遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~
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ターン54 炎の幻魔と暴食の憑依
前書き
月影追悼、忍者使いとして葵ちゃんメイン回……ではないです。やればよかったかな。
前回のあらすじ:清明、デュエルゾンビに裏をかかれるレベルの知能しかなかったことが明らかになる。
「……で、どうするかねほんとに」
夜が来た。結論から言うと、僕も葵ちゃんも無断外出にはおとがめなし。というより、ちょうど十代達が帰ってきたりそのまま鮎川先生とレイちゃんを助けに行ったりと、それどころではなかったようだ。結果鮎川先生こそゾンビにされてしまったものの、なんとか助かったレイちゃんは薬がうまいこと効いたのか、意識こそ戻らないものの呼吸も安定して小康状態になっている。なのでそれについてはとりあえず心配しなくていいが、他にも差し迫った問題がある。
「食糧庫は奴らの手のなか。兵糧攻めは、俺達に援軍が期待できないこの状況では最も効果的な方法だ」
オブライエンの言葉に、僕らは押し黙る。そう、食糧問題だ。辛うじて災害用の水と食料はあるものの、それだってこの人数がいつまでも食べていける量があるわけではない。今日のところはトメさんの頑張りもあってまだ持ちこたえているが、既に不満は爆発寸前だし、事実このままだと空腹と栄養失調でますますこちらが弱ってしまう。辛うじて発電エリアだけはこちらが押さえてはいるが、砂まみれになって精密機械は全部パーだからもはやただの鉄くずと見たほうがいいだろう。せめて僕の店があれば砂糖ぐらいは手に入ったのだが、それも奴らの側にある。
「トゥデイはもうミッドナイトだ。夜に動くと夜行性のモンスターがいるかもしれない、今日のところはスリープして体力を節約しよう」
結局いくら考えても結論は出ず、ジムの一言によりこの日は大人しく寝ることにした。願わくばこの悪夢のような生活も、明日になれば3つの朝日と一緒に無かったことにならないか、なんて子供じみたことを考えながら目を閉じると、なんだかんだいっても体には疲労が残っていたらしく、あっけないほど早く眠りにつくことができた。
次の日。当然ゾンビがいなくなるようなことはなく、僕らは守りを固めることにした。どうせ場所がばれているならといらない机やパイプ椅子などを積み上げて派手に通路を遮断する者、ありあわせの木材と釘でバリケードを作る者、オブライエンなどは銃のメンテナンス……ではなく、デュエルディスクの手入れに余念がない。クロノス先生はここに来てようやく先生らしいことをやり始め、ゾンビ化した生徒のリストを作り出している。その結果、実に厄介な案件が持ち上がった。
「やぁまだー!てぇらおかー!やまなかぁー!どこ行ったこのやろ、とりあえず殴るからさっさと出て来い!」
3人の生徒が行方不明になったのだ。といっても、ゾンビがバリケード内部に忍び込んだわけではないらしい。トイレの窓にあったバリケードが強引に中から引っぺがされ、そこから外に抜け出したようだ。そこが一番食糧庫に近い場所なことを考えると、つまりはそういうことなんだろう。
「特に腹を空かせていたからな、あの3人は」
「すまないドン、俺があの3人に気づいてさえいれば……!」
「それは言いっこなしでしょ?僕だって寝てたし、皆だって寝てたよ」
出て行ったのが昨夜ならまだ無事でいる可能性もあるし、少人数の探索部隊を編成するか……そんな話が持ち上がったところで、いきなり校内放送が響いた。放送室も奴らの手の中にあるため、一斉に緊張が走る。もし大音量で黒板を爪でひっかく音がエンドレスに流れてきたりしたら、それは何よりも恐ろしい攻撃になるだろう……いや、割と真面目に。
『おはよう、生徒諸君。僕はこの世界の支配者、加納マルタンさ』
「マルタン……」
レイちゃんと同時期に入学した、やたらと大人しいラーイエローの男子だ。友達を作ろうとしない様子を見かねたのか何度かレイちゃんが世話を焼くのを見たことがあるし、そんな彼女が僕の店に連れ込んでは甘いものを半ば無理やり一緒に食べたりしているから僕も面識がある。この世界に来たことは知っていたけど、それ以降ずっと行方不明だったからもうゾンビになったものかと思っていたけど……いずれにせよ、この放送に答えが隠されているのだろう。
「マルタン!お前、無事だったのか!?」
『その声、十代だね。やあ』
十代の叫びに、ノータイムで返事を返すマルタン。校内放送で会話を成立させるだなんて、どんな仕掛けがあるんだってんだ。
「マルっち!マルっちなの!?」
「レイちゃん……」
友達が行方不明ということで、色々と思うところもあったのだろう。今朝になって意識が戻ったレイちゃんが、まだふらつきながらも起き上がってスピーカーに呼び掛ける。
『その呼び方、やめてくれないかな?僕はゾンビたちの王、マルタン帝国の支配者なんだ。まあそんなことより、今日は君たちに取引の話があるんだ』
「取引?」
マルタンが僕らに突き付けた条件は、こうだ。まずマルタン側は、食糧庫にある食料をこちらにいくらか分け与える。そのかわりこちらは、あの砂に埋もれた発電施設を渡す……確かに食料は欲しいが、まだ発電所も完全に死んだと決まったではない。三沢辺りが見れば、案外なんとかなる可能性もある。とはいえ発電所が動いたとしても、電気を食べて生きていくわけにはいかないのも事実。好条件なだけにどう考えても怪しいこの提案に対し、十代はデュエルでの賭けを提案した。勝ったものが全部取るその案は意外にも受け入れられ、ジム、オブライエン、ヨハンとこちらの出すメンバーも決まった。いざマルタンの呼びかけに従い外に出……ようとしたところで、オブライエンが僕の肩を叩いた。
「この話にはどう考えても裏がある。食料と聞けば、ここにいる生徒たちの目は全てデュエルに注がれるだろう。その間、奴は誰にも邪魔されずに動き放題になる……頼む、俺もなるべく早く終わらせるから、先に発電所に行って守りを固めておいてくれ」
「オーケイ。でも、なんで僕を選んだの?もっと強い、例えば十代とかでも……」
「いや。お前の精霊を呼び出す力は、俺の見たところヨハン、十代と並んでお前がトップだ。ヨハンは今からデュエルに行くし、十代はこの集団の中でリーダー役を担ってもらわねばならない。今この瞬間に腹を空かせた生徒による暴動が起きていないのは、あいつのリーダーシップによるところが大きいからな。ここで自由に動けるのは、お前しかいないんだ」
「ん。じゃ、早いとこ援軍に来てね。ワンキルしてよワンキル」
「ははは、お前らしいな。もちろん善処する」
これなら正式な頼みがあってのことだし、僕の独断専行にはならないだろう。いざとなったら明日香にはオブライエンがやれって言った、で押し通せばいいし。何事もなかったかのように出ていくオブライエンの背中に軽く手を振り、こっそりと外に向かう集団から離脱する。誰にも見られないよう気を配ったつもりだが、この男相手にはそうもいかなかったようだ。
「……や、三沢」
「話は聞いていたぞ、清明。どの道発電所は俺も一度は見ておきたかったんだ、付き合うぜ」
つくづく三沢相手には妙な縁があると思う。ま、僕に単独行動とか正気の沙汰とは思えないから見張りがいるってのはちょうどいいけどさ。もしゾンビに見つかっても最悪2人がかりなら正面突破もやり易くなるし、何よりデスベルトを装着していない三沢はものすごく心強い……とも思ったが、あちらはあちらでどこかに集まっているのかなぜか1人も見つけられらずに発電所までたどり着いた。到着するや否やあちこちの機器をいじって復旧作業を急ぐ三沢の横で、地平線の向こうまでアカデミア以外ひたすら砂だけが広がる地形を見渡し警戒する。これだけ周りに何もないと、どこから何が来てもすぐわかるから気が楽でいい。
そんな場合ではないのはよくわかっているが、昨日からずっとバリケードだらけの校舎内にいたせいで久しぶりに見るどこまでも広がる空を見上げてちょっとのどかな気分に浸っていると、突然離れた場所から光が弾けるのが見えた。それとほぼ同時に地面が揺れ、その光の根元から何本もの柱が付き出してくる。
「うおっ!?」
三沢が叫ぶ後ろで、なにかパチパチと火花が飛ぶような音がかすかにした。もしかしたら今のショックで、発電システムが多少なりとも生き返ったのかもしれない。
だが、それは同時にこの砂漠にいた何かを叩き起こす役目も果たしたようだ。僕の目の前でゆっくりと砂が持ち上がり、その奥からぎらぎらと怒りに燃える瞳が覗く。それはゆっくりと周りの状況を確認するように動き、やがて火花を立てるコード相手に悪戦苦闘している三沢の方を向いて止まった。
ずる、ずると砂を纏ったままにその何かが動き出して、ようやく我に返る。僕も三沢もここで逃げようと思えば逃げられるかもしれない……だけど、もしここで逃げだしたらマルタンが食料と交換してまで欲しがったこの発電所は恐らく徹底的に壊されるだろう。あの目はそういう目だ。
「なら、ここはデュエルで!」
当然肌身離さず持ち歩いていたデュエルディスクを構えようとしたが、それよりも先に三沢が前に出た。
「まあ待て、清明。お前にはその、デスベルトとやらが付いているんだろう?今年度の授業が始まる前に休学した俺に、その装置はない。つまり、ここは俺の出番というわけだ」
そう言って、アカデミアにあった予備の旧式デュエルディスクをガシャンと起動させる三沢。これで案外頑固なところもあるこの男のことだ、何言っても聞きはしないだろう。
「清明、お前はそこのコードを繋げておいてくれ。何本かショックで外れたところがあるから、それをくっつけるだけでいい。感電には気をつけろよ!」
「了解!」
言われたとおりに駆け寄ると、素人目に見てもコードを繋ぎ直した程度でどうこうなるものではないことは明らかだった。僕てもできる作業ということで最大限妥協した指示だったんだろう。すまない三沢、うちの神様共々機械オンチで。とにかく何十本もあるコードを適当に手に取り、どれがどこと繋がるのかを確認にかかり始めたところで、後ろからデュエルの声が聞こえてきた。
「「デュエル!」」
「先攻は俺が貰う。来い、きつね火!」
きつね火 守200
「まずは、これでターンエンドだ」
きつね火……あのカードを三沢が使うのは、僕も見たことがない。おそらくあのデッキは、三沢の使う6つの属性デッキの中でもこれまで使われることがなかった1つ、炎属性の物ということだろう。
「俺のターン、ドロー」
あ、喋れんのかコイツ。サンドモスなんかは一切人語ができなかったのに、ここら辺の区分はつくづくよくわからない。とはいえそのアクセントや発音にはやはりどこか違和感があり、目の前の存在がやはり人外であることが感覚的に伝わってくる。
「ボタニティ・ガールを召喚し、きつね火ニ攻撃スル」
椿の名を持つ人型の花が、にやにやと笑いながらその花弁を飛ばしてきつね火を襲う。
ボタニティ・ガール 攻1300→きつね火 守200(破壊)
「カードを1枚セットして、ターンエンドシヨウ」
攻撃力1300のボタニティ・ガールをまるで三沢を挑発するかのように立たせておいたまま、ターンを終える謎の精霊。しかしその宣言と同時に、三沢の目の前に小さな炎が灯る。
「きつね火は表側表示で戦闘破壊されたターンのエンドフェイズ、俺のフィールドに蘇るモンスターだ。残念だったな、攻撃が無駄になって」
きつね火 守200
三沢 LP4000 手札:4
モンスター:きつね火(守)
魔法・罠:なし
??? LP4000 手札:4
モンスター:ボタニティ・ガール(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
……これで三沢には、何1つ損をしないままにまたターンが回ってくる。抜け目ない三沢のことだ、このターンで一気に仕掛ける算段が付いているのだろう。
そして案の定というべきか、手札から一気に3枚ものカードを引きぬく三沢。次の瞬間には、きつね火がふわふわと揺れていただけのフィールド全てを埋め尽くす勢いの炎が乱舞していた。
UFOタートル 攻1400
炎の精霊 イフリート 攻1700
怨念の魂 業火 攻2200
「3体のモンスターだと!?馬鹿ナ!?」
「別に驚くほどのことをしたわけじゃないさ。それじゃあ、種明かしと行こうか。まず俺は手札からこのカード、怨念の魂 業火を特殊召喚した。このカードは俺のフィールドに炎属性モンスターが存在するときに手札から特殊召喚でき、その後場の炎属性モンスターを破壊する効果を持つ。よってきつね火の存在をトリガーに特殊召喚し、そのままきつね火を破壊した、という訳さ。そして次にこのモンスター、炎の精霊 イフリートだ。このカードは、俺の墓地から炎属性モンスター1体を除外することで特殊召喚できる。ここでもきつね火には仕事を果たしてもらったわけだ。そして最後にUFOタートルだが、これはただ単に通常召喚しただけだな」
長い説明を後ろに聞きながら、ここしばらくデュエルから離れて研究ばかりやっていたにもかかわらずまるで鈍っていない三沢の腕に内心舌を巻く。ひとつひとつ言われればわからなくもないが、あの展開ルートをデュエルが始まってからの短い時間だけで思いついたのだろうか。
「そうそう、もう1つ注意しておこう。俺は業火を特殊召喚する前に永続魔法、補給部隊を発動していた。このカードにより、1ターンに1度俺のモンスターが破壊されるたびに俺はカードを1枚ドローする。きつね火の破壊によりカードを引かせてもらったから、このターンはもう使えないがな。さあ、バトルだ!まずはUFOタートルで攻撃!」
UFOタートル 攻1400→ボタニティ・ガール 攻1300(破壊)
??? LP4000→3900
「ふん……だがこの瞬間、ボタニティ・ガールの効果が発動スル。このカードが墓地に送られたことでデッキから守備力1000以下の植物族モンスター、捕食植物スキッド・ドロセーラをサーチダ。さらにトラップカード、リグレット・リボーンを発動。今破壊されたボタニティ・ガールを守備表示で蘇生するガ、蘇生したモンスターは次の俺のエンドフェイズに破壊サレル」
「だがボタニティ・ガールはフィールドから墓地に送れさえすればサーチ効果が発動できるため、俺が攻撃しようがしまいが結果は同じ、か……」
ボタニティ・ガール 守1100
サンドモスの時もそうだったけど、カードの精霊だからこそ、カードのことを知り尽くしているというべきか。どちらに転んでも確定でサーチが行われるといういやらしい状況に持ち込まれてしまった三沢だが、その迷いはほんの一瞬だった。
「だとしても、ここで攻撃してダメージを通す!バトルだ、イフリート!そしてイフリートの攻撃力は、自分バトルフェイズの間300ポイントアップする!」
炎の精霊 イフリート 攻1700→2000→ボタニティ・ガール 守1100(破壊)
「ボタニティ・ガールの効果。捕食植物フライ・ヘルをサーチシヨウ」
「だが、これでお前の場はがら空きだ。やれ、業火!」
怨念を燃料として無限に燃え盛る壺の家紋部分が光り、そこから勢いよく炎が噴き出る。その衝撃は僕の場所から見ているだけでもとんでもなく熱そうだったが、当の精霊はというと自分の全身が燃えているにもかかわらず、まるで無頓着のままで火を消そうともしない。どうやら、炎の熱がまるで効いていないようだ。
だが、その全身を隠す砂にとってはそうでもなかったらしい。業火の一撃がなにかを狂わせたのか、謎の精霊の全身から、ずっと身にまとっていた砂が次第に剥がれていく。
怨念の魂 業火 攻2200→???(直接攻撃)
??? LP3900→1700
「さあ、お前の正体を見せてもら……何!?」
やがて業火の炎も収まってきて、ついに三沢の相手の正体が明らかになる。あ、なんかあのモンスターには見覚えがある。確かそれなりに歴史のあるモンスターだ……けど、名前も効果も出てこない。
「チャークチャールさーん」
『わかったわかった。奴は、固有の名を持たない闇属性かつ悪魔族のモンスター。カードとしての名はブラッド・ソウル……憑依するブラッド・ソウルだ』
ブラッド・ソウルね、了解。当然博識の三沢もその名前に思い当たったようだが、どうも様子がおかしい。尋常ではないぐらいに険しい顔をしていて、話しかけられる雰囲気ではない。チャクチャルさんにもう1度ヘルプを求めようとした時、ようやく三沢が口を開いた。
「憑依するブラッド・ソウル……そうか、そういうことか。悪魔族のお前がこんな砂漠のど真ん中に生息しているはずもない、マルタンに呼ばれたか?」
「マルタン?ああ、今はそんな名前の人間に憑いてるんだってナ。マルタン様と言いな、様ト」
「マルタンが!?」
あのモンスター、マルタンが召喚した精霊だって言うのか。確かにマルタンがデュエルするところは見たことがなかったけど、だからといって精霊が見える僕や十代に気づかれることなく精霊と共に過ごしていたなんて考えにくい。となると、この世界に来てからブラッド・ソウルには出会ったのだろうか?だけど、三沢の言う通りこの砂漠世界に悪魔族がすんでいるとは考えにくい。となると、一体あのモンスターはどこからやって来たんだ。
僕には何も理解できないが、どっちみちその答えを出すのは僕の役目じゃない。今その本人とデュエルしているのは、三沢だ。
「……まあいい、デュエルを続行するぞ。俺はカードを1枚セットして、ターンエンドだ」
「俺のターン、闇の誘惑を発動!カードを2枚ドローシテ、手札から闇属性モンスターであるフライ・ヘルを除外スル。そして、スキッド・ドロセーラを召喚!」
砂地から静かに生えてきたその草は、一見ただの薄気味悪い木にも見える。だが不気味な暗い配色の幹の先から伸びる枝は自らの意思でうねうねと動き、その先端の葉……いや、歯は自らの届く範囲にいる獲物全てを喰らい尽くさんとばかりに硬質な噛みあわせる音をカチカチと響かせている。何よりも凄まじいのは、その幹だ。木のこぶなどでは決してない、見間違えようもない目がいくつも不規則に辺りを見回している。
捕食植物スキッド・ドロセーラ 攻800
「永続魔法、超栄養太陽を発動。場のレベル2以下の植物族をリリースして、デッキからそのレベルプラス3以下の植物族モンスターのリクルートを行ウ。出でよ、フライ・ヘル!」
捕食植物フライ・ヘル 攻400
スキッド・ドロセーラとはうってかわって、貧弱ともいえるほど細く弱々しい胴体を持つ植物。だがその胴体は決してディスアドバンテージなどではなく、むしろ進化の過程で獲得した強みであることがわかる。禍々しく開くその葉の『口』は不釣り合いなほどに大きくそして力強く、細い……つまり軽い胴体を引きずって空中の獲物をも捉えることができる仕組みになっているのがわかる。
「この瞬間、スキッド・ドロセーラのモンスター効果発動。このカードがフィールドから離れた時、相手フィールドの特殊召喚されたモンスター全てに捕食カウンターを1つ乗セ、捕食カウンターのついたモンスターのレベルは1にナル」
地面から飛び出してきた小さな頭。それは昔、植物の1部だったのだろう。獲物に食らいついて放さないその性質からいって、もしかしたら種子の性質が異常な進化を遂げた結果なのかもしれない。ただ僕に言えるのは、少なくともそれが意志を持ち、自らの力で動きだすに至った過程を想像なんてしたくないということだ。
炎の精霊 イフリート(0)→(1) ☆4→1
怨念の魂 業火(0)→(1) ☆6→1
「さらにフライ・ヘルの効果を使用。1ターンに1度、相手モンスター1体に捕食カウンターを1つ乗セル」
UFOタートル(0)→(1) ☆4→1
これで、三沢のモンスター全てに捕食カウンターが乗った。カウンター、ということは、やはりそれを利用する専用のカードを使うのだろうか。
「魔法カード、二重召喚を発動。増えた召喚権を利用シ、俺自身……憑依するブラッド・ソウルを召喚スル!」
実体を持たない、悪魔の形をした精神体。目の前のデュエリストとうり二つのそのモンスターが、口が耳まで裂けるほどの笑みを浮かべた。
憑依するブラッド・ソウル 攻1200
「ちっ、やはり持っていたか……!」
そのモンスターを見て、なぜかますます顔が険しくなる三沢。その理由は、僕にもすぐわかることとなった。それと同時に、なぜ三沢がこのモンスターを見ただけであそこまで反応していたのかも。
「ブラッド・ソウルのモンスター効果!このモンスターをリリースすることデ、相手フィールドのレベル3以下のモンスター全てのコントロールを永続的に得ル!」
捕食カウンターから得体のしれないオーラが三沢のモンスターたちを覆い、そのオーラにあてられたモンスターが一斉に持ち主であるはずの三沢に牙をむく。大量展開により圧倒的優位に立っていたはずのデュエルが、わずか1ターンでそっくりそのままひっくり返った。
そして、1枚で大量にコントロールを奪取するこの能力。もしゾンビ生徒たちのゾンビ化がなにか得体のしれないオカルトパワーではなく、カードの精霊の力による洗脳だとしたら?たった1枚で何体ものモンスターのコントロールを永続的に奪うこの能力がもし人間相手に使われたとしたら、あのゾンビ化にもすべて説明がつく。つまり、この精霊こそがこの事件の元凶……!
「クッ……!」
「モンスターがいなければ補給部隊もただの紙くずだなア?終わりダ!お前のモンスター3体による一斉攻撃で片を付けてやるゼ!」
「三沢っ!」
炎がフィールドを埋め尽くし、今度は三沢を覆わんとする。このモンスターが犯人であることがほぼ明らかな以上、三沢にはなんとしてでもここで勝ってもらわないといけない。だが、すでに攻撃は行われている。ここまでか……と思ったその時、目も眩むほどの光と共に天空から大量の剣が三沢を守るように降ってきた。
「安心しろ、清明。俺は永続トラップ、光の護封霊剣を発動した。このカードはプレイヤーのライフを1000ポイント払うことで、攻撃を1度無効にできる。俺は3000のライフにより、3体の攻撃をすべて無効にしたのさ」
三沢 LP4000→3000→2000→1000
「つまらない真似ヲ……だが、そのライフではすでにその効力も打ち止めダナ。フライ・ヘル!奴にダイレクトアタックをシロ!」
捕食植物フライ・ヘル 攻400→三沢(直接攻撃)
三沢 LP1000→600
「ぐわっ!」
「三沢!」
確かに三沢はデスベルトを着けていないから、デスデュエルの影響そのものは受け付けない。だけどそれは、カードが実体化するこの世界でのデュエルによるダメージをも受け付けないという意味ではない。ダメージを受ければ痛い、それは当たり前のことだ。
それは頭ではわかっているけれど……やはり友人が目の前で苦しむ姿というのは、何度見たって慣れるようなもんじゃない。
「苦しメ、苦しメ。おっと、UFOタートルはリクルーターだったカ?そんなものを残すわけにはいかないナ、メイン2に業火のモンスター効果を使用スル。炎属性モンスターのUFOタートルをリリースし、エンドフェイズまで攻撃力を500ポイントアップさせようカ。カードをセットシテ、ターンエンドダ」
怨念の魂 業火 攻2200→2700→2200
三沢 LP600 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:補給部隊
光の護封霊剣
ブラッド・ソウル LP1700 手札:2
モンスター:炎の精霊 イフリート(攻・1)
怨念の魂 業火(攻・1)
捕食植物フライ・ヘル(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
「俺のターン、ドローだ!」
ブラッド・ソウルが指摘した通り、すでにライフが3ケタしかない無い三沢にはこれ以上護封霊剣の効果は使えない。つまり、あの手札2枚だけでこのターンをしのがなければならないのだ。そんな絶体絶命の状況で三沢が引いたカードは……。
「マスマティシャンを守備表示で召喚し、効果発動。このカードの召喚成功時、デッキからレベル4以下のモンスター1体を墓地に送る。そして俺は、たった今墓地に送ったモンスター……カーボネドンの効果発動!このカードを墓地から除外し、デッキからレベル7以下のドラゴン族通常モンスターを特殊召喚する!出でよ、ダイヤモンド・ドラゴン!」
マスマティシャン 守500
ダイヤモンド・ドラゴン 守2800
わずか1枚の手札からどうにかモンスターを2体並べ、ひとまず守りを固める三沢。だが、ブラッド・ソウルはそれを嘲笑う。
「守備力2800……それで壁のつもりカ?1つ教えてやるガ、フライ・ヘルは自身よりレベルの低いモンスターとバトルするときその相手を効果破壊する能力がアル。そして捕食カウンターの乗ったモンスターはレベルが1にナル、この意味が分かるカ?」
「そんな!?」
先ほどUFOタートルにやって見せたように、フライ・ヘルには自力で相手モンスターに捕食カウンターを乗せる効果がある。つまり、タイマンかつ自分から攻め込む場合、あのモンスターに敵はいないことになってしまう。そんなのが相手となると、いくら守備力2800を誇るダイヤモンド・ドラゴンであってもその数字に意味はない。
「わかっているさそんなこと。魔法カード、七星の宝刀を発動!手札またはフィールドのレベル7モンスターを除外し、デッキからカードを2枚ドローする!」
「チイッ……!」
ダイヤモンド・ドラゴンをも踏み台にし、カードをドローする三沢。なるほど、最初からあのカードを壁モンスターにして使うつもりはなかったのか。
「……カードを2枚セットし、ターンエンドだ」
「どうやら、逆転のカードは引けなかったようだナ?ドロー、スタンバイフェイズに業火のモンスター効果、自分フィールドに火の玉トークンを特殊召喚スル」
「わかっているさ、そんなこと!リバースカードオープン、デモンズ・チェーン!この効果によりその効果は無効になり、攻撃もできなくなる!」
業火が収められた壺に鎖が巻きつきがんじがらめに縛りつけ、中の怨霊が出てこれないような封印が施される。これで業火からの攻撃は防げる、だけどまだ場には2体もの攻撃可能なモンスターが存在していることに変わりはない。
「まあいいサ、フライ・ヘルの効果でマスマティシャンに捕食カウンターを乗せてオコウ」
マスマティシャン(0)→(1) ☆3→1
「バトルだ、フライ・ヘルでマスマティシャンに攻撃!」
「……いいだろう、それは通しだ」
「ならこの瞬間、フライ・ヘルの効果発動!マスマティシャンを効果で破壊シ、その元々のレベルをフライ・ヘルは喰らウ!」
マスマティシャンは、戦闘で破壊された時に1枚ドローさせる効果を持つ。フライ・ヘルのモンスター効果で破壊することで、その貴重なドローすらも奪おうという訳か。
捕食植物フライ・ヘル ☆2→5
「補給部隊の効果は効果破壊にも対応する、そちらの効果でカードを引かせてもらうぞ」
「行きナ、イフリート!効果により攻撃力を300アップさせ、ダイレクトアタックダ!」
「させるか!永続トラップ、六芒星の呪縛!六芒星の罠が相手モンスター1体を縛り付け、その行動を封じる!」
「そんな古いカードで命を繋ぐカ、忌々シイ……」
「なにせこの世界に来た時、俺のデッキは持っていなかったからな。ごく少数のカード以外は、ほとんどがアカデミアにあったありあわせの物さ」
言われてみれば、さっき使ってたUFOタートルやダイヤモンド・ドラゴンのテキストもやたら古かった気がする。ATKとかじゃなくて攻、守ってステータスが書いてあったし、リリースじゃなくて生け贄表記だったし。
「フン。これでターンエンドダ」
三沢 LP600 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:補給部隊
光の護封霊剣
デモンズ・チェーン(業火)
六芒星の呪縛
ブラッド・ソウル LP1700 手札:3
モンスター:炎の精霊 イフリート(攻・1・六芒星)
怨念の魂 業火(攻・1・チェーン)
捕食植物フライ・ヘル(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
「俺のターン!」
いくらさっきのターンを耐えきったとはいえ、あのカードはどれも一時しのぎにしか過ぎない。ここで逆転しなければ、今度こそ道はない。だけど、不思議と心配には思わなかった。三沢はよく十代や僕のここ一番での引きをずば抜けていると言って羨んでいたが、僕に言わせれば三沢だって大概だ。三沢に任せておけば、必ず勝ってきてくれる。そんな安心感は、昔も今もまるで変わっていない。
そして、そんな三沢が引いたカードは。
「来たな……!俺は、俺のフィールドに表側表示で存在するトラップカード3枚をコストとして墓地に送る!」
「何ダト!?」
「まさか!」
聞き覚えのある召喚条件とともに、異世界の空にその咆哮が響き渡る。あの赤い体は、3幻神のうち1枚、オシリスの天空竜にも類似するあの禍々しい巨体は、間違いない。
「出でよ、神炎皇ウリア!そしてこのカードの攻撃力は、俺の墓地の永続トラップ1枚につき1000ポイントとなる!」
神炎皇ウリア 攻0→3000
「ふざけた真似ヲ!」
「俺がこの異世界で、なぜデッキも無しに生き延びることができたと思う?このカードを持っていたから、並みの精霊はよほどのことがない限り近寄ろうとしなかったのさ。まずはその伏せカードを破壊する、ハイパー・ディストラクション!」
ウリアの特殊能力の1つ、チェーンを許さずに伏せカードを破壊する能力。しかし、その口から衝撃波が放たれることはなかった。
「ククク……マルタン様から、そのカードについては一応聞いていたサ。三幻魔の1体でありながら人間の側に着いたつまらん精霊として、そしてその弱点もナ。お前は攻撃力こそ墓地に応じて上がっていくが、守備力は変化シナイ。さらに売りの伏せカード除去能力も、召喚成功時に発動させちまえば畏れるに足りないッテナ。俺はお前の召喚時にトラップカード、手のひら返しを発動させてイタ。このカードは元々のレベルと違うレベルを持つモンスターが存在するとき、フィールドのモンスターを全て裏側守備表示に変更スル……ウリアはともかく、俺の場のモンスターは全てレベルが変動している、よって条件を満たすのもたやすいという訳サ」
神炎皇ウリア→???
炎の精霊 イフリート→???
怨念の魂 業火→???
捕食植物フライ・ヘル→???
「そう、か。俺はカードを1枚セットし、ターンエンドだ」
「残念だったナア、せっかくの切り札も不発に終わってヨウ!俺のターン、ドロー!」
「……」
悪魔的な笑いと共にカードを引くブラッド・ソウル。だがもはやそのカードを見ることすらせず、今さっき裏側になったモンスターたちをまた攻撃表示に変更していく。それに対して三沢はエンド宣言以降一言も喋らず、じっと静かな目でフィールドを見つめている。
「バトルダ!フライ・ヘル、裏側になったウリアに攻撃シロ!」
フライ・ヘルが、その名の通り空中を植物とは思えないほど機敏な動きで飛来するそしてその牙が、裏側のカードに収められたウリアにかぶりついて……次の瞬間、灰になって燃え尽きた。
「エ?」
捕食植物フライ・ヘル 攻400(破壊)→神炎皇ウリア 攻3000
ブラッド・ソウル LP1700→0
「エ?」
デュエルの敗者として、静かに全身が消えていく様子を何が何だかわからない、という様子で呆然と見つめるブラッド・ソウル。やがてその視線が、三沢の場に1枚表になったカードの上で止まった。
「最終……突撃……」
「……命令」
セリフの後半を、僕が受け継ぐ。三沢が最後に発動したカードは、最終突撃命令。発動したが最後全てのモンスターを表側攻撃表示で固定する、強力だが諸刃の剣ともなる永続トラップの1枚だ。
「ウリアの弱点といったか?そんなもの、使い手の俺が一番よく理解しているさ。そこが狙われやすいウィークポイントなら、当然対策も取ってある。それがこのカード、最終突撃命令だ」
「そん……ナ……」
その言葉を最後に、消えていくブラッド・ソウル。その姿が完全に風にかき消されたのを確認し、三沢がこちらを向いた。ちょうどその時、僕の作業も終わりを告げた。たまたま繋いだコードがよほど大事な物だったらしく、いきなりどこかの画像が電線と電線の間に投影されたのだ。その画面の向こう側の人物の顔を見た瞬間、三沢の顔色が変わる。僕に対する礼もそこそこに、かぶりつかんばかりの勢いでその画像の前に陣取った。
『誰か、聞こえるか!誰か、この通信を聞いている者はいないのか!?』
「博士!俺です、三沢です!」
博士、との呼称を聞いて、僕もそれが誰なのかをようやく理解できた。あのおじさんこそツバインシュタイン博士……おそらくは人間の中で誰よりも、このモンスターが存在する異世界について詳しいであろう人物だ。
後書き
捕食カウンター、なんでレベル1にしちゃうんでしょうね。コンボ組めるカードは確かに多くなりましたが、いっそ全部レベル5にする効果とかの方が(スターヴ的に)良かったのでは……?今更、しかもユーザー側が考えてもきりがないことではありますが。
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