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殺せない

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第三章

「謝る必要はない」
「そう言ってくれるか」
「では俺はこれから腹を切る」
 澄み切った、これ以上はないまでにそうなっている顔でだ。池永は言った。
「そして腹を切った後でだ」
「貴様自身でか」
「終わらせる、それまで見ていてくれ」
「ではな」
「後は頼む」
 こう言ってだ、そのうえで。
 池永は最後の力を振り絞り彼の部下が差し出した刀を手にしてだった。
 軍服を開き腹、既に血まみれになっているそこにだった。
 刃を突き入れた、そして左から右にそれから上から下に十字に斬り。
 軍服のボタンを付けなおしてだ、こう言った。
「後はだ」
「拳銃か」
「これを使う」 
 それは自分から出してだ、そのうえで。
 拳銃を口の中に入れて発泡した、それでだった。
 完全に自分で決着を付けた、新山は全てを見届け。
 敬礼しそのうえで涙を流した、池永の部下達も彼と同じく敬礼をしていた。
 親友の自決は彼は忘れられなかった、中国戦線から南方に転戦しても。
 彼は忘れていなかった、誰にも言うことはなかったが。
 塞ぎ込むことも多くなった、少佐に昇進していたがそれでもだった。
 彼は暗くなっていた、それで上官である柊悠太郎大佐もだった。
 その彼にだ、二人になった時にこう言った。
「事情は知っているが」
「はい」
「忘れろ」
 こう言うのだった。
「いいな」
「そうしなければですか」
「同期の介錯なぞだ」
 それこそとだ、柊はカイゼル髭を生やしている厳しい顔で言った。
「出来るものか」
「だからですか」
「池永大尉もいいと言ったのだろう」
「頼みを引っ込めて」
「そうだな、それならだ」
「気にするなとですか」
「そうだ、御前は間違っていない」
 軍人としても人間としてもというのだ。
「だからだ」
「気にせずにですか」
「お国の為に戦え、いいな」
「それでは」
 新山は頷きはした、だがやはり忘れることは出来なかった。その間に戦局は悪化していき新山はフィリピン戦線に配属されたが。
 戦局は絶望的だtgた、次から次にだ。
 上官も部下も死んでいった、日本軍はジャングルに潜みアメリカ軍と戦っていたが燃料弾薬はおろか食料も不足していた。
 それでだ、新山もだ。
 部下達と共に少しの飯を食いつつだ、部下達に言うのだった。
「ここで死のうともだ」
「はい、最後までですね」
「最後の最後まで戦え」
「そして軍人として恥ずべきことはするなですね」
「帝国陸軍の軍人として」
「そうだ、諸君達は軍人だ」
 兵達にも言うのだった。
「だからこそだ」
「恥ずべきことはせず」
「何としてもですね」
「死ぬまで戦い」
「そして靖国に」
「そうだ、我々は死んでもだ」
 それでもというのだ、握り飯を頬張りつつ。
「帝国軍人ならばだ」
「そうですね、この状況ですが」
「戦局はお世辞にも芳しいとは言えませんが」
「それでもですね」
「私はだ」
 ここでだ、新山は。
 自分自身の池永との過去を思い出してだ、そのことを言葉に出さずともだった。
 心の中に留めてだ、こう言ったのだった。 
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