪能し、また今日から平日がスタートする。皆会社にはいきたくないなという思いを胸に抱えつつ、またいつもの一週間をスタートさせるために思い思いに出局してきた。
「おはようハリデイ、いい週末だったか?おはようミス・コナー、そのバッグ買い換えたかな?いいデザインじゃないか。おはようジョニー、子供の具合はどうだ?」
安全保障局電子情報部の副部長は気さくに職員と挨拶をしながらガラス張りの自室に足を向けていた。だが、その足はほどなくして異様な叫びに止められることになる。
「副部長!!」
若い局員が信じられないような顔をして指さしている。
「モ、モニターが、全システムが・・・・!!」
副部長は一瞬目の前で起こっている事態が信じられなかった。モニターが次々とシャットダウンし、画面がブラックになり、通信機器やPCが使用不能になっていったのだ。騒然とする職員たち。だが、彼の脳裏にはすぐに対処すべきマニュアルが浮かび上がった。
「緊急事態だ!!コード・レッド!!すぐに全システムをシャットダウンし、アナログ操作移行しろ!!予備独立システムを起動させ、バックアップを供給してくれ!急げ!!」

状況は明白且つきわめて深刻なものだった。都市交通管理局、惑星司令本部、中央警察、外務省などの各省庁出先機関、市役所、評議会、通信監理局等主だった主要な目と耳、そして頭脳を管理する組織においてハッキングが起こり、すべての機能がシャットダウンされたのである。

当然惑星イオン・ファゼガスは大混乱に陥った。交通は麻痺し、軍や警察の通信機能がストップしたため、連絡が取れず、指揮系統が乱れ始めた。各部署はそれぞれに置いて対応せざるを得えなかったが、そうした体制に移行できるまでかなりの時間を要することとなる。さらに追い打ちをかけるように資源備蓄施設、軍用エアポートなどで爆発テロが起こり、さらに混乱の度合いは増加した。各員の眼はそちらに向けられることになった。



 この日の朝もまたラインハルト、イルーナ、フィオーナ、キルヒアイス、レイン・フェリル、アリシアの6人はいつものようにランド・カーに乗り込み、迎賓館に向かった。翌日から護衛はティアナ、ロイエンタールに、その翌々日にはミッターマイヤーとミュラーに、それぞれ交代となることとなっていた。

 だが――。

 いったん休憩の10時になっても、定時連絡が入ってこない。不審に思ったティアナがメディアを起動させたが、何も映らない。だが、ティアナはあたりの大気が不穏な空気をはらみ、まるで嵐の前触れのように異常な興奮と熱気をはらんでいるように感じていた。それがティアナの錯覚ではない証拠に、先ほどから人の動きがあわただしい。また、空には軍用ヘリなどがあわただしく飛び回るのが見えていたし、何やら緊急車両のサイレンが鳴り響く音も聞こえている。ブリュンヒルトが係留されているエア・ポート内部でも慌ただしく人々が動き回るのが見えていた。
「連絡が取れない!」
地上に降り立ったティアナがイライラしながら、端末を振りかざす。ブリュンヒルトに残った一行は迎賓館に向かったきり連絡の取れないラインハルトたちに対し、次第に不安を募らせていた。
「おい。」
振り向くと、ロイエンタールがブリュンヒルトからの長いタラップを降りてきたところだった。日頃の冷笑は影を潜め、珍しく真剣な顔をしている。
「どう?」
ティアナの問いかけに、
「通信が妨害されている。市街地一体にわたって強力な妨害電波が張られている。ブリュンヒルトと他の艦との通信もすべてシャットアウトだ。いや、こちらからは通信ができるが、向こうからの応答がない。これは・・・どうやらお前の言う通り、ミューゼル大将らに何者かが危害を加えようとしているようだな。」
ティアナはやれやれと言うように両腕を上げた。こうなったら仕方がない。強引な方法だが、何としてもラインハルトたちと連絡を取らなくてはならない。
「だったら仕方がないわね、迎賓館に行くわ。」
「行く?どうやってだ?ここから歩いていくのは無理だ。時間がかかりすぎる。」
「幸い私の愛車の一台をブリュンヒルトに乗せてきたの。自分の愛車を持っているのは、何も自由惑星同盟の人間だけではないってこと。」
ティアナは両手を体に抱くようにして不敵に笑っている。
「そうか。なら、俺も御供するとしようか。」
「あなたが?」
「女性を死地に行かせて、後に残ったとあっては、オスカー・フォン・ロイエンタールの名前に傷がつくからな。」
ロイエンタールもティアナに負けないくらい、不敵に笑っている。ティアナはじっと見つめていたが、不意に相好を崩して、二度うなずいた。
「待っていて。すぐに車を出すわ。」
「よし、俺はミッターマイヤーたちに話をしてくる。」
二人はすぐに駆け出し、数分後には猛スピードで市街地を走っていた。ティアナの運転するラウディ6500改はティアナ自身が改造した強化ボディと各種兵装を装備した特殊車両であり、戦車砲であっても耐えうる装甲と強化ガラスを有している。
「システムナビを起動させて。GPSによる追跡を開始するわ。」
ティアナは走りながらロイエンタールに指示を出す。ラインハルト、イルーナ、キルヒアイス、フィオーナ、アリシア、レイン・フェリルが身に着けている軍服にティアナはGPSを搭載している。少々の電波妨害をものともしないものなのだが・・・・。
「駄目だな。電波妨害が強すぎて、拾いきれない。」
「というと――。」
ティアナは大きくハンドルを切って、交差点を左折した。おおよその見取り図と迎賓館への道は頭の中に入っている。ブリュンヒルトの係留されているエア・ポートから迎賓館への道路はもとより、他のすべての道路においても一般車両の通行は禁止されていた。そのため、渋滞に全く遭わずにラウディは走ることができたのである。
「よほどのことがない限りは、妨害は受けないシステムになっているわ。それが通信できないということは、おそらくラインハルトのいる場所そのものが電波妨害を受けているということよ。」
くそっ、と小さく毒づいたティアナにロイエンタールが目をやった。
「あまり頭に血を登らせるなよ。冷静さが必要だ。」
「でも、まさかこんなことになるなんて。自由惑星同盟は歓迎ムードだったわ。ブラウンシュヴァイクたちだって和平交渉には乗り気だった。昨日はああいったけれど、私、すべてがうまくいくと思っていたのに。」
今度は吐息がティアナの口から洩れた。
「それを喜ばない奴は必ずいるものだ。銀河は広い。様々な思想を持った奴がいる。・・・・少なくとも自由惑星同盟は一枚岩というわけではなさそうだな。」
ティアナは眉をよせた。前方に、数台の車両が停止し、自由惑星同盟の警備部隊らしい人間たちが道をふさいでいる。ティアナはGPSのチャンネルを切り替えた。自由惑星同盟の迎賓館警備部隊車両の発する電磁波は既にデータ化してシステムに組み込んでいる。それをもとに照合したのだが――。
「エラー?」
ティアナは眉をひそめたが、次の瞬間ひそかにうなずいていた。
警備部隊の幾人かが制するように道路の真ん中に歩み寄ってくるのが見えた。
「どうするか?」
「決まっているじゃない。・・・・強行突破よッ!!!」
タイヤをきしませて一気に加速したラウディ6500は180マイルを越えるスピードで弾丸のように突っ込んだ。喚き声を上げて一斉に兵士たちが飛びのく。封鎖した車両がラウディの体当たりで宙を舞い、一回転して道路に落ちるのがロイエンタールの視界の隅に移った。
「エラー、か。読めたな。自由惑星同盟の警備部隊か、あるいはそれに仮装した連中が迎賓館周辺を封鎖している。こうなると迎賓館周辺や中で何が起こっていてもおかしくはない。ミューゼル大将閣下とヴァンクラフト大将閣下の身柄が心配だな。」
「イルーナ教官がラインハルトと一緒なら何も心配することはないわ。お一人だって大丈夫。フィオや私の倍以上強いんだもの。」
「大した信頼だな。」
ロイエンタールがそう言ったが皮肉は混じっていなかった。ティアナと交流することになって常々イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの人となりを聞かされ続けてきたからだ。

ふと、ロイエンタールの耳になにやら聞き覚えのある特有の音が空から聞こえてきた。ババババという何かを絶えず爆発させているような音は――。
「ヘリ?」
ティアナが一瞬ミラー越しに上を見た。ロイエンタールが上空をのぞき込むように見て、
「おい、あれを見てみろ。まずいぞ。」
カイオワAR-27という武装した自由惑星同盟の最新鋭ヘリが二人の行く手を阻むようにして迫ってきていた。
「伏せて!!」
ティアナが叫んだ瞬間、カイオワから放たれた武装ロケットミサイルがフロントガラスめがけて飛び込んできた。
「チッ!!!!」
ティアナが急ハンドルを切る。タイヤとアスファルトが摩擦熱を発し、悲鳴を上げ続ける。すれすれのところだった。ミサイルはすぐ後ろの道路に命中してアスファルトの破片をまき散らした。かわされた武装ヘリはいったん舞い上がり、ターンしてティアナたちの後ろに迫った。
「来るぞ!」
「ええ。・・・・わかって・・・いるって!!」
再び急ハンドルを絶妙なタイミングで切ったティアナの右わきすれすれを飛翔音と共にミサイルが通り過ぎ、前方に留まっていたタンクローリーに命中した。大爆発が起こり、衝撃波が360度に放たれ、窓ガラスが次々と割られていった。
「しっかり・・・つかまっていてよッ!!」
ラウディのエンジンがうなりを上げる。アクセルを目いっぱい踏み込んだティアナは横転してくるタンクローリーの燃え盛る残骸とビル群との間すれすれを通り抜けていった。一瞬灼熱の熱波が窓ガラスを貫通して室内に満ち溢れた。
「ほう、やるものだな。」
「感心していないで、少しは手伝ってよ!」
「よかろう。兵装を使うまでもない、少し車を安定させてくれ。5秒でいい。」
「5秒?本当に――。」
後ろから機銃音が鳴り響いた。ティアナは右に左に車をいなし、一気に急ブレーキを踏み込んだ。勢い余った武装ヘリはそのまま前方に突進していく。
「よし。」
ウィンドウを下げ、身を乗り出したロイエンタールが片手でブラスターを構える。目を細めた一瞬、彼は引き金を引いた。閃光は見事カイオワ本体とプロペラをつなぐシャフトを両断し、主を失ったプロペラは不気味に回転しながら失速し、恐ろしい火花を上げてアスファルトにめり込んだ。武装ヘリは体勢を立て直す暇もなく、道路に激突した。圧力に耐えかねボディがへこみ、フロントガラスが四散し、火花が散る。停止した武装ヘリは一瞬の後、大爆発を起こした破片と炎を四方にまきちらしていた。
「さっすがね!!」
一瞬手放しでほめたティアナは、急に気まりが悪そうに咳払いした。黙って車を急発進させる。ロイエンタールはそんなティアナの変わりぶりを見たのか見ていなかったのか、左片頬に手をあててじっと窓の外を見ていた。
「迎賓館はもうすぐよ。・・・・無事だといいけれど・・・!!」
ラウディは奇妙に人気がない市街地を疾走し続けていた。

吹っ飛ばされた三人の男は分厚い絨毯の上をバウンドし、壁に叩き付けられて崩れ落ちて動かなくなった。イルーナが拳を引き付けるようにして構え、蹴り飛ばした脚を引き込める。目は油断なく十数人の自由惑星同盟の軍服を――それも特殊部隊の服を着た――男たちに注がれている。
「構えろ!!」
指揮官らしい男が叫び、一斉に銃が構えられた。業を煮やした連中はブラスターでハチの巣にする気のようね、とイルーナは冷静に思っていた。
「撃て!!」
指揮官の号令と共に放たれたブラスターが、指揮官の胸を貫いた。彼は信じられない顔をしながら胸を抑えて崩れ落ちる。
「イルーナ姉上!!」
ラインハルトとキルヒアイスがバリケードの机の向こうから、ブラスターを連射しながらイルーナに呼びかけている。その傍らではレイン・フェリルとアリシアが掩護射撃を繰り返している。身をひるがえしたイルーナはバリケード代わりの机の上を宙返りし、ダイブしながらラインハルトとキルヒアイスのもとにたどり着いた。キルヒアイス、アリシア、レインの掩護射撃によって、たちまち敵側は総崩れとなり、いったん部屋の外に退いていく。
「ありがとう。」
ブラスターを構えながらイルーナが言う。
「フロイレイン・フィオーナはどうしましたか?」
「あの子は大丈夫。一人でも心配ないわ。それよりもここから脱出しなくては。」
「ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は?」
ラインハルトの問いかけに、一瞬イルーナはここで二人を見殺しにすれば今後の展開に圧倒的に有利になると言いたかったが、ラインハルトとキルヒアイスが承知するとも思えない。何故なら、曲がりなりにも、今は帝国軍人であるからだ。
「彼らを救出に行きましょう。おそらくは交渉の会場――青の間――にいらっしゃるはずです。」
キルヒアイスの言葉に他の4人もうなずいた。自由惑星同盟の特殊部隊の制服を着た武装集団が迎賓館に飛び込んできたのは、ちょうど小休憩の真っ最中の事だった。ラインハルト、イルーナ、キルヒアイス、アリシア、レインは5人とも固まっていたため、そのまま敵の襲撃を受ける羽目になっていた。そのため、ラインハルトたちとブラウンシュヴァイク公たちは離れ離れになってしまっている。また、フィオーナは休憩中にティアナと連絡を取ると言って外に出ていったため、之も離れ離れとなってしまっていた。


そのフィオーナは一人迎賓館に現れた敵を排除しつつラインハルトたちを探していた。いたるところでブラスターが放たれる音、絶叫、そして怒声が響いている。迎賓館においてほんの1時間前には起こるはずがないと思われていた音だ。彼女はさっと物陰に隠れると、自分の端末を取り出して通信を開いた。
「ティアナティアナティアナ・・・・!!お願い・・・・!!応答して・・・・!!」
だが、通信は封鎖され、無機質な電子音だけが彼女の耳に入るだけだった。フィオーナは息を吐いた。
「仕方がないわ。自分で探すしか・・・・確か迎賓館の見取り図をダウンロードしていたはず。・・・・これね。」
フィオーナの端末ディスプレイに迎賓館の全体の見取り図が映し出された。GPS機能とは別に、端末自身が現在地を独自に自信の発する電波の跳ね返り(ターン)等によって探知し、持ち主の現在地だけはすぐにわかるようになっていた。
「私のいる場所は北東・・・・。交渉の間の青の間は中央西。ここに行きつくためには、東側から迂回して正面玄関を通り・・・・西に向かうほかないわ。」
銃声が聞こえる。敵が近づいてきているのか、喚き声が響いてくる。ここにいると見つかるだろう。フィオーナはぱっと物陰から出て疾走した。
「とまれ!!動くな!!」
自由惑星同盟の特殊部隊の制服を着た男数人がフィオーナの放った剣の一閃の前に倒れた。
「小娘が!!」
ブラスターが放たれるが、その光線の雨の中をフィオーナの身体が宙に舞った。着地した瞬間一瞬体勢が崩れる。はっとなった時、放たれたブラスターがフィオーナの剣を吹き飛ばしていた。たちまち男たちが彼女を半包囲する。
「手間をかけさせたな!!構わん、すぐに殺せ!!」
いっそオーラで壁ごと敵を吹き飛ばすか――。ちらっとそのような事を考えたフィオーナは内心で首を振った。そんなことをすれば敵味方から異端とみなされてしまう。あくまでも常識の範囲内で戦うべきだろう。フィオーナは身構え腰のブラスターに手を掛けながらなんとか隙を探そうとした。その時だ――。
壁が崩れ、吹き飛び、粉みじんになる物凄い音と共に何かが突っ込んできた。悲鳴を上げた男たちは壁に押しつぶされるか、突っ込んできた何かに弾き飛ばされ、宙を舞って壁に激突する。間一髪でかわしたフィオーナの目の前に車が急停止した。
「お元気!?」
「ティアナ?!」
フィオーナは唖然としていた。リューネブルク准将もクレイジーだと思ったが、彼女はそれ以上だ。いくら何でも――非常時であっても――迎賓館に車ごと突っ込んでくるなど、映画さながらの展開である。
「お前は、無茶を、する奴だな・・・・。」
助手席に座っているロイエンタールが顔をしかめながら、服についている塵を払っている。
「フィオ。乗って!!」
ティアナの声にフィオーナは剣を拾い上げ、鞘に納めるとすばやくラウディ後部座席に乗り込んだ。車は急発進する。迎賓館の廊下はほぼ1車線以上あるので、車が通るには余裕だった。もっとも設計者はそんなことを想定してはいなかっただろうが。ティアナの車は美術品をなぎ倒し、絵画を引き裂きながら青の間を目指していた。フィオーナは青くなった。ティアナのやっていることは、美術品を犠牲にしてラインハルトを救出した、あのビッテンフェルト以上に凄まじい。
「これ、これ、こ、これ!!どうするの!?後でとんでもない額の請求書が来るわよ!!」
「構わないわ!!」
ハンドルを切りながらティアナが叫ぶ。怒号と悲鳴、そしてブラスターの光の中を闖入車は駆け抜けていく。
「どうせ今回の事で交渉はおじゃん!!自由惑星同盟は敵国に戻る!!請求書はチャラ!!わかった!?」
フィオーナは吐息を吐き出したが、不意に身を乗り出して指をさした。
「あそこ!!いたわ!!ラインハルトとキルヒアイス、教官もレインさんもアリシアも!!ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯たちもいらっしゃるわ!!」
ラウディは猛速度で廊下を突っ走り、ラインハルトたちの手前で急停止した。
「フィオ、私は敵を引き付けるわ。ロイエンタール、あなたもフィオをサポートして。」
「お前――!」
「ラウディは10数人乗りじゃないんだからね!」
この一言でティアナとロイエンタール、そしてフィオーナの間には十分意志が通じた。いわば沈没する船に乗り込んでいる人たちが救命ボートに殺到するときの心境である。ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は何が何だかわからないながらも、当然ラウディに乗り込もうとするだろう。そしてその他の人々を見捨てようとするだろう。であればこそ、ラウディを囮に使うことをティアナは選択したのだった。ロイエンタールとフィオーナを下ろした後、呆然としているブラウンシュヴァイク公たちが動き出す前に、ティアナはギアを入れ替えアクセルを目いっぱいに踏み込んだ。すぐにタイヤを空回りさせて急発進したラウディは遮る敵の人間を片っ端から跳ね飛ばしながら猛スピードで突進した。
 猛スピードで前進し、曲がり角を壁をこすり、火花を散らしながら曲がる。一回転して急停止した後、もう一度急加速して今度は正面玄関のガラス扉に大穴をあけて外に飛び出していった。
 外に出た瞬間、火花が防弾ガラスに散る。待ち構えていた武装ヘリが1機、両翼に取り付けていた36ミリ機関砲をぶっ放してきた。
舌打ちしたティアナは急発進させ、ほとんどL字型にカーブを切り、ヘリをかわした。ターンしてきたヘリの機銃掃射がラウディを襲う。ものすごい速さでハンドルを切りながらほとんど一回転したラウディはバウンドして中央の噴水に乗り上げた。好機とばかりに正面からヘリが突進してくる。
「甘い!私がヘマをしたと思ってたら大間違いだわ!」
ティアナがすばやく中央のコンソールを操作する。ラウディのフロントライトが引き込まれ、代わりにランチャーらしいものが飛び出した。
 ラウディから放たれたミサイルは正確に武装ヘリに命中し、破片群をあたりにまきちらした。




 同時刻――
惑星イオン・ファゼガス中央司令本部 統合作戦本部出先機関――。
 この日、シャロンは迎賓館にいなかった。それが幸運だったか不幸だったかはシャロンを含めてわからない事である。
「それで、地上軍特殊部隊が迎賓館の周りを制圧、現在迎賓館内部及び周辺で戦闘状態が行われている、と。」
『はい。現在のところ、内部の様子は不明。強力な妨害電波が阻んでいます。上空には武装ヘリが多数。近づこうとする無人偵察機の類はすべて撃墜されてしまいます。』
極低周波端末の会議、ディスプレイ上で肩までの緋色の髪を品よくヴェーブさせた鋭い緋色の目のシャープな顔立ちの女性が報告している。ディスプレイ上にはティファニー、そして紫色の髪を上品に後ろでリボンでまとめた穏やかな顔立ちの緑色の瞳をした女性がいる。彼女だけは軍服を着ていない。上品な仕立てのグレイのスーツは彼女がOLかそれとも上流階級に属している人物であることを示している。
「アンジェ、ティファニー、カトリーナ。」
シャロンは3人を見まわした。
「私がこういうことを言うと、あなたたちはどういう顔をするかしら?」
「?」
3人が一様に眉根を寄せた。
「ラインハルトとキルヒアイス、イルーナ、ティアナ、フィオーナらを救出せよ、と。」
『!?』
3人の眼が程度は違うながらも、驚愕の色に染まった。
『閣下!?』
「勘違いしないでアンジェ。私はいずれ彼らを殺すわ。ただ、殺すにしても『私なりのやり方』で殺さないと私の気が済まないの。念のために言っておきますけれど、今回の事は私は一切関与していません。」
他の三人もその言葉は疑っていなかった。ああいう突発的で姑息なやり方をシャロンは好まないことを、よく知っているからだ。
『では、誰が?』
「さぁ。誰かしらね。」
シャロンは軽く右手を上げ、髪をかき上げた。別に誰が犯人だろうがどうでもいい様子である。
「自由惑星同盟は130億人の人口がいるのだから、その中で一人くらい今回の和平交渉に不満がある人間がいても不思議ではないわね。・・・・まったく、余計なことをしてくれたわ。なんて短慮なのかしら。」
最後は短く吐き捨てるようだった。
「両国の永久的な和平など存在しえないわ。いずれ和平は破棄される。もしくは今回の交渉そのものが不調に終わることはほぼ確実。そうなればなったで同盟と帝国が戦端を再び開くというのは自明の理。ただ、その間にある程度の戦備に費やす時間は稼げるというわけ。・・・・それを今回の事がすべて台無しにしてしまっているわ。」
『犯人を、特定しますか?』
と、ティファニー。
「ええ。いずれこんなことをした報いを、味わってもらう予定だから。」
シャロンは微笑した。そう言い放った時、対象となる相手はまず助からないことをティファニーらは身をもって知っていた。前世から。
『しかし、閣下も思い切ったことをおっしゃいますわね。彼らを救出せよ、ですか。イルーナ主席聖将やあの子たちが聞いたらなんとおっしゃいますことやら。』
カトレーナが穏やかな瞳を細め、やれやれというような色を浮かべて言った。
「彼女たちが信じようが信じまいが、それはどうでもいいこと。この状況下、助かるための綱はいくらあっても足りないということはないでしょう。ティファニー、アンジェ。」
『はっ。』
「部下たちを集めて、隠密裏に迎賓館に通じる地下通路から内部に侵入。お客様方をご案内し、無事に脱出させなさい。」
こういう非常時に備えて、要人が使用する建物には秘密裏に地下通路などの脱出路が張り巡らされているのだ。
『わかりました。閣下はどうされますか?』
「前の上司、アレクサンドル・ビュコック中将に話をしてみるつもりよ。あの方は話が分かる方だわ。また統合作戦本部長閣下、宇宙艦隊副司令長官、ヨブ・トリューニヒト議員らは私の知己。政財界、軍の上層部を動かし、今回の事が『自由惑星同盟の仕業ではない。』という事を内外に喧伝することとするわ。・・・・そうね、この際だからいっそ憂国騎士団や地球教徒にすべてを擦り付けるのもいいかもしれないわね。彼らを排除できる良い機会になるわ。」
シャロンの唇の端に微笑がうかんだ。3人はそれをそれぞれの色合いをもって見守っている。
「迅速かつ正確に。情報・政略面で先手を打てば、相手は何もできはしない。カトレーナ。」
『はい。閣下。』
カトレーナと呼ばれた紫色の髪の女性が微笑んだ。
「あなたの『お父様』である情報委員長を動かし、全ネットワーク、全メディアを通じ、情報操作を行う事。今回の迎賓館襲撃は一部の過激派であることを公表し、自由惑星同盟が一切関与していないことを、内外に伝えること。同時に自由惑星同盟としては可能な限り帝国使節の救出に全力を尽くしていることを発表しなさい。」
『はい。承りましたわ。』
シャロンは立ち上がった。
「では、各自行動を開始しなさい。」
通信が切れた。シャロンは端末機をしまうと、身をひるがえして足早にオフィスを出ていった。かすかな微笑と共に。
 
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