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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第二章
  第十二話『温かくって柔らかくって優しくって』

 朝の静沼中、血相を変えて登校してきた詠が唯を見つけると教室から引っ張り出した。人気の無い所まで連れて来ると辺りを確かめてから詠は声を抑えて言った。
詠  「ニュース、見たでしょ。」
唯  「ああ…まあね。」
詠  「どうするの?殺人よ。」
唯  「だから…正当防衛とか緊急回避ってやつだって…」
 その日の朝のニュースでは、コンクリートブロックで頭を殴られ意識不明となっていた中年男性が、搬送先の病院で死亡した事が伝えられていた。
詠  「あの時すぐ救急車を呼んでいれば助かったかもしれないのに…」
唯  「あんな下衆、どうなったっていいだろ…」
詠  「家族がいるのよ!」
唯  「妻子がいてあんな事してんのは最低だろ…」
詠  「唯、あなたって人は…」
唯  「そんな事よりさあ、あの時…あの現場から走って逃げてた時にさ…何かこう…変な事起こらなかったか?」
詠  「変な事って、充分大変な事じゃない!」
唯  「そうじゃなくってさあ…あの後どうしたんだっけ?詠、はっきり覚えてる?」
詠  「だって私達、あんな事があったんだから無我夢中だったでしょ。記憶が曖昧なのはきっとそのせいよ。」
唯  「そうなのかなぁ…何かあった気が…何かとんでもない…何か…」
 二人が教室に戻ると、教室の中はその事件の事で持ち切りだった。
男生徒「あれってこの学校のすぐそばで起こったんだろ?」
女生徒「私学校来る時、現場の横通って来ちゃった。警察とかいてホント、ドラマとか映画みたいだった。」
男生徒「犯人、この辺にまだいるのかなぁ。」
女生徒「怖いねー。」
 午後の授業が始まる頃、教室にやって来た担任に詠は呼び出されそのまま連れて行かれた。別の教員が来て授業を始めるも、教室の中は騒めき落ち着かなかった。
 詠が個室になっている相談室に連れて来られると、そこには警察を名乗る男女がいた。
男性警官「どうも、私は見滝原署の後藤です。」
女性警官「私は白石と申します。春哥詠さんね、どうぞお掛けになって。」
 担任の教師にも促され、詠はソファーにぎこちなく座った。
後藤 「この学校の近くで起こった殺人事件は知っているよね。実はその事で君に聞きたい事があるんだ。」
 詠は吐き戻したくなったが、耐えた。
白石 「これは知ってるよねぇ。」
 そう言って女性警官はケータイの出会い系サイトの掲示板を見せた。そこには詠の顔と名前が載っており、隠語による売春の趣旨が記されていた。
後藤 「事件の被害者が頻繁に、そして最後にアクセスしていたのがそこなんだ。何か知らないかな?」
 詠は口を開くと吐き戻しそうだったが、何とか声を出す事に成功した。
詠  「私…知りません。」
白石 「春哥さん、あなたが犯人だって言っている訳ではないの。我々は事件の手掛かりが欲しいだけなの。何か知ってる、気付いた事でいいからお話してくれない?」
詠  「そのサイト自体知りません。誰かが勝手に書き込んだんです、私じゃありません。」
 詠は俯き震える声で押し出すように言った。後藤は身を乗り出し、抑えた声で諭すように話す。
後藤 「被害者の奥さんは妊娠中でね、子供も他に二人いるんだ。被害者の家族ってのはね、犯人が捕まるとホッとするんだよ。君は妊婦さんや幼い子供達を安心させてあげたいとは思わないかな。」
詠  「…。」
白石 「何でもいいのよ。どんな些細な事でも。」
 詠は蚊の鳴くような声で、自分に言い聞かせるように言った。
詠  「私は何も知りません。」
 それを聞くと後藤は身を引いて少し間を置き、思い出したように質問して来た。
後藤 「そう言えば君のお母さんから聞いたんだけど、その日は帰りが遅かったんだって?」
詠  「それは部活で…」
白石 「茶道部が終わった時刻とあなたが帰宅した時刻、だいぶ間があるわよね。真っ直ぐには帰っていないようねぇ。」
詠  「それは…」
後藤 「誰か友達と一緒にはいなかったのかい?」
詠  「別に…」
白石 「事件現場付近で二人組の女の子を見たって人がいるの。一人がもう一人を引っ張るように走っていたって。」
詠  「…。」
 詠は俯いたまますっかり萎縮して小さく固まってしまった。それを見た警察の二人はどこか満足げに見合わせると、緊張を解いた感じに言った。
後藤 「うん、それじゃあ今日はこのぐらいにしておこうか。」
白石 「それでは詠ちゃん、何か思い出したらここに連絡してね。」
 そう言って、詠の前に名刺を置いた。
後藤 「それでは先生、彼女は早退させてあげて下さい。もし宜しければ我々の車で自宅まで送り届けますが…」
 固まって微動だにしない詠を見兼ねて担任はそれを断った。
 女性教員の車で送られ家に帰ると、共働きの両親が詠を待ち構えていた。詠は両親から厳しい追及を受けた。謂われのない売春疑惑が中心だった。夜遅くになってやっと解放され、自室のベッドに倒れ込んだ。朝から何も食べていなかったが空腹感は全く無く、ただひたすらに徒労感のみがあった。泣く気力さえ生まれなかった。眠くもなく何か代位行為をする事も出来ず、樹木のように苦しみの風雪に耐えていると、突然フラッシュバックが起こり映像が頭に現れた。白い異世界に白い巨人、そして突如現れた一人の少女。詠は跳ね起きるとベッドに腰掛けて思いを巡らした。断片的で曖昧な記憶を手繰り寄せると、詠は独り言を呟いた。
詠  「あの人の着ていた制服…確か見滝原中の制服があんなだった筈だけど…」

  ♢

 朝、幸恵と詩織が登校してくると、校門の前に見滝原の制服ではない少女が誰かを待っているかのように佇んでいた。
幸恵 「あれ誰かしら、転校生か何かかな?」
詩織 「あの赤いラインのセーラー服って、確か静沼中の制服じゃないのかなぁ。」
幸恵 「静沼って、あの近くにある公立の?坂本先輩にでも告りに来たのかしら。」
詩織 「あっ、そう言えば幸恵知ってる?坂本先輩って二年の暁美先輩に告って振られたらしいよ。」
幸恵 「えっ?!二年の暁美先輩って学年トップのあの人?」
詩織 「うん、あの時のあの人だよ。」
幸恵 「ふーん、あの人が…」
 二人が校門の中に入って行った後、マミが翠と陽子と談笑しながら歩いて来た。それを見つけた詠はマミの許に近寄って行った。
詠  「あの、すみません。私、思い出しました、あの時の事を…」
マミ 「そう、覚えていたのね。」
詠  「朝の立て込んでいる時に申し訳ありませんけど、二人でお話し出来ないでしょうか?」
 詠の思い詰めた顔を見て、マミは彼女が本気であると確信した。
マミ 「ええ、いいわよ。翠、陽子、ちょっと行って来るわね。」
 そしてマミと詠は、登校して来る他の生徒達の中に消えて行った。

  ♢

 静沼中の詠のクラスで担任教師が出席を取り終えた頃、詠が教室の中に入って来た。
詠  「すみません、遅れました。」
先生 「ん?春哥か…そうか…まあいいだろう席に着け。」
 そして授業が終わると、今日は唯の方が詠を教室から引っ張り出して、人気の無い場所へと駆け込んだ。
唯  「昨日の事なんだけど…」
 唯には明らかな焦りが見て取れた。詠は少し愉快だった。
詠  「ええ、その事なんだけど…」
 詠はわざと勿体を付けて言った。
詠  「この問題の解決に当てがあるの。だから私に全て任せて貰えないかしら?」
唯  「当てって、どういう事だよ。」
詠  「安心して唯、悪いようにはしないから。だからあなたは何もしないで私を信じて。」

  ♢

 ほむらは学校から帰ると、まどかを外に連れ出した。
まどか「どこに行くの?ほむらちゃん。」
ほむら「いいから一緒に来て。」
 戸惑うまどかをよそに、ほむらはなんだか嬉しそうにまどかを誘導する。そして一軒の家の前まで来た。その家の表札には鹿目と印されていた。
まどか「ここって…」
ほむら「そうよ、まどか。あなたの…あなたの家族の家よ。」
まどか「でも、私はもう…」
ほむら「まどかのお母さん詢子さんとはね、偶然会ってちょっと知り合いになったの。さあ、行きましょう。」
 そう言ってほむらは一人敷地の中に入り込み、玄関のチャイムを鳴らした。玄関の戸が開き中から詢子が顔を出した。
詢子 「あら、ほむらちゃん。来てくれたのね、いらっしゃい。」
ほむら「はい、おば様。実は今日、お友達を連れて来たんです。まどか~。」
 ほむらはまどかの名を呼んで、まどかの方に振り向いて見せた。詢子がほむらの視線につられてその方を見ると、まだ門の前に立っているまどかと目が合った。
詢子 「まどか…」
 詢子はまどかを見ると、捉われたようにまどかから視線を外せなくなった。ほむらに呼ばれてはにかみながら、まどかはほむらの横にやって来た。
まどか「は、初めまして。まどかって言います。」
 そう言って、ペコリと頭を下げた。そしてやっと視線を外せるようになった詢子は、二人を家の中に招いた。
詢子 「と、とにかく上がってよ。ね。」
 二人はダイニングキッチンへと連れられた。まどかは懐かしげに家の中を見回した。
詢子 「ココアでいいかしら?今入れるから、取り敢えずそこに座ってて。」
 席に着くと、まどかは愛惜しげにテーブルを撫でた。詢子はホットココアのカップを二人の前に置き自分も席に着くと、まどかをしげしげと見詰めてからほむらに尋ねた。
詢子 「えーと、まどかちゃんはほむらちゃんの同級生って事かな?」
ほむら「いえ、実はまどかには複雑な事情がありまして…」
 その時、詢子の息子、タツヤが現れた。
タツヤ「まろか!」
 タツヤは叫び、まどかに走り寄るとそのまま抱き付いた。
タツヤ「まろか!まろか!」
 詢子はなぜタツヤがまどかの事を知っているのか不思議に思ったが、タツヤがまどかの髪を引っ張っていたのでタツヤを離そうと立ち上がった。
詢子 「ダメでしょタツヤ、女の人の髪の毛を引っ張っちゃ。本当にごめんなさいね。」
まどか「いえ、私は構いませんから…」
 そう言ってまどかの方からタツヤをギュッと抱き締めた。その光景を見た詢子はタツヤがなぜまどかの事を知っていたのかなどどうでもよくなってしまい、呆けたようにまた着席するとぼんやりとそれを見ながらココアをすすった。
 ほむらとまどかが帰ろうとすると、タツヤは酷くぐずった。ぐずるタツヤをあやしながら詢子は二人を玄関まで送った。
ほむら「今日は本当に突然、すみませんでした。」
詢子 「うんうん。是非また二人で遊びに来てよ、約束よ。」
ほむら「はい、有り難う御座います。そうさせて頂きます。」
まどか「それじゃあまたね、タツヤ君。」
 そして二人は鹿目家を後にした。帰り道、二人は川べりの土手に座って夕日を見詰めていた。
まどか「ほむらちゃん。」
ほむら「なあに?」
まどか「やっぱり生きてるっていいよね。温かくって柔らかくって優しくって、生きてるって本当にいいよね。」
 まどかの頬を涙が伝っていた。ほむらはまどかを軽く抱き寄せ、頭をくっつけて言った。
ほむら「うん、そうだね、まどか。これからずっと一緒に生きて行こうね。」
 
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