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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第三章
  第二十六話『ありがとう』

 ある日の午後、高台にある公園から亮が見滝原の街を感慨深げに見下ろしていた。その背後にキュゥべえが現れる。
亮  「やあ、丁度良い時に来てくれたね…」
 キュゥべえは瞬きをして首をかしげた。
亮  「実は今、この街とお別れをしていたところなんだ…」
キュゥべえ「なるほど、君もいよいよ本格的に始動するって事なのかな。」
 亮はキュゥべえの方を向いた。
亮  「キュゥべえ、僕はこれからほむらのいる浜の端に行く。だから翠にその事を伝えて、彼女にも浜の端へ行くように言ってくれないかな。」
キュゥべえ「君の目的はほむらなのかい?それとも翠なのかい?」
 亮は目を閉じ、自分でも判らないと言った風に答えた。
亮  「まあ…どっちも…かな…」
 そして次の瞬間、亮はキュゥべえの目前から消えていなくなって見せた。
 残されたキュゥべえは尻尾をくるりと回すと呟いた。
キュゥべえ「参ったなあ…まあ、翠を諦めればそれで済む事なのだろうけど…」

  ♢

 その日の夜のとばりが下りる頃、魔獣狩りにいつもの公園に行こうと靴を履きかけていた翠の背後にキュゥべえが現れた。
キュゥべえ「やあ翠、出掛けのとこ悪いんだけど、ちょっといいかな?」
 翠はいきなり部屋の中に現れたキュゥべえにちょっとムッとした。いて欲しい時に妙にいないくせにこの出掛けのタイミングで現れた事と、今更ながらにプライバシーの侵害を感じたのだ。翠はキュゥべえに背を向けたまま腰を落とし、靴紐を結びながら不機嫌そうに言った。
翠  「で、何…」
キュゥべえ「実は、君に転属してもらいたいんだけどね…」
翠  「えっ…」
 翠は困惑した。あの超巨大魔獣や響亮の事を考えると、今の見滝原にこそ自分が必要だと考えていたからだ。
キュゥべえ「浜の端という所に行って欲しいんだ。」
翠  「浜の端?」
キュゥべえ「うん。実はね、そこはほむらに行ってもらった場所なんだけどね…」
翠  「えっ!」
 翠はキュゥべえの方に振り返った。
翠  「まさか、ほむらさんに何かあったの…」
キュゥべえ「いや、ほむらは健在だよ。何かあったというよりこれから何か起こりそうなんでね、予め備えておこうと思ってね。」
 翠はキュゥべえの方を向いて立ち上がって言った。
翠  「キュゥべえ、あなたは知らないかもしれないけど、ついこの間ここにマミさんですら滅多に見た事がないって言ってた大型魔獣より、更に遥かに巨大な魔獣が現れたばかりなんだよ。こう言ってはなんだけど、私以外にあんな奴に対抗出来る者はいないと思うよ。見滝原はどうするつもりなの?」
キュゥべえ「う~ん、その魔獣の事なら知ってるけどね…多分、もう見滝原にそんな奴は現れないんじゃないのかな。」
翠  「何それ、知ってて言ってるの?そんなあやふやな憶測で他の子に命を張れって言うの。ここよりも、みんなよりも、その浜の端ってとこが重要だって言うの?」
キュゥべえ「いやあ、そうではないよ。」
 キュゥべえは尻尾をくるりと回した。
キュゥべえ「実はね、翠。響亮が自分は浜の端に行くから君をそこへ呼んでくれって言ったのさ。」
翠  「あいつが…」
キュゥべえ「うん。」
翠  「キュゥべえ、あなたは亮のことを知っているの?」
キュゥべえ「うん。」
翠  「いつから?」
キュゥべえ「う~ん、実際に会ってみたのは割と最近で、丁度詩織が魔法少女になった日だったよ。その存在自体に気付いたのは君が魔法少女になる少し前の事だけどね。」
翠  「どうして黙っていたの?」
キュゥべえ「それを君達に知らせるべきかどうかの判断が出来なくってね。」
翠  「あいつは何者なの?目的は?どんな能力を持っているの?」
キュゥべえ「ハハハ、いや~僕の方がよっぽど知りたいくらいなんだけどねぇ。」
翠  「…」
キュゥべえ「翠、僕だって万能って訳じゃないんだ。僕は僕なりに最善を尽くしているつもりさ。でもまあ、今回の件では対応が悪かったと思っている、その事については謝罪するよ。でもその上で改めてお願いするよ。翠、亮に対抗出来るのは君だけだ。だから亮が向かった浜の端に行って、君にその対応をして欲しい。」
 翠は迷った。必要とされるのは嫌じゃないし、何よりあの亮には翠も深い因縁を感じていた。しかし今の仲間にも愛着があった。彼女達が自分を正しい方へと導いてくれている気がしていた。そしてそれが何よりも自分にとって必要な予感があった。
翠  「でもやっぱり、ここが心配だから…」
キュゥべえ「恐らく亮はもう見滝原には現れないと思う。だからもうここは大丈夫だよ。」
 尚も翠はほむらを引き合いにしてぐずった。
翠  「でも今私、ほむらさんとは会いたくないから…」
キュゥべえ「それがね、亮はほむらが浜の端にいるからそこへ行くって言ったんだ。恐らくほむらは彼の目的の一つなんだよ。」
翠  「えっ、ほむらさんが…」
 翠はほむらを心配した。一度好きになった人を完全に嫌いになるのは難しい事だった。
キュゥべえ「頼むよ、翠。」
 だが翠は煮え切らなかった。
翠  「取り敢えず、他の子に相談してみる…」
 そして翠は玄関から逃げるように飛び出して行った。

  ♢

 夜の公園に詠達三人が集まっていると、そこへ翠がやって来た。翠は深刻そうな面持ちで、他の三人はすぐにそれに気付いた。
詩織 「翠、何かあったの?」
詠  「翠、もしこの前の超巨大魔獣戦の疲れが残っているのなら、狩りは私達だけでやるわよ。私達だって普通の魔獣なら大丈夫なんだからね。」
 翠は顔を上げ、みんなに向かって言った。
翠  「あのね、さっきキュゥべえから転属の打診を受けたの。」
詩織 「転属?」
翠  「うん、浜の端って所に行ってくれって言われたんだけどね…」
直  「えーっ、だって今ここ大変じゃない。翠がいなくなったら…どうするの?」
詠  「どうせキュゥべえはあの魔獣のこと知らないんでしょ。まったく…」
翠  「いいえ、キュゥべえはそれを知っていました。」
詩織 「何それ、それを知っててあなたをここから外そうっていうの?」
翠  「キュゥべえはもうあんな奴はここには現れないって言っていました…」
直  「ホントかよ…」
詩織 「どうしてそんな事言えるのかしら?」
翠  「それは…」
 翠はみんなに亮の事を話すべきか迷った。キュゥべえの情報隠匿には憤ったものの、いざ自分が情報開示側になるとそれを言うべきか否かの判断は難しかった。みんなに余計な心配をさせる必要はなく、亮は自分が倒せばそれで済む事だと考え、結局翠はそれを知らせない事にした。まあ、自分でもよく分からないものの説明が面倒だったことも多分にあるのだが。
詠  「それであなたはどうするつもりなの、翠。」
翠  「私は…」
 翠はみんなを見回した。
翠  「もう暫らくここにいて、キュゥべえの言葉を確かめてから決めようかと思っているのだけれど…」
詠  「そう…じゃあそういう事でいいんじゃないの?」
 詠は詩織と直に向かって言い暗に同意を促した。二人は詠に向かって軽く頷いた。

  ♢

 ほむらは無難に浜の端での学校生活を送っていた。最近魔獣がよく出るようになったと言っても見滝原の比ではなく、魔法少女としての仕事も実に楽なものであった。
 クラスメイトや冴子との日々が平穏に過ぎて行く。ある日男子から告白されるも、鉄壁の〝フ〟の字でそれを撃退してのけるほむら。そんな日常が続いていた。
 そして、その夜がやって来た。
 浜辺でいつものように楽々と魔獣を倒し終えたほむらと冴子の前に、何やら携帯電話で通話している響亮が歩み寄って来た。

  ♢

 その夜見滝原では、早々に魔獣狩りを終えた翠、詠、詩織、そして直の四人が、魔獣空間から出ていつもの公園に戻って来ていた。翠が変身を解くと、途端にポケットの携帯が着信を伝えた。翠自身はそれに少し驚いてしまっていたが、他の三人はどうぞどうぞとばかりに頷いて通話を勧めていた。翠はその流れに促されるように三人に背を向け何歩か歩み出ると、送信者不明の謎の電話に出た。
翠  「はい、葉恒ですけど、どちら様でしょうか?」
 電話をする翠を置いて三人は閑談する。
詠  「最近、魔獣の数も質もめっきり落ちて来たわね。」
詩織 「そうですね。翠もいるし、正直四人も要らないくらいですものね。」
詠  「でもこれなら、誰も犠牲にならずに済むからいいわよ。」
直  「は~…ですが私、カオスキューブのノルマ稼ぎが辛いんですよね、これが。」
 既に電話を切り、独り遠くを見詰めている翠。それに詩織が気付いた。
詩織 「どうかしたの、翠。何、間違い電話だった?」
 そう言われると、翠は他の子の方に向き直して言った。
翠  「突然ですが。私行かなくては、そしてやらなくてはならない事があります。」
 その翠の唐突な発言にみんなは驚いた。
詠  「何?どういう事なの?」
詩織 「電話で何か言われたの?」
直  「誰だったんです、電話の相手?」
 しかしそんなみんなの質問に対してすぐには答えず、翠は暫く天を仰いでからまた視線を戻すと笑顔を作って言った。
翠  「御免なさい。上手く言えないんだけど私には分かるの、自分の使命が、そして運命が。」
 結果として翠はその運命から逃れられなかった。親の期待が子の重荷となるように、今際の陽子の完璧な魔法少女になってという願いは、その真意とは裏腹に呪いとなって翠を縛り付けていた。
 翠の作り笑顔が消えて行く。
翠  「結局これは、私が魔法少女になった時に決まった事、私が求めた願いの帰結なの。」
 完全に笑顔が消え、物寂しげに続ける翠。
翠  「私はもうここには戻っては来られないでしょう。皆さんとはこれでお別れです。」
詩織 「翠、突然何言い出してんのよ。訳分かんないよ、もう…」
 そんな詩織を詠は制し、そして言った。
詠  「そう…そうなのね。それはきっとあなたが魔法少女になった瞬間から背負った宿命なのでしょうね。だから他人の私達にはとやかく言う権利は無いのでしょうね。でもね翠、あなたにはその運命を変える力がある筈よ。だってキュゥべえが言っていたもの、あなたはインキュベーター史上最大の魔法少女だって。」
翠  「キュゥべえがそんな事を…」
詠  「ええ、そうよ。キュゥべえはあなたならこの宇宙すら破壊出来るって。」
 詠は歩み寄り、翠の手を取って続けた。
詠  「だからあなたは自分の運命をその力で変えてしまえばいいのよ。そしてまたここに戻って来てよ。絶体絶命の中どんなに苦しくても、もし一縷の望みがあったのならそれに託して帰って来て。だって私達は大切な仲間だもの。私、あなたの無事を信じて待たせて貰うからね。」
 翠は詠の言葉に感極まって落涙した。そんな翠を詠は抱き締めた。事の重大さに気付いた詩織も翠に歩み寄ると泣き言を言って来る。
詩織 「嫌だよ、翠。幸恵も陽子もいなくなっちゃってて、その上翠までいなくなったら私独りぼっちになっちゃうじゃない。そんなの嫌だよ。」
 涙ながらに翠が諭す。
翠  「あなたは独りじゃないよ、詩織。詠さんも直もいるでしょ。」
詩織 「だって二人共静沼だもの。私学校で独りだよ。」
翠  「いい、詩織。あなたは魔法少女になった時点でそういった覚悟が必要だったんだよ。だから詩織、頑張ってしっかりしてちょうだい。」
 そう言って、今度は翠が詩織を抱き締めた。詩織の耳元で翠が囁く。
翠  「お願い詩織、今は私を安心させて。お願い…」
 詩織は嫌だったが涙ぐみながら翠に応えた。
詩織 「…うん分かったよ、翠。」
 翠は詩織の返事を受け取ると、近くに来ていた直にもハグをした。
翠  「直、あなたも頑張ってね。」
直  「うん、翠。」
 皆がさめざめと泣く中、翠は改めてかしこまるとみんなに向かって別れを告げようとした。しかしその時、詠が翠に釘を刺して来た。
詠  「さよならは、駄目よ。待ってるからね。」
 少し虚を突かれたが、翠は涙を零しながらも笑顔を作ってみんなに言った。
翠  「詠さん、詩織、直、本当にみんな、ありがとうね。」
 そして思いを断ち切るように振り向くと、走り出しながら魔法少女に変身し、夜の闇の中へと消え去って行った。

  ♢

 ほむらと冴子の前に現れた亮は、携帯を切るとそれを投げ捨て、まずは自己紹介を始めた。
亮  「やあ、僕の名前は響亮。ほむら、君は陽子かマミ、あるいは翠辺りから僕の事を聞いているのかな?」
 ほむらも冴子も目前にいる亮という者が、只者ではない事がすぐに分かった。
ほむら「…。」
 ほむらは迂闊に情報を提供する事にならないように沈黙で答えた。
亮  「う~ん、聞いてないのかなぁ…やれやれ、口止めなんてしていないのに魔法少女ってのは口が堅いようだね。それともお互いに信用出来ていないのかな?」
 亮は歩き出し、二人の周りを一定の距離を置いて回りながら少し楽しそうに続けた。
亮  「まあいいや。ところでさあ、ほむらじゃない方の君、えーと冴子だっけ?僕は正直、君には興味が無いんだよねぇ。だから君がここから立ち去るのなら止めはしないよ。どうだい?」
 ほむらは冴子に去って欲しかった。自分の問題に他人が巻き込まれるのが嫌だったからだ。
冴子 「お断りよ!仲間を置いて一人逃げるなんて出来ないわ!」
亮  「ふーん、仲間ねえ…ほむらの方もそう思っているのかな?まあとにかく、このままここにいれば君は確実に死ぬ事になるよ。それでも行かないって言うのかい?」
冴子 「安い脅しね。でもね、たとえそれが本当でも、私は仲間を見捨てたりなんかしないわ。」
亮  「君にとってほむらは、命を懸ける程の最高の友達だって言うのかい?」
 ほむらは最高の友達という言葉を聞いてハッとした。
冴子 「命を懸けるのに最高の友達である必要なんて、無いわ!」
 その冴子の言葉は、更にほむらに衝撃を与えた。
冴子 「私達魔法少女はね、皆命懸けで戦っているの。だから戦友として共に戦う仲間の為に命を懸けるのに、最高なんて必要は全く無いのよ!」
 ほむらは冴子に立ち去るように言おうと思っていた。いや、言いたかったし言うべきであった。しかし冴子の言葉はあまりにほむらの心に突き刺さって来た。ほむらは自分の偏狭さに恥じ入ってしまい、言葉が出せなくなってしまっていた。
 申し訳なさそうに冴子を見るほむらに、言ってやったぜとばかりに冴子はウインクして見せた。
亮  「フウン、まあいいんだけどね、僕は。」
 亮はおやおやとばかりに肩をすくめた。
亮  「でも悪いけど、ほむらにしか分からない事を言うよ。僕はねえ、前の世界の神なのさ。つまりまどかの前の神って訳さ。」
冴子 「あら、随分とお安そうな神様ですこと。」
 冴子の茶々に軽く手を挙げて応え、亮は続けた。
亮  「僕には少し歳の離れた(ゆう)って姉さんがいてね。前の世界、つまり僕の宇宙で魔法少女になったんだ。そして魔法少女になった時、姉さんは気付いたんだ。かつて自分に弟がいた事、そしてその弟が世界を改変して自分が今いる世界になった事に。」
ほむら「…」
亮  「そして更に、自分の弟が紡いだ宇宙が、まどかという魔法少女によって改変される運命にある事にもね。」
ほむら「えっ!?」
亮  「姉さんの魔法具はね、本だったんだよ。預言の書、プロフェシー。でもね、姉さんのその本の力を用いても、どういう訳だかまどかという子がいつ魔法少女になるのか分からなかったんだ。」
 ほむらにはその理由に心当たりがあった。
亮  「そこで姉さんはね、いつやって来るのか分からないまどかから、僕の宇宙を守る為に敢えて魔女となったんだ。ほむら、君は僕の姉さんを知っているんじゃないのかい?」
ほむら「そんな…まさか…じゃあワルプルギスの夜って…」
亮  「そうさ、その通り。僕の宇宙を、僕を守る為に魔女になった姉さんの計画を、台無しにしたのがお前なんだよ、ほむら!」
ほむら「でもワルプルギスの夜は凶悪な魔女よ。たくさんの人があいつの犠牲になっていたのよ。」
亮  「いや、大勢から見ればそんな犠牲は微々たるものだよ。姉さんはきっちりと予測をして、まどかを倒した後急速に弱まるように調整していたんだ。思い出してみろよ。ワルプルギスの夜は結界を張らずに具現化していたろ、あれは激しくエネルギーを消耗するんだ。結界を張らずに具現化出来るんじゃなくって、端っから消えて無くなる為にわざとそうしていたんだ。」
 亮は段々感情的になって来た。
亮  「なのにお前らは、そんな姉さんを何度も何度も傷付けて…。それでも最初の内はまだよかったよ、まどかは弱くって簡単に倒せたからね。でもお前が何度も何度も時間を巻き戻して行く内に、まどかはどんどん強くなって…それでも姉さんは何度もまどかに立ち向かって行って…もう勝ち目が無くなってからも何度も何度も…」
 ほむらは吐き戻してへたり込みたいのを耐えて、辛うじて反論した。
ほむら「でも私は、まどかを魔法少女にしない為にワルプルギスの夜と戦っていたのよ。まどかの方が強くなった後なら、あいつが現れなければまどかは魔法少女にはならなくなっていた筈よ。」
亮  「それは違うな、ほむら。まどかが魔法少女になるのは絶対的運命であって、お前の介在なんて余地は全く無かったんだよ。考えてもみろよ、まどかは初めお前より先に魔法少女になっていただろ。その時点でもうお前の力ではまどかの魔法少女化を止める事は不可能なんだ。せいぜいそのタイミングをちょっとずらすくらいが関の山なのさ。認めたくなくとも、お前のその経験がそうはさせまいさ。」
 ほむら反論出来なかった。
亮  「そしてまどかが姉さんより強くなってしまった後は、この星を滅ぼしてしまう強力な魔女の発生を防ぐ為に、已むを得ず姉さんは世界を守るべくまどかに戦いを挑んでいたのだよ。」
ほむら「でも…でも…」
 亮は苦悩するほむらを見て、余裕を取り戻し落ち着いて来た。
亮  「それにしてもお前たち魔法少女ってのは残忍だよな。もう人に危害を加えないように必死になって自分を抑え込み、深い穴の中でひっそりと堪えていた姉さんの残滓を、わざわざ集団で殺しに来るんだからね。」
ほむら「あなただってこの世界では長く生きられないまどかを、わざわざ呼び出させて苦しめたんじゃないの?」
亮  「ああ、あれねえ。それは知ってたんだ。確かに陽子にまどかをこの世界に転現するように言ったのは僕だよ。でも最終的にそうしたのは陽子の判断だよ。僕は頼みはしたけど強要はしていないからね。それにそうしたのだって僕の優しさからした事なんだよ。よりマイルドな方法で前の宇宙に戻そうと思ったからだし、大体この事で僕は君に感謝こそされても恨まれる事はないんだけどね。」
ほむら「あんな思いをさせられて、あなたに感謝なんかする訳ないでしょ!人の心を弄んで!」
亮  「ははは…君は知らないんだね。いいかい、今の君にはね、前の宇宙を殺した宇宙一個分の呪いが掛かっていて、絶対に神となったまどかには再会出来ないんだよ。」
ほむら「えっ…」
亮  「だからこの心優しい僕が、ついでではあるけれども、せめてまがい物のまどかと再会させてあげたって訳さ。いやあ、まさしくこれぞ神の慈悲ってやつかな。あははは…。」
ほむら「う、嘘よ…そんなの…」
亮  「嘘じゃないさ。僕はねぇ、嘘は吐けないんだよ、ほむら。だって僕は神様なのだからね。」
 驚愕し言葉に詰まるほむらの代わりに、業を煮やした冴子が吠えた。
冴子 「さっきから黙って聞いてりゃいい気になって。大体あんたが神様だって証拠がどこにあんのよ!神って言うなら今すぐここで、奇跡の一つでも起こしてみやがれってんだよ!」
亮  「いいだろう。では神の怒りに触れるがいい!」
 亮は足を海に浸からせながらそう叫ぶと、右手の人差し指を立てて天に向かって突き上げた。するとまるで指し示された天空から闇が広がるが如く星や雲が消え、一気に周囲にも石塔が生え魔獣空間の中のように変化していった。そしてその事に驚いている二人の方にゆっくりと腕を振り下ろし、ほむらを指差すと叫んだ。
亮  「殺された我が宇宙の恨み、受けよ。」
 次の瞬間、亮の背後の海から一斉に大量の巨大魔獣が湧き出て来た。湧き上がった魔獣達はまるで断崖のように壁を成し、その両翼は遥か地平の彼方まで続いていた。
 ほむらと冴子は慌ててその場から飛び退いた。ほむらは特に考えがあった訳ではないが、取り敢えず生存するための最も合理的な意見を口にした。
ほむら「冴子、今は退くしか…」
 しかし冴子の思いは違った。
冴子 「私の町に何をする!」
 冴子はそう叫ぶと、魔獣の壁に立ち向かって行ってしまった。
ほむら「待って冴子!」
 ほむらが矢を放ちながら冴子に叫ぶも、冴子の耳には届かなかった。
冴子 「やらせるものかー!」
 そして薙刀を振るいながら戦う冴子のその姿は、すぐに魔獣の壁の中へと吸い込まれ見えなくなってしまった。
ほむら「冴子ぉー!」
 ほむらが冴子の名を叫ぶ声を聴いて、亮は声を轟かせる。
亮  「暁美ほむら、君はなんて罪深い者なんだ。君に係わった人間は皆不幸になって行くじゃないか。僕の姉さんにしろ、今の冴子にしろ、そしてあの鹿目まどかだってそうさ。だって君さえいなければ、あんな寂しくて何も無い所に永遠に閉じ込められたりせずに済んだのだから。全部君が元凶なんだよ。分かっているのかい、暁美ほむら?」
 ほむらの目から涙が溢れ出した。だがこの絶望的な状況の中、泣きながらも弓を引き続けた。そんなほむらを弄ぶように亮は言った。
亮  「ほらほら、ほむら。前だけじゃなくって横の敵にも攻撃しないと。」
 ほむらはそう言われたからではないが、目前の魔獣をガラス化させたので横の魔獣に矢を放った。しかし次の瞬間、目前のガラス化した魔獣を突き破って出て来た別の魔獣の一撃を受けて撥ね飛ばされてしまった。
ほむら「グェッ!」
 撥ね飛ばされたほむらは塔を二つ突き抜けて、離れた塔の根元に突き刺さった。しかしすぐにほむらは自分の上に乗った岩板を蹴り退けると、尚も弓を引こうとした。
ほむら「う、う、うん?」
 ところがなぜかほむらは弓が引けなかった。そこで自分の右腕を見てみると、それは肘の辺りで完全に折れ、そこから先が力無くブラブラと揺れていたのだった。
ほむら「アーッ!」
 ほむらは叫んだ。痛いからではない。もう自分に戦う術が無い事に、絶望の叫び声を上げたのだ。
 その時、ほむらの頭上から声が響いた。
?  「絶望なんてするな!ほむら!」
 ほむらからそう遠くない、一際高い塔の上に翠がいた。翠はほむらの事をまるで叱り付けるかのように見下ろしていたが、ほむらが翠を見つけ目が合うと前を向き言い放った。
翠  「この世に夢を砕かんとする刃があるなら、私は進んで盾となりその切っ先を受け止めましょう。」
 翠は構えた弓におもむろに矢を番えた。魔獣の壁が迫る。
翠  「この世界に希望を覆わんとする闇があるなら、私は喜んで贄となり我が身を焼いて照らしましょう。」
 翠の番えた矢の先端に光輪が現れる。目前に達した魔獣が拳を振り上げる。
翠  「夢と希望で奇跡を紡ぐ。」
 翠は弓を更に大きく引いた。矢の先の光輪に凄まじいまでの魔力が集まり青白く太陽の如く輝く。その時、魔獣の拳が翠に向かって振り下ろされた。
翠  「受けよ!神をも砕く我が命の一矢、メギド・グランデ!」
 翠の矢は凄まじい閃光と共に放たれた。付近にいた魔獣達は一瞬で消し飛び、メギド・グランデの一矢はその進行上の魔獣を砕け散らせながら飛んだ。そしてその矢が発する衝撃波は魔獣の壁の両翼に広がり、全ての魔獣をガラス化させて行った。
 へたり込んだほむらの眼前にそそり立っていた魔獣の壁は、さながら海にせり出した大氷河の如くバリバリと轟音を立てて崩れ落ちて行った。

  ♢

 魔獣ひしめく海の上空で、亮は妙に清々しそうに言った。
亮  「そうか…。やっぱり魔法は少女にこそ相応しいようだね。」
 するとその亮と背中合わせに宙に浮いているまどかが嬉しそうに答える。
まどか「でしょ。」
亮  「納得したよ。でも、ちょっと悔しいかな…」
まどか「ンフフ…」
 そして二人が光りの粒子となって消えた後、その場をメギド・グランテが通過して行った。

  ♢

 空は塗装が剝がれ落ちるかのように元の夜空へと戻り、周りにあった白い塔も崩れ落ち魔獣の残骸もろとも消えて行った。
 辺りが元の夜の浜辺へと還って行く中、高い塔の上にいた翠が力無く落下していた。
ほむら「翠ぃ!」
 ほむらは翠の名を叫ぶと、落ちて来る翠を受け止めるべく走った。空中で飛び付くも、二人は地面に落ちて転がった。ほむらは左手一本でどうにか翠を膝の上に抱え込んだ。
ほむら「翠…」
 名を呼ばれ、うっすらと目を開ける翠。
翠  「ああ、ほむらさん…」
 翠は弱々しく答えると、その右手でほむらの折れた右腕に触れた。ほむらの右腕は鈍く光り、接合され元に戻った。
ほむら「止めて翠、そんな事しないで。」
 翠は虫の息で言う。
翠  「ごめんなさい、ほむらさん…私はあなたに勝手な理想を懐いて、それを押し付けてしまいました…」
 翠はもう目が見えないのか、時折ほむらから視線を外してあらぬ空の彼方の方を見た。
ほむら「そんな事はどうでもいいよ。だから翠、逝かないで…」
翠  「ほむらさん…最後に一つ、お願いをしてもいいですか…」
ほむら「何?翠、何でも言って。」
翠  「最後に…笑顔を見せて頂けませんか…」
 ほむらは一瞬笑顔を作ろうとしたが、溢れ出る涙がそれを許さなかった。
ほむら「無理だよ翠。だって仲間がいなくなるのはとても悲しいもの…」
 翠は幽かに微笑むと言った。
翠  「そうですか…ありがとう…」
 そして消え散る刹那、口走った。
翠  「あっ、まどかさん…」
ほむら「えっ!?」
 翠は消え、僅かに左のお下げを結んでいたリボンが残った。辛うじてほむらの指に引っ掛かっている状態のそのリボンを、風に取られまいと慌ててほむらは抱き締めた。そしてとても大事そうにそれを握り直すと、立ち上がって空を見上げて語り掛けた。
ほむら「まどか、翠を宜しくね。あなたの紡いだこの世界を守ってくれた、とってもいい子だから…だからどうか、宜しくお願いね。」
 いつの間にか夜は明け始め、辺りは段々と明るくなっていった。そこへどこからともなくキュゥべえがのこのことやって来て、ほむらに話し掛けて来た。
キュゥべえ「いやー、今回はあれだけの魔獣を倒したっていうのに、全くと言っていい程カースキューブが手に入らなくって残念だったね。まっ、こういう事もあるさ。」
 ほむらは、キュゥべえのこの状況でのその物言いと、一体誰にとって残念だと言っているのかが不明な点に、思わず吹き出してしまった。
ほむら「フッ…。そうね、あなた達はそういう奴らよね。」
 そして水平線から顔を出した太陽から朝陽を受けると、ほむらはそれを確かめるように目を細めて一度見、くるりと振り向いて浜辺を後に歩き出した。

                               <完> 
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