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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
序章 プロローグ
  第0話 活躍の場を求めて

 やり直しがきかない状況だと思った。
 これからどうすればよいのか、わからなかった。

 新宿駅、西口。
 午後九時を回っていても、駅の近くは沢山の背広姿の人間が歩いていた。

 賑やかさはない。これからそれぞれの家に帰るであろうサラリーマンたちは、一様に虚ろな雰囲気で、駅の改札を目指して移動していく。

 彼らは、世のため人のために働いている人たちだ。
 しかしこの時間になると、顔に表情はなく、肩は落ち、背中はくたびれ……。一日の仕事を終えて疲れ果てた彼らは、まるで病人のようにも見えてしまう。

 ぼくは本来、そんな彼らを治療する立場の人間だった。
 いや、少なくとも今のような状態になる前は、そうであると信じていた。



「そこのお方」

 西口にある百貨店の前。
 最初、そのしわがれ声が自分に向けられているとは気づいていなかった。

「そこのお方」

 二回目でやっと気がつき、顔を向ける。

「え? ぼく?」

 こくりとうなずいたその老婆は、水晶玉が乗っている小さな机の後ろに、背中を丸めて座っていた。
 フード付きのローブを着ており、そこから漏れる長い白髪に、鋭い眼光。まるで魔女を思わせる風貌だった。
 ここにはいつも占い師が何人もいる。だが、この老婆を見るのは初めてのように感じた。

「ぼくに何か用なの?」
「はい。お手伝いをさせていただこうかと思いまして」

 どういうことなのか。
 頭の中がクエスチョンマークで満たされた。

「占い屋?」
「わたくしは占いもいたしますが、『転送屋』でもございます。無料ですのでご安心ください」
「なんかよくわからないなあ。でもタダなら別にいいかな?」

 小さな机の前の椅子に、老婆と対面するように座った。

「まずはお名前を」
「薬師寺マコト。というか、そもそもなんでぼくに声を?」
「あなたは亡くなられてらっしゃるように見えたからでございます」
「いやこの通りどう見ても生きてるでしょ」
「いえ、職業人として亡くなられてらっしゃるのではないかと」
「……」

 それ自体は的中していた。
 しかし、適当に言っている可能性もある。そう思い、すぐには信じなかった。

「仕事が上手くいっていないのは大当たりだけどさ。それだけじゃ信用できないよ」

 老婆は「では仕事も当ててさしあげましょう」と言い出し、水晶を見た。

「あなたの仕事はマッサージでございますか。開業なされている整体師であられますね?」
「……!」
「これで信用していただけましたか」
「うーん、なんでわかったんだろう。じゃあ一応信用はするよ」
「ありがとうございます」

「ただ、正確というわけじゃないな。ぼくは〝整体師〟じゃなくて〝マッサージ師〟だし」
「違いがおありなのですか」
「おおありだよ。日本の法律では、マッサージを業にできるのは医師を除けば『あん摩マッサージ指圧師』だけなんだ。整体院もリラク店も整骨院も、法的にはマッサージを業にすることはできないよ」

 老婆は「それは不勉強で申し訳のうございます」と言って続けた。

「お店……うまくいってらっしゃらないのでございますね」
「まあ、いってないね。患者さんも全然来ないし」
「開業は難しいものでございますね」
「うん。やっぱりさ、今はそこらじゅうにリラク店や整体院があるでしょう?」
「ございますな」
「もう患者さん取られまくりでさ。こじんまり一人でやっているマッサージ治療院はきついんだよね」

「さっき『整体院やリラク店とは違う』とおっしゃられていませんでしたか。違うのに競合するのでございますか」
「んー。違うはずなんだけど。法律にちょっと穴があって」
「穴と申されますと?」
「マッサージの法的な定義がちょっとあいまいでさ。『これはマッサージではない』と主張すれば、マッサージの国家資格がなくても違反だとは言われにくいんだ。だから、やってることがマッサージ治療院とあまり変わらないリラク店や整体院が結構あるんだよね」

「なるほど、それで競合してしまうわけでございますね」
「うん」
「技術的には問題ないとお考えでございますか?」
「それは……問題ないと思うんだけどなあ」

 国家資格を取るには三年制の専門学校に通うことになるが、そこでは独学や民間スクールでは学べないこともたくさん勉強する。

 そして、ぼくはその専門学校を首席で卒業している。学校の授業の後も、開業している先生のところで勉強させてもらっていたし、研究会に参加していたりもした。
 卒業後すぐに開業できる力がある。ぜひそうするように――いろいろな人からそう背中を押された。
 恐らく技術的には問題ない……と思う。

「技術に問題がなければ、宣伝が足りないということは?」
「それがね。法律ではぼくら国家資格者は、看板やチラシに値段を書くことすらできない。どう考えても不利でしょ? 資格がない人は法律が適用されないから、そんな制限ないのに」
「ほほう、それは苦しゅうございますな」

 法律では、定められたわずかな項目以外のことは広告に書いてはならない。厳密にそれを守ると、値段はおろか、施術風景のイラストすら書けないという厳しさだった。

「では競合が少ないところに移転することは?」
「いや、そんなお金あったらとっくにやってるって」

 すでにお金はスッカラカンに近かった。開業資金は一部銀行から借りているが、返せる見込みもない。

「では転職をお考えには? まだ十代でしょうに」
「ひどいこと言うなあ。ぼくはどうしてもこの仕事がやりたかったのに」

 小さい頃に、家族に頼まれてマッサージをやったことが始まりだったと思う。
 もちろん当時は知識も技術もない。でも、自分が触ることでまわりの人が笑顔になることが嬉しかった。

 手技で人を治療する仕事がしたい――物心ついたときには、それが夢になっていた。だからこそ、高校を卒業してすぐに専門学校に行き、三年の時間と四百万円の学費をかけて国家資格を取得したのだ。
 転職など考えたこともない。

「そうなのでございますか」
「あとぼく二十一歳だからね? 童顔らしいからよく間違えられるけど」

 丸顔なのもあるだろうし、固めていないショートの黒髪、あとは目も少しパッチリらしいので、それらも合わさってそう見えるのかもしれない。
 若く見られるのは嫌ではないが、貫録もないということになる。
 仕事上はややマイナスに働いている気がしないでもない。

「それは失礼いたしました。では別の道もありえないのですな」
「うん。もうどうしていいのかわからないんだ。ああ、もっとサクッと環境が変わってくれればなあ」

「ほほう。サクッとですか。しかしそれは少し安易ではございませんか? 世の中うまくいかない人なんて沢山いるでしょうに」
「安易だっていい。活躍できる場所が欲しい」

 投げやりな感じでそう答えると、老婆の眼光が鋭くなった気がした。

「ほう……おっしゃいましたな」

「え?」

 疑問の声には答えず、老婆は水晶を見た。

「あなた、ご両親はもういらっしゃらないので?」
「ん? そこまでわかっちゃうんだ? たしかに親はいろいろあってもういないね」

「では転送させていただきます。戻れませぬので現地で後悔のなきようご活躍なさいませ」
「え? どういうこと?」

 老婆はそう言うと、水晶の上に両手をかざした。

 ぼくはその水晶の中に頭から吸い込まれていった。 
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