【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第四章 魔族の秘密
第46話 手紙
先ほど施術した箇所以外もくまなく触ったが、特に他には異常な箇所は見つからなかった。
もしかしてと思い、スネの骨下半分エリアの内側も押してみたが、幸いにも圧痛はなかった。
そこが痛いと『シンスプリント』も疑わなければならない。
シンスプリントはスネの内側の骨膜に炎症が起きるやっかいな疾患だが、それは除外された。
施術は終了。
全員お湯から上がり、服を着る。
「どう? 結構楽でしょ」
「ありがてェ……スゲェ楽になった。さっきと全然違ェ」
足痛男は左足のスネを触りながら感想を述べている。
「へー、すげーな。だがこいつだけ左の足首とスネが痛くなる理由は何だったんだ?」
「うん。説明するね」
今聞いてきたのはリーダーだが、いつのまにか他のメンバーも近くにやってきており、ぼくらを半円状で取り囲むように見つめていた。
全員に聞こえるように説明することにした。
「歩くときは、足を持ち上げてから降ろすよね?」
「そりゃー……そうだよな」
当然だというような感じでリーダーが答える。
「さっき触っていたのは前脛骨筋や長拇指伸筋、長指伸筋といった筋肉だけど。足の離陸と着陸のとき、つまずかないようにしたり、着陸の衝撃をうまく軽減したりといった、重要な役割があるんだ。
足痛男さんはその筋肉が必要以上に緊張しやすいんだと思う。
あと、必要なとき以外は力が抜けていていいはずなんだけど、たぶん足痛男さんはそのときもうまく抜けてなくて、動いている間ずっと力みっぱなしになってるんだと思うんだよね」
「えェ? いきなりそんな難しいこと言われてもわかんねェよ? ボス、わかる?」
「いや俺もわかんねーな。どーいうことなんだ?」
「じゃあ足痛男さん、そこの岩のすぐ横で普通に立ってみて」
「こうか?」
「うん。そのまま右のももだけ直角になるくらいに上げてみて。もも上げのような感じで。倒れないように左手で岩を掴んでおいてね」
足痛男が言われた通りの姿勢を作る。
「そのまま、股関節だけを使って垂直方向に小さく揺らしてみて。膝から下は力を抜いたままでね。特に足首には力を入れないように」
「こうかなァ」
「そうそう。ちゃんとできてるよ。足首が自然にブラブラ揺れるよね」
「まァそうだよな」
「今度は左足のほうで同じような感じでやってみて」
「どれどれ…………あれ? 左は揺れねェ。何でだァ?」
足痛男の左足首は右のようにはブラブラ動かなかった。
何度揺らそうとしてもダメである。関節が固まったままだった。
「それが原因。さっき施術していたスネや足首近くの筋肉が、一度力が入るとうまく抜けないので足首が揺れないんだ。
だから、速く歩いたり、走ったりしていると力みっぱなしになって、だんだんスネや足首の前面が痛くなってくるんだと思う。
普通の人であれば、必要なとき以外は程よく力が抜けるので、そうはなりにくいんだけどね」
この足痛男は左下腿のスネにある筋肉の使い方があまり良くない。
だからその箇所だけ疲労がたまりやすく、痛みが出ていた――そういうことだと思う。
「へー、なるほどなー。だがお兄さんよ。もしそうなら、こいつもうダメじゃね?
今はお兄さんの術をやってもらって治ってるんだろうが、力がうまく抜けないっつー癖は変わらねーんだろ? また長く走れば痛くなるんじゃねーの?
やっぱり〝コレ〟かなー?」
リーダーはそう言い、またのど仏のあたりに寝かせた手刀を当てる仕草をした。
足痛男が「ヒエェ」と言う。
「いや、ダメじゃないよ。さっきの足首ブラブラを毎日練習していけば、だんだん体が力を抜くことを覚えてくれるはず。
もちろんすぐってわけにはいかないだろうから、当面は少し筋肉にハリを感じてきたら、さっき施術していたところを自分で押して、さらにストレッチをやれば大丈夫。
そう簡単には痛くならなくなると思うよ」
ぼくは前脛骨筋、長拇指伸筋、長指伸筋をストレッチする方法を教えた。
いずれもストレッチがかなり難しい筋肉ではあるが、正座の状態から膝だけ持ち上げるストレッチや、立位から足の甲を下に向けてアキレス腱伸ばしの逆のようなことをするストレッチが有効である。
「あァーよかった。クビにならなくてすむわァ」
「あはは。よかったね」
集中していたので気づいていなかったが、もうだいぶ薄暗くなってきていた。
もう食事も済ませたし、野営の準備も終わっている。
賊のメンバーは当番以外さっさと寝る体勢に入るようだ。
ぼくのほうは頭がまだ仕事モードのままで興奮状態だったので、ひとまずたき火の前に座った。
落ち着いたら寝るつもりだ。
すると、足痛男が寄ってきた。
「お兄さん、なんかオレがお返しできることはあるかァ」
「え? いや別にお返しはいいけど? 魔国まで送ってもらうんだし、逆にこっちがお礼を言う立場だと思うけど」
「いやァ、それは仕事だから当たり前だしィ。何かお礼がしたい」
「いやいや、ホントにいいって」
「ハハハ、素直にお礼されとけって、お兄さんや」
そう言ったのは、たき火の斜め向こうにいた当番の男だった。
「え、でも」
「おれたち賊は、受けた恩はしっかり返したいタチなんだ。受け取ってやったほうがそいつも喜ぶさ」
足痛男がウンウンとうなずいている。
「そうなんだ……うーん。じゃあ一つ頼もうかな」
一つ、心残りだったことをお願いすることにした。
「手紙を書いて渡すんで、そちらが帰ったら、その手紙を勇者の手に渡るようにしてもらってもいい?」
「お安い御用だァ、まかせとけェ」
ぼくは手紙を書き、足痛男に手渡した。
***
賊の人たちとは、リンブルクを少し通り過ぎたところでお別れとなった。
「じゃ、俺たちの頼まれた仕事はここまでだから。あとは自力でよろしくなー」
ここから先はまだ魔国の勢力圏内となる。
彼らはギリギリまで送ってくれた。感謝である。
「ありがとう。魔国に帰れるとは思わなかった」
「まだ帰れるとは決まってないぜー。手配書はもう回ってきているかもしれないからな。魔国の都市に着くまでは安心しないようにな。捕まるかもしれないから」
「そっか。まあでもそのときは仕方ないね」
リーダーの男は、プッと笑った。
「?」
「相変わらずだなー」
「そう言われてもなあ。まあでも、がんばるよ」
「ああ。元気でなー」
「皆さんもお元気で……あ、足痛男さん。手紙の件、よろしくね」
「あいあいさァ」
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