つま先立ちの恋に慣れたら
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風邪
前書き
怜治は多忙で体調を崩していた。そんな中、奈々からのメッセージが届いていて・・・?※梅雨の続編にあたります
「怜治くん、今日も良かったよ!次回もよろしく頼むよ」
「ありがとうございます。僕でよければ喜んで」
「相変わらず謙虚だねえ、もうちょっと天狗になってもいいんじゃない?」
「とんでもないです。お気持ちは嬉しいですが、僕なんてまだまだですから」
「みんなに人気なのも分かるねえ。これからもっと楽しみだよ。じゃっ!おつかれ~」
「おつかれさまです!」
今日最後のスケジュールを終え、怜治はプロデューサーが見えなくなるまで頭を下げた。マネージャーの車に乗ると、一日の疲れがどっと出てきて体が一気にだるくなる。マネージャーに悟られないよう、いつもと同じ体勢でシートに座った。
(・・・少し無理しすぎたかな?)
日舞も芸能活動もストライドも出来るよう、体調管理は完璧しておきたいというのは怜治の持論だ。だが最近ソロでの仕事が多く、調整役の静馬とはあまり一緒にいない。体力には自信があるから少しくらい無理しても大丈夫だろうと思っていたが、やはり怜治も人間だった。日を追うごとに溜まっていく疲れに、体がついていかないようだ。
(・・・こんなとき、奈々だったらなんて言うだろう)
車のウインドウに映る高層ビル群をぼんやり見ながら、彼女のことを思い出す。自分がこんなコンディションでも他人のことを考えるなんて、完全に惚れた弱みだ。考えてから怜治は少し苦笑してしまった。立場も何もかも、自分は彼女と違いすぎるのに、こんなにも会いたがっている。今まで怜治は、他人にここまで強い感情をもったことがなかった。
(あんまり無理しないで下さい!心配ですから今度また料理しにいきます!とか言いそうだな・・・)
しばらく考えにふけっていると、まぶたが重くなってきた。寝てしまう前にとりあえずスマホを開けると、そこにはメッセージに桜井奈々の文字があった。なにかあったのだろうか。連絡を取るときはいつも電話だから、珍しいこともあるものだと思いながら、ボタンを押し開けてみた。
そこに書いてあったのは今日の出来事と、花が綺麗でまた見に行きたいこと、そして予想通り自分を心配していることだった。花を手入れしている人のことも考えているのが、思いやりの豊かな奈々らしくて目を細めた。
(今日はどんな日とか、悩んでることは、とか・・・かわいいな)
自分が出来ることは全部してあげたいというけなげな気持ちが、文からにじみ出ている。でもそれが男のプライドを少し傷つけているのを分かっていない。そこがまたいじらしいのだけれど。
「はい、着いたよ」
「ありがとう山根さん、また明日ね」
「ゆっくり休むんだよ、おつかれ」
「うん、おつかれさまです」
自宅まで送ってもらった後、一段落してから怜治は奈々に電話を入れた。声が聞きたくて、少しだけはやる気持ちを抑えつつ、着信ボタンを押す。
「はいっ!桜井です」
「うん、俺だけど、いま時間いいかな?」
「大丈夫ですよ!えっと、スマホを持ってるってことは・・・」
「うん、見たよ」
「見ましたか・・・!」
「見てほしくて送ったんじゃないの?」
「っ・・・はい、見てほしかったです!」
怜治は会話のやり取りがおかしくて少し笑ってしまった。ジト目でにらむ奈々が目に浮かぶ。
「俺に会いたかった?」
「・・・あいたかった、デス」
「俺もすごく会いたかった」
「!!・・・怜治さん、そういうことさらっと言えますよね」
「それ、奈々に言われたくないな」
「どういう意味ですか~!?」
「ふふ。なんだろう?ねえ、メッセージも電話もしたら、もっと会いたくなったんだけど、いまから会えない?」
「え!?」
「だめなら全然いいんだけど」
「いや・・その、大丈夫です!」
「よかった。こんな時間だし暗いから見つからないし、そっちの家の近くの、噴水のある公園でいいかな?ゆっくりきてね」
「わ、分かりました、行きます!」
「またあとで」
「はい、またあとで、ですね」
電話を切った後、怜治はすぐに家を出て公園へ向かい、奈々を待った。思い返してみると、ここ2週間奈々と全く連絡してなかったことに気づいた。だるい体を押してでも奈々に会いたいなんて、自分の気持ちの大きさにただ驚くばかりだ。自分に会えなくて、どんな思いで過ごしていたんだろうか。全然彼女の気持ちを考えてないじゃないかーーーー。疲れているからか、考えが悪い方へと向かってしまう。
「怜治さん!」
振り返ると、髪を下ろしたジャージ姿の奈々がそこにいた。息が少しだけ浅い。走ってきてくれたのだろうか、ゆっくりでいいって言ったのに。
「・・・息、切れてる?」
「早く行きたかった、ですから・・・・」
語尾が小さくなったかと思ったら、奈々は両手で口を押さえてうつむき、しまったという顔をしている。ああ、こんな仕草ですら可愛い。顔を見たら疲れているはずの体が軽くなるのを感じ、自分の気持ちを止められなかった。
「ごめんね、それに、こんな遅くに」
「わわっ・・・」
奈々の華奢な背中を抱きしめると、お風呂上がりの匂いがした。自分のせいで走らせて、またシャワーを浴びる手間をかけさせてしまった。彼女に迷惑をかけるなんてダメな彼氏だ。奈々にとって誰よりも自分を頼りにしてほしいのに。
「最近ちょっと、がんばっちゃいましたか?」
「・・・そうだね」
「へへ、おつかれさまです」
「うん、ありがと」
しばらく無言が続いていると、こらえきれなくなったように、奈々がくすくす笑った。意味が分からなくて腕を離し、直接顔を見て尋ねた。
「なにがおかしいの?」
「おかしいんじゃなくて、嬉しいんです。私ばっかり頼ってたからいつも悔しいなって思ってて。でも、こうやって頼ってくれてるから、よかったって。私にも出来ることあるんだって、そう思いました」
「・・・・」
「それに完璧超人だと思ってましたけど、こういうところもあるんだって。新たな一面を発見できて、もっと好きになっちゃいました。・・・・あっ・・・」
奈々はまた口を滑らせてしまいました、と控えめに照れ笑いした。そんなことない、自分が奈々にどれだけ助けられてるのか、分かってない。こんな急に呼び出しても嫌な顔一つせずに来て、いつも心配してくれて。
アイドルにストライドに日舞に・・・いつのまにか息を抜く時間を取るのを忘れてしまっていた。全部自分の好きなことだから、大丈夫だと思っていた。でも、こういうことになってしまっている。ほっとできるところを見つけてしまった今では、もう手放せそうにない。
「またこういう日もあるかもしれないけど」
「はい、どんとこいです!」
「変わらずそばにいてくれる?」
「もちろんです!」
「よかった」
「任せてください!」
こうやって弱みを見せれるのも、顔を見て安心できるのも、心からいとおしいと思えるのも、君だけ。
人の気持ちに寄りそえる、優しい君だから、君が他人に向けるそれ以上に、俺は、君をもっと大切にしたい。
「好きだよ、奈々」
ゆっくりと顔を近づけて、唇を重ねた。
また きみのあたたかさを 知る
(もう何度も触れているはず、なのに)
お題元:確かに恋だった
後書き
ストライドに日舞にアイドルに・・・パーフェクト怜治ですが、疲れがピークに達したらどんな行動に出るのか?と思い書いたお話です。いつもは急に呼び出したり、いきなり抱きしめるといったある意味弱い部分は見せない気がするんです。しかしその思いとは裏腹に奈々に甘えてしまった・・・かっこ悪い自分。少しだけ彼のプライドは傷ついたんじゃないでしょうか。
一方で奈々は怜治が無理をしたことを心配し、彼をねぎらいます。新しい一面を発見し、それが自分だけの秘密、そして以前より彼が心を開いてくれることに喜びを感じます。
この一件で、ますます二人の距離は縮まります。次の話はかなり甘くなるので、糖度高めの方はぜひ読んでみてください。ありがとうございました。
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