ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第五十六話 交渉の始まりです。
帝国歴486年6月15日――。
カロリーネ皇女殿下とアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンが第十三艦隊の旗艦士官サロンでTVを見ている。二人だけではなく、主だった士官たちが皆TVにくぎ付けになっている。ファーレンハイトとシュタインメッツも二人の側にいてTVを見ていたし、当のヴィトゲンシュティン中将でさえもTVを見ていた。TVには一人の女性レポーターが立って繰り返し同じような内容をしゃべり続けている。その画面には他にも大勢の報道陣が詰めかけているのが、見える。どのチャンネルを切り替えても主だった局はすべて同じような内容を放映している。それか同盟と帝国の歴史をドキュメントで流しているか、CMが流れているか、どちらかだ。
『本日より、自由惑星同盟政府首脳陣と帝国からの使節団の交渉が、ここ(レポーターは背後の建物を手で指し示した。)惑星イオン・ファゼガスの迎賓館にて行われます。しかしながらこの使節団が何の目的で来訪したのか、政府首脳陣は硬くその口を閉ざし続けております。中で一体どんな交渉が行われているのか、その内容は本日夕の政府首脳陣報道官の記者会見で明らかになるという事です。』
カロリーネ皇女殿下が脚を組み替えた。これで何度目だろうとアルフレートは思った。じっとしているのがいたたまれないように思われているのだろうか。
「帝国からの使節か、いったいどんな目的でやってきたんだろうね。まさか私を捕まえるため?」
カロリーネ皇女殿下が最後は冗談めかして言う。他に人がいるときにはカロリーネ皇女殿下はフランクな言葉遣いをするようになっていた。最初は戸惑っていたファーレンハイトもシュタインメッツも徐々にそれに慣れてきて、今ではカロリーネ皇女殿下が多少どぎつい言葉を放ってもあまり顔色を変えなくなってきたのだった。しまいには「カロリーネ皇女殿下はむしろこのような市井の言葉を使われる方がなれていらっしゃいますな。」などと転生者二人がドキリとするような言葉を言われたりもしたのだった。
幸い他の皆はTVにくぎ付けになっており、喧々諤々の議論をおっぱじめていたため、誰も4人に注意を払おうとする者はいなかった。
「ご冗談をおやめください。カロリーネ様が亡命されてもう何年にもなります。今更そのような事でやってくるわけがありません。」
と、ファーレンハイト少将。第三次ティアマト会戦での功績で彼とシュタインメッツは少将に昇格していたのだった。
「しかし、帝国がやってきたのはいささか唐突なように思えますな。何を目的にやってきたのか、その理由がわからない以上少々不気味なところはあります。」
と、シュタインメッツ。
二人の顔色には動揺は1パーセントも現れていない。だが、アルフレートは二人の心境はいかばかりかと慮っていた。それはカロリーネ皇女殿下も同じだったらしい。ややためらいがちながらも、彼女は二人に尋ねていた。
「ねぇ。あの、こんなことを聞くのはどうかと思うけれど、二人はどうなの?帝国の人を見て、帰りたいとは思わないの?」
二人は同時に首を振った。
「確かに、帝国の人々を久方ぶりに見ても郷愁を感じない、というのは嘘になります。ですが、私にはカロリーネ様やアルフレート様を守る責務がありますし、そうしたいと思っております。帝国に帰国するなどという事は思いもよらぬものです。」
ファーレンハイトが静かに、だが断固たる口ぶりで言った。
「私もそうです。我々のことは気になさらず、お二人はご自身のことをお考えください。」
シュタインメッツも迷いを感じさせない口ぶりで答える。アルフレートはカロリーネ皇女殿下を見た。以前二人で話し合ったことがある。ファーレンハイトとシュタインメッツを帝国に帰してはどうか、と。ちょうど帝国の使節が到来している今、これは一つの契機と言えるのではないか。
「・・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下はかすかに首を振った。小さく「ごめんなさい。」と口が動いたようにアルフレートには見えた。
(仕方がない、か・・・。)
アルフレートとしてもこの二人がずっとそばにいてくれるのはありがたかったし、心強かった。ラインハルトには悪いと思ったが、一流の将帥と一緒にいられることは思いもかけない相乗効果をもたらしてくれるのだ。すなわち、その人に追いつこうとして一人では成しえない速度で成長できる事である。
だが、ファーレンハイトの眼は時折TVに注がれている。それはTVを見るというよりも、それを通してもっと遠い彼方にあるものに思いをはせている、と言った方がいいかもしれない。
「これは、失礼をいたしました。」
ファーレンハイトは3人の視線を感じると、やや申し訳なさそうな苦笑を浮かべた。
「どうしたの?」
ファーレンハイトが黙っているので、重ねてカロリーネ皇女殿下が質問すると、
「実は、私には妹たちがいるのです。」
という答えが返ってきた。
「アリシアとユリア。いずれも軍属として帝国軍人になっているはずですが、今頃どこで何をしていることやら。まさかとは思いますが、あの使節の中にいるわけでもありますまい。ですが、帝国と聞いて家族のことを思いやってしまいました。お恥ずかしい限りです。」
「ごめんなさい!」
カロリーネ皇女殿下が立って頭を下げた。アルフレートからは、はらっとかぶさった前髪の中に後悔と悲しみとで青ざめて苦しそうな顔が見えた。幸いアルフレートとファーレンハイトとシュタインメッツが驚いてすぐに座らせたので、誰にも気づかれなかったが。
「私のせいで・・・私のせいで・・・・。」
カロリーネ皇女殿下が取り乱しそうになっているのを、ファーレンハイトが穏やかに宥めた。
「カロリーネ様のせいではございません。何も私の妹たちが戦死したわけではないではありませんか。数百光年の距離が数千光年になったからと言って会えないと決まったわけではありますまい。そのようなことで取り乱されるのでは、私としてもいささかがっかりしますし、こう申し上げてしまいたくもなります。何のためにあなた様についてきたのか、と。」
最後はそう言ったが、それがファーレンハイトの本心ではないことくらいみんな知っていた。彼は彼なりにこの皇女殿下を慰めていたのだったし、その心をカロリーネ皇女殿下は十分理解することができていた。
「ファーレンハイト・・・。」
ありがとう、と言いたかったが、カロリーネ皇女殿下は言葉を飲み込んだ。3人が振り向くと、ウィトゲンシュティン中将が立っていたのである。そばには副官も誰もいない。彼女を護衛している女性士官たちもいない。
「水入らずのところ申し訳ないけれど、ちょっといいかしら?」
その顔色はあまり柔らかいものとは言えなかった。
惑星 イオン・ファゼガス 迎賓館 青の間――。
歓迎式典や種々の催しが終わり、今日が交渉の初日となっていた。両国の代表団が分厚いどっしりとした長いテーブルをはさんで着席したところで、重々しい音を立ててドアが閉まった。この瞬間から交渉はスタートすることとなったのである。ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯はその装飾を施したドアから、最高評議会議長に視線を向けた。
「さて、帝国の大貴族の長で有らせられるオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵閣下とウィルヘルム・フォン・リッテンハイム侯爵閣下におかれましては、はるばるこの自由惑星同盟都市惑星イオン・ファゼガスまでご足労いただいたわけですが。回りくどい言い方はこの際時間の浪費ですから、単刀直入にあらためてそちらの要求を伺いましょう。」
ピエール・サン・トゥルーデはテーブルの上で両手を組んで、口火を切った。ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵はちらと視線を交わしあった。やがてブラウンシュヴァイクがピエールに視線を戻し、
「では、単刀直入に言わせてもらおう。自由惑星同盟などという呼称をそもそも我々は認めておらん。もとをただせばアーレ・ハイネセン率いる奴隷集団が辺境惑星から離脱し、恒星間宇宙船で長征を行ってここにたどり着き、一大勢力を築き上げた。いわば、反乱軍である。したがって、我々の要求するところは、貴殿らの速やかな降伏である。」
傍で聞いている自由惑星同盟の首脳陣はこの露骨な言い方にハッとする者、憤激の色を浮かべる者、動揺する者、等様々だったが、最高評議会議長だけは顔色を変えなかった。次の瞬間この交渉の間にい合わせた者の間にさざめきが起こった。彼は間髪を入れずにこういったのである。
「要求を呑む、と申し上げると、どうなりますかな?」
ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムは驚いたように最高評議会議長を見、ついでアンスバッハらとあわただしく視線を交わしあった。明らかにこの一撃は予期しえないものであった。ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムは憤激すべきか、冷静に受け入れるか、どういう感情を表面に出せばいいか迷っていると言った風を見せていた。最高評議会議長はそれを目を細めて見守っている。だが、それはほんの数秒の事だった。体勢を立て直したブラウンシュヴァイク公爵が口を開いたのである。
「貴殿らの生命は保証する。だが、貴殿らの財産は最低限度を除いて没収し、今後は我々の派遣する代官の管理下に置かれることとなる。また一切の軍備を持つことを禁止する。惑星間の警備については我が帝国軍が行うこととし、自治は認めない。」
苛烈な条件が提示されたが、ある意味これは双方が予期していることであった。ざわめきは大きくなったが、予想外の表情を浮かべている者は誰もいなかったのである。
「でしょうな。」
ピエール・サン・トゥルーデは微笑をたたえながら言った。
「では、ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯両閣下にお尋ねします。想像することすら面白くないでしょうが、逆に同盟が使節を帝国に送り、同様の提案をしたら、どう思いますかな?」
この質問は大貴族の長たちにとっては非礼きわまる質問ととらえられたが、その意図するところはブラウンシュヴァイク公もリッテンハイム侯も正確に理解できていた。
「貴殿の言う通りだな。我々がそのような提案を受ければ、激昂することは必定だ。」
「いや、ブラウンシュヴァイク公。立場が違うぞ。我々は銀河帝国の正当な貴族、そちらは奴隷の子孫だ。奴隷が貴族に対して降伏勧告をするだと?考えるだけで虫唾が走るわ。そんなもの、天地がひっくり返ろうとありえないことではないか!!」
失礼きわまる暴言に自由惑星同盟の首脳陣は怒りの色を浮かべたが、これはブラウンシュヴァイク公リッテンハイム侯の間で打ち合わせ済みの事であった。舐められないように、ある程度のこちらからの威圧外交は必要である、ただし、ほどほどにしなくてはならない、というのが両者及び首脳陣及び周辺家臣たちの一致するところであった。
「リッテンハイム侯。落ち着かれよ。」
ブラウンシュヴァイク公は軽くリッテンハイム侯爵を制し、失礼なことを申し上げた、と自由惑星同盟の首脳陣に詫びた。
「だが、我々の認識はそういうものだ。貴族が大半を占める帝国に置いて、『奴隷の子孫』である貴殿らと我々は対等な立場で交渉を行うという事自体、唾棄すべきだと申す者が大半を占めるという事実を認識していただきたい。」
「すると、我々にあなた方の靴をなめろとおっしゃられるか!?」
最高評議会議長の二つ左に座っている血気そうな議員が立ち上がった。
「落ち着くのだ、人的資源委員長。」
最高評議会議長が穏やかな声で諭す。
「議長、先ほどから聞いていれば、彼らは一方的な態度で臨んできております!これを聞いて落ち着けとおっしゃられますか!?」
「この方々は自分たちの立場を明確にしただけだ。この際回りくどい言い回しはむしろ誤解やあらぬ希望を与える。そのようなことに時間を費やせるほど、双方の『主権者』は寛大ではないと思うが?」
ぐっと詰まった様子で人的資源委員長は席にのろのろと座った。
「ここに列席されている方々は。」
ピエール・サン・トゥルーデは周りを見まわしながら、
「よもや思ってはいらっしゃらないでしょうな。この一回の交渉事で自由惑星同盟と銀河帝国が恒久的な和平を結ぶことができる、などと。」
「・・・・・・・。」
居並ぶ者は誰も口を利かなかった。だが、そうなったという事は誰もが意識の底でそうであることを自覚しているという事だ。
「なぜならば、我々はお互いこれまで惑星フェザーンにおける取引、そして捕虜などの一部を除いて、お互いが接触することすらありませんでした。大半の者にとっては自由惑星同盟、銀河帝国という名前は書籍の上や電子ネットの上でしか認知しえないものなのです。同じ人間というよりも、むしろ未知の知的生命体同士の初めての接触、という言い方が正しいのかもしれません。」
「いや、それは少し曲解している。」
居並ぶ者が一斉に発言者を見た。ラインハルト・フォン・ミューゼル大将であった。
「ミューゼル大将、まだ発言を許可していないが。」
苦い顔をしてこちらを見つめてくるブラウンシュヴァイク公爵に、
「失礼、公爵閣下。ですが、これだけは言わせていただきたい。」
そう断ったラインハルトはピエール・サン・トゥルーデに顔を向けた。
「自由惑星同盟の方々にとっては、我々は『専制政治の権化であり民衆を搾取する者』というフィルターがかかっている存在だという事を、そして我々銀河帝国にとっては自由惑星同盟の方々は『アーレ・ハイネセンという一奴隷によって逃げ出した奴隷集団の子孫、反乱軍』というフィルターがかかっている存在だという事を、まず理解されるべきでしょう。」
「お互いそれぞれのフィルター越しに見られているという事ですか、おっしゃる通りですな、つまりは、互いが歩み寄るためには、まずそのフィルターを取る努力をしなくてはならない、という事ですか。」
最高評議会議長の言葉に、ラインハルトは言葉を続けて、
「フィルターそのものがすべてまがい物である、と私は申し上げてはおりません。一部ではそれはれっきとした事実です。ですが、事実をそのまま受け入れることと、事実を誇大曲解して受け入れること、この両者には大きな差がある、という事だけ申し上げておきます。これを解くには短時間での話し合いでは功を奏しないでしょう。」
ピエール・サン・トゥルーデはうなずきを示した。
「あなたはどうやらこの交渉事の根底にある重要なファクターをよくご存じのようだ。その通りです。異なる文化を持つ者同士が初対面で分かり合えることなど、奇跡に近い事だ。そのようなことが常態化するのは物語の中だけの話です。同じ共同体の中でさえ十人十色の考え方や価値観があるというのですからな。」
「お二人で話を進めておられるところ、恐縮だが。」
ブラウンシュヴァイク公爵が皮肉交じりな声で割って入った。
「では、どうすればいいのか、聞かせてもらおうか。」
「まさか、互いのことを理解しあうために、話し合いの場を重ねて持つ、などと言うのではないだろうな?」
リッテンハイム侯爵の皮肉満載の言葉に、
「その通りです。早急な交渉事は破たんを招きます。」
と、ラインハルトは応えた。
「フン!!」
リッテンハイム侯爵は頭をそらした。やや白けたような空気が漂った。リッテンハイム侯爵の態度がやや行き過ぎてしまい、両者の間に壁を作ってしまったような雰囲気が漂っていたのである。これを見て取ったアドリアン・ルビンスキーが、
「どうですかな、ここで御両所の意見を文書にしたものがあるかと思いますが、それを交換なさってはいかがかと。」
自由惑星同盟側も帝国側もこの言葉には同意を示してうなずいた。ルビンスキーは曲者だったが、KYではなく、議事の進行に今のところは尽くしてくれている。一部でほっとした空気が流れ始めていた。
「むろん。」
ブラウンシュヴァイク公爵がピエール・サン・トゥルーデに向き直り、
「当方としても、この第一回の交渉で成果が出るとは思っておらん。話し合いは重要だとは思っている。そこで、あらためて言うが此方からの草案を作成した。」
ブラウンシュヴァイク公爵が促すと、アンスバッハが携えていた書類ファイルから封印された一通の封書を取り出した。
「承知しました。当方からも同じく、草案を持参しておりますので、本日の会議はそれを交換し、検討いたすことといたしましょう。」
外交委員長が傍らの次官からブリーフファイルを受け取り、そこに入っていた封印された一通の封書を取り出して、最高評議会議長に渡した。
双方がたちあがり、テーブル越しに封書を交換した。その少し前に許可を受けて入ってきたメディアがカメラに収める。ほどなくこの光景がハイネセンや同盟全土に放送されることとなるだろう。
ハイネセン統合作戦本部ビル――。 宇宙艦隊副司令長官室――。
ヤン・ウェンリー准将はジャン・ロベール・ラップ中佐と共にシドニー・シトレのオフィスに赴いて、交渉の推移を見守ることとなった。ヤンはあの式典の後、とんぼ返りをしてハイネセンに戻ってきていたのである。
「副司令長官閣下は、今回の交渉については、どう見ておられますか?」
ラップの質問に、
「帝国と和平が成立するかについては今のところはわからない。が、可能性はあると私は思っている。」
シトレ大将はそう言った。
「むろん、恒久的な和平か一時的な物かはこの際置いておいて、だ。重要なのは和平によって多少なりとも戦乱が遠のくことだ。そうではないかね。」
「同盟にとってはその間に軍備を再編し、損傷した傷をいやすことができる、という事ですか。」
「ラップ、私はそうは思わないね。帝国が和平の条件に同盟の軍縮を求めることも考えられる。特に今建設している要塞の放棄などを要求する可能性は十分にあると思うな。そうなれば、今まで築き上げてきた成果はすべて無駄になってしまう。」
「おいおい、本気でそう思っているのか、ヤン。」
「可能性の一つを示唆したに過ぎないよ、ラップ。私だって万能じゃない。無数の選択肢の中から正確に一本の正しい結果を予想するのは無理だ。何しろ、今回の事は前例がないからね。それに私は当事者ではないから、彼らのその場その場の深層心理を理解できない。そのブラックボックスが予想の重要な要因であるときているのだからね。」
「ヤン准将の言う通りだ。今我々にできるのは、だ。あらゆる可能性の中から蓋然性が高いもの、そして実現した時に、我が同盟にとってマイナスとなるであろう選択肢を予測し、手を打っておくことだ。そのために貴官らを呼んだ。これからスタッフと共にここに常駐してほしい。むろん、手が足りなければ増員は出す。」
ヤンは頭を掻いた。彼にとってシトレの発言はあまり歓迎できるものではなかったのだ。だが、ヤンの思いとは裏腹に事態は進行していく。3人の前の薄型TVには今日の交渉に関するニュースが繰り返し流れている。自由惑星同盟には重大なニュースを放映する場合、それを専門に扱う専用チャンネルが設定されているのだが、この時ばかりはほぼすべてのチャンネルがこの交渉の様子を繰り返し放送していた。
「警戒態勢を敷いた方がよろしいのではないでしょうか?」
ふと、ラップが口にした一言にシトレもヤンも顔をラップに向けた。
「軍の動向は今のところ落ち着いてはいますが、一時は帝国の使節を拒もうという動きもあったことを小官は聞いております。あちらの迎賓館の周辺は厳重警備ですが、万が一反勢力がなだれ込んで来たら――。」
その結果は目に見えていた。今回の使節の団長は小物どころか、帝国大貴族の長であるブラウンシュヴァイク公爵である。それが殺されれば、激怒した帝国が大軍を送り込んでくることは目に見えている。
「そうだな、警備部隊を増強するとしよう。万が一に備え、情報処理部隊と特殊部隊を待機させるように、関係各所に促すとしようか。」
シトレがうなずき、早速副官を呼び出し始めた。統合作戦本部に対する意見具申のためである。本来であればそれは統合作戦本部の領域に属することであるが、シトレ大将とブラッドレー大将の仲を知っている二人はそれを奇とも思わなかった。
「それにしても・・・・。」
ヤンはオフィスビルの眼下に広がる光景を眺めていた。大規模なデモが帝国使節の到来と共に日々加速度的に増えてきている。何を言っているかはわからないが、何を言おうとしているかはよく伝わってきていた。それは、誰が扇動者というわけでもなく、極めて自然発生的なものであった。
「情けない宇宙艦隊。腰抜けの宇宙艦隊。帝国と共存しようとする売国奴。」
シトレは自嘲気味につぶやいた。
「彼らはそう思っているし、そう思い込んでいる。自らの幻想で作り上げた心地よい空間にいる限りは、そうし続けるだろう。」
「閣下・・・・。」
ラップとヤンはシトレの言葉に目を見張った。
「いや、そう思わせてきた責任の一端は我々にもある。政財界にも、そしてマスメディアにも。だが、一番の要因は同盟市民自身だと私は思うがね。いや、それによって自らの責任を回避するつもりは私には毛頭ない。だが、自分らには責任は全くない、この状況はすべて無能な政治家や軍人のせいだ、などといつまでも『観客』の立場でいてもらっては困ると思っているのだ。」
「確かにその通りです。自由惑星同盟にいる限り、我々は『舞台俳優』の一人なのですから。・・・どうも、我ながら埒もないことを言っているなぁ。」
ヤンの最期の言葉はラップに向けられたものだった。だが、このデモ一つによって自由惑星同盟が「反和平一色」に染まったというのは語弊がある。軍首脳部らが発表した同盟の実情に恐怖する市民たちも「軍備増強!和平交渉歓迎!国力回復!」などと叫んでもいたので、あながち反和平一色というわけではないのだった。「和平派」と「反和平」派が集会を行って火花を散らしあい、衝突しあっている光景は自由惑星同盟全土において見られていた。なお「和平派」と言っても「再軍備を行い、捲土重来を期して一時的和平を飲む」という派閥が多く、純粋な「恒久的な和平を求める!」という派閥はあまりいなかったことを付け加えておく。
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