立ち上がる猛牛
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四話 苦闘の中でその二
特に梨田にだ、彼はバッターとしてだけでなくキャッチャーとしてもあらゆることを要求し教えた。
「ピッチャーのことも相手のバッターのことも見てリードせえ」
「盗塁は半分は刺せ」
「キャッチャーでも打つんや」
何度も何度も言い彼には特に厳しかったという。
その梨田への教育を見てだ、ファン達は言った。
「あいつは一番怒られてるな」
「何でやっていう位にな」
「あいつの尻には西本さんのスパイクの跡付いてるんちゃうか」
「キャンプの時は回し蹴り受けたらしいで」
「バッティングがあかんで」
「最初にもビンタ受けてたしな」
ファン達の間でもこう話された、とかく梨田への教育は徹底していて彼をメインのキャッチャーで使っていこうとした。
そしてだ、もう一人のキャッチャーである有田もだ。
エースの鈴木と組ませだした、この組み合わせについては多くの者が首を傾げさせた。
「鈴木と有田か」
「気の強い者同士やな」
「鈴木にも梨田って思うけどな」
「ピッチャーに合わせる梨田やろ」
「何で有田なんや?」
「有田は太田とかの方がええんちゃうか」
しかし鈴木には有田となった。
そのうえで投げさせているとだ、鈴木本人が西本に言った。
「わしにしてもキャッチャーがアリの方がです」
「ええか」
「はい、ナシよりも」
梨田よりも有田だというのだ。
「アリのミット見てるとカッカして燃えますねん」
「ナシはピッチャー庇うからな」
それは何故かとだ、西本は鈴木に答えた。
「自分がリードしてピッチャーが首振って打たれてもな」
「あいつはそうします、けれどアリは」
有田、彼はというと。
「どんどん強気のリード要求してきて」
「しかもやな」
「こっちが首振って打たれても庇いません」
「自分の言う通りにせんかったから打たれたってわしに言うわ」
監督である西本にもというのだ。
「あいつはピッチャーを庇わん」
「それでわしが悪いことになります」
「そやから腹が立ってか」
「何くそってなります」
有田のミットを見ているとだ。
「それで力一杯投げられますから」
「アリの方がええんやな」
「試合でバッテリー組むんやったら」
「わかった、ほなこれからも御前の女房役はアリや」
西本は鈴木に確かな声で答えた。
「それで御前が力出せるんやったらな」
「正直腹立ちますけどそれでお願いします」
鈴木もこう言ってだ、鈴木が投げる時のキャッチャーは有田になり普段は梨田ということでほぼ決まった。
外野手の小川は足が遅くなってきてしかも若い外野手が成長してきたことでファーストにコンバートされ羽田がサードに定着した。石渡をショート、吹石をセカンドに置き外野は平野、佐々木、栗橋、それに島本を使い代走として藤瀬史郎が注目されだした。
だが五十一年は前述の通り四位だった。ジョーンズは二度目のホームラン王を獲得したが三振が多く打率は悪いままだった。
そして翌年はそのジョーンズも極度の不振に陥り打線はリーグ最低の打率でありまたしても四位となった、だが。
このシーズンだ、西本はある者を迎えていた。
米田哲也、西本が阪急を率いていた時の右のエースだった男だ。ガソリンタンクと呼ばれ無尽蔵とも言えるスタミナで故障することなくヨネボールという独特の変化球を武器に投げ続けた。
阪急から阪神に移籍していたがここでだった。
近鉄に移籍したのだ、その米田に西本は言った。
「もう御前も限界やろ」
「はい、もう今年で」
米田も西本に答える。
「引退です」
「そやな」
「けどその前に」
「わかってる、あと二勝やな」
「それで三百五十勝です」
大台である、米田はこれまで投げ続け歴代二位右投手としては最高の三百四十八勝を挙げている。だがあと二勝でなのだ。
ページ上へ戻る