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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第三章 領土回復運動
  第28話 リンブルク防衛戦

 遠くに土煙が、見える。
 高く、そしてかなり広範囲に舞い上がっている。
 それは決して、魔国特有の乾燥した空気のせいだけではないだろう。

「ふふふ、ずいぶん人数が多いようだな。我々の五倍以上はありそうだ」

 ぼくのいる、城壁の上にある塔の中。
 その窓から外をのぞいたルーカスが、軽い調子でそう言った。

「五倍以上って、大丈夫なの?」
「ふふ、ここから見ておくがよい。しばらく敵は城壁に触れることすらできないはずだ」

 彼は「では頼んだぞ」と言ってぼくの肩に手を置き、城壁上の攻撃魔法隊のところに戻っていった。



 人間の軍が、攻撃魔法隊の射程内に入った。

 号令とともに、魔法での攻撃が開始される。
 無数の火球が人間めがけて飛んでいく。

 リンブルクの城壁は高さもさることながら、幅もある。
 城壁上のスペースがかなり広い。
 そのハード的なアドバンテージを生かし、攻撃魔法隊の人数を多く配置している。

 塔からだと、横から見ることになるのでよくわかる。
 三段どころではない。五段撃ちくらいで速射している。
 確かにルーカスの言うとおり、人間は城壁に近寄ることすらできていない。
 城壁に辿り着く前に次々と撃退されて行く。



 魔力切れになった攻撃魔法隊の人が、次々と塔の休憩スペースにやってきた。
 ぼくは弟子たちに施術にあたるよう指示を出した。
 ぼく自身もどんどん施術してさばいていく。

 塔はにわかにドタバタな状態となった。

「クックック、序盤は我々が圧倒的優勢ではないか」

 宰相が話しかけてきた。
 彼はなぜかまだここにいる。
 何か仕事があって軍に同行していたのではないのだろうか。

「見たかマスコットよ……人間がバタバタと倒れていく様を。魔族は強い。魔法も使えないお前たち人間とは出来が違うのだ。ククク」

 ハイハイ。魔族? 強いよね。序盤中盤終盤、隙がないよね。
 ……というわけにはいかないと思うが。

 個の力の差だけで勝敗が決まるのなら、そもそも魔族はここまで追い込まれていない。
 油断は禁物だろう。

 忙しいので、もう名前の間違いにも突っ込まないことにした。
 施術を続ける。

「マスコットよ……人間が掲げている、侵略の大義名分を知っているか? 『領土回復運動』だ。あたかもこの世界が本来は人間のものであるかのような言い方であろう?
 なんとも人間らしい傲慢かつ下品、そして愚かな表現よ。我々がいつ人間の領土を侵したというのか」

 施術方針は前回の戦のときと変わらない。
 ぼくは数分の施術でどんどん回していく。

「人間が本格的に魔国を侵しはじめてから三十年……。
 ひたすら煮え湯を飲まされる展開が続いていたが、それも今回の戦でターニングポイントを迎えるだろう」

 経穴ごとの魔力回復効果を完全に検証することは難しい。
 どの経穴でも効果があるというわけではないようだが、足裏の「湧泉」、下肢の「足三里」、お腹の「関元」「気海」、手のひらの「労宮」などは経験的に効果があると判明している。
 慌てず、騒がず、すみやかに刺激していく。

「今回の戦についてはメルツァー卿やリンドビオル卿の手柄となろうが……。
 魔国冬の時代を支え続けた私の政治が、最終的に訪れるであろう魔国の勝利に最も貢献した――それは誰が見ても明らかだろう。
 私の功績はいつまでも魔国の歴史において燦然と輝き続ける違いない」

 魔力切れの人は次々とやってきている。
 だが今のままのペースなら、ぼくたちが頑張ればなんとかなりそうだ。

 カルラと目が合う。
 目で激励すると、彼女は小さく頷いた。

「ククク、マスコットよ。お前の技術は確かに魔国の役には立った。しかしお前はどんなに頑張ろうともしょせんは人間……お前は私たちの引き立て役でしかない。それだけはわきまえておくがよい。
 今回勝利したところでお前の手柄にはならぬからな。褒賞の配分は私の意見が最も反映される……変な期待は抱かぬことだ」

 ……。

「クックック……せいぜい奴隷らしく見返りのない労働に励むがよいぞマスコット」

 うるせえええええ!!



 ***



 静かになった。

「ククク、人間どもが退いていったようだな」

 宰相を除いて、静かになった。
 塔にも魔力切れの人が来なくなった。

 ぼくは弟子たちに少し休むよう指示し、様子を見るため城壁の上に出た。
 ルーカスと司令長官のメルツァーが座って休んでいる。
 ぼくに気づくとすぐルーカスは手を挙げ、声をかけてきた。

「おお、マコトか。敵はいったん退いたようだ」
「そうなんだ。また来るんだよね?」
「少し下がっただけだからな。次の手を練っているのだろう」

 人間側は、おそらく魔力切れになるまで押し寄せ続ける作戦だったのだと思う。
 しかし魔力が切れる様子が全くないので不審に思い、一度退くことにしたのだろう。

 少し休憩するか――そう思って塔に向かったとき。
 後ろから、声が聞こえた。

「報告します! 人間側に動きがありました!」

 早い。
 もう第二次攻撃を始めるつもりなのか。

「なにやら穴を掘りはじめている模様です!」
「丸太を組んだ櫓のようなものも用意しているようです!」

 ……え。穴? 櫓? 
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