SAO~円卓の騎士達~
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第四十一話 妖精の世界
~和人 side~
ALOログイン当日、俺は約束の十時の十分前にナーヴギアを被る。
別にアミュスフィアという機械でも良かったのだがここは二年間、一回たりともバグを起こさなかった安心と信頼の悪魔の機械に頼ることにした。
・・・言ってること滅茶苦茶だな。
俺は目を閉じ、妖精の世界にダイブする言葉を言った。
和人「リンク・スタート」
今俺が居る場所は、暗闇に包まれたアカウント情報登録ステージだ。
頭上にはアルヴヘイム・オンラインのロゴが描き出され、同時に柔らかい女性のウェルカムメッセージが響き渡る。
俺は合成音声の案内に従って、アカウント及びキャラクターの作成を開始した。
新規IDとパスワード、キャラクターネームを入力し、次に種族を選択する。
もちろんキャラネームはキリトだ。
妖精の種族によって、得手不得手があるらしい。
俺は、黒を基調とした《スプリガン》という種族を選択した。
初期設定が終了し、幸運を祈ります、と人口音声に送られて、光の渦に包まれた。
説明だと、それぞれの種族のホームタウンからゲームがスタートするらしい。
床の感触が消え、落下感覚が俺を襲う。
だが落下している途中で、あちこちでポリゴンが欠け、世界が溶け崩れていく。
そう言えば茅場が集めるときに少し荒くなるかもしれないって言ってたっけ。
キリト「おのれ、茅場ぁぁぁ!!」
俺は再び落下状態に陥った。
広い暗闇の中を、果てしなく落ち続けてい
く。
キリト「フムグ!!」
途方もない落下の末、俺は何処ともしれぬ場所に墜落した。
声がくぐもって響いたのは、最初に地面に接したのが足では無く顔面だったからだ。
深い草むらに顔を突っ込んだ姿勢で数秒間静止した後、ゆっくり背中から仰向けに倒れる。
夜だ。 深い森の中。
虫の鳴き声や遠く響く獣の遠吠え、鼻腔をくすぐる植物の香り。
SAOと何ら遜色ないように思える。
???「ぐわっ!」
近くに人が落ちてきた。
声は聞き慣れている。
シンタローだ。
さらにその上に五人以上の人が重なるように落ちてきた。
キリト「だ、大丈夫か?」
シンタロー「き、キリトか? 助けてくれ。」
シンタローの上に乗っている人達を一人一人どける。
???「と、ととと、うお!」
また二人が同時に落ちてきた。
違うのはちゃんと足で着地していることだ。
サクマとコジロウだ。
コジロウ「あ、あ、足がぁ~。」
サクマ「流石に痺れた。」
足を抑えて倒れ込む。
さらにまた二人が落ちてきて、一人がもう一人を抱き抱えて止めた。
アリスとユージオだ。
キリト「後は、サクラだけか。」
???「き、きゃあぁぁぁ!! 退いてえぇぇ!!」
噂をすれば影が指す。
サクラが落ちてきた俺の真上に。
避ける暇もなく潰される。
キリト「何で俺が。」
サクラ「ご、ゴメン! キリト君。 大丈夫?」
キリト「HPがイエローまで行った。」
???「全員揃ったようだな。」
声の方に振り向くと、そこには茅場ではなくヒースクリフがいた。
キリト「集め方、もうちょっとどうにかならなかったのかよ。」
ヒースクリフ「すまないね。 しかし場所の指定は出来てもどう来るかは私にも分からなかったのだ。 これが武器と防具だ。 受け取りたまえ。 それと文字化けしているアイテムは捨てた方が良い。 システムに引っ掛かる。」
用件をテキパキと言い、俺達にSAOの時の武器と防具を渡していく。
ヒースクリフ「ユニークスキルは再現できなかった。 しかし、糸はこの世界で普通にあるらしい。 使っているのはごく僅かと聞いたがね。 それと大太刀も刀カテゴリーの武器として再現できた。 だが、二刀流、二刃刀、龍爪剣は無理だった。 が、龍爪剣は大剣としてそのスペックはコピーした。 サクラ君が受け取ると良い。 それと金はSAOの最後の時のをそのまま受け継いだ。 サクラ君に関してはギルドの金庫に入ってた分を上乗せしている。 以上だ。 質問は?」
キリト「ユイとストレアは?」
ヒースクリフ「ユイ君は君のアイテムストレージの中にユイの心として、ストレア君はサクラ君のストレージの中にストレアの心としてあるはずだ。」
そう言われて俺とサクラはアイテムストレージをスクロールしていき、そして見つけた。
すぐにストレージから出し、タッチする。
すると光って人形になり、ユイとストレアが現れた。
ユイ「! パパ!!」
ストレア「サクラちゃ~ん!!」
すぐに俺達の事に気が付いたみたいで抱き付いてきた。
サクラは押し倒されていたが。
ヒースクリフ「それでは私はこれで失礼する。」
そう言ってヒースクリフはログアウトした。
ストレア「ところで、ここって何処?」
キリト「ALOって言うゲームの中だ。」
ストレア「ふーん。」
キリト「そう言えば、ユイとストレアはこの世界でどういう扱いになっているんだ?」
ユイ「えーと、このアルヴヘイム・オンラインにも、プレイヤーサポート用の疑似人格プログラムが用意されているようですね。 《ナビゲーション・ピクシー》という名称ですが、私達はそこに分類されます。」
直後、ユイの体がぱっと発光してから、消滅してしまった。
キリト「ユイ!!」
俺は、慌てた声を上げる。
立ち上がろうとした俺だが、膝の上に可愛らしい小さなモノが、ちょこん乗っているのに気付いた。
身長は十センチほど、ライトマゼンダの花びらを象ったミニのワンピースから細い手足が伸びている。背中には半透明の羽根が二枚。
まさに妖精の姿だ。
愛くるしい顔と黒髪は、サイズこそ違うがユイのままである。
ユイ「これがピクシーとしての姿です」
ユイは俺の膝の上で立ち上がると、両腰に手を当てて翅をぴこぴこと動かした。
キリト「おお。」
モモ「可愛いー!!」
シンタロー「モモ、止めろ。」
俺と乱入してきたモモは、ユイのほっぺたを突いた。
ユイ「くすぐったいですー。」
ユイは、笑いながら俺とモモの指から逃れ、羽根を羽ばたかせ空中に浮き上がった。
そのまま俺の肩に乗る。
サクラ「あれ? ストレアちゃんは?」
ストレア「私はやっぱりプレイヤーとして一緒にいたいかなー、って。」
そう言うとストレアは自身の外見を弄ったようで少しだけ変わった。
髪が紫から灰色になっている。
ストレア「種族はノームだね。」
サクマ「そう言えば以前みたいに管理者権限は有るのか?」
ユイ「いえ、出来るのは、リファレンスと広域マップデータへのアクセスくらいです。 接触したプレイヤーのスターテスなら確認できますが、主にデータベースには入れないようです。」
サクマ「そうか。」
キリト「ユイ、ストレア、実はな、」
俺は表情を改め、本題を切り出した。
キリト「ここに、アーサー、アヤノ、アスナがいるらしいんだ」
ユイは俺の肩から飛び上がり、俺の顔の前で停止した。
ユイ「どういうことですか?」
サクラが口を開いた。
サクラ「えっとね。 アーサー達はSAOが消滅しても現実世界に復帰していないの。 この世界で、似た人を見たという情報を貰ってここに来たの。」
ユイ「そんなことが。 ごめんなさいパパ、皆さん。 わたしに権限があればプレイヤーデータを走査してすぐに見つけられるのに。」
俺が口を開いた。
キリト「いや、大体の居場所の見当は付いているんだ。 世界樹、といったかな。 場所判るか?」
ユイ「あっ、はい。 ええと、ここからは大体北東の方向ですね。 でも相当遠いです。 リアル距離置換で五十キロメートルはあります。」
全員「「「「「うわ、遠い。」」」」」
キリト「そういえばここでは飛べるって聞いたなぁ。」
サクマ「試してみるか。」
俺達は立ち上がった。
ユージオ「おお、羽根がある。」
俺達の背中からは、透き通る妖精の羽根が伸びている。
色や形は種族によって様々だが。
キリト「どうやって飛ぶんだろ。」
ユイ「補助コントローラがあるみたいです。 左手を立てて、握るような形を作ってみてください。」
俺は、再び肩に乗ったユイの言葉に従って、手を動かした。
すると手の中に、スティック状のオブジェクトが出現した。
ユイ「えと、手前に引くと上昇、押し倒すと下降、左右で旋回、ボタン押し込みで加速、離すと減速となっていますね。」
シンタロー「ちなみに随意飛行は背中の羽の辺りに仮想の筋肉があると考えてそれを動かそうとすれば出来るらしいぞ。」
とりあえず補助コントローラを使い上昇、下降、旋回、加速、減速、を一通り試した。
キリト「なるほど、大体わかった。 じゃ、次は随意飛行で。」
随意飛行を試してみる。
確かにコツを掴むまでは難しいがそれからは簡単だった。
キリト「よっし、とりあえず、近くの街に行こうぜ。」
ストレア「西のほうに《スイルベーン》という街があるね。 そこが一番、あっ」
突然ストレアが顔を上げた。
サクラ「どうしたの、ストレアちゃん?」
ストレア「サクラちゃん。 プレイヤーが近づいて来てる。 三人が一人を追ってるみたいだけど、」
キリト「おお、戦闘中かな。 見に行こうぜ。」
ユイ「あいかわらずパパは呑気ですねぇ。」
アリス「まぁ、それがキリトですから。」
ユイ達に溜息をつかれた。
サクマ「でも、見に行くのは賛成だ。 それなりにこのゲームに慣れてる奴の動きを見ておきたい。」
シンタロー「同じく賛成。」
結果的に見に行くことになった。
~side out~
~リーファ side~
私は今、サラマンダーの部隊に追われている。
逃亡を図りながら風属性の防御魔法を張っておいたお陰でHPバーには余裕があるものの、シルフ領はまだまだ遠い。
その上、滞空制限時間ときた。
リーファ「くっ」
樹海へ逃げ込む為、急角度のダイブ。
私は樹海の木に隠れ、スペルを唱え、薄緑色の膜で体を隠した。
これで敵の視界からはガードされる。
「このへんにいるはずだ! 探せ!!」
「いや、シルフは隠れるのが上手いからな。 魔法を使おう。」
すると、サラマンダーの男が詠唱を始めた。
この詠唱は、火属性の看破魔法だ。
この魔法は、数十匹のコウモリのサーチャーを放ち、隠形中のプレイヤーまたはモンスターに接触すると燃え上がり居場所を教える魔法だ。
一匹のコウモリが、私の体を覆っている薄緑色の膜に接触した。
コウモリが甲高い鳴き声を上げて燃え上がり、居場所を知らせる。
「いたぞ、あそこだ!!」
リーファ「くっ」
私は木の陰から飛び出し、放剣して構える。
サラマンダーも立ち止まりランスを向けてくる。
「てこずらせてくれるじゃねーの。」
一人のサラマンダーが興奮を隠しくれない様子で言った。
中央に立つリーダー格が言葉を続ける。
「悪いがこっちも任務だからな。 金とアイテムを置いていけば見逃す」
「なんだよ、殺そうぜ!! オンナ相手超久々じゃん!」
《女性プレイヤー狩り》
VRMMOで、女性プレイヤーを殺すのはネットゲームにおける最高の快楽とうそぶく連中。
正常に運営されているALOですらこうである。
いまや伝説となった《あのゲーム》の内部はさぞ、と思うと背筋が寒くなる。
私はおとなしく殺される気はない。
私は、愛剣のツーハンドブレードを大上段に構え、サラマンダーを睨んだ。
リーファ「あと一人は絶対に道連れにするわ。 デスペナの惜しくない人からかかってきなさい。」
「諦めろ、もう翅が限界だろう。 こっちはまだ飛べるぞ」
確かに、飛行する敵に地上で襲われるのは絶対的に不利なポジションだ。
それに三対一なら尚更だ。
だけど、お金を渡して命乞いなんてもってのほかだ。
「気の強い子だな。 仕方がない」
リーダー格が肩を竦め、ランスを構え、翅を鳴らして浮き上がった。
それに倣って、二人のサラマンダーも続く。
敵が三方から私を取り囲み――今まさに突撃しようという、その時だった。
キリト「のわあぁぁぁぁ!?」
一人のスプリガンが着地、否、墜落してきた。
キリト「うう、いてて、着地がミソだなこれは。」
サクマ「何見つかってんだよ。 見に来ただけなんだからな。」
その隣にサラマンダーが着地する。
どうやらスプリガンのプレイヤーとは仲が良いみたいだ。
よく見ると上には多種族混合パーティーがいる。
その内の数人は初期装備だ。
サクマ「で、どうすんだ?」
キリト「襲われてるのが女の子なら見殺しにするのもアレだろ。」
サクマ「言うと思った。 シンタロー。」
シンタローと呼ばれたプレイヤーが降りてくる。
種族はインプ。
ん? シンタロー?
まさかとは思うけど。
私が考えているとスプリガンのプレイヤーは私を囲んでるサラマンダーに向かって、
キリト「重戦士三人で女の子一人を襲うのはちょっとカッコよくないなぁ」
「なんだとテメェ!!」
三人のサラマンダーの内一人が声を上げ、二人のサラマンダーが空中を移動して少年の前後で止まり、ランスを構え、突進の姿勢を取る。
リーファ「くっ、」
助けに入ろうにも、リーダー格の男がこちらを牽制しているため、うかつに動けない。
「そんな弱そうな武器と防具でノコノコ出てきやがって馬鹿じゃねぇのか。 お望み通り狩ってやるよ!」
少年の前方を陣取ったサラマンダーが、音高くバイザーを降ろした。
直後、大きく翅を広げて突撃を開始する。
前方のサラマンダーのランスが当たる、その寸前。
信じられないことが起こった。
スプリガンの仲間のサラマンダーの姿が消えたと思った瞬間、敵のサラマンダーの後方に現れた。
ガードエフェクトの光と音が空気を震わせ、そして、ランスが砕け散った。
良く見ると刀を抜刀している。
敵は呆然と自分の壊れたランスを見ている。
キリト「ええと、あの人たち、斬ってもいいのかな?」
とスプリガンが私に聞いてきた。
リーファ「そりゃいいんじゃないかしら。 少なくても先方はそのつもりだと思うけど。」
と私は呆然と答える。
サクマ「俺がコイツやるから後ろの奴頼んだ。」
キリト「OK。」
その言葉で我に返ったのか攻撃してきたサラマンダーは羽を震わせる、が、動けない。
「な、何だよこれ! 何で動けないんだよ!」
シンタロー「わざわざ逃がす訳無いだろ。」
良く目を凝らすとそのサラマンダーに糸が絡み付いている。
信じられない。
このインプは現在ALOに実装されている武器の中で最も扱いが難しいと言われている糸をここまで完璧に使えている。
「ひ、ひい! た、助けてくれ! お前サラマンダーなんだろ! だったら仲間を切ること無いだろ!」
サクマ「悪いけど、お前らみたいなゲスは仲間とは思わない。」
「くそっ!」
後ろにいたサラマンダーが攻撃しようとするが、スプリガンがそいつを切り、もう一人の捕まってた方も切られた。
キリト「どうする? あんたも戦う?」
その言葉に呆然となっていたサラマンダーのリーダー格の男は苦笑して、
「いや、勝てないな、やめておくよ。 アイテムを置いていけというなら従う。 もうちょっとで魔法スキルが九〇〇なんだ、デスペナが惜しい。」
キリト「正直な人だな。 そっちのお嬢さんは?」
リーファ「あたしもいいわ。 今度はきっちり勝つわよ、サラマンダーさん。」
「正直君ともタイマンで勝てる気はしないけどな。」
言うと、翅を広げ、燐光を残して飛び立った。
あとには私とスプリガンとその仲間達、二つの赤いリメインライトだけが残された。
それらも一分が経過すると共にふっと消えた。
リーファ「で、あたしはどうすればいいのかしら。 お礼を言えばいいの? 逃げればいいの? それとも戦う?」
スプリガンは右手に握っている剣を左右に切り払うと、背中の鞘に音を立てて収めた。
キリト「うーん、俺的には正義の騎士が悪漢からお姫様を助けた、っていう場面なんだけどな。」
片頬でニヤリと笑う。
キリト「感動したお姫様が涙ながらに抱きついてくる的な。」
リーファ「ば、バッカじゃないの!!」
私は思わず叫んでいた。顔がかあっと熱くなる。
キリト「ははは、冗談冗談。」
サクマ「今の言葉、後でアスナに教えてやろうかな。」
キリト「冗談って言ったろ!」
会話で出てきたアスナという名前でさっきの考えに確信が付いた。
リーファ「ねぇ? 失礼かもしれないけど、君のリアルの名前って桐ヶ谷 和人?」
キリト「なっ!? 何でそれを。」
リーファ「やっぱり。 私だよ。 お兄ちゃん。」
キリト「す、スグか?」
リーファ「そう。 ここではリーファって名前だけどね。」
お兄ちゃん、いやキリト君は私に全員の紹介をした。
リーファ「それで、これからどうするの?」
キリト「見ての通り初期装備の奴もいるから近くの街に行って装備を整えようと思ってる。」
リーファ「じゃあ、ちょっと遠いけど北の方に中立の村があるから、そこまで飛ぼうか?」
キリト「あれ、スイルベーンって街のほうが近いんじゃ?」
リーファ「そうだけど、お兄ちゃん、あそこはシルフ領だよ。 それも首都。」
キリト「何か問題あるのか?」
あっけからんとした兄の言葉に私は絶句した。
リーファ「問題っていうか、街の圏内じゃお兄ちゃん達はシルフに攻撃できないけど、逆はアリなんだよ。」
サクマ「そうか。 でも、デュエルを申し込めば俺達も攻撃できるだろ?」
リーファ「それはそうだけど、バカ真面目に受けてくれるかな?」
シンタロー「その時は糸で動き止めるから。」
リーファ「スゴいこと考えますね。」
キリト「ま、リアルの知り合いで観光の案内してるとでも言っとけば平気だろ。」
リーファ「それもそうね。 じゃ、行きましょ。」
~side out~
~キリト side~
俺達はじわじわと加速するリーファの後ろに追随した。
全身を叩く風圧が強まり、風切り音が耳元で唸る。
キリト「もっとスピード出してもいいぜ。」
リーファ「けど、後ろの人達は?」
シンタロー「このまま真っ直ぐで良いんだろ? 俺が連れてく。」
リーファ「じゃあ、本気で行くよ!」
俺とサクマ、コジロウ、アリス、ユージオ、サクラは、リーファの最高速度に追随した。
リーファ「うそッ!」
ユイ「はうー、わたしはもうだめです~。」
ユイは俺の胸ポケットにすぽんと飛び込んだ。
アリス「あれですか?」
アリスが指差した先には、色とりどりの光点の群が姿を現した。
シルフ領の首都《スイルベーン》と、そのシンボルである《風の塔》だ。
街はぐんぐん近づいてくる。
リーファ「真下の塔の根元に着陸するわよ! って、」
不意にリーファがあることに気付いて、笑顔を固まらせた。
リーファ「キリト君達、ランディングのやりかた解る?」
俺は顔を強張らせた。
キリト「えっと、解りません。」
サクマ「走り方を知ってて止まり方を知らないとか愚の骨頂。」
すでに、視界の半分以上が巨大な塔に占められている。
リーファ「えっと、頑張れ!」
俺以外は急減速に入った。
翅をいっぱいに広げて制動をかけ、広場めがけて降下を開始する。
キリト「そ、そんなバカなああぁぁぁ―!!」
俺は、絶叫と共に塔に突っ込んでいった。
数秒後、凄まじい大音響がシルフ領首都、スイルベーンに響いた。
キリト「うっうっ、ひどいよリーファ。 飛行恐怖症になるよ。」
塔の根元、色とりどりの花が咲き乱れる花壇に座り込んだ俺は、リーファを恨みがましい顔で言った。
リーファ「ヒールしてあげるから許して、って、何で私だけ!?」
ユイ「眼がまわりました~。」
俺の肩に乗っているユイも頭をふらふらさせている。
リーファは俺に右手をかざすと回復スペルを唱えた。
俺に青く光る雫が放たれ、放たれた雫によってHPが回復していく。
キリト「お、すごい。 これが魔法か。」
リーファ「高位の治癒魔法はウンディーネじゃないとなかなか使えないんだけどね。 必須スペルだから君達も覚えたほうがいいよ。」
キリト「種族によって魔法の得手不得手があるのか。 スプリガンてのは何が得意なんだ?」
リーファ「トレジャーハント関連と幻惑魔法かな。 どっちも戦闘には不向きなんで不人気種族ナンバーワンなんだよね。 って言ったねこれ。」
キリト「あー、言ってたな。 さて、シンタロー達を待つか。」
そして十数分後、シンタロー達が来た。
サクマ「遅くないか?」
シンタロー「悪い。 モンスターに出会ってな。 俺とストレアだけだったんなら振り切って来たんだけど、何せ庇んなきゃいけないからな。」
セト「申し訳ないッス。 俺等のせいで。 しかし、綺麗な街ッスね。 ねぇ、マリー。」
マリー「うん、本当に綺麗。」
スイルベーンは、別名《翡翠の都》と呼ばれている。
華奢な尖塔群が空中回廊で複雑に繋がりあって構成される街並みは、皆艶やかなグリーンに輝き、それらが夜闇の中に浮かび上がる有様は幻想的の一言だ。
街に見入っていたら、リーファに声を掛ける者が居た。
???「リーファちゃん! 無事だったの!」
顔を向けると、手を左右に振りながら近寄ってくる黄緑色の少年シルフが見えた。
リーファ「あ、レコン。 うん、どうにかね!」
リーファの前で止まったレコンは目を輝かせながら言った。
レコン「すごいや、あれだけの人数から逃げ延びるなんてさすがリーファちゃん、って、」
レコンは、俺達を見て口を開けたまま数秒間立ち尽くす。
「な、スプリガンとインプ、しかもサラマンダーまで、って言うかほぼ全種族じゃないか!? なんで!?」
飛び退き、腰のダガーに手をかけようとするレコンをリーファが慌てて制した。
リーファ「あ、いいのよレコン。 この人達が助けてくれたの。」
レコン「へっ、」
リーファは唖然とするレコンを指差し、俺と木綿季に言う。
リーファ「こいつはレコン。 あたしの仲間なんだけど、キミたちと出会うちょっと前にサラマンダーにやられちゃたんだ。」
キリト「そりゃすまなかったな。 よろしく、俺はキリトだ。 こっちがサクマでこっちはシンタロー。」
レコン「あっどもども。」
レコンは俺の差し出す右手を握り、ぺこりと頭を下げてから、
レコン「いやそうじゃなくて!」
また飛び退く。
忙しい奴だな。
見てて飽きないから良いけど。
レコン「大丈夫なのリーファちゃん!? スパイとかじゃないの!?」
リーファ「大丈夫よ。 リアルで知り合いだし。」
レコン「そうなの? で、誰?」
リーファ「教えちゃって良い?」
キリト「別に良いぞ。」
リーファ「私のお兄ちゃんとその友達。」
レコン「あっ、そうなの。 それは知らなくて当然か。 あ、それと、リーファちゃん、シグルドたちは先に≪水仙館≫で席取っているから、分配はそこでやろうって。」
リーファ「あ、そっか。 う~ん。 あたし、今日の分配はいいわ。 スキルに合ったアイテムもなかったしね。 あんたに預けるから四人で分けて。」
レコン「へ、リーファちゃんは来ないの?」
リーファ「ちょっとお礼に奢ることになってるの。 全員じゃないけど。」
レコン「えー、こないの~」
レコンは、残念そうな声を上げていた。
リーファ「次の狩りの時間とか決まったらメールしといて。 行けそうだったら参加するからさ、じゃあ、おつかれ!」
レコン「あ、リーファちゃん。」
リーファは照れくさくなったのか、強引に会話を打ち切ると、俺の袖を引っ張ってきた。
『いくよ』っていう合図かな。
キリト「行くか。」
サクマ「おう。」
俺達はリーファの後に付いていった。
キリト「さっきの子は、リーファの彼氏?」
ユイ「コイビトさんなんですか?」
俺と俺の胸ポケットから顔を出したユイが訊ねた。
リーファ「ち、違うわよ! パーティーメンバーよ、単なる。」
ユージオ「へー、それにしては仲良さそうだったけどね。」
アリス「ですよね。」
リーファ「訂正、一応リアルでも知り合いよ。 同じ学校なの。 着いたよ。」
どうやらいつの間にか目的地に着いたようだ。
目的の店は《すずらん亭》という店だ。
スイングドアを押し開けて店内を見渡すと、プレイヤーの姿は一組もいなかった。
まだ、リアル時間では夕方になったばかりなので、冒険を終えて一杯やろうというプレイヤーが増えるには暫く時間がある。
俺とサクマ、シンタローとリーファは窓際の席に腰を掛ける。
俺はリーファと向き合うように、俺の隣にはシンタローが、リーファの隣にはサクマが座っている。
他は違う席に座った。
リーファ「さ、ここはあたしが持つから何でも自由に頼んでね。 って言ってもキリト君とサクマさんとシンタローさんだけどね。」
キリト「じゃあお言葉に甘えて。」
ユイ「私もです~。」
リーファ「あ、でも今あんまり食べるとログアウトしてから辛いよ。」
実に不思議、でも無いがアルヴヘイムで食事をすると仮想の満腹感が発生し、それが現実世界に戻ってからも暫く消えることがないのだ。
俺たちが頼んだ料理は、リーファはフルーツババロア、俺は木の実タルト、ユイはチーズクッキー、サクマはショートケーキ、シンタローはロールケーキをオーダーし、飲み物は香草ワインボトルを一本取ることにした。
他の人は席が違うので何を頼んだのかは分からない。
NPCのウェイトレスが即座に注文の品々をテーブルに並べる。
リーファ「それじゃあ、改めて、助けてくれてありがと。」
不思議な緑色のワインを注いだグラスをかちんと合わせ、一息に飲み干す。
キリト「いやまあ、成り行きだったし。」
サクマ「てか、ああいう集団PKってよくあるのか?」
リーファ「うーん、もともとサラマンダーとシルフは仲悪いのは確かなんだけどね。 領地が隣り合っているから中立域の狩場じゃよく出くわすし、勢力も長い間拮抗していたし。 でもああいう組織的なPKが出るようになったのは最近だよ。 きっと、近いうちに世界樹攻略を狙ってるんじゃないかな。」
シンタロー「その世界樹について聞かせてくれ。」
リーファ「確か、アスナさんとアヤノさんがいるんだっけ。」
キリト「そうだ。 一刻も早く世界樹の上に行かないと。」
リーファ「あの世界樹を攻略するのがこのALOのグランドクエストよ。 滞空制限時間があるのは知っているでしょ? どんな種族でも、連続して飛べるのはせいぜい十分が限界なの。 でも、世界樹の上にある空中都市に最初に到達して、《妖精王オベイロン》に謁見した種族は全員、《アルフ》っていう高位種族に生まれ変われる。 そうなれば、滞空制限はなくなって、いつまでも自由に空を飛びことができるようになる。」
サクマ「で、肝心のそのクエスト内容は?」
リーファ「世界樹の内側、根元のところは大きなドームになっているの。 その頂上に入り口があって、そこから内部を登るんだけど、そのドームを守っているNPCのガーディアン軍団が凄い強さなのよ。 今まで色んな種族が何度も挑んでいるんだけどみんなあっけなく全滅。 サラマンダーは今最大勢力だからね。 なりふり構わずお金を貯めて、装備とアイテムを整えて、次こそはって思っているんじゃないかな。」
シンタロー「ガーディアン軍団ってことは数押しか。 一体一体の強さは?」
リーファ「一体はそこまで強くないって聞いてるわ。 でも今シンタローさんが言ったみたいに数が多くてどうにもならないの。」
シンタロー「だとしたら瞬間火力に頼るか、もしくはポップ位置で出来るだけ抑えるか。」
リーファ「何にせよ、もう無茶苦茶よ。 だって考えてみてよ、ALOってオープンしてから一年経つのよ。 一年かけてクリアできないクエストなんてありだと思う?」
キリト「確かにな。 う~ん、何かキークエストを見落としている。 もしくは、単一の種族だけじゃ絶対に攻略できない?」
俺は頭を悩ませながら言った。
リーファはババロアを口許に運ぼうとしていた手を止め、俺を見た。
リーファ「良いとこに気が付いたね。 クエスト見落としの方は、今躍起になって検証しているわ。 後の方だとすると、絶対に無理ね。 『最初に到達した種族しかクリアできない』クエストを、他の種族と協力して攻略しようなんて。 だから、世界樹攻略は現状不可能ね。」
サクマ「不可能だとしてもやるしかない。」
キリト「あぁ。 その通りだ。 さて、今日はログアウトして明日出るか。」
シンタロー「だな。 明日、皆の装備も整えよう。」
リーファ「ちょ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん達、世界樹に、行く気なの?」
キリト「ああ。」
リーファ「無茶だよ、そんな。 ものすごく遠いし、途中で強いモンスターもいっぱい出るし、お兄ちゃん達も強いけど、じゃあ、わたしが連れて行ってあげる。」
キリト「え、」
俺は眼を丸くする。
世界樹が存在するアルヴヘイムの央都《アルン》まで行くのは、現実世界での小旅行に匹敵するほどの旅になる。
ということは、リーファが領地から出ることにもなってしまう。
キリト「良いのか?」
リーファ「うん。 いいの。 私が連れて行ってあげるよ。 それにお兄ちゃんの大事な人を助けるのに、妹がそれを助けない訳にはいかないでしょ。 じゃあ、明日は午後三時に此処に集合ね。 あと、ログアウトには上の宿を使ってね。 お兄ちゃんはまたリアルでね。」
と言い、ログアウトボタンを押し、リーファは虹色の光に包まれ現実世界に戻った。
後に残ったのは、俺達とユイだけになった。
サクマ「良い妹持ったな。」
キリト「あぁ。 まったくだ。」
俺達は、カウンターでチェックインを済ませ、階段を上がる。
俺達は、リーファの言葉に従って《すずらん亭》の二階でログアウトすることにした。
部屋に入りログアウトボタンを押せば即現実に復帰できるはずだったが、ゲーム内と現実世界に情報の差がありすぎると、現実に復帰した時に不快な酩酊感を覚えるのだ。
なので、俺は《寝落ち》を試してみるべく、武装を解除するとベットに腰を下ろした。
ユイも空中をぱたぱたと移動し、くるんと一回転したかと思うと、本来の姿に戻って床に着地した。
ユイは両手を後ろに回すと、僅かに俯きながら言った。
キリト「明日まで、お別れですね、パパ。」
キリト「そうか、ごめんな。 せっかく会えたのにな」
ユイ「あの、」
眼を伏せたユイの頬が僅かに赤く染まった。
キリト「パパがログアウトするまで、一緒に寝てもいいですか?」
キリト「おう。 いいぞ。」
~side out~
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