百人一首
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33部分:第三十三首
第三十三首
第三十三首 紀友則
春になった。今まで世を覆っていた厳しい冬が過ぎ去った。
あの暗くどんよりとした空は消え去って。ちぎれ雲が穏やかに空に漂っている。それだけで空が見違える感じになっていたのだった。
そして日差しは静かに、淡い影を作りながら降り注いでいる。その日差しもまた冬のそれのように弱くはない。強くもないがそれでも確かな暖かさを感じさせるのに充分なものであった。
そんな穏やかで美しい、そんな素晴らしい春の日だというのに。晴れやかになって当たり前の心なのにどうしても心が晴れやかになれない。その理由はもうわかっていた。それは。
折角咲いた桜はもう散っていく。
ついこの前に咲いたばかりだというのに。咲いてまだ僅かしか経ってはいないというのに。
もう儚く散っていこうとしている。
花びらがひらひらと舞い。そうして散っていく。
桜だけが。春のこの中で散っていく。まるで散り急ぐかのように。
そんな桜を見ていていたたまれなくなって。それでそのいたたまれない気持ちは自然と言葉になって出るのだった。歌という言葉で。
久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
春の晴れやかな世界の中でただ一つ散っていく桜。これ程悲しく残念で寂しいものはない。それを思うとこうして。ついつい歌となって口ずさんでしまうのだった。
第三十三首 完
2008・12・31
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