SAO~円卓の騎士達~
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第五十三話 事件の予感
~拓真 side~
現在、俺はとある町の商店街の中を歩いている。
理由は、まぁ、買い出しだ。
元々、関東圏では無い所に住んでいたお陰でショッピングモールなどよりもこういう商店街の方が好きなのだ。
が、この商店街の店のほとんどはシャッターが降りている。
いわゆる、寂れた街、と言う奴だろう。
と、そんな商店街を歩いていたとき、ふと、前を横切った四人の女子高生の一人に目が付いた。
拓真「詩乃?」
その四人は俺に目もくれず、路地に入っていった。
次いで、
「ほら~、朝田サーン。 ちょっと貸してくれって言ってるだけじゃーん。」
どうやらカツ上げらしい。
そのまま放っておくのも何だか気分が悪いので、
拓真「その辺にしておけ。」
俺は声をかけた。
すると、
「何? アンタ? 関係無いでしょ? それともアンタが金貸してくれるって言うの?」
どうやらそう簡単には行きそうにない。
なので、
拓真「ほう。 そこまで警察呼んで欲しいか。」
携帯に110番を入れて、通話ボタンを押そうとしてる様に見せる。
「チッ、行くよ。」
それを見た女子高生三人はすぐに逃げていった。
拓真「平気か? 詩乃。」
詩乃「何で私の名前を!?」
拓真「おいおい、忘れたのか? 俺だ。 佐々木拓真だ。 小中と一緒だったろ。」
詩乃「あ! 拓真!? あのゲームに囚われて、」
拓真「クリアしたんだよ。 結構前の話だぞ。」
詩乃「そ、そう。 え、でも何でここに?」
拓真「親父の転勤とSAO被害者用の学校があるから。 ここには買い物をしに来たんだ。 まぁ、大半の店がシャッター閉まってるけどな。」
詩乃「そう。 良かったら私の家に来ない? すぐそこなの。 今のお礼も予て。」
拓真「分かった。 行こう。」
そして、詩乃の家。
詩乃「ま、見ての通りボロアパートだし、大した物も無いけど適当にくつろいでて。」
拓真「あぁ。 それはそうと、平気なのか? アレは。」
詩乃「・・・まだ発作はあるわ。 けど、良いリハビリ方法を見つけたの。」
拓真「へぇ。 どんな?」
詩乃「ガンゲイル・オンラインって知ってる?」
拓真「あぁ。 日本で唯一プロのいるVRMMOだろ?」
詩乃「そこだと何故か発作が出ないの。 それで、そのゲームをやってるんだけど。」
拓真「そうか。」
詩乃「それはそうと、そっちはどうなの?」
拓真「ん? SAOの事か? 少し面白いことが起きてな。 偶然、剣道の全国決勝の相手と会ったんだ。 今はALOってゲームでギルドを作っている。」
詩乃「そう。 でも、無事で良かった。」
その後も、色々と話をして、俺は帰る事にした。
詩乃「今度は佑真も連れてきてよ。」
拓真「あぁ。 分かった。」
俺達は連絡先を交換した。
その帰り道、俺は空を見上げながら呟いた。
拓真「この二年間、約束を守れなくてごめんな。 詩乃。」
~side out~
数日後
~和人 side~
俺は一度溜息を吐いてから、店のドアを押し開けた。
『いらっしゃいませ。 お二人様でしょうか?』と静かに頭を下げるウエイターさんに、待ち合わせです、と答えて店内に足を踏み入れる。
店内は、どれを取っても高級そうな装飾品などが飾られている。
セレブ御用達の店、と言った所だろう。
俺は広い店内を見渡した。
奥の窓際の席から、無遠慮な大声が俺たちを呼んだ。
「おーい。 キリト君、シンタロー君、サクマ君、こっちこっち!」
途端に、非難めいた視線が集中する。
呼び出された俺と拓真とシンタローは首を縮めて、声の主へと近づき、向い合わせに成るように腰を下ろす。
待ち合わせをしていた人物は、菊岡誠二郎。
太い黒縁の眼鏡にしゃれっ気の無い髪形、生真面目そうな線の細い顔立ち。
とてもそうは見えないが、これで国家公務員なのだ。
所属するのは、総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室。
省務内での名称は、通信ネットワーク内仮想空間管理課、通称《仮想課》。
俺は差し出されたメニューを手に取り、広げた。
テーブルの向かいから陽気な声が飛ぶ。
菊岡「ここは僕が持つから、何でも好きに頼んでよ。」
和人「ああ、そのつもりだ。」
メニューに目を走らせると、恐ろしいことに最も安くても《シュー・ア・ラ・クレーム》の千二百円。
だが、よくよく考えてみればこの男は政府の人間であり、それ以前に支払いは交際費、つまり国民の血税によって行われる。
阿保らしくなった俺は、平静を装った声で次々にオーダーした。
和人「ええと、パルフェ・オ・ショコラと、フランボワズのミルフィーユ、に、ヘーゼルナッツ・カフェ。」
拓真「ダージリンを一つ。」
シンタロー「俺はエスプレッソで。」
俺のだけで三千九百円だ。
「かしこまりました」
ウエイターが退場して、俺は一息ついた。
菊岡は最後のプリンの欠片を口に運び、顔を上げ無邪気な笑みを浮かべた。
菊岡「やぁ、ご足労願って悪かったね。 それにしても、アーサー君が風邪とは、珍しいね。」
和人「あぁ。 アイツは超健康優良児だ。 本当に珍しい。 槍でも降るんじゃ無いか?」
拓真「で、何でこんな所に俺たちを呼び出したんだ?」
シンタロー「あぁ。 協力するかは話を聞いてからだ。」
菊岡「いやー、《黒騎士》、《龍騎士》、《軍師》さまと、リアルで話が出来るなんて光栄だよ。」
そう。 俺たちはALOで、菊岡と交流を持っているのだ。
菊岡――クリスハイトとして。
因みに、《黒騎士》、《龍騎士》、《軍師》は、ALO内での俺たちの二つ名だ。
和人、拓真、シンタロー「「「帰る。」」」
菊岡「わぁッ! 待った待った! 僕が悪かった!」
俺たちは大きく溜息を吐いてから、再びテーブルの椅子に座り直した。
菊岡は、隣の椅子の置いたアタッシュケースからタブレッド型端末を取り出し、一人の男性プロフィールを見せた。
それから、のんびりした口調で言った。
菊岡「いやぁ、ここに来て、バーチャルスペース関連犯罪の件数が増え気味でねぇ。」
拓真「それがどうした?」
菊岡「いやー、君たちに調査を、お願いしたいなー、って。」
俺も改めてタブレットに目を落とす。
シンタロー「で、誰だ?」
シンタローが問うと、菊岡は指先を滑らせた。
菊岡「ええと、先月、十一月の十四日だな。 東京都中野区某アパートで、掃除をしていた大家が異臭に気付いた。 発生源と思われる部屋のインターホンを鳴らしたが返事がない。 電話にも出ない。 しかし部屋の電気は点いている。 それから電子ロックを解錠して踏み込んで、この男、茂村保、二十六歳が死んでいるのを発見した。 死後五日半だったらしい。 部屋は散らかっていたが荒らされた様子はなく、遺体はベッドに横になっていた。 そして頭に、」
和人「アミュスフィア、か。」
俺がそう言うと、菊岡は頷いた。
菊岡「その通り。 すぐに家族に連絡が行き、変死ということで司法解剖が行われた。 死因は急性心不全となっている。」
タブレットに目を落としていたシンタローが、顔を上げた。
シンタロー「心不全? 何で止まったんだ?」
菊岡「それが解らないんだ。 死亡してから時間が経ち過ぎていたし、精密な解剖は行われなかったんだ。 ただ、彼はほぼ二日に渡って何も食べないで、ログインしっぱなしだったらしい。」
俺は眉を寄せた。
その手の話は珍しくない。
現実世界で何も食べなくても、仮想世界で食べ物を食べると偽りの満腹感が発生し、それは数時間持続するからだ。
当然そんな事をしていれば体に悪影響を及ぼし、栄養失調や発作を起こして倒れ、そのまま、ということも珍しくない。
俺は一瞬眼を瞑り、口を開いた。
和人「菊岡さん。 あんたはこんな話を聞かせる為に、俺たちを呼んだんじゃなんだろ。」
暫しの沈黙が流れた。
菊岡は意を決したように答えた。
菊岡「茂村氏のアミュスフィアに、インストールされていたVRゲームは一タイトルだけだった。 《ガンゲイル・オンライン》知っているかい??」
拓真「《ガンゲイル・オンライン》だと?」
菊岡「何か知ってるのかい?」
拓真「いや、知り合いがプレイしてるだけだ。」
シンタロー「俺とエネ、コノハもやってる。」
和人「えぇっと、確か日本で唯一プロのいるゲームだったよな?」
ガンゲイル・オンライン。
ゲーム内でリアルマネーが稼いだ金を現実の金として換金できる、《ゲームコイン現実還元システム》を採用している。
まぁ、正確には電子マネーだが。
その中での《プロ》と呼ばれるGGOプレイヤーは、毎日コンスタントに金を稼ぐプレイヤーの事を指す。
《プロ》は月に二十万から三十万稼ぎ、GGOのハイレベル連中は、他のMMOと比較にならないほどの時間と情熱をGGOにつぎ込んでいるのだ。
亡くなった茂村氏も、相当な豪腕プレイヤーだったのだろう。
また、ガンゲイル・オンラインを運営している《ザスカー》なる企業は、外国に拠点を持っている、電話番号やメールアドレスは全くの未公開。
菊岡「彼は、ガンゲイル・オンライン、略称GGO中ではトップに位置するプレイヤーだったらしい。 十月に行われた、最強者決定イベントで優勝したそうだ。 キャラクター名は《ゼクシード》。」
拓真「じゃあ、亡くなった日もGGOにログインしていたのか?」
菊岡「いや、そうではなかった。 《MMOストリーム》というネット放送局の番組に、《ゼクシード》の再現アバターで出演中だったようだ。」
俺が口を開いた。
和人「ああ、Mストの《今週の勝ち組さん》か。 そういや、一度ゲストが落ちて番組が中断したって聞いたような気もするな。」
菊岡「多分それだ。 出演中に心臓発作を起こしたんだな。 ログで、秒に到るまで時間が判っている。 で、ここからは未確認情報なんだが、ちょうど彼が発作を起こした時刻に、GGO中で妙なこと有ったって、ブログに書いているユーザーが居るんだ。」
和人、拓真、シンタロー「「「妙?」」」
菊岡「MMOストリームは、GGOの内部でも中継されているだろう?」
シンタロー「ああ。 酒場とかで見られる。」
菊岡「GGO世界の首都、《SBCグロッケン》という街のとある酒場でも放送されていた。 で、問題の時刻に、一人のプレイヤーがおかしな行動をしたらしい。」
菊岡は言葉を続ける。
菊岡「何でも、テレビに映っているゼクシード氏の映像に向かって、《裁きを受けろ、死ね》等と叫んで銃を発砲したということだ。 それを見ていたプレイヤーの一人が、偶然音声ログを取っていて、それを動画サイトにアップした。 ファイルには、日本標準時カウンターも記録されていてね。 ええと、テレビに銃撃があったのが、十一月九日、午後十一時三十分二秒。 茂村氏が番組出演中に突如消滅したのが、十一時三十分十五秒。」
俺が呟いた。
和人「偶然だろう。」
菊岡「いや、そうでもないんだ。 実はもう一件あるんだ。 今度は約十日前、十一月二十八日だな。 埼玉県さいたま市大宮某所、やはり二階建てアパートの一室で死体が発見された。 新聞の勧誘員が、電気は点いているのに応答がないんで、居留守を使われたと思って腹を立て、ドアノブを回したら鍵が掛かっていなかった。 中を覗くと、布団の上にアミュスフィアを被った人間が横たわって居て、同じく異臭が、」
『ごほん!!』と隣の席のマダムが咳払いをして、凄まじい邪眼をこちらに向けていたが、菊岡は会釈をしただけで会話を続けた。
菊岡「まぁ、詳しい死体の状況は省くとして、今度もやはり死因は心不全。 名前は、これも省いていいか。 男性、三十一歳だ。 彼もGGOの有力プレイヤーだった。 キャラネームは、《薄塩たらこ》? 正しいのかなこれ? 今度のはテレビの中では無く、ゲームの中だね。 アミュスフィアのログから、通信が途絶えたのは、死体発見の三日前、十一月二十五日、午後十時零分四秒。 死亡推定時刻もそのあたりだね。」
これまで、静かに話を聞いていた拓真が言った。
拓真「じゃあ、その銃を持ったプレイヤーは、同一人物なのか?」
菊岡「そう考えていいかもしれないね。 毎回同じキャラネームを名乗っているからね。」
和人、拓真、シンタロー「「「どんな?」」」
菊岡はタブレッドを滑らせ、
菊岡「《シジュウ》それに、《デス・ガン》。」
すなわち、≪死銃≫か。
シンタローはテーブルの椅子から立ち上がり、俺の肩を叩いた。
シンタロー「悪いな、菊岡さん。 俺達は手伝えそうにない。 帰るか。」
和人「おう。」
俺も立ち上がろうとすると菊岡が、
菊岡「わぁ、待った待った。 ここからが本題の本題なんだよ。 ケーキもう一つ頼んでいいからさ、あと少し付き合ってくれ。」
シンタローは再び椅子に座り、大きく溜息を付いてから、言った。
シンタロー「あと、五分な。」
菊岡「えっと、アカウントを持ってるシンタロー君は良いとして、二人にはガンゲイル・オンラインにコンバートして、この《死銃》なる男と三人で接触してくれないかな。」
と言い、菊岡はにっこりと笑った。
直後、先程と比較にならない威圧感が拓真から発せられた。
拓真「菊岡、俺達に、《撃たれてこいって》、言っているんだろ。 その《死銃》に、」
菊岡「いや、まぁ、ハハ、」
菊岡は額から、冷汗をだらだらと零している。
しょうがない、俺が助け船を出すか。
和人「菊岡さん。 何でこの件にそこまで拘るんだ?」
菊岡は、何時もの笑顔に戻っていた。
菊岡「実はね、上の方が気にしているんだよね。 フルダイブ技術が現実に及ぼす影響というのは、今や各分野で最も注目される分野だ。 仮想世界が、はたして人間の有り方をどのように変えていくのか、とね。 もし仮に、何らかの危険がある、という結論が出れば、再び法規制を掛けようという動きが出てくるだろう。 だが僕たち《仮想課》は、この流れを後退させるべきないと考えている。 VRMMOを楽しむ、君たち新時代の若者の為にもね。 そんなわけで、規制推進派に利用される前に把握しておきたいのさ。 そして対処も出来るように完璧にしておきたいね。 こんなところで、どうかね??」
俺達は長く沈黙した。
菊岡は焦るように言葉を発した。
菊岡「も、もちろん万が一の事を考えて、最大限の安全措置は取らせて貰うよ。 こちらが用意する部屋からダイブして貰って、モニターもする。 アミュスフィアの出力に、何らかの異常があった場合はすぐに切断する。 銃撃されろとは言わない。 君たちから見た印象で判断してくれればいい。 行ってくれないかね??」
ゆっくり俺が口を開いた。
和人「どうする?」
シンタロー「菊岡さん。 ただリサーチするだけでいいんだよな?」
菊岡「そうだとも。 報酬も支払うよ一人につき、これだけ出そうじゃないか。」
菊岡は指を三本立てた。
正確には、三十万。
再び長い沈黙。
和人「わかった。 俺は行こう。」
シンタロー「俺もだ。」
拓真「右に同じ。 安全は確保するんだろうな。」
菊岡「大丈夫。 そこは安心してくれたまえ。 君たちの安全は保障するよ。」
菊岡は思い付いたように手を打ってから、イヤホンを取り出し、
菊岡「音声ログを圧縮して持って来ているんだ。 これが《死銃》氏の声だよ。 どうぞ、聴いてくれたまえ。」
俺達はイヤホンを耳に入れ、菊岡が液晶画面を突くと、ざわざわと喧騒が再生される。
それが突然消失し、張り詰めた沈黙を、鋭い宣言が切り裂いた。
『これが本当の力、強さだ! 愚か者どもよ、この名を恐怖と共に切り刻め。 俺と、この銃の名は《死銃》、《デス・ガン》だ!!』
何処か非人間的な、金属音を帯びた声だった。
その声はロールプレイでは無く、殺戮を欲する本当の衝動を放射しているように思えた。
菊岡「それと最後に追加の情報だ。 その《死銃》氏の近くにはいつも二人のプレイヤーがいるらしい。 どちらも誰だかは分からないがね。」
~side out~
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