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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#13
  DARK BLUE MOONⅤ ~Dead Man's Anthology~

【1】

 花京院とマージョリーがジョセフの部屋を訪れた折りより、
時刻は数時間前に戻る。
 待ち合わせの場所に目当ての人物がいない事から、
携帯電話(スマート・フォン)で彼に連絡を取り謎の女にけんもほろろに遮断された
空条 承太郎は(どうでもいいが本当に着信拒否にされていた)
完全に手持ち無沙汰となっていた。
 特にアテがあるわけでもなく銜え煙草のまま香港の街を練り歩く。
 花京院のコトが気にならないと言えば嘘になるが
別段 『スタンド使い』 に襲われたわけでもなさそうだし、
(もしそうならば相手はケータイには出ないだろう)
人の良さそうな顔をしているから強引な女に無理矢理誘われ
断り切れなかったのかもしれない(逆ナンとかいうヤツだろうか?)
 まぁ自分のケータイに連絡が来ない以上それほど大事とは想えないし、
いよいよとなれば最悪逃げる位のコトは出来るだろう。
 なんだかんだでアイツの判断力は信用しているし、
今は休暇なのだから別段神経質になる必要もないと想えた。
 近代的な構造をした街並みに、海から吹き付ける風が緩やかに舞い踊る。
 その中をマキシコートのような学生服の裾を靡かせながら
悠然とした歩調で歩く無頼の貴公子。
 20分ほど無作為に歩き、やがて彼の脚を止めさせたのは街の一角、
正面に大海原を望むコトの出来る近未来的な造りの建物だった。
「……」
 視界の開ける舗装されたアスファルトの先、
ガラスカーテン・ウォールのウェーブが輝く大型美術館。
 アプローチを進んだ先、丹念に整備された芝生と白い噴水があり
エントランス前に館のシンボルなのか見上げるように巨大な
『龍らしき』 彫像が聳えている。
 正面に設置された大理石のプレートは広東語なので解らなかったが、
その上に記載された刻字から 『DRAGON’S DREAM』
と読みとるコトが出来た。
 どうも最近竣工されたらしいこの美術館は、
内部が全層吹き抜けの半屋外空間(アトリウム)になっており
上層部に側面がガラス張りとなったブリッジが絡み合うように数本渡してある。
 ソレが天空で覇権を争う龍をイメージしているのか
建築には詳しくないのでよく解らないが、
取りあえずの暇潰しには打って付けの場所に想えた。
(ほう)
 エントランスを抜けロビーのアトリウムを見上げた承太郎は、
まずその内部構造の見事さにそう漏らす。
 階下への採光効率ギリギリの太さを持つアーチは、その上半分がガラス張り。
 一階おき、四十五度ずつズラして架けられた上三層のアーチと、
その上に張られた強化ガラスの大天蓋が最下層部から一目で見渡せる。
 更に立体に交叉するアーチの構造美と、柔らかく降り注ぐ陽光の自然美が
それぞれ過不足なく空間の中に調和していた。
 ただしエントランス正面に設置された、
創設者らしい男のやけに悪趣味な銅像が玉に致命傷だったが。
 ロビーに設置された販売機でチケットを購入し、
その中ほどにあったインフォメーションで承太郎は展示物を確認する。
 どうやら今展覧されているモノは、
世界各国から古今より厳選した「硝 子 工 芸(グラス・アート)」らしかった。
 都合が良い。
 昔から透明感のある色はスベテ好きだったし、
平日の美術館という雰囲気も嫌いじゃない。
 そういえば、幼い頃は母の手に引かれて
よくこういった場所を訪れていた記憶がある。
 眼前に延びるアーチの先、展示台に置かれた種々折々のグラスアートが
陽光の中で様々な色彩に煌めいていた。
 承太郎はそれら崇高な芸術品を、己のライトグリーンの瞳で(つぶさ) にみつめていく。
 スタンドや己の血統とは関係ない、今は年相応の一人の青年に戻って。
 その先に待つ、この世ならざる者との邂逅など、予想だにしえないまま。



【2】

 気がつくと、美術館の第三層にまで自分は昇っていた。
 美術に対してそれほど深い造詣が在るわけではないが、
基本同じ材質のガラスが透き通った円柱や絡み合う蔦を模した緑のレリーフ、
空間を掴むように曲げられた手など全く違った形に変えられ
それらを眺めているうち密かに、己の心中で共鳴するモノが在った。
 おそらくは造型の技術ではなく、その奥に秘められたモノに。
 芸術(アート)とは、端的に言ってしまえば人間の精神の表れ、
つまりはその具現化だ。
 故にソレが己の裡に宿るスタンドと、否応なく共通する部分が在るというコトを
感じた所為かもしれない。
 時計を見ると、もうこの館内に入ってから3時間が経過していた。
 おそらく出館する頃には、日も完全に落ちているだろう。
 時間も忘れるほど美術品に見入っていたという事か。
 久しぶりに、一人になった。
 今までは頼みもしないのに、いつもオマケが横についていた。
(……)
 そう言えば、本当に一人になったのは久しぶりだ。
 家にいても、外に出ても、気づけばいつも傍にあの少女がいた。
 買ってきた本を読む時、借りてきたDVDを観る時、暇潰しにPCを動かしている時、
いつもいつも当たり前のように彼女はいた。
 一度気まぐれにバイクで遠出しようとした時など、
動き出したリアシートに彼女が飛び乗ってきたコトも在ったくらいだ。
 それらを不快に想ったコトは、多分なかったように想える。
 それくらい当たり前の事象として、日常の風景として、
彼女は自分の生活に溶け込んでいた。
(……)
 だからなんだというんだ。
 承太郎は学帽の鍔で目元を覆う。
 少女とは、シャナとは、たまたま偶発的な事象が折り重なって、
それで行動を共にしているだけだ。
 DIOという、共通の敵を討ち斃すために。
 彼女は使命として。自分は宿命として。
 ただ、ソレだけのコト。
 そう想い包帯の巻かれた、己の左手を見る。
 だから、今は互いに協力関係にあるのだから、
こんな傷如きで 『あんな表情』 を浮かべる必要はない筈だ。
 誰が悪いわけでもない、同じ目的の元に行動する者ならば当然のコトなのだから。
(!)
 承太郎はソコで、己の瞳を見開いた。
(オレは今、何を考えていた?)
 らしくない事を考えたと、無頼の青年は己の側頭を掌底で何度か叩く。  
 その時。
(……!)
 いつのまにか、視界の裡にぼんやりと浮かぶ小さな灯火が在った。
 温和そうな老婦人の胸の部分、その中心で今にも消えそうに儚く揺らめく存在の光。
 異次元世界の怪物に喰われた人間の成れの果て、“トーチ”
 意図せずに瞳が尖っていたので、視えていたのだろう。
 出逢って間もない頃、シャナに拠って施された視操系 “自在法”
 一度発動してしまえば半永久的に効果が持続するのか、
今では眼を凝らすだけでトーチで在る人間とそうでない者を識別するコトが出来る。
 老婦人の脇には、夫らしき長年の男性がいた。
 もうその記憶も、感情すらも何もない筈だがその男性は大切そうに彼女の肩を抱き、
老婦人の方も幸福そうな笑みを浮かべ前に飾られた
蒼く透き通る大杯に目を向けている。
「……」
 いずれは、消え去る存在。
 やがては、忘却され逝く生命。
 ソレは何も、この女性に限ったコトではないのかもしれない。
 しかし。 
 ソレでもこの二人には、きっと良い “想い出” が在ったのだろう。
 死が二人を割かったとしても、ずっと傍にいるという 『絆』 が。
 視るべきではないと判断した無頼の貴公子は、静かにその二人から視線を逸らした。
 明日か明後日か、そう遠くない未来にあの女性は消える。
 それでも、二人に遺された僅かな時間は、この世界で二人だけのものの筈だった。
 死すべき、否、既に死した存在だからこそ、せめて最後は安らかに。 
 そう想い承太郎が二人に背を向けて立ち去ろうとする刹那、
そのタイミングがゼロコンマ一秒でも遅れていれば
後の 『運命』 は大きく形を変えたモノとなっていたのかもしれない。
 しかし、端から定められていたかの如く、
或いは最初からそう決まっていたかの如く、
その存在は彼の目の前に姿を現した。
「……ッ!?」
 トーチで在る老婦人の背後から、音も無く歩み寄る一つの影。
 事実を知らない者からするならば、ソレは周囲に無数いる見物客の一人に過ぎない。
 しかしスーツ姿のその男が老婦人にそっと手を伸ばし、
それが触れるか触れないかの間に、彼女の存在は消え去っていた。
 何の痕跡も、余韻すらも遺さず、老婦人の胸元で揺らめいていた光のみが、
男の手の中に握られていた。
 彼女の脇にいた男性は、自分が何故こんな位置に手をあげているのかと
不思議そうな表情でその場を去る。
 後には、老婦人の存在の灯火を手にしたスーツ姿の男だけがそこに残った。
「――ッッ!!」
 全身の血が煮え滾るほどの怒りが、承太郎の裡で激しく渦巻いた。
 総身から放つ威圧感(プレッシャー)のみで、
周囲の壮麗なるグラスアートが片っ端から砕け散ってしまうかのように。
 口元を軋らせ足下に敷かれた絨毯を踏み躙るようにして近づく
その尋常ならざる気配に、男の方も気づいたのかトーチを手にしたまま振り返る。
 クラシックスーツを纏った、針のような痩身。
 左手に鈍い光沢の在るステッキを持ち黒い天然素材の帽子を被っている。
 厳かな気品に充ち充ちたその姿は、さながら老紳士といった佇まいだが
今の承太郎にそんなコトは目に入らない。
 老齢にしては長身であるその男を見下ろすようにして
承太郎はその老紳士、否、紅世の徒に向けて口を開いた。
「テメェ……ッ!」
 そのたったの一言だけで、即座に足下へ跪き訳も分からず命乞いをしかねない恫喝。
 しかしその老紳士は落ち着いた表情のまま、趣のある枯れた声で告げる。
「ほう、“視える” のか? ただ者ではないな」
「やかましいッ! とっとと表でろ! クソジジイッッ!!」
 穏やかなクラシックの流れる閑静な空間に、無頼の貴公子の怒号が響き渡った。
 周囲の人間が何事かという視線を己を見るが、無論そんな事は気にならない。
「ふむ、なるほど、“ミステス” ……『そういうコトか……』
しかし、出来るかな?」
「ッ!」
 少しだけ険難な色を帯び、自分に告げられた老人の言葉。 
 当然ソレを宣戦布告と判断した承太郎は、来るべき 『能力』 の発動に身構える。
 戦闘の主 導 権(イニシアティヴ)を一時相手に与えるコトになるが、
そんなものは発する光に眼をやられなければどうというコトはない。
(来や……がれ……ッ!)
 すぐさまにでもスタンド 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 を発現出来る
精神態勢を整え、承太郎は目の前のまるで霧のような存在感の徒を睨め付ける。
 しかし。
 彼の全身で研ぎ澄まされる闘志とソレに附随して湧きあがる
スタンドパワーとは裏腹に、目の前の徒は 『何もしてこない』
 虚を突かれたように顔を引く美貌の青年に対し、
静かに告げられる老紳士の言葉。
「仮に私が封絶をこの場で発動させた所で、結果は同じではないかな?」
「!!」
 その言葉に、承太郎はあまりにも初歩的な、そして致命的なミスに気がついた。
“シャナがいない”
 そう、仮に目の前の徒が封絶を発動させ外界に影響を及ぼさない
因果孤立空間を創り出したとしても、その空間を 『修復』 する能力は自分にはない。
 戦闘となれば相手もただではやられないだろう、
故に幾らこの徒を斃したとしてもそれでは何の意味もない。
「テメェ……! 小賢しい真似を……!」
「だが有効だ。コレで君は、私に手が出せない」
 口中で歯を軋らせる無頼の貴公子とは対照的に、穏和な表情で彼と対峙する老紳士。
 確かに、その通り。
 コレでは周囲の人間全員を人質に取られたも同然だ。
 あのやかましいクソガキがいないだけで、
こうも簡単に自分が追いつめられるとは。
 完全に手詰まりとなり、承太郎は冷たい汗に塗れた拳を握る。
 このままでは、捕らえられるも殺されるもこの男の意のままだ。
(“スター・フィンガー” で、一瞬の内に首でも斬り飛ばすしかねぇ……ッ!
だが、果たしてソレで死ぬか……!? 
イヤ、それ以前に命中()たるのか……!?)
 瀬戸際の緊張感の中、承太郎は己の思考回路をフル稼働させ打開策を模索する。
 しかし眼前の老紳士はあくまで穏和な表情のまま承太郎のライトグリーンの瞳をみつめ、
そして予想外のコトを口走った。
「フム。少し悪ふざけが過ぎた、か。
そう構えるな。私は君と争う気はない」
(!?)
 交戦の意志はないというコトを証明するように、
尖った容貌が笑みの形に折り曲がる。
「それより、ミステスとは言ったが、どうもソレとは違うようだな?」
 そう言って老紳士は興味深そうに承太郎を観察する。
 訝しげに眼を細める承太郎に、老紳士は更に予想外のコトを告げた。
「どうだ? 茶でも飲まないか? 君に色々と聞きたい事もある」




【2】 

  
 美術館最上階に位置する飲食街。
 入った店はカフェというよりソレを兼用したレストランに近いらしく
周囲に料理の匂いが漂っている。
 その店の一角、外の風景を一望出来る窓際にて、
大形に脚を組む無頼の貴公子と風雅な佇まいの老紳士が
テーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。
 右脇の強化ガラス越しに、香港の街が夕陽に照らされて鮮やかに煌めき、
その先の海原も金色に輝いている。
 夕暮れ時なので店内の人気は少なくなかったが、
燻した木材で構成された空間独特の色彩により
落ち着いた雰囲気を周囲に生み出している。
 案内された席に着くやいなや、煙草のパッケージを取りだし火を点けた承太郎に対し、
真向かいの老紳士の眉が微かに動いた。
 やがて注文を取りにやってきた上品な制服姿のウェイトレスに
承太郎は開いて目の前に放置していたメニューの写真を指差し、
「水割り」
と日本語で告げる。
 理解不能の言語で注文された為、指差されたメニュー覗き込む彼女を
承太郎は解ったかい? とその漏れる斜陽で神秘的な色彩を携えた
ライトグリーンの瞳でみつめる。
(!?)
 突如火を噴くように真っ赤になったそのウェイトレスは、
わ、解りました! と広東語でそう告げ足早にその場を去った。
 その所為で目の前に座る老紳士の注文は完全に無視される形となる。
「こんな時間から酒かね? 
それにみたところ、君はまだ未成年のようだが?」
「人間じゃあねぇヤツに、人間の法律で説教垂れられたくねーな」
 咎めるような口調ではないが幾分声音が硬くなった老人に、
承太郎は銜え煙草を噛み締めたままそう返す。
「……フム、まずは名乗っておこうか、青年よ。
私は “屍拾い” ラミー。
君も気づいた通り “紅世の徒” だ」
“屍拾い” とは随分とまた、その見た目に似合わない(あざな) が在るものだと
承太郎は根本まで灰になった煙草をガラスの灰皿でもみ消す。
 そして。
「……承太郎、空条 承太郎だ」
 背後のシートに両腕を組んで身を預けながら、誰に言うでもなくそう告げた。
「フッ、無頼を気取ってはいるが、一応の礼儀は弁えているようだな」
「ケッ」
 軽く毒づいて承太郎は前へと向き直る。
「それより一つ答えな。
さっき手にした人間の光、一体何に使うつもりだ?」
「“コレ” のコトかな?」
 問われた老紳士、紅世の徒ラミーはスーツの内ポケットから
ゆらゆらと儚い色彩を称える光を取りだした。
 当然周囲の人間にソレは視えてはおらず、
逆に視える承太郎はその瞳を微かに鋭くする。
「失礼。人間に対しては無神経な物言いだったな。
安心したまえ。決してこの存在を無為にするようなコトには用いない。
信じられないというのなら、このトーチを君に託すのも、(やぶさ) かではないが」
 そう言ってラミーはその淡い存在の光を自分へと差し出してくる。
「……」
 イヤなジジイだ、と承太郎は想った。
 そんな事をされても責任は持てない。
 まさか今更さっきの男性を探し出して
この光を渡すわけにもいかないだろう。
 故に自分の出来る選択は端から決定されている。
「わァったよ。信じりゃいーんだろ。アンタが悪党じゃあねーって。
第一、本当にオレをヤる気ならこんな回りくどい方法は取らねーだろうしな」
「誤解が解けてなによりだ」
 そう言って目元を笑みの形に曲げる老紳士に
タヌキジジイと承太郎は心中で漏らした。
 コレでは完全に、自分が勘違いで勝手にブチキレていた道化だ。
 その原因は妙にイラついて冷静さを欠いていた所にあるのだが、
さりげなくその部分にまでフォローを入れられたようで面白くない。
 苦々しげに再び外の風景に視線を移した承太郎の前に、
先刻のウェイトレスが何を勘違いしたのか年代モノらしいウイスキーを
『ボトルごと』 銀色のアイスペールと2つのロックグラスと
一緒にテーブルに置き、深く一礼して下がっていった。
 嗜む程度で本格的に飲む気はなかった承太郎は仕方なしに、
慣れた手つきでグラスにゴトゴトと氷を入れる。
 そこに。
「私もいただこうか」
 目の前のラミーが素っ気なく告げる。
「……」
 一応年長者 (?) なので彼の分まで作り、
原液と一対一で割った水割りを承太郎は老紳士の前へ置く。
 そして原液のみが注がれた自分のロックグラスを口元に運ぼうとした時、
ラミーがこちらにグラスを傾けてきたので仕方なくソレに応じる。
 硬質な結晶が弾けるような、澄んだ音が二人の間に響いた。
『スタンド使い』 と “紅世の徒” が共に酒を酌み交わすという奇妙な光景の中、
一息で並々とつがれた琥珀色の液体を三分の一ほど減らした無頼の貴公子が
(おもむろ) に口を開く。 
「ンで、何なんだよ、オレに聞きてぇコトってのは?」
「フム、君の存在に宿る宝具ではない能力(チカラ)にも興味は尽きないが、
それは取りあえず於いておこう。まずは、君の傍にいるフレイムヘイズについてだ」
「……チョイ待ちな。“何故傍にいる” って言い切れる?
確かにヤツ等のコトは知っちゃあいるが、
いま現在オレの近くにいるとは限らねぇぜ」
 もう目の前の老人に対して警戒心らしきモノは殆ど抱いていなかったが、
その優れた洞察力故に承太郎は疑問を口にする。
「フッ、確かに推測に過ぎないが、十中八九確定的な事項だ。
この街に入った時よりフレイムヘイズの存在を強く感じているし、
君にはその気配が色濃く残っているからな」
「残り香みてぇなモンか」
「そのようなものだ。
ともあれ、そのフレイムヘイズの名前と王のコトを教えて欲しい」
 注がれていた液体がなくなり、グラスの底で氷が音を立てる。
「シャナっていう女だ。見た目は完全に小娘(ガキ)だがな」
「シャ・ナ……? 聞いたコトのない名だ」
「名前がねえっつーから、オレのジジイがつけたんだ」
「ほう、名前がない……変わったフレイムヘイズだな。
一体誰の契約者だ?」
「アラストール。別名を “天壌の劫火” とか言ったかな?」
「なに!? では、フレイムヘイズは “炎髪灼眼の討ち手” か!」
 初めて驚愕らしき表情を露わにするラミーの前で、
承太郎は変わらぬ表情のまま新しくいれたグラスに口をつける。
「有名らしいな? “ソッチ” の方面じゃ」
 昨日己の眼前で繰り広げられた、アラストールの凄まじい迄の超絶能力。
 アレだけの力を目の当たりにさせられれば、
その異名があらゆる場所に轟いているコトも認めざる負えない。
「うむ。私も存外についている。
よもや “天壌の劫火” の庇護の下で行動出来るとはな」
 独り言のように漏らしたラミーの言葉に、承太郎が敏感に反応する。
「知り合いなのか? アラストールのヤツと」
「そのようなものだ」
「……」
 いともあっさりと告げられたその事実に、
だったらもっと早く言えと承太郎は自分のコトを棚上げして視線を逸らす。
 最初からソレが解っていれば、こんなややこしい事態に陥らずにすんだ。
「では空条 承太郎、 “天壌の劫火” と “炎髪灼眼の討ち手” に伝えてくれ。
私がしばらくこの街に……、……!?」
 ラミーはそこで言葉を切った。
 中程まで減ったグラスを手にしたまま、先刻とは較べものにならない程の
鋭い視線で外の風景を、否、その遙か先を見据えている。
「……どうした?」
 二杯目も、もう空ける寸前のグラスを傾けながら承太郎はラミーに訊く。
「……封絶だ。想ったよりも近い。
先刻、今にも消え去りそうな小規模のモノを感知したが
コレは密度、規模、構成共にその比ではない。
彼奴(きやつ)らめ、もう私を追ってこの地に来ていたのか」
 ラミーの全身から発せられる張り詰めた空気に、承太郎は問う。
「穏やかじゃあねーな。誰かに追われてんのか?」
「フレイムヘイズだ。昔とある場所で出くわして以来、しつこく付きまとわれている。
普通のフレイムヘイズなら、私のような世界の存在に影響しないモノは放っておくのだが、
其奴らは “徒” を討滅するコトのみに執着している戦闘狂なのだ」
『スタンド使い』 にも、善い人間と悪い人間と普通の人間がいる。
 元は同じ存在である以上、フレイムヘイズもそれは変わらないというコトか。
「……」
 承太郎はグラスに残っていた液体を一気に呑み干した。
 そし、て。
「どっちだ?」 
 決意の光で充たされたライトグリーンの瞳で、真正面からラミーを見据える。
「……?」
 承太郎の言葉の意味が解らなかったのか、ラミーは無言のまま彼を見つめ返す。
「方角教えろ。オレが(ナシ) つけてきてやるよ。“無実” なんだろ?」
 ますます解らないといった表情で、老紳士は目の前の無頼の貴公子に問う。
「何故だ? 何故君が、見ず知らずの私の為にそこまでする必要が在る?」
「……」
 理由は、幾らでも考えられた。
 アラストールの知り合いだから。
先刻の行為に対する罪滅ぼし(ケジメ)
或いは、酒を一杯オゴってもらったから。
 しかし、承太郎が出した結論は。
「要るか? 理由が?」
 おもむろに立ち上がりラミーに背を向けて告げた言葉は、ただそれだけだった。
自分(テメー)が何かをするのに、
いちいち “理由” が必要なのか?」
 そう言って振り向いた彼の瞳。
 その裡に宿った気高き光。
 風貌も気配も何もかも違う存在だったが、同じだった。
 かつてラミーの、 『その前の』 存在であった時、
自分が強く惹かれた人間に。
「……此処より北北西の方角。3㎞ほど行った所だ。
トーチを視るコトのできる君ならば、
近くまでいけば確認出来るだろう」
 まるで引力に強く牽きつけられるが如く、
そう口走っていたラミーの言葉に承太郎は小さく頷く。
 そして。
「じゃあな」
 と短く告げ、制服の長い裾を翻して店を出ていった。
 一度も、こちらを振り返るコトはなく。
 それが意味するものは、決別。
 もう二度と会うコトはない者に対する言葉。
 それにも関わらず彼、は。
「……」
 もっと早く “彼” に出逢えていれば。
 この世界に存在してすぐ、最初に逢った人間が彼だったのならば。
 かつて無垢なままに行ってしまった自分の愚かな行為も、
無かったコトになったのだろうか?
 想っても、仕方のない事。
 幾ら嘆いても、決して戻る事はない時。
 それは充分過ぎるほど解っていても、ラミーは憂いに充ちた瞳で外をみつめる。
 その磨き込まれたガラスの表面に、朧気に映った姿。
 ソレは、気品に充ちた老紳士のそれではなく、
紫の髪を携えた、儚げな印象の少女だった。






【3】

 少女は、香港の街中を駆けていた。
 道行く人々の僅かな隙間を縫いながら、
しかし弾丸のような速度でソレを目指す。
 右の肩口に刻まれた、炎架の紋章を気流にはためかせながら。
 先刻、現れてすぐに消えた封絶。
 その周囲は(もぬけ) の殻で存在の残り香すらなかった。
 何の違和感もない後の状況から察するに、
相当な力量を持つフレイムヘイズか王 (或いはその両方) が
その封絶の主を討滅したというのがアラストールとの共通見解。
(熟練のフレイムヘイズ程、己の存在の気配を制御し絶つ術を身につけている)
 警戒心を弛めるコトなくその辺り一帯を(さら)っていた処
再び途轍もない存在感を持つ者が、ソレを微塵も弛めるコトなく
高速で南東へ移動するのを感知した。
 少女はいま、その存在を追っている。
(……)
 早朝から、ジョセフには何も告げずホテルの外に出た。
 見知らぬ街を歩き、海のさざめきでも眺めていれば
今の鬱屈した気分も多少は晴れるかと想っていた。
 しかし、結果はまるで逆効果。
 穏やかな波音も、響く海鳥の鳴き声も、淡い潮の香りも、
全ては意味無く自分の感情を苛立たせ、ささくれ立たせるだけだった。
(“アノ時” は、こんなじゃなかったのに)
 埠頭の先端で両膝を抱え、
その中に顔を埋めた少女の脳裡にふと甦る、一つの追憶。
 砂浜に(わだち) を引く自動二輪車の傍で、共に二人で見た光景。
 目に映る全ては輝いて、聴こえる音はあくまで澄んで、
吸い込む空気すらこれまでに感じたコトがないほど爽やかに胸を充たした。
 その所為で、まるで子供のように波打ち際で(はしゃ) いでしまい、
砂浜でソレを見ていたアイツに水をブッかけ、
そのまま互いが濡れるのも構わず夕焼けの中で戯れていた。
(……アイツが、いないから?)
 少女の心中に浮かぶ、無口で、無愛想で、無感情で、
それでも、いつもいつも当たり前のように傍にいた、一人の青年。
 ソレがいま自分の傍らにいないというだけで、
心の一番大事な部分を削り取られたかのような途轍もない喪失感を感じる。
 今朝の、アイツの自分に対する態度。
 そして、昨日からの思い出したくもない失態の数々。
 アイツは、自分を見てくれなかった。
 ホリィを救う、アイツにとって絶対負けられない戦いなのに。
 それなのに自分はその一番最初で、アイツの足を引っ張ってしまった。
 汚名を払拭する為に挑んだ戦いも、いとも容易く相手に制された。
 挙げ句の果てにアラストールの身までも危険に晒して。
 アイツはもう、足手まといの自分なんかには愛想を尽かしてしまったのかもしれない。
(!!)
 朧気に心中で浮かんだ思惑だったが、
そこで少女は全身を劈くような恐怖に愕然となる。
 今までの幾多にも及ぶ紅世の徒との戦いの中、一度も恐怖に屈したコトのない
名にし負う強者、フレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手” が。
(イ、ヤ……)
 震える口唇と共に、意図せずに零れ出る声無き声。
(そんなの……イヤ……!)
 アイツがもう、二度と自分に振り向いてはくれない。
 アイツがもう、二度と自分に優しく微笑みかけてはくれない。
 明確に認識したその事実に、少女は張り裂けるように叫びそうになる。
(怖い、怖い、怖い……!)
 死ぬコトは、怖くない。
 今までの血に塗れた修羅の道の中、何度も何度も 『覚悟』 してきたから。
 でも。
 で、も。



“アイツに見捨てられ、自分の存在を必要とされなくなるのだけはイヤだ!” 



「……ナ」
 まるで信仰、否、渇仰にも等しき感情の奔流で沸き返る少女の胸元で静かに呼ぶ声。
「シャナ」
(!?)
 一瞬アイツの声と、しかしそんなコトはある筈もなく
反射的にみつめた胸元のペンダント。
 そこから、荘厳な響きを持った男の声が告げる。
「……封絶だ。たったいま北東の方角にて現れた。気づかなかったのか?」
 咎めるような口調ではないが、事実意外そうな様相を以てアラストールは訊く。
「……ごめん……なさい……!」
 悲痛な響きを持って自分に告げられる少女の声。
 以前の自分ならば、そのフレイムヘイズにあるまじき気構えを
厳格に諫めていたのかもしれない。
「……」
 しかし、言えない。
 もう、“今の自分には” 何も言えない。
 少女自身も気づいていない心中の 『真実(こたえ)』 に、
気がついてしまったから。
 アノ時の、自分も “彼女” もきっと、
今のこの子と同じだったのだから。
「……よい。行こう。大した遣い手でもなさそうだが油断はするな。
老獪な者はソレを逆手に取る」
「……うん」
 儚いながらもその裡に強い芯を残して、少女は頷く。
 そして無意識に手を入れていたスカートのポケット。
 指先に触れる、滑らかな流線形のボディー。
“人喰いのバケモンが現れたらすぐに報せろ”
 脳裡に甦る、彼の声。
 しかし少女は、その言葉を握りつぶすように
ポケットの中の真新しい携 帯 電 話(スマート・フォン)に力を込めた。
 その理由は、少女自身も定かではない。
出立前にジョセフの言った事も忘れ、今起こったコトを誰にも告げず
埠頭に背を向ける少女。




 そして、時は、元に戻る。




 ホテルを飛び出し共に目的の場所へと疾走する花京院とマージョリー。
 互いに互いをフォロー出来る間合いを保ったまま、
周囲の人間をものともせず縦横無尽に夕闇に染まった街中を翔る。
 鮮やかな栗色の髪が舞い踊る気流の中、美女が徐に口を開いた。
「……また邪魔者が一匹、こっちに向かってきてるわね……」
「そうなんですか!?」
 隣を走る中性系の美男子が彼女の横顔に問う。
「えぇ、このままいくと、目的の場所で丁度カチ合うわ。
そうなると少し面倒かも」
「戦い、ますか?」
 瞬時に決意を固め、花京院は己の肩から翡翠色の
幽 波 紋 光(スタンド・パワー)』 を滲ませる。
 その彼に対し、
「ノリアキ! 二手に分かれるわよッ! 
私は後ろのバカを始末してからいくから、
アンタは先に行ってラミーのクソ野郎を見張ってて!!」
長年の経験に裏打ちされた瞬時の判断力で、美女はそう指示する。
「いい? 絶対に私がいくまで手を出しちゃダメよ。
ヤツは逃げる力なら他の誰よりも長けてるし、
それにどんな奥の手を隠し持ってるか解らない正体不明のヤツだから」
 マージョリーの言葉に、同じ速度で脇を走る美男子は一度無言で頷く。
 そして。
「解りました。気をつけて、ミス・マージョリー」
 決意に研ぎ澄まされた視線を逸らさぬまま、静かにそう告げた。
「……ッ!」
 たったそれだけの言葉だったが、美女は何故か自分の頬が紅潮するのを覚える。
 戦い前の猛り狂う熱ではない、ソレとは全く異質の、奇妙な高揚。
 ソレに叛するように、余すことなく受け止めるように、マージョリーは口を開く。
「フッ! この私を一体誰だと想ってるのよ!
すぐに済ませて追いつく。
心配するコトなんて何もないわッ!」
 そう言うが速いか、美女の躰がまるでミエナイ糸で引っ張られるかのように、
高速で背後に上空へと駆け昇っていく。
 飛燕の旋回が常人の目には映らないのと同じように、
周囲の人間はその姿を認められない。
 後に残ったヒールの陥突痕から、足裏の瞬発力で飛んだと解した花京院は
振り向く事なく目的の場所を目指す。
 これから始まる彼女の戦いに、微塵の憂いも残すコトのないまま。
「……」
 やがて前もって目をつけていた、廃ビルの広い屋上にヒールの踵を鳴らして
着地したマージョリーは、眼前から高速で迫ってくる存在に対し、
開戦の自在法を行使する。
「封・絶ッッ!!」
 通常を遙かに超えて猛り上がる喚声と同時に、
美女の足下から群青色の火走りが不可思議な紋字、紋章と共に拡散し、
周囲半径数百メートルをドーム状に覆い込む。
 その中心で、美女は両腕を腰に組んだ余裕盤石の構えで決闘の相手を待つ。
そしてほぼ間を置かず、その群青の結界内に熾烈なる存在宿す者が
封絶の表面を突き破るようにして飛び込んできた。
「――ッ!」
 美女の目測、正確350メートルの位置。
 燃え盛る深紅と真紅を髪と瞳に携え、纏った黒衣の内に長鎖を絡めた炎架を刻み、
手にした煌めく白刃を既に刺突へと構えた紅蓮の少女。
(フレイムヘイズ!?)
(フレイムヘイズ!!)
 大地と天空(そら)にて。
 一瞬の交錯のうち、互いの存在を認めた美女と美少女が心中でそう叫んだのはほぼ同時。
(“炎髪灼眼” か……久しぶりだなァ……アラストール……!)
 マージョリーの腰下で、マルコシアスが兇悪な笑みを口元に浮かべた。
 止まった歯車が動き出す時。
 隔たれた火車が噛み合う時。
 互いの譲れないモノを賭けた、同属同士の戦い。
 ソレが、いま、凄絶に幕を開けるッ!


←To Be Continued……
 
 

 
後書き
ハイ、どうも、作者です。
いきなりでなんですガ、毎回ここを読み直す度に想うコトがあります。
「原作」のアレは一体どの(ツラ)下げてあの娘と美術館いったのかと・・・・('A`)
たまたま無害な徒だからよかったものの、危険な徒だったら間違いなく
あの娘ごと喰われてますよね。(護る力もないクセに・・・・('A`))
それとも自分から突き放しておきながら
いざという時は誰かが助けてくれるとでも思っていたのでしょうカ・・・・
(美術館にいる間も他の娘のコトを考えるのは、
勇気を出して誘ってくれたあの娘に対して失礼でしょうし)

まぁワタシは(サンダー)・マックィーンより『最悪』だと想ってるので
(自分が「悪」だときづいていない、「悪」よりもっとドス黒い【悪】)
どーでもいいのですガ・・・・('A`)
(ホント出さンで良かった)

しかしここまで最低なヤツは、逆に『敵』で出したら面白いかもしれませんネ。
歴代ジョジョの敵の中にも、ここまでの○○は中々いないので、
史上最悪の『スタンド使い』になると想います。
まぁ今の処その予定は在りませんガ(まぁ出さんのが無難だろうネ・・・・・('A`))
ソレでは。ノシ
 
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