夜空の武偵
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Ammo09。目覚めると……
……て。……て。
…………ま!
なんだ?
誰、だ?
俺を呼ぶのは……誰、だ?
薄っすらと、目を見開くとそこには……。
「ごしゅじんさま! おきてください!! ……おきなきゃ……こうですよ______!!!」
「……」
目を開けたら、目の前にフリフリのメイド服を着たメイドさんがいた。
俺の腹上に跨って、ぽんぽん飛び跳ねているのだ。
何を言ってるのかわからねぇと思うが、俺も解らねぇ。
これは……夢か?
「あ、目覚めた?」
「……」
「おはよう、ごしゅじんさま♡」
「ん……おはよう、理子。その格好は?」
「あっ、これ? この格好で起こした方が喜ぶって、すばるのおじさまが」
「ん、解った。とりあえず、父さん後で殴る!」
理子に何を吹き込んでるんだ!
俺は別にメイドなんて……。
そんなことを思いながらも俺は理子の格好をもう一度よく見る。
フリフリの、白と黒の子供用のメイド服。
黒のワンピースの胸元はざっくりと開かれており、何段重ねにもなった純白のフリルが露出したもの。
おそらく、ブラウスの代わりにフリルだけでできたチューブトップを着てるんだろう。
そこに腰からミニスカートの前面上部まで、短い白いカクテルエプロンをかけている。
そして、バックの帯は長く、お尻の上で大きく蝶々結びをしていて、頭にはレースとフリルを重ねたカチューシャを付けている。手前がフリルで奥がレース。二段構造になっている豪華なものだ。
短いスカートを中心からふわっと広げる4段、いや5段階層の白いベンチコートは幾重にも重なった布のひだひだを、カーネーションのように咲かせていた。
それだけじゃない。
まだまだ小さな子供でありながらおぼろげに女の子っぽい曲線を感じさせる理子の脚の付け根に演出されてるのは、ドロワーズ。先のベンチコートとの合わせ技により、スカート内の布量は完全にメーターを振り切り爆発寸前だ。
全ての素材が、質の高いベルベット、シルク、そして腕の良い職人の手作りの精緻なレースで作られていた。
かなりの高級品だと、一目見ただけでも解る。
何故、こんなに詳しいのかというと……幼馴染み達の家にはメイドさんが普通にいて、その人達からいろいろ聞いたからだ。日本の幼馴染みは実家というより公館の方に。英国の幼馴染みは実家の方にメイドさんが普通にいるからな。
新ためて理子の格好を見た俺は……。
「イイ……なんか凄くイイぞ」
カワイイ。可愛すぎる。
何、この生き物。
あまりの可愛さにクラっときた俺はつい、口に出してしまった。
「全く、メイド服は最高だぜー」
「きゃは、すばるんが喜んだ______‼︎」
理子は俺を見て、「くふふふ」と笑う。
その顔はからかう獲物を見つけた、そんな意地悪そうな顔をしている。
ってか、すばるんて俺のことか。
「なんだよ、すばるんって……」
人に変なアダ名付けんな!
そのアダ名はいろいろアウトだ。
俺はロリコンコーチじゃない。
「えー、すばるだから略してすばるん?」
「……何で略して字数が増えるんだ?」
そして、何故疑問系?
「あ、本当だ⁉︎」
気づいてなかったのかよ。
突っ込みどころ多いな。
「ほら、おきて。おきたらりこと遊ぼ?」
腹の上に跨がいながら俺の腕を引っ張る理子。
「んしょ、んしょ」と一生懸命引っ張るその姿もとても可愛らしさかった。
「あはは、そんな力じゃ俺は起こせないぞー?」
一生懸命引っ張る姿は大変可愛らしいが、俺を引っ張りたいならトラックでも持ってきやがれ!
などとしょーもないことを考えながら、ベッドに横になったまま動かない俺を見て、理子は。
「むぅ。おきてー。おきなきゃ、すばるんのねがおを撮ったカメラをらんらんにわたすよ「さあ、起きよう。今すぐ起きよう。いやー今日もいい天気だなー!」……すばるん」
そんな哀れ目で俺を見るな!
俺の寝顔をらんらんに渡したら絶対ロクなことにならないだろう。
下手したら将来、それをネタにゆすられるかもしれないんだぞ。
というか、撮った写真あるなら今すぐ消せ!
「カメラを渡せ」
「キャハハ、おにさん、こちら」
理子は笑いながら俺の腹から飛び降りると、サイドポニーテールした髪を揺らして部屋を出てしまう。
俺は起き上がって理子の腕を掴もうと手を伸ばしたが、起き上がった瞬間、ズキズキと身体が痛み出したので、その手は理子の腕を掴むことなく空回ってしまった。
くそ、痛え。全身が痛い。
酷い筋肉痛だ。無茶をし過ぎたな。
高圧電流を身体に流すのには慣れていても、それで戦闘をしたのは初めてだったから、持続時間や技を使った後の後遺症まではハッキリと解らなかった。
これはまだまだ改良しないと使えないな。
それに……。
左胸の奥が妙に痛む。
ただ単に撃たれた傷が痛む……ってのもあるけど、それとは違う痛みがある。何故かは解らないけど、理子や幼馴染み達のことを考えると痛みと動悸が増す。
それに高揚感っていうのか。なんか知らんが、もっとドキドキ、ワクワクしたい。
もっと女と触れ合いたい。
もっと戦いたい、なんて思っちまう。
どうしたんだ一体?
疲れで変なテンションになってんのか?
寝てたはずなのに身体が重いし。
これがいわゆる心的外傷後ストレス障害って奴か?
戦いでストレス感じまくった反動が原因で、もしかしたら痛みや動悸がするのかもな。
などと考えていると。部屋の扉を叩く音が聞こえて。
返事をする前にガチャ、と扉が開き中にガッチリと黒や紺色のスーツを着込んだいかにも政府高官って感じの人と父さんが入ってきた。
「やあ、昴君。目覚めはどうかな? うん、顔色は悪くはないね。ちょっと脈は速いけど、会話をするだけなら問題なさそうだ。よし、ってわけで。ちょっとお話ししようか」
父さんはそう言うと、隣に立つ金髪碧眼のイケメンに声をかける。
二人が話すのは英語や日本語ではなく、ルーマニアで使う言語でもない。
ヨーロッパ系の言葉ってのは、話し方のニュアンスでなんとなくわかった。
「この人はね、わざわざドイツから来てくれた連邦警察の一員でね、昔、僕と何度か戦って引き分けた強さを持つアドルフ君だよ。彼はある国際的な犯罪組織を追っていて、たまたま、ここルーマニアに来てたみたいなんだ。そしてその追ってる組織のことで話しがあるみたいなんだよ」
アドルフさんが挨拶(?)を始めたが何を言ってるのかがまったく解らなかった。
日本に帰ったらドイツ語や英語勉強しよう。今の時代、国際交流は大切だしね!
『普通の人間』を目指すなら、とりあえず3ヶ国語くらい話せないとダメだって、母さんも言ってたし。
「おーい、昴君ー? ちゃんと聞いてたかい」
父さんにジロッと見られてドキッとした。
いつもは温厚でどちらかと言えばおちゃらけてる父さんが鋭い殺気を放ったからだ。
「ご、ごめんなさい」
「うん、ちゃんと聞くんだよ? ああ、言葉が解らないのならそれでいいから。
今はちゃんと聞くんだ。君は我々の話しを良く聞いて理解した、その確認が必要なだけだからね」
「え?」
父さんのその言葉に疑問が浮かぶ。
言葉が解らってないのは問題じゃない。
説明をされて、受け入れた事実があればどうとでもなる。
そんな風に感じるからだ。
「父さん、まさか。その組織って……い「ダメだよ。昴君。いくらお腹空いたからっていくら丼は無理難題過ぎる。せっかく、ルーマニアに来たんだ。ルーマニア料理にしときなさい」……はい?」
そんなこと一言も言ってねえ!
突っ込もうとした俺に向けて父さんが何度か瞬きをした。
それで俺は理解する。
これは『マバタキ信号』。
今、父さんは『トウチョウチュ、ハツゲン二チュウイセヨ』と送ってきた。
そうか。この会話は盗聴されてるんだな。
だが、少なくともカメラは無い。
音声のみ、気をつければどうにかなる。
そういうことか。
俺は『マバタキ』行い、頷く。
そして、俺は切り出す。
「ところで父さん。シェリングフォードさんは元気だった?」
「うん。とっても元気だったよ。元気過ぎて大変だったさ。お友達と一緒に遊んであげたからしばらくはおとなしくするはずだよ」
父さんは実は脳筋に見えて、結構な読書家でもある。
その為、あの人のことも詳しく知っている。
だから、俺は盗聴対策であえて読書好きやあの人のファンしか知らなさそうな別の名で彼のことを聞いてみた。
「そっか。その人は今も父さんのお友達と一緒にいるの?」
「いいや、用事があるからと『仕事仲間』と帰られたよ。『新人さん』を二人連れてね」
なるほど、解りました。
その新人さん、『人外』なあの方達ですね。解ります。
そして、『仕事仲間』ってことは……あの組織の一員が来たと。
ああ、気絶してよかった。
あんな濃いメンバー相手にしてたら命いくつあっても足りないぜ。
そして、シェリングフォードさん……もとい、シャーロックは上手く逃げたんだな。それも『吸血鬼』を連れて。『人外』な強さを誇るRランク武偵から逃げれるとか、どんだけ『人外』なんだよ。
勝てないはずだ。でも……あの『人外』に金次は一撃入れちゃうんだよなー。
さすが、金次さん。俺達に出来ないことを平然とやってのける。そこに痺れる、憧れる!
だけど、ただの憧れで終わすのはなんか嫌だな。
原作開始まで後7年……なんとかそれまでに強くなって絶対に『一撃』入れてやる!
倒したい目標が出来たから頑張る……この考えって『普通』だよな?
父さん達の話しはそれからも続き、気づけば日が暮れる時間になっていた。
ああ、やっと終わった。
こんなに時間かかるなんて……っていうか、お二人さん。
怪我人だってこと忘れてませんか?
怪我人ってことで思い出した俺は父さんが部屋を出る寸前に気になってたことを聞いてみた。
「そういえば父さん」
「ん? なんだい?」
「左胸が痛むんだけどさ。ちゃんと弾は摘出されたんだよね?」
「……」
え? 何故無言⁉︎
その沈黙かなり怖いんだけど。
「……そうだな。その事も話さないといけないよな。うん、わかった。
話そう。ただし、夕飯が終わって心にゆとりが出来てからだ。人間何事にもゆとりが大切だからね」
いや、父さん。その言葉でだいたい悟ったよ。
ああ、そうか。薄々そんな気はしてたんだけど……やっぱそうなんだな。
あれ? そうなると……と、ここで重大な問題に気づいてしまった。
俺、今10歳なんだけど……もしかして成長遅れてチビなままなんじゃ?
原作開始時点のアリアが身長142㎝程だったから小4で成長が遅れた未来の俺はそれ以下ってことにもなりえるわけで。
これ、かなりヤバくね?
男で身長142㎝以下とか……考えただけで死にたくなる。
ズーン、と落ち込んだまま、俺は父さんの後に続いて部屋を出た。
俺が目覚めた場所は大きな屋敷の一室で、軽く15畳くらいあったが、それと同じ広さの部屋が廊下を歩いた感じでは20部屋くらいあった。まるで貴族の館だな、なんて思ったが。
それもそのはず。本当に貴族の館だった。何故解ったかというと、大広間に入ると、この屋敷の令嬢であるアリスが部屋に入ってきた俺に気づいて座っていた椅子から立ち上がったからだ。
「@jpmawg#!」
相変わらず何を言ってるのかは解らないが、なんとなく心配されてるのは伝わってくる。
泣いてたのか目には涙の跡も残ってるし。
「#apmtwgjq!」
父さんがルーマニア語でアリスに語りかけ、落ち着かせた。
うーん、やはり外国語の勉強はやった方がいいかもな。
言葉を話せないのはかなり不便だし。
と、勤勉意欲を高めてると。
父さんがアリスの発言を通訳してくれた。
「……うん、うん。わかった。じゃあ、伝えるね。
昴君、アリスちゃんは君にお礼をしたいって言ってるよ。約束した姉を見つけてくれたことを感謝してる、ありがとう。って言ってるよ」
父さんの言葉に俺は表情を曇らせる。
確かに依頼にあった姉は見つかった。
ちゃんと生きて連れて帰ることもできた。
だが……。
だけど、その姉の意識は戻らない。
機械に繋がれ、ただ呼吸を繰り返すだけのものになってしまっていた。
アリスの姉であるアリサは本来なら15歳になる少女なのだが。
その肉体は12歳前後のまま、成長は止まってしまっていた。
発見した時には痩せこけ、機械に繋がれ、ただ血を提供する道具のように扱われていた。
『生きてる』と言ったら生きてるが、あの状態を『生きてる』と言っても良いのか……俺は何も言えない。
ただ、その姿を見た瞬間、何が何でもブラドを殴る! と思っただけだった。
……情けないな。俺は結局何もできなかった。
確かにヒルダやブラドを倒すことはできたが、シャーロックに撃たれて気絶するし。
望んで依頼を受けたわけじゃないが、五体満足で達成できたわけじゃない。
何もかも、中途半端。
「……礼を言われる資格なんかないよ」
俺は結局守れなかったんだから。
そう思うと、情けなくて嫌になる。
逃げ出したくなる。
実際、俺の足は無意識のうちに出入り口の方へ向かっていた。
だが、それを阻むように父さんが立ち塞がる。
「『自分は何もできなかった』。本当にそう思ってるのか?」
父さんが行く手を阻むように、逃げ出そうとする俺を咎めるような顔をして俺を見つめる。
「確かに昴君は……昴は依頼を完璧に達成できたとは言えない。
吸血鬼は倒せたけど、結局逃げられたからね。犠牲になった子供達も何人もいた。
そういった意味では依頼は失敗だ。
だけど……それがなんだい?」
「は?」
「確かに吸血鬼に逃げられ、プロ……シェリングフォード氏にも逃げられたけど、少なくとも君がいたからこそ、救われたものもそこにはあったんじゃないかな?
もっと周りをよく見てごらん。君がいたことで助けられた子もいるんだよ」
父さんの言葉で俺の心は少し軽くなる。
そして、父さんが向ける視線の先を見て。
俺はこの国に来て良かった、と心から笑うことが出来た。
父さんの視線の先。そこには……。
困ったような、嬉しいような、そんな感じの笑顔を浮かべた二人の少女の姿があった。
「理子、アリス……ごめん、ごめんな……」
俺、強くなるから。もう、誰にも負けないくらい強くなってみせるから。
そう、二人に誓うのだった。
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