| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

百人一首

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

16部分:第十六首


第十六首

              第十六首  中納言行平
 もう行くと決めたことは決めた。任地になる因幡の国に。それは決めたのだけれど。
 あの人のことを想うと後ろ髪が引かれ。どうしても行きたくなくなってしまう。今その二つの気持ちの中で心を揺るがせているのであった。
 それであの人のことを想いつつ松を見る。
「因幡は松が有名でしたね」
「はい」
 供の者が彼の問いに答えた。
「そう聞いています」
「そうですね。松が」
「ええ。ですがそれが一体」
「松です」
 彼はここで言った。
「松と待つ。思えば言葉は同じです」
「言葉がですか」
「あの人が言ってくれれば」
 未練がましいと思いつつも思わずにはいられなかったのだった。それが例え誰かに女々しいことだと言われようとも。それでも思わずにはいられなかったのだ。心を止めることは誰にもできないことであるのだから。
「それですぐにでも都に戻るのですが」
「左様ですか」
「せめてこの気持ちを」
 歌に込めようと思った。そうして詠った歌は。

立ち別れ 因幡の山の 峰に生きる まつとし聞かば 今帰り来む

 こう詠った。詠い終えてまず出したのは溜息であった。その溜息と共に都に背を向けた。
「では。行きますか」
「わかりました。それでは」
 想い人へのその想いを歌に込めてそのうえで因幡に向かうのであった。その彼の後姿を松が静かに見守っていた。何も語らず。ただ彼を見守っているのであった。


第十六首   完


                  2008・12・14



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧