SAO~円卓の騎士達~
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第七十一話 聖剣エクスキャリバー
~キリト side~
スリュムを倒した俺達はしばらくの間、その余韻に浸っていたが、
アーサー「っし、このクエさっさと終わらせるか。」
キリト「え、スリュム倒したから終わりじゃ、」
シンタロー「思い出せ。 ウルズが言っていたのは《エクスキャリバー》の奪還。 スリュムの討伐じゃ無い。」
キリト「あ、じゃあ、下に降りる階段が、」
ユイ「あります! 王座の後ろに下り階段が生成されています! 恐らく、その先には、」
キリト「聖剣エクスキャリバーの台座か!」
裏に回り込むと、氷の床に下向きの小さな階段が口を開けていた。
仲間たちが追ってくる足音を聞きながら、薄暗い入り口に飛び込み、螺旋階段を駆け下りる。
その時、背後からリーファが声を掛けてきた。
リーファ「あのね、お兄ちゃん。 あたしおぼろげにしか覚えてないんだけど、たしか、本物の北欧神話では、スリュムヘイム城の主はスリュムじゃないの。」
アーサー「《スィアチ》のことか。 スリュムヘイム城の主はスィアチ。 黄金林檎を狙っているのも、実際はスリュムじゃなくて、スィアチだった。」
ユイ「いま検索を掛けてわかったことですが、今回の虐殺スロータークエストを依頼しているのは、ヨツンヘイム最大城に配置されたNPCの《大公スィアチ》のようです。」
このままスリュムヘイムがアルンまで浮上すれば、上の玉座の間には、そのスィアチがラスボスとして君臨することになるのだろう。
キリト「つまり、後釜は最初から用意されていたってことか。」
アーサー「相変わらず陰険な性格してるなカーディナルは。 開発者に似て。」
ランスロット「・・・悪かったね。」
その時、ユイが叫んだ。
ユイ「パパ、五秒後に出口です!」
キリト「了解!」
ユイの言葉に答え、速度を上げて螺旋階段を下り、視界に入った明るい光目掛けて飛び込んだ。
そこは、ピラミッドを上下に重ねた形にくり抜いた空間、言うならば《玄室》だ。
壁は薄く、氷を透かせてヨツンヘイム全体が一望できる。
真円形のフロアの中央に、五〇センチ程の氷の立方体が鎮座しており、その内部には世界樹のものと思われる、細く柔らかそうな根があるのだが、しかしそれは黄金の剣によって綺麗に切断されている。
切断しているのは、微細なルーン文字が刻み込まれた薄き鋭利な刃――黄金の剣だ。
黄金の輝きを纏い垂直に伸びる長剣、精緻せいちな形状のナックルガードと、細い黒革を編み込んだ握り、柄頭には大きな虹色の宝石が輝いている。
キリト「聖剣エクスキャリバー。」
俺は無意識に呟いていた。
俺は一歩踏み出し、両手で《聖剣エクスキャリバー》の柄を握った。
キリト「ッ!!」
ありったけの力を込め、剣を台座から引き抜こうとするが、剣は城全体と一体化ようにびくともしない。
キリト「く、ぬっ!!」
更に力を込めて引き抜こうとするが、結果は同じだ。
SAOやGGOと違い、ALOでは筋力や敏捷力などの数値は表示されない。
しかし、実際はシステム上で数値化されているので、つまり《隠しパラメータ》ということになる。
このパーティーの中で最も筋力値が高いのはアーサー。
だが、これを頼む事は許されない。
もう一度、剣を握り直し、『ゾーン』と『覇気』を解放する。
キリト「っ、ぐ、ああぁぁ。」
全力で剣を引き続ける。
少しずつ、足許の台座から強烈な光が迸り、視界を金色染め上げた。
そして、何かが壊れる破砕音が発生し、手に剣の重さが一気に伝わってきた。
キリト「ぬ、抜けた。」
皆が歓声を上げようとした、その時。
氷の台座から解放された世界樹の小さな木の根が、空中に浮き上がり、育ち始めたのだ。
断ち切られていた上部の切断面からも新たな根が伸び、垂直に駆け上り、螺旋階段を粉砕してきた根と絡まり、結合した。
直後。
凄まじい衝撃波が、スリュムヘイム城を呑み込んだ。
クライン「おわっ、こ、壊れっ!」
クラインが叫び、全員が片膝を突いたと同時に、周囲の壁に無数のひび割れが走り、分厚い氷の壁が次々に分離し、遥か真下の《グレートボイド》目掛けて崩壊していく。
クライン「よ、よおォし、こうなりゃ、クライン様のオリンピック級ハイジャンプを見せるっきゃねェな!」
がばっと立ち上がったクラインが、直径僅か六メートル程の円盤の上で精一杯の助走をし。
リズ「バカ、や、やめなさ、」
リズが止める間もなく、華麗な背面跳びを見せた。
当然、根っこまで手が届くはずもなく、急な放物線を描き、フロアの中心にずしーんと墜落した。
途端、そのショックのせいで周囲の壁に一気にひび割れが走り、玄室の最下部、つまり俺たちが居る場所が本体から切り離された。
シリカ「く、クラインさんの、ばかーっ!」
絶叫マシンが苦手のシリカの本気の罵倒の尾を引きながら、俺たちを乗せた円盤は自由落下に突入した。
周囲では、俺たちと同時に崩れ落ちた巨大な氷塊が互いに激突し、小さな塊へと分解いき、真下を見れば、千メートル、いや八百メートルまで近づいているヨツンヘイムの大地には、黒々と《グレートボイド》が口を開けている。
アーサー「Aパーティー以外は転移結晶で即時離脱!」
キリト「な、何で俺達だけ!?」
アーサー「エクスキャリバーをまだ完全には取得出来て無いだろ! 転移したら、無くなるぞ!」
キリト「そ、そうだった!」
次々と他の奴が転移結晶で離脱していく。
その時、大きな氷の塊が俺達の乗ってる円盤に当たり、
サクラ「あっ! 結晶が!」
その衝撃でサクラが転移結晶を落としてしまった。
アーサー「なっ、クソ! リーファ、トンキー呼べ! Aパーティーはそれで離脱しろ! サクラ。 転移結晶無いのか?」
サクラ「う、うん。」
アーサー「トンキーには乗れないし・・・・・・運を天に任せるか。 ちょっと待ってろ。」
残ったのはAパーティーとアーサー、サクラ。
リーファがトンキーを呼び、それに飛び移る。
キリト「アーサー! お前らはどうするんだ!?」
アーサー「・・・運試し。」
キリト「は!?」
アーサーが魔法を唱え始める。
それは得意の雷、風の魔法ではなく、幻影魔法。
モンスターに変身するやつだ。
そして唱え終わる寸前に円盤から飛び降りた。
キリト「お、おい!」
リーファ「お、お兄ちゃんまずいよ! このままだと氷塊に当たっちゃう!」
キリト「んなこと言っても、アーサーが!」
そのとき、俺達の前に巨大な影が現れた。
白い翼龍だ。
キリト「な、何だこいつ!」
ユイ「あ、アーサーさんです!」
アーサーが変身した翼龍は円盤の隣に付き、サクラが乗るのを待っている。
サクラ「龍也。」
アーサー「グルルルルル。」
サクラ「ありがとう。」
サクラが飛び乗ったのを確認し、危険域から飛び去った。
トンキーが長く鳴き声を放ち、八枚の翼を強く打ち鳴らして上昇を始める。
釣られるように上空を見ると、ヨツンヘイムの天蓋中央に深々と突き刺さっていたスリュムヘイム城が、遂に丸ごと落下を始めたのだ。
氷の巨城は轟音を響かせながら墜落していき、風圧に耐えかねて崩壊も激しさを増す。
リズ「あのダンジョン、あたしたちが一回冒険しただけで無くなっちゃうんだね。」
リズが小さく呟き、隣のシリカが、ピナをぎゅうと抱きしめながら相槌あいづちを打つ。
シリカ「ちょっと、もったいないですよね。 行ってない部屋とかいっぱいあったのに、」
ユイ「マップ踏破率は、37.2%でした。」
俺の頭の上に乗ったユイも、残念そうな声で補足する。
クライン「ゼイタクな話だよなァ。 でも、ま、楽しかったぜオレは、」
両手をばしっと腰に当て、クラインが深く頷いた。
キリト「俺も楽しかったさ。みんなはどうだ?」
ユイ「みなさん、見てください!」
ユイが大きな声で叫び、スリュムヘイムが落下した、真下の大穴《グレードボイド》を指差した。
巨大な大空洞の奥から、青く揺れ、輝きを放ちながら、透き通るような水が大量に溢れ、大穴を水で満たした。
アスナ「あ、上!」
アスナが、さっと右手を上げた。
反射的に振り仰ぎ、上空を見てみると、天蓋近くまで萎縮していた世界樹の根が、スリュムヘイムが消滅したことで解放され、生き物のように大きく揺れ動きながら太さを増し、グレードボイドを満たした清らかな泉に根を下ろし、大波を立て放射線状に広がり、広大な水面を編み目のように覆い、先端は岸にまで達した。
泉に根が下ろされたことで、その根からは小さな若芽が息吹き、大木が立ち上がり、黄緑色の葉を次々に広げた。
これまでヨツンヘイム全体を吹き荒れていた、凍るような木枯らしは止み、暖かな春のそよ風が吹き渡る。
天蓋は、ずっとおぼろげに灯っていただけの水晶群が、小さな太陽のような強い白光を振り撒いている。
風と陽光にひと撫でされた大地の根雪や、小川を分厚く覆う氷が溶け、その下から現れた大地からは新緑が芽吹き、木は生い茂り、川がせせらぎ音を奏でる。
突然トンキーが八枚の翼と広い耳、更に鼻いっぱいに持ち上げ、高らかな遠吠えを響かせた。
それに合わせてアーサーが咆哮を轟かす。
数秒後、世界の各所から、“おぉーん”、“くおおぉーん”、という返事が返ってくる。
泉の中に囚われていたと思われる、トンキーの仲間たちだ。
それだけではなく、多脚のワニのような奴、頭が二つあるヒョウのような奴、多種多様な動物型邪神たちが地面や水面から止めなく出現し、フィールドを闊歩かっぽし始めた。
ヨツンヘイムが、かつての姿を取り戻したのだ。
リーファ「よかった。 よかったね、トンキー。 ほら、友達がいっぱいいるよ。 あそこも、あそこにも、あんなに沢山。」
トンキーの背中に座り込んだリーファが嬉し涙を零しながら、トンキーの頭を優しく撫でていた。
コジロウがリーファを抱くようにして、シリカが同じようにしゃくりを上げ始め、腕組みしたクラインが顔を隠すようにソッポを向き、アスナも目許に涙を浮かべながら、座っている俺の肩に頭を乗せて、この美しい光景に見入っていた。
俺も胸に込み上げてくるものがあった。
最後に、俺の頭から飛び立ったユイが、アスナの肩に着地すると髪に顔を埋めた。
あいつは最近、俺に泣き顔を見せるのを嫌がるのだ。
まったく、どこで学習したんだか。
と、その時、声が聞こえた。
ウルズ「見事に、成し遂げてくれましたね。」
トンキーの頭の向こうに、金色の光に包まれた人影が浮いている、《湖の女王ウルズ》だった。
前回と違い、今回は実体化している。
隠れていたという泉から脱出出来たのだろう。
ウルズ「《全ての鉄と木を斬る剣》エクスキャリバーが取り除かれたことにより、イグドラシルから断たれた《霊根》は母の元に還りました。 樹の恩寵おんちょうは再び大地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。 これも全て、そなたたちのお陰です。」
キリト「いや、トールの助けが有ったから、スリュムが簡単に倒せたんだ。」
俺の言葉に、ウルズはそっと頷いた。
ウルズ「かの雷神の力は、私も感じました。 ですが、気をつけなさい、妖精たちよ。 彼らアース神族は、霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方ではない。」
りーファ「あの、スリュム本人もそんなこと言っていましたが、それは、どういう?」
涙を拭いて立ち上がったリーファが訊ねた。
しかし、その曖昧な質問はカーディナルの自動応答エンジンに認識されなかったのか、ウルズは無言のまま僅かに高度を上げた。
ウルズ「私の妹たちからも、そなたらに礼があるそうです。」
その言葉と共に、ウルズの右側が水面のように揺れ、人影が一つ現れた。
身長は姉よりやや小さく、髪は短めの金髪で、深い長衣を着た、《優美》な顔立ちの女性だ。
ベルザンディ「私の名は、《ベルザンディ》。 ありがとう、妖精の剣士たち。 もう一度、緑のヨツンヘイムを見られるなんて、ああ、夢のよう。」
甘い声でそう囁きかけると、ベルザンディはふわりと右手を振り、俺たちの眼の前に大量のアイテムやらユルドが出現し、テンポラリ・ストレージに消えていった。
七人パーティーなら容量にかなりの余裕があるはずだが、スリュムとの戦いで相当埋まっているので、そろそろ上限が気になってくる。
今度はウルズの左側につむじ風が巻き起こり、鎧兜姿でヘルメッドの左右とブーツの側面から長い翼が伸び、金髪は細く束ねられ、美しくも勇ましい顔の左右で揺れている。
身長は、俺たちと同じ妖精サイズだ。
スクルド「我が名は《スクルド》! 礼を言おう、戦士たちよ!」
凛と張った声で短く叫び、スクルドも大きく右手をかざし、報酬アイテムの滝。
視界右側のメッセージエリアに、容量注意の警告が点滅された。
妹が左右に退くと、ウルズが一歩進み出た。
ウルズ「私からは、その剣を授けましょう。 しかし、決して《ウルズの泉》には投げ込まぬように。」
キリト「了解した」
これまで俺が両手で抱えていた聖剣エクスキャリバーは、俺のアイテムストレージに格納された。
アスナ「よかったね。 キリト君。」
キリト「あぁ。」
俺とユウキの会話が終わった後、三人の女神たちは距離を取り、言った。
「「「また会いましょう。 『円卓の騎士達』よ。」」」
キリト「なっ!?」
視界中央にクエストクリアを告げるメッセージが表示されると、三人の女神は身を翻し、飛びさろうとした。
その直前、どたたっと前に飛び出したクラインが叫んだ。
クライン「すっ、すすスクルドさん。 連絡先をぉぉ!」
NPCがメルアドなんてくれるわけないだろ!!
俺は突っ込んでいいか判らずフリーズしていると、スクルドさんはくるりと振り向き、気のせいか面白がるような表情を作り、もう一度手を振った。
直後、スクルドさんは消滅し、あとには沈黙と微風だけが残された。
やがて、リズが小刻みに首を振りながら囁いた。
リズ「クライン。 あたし今、あんたのこと、心の底から尊敬してる。」
同感だった、まったく同感だった。
ともあれ、二〇二五年十二月二十八日の朝に始まった俺たちの大冒険は、こうして終わりを向かえた。
後で開発者問い詰めよう。
~side out~
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