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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第五十二話 お客様をお迎えする準備にかかります。

帝国歴486年5月15日――。

時系列はやや前後するが、フェザーンを経由してもたらされた一本の高速通信は自由惑星同盟全体に大地震のごとく衝撃をもたらしていた。

帝国が和平交渉を求めている!!

上層部が秘匿したこのニュースはいつの間にかどこからともなく漏れ、真偽のほどはともかく、同盟全土を嵐のごとく吹き荒れたのである。

同盟軍上層部に限っていっても、和平派と主戦派とに分かれている。現在の同盟軍艦隊総数は逐次増設して16個艦隊であるが、和平派に言わせると、そのうちの半数が打撃を受けて再編成中ということがある。(半ば誇張ではあるのだが。)加えて要塞についてもまだまだ建設途上であり、とても帝国軍と戦うことはできない、というのだ。和平派の中にも期限条件付き和平派と無期限条件での和平派がいる。
 また軍備促進の加速度を左右する財政についてもお話にならなかった。要塞建設などの公共事業は加速して雇用は安定しているものの、国庫が不安定である。ピエール・サン・トゥルーデは長期的な安定雇用を打ち出しているが、国債の発行高は年々増加して、今は国債の発行で国債の返済を賄うという悪循環に陥りつつあった。
 帝国に対しては和平交渉の余地などなしと主張する者。対外的に数年の休養の必要性から、一時的な和平を求める者。帝国に対して迎合しようとする者、亡命者を警戒せよとけしかける者等様々な党派が十人十色の主張をぶつけ合い、中央の評議会はもちろん、地方の各支部、各議会も大荒れに荒れていた。


そんな大混乱のさなか、ヤン・ウェンリーは非番の日を自宅でのんびりとユリアン少年を相手に三次元チェスに興じて過ごしていた。
「准将、いいんですか?」
「んん?」
ヤンは胡坐をかいて次の一手をどれにしようかと番の上で手をさまよわせている。
「統合作戦本部に行ってシトレ大将閣下のお手伝いをしなくてもいいんですか?」
「平気さ。私がいなくたってシトレ大将閣下は何とかするよ。」
「でも、ヤン准将はシトレ大将閣下の幕僚でいらっしゃいますし・・・。」
「幕僚というのは必要以上に意見を口にしないものさ。仮に大将が幕僚の意見ばかりうのみにしていては、実質的な権限はすべて幕僚に帰してしまうし、そうなれば大将が操り人形になってしまう。私は人を操ろうとも思わないし、その力量もない。何よりもその人の尊厳を損なうことになる。第一、そうし続けることはとても疲れる。」
駒を動かしてから我ながらマズい手だと思ったらしく、ヤンは肩をすくめた。
「とおっしゃいますが、准将。本音はこうして家でのんびりしていたいからじゃないですか?」
ユリアン少年が半ばいたずらっぽく、半ばあきれ顔で笑う。
「そうさ。もちろん私も軍人だ。給料をもらっている以上は、いざとなれば給料分の仕事はするよ。でも、私は人間であって機械じゃない。機械だって時にはメンテナンスが必要だ。それに比べて欠点だらけの人間が、早々何十時間も連続で働けるはずないじゃないか。いざとなった時にフル稼働できるように、オーバーホールは必要以上にしておきたいのさ。」
『そりゃ詭弁だな。』
突如TV電話が点灯し、キャゼルヌ少将が苦笑交じりにヤンを見ている。
『ようヤン。こんなところでユリアン相手にお前さんの人生観の教授をしているのか?』
「雑談ですよ。」
ヤンは胡坐をかいた姿勢をTVに向けた。
「キャゼルヌ先輩がいらっしゃったということは、またぞろ何か出頭の命令ですか?」
アレックス・キャゼルヌ少将は統合作戦本部傘下の後方勤務本部補給戦略部の部長を務めている。大規模会戦の戦略補給立案を行う補給部門の花形部署であり、後方勤務本部の実質上の№3の地位だ。(本部長、本部次長、そして補給戦略部部長の順である。)この№3のゆえんは、各セクションに対する調整役を行うこともあるが、何よりも宇宙艦隊司令長官と大規模作戦立案の際に補給部門の実質上責任者として打ち合わせをじきじきにおこなえる立場にあることである。
シトレ自身、キャゼルヌとはよく面識があったから、ヤンと面識があるキャゼルヌを、ときたまメッセンジャーに据えることがあった。
『例の帝国からの和平交渉の件だ。シトレ大将閣下がお前さんの意見を聞きたいとおっしゃっている。お前さんも充分オーバーホールが済んだろう。そろそろ幕僚として給料分の仕事を果たせ。』
ヤンは頭を掻き、ユリアンはくすっと笑った。
「先輩はどう思いますか?今回の事を。」
『おいおい、それこそ俺が聞きたいくらいだ。俺は目の前の実務の事で手いっぱいでな、お前さんのように全体を見渡せる長い望遠鏡を持っているわけでもないし、歴史研究から何かヒントをもらえるような知識もない。』
「ふう~~・・・。」
ヤンはやれやれと言うようにと息を吐いた。
『で、どうだ?帝国軍は本気で自由惑星同盟と和平交渉をしに来ると思うか?』
「常識的に考えて、突拍子もないですね。普通はありえないと思うでしょう。」
『その理由は?』
「一つ、体勢の変化がない事です。現皇帝が死んだという噂も、閣僚が新しくなったという噂も、そして体制が変わったという噂もないからです。そんなときに和平交渉という大胆な発案をできることこそが不自然。二つ、我々はここのところ負けっぱなしです。ヴァンフリート星域会戦、第二次アルレスハイム星域会戦、そして第三次ティアマト会戦において数万の艦艇と数百万の将兵を失っています。戦力的に帝国が優位にもかかわらず、和平交渉に乗り出す必要性はないでしょう。三つ、我々は軍拡、改革、そして要塞建設に多額の資金を投じており、財政難に陥っています。他方、帝国についてはこれといった財政破たんのうわさも流れてきていません。先年バウムガルデン公爵家の財産、そしてバーベッヒ侯爵の財産を没収しその総額は何十兆帝国マルクになると言われています。それだけの金が国庫に流れ込んでいるのですから、無茶な使い方をしない限りは財政難になるわけがないでしょう。ま、以上の事から帝国の現状は私が予知しない突拍子もない事情がない限りは、和平交渉にやってくることはないと思うわけです。」
『というと、お前さんのいう突拍子もないことが帝国に起こったわけだ。』
まさかヤンもキャゼルヌも「対ラインハルト包囲網」のとばっちりを受けて、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が使節に選ばれたのだとは知る由もなかった。
「そうなりますね。あるいは和平交渉とは表向きの事で、何か裏に事情があって自由惑星同盟に使節を派遣する必要性に迫られたという見方もできます。」
『可能性は無限にあるわけだな。』
「そういうことです。だからあれこれ憶測を言っていないで、まずは会ってみるべきでしょうね、その使節とやらに。誰だかわかっているんですか?」
『それが聞きたかったら統合作戦本部に来い。そこでシトレ大将閣下からご説明がある。待っているぞ。』
通信は切れた。ヤンは再びチェス盤の上に視線を戻した。
「どうされるんですか?准将。」
「ん?そうだなぁ・・・。ここで、この手を使うか。」
ヤンは手近のボーンを進ませながらつぶやく。
「違いますよ、キャゼルヌ少将の事です。」
「あぁ、そのことか、私も一応同盟の軍人だからね、出頭命令には従うさ。それに、私自身も帝国のどんなお偉方がやってくるのか、興味がある。」
「良かった!どんな人かわかったら、僕にも教えてくれますか?」
「知った方が後悔することもあるぞ、ユリアン。」
ヤンは言った。よく「あの時やっておけばよかった。」という悔恨、「やらなかった後悔よりもやって後悔したほうがいい。」などという言葉があるが、ヤンはどちらもどちらだと思った。後悔などというのはやるやらないにかかわらず、取り返しのつかないことを言うものだと思っているからだ。
「それは知ってみなくては分らないでしょう?はい、チェックメイト。」
「んっ!?あれぇ???」
ヤンは頭を掻いた。エル・ファシルの英雄にも苦手とするものがあることは転生者や近しい人を除いては、マスコミや一般人にはあまり知られていないのだった。


ハイネセン・ポリス 統合作戦本部 情報部戦略情報第一課――。
■ シャロン・イーリス少将
外務省から正式に帝国の使者が来ることが通達された。どういう目的化は分らないけれど、千載一遇の好機とはこのことよ。別にラインハルトやイルーナのことではないわ。随員として来たら来たでそれはいいと思うけれど。私がいう「好機」とはこれで帝国の内情をじかに触れる機会が巡ってくるということなの。
電子、紙、そして言葉。情報というものはあらゆる媒介を通じて私たちに伝達されるものだけれど、媒介が多ければ多いほど、それらは媒介者の主観という不純物が混じりこんでしまう。できるだけ生の情報、私自身がこの目で、耳で見聞きして手に入れられる情報が欲しいの。
一つ決めていることがあるわ。仮にラインハルトやイルーナらが来ても、今回は私は手出しはしない。当り前でしょう?暗殺という手段に出ることはたやすいけれど、そんなことをすれば帝国軍の侵攻を招くことになる。そうなれば怒涛の如く帝国軍に侵略されてしまう。焦土作戦などで長期的な迎撃はできるし、ラインハルトやイルーナを欠く帝国軍にそれほどの侵攻能力はないと思うけれど、戦乱によって荒廃することは必定。そんな状況を立て直せると思うほど、私はうぬぼれてはいないわ。同盟の兵力や経済が万全であればためらわずそういう手に出たのだけれど。1年間に三度の出兵があるとは、いささか帝国を見くびっていたようね。
そういうわけで、今回の私は情報収集役に徹することにしました。ティファニーやアンジェにはラインハルトやイルーナらに対して今回は絶対に手出しをしないようにくぎを刺したわ。二人とも不審顔をしていたけれど、私が説明をしたら納得した顔だった。まぁいいでしょう。

今回の使節派遣はお互いの出方をうかがい知ることのできる、いい機会かもしれないわね。楽しみだわ。


惑星フェザーン――。
アドリアン・ルビンスキーはボルテックの報告を皮肉とも嘲笑ともつかぬ態度で聞いていた。
「大方帝国の気紛れだろうが、一見の価値はある。」
「静観なさるということですか?」
ボルテックの問いかけにルビンスキーはうなずいた。
「どうせ和平など実現せんさ。なんのために帝国からの亡命者がフェザーンではなく、同盟に逃げるのか。何のためにほどほどのところで戦いあっているのか。何のために我がフェザーンが莫大な資本を双方に投下しているのか、色々な事象をつなぎ合わせれば答えは明白ではないか。そもそも育った環境もその思想も異なる者同士が和平を結ぶというのは早々簡単な問題ではない。ずっと同じ場所に住み続けていれば、自分たちが教えられた思想以外の思想が存在することすら考えつかない輩が大多数なのだからな。かつての地球の冷戦時代が良い例だろう。」
話にもならんというような態度である。帝国と同盟の間に和平が実現するなど、今この時代に生きる者たちにとっては、天地がひっくり返るに等しい事なのだ。
「確かに。ですが一時的な休戦ということもあり得るのではないでしょうか?」
「それはあり得る。だが、それもまたフェザーンにとっては好ましいことだ。あまり連戦続きであってもこちらが困る。双方の経済が疲弊しきってしまえば、いかに薬を与えたところで瀕死の病人には助からんという事態になってしまうからな。ほどほどが良いのだ。」
「さようで。」
「だがボルテック。わかっているな?フェザーンの情報網をハイネセンに強化して張り巡らせよ。さらに帝国の首都星オーディンにもだ。和平交渉の過程を逐一こちらが聞き取るのだ。あたかも会議に列席しているかのごとくな。」
「承知しております。既に手配をしております故。」
「うむ。」
ルビンスキーがうなずくと、ボルテックは一礼して引き下がった。

 ところがである、ルビンスキーはすぐにこの方針を修正させられることとなった。なんと双方から打診があり、ほかならぬルビンスキー自身が調停役として惑星イオン・ファゼガスに赴くことになったからである。惑星イオン・ファゼガスはアルレスハイム星系に近い都市惑星で、首都星ハイネセンと同じくらいの規模の大都市があることで知られ「自由惑星同盟の副都心」とも言われている。その言葉が嘘ではない証拠に、ハイネセンにあるのと同じアルテミスの首飾りがイオン・ファゼガスにも存在しているのである。首都星ハイネセンに至る航路については軍事的に内密にしたい同盟側としてはイゼルローン回廊に近いこの惑星での交渉が最も良い場所であると結論付けたのだった。




ハイネセン・ポリス――。
 紆余曲折はあったが、軍部の参考意見を取り入れたうえで、同盟政府が下した決断は、使節の受け入れを表明すること、だった。「交渉の是非は使節に会ってからだ。」というものだ。そこで交渉を行うか、行わずに使節を帰らせるか、はたまた交渉によっては、永久和平もあるか、断行か、それとも一時的な期限付き和平か、屈服か、様々な選択肢があるが、ともかくそれは使節がイオン・ファゼガス・ポリスに到来してからということになった。
 一部の者は「ていのいい結論の先送りだ。」などと言ったが、同盟政府が帝国からの使節を受け入れたというその一点だけでも「大いなる決断だ。」と賛同する声が多かったのは事実である。一つにはラザール・ロボス大将の名前で発表された「現時点での同盟軍の実情」なるものが市民たちの安眠怠惰の眠りをぶち壊してしまったことも要因としてあるかもしれない。1年に三度の侵攻と大敗により、これ以上の連続的かつ積極的な戦争継続は不可能であり、一時的なりとも和平を結ぶことは必要不可欠であると述べられていたからである。(無論帝国側が進撃して来れば同盟の総力を上げた迎撃作戦は準備してあるという事を同時宣伝することは忘れなかったのだ。)主戦派は当然激怒したが、ブラッドレー大将が根回しをして黙らせた。


 他方、帝国は自由惑星同盟からの使節受け入れ受諾を正式に受け、かねてからの手筈通り、ブラウンシュヴァイク公を団長に、リッテンハイム侯を副団長とする和平交渉使節を自由惑星同盟に派遣することを決定した。
 この二人を補佐する随行メンバーとして主だった人々を列挙すると、幕僚総監であるクラ―ゼン元帥、宇宙艦隊司令長官であるミュッケンベルガー元帥と彼の麾下の幕僚たち、外務尚書であるラーゼン・フォン・ノイケルン伯爵。帝国宰相リヒテンラーデ侯爵の代理として、典礼尚書カウニッツ・フォン・ベルトナルド子爵。
統帥本部戦略作戦会議高等参事官兼主席幕僚としてラインハルト・フォン・ミューゼル大将、軍務省対外特務戦略部高等参事官兼次席幕僚としてイルーナ・フォン・ヴァンクラフト大将、高等参事官主席幕僚補佐としてフィオーナ・フォン・エリーセル中将、同ティアナ・フォン・ローメルド中将、護衛役として装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将と彼の率いる装甲擲弾兵が搭乗することとなった。

 さらにジークフリード・キルヒアイス大佐、オスカー・フォン・ロイエンタール少将、ヴォルグガング・ミッターマイヤー少将、ナイトハルト・ミュラー少将がラインハルトの護衛役として搭乗することになった。ワーレン、ルッツ、メックリンガー、ビッテンフェルト、アイゼナッハらはラインハルトが留守の間の艦隊を任されることとなる。
 ブリュンヒルトの艦長には、あのベルトラム大佐が赴任することとなり、ザイデル曹長やデューリング少佐ら、昔のメンバーがそのまま乗組員としてラインハルトの旗艦を預かることとなった。
 昔のメンバーに再会したラインハルトとキルヒアイスと、ザイデル曹長たちの反応はおしてしかるべきである。

 彼らはブラウンシュヴァイク公の旗艦ベルリン、リッテンハイム侯の旗艦オストマルク、ミュッケンベルガー元帥の旗艦ウィルヘルミナ等に分散して搭乗するが、ラインハルトとイルーナはブリュンヒルトとヴァルキュリアにそれぞれ搭乗する。これに随行する艦艇は総数500隻。コルネリアス1世のそれを凌駕する大使節団となった。


こうして、ラインハルト・フォン・ミューゼル大将は、主席幕僚として、ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯爵の補佐役となり、自由惑星同盟都市惑星イオン・ファゼガスに出立することとなる――。
 

* * * * *
 出立当日までの多忙な時の合間を縫ってラインハルト麾下の諸提督たちは高級士官御用達の酒場である海鷲(ゼーアドラー)にて過ごすことにしようとなった。ラインハルトとキルヒアイスは多忙で出席でなかったが、ラインハルトは麾下の提督たちへ「卿らの日頃勤務精励をすこしでも慰労したい。遠慮なく使ってくれ。」と、少なからぬ金を渡していた。日頃質素倹約をしているラインハルトだったが、部下たちへのねぎらいは忘れていなかったのである。もっともさすがに麾下の数十万の下士官兵卒一人一人に渡すほど富裕でなかったが、これは補給監に言い含めて交代での一時休暇と、ささやかであったが飲酒を許可させていた。そういうわけで提督たちは普段滅多に飲めないような上物のワインを口にする機会を手にすることができたのである。
 メックリンガーがショパンのノクターン第二番変ホ調を奏でている脇で、酒杯を酌み交わしている姿はOVAなどでラインハルト麾下の提督たちによく見られる光景である。今それを現実のものとしてこの目で見ることができるとは、と列席に混じっていたフィオーナやティアナたちは一種の感慨深いものを感じていた。
「自由惑星同盟への使者、か。」
ロイエンタールが468年ものの白ワインをミッターマイヤーの酒杯に注いでやりながら、
「あの方もさぞ迷惑をされているだろうよ。艦隊指揮官ではなく窮屈な礼服を身にまとって使節の随員の一人として赴くなど、あの方には似合わぬ。そうは思わんか?」
「宇宙をかける翼を縛られたようなものだからな、かといって俺たちではどうすることもできん。フロイレイン・フィオーナ・・・・失礼、エリーセル中将の知己でいらっしゃるフロイライン・ランディールならばなんとかできるかもしれんが。」
既に諸提督とフィオーナ&ティアナサイドの間には浅くない交流が出来上がっていた。最初の家こそ提督たちはこの女性陣を警戒し、時にはさげすんだりしたこともあったのだが、彼女たちのミューゼル大将への献身ぶりとその力量を知ってから徐々に打ち解けることができるようになっていたのだ。
「残念ながらアレーナさん・・・あ、いいえ、ランディール侯爵令嬢でも軍務省人事局は動かせませんでした。何しろ今回はブラウンシュヴァイク公を筆頭とする貴族が暗躍していますし・・・。」
そうか、とミッターマイヤーは硬い視線を酒杯に戻した。散々貴族連中と確執があるだけに彼らの我がままぶりが目に浮かんでくるのだろう。
「それと、私の事はフィオーナで結構です。階級が上がったと言ってもそれは一時的なものですし、ミッターマイヤー閣下方がまた私たちの上に立たれます。」
「いや、私などはとてもフロイレイン方にはかなわぬ人間だ。武骨一辺倒の武人でしかないのだから。」
「ご謙遜です。」
「本心からなのですが・・・・失礼、ありがとう。」
ミッターマイヤーは酒瓶を品よく差し出すフィオーナに礼を言い、ワイングラスに静かに注がれる液体を見つめながら、
「それにしても自由惑星同盟はどう出るかな?あっさりと降伏するなどというのはありえぬ話だし、それでは俺としても面白くはない。150年間しのぎを削って争ってきた相手がそのような態度をとるのなら、竜頭蛇尾もいいところだ。」
「可能性は零に近いでしょう。自由惑星同盟とてまだ艦隊戦力を残しておりますし、例のイゼルローン級要塞の建設も進行中だと聞いております。」
ルッツがワインを飲み干したグラスをテーブルに置きながら言う。それに帝国歴470年物の赤ワインをついでやりながら、
「そもそも論としてなぜ彼奴等の領土に使者になど赴くのだ?どうせ決裂することがわかっているのなら、そのような行為は無駄そのものではないか。使者を送るよりも何十万という大艦隊を送り込み、彼奴等を蹂躙して敵の首都を占領すればよいではないか。」
ビッテンフェルトが武断派として内外に持っている意見そのものの言葉を吐き出す。その隣でミュラーが憂い顔で、
「そう言いますが、大艦隊を派遣するのにも費用が掛かります。補給物資、エネルギー、そして修理のための工作資材、むろん莫大な兵員や艦艇も動員しなくてはなりません。これまでのところ年に3度の出兵で既に帝国の国庫は疲弊しているという噂です。」
実際のところはバウムガルデン公爵家の莫大な財産、そしてバーベッヒ侯爵家の莫大な財産などを差し押さえたことで帝国の国庫は潤いを取り戻していた。3度の大艦隊派遣によって国庫は確かに目減りをしたものの、巷で言われているような枯渇ぶりを示しているわけではない。にもかかわらず、秘匿されていたのはひとえに和平交渉への機運を高める材料として使われたためであった。もっとも、損傷した艦艇の補充・修理や兵員の手当てなど、一時休みをして軍の再編などに専念したほうがいい要素も確かにあるのである。
 フィオーナはミュラーの言葉に内心うなずきながら、彼のグラスにワインを注いだ。ひいやりした彼女の指とミュラーの手がほんの一瞬だけ触れ合った。
「これは・・・・。」
ミュラーが顔を赤くした。あのバーベッヒ侯爵討伐後にハンカチを返したことがきっかけで、フィオーナとミュラーは手紙のやり取りをしたり、時たまお茶を共にする間柄になっていた。忙しい軍務の合間を縫っているのでそうそう頻繁に会えはしなかったが、フィオーナはこのローエングラム王朝を支えた歴戦の提督と語らうことを内心楽しみにしていた。それはミュラーも同じであったのだが。
 すかさずビッテンフェルトが茶々を入れようとするのをみたワーレンが咳払いをしたので、ビッテンフェルトは渋い顔のまま黙ってしまった。
「人、物資、そして金、これらがなくしては戦争はできない。むろんすべての人間の営みに当てはまることではあるが。」
メックリンガーが最後の一小節を引き終わって、一同に顔を向けた。
「良い演奏だったな。卿は近頃前衛芸術にも凝っていて、さる男爵夫人のサロンに出入りしているというではないか。」
ワーレンがメックリンガーに白ワインの入ったグラスを手渡しながら言う。
「いやいや、サロンといっても大仰なものではないのです。」
メックリンガーがワーレンに礼を述べ、グラスを口元に傾けた後、
「私のような平民が出入りできる扉は少ないのですよ。今回はつてがありまして、そう言った特別なサロンに出入りできた次第なのです。」
「ほう?そのようなサロンがあったとは、そこの奥方自身も前衛的な方だと見える。一度会ってみたい物だ。」
ロイエンタールがグラスを軽く揺らしながら言ったが、その眼は試すようにメックリンガーを見つめていた。
「ロイエンタール提督が御所望でしたら、一度小官と一緒に伺われますかな。」
「いや、やめておこう。自由惑星同盟とやらに旅立つ日も近い。あわただしいさ中に赴いては興を欠くこともある。またの機会にしていただこうか。」
承知しました、とうなずいたメックリンガーにうなずきを返したロイエンタールはグラスを置いて立ちあがった。
「ほう、卿にしては珍しいな。」
ミッターマイヤーが僚友を見上げながら言う。
「出立前までに麾下の艦隊を残留組に委ねる手続きを終わらせねばならんのでな、これで失礼する。」
ロイエンタールは僚友たちに軽く頭を下げると、海鷲のサロンを出ていった。ティアナはちょっと身じろぎしていたが、
「フィオ、ごめん。私も野暮用があるから、これで失礼するわ。」
その様子があまりにもあからさまだったので、諸提督は笑いをこらえるのに必死だったが、何か言おうとしたビッテンフェルトの足を踏んづけるだけの理性は持っていた。
「ごめんなさい、それではまた。」
ティアナはすばやく席を立ってゼーアドラーのサロンを早足に出ていった。
「ロイエンタールも食えぬ奴だ。」
ビッテンフェルトが放った一言には羨望の思いがたっぷりと詰め込まれていた。





そして、出立当日の日――。
まだ払暁の時ながら、多くの人々が軍港に詰めかけ、全権使節一行の出立を見送った。既にブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵はそれぞれの旗艦に搭乗しており、ブリュンヒルトもまたその白銀の流麗な艦体をオーディン軍港に係留させ、お披露目を行っていた。
「今回の交渉の成否は問わないことにしましょう。とにかく生きてラインハルトとキルヒアイスを無事生還させること。これが私たちに課せられた義務よ。」
イルーナは、二人に再度念を押していた。
「はい。」
フィオーナは静かに、だが明るくうなずいていた。
「ティアナ。」
イルーナはティアナに視線を向ける。
「例の件、くれぐれも注意してちょうだい。」
「わかっています。既に『対ラインハルト包囲網』の中から十数人がこの使節に乗り込んでいることは把握済みです。監視の目は怠りません。私たちもいつまでも学生じゃないですよ。」
最後の言葉は笑顔交じりに放たれた。フッ、とイルーナはかすかに相好を崩した。
「そうね、あなたたちもいつまでも私の下にいるものだと錯覚してしまうけれど、そのようなことはなかったのだわ、前世から。とにかく二人とも、気を付けて、いってらっしゃい。私もすぐ後から行くから。」
イルーナのヴァルキュリアもまた第一陣のすぐ後から100隻の護衛艦隊を率いて出立することとなっていた。
『はい!』
しっかりとうなずいた二人は、敬礼をすると、ブリュンヒルトへ上るスロープに向かって歩き出した。既にラインハルトとキルヒアイスはその幅広いスロープをブリュンヒルトに向かって登り始めている。恐れを知らない、前を向いてまっすぐに歩いていく二人の背中はフィオーナとティアナの眼にはどう映ったか。本人たちは何も言わなかったので、その心情は分らない。



 500隻からなる使節は、整然ときらびやかな軍楽隊がと列して「ワルキューレは汝の勇気を愛せり」の演奏をする中をそれぞれの旗艦に乗り込み、一路惑星イオン・ファゼガスに向けて出立したのであった。
 
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