三軒隣
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第一章
三軒隣
室伏翔平は父親の仕事の都合で日本からオーストラリアに移住することになった、彼はその話を聞いた時はじめにこう言った。
「すげえ嫌な予感がするな」
「どんな予感だ」
「オーストラリアだろ」
こう父に言った。
「だったら毒蛇とUMAの天国だろ」
「カンガルーとか思わないのか?」
「思わないよ、俺はな」
夕食の場で父にこの遠い転勤を聞いて言った言葉だ、母も弟達も一緒にいる。
「大体カンガルーだって凶暴だろ」
「変に詳しいな」
「蹴ったり殴ってきたりな」
そのカンガルーの性質についても言う。
「怖いだろ」
「知ってるんだな」
「大学じゃ生物学部だろ」
だからだというのだ。
「それなら知ってるさ」
「それもよくか」
「カンガルーだって怖いしカモノハシには毒があるんだよ」
足の爪にだ。
「あそこは怖い生きものが多いんだよ」
「だから嫌な予感するんだな」
「そうだよ」
濃い一文字の眉だ、一重の蒲鉾型の目と少し厚めの唇は優しい感じだ。鼻の形はよく顔はホームベース型だ。背は一七七位で少し茶色にした髪を右で七三に分けたショートにしている。
その彼がだ、心配そうに言うのだ。
「あそこの自然は聞いてるとな」
「だからか」
「ああ、俺こっちに残るよ」
これが翔平の考えだった。
「大学の寮にさ、折角大学に入ったり」
「あっちの大学には行かないの」
母も息子に尋ねた。
「そうしないの」
「英語も苦手だし」
そのこともあってというのだ。
「何かな」
「オーストラリアにはか」
「行かないのね」
「親父とお袋だけで行ってきたな」
両親にあらためて言った。
「向こうは家も安いだろ」
「家は会社で用意してもらうんだ」
父があっさりとした口調で答えた。
「オーストラリアは土地も家も安くあっちの社宅もいいのがあってな」
「それじゃあこっちの家はそのままで」
「あっちは日本の安アパート以下の値段で社宅を借りられるからな」
「二人で行ってきなよ」
また言った翔平だった。
「あっちまで」
「そうか、じゃあ母さん」
「そうね、どっちにしろこっちに戻って来るのよね」
「三年だ」
転勤の歳月もだ、父は話した。
「それだけだ」
「じゃあそれじゃあね」
「その三年の間な」
「私達だけで行きましょう」
「そうだな、ただ翔平」
妻と話してからだ、父は息子に言った。
「時々ならオーストラリア来られるだろ」
「移動に金かかってもか」
「旅行がてら来い」
こう言うのだった。
「それならいいだろ」
「まあ旅行位ならな」
住むのでなければとだ、翔平も答える。
「フィールドワークにもなるし」
「危険でもオーストラリアの危険はいいだろ」
「俺は日本の生態系が専門だけれど」
それでもとだ、先程危険極まりないと言ったオーストラリアの自然もというのだ。このことは彼も言うことだった。
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