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立ち上がる猛牛

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第六話 勝利の栄冠その三

 阪急はここで動いた、梶本はピッチャー交代を告げ放送がかかった。
「ピッチャー山口、背番号十四」
「出たな」
「向こうの山口が出て来たで」
 近鉄側は彼の登場に眉を顰めさせて。阪急側は強気になった。
「よし、山口やったら抑えてくれる」
「その豪速球で抑えてくれ」
 球速だけでなくノビも球威も驚異的だ、ここまで強力な剛速球はこれまでなかったと言われる程の剛速球が出て来たのだ、大砲の様なそれが。
 それで双方それぞれ思った、山口の登場に。
 抑えられる、抑える。ここでどうなるかで試合のひいてはプレーオフの流れが決まりかねない状況だった。昭和五十年のプレーオフと同じ様な状況だった。
「あの時も二試合目やった」
「山口が抑えてプレーオフの流れを決めた」
「山口が投げて阪急は勝ってきたんや」
「その剛速球でな」
 七十五年から七十八年までの阪急黄金時代は確かに人材が揃っていた、だが山田や福本、加藤、マルカーノ等だけで四連覇が出来る程当時のパリーグは甘くはなかった。そこに山口という恐るべき剛速球投手も加わってだったのだ。
 阪急は勝てた、彼がここぞという場面で相手を抑えてきたことも大きかった。その山口が出て来たのだ。
 有田は抑えられるか打つか、五十年のプレーオフでは彼も近鉄打線も手も足も出なかった。それだけにだった。
 ここはどうなるか誰もが注目した、その山口の剛速球が最も真価を発揮するのは高めだった。西本も山口の剛速球は振るなと言った程だ。余談であるがその五十年に彼はこのことを必死に山口のピッチングデータを分析したうえで決めた。山口は最初にストライクを取ってからピッチングを有利に進めるがそのストライクを取るボールが高めのストレートなのだ。
 このストレートが信じられない位の速度とノビなのだ、横からだと見えず正面から見ると一旦地面に向かいそこから一気に浮き上がる。そう見えるのだ。あまりもの速度とノビで。
 しかも球威が桁違いだ、オールスターで山本浩二が実際のボールの位置よりもずっと高い場所を振って空振りし七十六年のシリーズで彼のボールを見た後楽園の観衆と巨人ナイン、長い間巨人に向かって来る金田や村山、江夏、外木場、松岡そして時にはパリーグの試合で荒巻や尾崎の砂塵舞うだの唸り声を挙げるだの言われてきた剛速球を見てきた彼等が静まり返りその後ザワザワとなりだしたのだ。この時代はまだその目で沢村栄治やスタルヒンを見た者もいたが。
 そこまで山口の剛速球は凄まじい、だがその一球目の高めのそれはボールになるのだ。だから西本はこれには手を出すなと言った。
 それを試合中にナイン達に伝えていたがたまたまこの時ネクストバッターサークルにいた羽田は聞いておらずその一球目を振って三振してベンチに戻って西本に殴られたことがある、西本幸雄の有名な逸話の一つだ。 
 この山口をどうするか、阪急攻略の重要なポイントだった。そのポイントが今来たのだ。
 確かに有田はかつてどうしようもなく打ち取られた、だがこの時の彼とかつての彼は違っていた。それでだった。
 有田は山口の最大の武器の高めのストレート、外角へのそれをバットで一閃した。ボールが打たれる音がしてだった。
 打球は大阪球場のスタンドに入った。スリーランホームランだった。かつて打ち取られた男がここで打った。
 近鉄ファンはこの一打に沸き返った、まさにこの時こそだった。
「やったで!」
「有田が打ったで!」
「ホームランや!」
「スリーラン入ったで!」
 これで四対一だった、流れは大きく近鉄に傾いた。
 しかし阪急にも意地がある、八回にこれまで好投していた鈴木を攻めてワンアウト満塁となった。この状況を見てだった。
 西本はピッチャー交代を決めた。救援に柳田を送ったが。
 この柳田が打たれてしまった、二点タイムリーを浴び一点差になった。しかもランナー一塁二塁だ。尚且つ次のバッターは勝負強く長打もあるマルカーノだ。昨年の後期最終戦で鈴木そして近鉄にに止めを刺した彼である。
 そのマルカーノを見て西本はまた動いた、ここでもだった。
「ピッチャー山口」
 再び山口だった、彼はそのマルカーノに向かい。
 彼を打ち取り次の河村も抑えた。そして。
 八回裏の攻撃でだった、平野がツーランを放った。彼もまた山口高志に手も足も出なかったがその剛速球を打ったのだ。 
 これで試合は決まった、近鉄は遂に二勝目を挙げた。 
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