SECOND
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第一部
第二章
第十六話『どうか完璧な魔法少女になって』
ほむらが気が付くと、朝になっていた。ほむらはソファーに寄り掛かってそのまま眠ってしまっていた。知らぬ間に毛布が掛けられていた。台所から鼻歌と料理をする音が聞こえていた。
ほむら「まどか!?」
ほむらが毛布を撥ね除けて台所に向かうと、そこには妙に楽しそうなまどかが朝食の用意をしていた。
まどか「あっ、ほむらちゃんおはよう。」
そのあまりの屈託のない声に、ほむらもつられて答える。
ほむら「うん、おはよう…」
まどか「もう出来てるから、早く席に着いて。」
言われるがままにほむらが席に着くと、朝食のフレンチトーストが出て来た。ココアパウダーの入ったカップにヤカンの沸き立てのお湯を注ぐと、まどかも席に着いた。そしてまどかは手を合わせ、一礼をする。
まどか「ほむらちゃん、頂きます。」
それを見たほむらは、まどかが自分を促していると思い、同じように手を合わせた。
ほむら「まどか、いただきます。」
二人は食べ始めた。
まどか「これはうちの、鹿目家の定番メニューだったんだけど、上手く出来てるかなぁ。どう?ほむらちゃん。」
ほむら「うん、とっても美味しいよ、まどか。」
まどか「そう、良かった。」
暫く沈黙の中、食事は進んだ。ほむらは昨日の唯の話の中で、一つ気になっていた事があった。
ほむら「ねえ、まどか。いつもお昼はどうしているの?」
そう問われたまどかは、まるで待ってましたと言わんばかりに答えた。
まどか「じゃーん!はい、これ。」
まどかはお弁当を二つ取り出した。
まどか「こっちがほむらちゃんので、こっちが私の。」
そう言ってまどかは、二つの内の一方をスーッとほむらの方に差し出した。
ほむら「そう…ありがとう。」
ほむらはそれ以上何も言わなかった。不必要な事を言ってまどかの好意を台無しにしたくなかったからだ。
そして朝食を済ませると、ほむらは身支度をしていつもより早く学校に行く事にした。まどかの作ったお弁当を最後に鞄に詰め込むと、玄関でまどかに挨拶をする。
ほむら「じゃあ行って来るね、まどか。」
まどか「はい、行ってらっしゃい、ほむらちゃん。」
まどかは妙に嬉しそうに返事をした。
♢
登校中のほむらは焦っていた。昨日の夜は眠ってしまっていたのだから、もし狩りがあったのなら連続の無断欠務となり益々立場が悪くなってしまう。しかしマミが亡くなりあれだけの事があったのだから、普通狩りなんてしようと思わないものではなかろうか。もししたとしても何らかの連絡があった筈ではなかろうか。ほむらはもはや、昨夜は狩りが無かった事を祈るような気持ちになっていた。とにかく翠か陽子を見つけなければと、ほむらは必死だった。そしてほむらは幸運にも一人でいる陽子を発見した。正直、今の翠には気不味くて話し掛け辛かったのでこれは非常に都合が良かった。
ほむら「陽子さん、お早う。」
陽子は〝えっ?〟とばかりに驚きながらも、挨拶を返した。
陽子 「お、お早う御座います、ほむらさん。お加減はもう宜しいのですか?」
そう言われて、今度はほむらの方が〝えっ?〟と驚く。しかし今のほむらには驚いている暇はなかった。
ほむら「ええ、まあ、何とか…ところで昨日の夜の事なんだけど…あなたはどうしていたのかしら?」
陽子は質問の意味が分かり兼ねると言わんばかりに、怪訝な顔をしながらも答えた。
陽子 「まどかさんから聞いていないのですか?」
ほむらはなぜ急にまどかの名が出て来たのか訳が分からなかった。まどかが連絡を受け、それを自分に伝え忘れていたのだろうか。それとも自分を気遣って勝手に病欠を宣言したのか。だからあの笑顔だったのだろうか。しかしそれなら自分に一言あってもいい筈だ。こうなったらそこはかとなく聞き出すなどと考えず、単刀直入に聞いた方が良い。そう思ったほむらが陽子に何か言おうとした時、突然幸恵と詩織がそこに現れた。
幸恵 「あら、陽子おはよう。そちらは確か暁美先輩ですよね、お早う御座います。」
ほむらは〝誰だ、こいつ〟の思いで一杯だったが、とにかく今は早々に御退場願わなければならない。
ほむら「ええ、おはよう。でも申し訳ないんだけれど、私はあなたの事を知らないの。ごめんなさいね。」
ほむらは〝今は遠慮して〟波を全開で発したが、幸恵には全く効かなかった。
幸恵 「あら、覚えていらっしゃいませんか?以前、私達が陽子に対して大変悪い事をしてしまっていた所を、ご注意して頂いた者なのですが。」
幸恵は自分とほむらの間には過去に接点がある事を主張して見せたが、ほむらは幸恵に全く興味が持てず、ただひたすらに早くどこかに行って欲しかった。しかし幸恵達は最後までいなくならず、結局陽子の教室に到着して時間切れとなった。
ほむらは自分の教室に項垂れて入って来ると、そのまま自分の席で突っ伏してしまった。そこへ、担任の早乙女先生が教室に入って来た。
早乙女「はい、皆さん。今日は転校生が来てます。早速だけど、それじゃあ自己紹介いってみよう!」
まどか「鹿目まどかです。宜しくお願いします。」
その声に弾かれるようにガバッと起き上がったほむらは、我が目を疑った。そこには笑顔のまどかが立っていた。呆然とするほむらをよそに、まどかは指定された席に着くと、ほむらの方を見てニコリと笑った。
ほむらはすぐにでも二人きりになって話がしたかったが、まどかの人気は高く休み時間ともなればその周りにはあっという間に人だかりが出来てしまう。
仁美 「こんな事を言ったらおかしいのですけど…私、まどかさんの事、不思議と初めてお会いした気がしませんですのよねぇ。」
まどか「うん、私もだよ。…ところで仁美さんってさあ、彼氏とかいるの?」
仁美 「ええー、いくらなんでもそのような事…」
女生徒「あら、仁美ったら。恭介君とはどうなってるのよ。」
仁美 「恭介君とはまだお友達ですのぉ。お付き合いしてるだなんて言えませんのよ~。」
ほむらをよそにガールズトークに花が咲いていた。
お昼になった。
仁美 「まどかさん、御一緒に学食に行きませんこと?」
まどか「うん、ありがとう。でも私、今日お弁当を持って来てるから…」
仁美 「大丈夫ですわよ、うちの学食は持ち込みしても問題ありませんですから。」
女生徒「お茶とかも飲み放題だし、みんなで一つのテーブルで食べれるから行きましょうよ。」
まどか「うん…」
まどかは自分のお弁当を取り出すと、ゆっくり立ち上がった。すると周りの子達に腕を組まれて引っ張られた。それでもまどかは気になって、ほむらの方に目を向けた。
仁美 「ああ、あの方。あの方は暁美さんと仰るのですけど、彼女騒がしいのお嫌いですから。」
女生徒「そうそう。それにあの子は学年成績トップで頭良いから、私達とは話が合わないのよ。」
まどか達が去った後、独りほむらはまどかの作ってくれたお弁当を取り出すと、一度手を合わせてからそれを食べ始めた。しかしこれでは折角のまどかお手製のお弁当も、美味しさ半減だった。
放課後、部活動などで人数は減ったものの、やはりまどかには人が付いた。ほむらは翠か、出来れば陽子に昨夜の事を聞きたかったが、もうそれどころではなくなってしまっていた。ほむらはまどかに一瞥をくれると先に帰って行った。それを見たまどかも帰宅を急いだ。
まどか「私、今日早く帰らなきゃ。」
仁美 「そう。それではみなさん、途中まで御一緒に帰りましょう。」
帰宅路の途中、最後に残った仁美が提案して来た。
仁美 「ねえ、まどかさん。あそこのバーガーショップにでも行きませんこと。お代金は私がおもちしますわ。」
まどか「うん、ありがと。でもほんと今日は早く帰らなきゃいけないから。」
仁美 「そうですか、残念です。では、私はこちらの方ですので…」
まどか「うん、じゃあね。また明日。」
まどかは仁美と別れると、急いでほむらの家へと走った。そこに到着すると、玄関の扉に寄り掛かってほむらが待ち構えていた。
ほむら「説明して貰えるのかしら?」
まどか「あはは、部屋の中でじゃ…ダメかな…」
ほむらは扉を大きく開くと、先に中へ入った。ほむらは怒り狂いたい気持ちを抑え、居間の奥の席に鎮座すると、まどかの弁明を待った。まどかが遅れてやって来る。
まどか「ほむらちゃん、お茶入れようか?」
まどかが取り繕うように言ったが、ほむらは何も応えなかった。
まどか「お弁当、どうだった?」
まどかは笑顔で聞くも、ほむらは黙ったままだ。そのまま暫く沈黙が続いたが、二人はほぼ同時にそれを破った。
ほむら「私はねー…」
まどか「キュゥべえに頼んだの!」
ほむらは困惑した。
ほむら「でもキュゥべえは、あなたに何もしてくれないんじゃなかったの?」
まどか「実はね、昨日キュゥべえと契約したの。」
ほむら「キュゥべえと契約って、だってあなたは…」
まどか「契約って言ってもね、魔法少女になるってのじゃなくてね、口約束をしたの。」
ほむら「口頭契約って事ね…それでどんな契約をしたの?」
まどか「私も魔獣と戦う代わりに、卒業するまで学校に行かせて貰うって契約をしたの。」
ほむら「なっ!」
ほむらは激高した。
ほむら「あなたはそれがどういう事を意味しているのか分かっているの!この世界にはグリーフシードは無いのよ。あなたのソウルジェムを回復させる手段が無いの。だからソウルジェムは一方的に輝きを失っていくだけなのよ。そしてそれは確実にあなたの破滅を意味するのよ!」
まどか「分かってる、分かっているよほむらちゃん。」
ほむら「分かってない、分かっていないわまどか!私がそうならないようにどんな思いをして来たか…私はそうならない為に…私は…」
まどか「半分、半分までだよほむらちゃん。私のソウルジェムの輝きが半分になるまで戦えば、卒業まで学校に行かせて貰うって契約したの。ねえ見てほむらちゃん、私昨日狩りに行ったの。でもほら、一戦したくらいじゃそんなに輝きを失ってないでしょ。」
まどかはソウルジェムを掲げて必死に訴える。
まどか「ほむらちゃん、私ね、卒業したいの中学。さやかちゃんの分も含めて卒業したいの。ダメなの、ねえダメなのかなぁほむらちゃん。私がそんな事願っちゃ許されないのかなぁ。ねぇ、ねぇ!」
まどかはべそを掻いてほむらに懇願した。ほむらは肩を落とし消沈した。
ほむら「半分…まで、だよ…。」
ほむらは辛うじてそう言って、折れるしかなかった。
♢
夜になった。まどかがほむらに催促する。
まどか「ほむらちゃん、昨日はね、いろいろあって大した事はしなかったの。それでその時、また明日から本格的に狩りをしようって話になったんだよ。」
ほむらは〝一戦したんじゃなかったのか〟とも思ったが、それ以上に唯や翠の事を思うと気が重かった。
ほむら「そうね、もう行かなくっちゃね。」
まどか「うん!」
ほむらとは対照的に、まどかは高揚していた。
夜の公園へ行くと、他の四人の魔法少女が待っていた。
唯 「これはこれは、同伴の重役出勤とは恐れ入るねぇ。」
唯は、性懲りもなく遅れてやって来たほむらにチクリと嫌味を飛ばした。しかしそれを聞いた詠が唯をたしなめる。
詠 「どこかの誰かさんが精神的に追い詰めるから、体調が優れないんじゃないのかしら?」
その唯と詠のやり取りに、不思議そうな顔をする翠と陽子。そんな翠は目を合わせようとせずにほむらに尋ねた。
翠 「ほむらさん、お加減は宜しいのですか?」
だがその翠の気遣いに対し、ほむらも目を合わせようとせずに軽く受け流すだけだった。
ほむら「ええ、大丈夫よ。気にしないで。」
唯 「ところでさあ…俺昨日も思ったんだけど、マミさんがいなくなっちまってさあ、俺達やっぱまとまりがないんだよな。だからさあ、改めてリーダーを決めとく必要があると思うんだよねぇ。どう、みんな?」
もっともな意見ではあった。まどかは別にして、この中で一番の古参はほむらだった。全員の視線がほむらに集まる。
ほむら「今の私に、みんなの信頼を受ける資格は無いわ。」
唯 「だな。」
次は翠だった。同様に翠に視線が集まる。翠は迷った。年齢的に自分は若輩の方だし、それに正直リーダーなんてタイプじゃない。
詠 「翠、実力的にいってもあなたがやるべきだと私は思うわ。」
陽子 「私も翠ちゃんが良いと思う。」
詠は翠に期待をしていた。唯だって翠の実力は認めて、いや恐れていると言っていい。唯の暴走を翠なら止めてくれるかもしれない。
ほむらも同じ思いだった。陽子は器じゃないし、静沼中の子は信用出来ない。
ほむら「翠、私もあなたが適任だと思うんだけど…」
今度のほむらは願うような目で翠を見て言った。そのほむらの言葉に促されるように、翠は軽く頷いた。唯は翠に催促する。
唯 「じゃ、決まりだな。早速頼むぜ、リーダー。」
翠 「ではただ今から、魔獣狩りを決行いたします。」
♢
結界の中は雨が降っていた。
唯 「おい、これって…」
詠 「ええ、そうね…」
唯と詠だけではなく、翠と陽子も落ち着かない様子だった。ほむらとまどかは雨が降っている事以上に他の魔法少女達の反応が気になった。誰彼へと無くまどかは言ってみた。
まどか「雨が降ってるね。」
唯 「ああ、マミさんが殺された時も降っていたよ。」
翠 「マミさん言ってました、魔獣空間で雨が降る事なんて無かったって。それにその時の魔獣達の様子も変だったんです。」
詠 「とにかく気を付けましょう。」
陽子 「あっちの方にいるみたいだけど…」
陽子の指摘通り、少し離れた場所に魔獣達の気配があった。
唯 「リーダー、どうすんだ?」
翠 「…そうですね、行ってみるしかないでしょうね。各自充分注意して下さい。」
六人が魔獣の気配がする方へと近付くと、まるでそれは逃げるかのように遠退いて行った。
陽子 「ほむらさん、今までこんな事ありましたか?」
ほむら「いえ、こんな事は初めてだけど…」
その時、翠が突然号令を掛けた。
翠 「みんな!止まって。」
急いで近付けば追い付けそうではあったが、翠は一旦の停止を求めた。翠の許に全員が集まる。
翠 「明らかに何かおかしい気がするんだけど…。」
詠 「私もそう思うわ、なんだか不気味な感じがするの。今日は狩りを中止するって手もあるわね。」
唯 「でもよう、昨日だって雨こそ降ってなかったけどよ、魔獣が殆どいなかったのは一緒じゃん。こないだ大量に倒したんだから、数が少ないのは不思議じゃないぜ。そんな事言ってたら、魔獣狩りなんて出来ないんじゃないの?」
唯の意見は間違ってはいないが、誰の賛同も得ないと思われた。が、意外にも陽子が同調して来た。
陽子 「私としても狩りをするのならして欲しいかな、今日は六人もいるし。正直、私カースキューブのノルマ、ちょっときついんだけど…」
翠 「え!あれってノルマなんてあるの?」
翠のその発言に、まどか以外の他の子は少し驚いて見せた。陽子は自嘲気味に言う。
陽子 「はは、翠ちゃんには分からないよね…」
翠は迷った。翠の中で継続と中止の天秤は丁度真ん中にあった。そんな時、
ほむら「でもやっぱり危険は冒せないでしょ、だから中止にしましょうよ。」
と、とても嬉しそうにほむらは中止を求めた。その発言は、ほむらがまどかに戦わせたくないが故に言っている事が明白だった。そしてそれは、翠自身が気付けない程の小さな嫉妬を生んだ。かくしてほむらの投げ込んだ言葉の小石は、翠の心の天秤に当たり、それを傾けたのだった。
翠 「もう少しだけ追ってみましょう、何か発見があるかもしれないし…」
それも正論だった。詠もほむらも反論の材料が無い。
一行が再び魔獣達を追い始めると、今度は容易に接近する事が出来た。逃げ足が急に遅くなったのだ。程なくして魔獣の一団に追い付くと、それが想像以上に小規模な集団である事が分かった。
唯 「何だよこりゃ。俺一人でも行けるぜ。」
そう言った唯は陽子の方を見て誘った。
唯 「ノルマ稼ぎと行こうや!」
それを受けて陽子は、一旦翠の方を見て確認を取った。翠としても行くなとは言えず、頷いて了解するしかなかった。
二人が飛び出すと詠は無言で動き出し、的確に二人を援護し始めた。
翠はほむらの方を向いて言った。
翠 「二人は周辺警護をお願いします。」
事実上の不戦容認指令で、まどかを気遣うほむらを気遣ったものだった。その言葉を残して、翠も魔獣の群れへと向かって行った。
地雪崩的に始まった戦闘は、ほぼ瞬殺状態で終わった。最後の一体を唯が陽子に譲って、それを陽子が倒すと束の間の静寂が訪れた。
唯 「やれやれ、中止にしなくて良かったぜ。」
唯は陽子にウインクして見せた。陽子は小さく頷いて、少し照れた。
と、次の瞬間。それは起こった。ほぼ魔法少女達を中心とする同心円上に、大量の魔獣の気配が現れた。
唯 「罠だ!囲まれたぞ!」
しかしほむらにはその意味が分からない。
ほむら「罠ってどういう事?」
唯 「お前は知らないだろうがな、マミさんが殺られた時もこんな風に囲まれて退路を塞がれたんだよ!」
ほむら「魔獣が組織的に動いているって言うの?」
唯 「そうさ。」
ほむら「あいつらに知性があるって言うの?」
唯 「それは…分からないけど…雨が降ってると利口になるんじゃねえのか?」
ほむら「そんな、馬鹿な…」
唯 「ハンッ、馬鹿はおめーだろ。」
ほむら「あんたねえ…」
唯の物言いにさすがにムッとしたほむらだが、まどかが諭す。
まどか「ほむらちゃん!そんな事言ってる場合じゃないよ。」
詠 「そうよ唯。大体あなたが狩りの継続を訴えたんでしょが!」
唯 「お、俺は一つの意見としての案を言っただけだろ…決めたのはリーダーの翠だぜ。おい翠、どうすんだよ!」
翠 「とにかく、結界の出口に向かいましょう。」
♢
魔獣達は明らかに意思を持って行動していた。一行の退路を塞ぐように動きの速い中小の魔獣がその進行軸線上に集まって来ていた。そしてもはやセオリーとばかりに、結界の出口付近には一際大きい魔獣が待ち構えていた。また前方とは別に、周囲を取り囲むように魔獣達が迫って来ていた。
翠は自分がメギドを連発すれば比較的容易にこの危機を脱せるとは思っていた。しかしマミの言葉が頭をよぎる。マミはなぜ自分にメギドの使用を制限したのであろうか、翠にはやはりその理由は分からなかった。が、あのマミが言ったのだから何か意味があるに違いがなかった。翠にとってマミもまた、ほむら同様敬愛して止まない存在だった。その言動は死して尚、翠を縛り続けていた。
翠 「皆さん、聞いて。まず私がメギドで前方に道を作ります。そしたらすぐにそこを通って五人で結界の出口まで行って、あの巨大魔獣を倒してください。そしてそれを倒せたら、私を待たずに速やかに結界から出てください。」
まどか「でも、それじゃあ…」
翠 「大丈夫です。私は武器の特性上、一人で戦った方が力を発揮できますから。それから…」
全員が翠に注目している。
翠 「今日は誰も死んだりしませんよ。いいですね、皆さん。」
全員が頷いて見せた。
翠はメギドを撃つべく大きく弓を引いた。矢の先に魔力の光輪が現れ、まどか以外の者は翠から離れる。
翠 「まどかさん、もっと下がって!」
まどか「え?」
翠の近くにまだいるまどかを、ほむらが慌てて引っ張って離す。
翠 「マキシマムドメギド!」
翠の許から凄まじい衝撃波が発し、突風を巻き起こす。
まどか「え!」
マキシマムドメギドはその射線上の魔獣達を砕け散らせながら、そこに道を作った。
翠 「さあ!」
翠の言葉に弾かれるように、まず詠と唯が飛び出して行った。それに続く陽子が翠に声を掛ける。
陽子 「翠ちゃん、無理しないでね。」
翠 「陽子こそ。」
そして驚愕して翠を見詰めるまどかを、ほむらが促す。
ほむら「まどか!早く、行くよ!」
まどか「う、うん…」
まどかは後ろ髪を引かれる思いでほむらの後を追った。
一人になった翠は塔の上に陣取って、周囲に矢を放ち始めた。
♢
翠のマキシマムドメギドはさすがの威力で、出口を塞ぐかのように立つ巨大魔獣まで魔法少女達を遮るものは何も無かった。
唯 「さて、俺達の宿題はどう片付けようか?」
詠 「マミさんがいればねぇ…さすがに一撃で倒すのは無理だから、まず足を切ってバランスを崩させるのはどうかしら?」
ほむら「そうね、私が囮になって魔獣の気を逸らすから、その隙に唯と陽子で出来るだけ魔獣の手足を切って貰おうかしら。」
唯 「ああ、やってやるぜ。」
陽子 「うん、がんばる。」
ほむら「詠は他の魔獣に邪魔させないように援護して。」
詠 「ええ、いいわ。」
まどか「ほむらちゃん、私は?」
ほむら「まどかは…翠の退路を確保しておいてあげて。それじゃあみんな、すぐに行動に移るわよ。」
巨大な魔獣は厄介な相手ではあるが、魔法少女が集団で戦えば倒しようは幾らでもあった。ほむらは巧みに魔獣の気を引き、唯と陽子もその手足に切り込みを入れて行く。やがて魔獣が倒れ込み、トドメを刺すチャンスが訪れた。唯は、最初は自分がトドメを刺そうと思っていたが、急に魔力の消耗が惜しくなった。
唯 「陽子、君がターミネートするといい。」
どう見てもその場で唯がすればそれで済む所だったが、陽子はそれを唯の好意と受け取って無理をする事にした。
陽子 「サンシオン!」
陽子は大技を繰り出して巨大魔獣の首を切り落とした。大量の魔力を使い、よろける陽子。それを見て、詠は慌てて陽子の許に寄って来た。
詠 「陽子!大丈夫?」
陽子 「うん、私は平気。…それより、翠ちゃんは?」
詠 「翠はまだ来てないみたいだけど…あなたかなり疲れてるようだから、すぐに出た方が良いわよ。」
陽子 「うん、ありがとう。でも詠さん先に行ってて、私やっぱり翠ちゃんを置いては行けないから。」
そして詠を振り切るように、陽子は翠がいると思しき方へと行ってしまった。
そこに唯がやって来る。
唯 「おい詠、陽子はどうしたんだ?」
詠 「それが…翠を探しに行ってしまったのよ。」
唯 「えーっ!翠の実力なら問題ないだろうに…仕方ない、俺達だけでも先に出ていようぜ。」
詠 「…ねえ唯、どうしてさっきはあなたが魔獣にトドメを刺さなかったの?」
唯 「そっ、そりゃあ…陽子に手柄を譲ってやったんだよ。」
詠 「そう…、ならあなただけ一人で結界から出てるといいわ。私はここでみんなを待つから。」
唯 「詠…」
♢
まどかが近付く魔獣に矢を撃っていると、その横を陽子が通り過ぎて行った。そこへほむらがやって来た。
ほむら「まどか、巨大魔獣を倒したわ。だから作戦通り、今すぐここを出ましょう。」
まどか「ほむらちゃん、今陽子ちゃんが行っちゃったんだけど、どうしたのかなぁ。」
ほむら「まどか…陽子は翠の所に行っただけ。そして翠なら大丈夫、彼女の実力はあのマミよりもずっと上よ。さあ、私達は足手纏いにならない内に、早くここを出てしまいましょう。」
まどか「でも変だよ。翠ちゃんちっとも来ないし、魔獣達の様子からしても近付いて来てもいないみたいだよ。」
ほむら「まどか…もし何かあったとしても、今陽子が行ったからいいでしょ。私達の役目はもう終わったのよ。」
ほむらはイラつく心を抑えてまどかを諭そうとした。しかし相手に対してイラついていたのは、まどかも同じだった。
まどか「ほむらちゃん…先に行ってて。」
そう言って、まどかは陽子の後を追うように飛び出して行ってしまった。
ほむら「あーもう!まどくぁ!あ~っ!」
ほむらはヒスを起こし、頭を抱え、地団太を踏んだ。そしてまどかの後を追った。
♢
崩れた塔の残骸の隙間から、近寄って来る魔獣に魔法の矢が放たれていた。瓦礫に挟まれ力無く横たわりながら必死に弓を射る翠を、最初に見つけたのはまどかだった。
まどか「翠ちゃん。今、助けるからね。」
翠 「まどかさん…あの巨大魔獣は倒したんですね。」
まどか「うん、あれはみんなでやっつけたよ。」
まどかは翠の足の上に載っている塔の瓦礫に肩を入れ全身の力でなんとか撥ね退けた。そして翠の足が二本共、あらぬ方へと曲がっているのを見た。
翠 「そういう事です。さあ、もう行って下さい。」
まどか「だったら担いで行くまでだよ。」
翠 「フフフ…」
翠は突然笑い出した。
翠 「あなたが私を…逆ならまだ分かりますけどね。まどかさん、前にマミさんの部屋で握手をした時の事は覚えていますよね。あの時、私の魔力があなたの魔力を打ち消した事はあなたも感じたんでしょ。だから怪訝な顔で私を見て手を放しましたよね。私にも理由や原理は分かりませんけど、どうもあなたと私は触れる事によって互いに相手の魔力を打ち消してしまう相反する存在のようです。そしてここで問題なのは、あなたが打ち消す私の魔力は私にとっては微々たるものなのですが、私によって打ち消されるあなたの魔力があなたにとってはあまりにも甚大だってことです。そうでしょ、私には分かっていますよ。そんなあなたが私を背負って魔獣の群れの中を突っ切ろうだなんて、それは無理があるお話でしょ。」
まどか「翠ちゃん…」
翠 「でも一人なら何とでもなる。現に今もここまで来れてる。さあ、行って。そしてみんなに伝えて。お願い。」
まどか「…。」
まどかは下を向いて歯を食いしばっているように見えた。
翠 「リーダー命令です!今すぐここを離れ、退却しなさい!」
するとまどかは翠の胸倉を掴み、壁に押し当てるようにして持ち上げて、怒ったような泣いているような震える声で言った。
まどか「今日は誰も死なないんだろ。」
そしてそのまま自分が振り向いて翠を背中に乗せると、その両腕を肩越しに引っ張って背負い込んでみせた。ヨロヨロと歩き出すまどか。
翠 「止めて!こんな事したって一人死ぬだけで済むところが二人死ぬ羽目になるだけじゃない。」
まどか「黙れよ。口動かすんならその前に手でしっかり私を掴めよ。そうすりゃ私の負担が減るんだよ。」
しかしそんなまどかの前に小型の魔獣が現れ攻撃を受けると、まどかは不様に横に跳び退ける事しか出来なかった。その魔獣は結局、地面に投げ出された翠によって仕留められた。
翠 「ククッ、クククク。これは…酷いわね…」
と、そこへ陽子が現れた。陽子は翠の足にすぐに気が付いた。
陽子 「翠ちゃん、大変!」
翠 「陽子!良かった、いい時に来てくれた。私はいいから、そこにいるまどかさんを連れて行ってあげて。」
陽子 「大丈夫だよ、翠ちゃん。今、治してあげるからね。」
そう言うと陽子は翠の足を整えて、折れている所に手をかざした。
翠 「えっ陽子、何してるの?」
陽子は苦しげに、しかし笑顔で応える。
陽子 「すぐ済むからね…」
翠が混乱から冷静さを取り戻して陽子の魔力が酷く弱っている事に気付いた時、陽子は残り総ての魔力を使い切って円環の理に従い消えようとしていた。
陽子 「翠ちゃん、どうか完璧な魔法少女になってね…」
そして陽子はその言葉と青い髪飾りを残して消滅してしまった。
翠 「陽…子…」
翠の足は治っていたが、そんな事は今はどうでもよかった。翠は震えながら、ぎこちなく手を伸ばして陽子の髪飾りを拾おうとした。だが寸でのところで、その髪飾りはまどかによって取り上げられた。
翠 「そっ、それ…返して…」
まどか「欲しけりゃ奪い取りな。」
そしてまどかは陽子の髪飾りを持って、放心する翠を残したまま行ってしまった。
♢
全力で出口の方に向かうまどかを、ほむらは見つけるとすぐに近寄って尋ねた。
ほむら「まどか、一体どうなってるっていうの?」
まどか「陽子ちゃんは消滅しちゃった。翠ちゃんは今私を追い掛けて来てる筈。出口へ急ごう。」
ほむら「えっ何?訳分かんないよ、もう!」
結界の出口付近では、詠と唯が魔獣と戦ってそこを確保してくれていた。もっとも、出口を塞ぐようにしていた巨大魔獣が倒されると、他の魔獣達は統制が効かなくなったようにバラバラに動き、特にそこが激戦区になっていたわけではなかったのだが。
まどかが二人に叫ぶ。
まどか「二人とも、今すぐ結界から出て!」
そしてまどかとほむらは、二人でそのまま魔獣空間から離脱してしまった。
詠 「唯!私達もすぐに出ましょう。」
唯 「ああ…」
詠と唯も、それに続くように急いで結界から出て行った。
♢
夜の公園はとても静かだった。一息ついた詠が、先に結界から出た二人に詳しい状況を聞こうとした時、背後から翠が出て来た。翠は矢を番え殺気を放っていた。
唯 「うわっ!」
その凄まじい殺気に気圧されて唯は跳ね退き、詠も後退りして翠に道を譲った。翠はまどかに矢を定めて歩み寄った。
ほむら「何なの翠、止めなさい。」
ほむらがそれを遮るようにまどかの前に出ると、まどかは更にそのほむらの横を回り込んで前に出て、文字通り矢面に立った。
まどか「ほむらちゃん、いいの。」
まどかは翠に近寄って行き、その矢の切っ先が胸に当たるように立つと、陽子の髪飾りを両手で掲げるようにして翠に差し出した。この時、翠は陽子の言葉を思い出していた。あのまどかに気を付けろと言う言葉を。
暫しの沈黙の後、弓を下ろした翠は奪い取るようにまどかからその髪飾りを受け取った。そして体を反転させてまどかに背を向けると、それを胸に抱いて目をつぶった。
事態の把握がままならない詠は、それでも今確かめておくべきだと思い、誰にと無く尋ねた。
詠 「陽子は…」
翠 「陽子は…円環の理に帰しました。」
詠は翠が答えた事は意外だったが、一つの提案もしくは結論を言うべきだと考えた。
詠 「暫くは、狩りを控えましょう。」
その意見にほむらは飛び付いた。
ほむら「そうね、こんな状況では被害が増すばかりだわ。今後は全面的に魔獣狩りを止めるべきよ。」
詠はそこまでは、と思いつつキュゥべえを探したが、こういう時に限って見当たらなかった。結局判断を翠にゆだねる。
詠 「翠、それでいいのかしら?」
翠は無言で目をつぶったまま小さく頷いた。
♢
帰宅した翠は明かりも点けずに薄暗い部屋の真ん中で、手の平にある陽子の髪飾りを見つめながら佇んでいた。
陽子の最期の言葉が脳裏に響く。
〝どうか完璧な魔法少女になってね…〟
翠 「陽子…」
翠はその髪飾りをギュッと握り締めると瞼を強く閉じ、そこから一縷の涙を滴らせ呟いた。
翠 「なるよ、私…完璧な魔法少女に…」
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