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ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔

作者:銭亀
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第6部 贖罪の炎宝石
  第2章 カトレア

魔法学院を出て二日目の昼。

ラ・ヴァリエールの領地に、ウルキオラ達は到着した。

が、しかし、屋敷に着くのは夜遅くとのことであった。

ウルキオラはずいぶんの広大な領地をもっているのだな、と少し驚いた。

日本で例えるなら、『市』ぐらいの大きさだろう。

ウルキオラは、ルイズは本当に大貴族なのだと思った。

ルイズの貴族っぷりは、領地に入ってすぐ、たっぷりと見せつけられた。

とある旅籠で一行は小休止することになったのであるが……。

ルイズたちの馬車が止まったと同時に、先についていたシエスタは馬車から降りてたたた、と駆け寄った。

きちんと召使としての教育を受けていたシエスタは、ルイズたちの馬車のドアを開けた。

もちろん、ウルキオラはそんなことをする気など全くなかったため、一人静かに降りると、手に持っていた斬魄刀とデルフをそれぞれ差した。

そんな風にしていると、どどどどどどどどど!と旅籠から村人が飛び出てきた。

村人たちは馬車から降りてきたルイズたちの前で帽子をとると、

「エレオノール様!ルイズ様!」

と口々に喚いてペコペコ頭を下げ始めた。

ウルキオラに対しても、いずれ名のあるお方に違いないと村人たちは考えたらしい。

同じように頭を下げる。

「俺は貴族じゃない」

「とはいっても、エレオノール様かルイズ様のお家来様に代わりあるめえ。どっちにしろ、粗相があってはならぬ」

と言って、素朴な顔をした農民たちは頷き合う。

ウルキオラは『家来』という言葉に少し不快感を覚えたが、何も言わなかった。

そんなこんなで「背中の剣をお持ちしだすだ」だの「長旅でお疲れでしょう」などと騒いで、ウルキオラの世話まで焼こうとする。

エレオノールが口を開く。

「ここで少し休むわ。父様に私たちが到着したと知らせて頂戴」

その声で一人の少年が馬に跨り、速駆けですっ飛んでいった。

一行は旅籠の中に案内された。

ルイズとエレオノールがテーブルに近づくと、椅子が引かれる。

二人はさも当然のように腰かける。

ウルキオラは少し離れた壁に寄りかかり、ポケットに手を入れた。

そんな態度のウルキオラをエレオノールは怪訝に思った。

「ちょっと、あなた」

「なんだ?」

ウルキオラは目線も合わせずに答える。

そんなウルキオラの態度に、エレオノールはさらに怪訝に思い、機嫌を損なう。

エレオノールの隣に座ったルイズとその後ろに控えているシエスタは気が気ではなかった。

「その立ち方はないんではなくて?それに、言葉遣いもなっていないようね」

エレオノールは低く唸るように言った。

「貴様に言われる筋合いはない」

その言葉を聞いて、この場にいるすべてのものが凍り付いた。

シエスタはここで喧嘩でも始まるのではないか……と。

ルイズは何よりもウルキオラが怒るのではないか……と。

村人は何を狂ったことをしているんだこの家来は……と。

そして、エレオノールはまさかの返答に周りから見てもわかるくらいに怒りで震えている。

エレオノールがさらにウルキオラへと言及しようしたその時……。

「お姉さま。お待ちください。今の言動の理由も含め、ウルキ…使い魔についてご説明いたしますわ」

ルイズがバッと立ち上がってエレオノールを制止した。

そして、アイコンタクトで村人たちに出て行けと伝えた。

それを察した村人たちはそそくさと退場していく。

エレオノールはふうっと一呼吸おいてからルイズに向き直った。

「言うようになったわね。ちびルイズ」

「い、いえ…その」

いつもなら、エレオノールに意見など、絶対に言わないルイズであるが、今回ばかりは意見しなければ最悪ヴァリエール家が滅亡しかねないため、本能的に動いた。

「まあ、いいわ。私が納得するような説明をしてくれるんでしょうね?」

エレオノールはルイズを一睨みし、ウルキオラも睨み付けた。

「なぜおまえが納得するような説明をしなければならない?」

「なっ!?」

エレオノールは怒りを通り越して言葉が出なかった。

「ちょっと、ウルキオラ!」

ルイズも激昂する。

「事実を述べたまでだ」

ウルキオラはそう言ってエレオノールを見つめた。

急に見つめられたエレオノールは、キッと睨み返した。

もしかすると……この二人は…最悪の関係なのかもしれない。




シエスタは今までにないほど震えていた。

ウルキオラは人間ではない。

それは聞き及んでいた。

だから、貴族に対しての礼儀を持ち合わせていないこともわかっていた。

しかし、今のこの状況はいつ小競り合いになってもおかしくない雰囲気だった。

しかし、そんな険悪な雰囲気も長くは続かなかった。

旅籠のドアがばたーん!と開いて、桃色の風が飛び込んできたからである。

皆、視線をそちらに移す。

彼女は腰がくびれたドレスを優雅に着込み、羽根のついたつばの広い帽子を被っていた。

その帽子の隙間から、桃色がかったブロンドが揺れる。

ルイズと同じ髪の色。

はっとするような可愛らしい顔が帽子の下から覗いた。

一見して確実にルイズより年上だというのに、同じように可愛らしい雰囲気を醸し出していた。

その目の色は、やはりルイズと同じ鳶色に光っている。

ウルキオラは思わず少しだけ目を見開いた。

もちろん、ルイズに似ているから……ではない。

彼女はエレオノールに気づき、目を丸くした。

「まあ!見慣れない馬車を見つけて立ち寄ってみればうれしいお客だわ!エレオノール姉さま!帰ってらしたの?」

「カトレア」と、エレオノールが呟く。

突然の来訪者に、雰囲気は完全に変わった。

カトレアと呼ばれた娘の顔が、ルイズを認めて輝いた。

ルイズの顔も、喜びに輝く。

「ちいねえさま!」

「ルイズ!いやだわ!私の小さいルイズじゃないの!あなたも帰ってきたのね!」

ルイズは立ち上がると、カトレアの胸に飛び込んだ。

「お久しぶりですわ!ちいねえさま!」

きゃっきゃっと辺りをはばからぬ大声で、二人は抱き合った。

どうやら彼女は、ルイズのすぐ上の姉であるらしい。

髪の色といい、瞳の色といい、見れば見るほどルイズにそっくりである。

多少ルイズに比べると、穏やかな顔立ちであった。

そんな風に久々の再開の最中、ウルキオラは面白いものを見つけた。

それに対して、ふっと微笑する。

そんなウルキオラの微笑に、それぞれ思うところは違えど、反応した。

「なにを笑っているの?」

エレオノールはドスが聞いた声で言った。

「いや、なに……そこの女」

ウルキオラはカトレアに向けて言葉を放った。

そんなウルキオラの態度に、今度はエレオノールだけでなく、ルイズも怪訝に思った。

「はい?なんでしょう?」

カトレアは、ルイズを抱きしめながら、ウルキオラに視線を向けた。

「お前、珍しい病を抱えているようだな」

その言葉に、ルイズとカトレア、エレオノールは驚愕した。

「なんで…あんたが…それを?私、一言も話した覚えはないわよ」

ルイズは本当に驚愕しているようだった。

片言になっていた。

「ああ、そうだな。カトレア…と言ったか?己の持つ魔力で苦しめられている人間は初めて見た」

ウルキオラはルイズの驚愕ぶりに少し疑問を抱きながらも、冷静に答えた。

「どうゆうこと?あなた……カトレアの病がわかるの?」

先ほどまでの険悪な雰囲気はどこへやら。

エレオノールはいつもの調子でウルキオラに尋ねた。

「なんだ?姉妹なのに知らんのか?」

その返答は、ウルキオラはカトレアの病がわかっているという意味であった。

「まあ!」

カトレアも可愛らしく驚いていた。

すると、ルイズはばっとカトレアのもとからは離れると、ウルキオラに近づいていった。

そして、がばっとウルキオラの胸倉をつかんだ。

「ち、ちいねえさまの病がわかるなら、い、今すぐに言いなさい!」

ウルキオラはただただ驚いた。

初めて人間に胸倉をつかまれた。

しかも、ルイズに。

ウルキオラ自身、現状を理解できていないため、少し困惑していた。

「お前らの驚きが理解できない。順を追って説明しろ」

ウルキオラはルイズの手を振り払った。



さて、ここは旅籠の一角。

先ほどのウルキオラの言動をきっかけに、何やら話し合いのような形となってしまった。

エレオノールとルイズ、カトレアが横一列に座り、テーブルをはさんで向かい側にウルキオラとシエスタが座っていた。

皆それぞれに、飲み物を頼んだらしく、テーブルの上にはグラスが5つ置かれていた。

シエスタは少し怖がっている様子であった。

「ほう、なるほどな……それであの驚きようか…」

ウルキオラはそう言って紅茶を一口すする。

どうやら、病であること自体は知っていたようだ。

しかし、それがどんな病で、どう治すのか……そこまではわからないらしい。

国中の『水』の魔法を試したが、どうにもならなかったらしい。

今までも多くの医者が匙を投げたという。

ウルキオラはその一通りの話を聞くここで、先ほどの驚きの意味が分かった。

「さあ、もういいでしょ?早くちいねえさまの……」

「待ちなさい、ちびルイズ」

ルイズがそう言いかけたとき、エレオノールが制止した。

「どうしました?エレオノール姉さま?」

「信用ならないわね。たかが平民の分際で、何がわかるのかしら?」

エレオノールはごもっともな疑問をウルキオラにぶつけた。

「信用しようがしまいが、俺はどうでもいい。別にわざわざ貴様らに話す道理もない」

そういってウルキオラは席をはずそうとした。

しかし、この場で、少なくとも二人はウルキオラの言葉を疑っていないものがいた。

ルイズとシエスタである。

しかし、シエスタは全くの平民なので、口をはさむことができなかった。

ルイズがウルキオラを呼び止める。

「待って、ウルキオラ。エレオノール姉さまとちいねえさまにウルキオラの事教えてあげて!」

ウルキオラはぴたりと足を止めた。

共界眼をしろということか?

ルイズは足を止めたウルキオラから視線を外すと、エレオノールとカトレアの方へと視線を移した。

「私の使い魔、ウルキオラについて知っていただければ、ウルキオラの言うこと、信じて頂けると思いますわ」

「あら、私は信じてるわよ、ルイズ」

カトレアは屈託のない笑顔で答えた。

ルイズはそんなカトレアを見て少し安心した。

エレオノールも、ルイズからの手紙から、使い魔については聞いておきたいと思っていたので、願ったり叶ったりであった。

ウルキオラは仕方がない、といった具合に再びテーブルへと足を運んだ。

そして、目を抉って見せた。

その光景に、ルイズ以外の3人は、驚愕した。

しかし、ルイズが大丈夫というので、固唾をのんで見守っていた。

「共界眼」

そういって、ウルキオラは抉った目玉を握りつぶした。

すると、まるで宝石のようにきらきらと辺りに舞った。

4人の頭の中に、直接映像が流れた。

これはなに?という疑問の声が上がったが、無視してウルキオラは映像に合わせて話し始めた。

虚圏という場所にいたこと。

自分が人間ではこと。

虚という種族であること。

そして、その虚の中でも上位種にあたる波面であること。

さらには、その中でも十刃という殺戮能力の高いうちの一人ということ。

一度ここで映像が止まる。

まずは、基本的なことを4人に伝えた。

ルイズはすでにそれをしていたので、特に驚きもしなかった。

が、カトレアとエレオノールは違った。

「人間じゃないですって?……」

「虚なんて生き物、初めて聞きましたわ」

エレオノールはただただ驚き、カトレアは興味津々であった。

「だろうな。俺はこの世界とは別の世界のものだ」

「別の世界…?」

シエスタが尋ねた。

「そうだ。お前の曽祖父も同じだ」

シエスタは納得したようであった。

映像が再び再開する。

映像は死神のものへと変わった。

「この映像はルイズにも見せていなかったな」

ルイズは興味ぶかそうに頭の中に流れる映像に見入った。

「こいつらは死神だ」

「死神…?」

エレオノールは怪訝な声でで答えた。

「そうだ。こいつら死神と破面は、元来敵同士だった」

「つまり、宿敵…ということですか?」

カトレアは髪をとかしながら言った。

「そうだな。ルイズに召喚された時も、戦争中だった」

まあ、俺は死んだようなものなのだが…。とウルキオラは独りでに思った。

再び映像が切り替わる。

ウルキオラが第10十刃のヤミー・リヤルゴと共に、現世に侵攻した映像から始まり、ウルキオラと黒崎一護の初めての戦いの映像が流れた。

エレオノールとカトレア、そしてシエスタの3人は言葉を失ったのは無理もないだろう。

ルイズは見るのが2度目だが、やはり衝撃は大きい。

「理解したか?」

エレオノールとカトレアは恐怖した。

シエスタも、ウルキオラの力の一角を見たことで、驚きを隠せなかった。

しばらくして、ウルキオラは共界眼を閉じる。

「どうですか?エレオノール姉さま。ウルキオラこと信用できるのではないですか?」

エレオノールは一呼吸おいて、口を開いた。

「ま、まあ、こうして直接見せられたら信じるしかないわね」

カトレアはそんなエレオノールを見て小さく笑った。

「でも、もう屋敷に向かわないと…。それに、カトレアの病については、父さまと母さまにも聞いて頂かないと……、ウルキオラ…と言ったかしら?」

「ほう?よくもまあこんな短時間で覚えたものだ」

ウルキオラは皮肉っぽく言い放った。

エレオノールは腹の中から込みあがってくるものをぐっと抑えた。

「もう一度、機会を作るわ。その時に話して頂戴」

「なぜ俺がお前なんぞに……」

ウルキオラの言葉がそこで止まる。

ルイズに服を引っ張られたからだ。

そこには、ウルキオラを睨むルイズの姿があった。

ウルキオラはため息をついた後、「好きにしろ」といって旅籠のドアを押し開いた。




その後、ルイズにエレオノール、そしてウルキオラとシエスタは、カトレアが乗ってきた大きなワゴンタイプの馬車で、屋敷へと向かうことになった。

しばらくすると、夜も更け、辺りは徐々に暗くなってゆく。

エレオノールが、ポケットから懐中時計を取り出して、時間を確かめる。

丘の向こうにお城が見えてきた。

周りに何もないので、トリステインの宮殿より大きく見えた。

「あれか?」とウルキオラが呟いたら、ルイズが頷く。

普通に、お城、であった。

高い城壁の周りには深い堀が彫られている。

城壁の向こうに高い尖塔がいくつも見えた。

立派で、大きくて、重厚で、まさにお城!といった風情の建物である。

眠っていたシエスタが、目を覚まし、お城に気づいて目を丸くした。

「まあ!すごい!」

その瞬間大きなフクロウが、ばっさばっさと窓から飛び込んできて、シエスタの頭に止まった。

フクロウが「おかえりなさいませ。エレオノール様、カトレア様、ルイズ様」と優雅に一礼した。

「フ、フ、フクロウが喋ってお辞儀!おーじーぎー!」とシエスタは驚いて、また気絶した。

よく気絶する女だな、とウルキオラは思った。

カトレアが笑みを浮かべた。

「トゥルーカス、母様は?」

「奥様は、晩餐の席で皆様をお待ちでございます」

「父様は?」

不安げな声で、ルイズが答えた。

「旦那様もお待ちです」

その言葉を聞いて、ルイズは複雑な気持ちになった。

ついにこの時がやってきてしまったのである。

堀の向こうに門が見えた。

馬車が停止すると、巨大な門柱の両脇に控えたこれまた巨大な石像が、跳ね橋に取り付けられた鎖を下すと音がじゃらじゃらと聞こえてくる。

身長20メイルはあろうかという巨大な石像……、門専用のゴーレムなのだろう、が、跳ね橋をおろす様は壮観であった。

どすん!と跳ね橋が降りきると、再び馬車は動き出し、跳ね橋を渡って城壁の内側へと飛んで行った。




ウルキオラはルイズの実家の豪華さに、少し感心した。

これが大貴族のお城というものなのだ。

豪奢な調度が惜しげもなく飾られた部屋を何個も通り、ウルキオラ達はダイニングルームへと到着した。

シエスタとウルキオラはすぐに召使の控室に案内された。

エレオノールはウルキオラに「後で呼ぶから待っていなさい」と告げて離れていった。

ウルキオラはそれに対して特に返答もせずに、シエスタと共にメイドが開けたドアをくぐり、控室へと入った。

「しばしお待ちください」

そういって、メイドは控室から出ていった。

ウルキオラは近くにある椅子に腰を下ろし、テーブルの上に斬魄刀とデルフを置いた。

それをみたシエスタは、ウルキオラの隣に椅子を動かし、同じように座った。

「すごいお城ですわね」

シエスタが辺りをきょろきょろと見回しながら伝えた。

「そうだな」

ウルキオラの返答があまりにもさっぱりしていたので、沈黙が流れた。

しかし、その沈黙は長くは続かなかった。

「ふう、やっと口が聞けるぜ!」

デルフがいままでの鬱憤を晴らすように口を開いた。

「別に普通に口を開けばよかっただろう」

「いやいや、おの威圧感の中、口を開けるのは相棒だけだぜ」

デルフが皮肉っぽく言った。

「そうですよ、もう私どうなるかとひやひやしましたわ」

シエスタもため息を吐きながら言った。

「人間の位など、俺には関係のないことだ」

この後、ウルキオラがシエスタとデルフに質問攻めにあうのは言うまでもない。




さて、父と母の待つダイニングルームへ姉と共に向かっているルイズの心境は穏やかなものではなかった。

これから父と母を説得しなければならないのと同時に、ウルキオラとシエスタがまた行動を共にしているからだ。

しかし、ルイズにそんな考える時間はなかった。

ダイニングルームへ入ると、30メイルほどの長さのテーブルが目に入った。

この夕食の席に座るのは、5人だけであるのに、テーブルの周りには、使用人が20人ほども並んでいる。

深夜であったが、ルイズたちの父親と母親、ラ・ヴァリエール公爵と公爵夫人は晩餐会のテーブルで娘たちの到着を待っていた。

上座に控えた公爵と公爵夫人は、娘たちを見回した。

「父様、母様、ただいま戻りました「とエレオノールが挨拶をする。

ラ・ヴァリエール公爵は頷いた。

歳の頃は50過ぎ。

白くなり始めたブロンドの髪と、口髭を揺らし、王侯もかくやとうならせる豪華な衣装に身を包んでいた。

左目にはグラスがはまり、鋭い眼光をあたりにまき散らしていた。

「お座りなさい」とラ・ヴァリエール公爵夫人が言った。

歳の頃は公爵と同様50過ぎ。

しかし、見た目には40ほどに見える。

目つきは鋭く、炯炯とした光を湛えている。

カトレアとルイズの桃色がかったブロンドは、どうやら母親譲りのようである。

公爵夫人はあでやかな桃色の髪を頭の上でまとめていた。

人をずっと傅かせてきたものだけが纏うことのできるオーラであった。

三姉妹がテーブルに着くと、給仕たちが前菜を運んできて、晩餐会が始まった。

ルイズにとっては、息が詰まりそうになる時間であった。

なにせ、誰も言葉を発しないのである。

いつものことであるが、今のルイズの立場上、非常に居づらい空間であった。

しかし、そんな沈黙をエレオノールが破った。

「父様、母様、大事なお話があります」

公爵と公爵夫人は、エレオノールからその言葉が発せられたことに少し驚いた。

「なんだ?エレオノール」

公爵が答える。

「ルイズの使い魔の件です」

その言葉に、カトレアとルイズはエレオノールが何を言わんとしているのか察した。

どうやら、ルイズの戦争参加の件よりも重要だと判断したようであった。

「ルイズの手紙に書かれていた、『強き使い魔』のことですか?」

公爵夫人が口を開いた。

「そうです。どうやら、あながち間違いじゃないみたいです」

その言葉を聞いて、公爵と公爵夫人は手を止めた。

「どういうことだ?」

「竜か何かですか?」

公爵と公爵夫人はルイズに向けて発した。

「あ、あの……じ、じつは…」

ルイズは久しぶりに会う母親と父親に緊張のしていた。

ルイズが心を許しているのは、カトレアだけであるらしい。

そんなルイズの姿に、エレオノールは呆れたように言った。

「私から説明いたしますわ」

エレオノールは、途中の旅籠でウルキオラに見せてもらった映像を事細かに話した。




エレオノールの話が終わると、まずは公爵が口を開いた。

「なるほど。確かに、虚などという種族は聞いたこともないな」

公爵夫人が次いだ。

「化け物から人の形に進化するなど、信じがたいわね」

本来なら、こんな話を信じる二人ではないが、あのエレオノールがここまで真剣に話している様子をみると、嘘ではないように思えた。

「それと、もう一つ申し上げたいことが……」

エレオノールは少し間を置いた。

「なんですか?」

公爵夫人がそんなエレオノールの様子を見て尋ねた。

「実はその使い魔……カトレアを一目見ただけで、カトレアの病を言い当てたのです」

その瞬間、ダイニングルームは驚きの部屋へと変貌した。

「今……なんと言った?」

公爵は、驚きのあまり片言になりながらエレオノールに尋ねた。

「病を言い当てたのです。正確には、『珍しい病だな』と発しましたわ」

使用人たちも驚愕を隠し切れない。

当たり前である。

今まで数多の医師に診察を依頼した。

しかし、その病を見抜くことはできなかった。

それが、ここにきて、ルイズが呼び出した使い魔が診察もせずに見ただけで病を見抜いたとなれば、驚くのも無理はない。

「して、カトレアの病は一体何なのです?」

公爵夫人は冷静を装い、エレオノールに尋ねたが、少し焦りが見えていた。

「それが、まだ詳しいことは聞いておりません。父様と母様がいらっしゃる場にて、と思いまして……」

エレオノールがすべての言葉を発する前に、公爵が口を開いた。

「その使い魔、今はどこにおるのだ?」

「召使の控室にて待機しております」

有無も言わずに公爵が言葉を発する。

「今すぐこの場に呼んで参れ!」

その言葉を聞いた使用人の一人が、バンッと激しくダイニングルームの扉を開いた。




さて、ウルキオラは非常に不愉快であった。

控室の近くに控えていたメイドに、紅茶を頼み、さて、今から飲もうとした矢先に、使用人らしき人物に、今すぐダイニングルームへ来いと言われたからだ。

しかたなく紅茶の入ったカップを置き、控室を後にする。

召使の控室と、ダイニングルームはさほど遠くないため、すぐに着いた。

使用人が扉を開け、中に入るように促す。

促されるまま中に入ると、中にいたすべての者に視線を向けられた。

「何の用だ?」

ウルキオラは冷徹に答えた。

その声には、畏怖を感じさせるものがあった。

「お主がルイズの使い魔か?」

落ち着きを取り戻した公爵がウルキオラに尋ねた。

「そうだ」

ウルキオラはそういって、5人の座るテーブルへと近づいた。

「あなたのことはエレオノールから聞きましたわ」

公爵夫人がウルキオラの動向を観察しながら言った。

「そうか。それで、なぜ俺を呼び出した?」

ウルキオラのなんの敬意のない言葉に、エレオノールが口を挟もうとしたが、公爵夫人が止めるように口を開いた。

「彼は人間ではないのでしょう?ならば、貴族に対して敬意を表さないのは当たり前」

「なるほど。よくわかっているな」

「あなたをここへ呼んだのは、カトレアの病についてです」

公爵夫人がそう答えると、ウルキオラは「なるほど」と言って、視線をカトレアに移した。

そんなウルキオラを見て、カトレアは微笑した。

「とりあえず座りなさい」

公爵が座るように促すが、ウルキオラは「このままでいい」と放った。

「それで、俺にどうしろと?」

「まずは、カトレアの病について話して頂戴」

エレオノールがそう答えると、ウルキオラは一つため息をついた。

「この女の病の原因は、多すぎる魔力による心不全だ」

「心不全?」

公爵が聞きなれない言葉に首を傾げた。

「そうだ。心臓の能力低下で起こる体の不健全な状態だ」

「し、心の臓だと……」

公爵はカトレアの病が命を司る臓器に及んでいたことを知り、驚愕する。

他の4人と周りの使用人も驚いた様子であった。

「魔力が多すぎる…というのはどういうことですか?」

公爵夫人はそんな衝撃的な事実を聞きながらも、冷静にウルキオラに質問した。

「そのままの意味だ。この女…カトレアは、常人のそれを遥かに超える魔力を体に有している」

「そ、それがちいねえさまの病とどう関係があるの?」

ルイズが尋ねる。

「お前たち貴族は、魔法を使用する際、精神力…まあ、俗にいう魔力を使うだろ?」

4人は言葉を発することなく同意する。

「なら、その魔力は普段体のどこにある?」

「どういうことですか?」

皆、ウルキオラが何を言っているのか理解できなかった。

一人を除いては……。

「血液中……」

エレオノールは小さく呟いた。

「アカデミーの研究で、魔力は血液中に存在し、身体の中を巡っていることがわかったわ」

「その通りだ、人間…まあ、俺もだが、血液は生命活動をする上で非常に重要なものだ。だが、その血液中に常人よりも圧倒的に多い魔力が存在したらどうなる?」

ウルキオラの問いに、公爵夫人が答えた。

「血液中に含まれる、本来の成分が身体に巡りませんわね」

「そうだ。つまり、多くの魔力を持っているが故に、血液中に本来あるべき成分が充足していないために、心臓の働きが弱くなり、心不全になっているということだ」

ウルキオラの言葉を聞いていたカトレアが、口を開いた。

「確かに、魔法を使用したときは、いつも以上に身体がだるかったり、頭痛が起きますわ。それに、痛みを生じるのは決まって左胸…」

それを聞いて、エレオノール、ルイズ、公爵、公爵夫人は言葉が出なかった。

「だろうな」

ウルキオラのそういって、踵を返して歩き出した。

「どこへ行く?」

公爵が制止する。

「用は済んだろう?戻らせてもらう」

「お待ちなさい」

公爵夫人がそう言って、立ち上がった。

「まだ何かあるのか?」

ウルキオラは顔だけを公爵夫人へと向けた。

「カトレアの病は、治りますか?」

「自然治癒は見込めないだろうな。それに、原因が多すぎる魔力だ。いくら水魔法を使用したところで意味はない。心臓の機能が損傷しているわけではないしな」

暫しの沈黙が流れる。

ルイズが気づいたかのように提案してくる。

「お、多すぎる魔力が原因なら、その魔力をなくせばいいんじゃないかしら?」

ルイズの愚問に、ウルキオラはため息をついた。

「な、なによ!」

ルイズはそんなウルキオラの態度が気に入らなかった。

「お前ら貴族は、魔力を消費したら、回復しないのか?」

その言葉を聞いて、公爵が口を開く。

「なるほど。常人と同じ魔力量に戻したとしても、すぐに回復してしまう……と言う訳か」

「そういうことだ。この世界の魔法では治癒は不可能だ」

絶望。

その言葉が公爵夫人の頭を巡った。

ようやく、病の正体を掴むことができた。

これで治すことができるかもしれないと。

しかし、ルイズの使い魔から放たれた言葉は、無慈悲にそれを否定した。

しかし、ここである言葉が引っ掛かった。

「この世界の…魔法では?」

それを聞いたウルキオラは、微笑した。

「ほう?ルイズと違って賢いな」

その言葉を聞いて、ルイズが黙っているはずもない。

「ちょっと!どういう意味よ!」

「俺はどこから来た?」

ウルキオラの問いに、ルイズは激昂した。

「異世界でしょ!そんなこととっくに……」

ルイズの言葉が次第に小さくなる。

「理解したか?」

そうだ。

ウルキオラは異世界からきたのだ。

つまり、この世界の住人ではない。

「あんた、まさか……治せるの?…だったら、ちいねえさまを治して!」

ルイズの言葉に、公爵がドンッとテーブルを叩いた。

「お主、カトレアの病を治せると申すか?」

「病……と言うより、魔力の量が多すぎる…と言うのなら、それを減らせばいい話だ」

ここで、公爵夫人が口を挟む。

「しかし、魔力を減らしたところで、回復してしまうのでは?」

「ああ、だが、魔力量の限界値を治療すればどうなる?」

ウルキオラの問いに、ピンと来ていないのか、エレオノールが問う。

「どういう意味?」

「そうだな、例えば、ルイズの魔力量を100としよう。それは常人の範囲内の魔力量だ。だが、カトレアの魔力量は1000。常人のそれを遥かに超えるものだ。ルイズはどんなに魔力を貯めようとしても、100以上の魔力は蓄えられない。しかし、カトレアは1000もの魔力を蓄えることができてしまう。ならば、カトレアの魔力量の限界値を100になるように治療すれば、1000もの魔力がカトレアの身体に存在することはなくなる」

それを聞いて、公爵は髭を撫でた。

「つまり、入れ物の大きさを変える…というわけか?」

「そういうことだ」

「しかし、そんなことどうやって?」

「俺のもつ霊力…こちらでいう魔力をカトレアの身体に埋め込む」

それを聞いて、公爵夫人は怪訝に思った。

「あなたの魔力を?」

「そうだ。俺の魔力をカトレアの体内に入れ、一定量の魔力がたまったら、それ以上の魔力が生成されないように、抑圧する。いわば蓋のようなものだ」

「カトレアに害はないのですか?」

どうやら公爵夫人は、カトレアの身を案じているようであった。

「微量なら害はない。まあ、あるとすれば、治療に少し時間がかかるということか」

「どういう意味です?」

「考えてもみろ。自分以外の、しかも、同種族ではないものの魔力を身体が受け入れると思うか?まあ、例外もあるがな」

ウルキオラはルイズを見ながら答えた。

「つまり、治療には俺の魔力が有害なものではないとカトレアの身体に覚えさせ、尚且つどのタイミングで蓋…魔力を抑制すべきかも考えねばならん」

ウルキオラが続ける。

「本来なら、人間如きにことようなことはしないのだが、なに…俺はルイズの使い魔だ。ルイズが望めば、治療するが、どうする?」

ウルキオラの言葉に、ルイズは有無も言わずに答えた。

「お願い!ちいねえさまを助けて!」

ルイズはウルキオラにすがるように言った。

公爵も治療を許可しようと言った。

エレオノールと公爵夫人も、ウルキオラに治療をお願いするように言った。

カトレアは、ウルキオラの顔を見ると、再び微笑し、願いの意を添えた。

「いいだろう。だが、一つ条件がある」

その言葉を聞いて、公爵と公爵夫人は真顔に戻った。

「なんだ?」

公爵がドスの聞いた声を発した。

「ルイズの出征を認めろ」

その言葉を聞いて、ルイズも含め、5人は驚きを表した。

「……うむ。そうだな。考えておこう」

公爵はすぐには決断しかねるのか、言葉を濁した。

「お父様!正気ですか!」

エレオノールは激昂した。

「お前は口出ししなくていい。カリーヌと相談する」

そう言われてしまっては、エレオノールは口出しできなかった。

「治療は明日にでもやるとしよう。もう用はないだろう?」

ウルキオラはそういうと、扉に向かって歩き出した。

「治療の際に必要なものは?」

公爵夫人こと、カリーヌが問う。

「特にない」

顔を向けることもなく、ウルキオラは退出しようとする。

「待たれよ」

公爵が制止する。

「まだ何かあるのか?」

「名を聞いておこうと思ってな」

ウルキオラはそれを聞くと、公爵に身体を向けた。

「ウルキオラ・シファー」

それだけ言って、ウルキオラはダイニングルームから退出した。 
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