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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第四章 魔族の秘密
  第50話 お風呂

 王都で一番大きい浴場。
 屋根と柱はあるものの、庭が見渡せ、半露天になっている。
 ほぼすべてが石造りだ。
 ルーカス、フィン少年と一緒に、男湯に入る。

「お師匠さまはお風呂が好きなんですか?」
「まあ、好きだね。疲れがとれる」
「じゃあ私も好きです!」
「ほぇ? そういうのは無理矢理師匠に合わせなくていいよ?」

 そんなものは個人の自由である。合わせる必要などないだろう。

「はーしかし気持ちいいね、このお湯」

 へりにもたれて、ついそんなことを言ってしまう。

「ふふふ、この湯は少し黒いだろう? このあたりで掘るとみなこの湯が出てくる。普通のお湯とは違い、体の芯から温まる上に、肌がつるつるになるのだ」
「なるほど。これ、たぶん『黒湯』だよね」
「黒湯?」

「うん。ぼくの世界と同じ泉質であれば、たぶん……。大昔の植物の成分が溶け込んでいるんじゃないかな」
「紙とペンを持ってくる。待っていてくれ。その話、詳しく聞かせてもらおう」
「え? いま?」

 ルーカスは慌てたようにお湯から上がり、荷物を置いてあるところへと戻っていった。
 そして戻ってくると、今度はお湯へに入らずに、ぼくがいる近くに座った。

「ふふふ。準備完了だ」
「その好奇心、尊敬するよ……」

 詳しく説明するつもりなど全然なかった。
 しかし相手が本気であると、こちらとしても逃げられない。
 ぼくは仕方なく、東京都大田区にある銭湯に貼られていた黒湯の説明書きの内容を、覚えている限りで伝えた。

 しかし、地下に大昔の植物性有機物が溶けた水が――などという説明をすると、当然「なぜ?」と突っ込まれてしまう。
 堆積の話などもしなければならない。
 地学や地理学の知識があまりないぼくにはかなりきつかった。

「ふむ。なかなか面白い話だったぞ、マコトよ」
「うう、なんだか一気に肩首がこって頭が痛くなってきた」
「ふふふふ、すまんな」

「お師匠さま、頭痛もマッサージで治るんですか?」
「あー、まあこういう頭痛は緊張性頭痛だと思うんで治せるだろうね」
「ぜひくわしく教えてください!」

 むむむ、ここでか。
 頭痛に緊張性頭痛、偏頭痛、群発性頭痛などの種類が存在するということから説明を始めた。

 締め付けられているような重い頭痛は緊張性頭痛。
 これは首や肩のコリが原因となるので、マッサージは効果てきめんである。
 施術が終われば頭痛がきれいさっぱりなくなることもある。

 そして、ズキンズキンと脈打つような頭痛は偏頭痛。
 教科書的にはこちらもマッサージの適応疾患である。
 だが原因は血管の不正拡張なので、緊張性頭痛と全く同じ施術をするのではなく、偏頭痛用の施術をおこなうことになる。

 その他の頭痛については、まだフィン少年には難しすぎるため、基礎を勉強してからあらためて教えるということにした。

 ただ、例は少ないが脳出血など恐ろしい病気が原因での頭痛もありうる。
 そのため、のたうちまわるような激しい頭痛の場合は、まず治癒魔法を試したのかどうか確認する必要がある、ということだけは付け加えておいた。

「ありがとうございますお師匠さま!」
「うん。これから勉強頑張っていこうね」
「ふふふ、熱心な弟子が増えてよかったな」

 熱心すぎてぼくのほうがついていけてません。

「じゃあ早速やらせてください!」
「え? あ、いやそれはまだ――アイタタ!」
「あれ? 押す場所がちょっと違いましたか?」
「イデエエエ!」

 ち、違うんです。
 アナタ、力が強すぎるんです……死ぬ……。

 ――マコト~。

 む?
 男湯と女湯を分けている仕切りの向こう側から、魔王の声が。

「はいー。聞こえてますよ」

 ――脱衣所に横になれる台を用意させたんで、よろしくな。

「は?」

 ――私が最初にマッサージを受けるが、リンドビオル卿のメイドやカルラにも頼むぞ。

「あのー。帰ったばかりなのでちょっと体力がもつかどうか」

 ――あァ?

「いや何でもないっす」

 嫌なわけではないが、今の体力だと施術のパフォーマンスが落ちそうだ。
ー気力でカバーするしかない。

「ふむ、では私も久々に頼もうかな」
「私もお師匠さまの施術を見学させていただきます!」

 ……。



 ***



 施術も無事に終了し、魔王たちとは帰りの途中で別れた。
 フィン少年も家に帰った。

 ルーカス邸に戻ったぼくは、四畳半の部屋で布団にバタン……である。
 さすがに疲労が限界だった。

「ふふふ。お疲れさん」

 部屋の入口、閉めるのを忘れてしまっていたようだ。
 通りかかったルーカスが立ち止まり、そう声をかけてきた。

「やはりお前がいたほうが魔王様は明るくなるな」
「そうなの? まあ、暗くなるよりはいいと思うけど」
「ふふふふ、そうだな。種族の長だからな。暗いのはまずい」

「あ。そうだルーカス」
「む? どうした?」
「これ、おみやげ」

 ちょうどよいタイミングで思い出した。
 ぼくは起き上がると、袋から本を取り出してルーカスに差し出した。

 彼は勉強熱心だ。人間の国で出回っている歴史書はすべて入手し読んでいる。
 なので、歴史書を除く三冊、『ロードス鳥戦記』、『超合体体術ロボギンガイザー』、『気功界ガリアン』を渡した。

「これは……もしや?」
「うん。イステールで牢屋に入ったときにもらったやつ。三つとも小説だよ」
「おお! 嬉しいぞ。さっそく読んでみることにする」

 ルーカスは子供のような顔をして去っていった。

 喜んでもらえてよかった。よい気分転換になるといいな。
 布団の中でそう考えているうちに、意識はすぐに沈んでいった。 
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